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黒の魔王  作者: 菱影代理
第41章:アヴァロンに舞う翼
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第839話 アヴァロン解放作戦

「セリス、お前……女だったのか!」

 とは、口が裂けても言えなかった。

 今や俺は、エルロード帝国皇帝。現代の魔王を名乗る、一国の君主である。だがしかし、人間どんなに偉くなっても、言っていいことと悪いことってあると思うんだよね。

 なので、ミリアルド王と共に玉座の間(偽)に現れたセリスが、スカートにブラウス、あとなんか高級そうなヒラヒラした上着を羽織ったどこぞのお嬢様みたいな恰好だったのを見た瞬間、俺は全てを察した。

 いや、服装だけではない。服だけならば、女装かもしれない。たとえそういう趣味であっても理解を示すのが現代日本人としての多様性がどうこう、という余計な考えをする必要もなく、セリスが女性であることは明らかだった。

 見ろ、あのボディラインを。出るとこ出たあのモデルみたいな体で、見間違えることはありえない。嘘だろ、あのサイズの胸を、一体どうやってあんなに平坦に見せていたって言うんだ……

 ともかく、俺はさらっと明かされた驚愕の事実を前にしても、喉元まで出かかった「女だったのか!」をどうにかこうにか飲み込んだ。。

 俺は最初から、セリスが女だと気づいていたよ。ワケあって男装してたんだよね。公爵令嬢ともなると、色々とあって大変ですね。お察しします————そういうスタンスで行こうと、お淑やかに着飾った彼の、もとい彼女の姿を見て、俺はそう心に決めた。

 さて、そんな俺の内心での葛藤を他所に、ひとまずミリアルド王との謁見はつつがなく終わった。

 彼らにはパンデモニウムへ移ってもらった上で、ひとまずはゆっくり休んでもらうこととした。現在のディスティニーランドは、リリィと戦った頃に比べればすっかり綺麗に掃除と整地がされてこそいるものの、本格的な拠点利用はされていない。ここは基本的に、一部のホムンクルスしか人員を置いていない場所である。

 そんなワケで、すでに手配しておいた部屋へと案内させた。これからどうするか、どうなるのか、考えるべきことは沢山あるだろうが、無理を押して神滅領域を通って来たのだ。今は体を休めて貰う方がいいだろう。

 一方の俺は、ゆっくりしてはいられない。ディスティニーランドの玉座の間から、第五階層の司令室まで向かう。

 そこには、すでに『エレメントマスター』メンバーが勢揃いである。

「リリィ、どうだった」

「二人の話は全て本当よ。嘘は吐いていなかったわ」

 開口一番、リリィがそう保証してくれる。

 俺としては、友人と呼ぶべきセリスの言を疑うような真似はしたくはないが、それは所詮、俺の個人的な感情に過ぎない。

 だから最も確実な方法として、玉座の間に同席させていたリリィにテレパシーで二人の心を読んでもらうことにした。かなり露骨にテレパシーを飛ばしていたので、セリスは間違いなく気づいてはいただろう。

「話の裏付けもとれているわよ」

「そういえば、ここに来たのは二人だけじゃなかったな。もしかして、御付きの騎士を尋問したのか?」

 俺はまだ直接目にしてはいないが、どうやら複数人の騎士がパーティを組んで、ミリアルド王を護衛しながら神滅領域を進んできたという。玉座の間では二人が代表として俺に謁見し、他のメンバーは待機させてもらっていた。

 彼らも丁重にもてなしているはずなのだが、いきなり尋問するのはちょっと可哀想なのでは。

「尋問する必要もないわ。あの中には私の忠実なシモベがいるから————アハト、入りなさい」

「はっ、失礼いたします」

 リリィに呼ばれて入室してきたのは、見慣れた銀髪碧眼のホムンクルス男性。キッチリと黒い帝国軍服を着用した姿は、俺の副官をしているアインに瓜二つ。

 だが、彼の名はアハトである。

 つまり、アインと同じ最初のリビングデッド九人の内の一人ということだ。

 ちなみに、俺があげた無銘ネームレスの呪いの武器はハルバード。黒化で黒一色だったはずだが、今は金色の装飾と、黄金に輝く文様が浮かんでいる。アイン愛用の『ダイアモンドの騎士剣』と同じく、ただの無銘から進化しているようだ。後で名前と能力を聞いておこう。

「アハトって、確かノインと一緒にアヴァロンのアリア修道会を探らせていたよな」

「ノインは現在もアヴァロンにて、修道会の潜入調査中であります。私はミリアルド王のパンデモニウム亡命へ協力するべく、騎士セリスと合流し、ここまで同行すべきと判断をいたしました」

「そうか、よく二人をここまで連れて来てくれた。ありがとう、よくやってくれた」

「ありがたき幸せ。過分なお言葉、身に余る光栄であります」

 跪き、深々と頭を下げるアハト。こういうのも、もう大袈裟なリアクションとは言うまい。

「私もいい判断だったと思うわ。自分で状況判断できるくらい、育てて正解だったわね」

 リリィが腕を組んでうんうん、と自画自賛している。

 実際、これで最新のアヴァロン情勢について知ることもできるので、アハトが戻ったタイミングとしてはベストでもあるだろう。

「セリスからおおよその話は聞いたが……詳しく説明してくれ。修道会についても、報告があるなら聞こう」

 改めて、現在のアヴァロンの状況について整理する。

 聖王を名乗り、ネオ・アヴァロンとして十字教を国教とする新国家をネロは立ち上げた。シンクレアの十字軍と、アークライト公爵家を筆頭とした隠れ十字教徒と結び、アヴァロン全土の掌握はほぼ完了している。

 そして今、ネロは『大遠征』と称し、このパンデモニウム目掛けて軍を繰り出した。

「この『大遠征』には聖王ネロを総大将とし、その兵数はおよそ三万とされています。ですが、すでにトルキス、ウーシアを始めとしたレムリア沿岸の都市国家の大半が、『聖杯同盟』と呼ばれる同盟に加わり、支援のみならず、直接的な兵力の供出もするようです」

『聖杯同盟』と来たか。

 聖杯の存在については、リリィからスパーダで捕らえた捕虜の尋問で聞いてはいたが……

 アハトの説明によれば、この同盟は今も広く呼びかけられている最中であり、隠れ十字教徒の国々がこれに呼応することで、ネロの大遠征軍は進んだ先でもさらなる同盟国の協力を得られるだろうとのこと。

 勿論、アヴァロン周辺国も同盟関係が進めば、それだけで十字教勢力が拡大していく。

「この同盟は名前の通り、『聖母アリアの純血聖杯』と呼ばれる十字教における最重要の聖遺物が旗印として利用されております。伝説の聖杯を掲げれば、隠れ十字教徒の勢力からもかなり信用されるようで、迅速な協力関係が成立しています」

「本当に聖杯を持っているのか」

「現物を直接確認することまでは叶いませんでしたが、本物である、と誰もが納得しているのは間違いありません。この聖杯を大々的に掲げて、速やかな同盟関係の構築を推し進めているのが、アリア修道会を主導しているグレゴリウス司教です」

 なるほど、やはり修道会を操る黒幕はグレゴリウスという男で間違いないようだ。

 聖杯、という伝説的な一品を利用してここまで勢力を急拡大させるとは。ただの杯一つでそれをやってのけるグレゴリウスが凄いのか、あるいは聖杯のネームバリューがそれほどまでに強力なのか。どっちもあり得るのは、嫌なところである。

「大遠征軍には、アリア修道会を代表してルーデル大司教が参加しております。占領した地域での布教、勢力拡大を目的としたものです。一方で、グレゴリウス司教はアヴァロンに残っております。引き続き周辺諸国の同盟加入の呼びかけ、またはスパーダに駐留している十字軍とのパイプ役をこなすものと推測されます」

 すでにアヴァロンは十字教勢力下においたから、修道会の活動は外向きに移行する段階ということか。すでにアヴァロンを短期間で取り込んだ実績のある修道会だ。グレゴリウス本人がいなくても、大遠征軍が通った先々で上手く布教し、また隠れ十字教勢力とも接触しては、合流することになるのだろう。

 常識的に考えれば、アヴァロンからパンデモニウムまでの行軍など不可能だし、立ち塞がる国々と毎回戦っていては兵数が減る一方だが……やはり、各地にある隠れた十字教勢力が厄介だ。

 下手すれば進むごとに味方が増えて、ここに辿り着く頃には十万を超える大軍と化しているかもしれない。

「使徒は全員が大遠征に参加するのか」

「参加を表明したのは、第十一使徒ミサのみです。第十二使徒マリアベルはアヴァロンに残り、その守護につくとされております。スパーダにいる第八使徒アイの動きについては不明です」

 全員参加していない、というだけで十分な朗報だろう。

 アイの動きは最も気になるが、スパーダには自由に情報を集められる状態にはない。こればかりは仕方のないことだ。

「そうか、マリアベルだけはアヴァロンにいるか……」

 重要なのは、むしろ使徒の一人が単独行動になったと確定したことだ。

「第十二使徒マリアベルはアヴァロンの守りと共に、同盟を担保する聖杯を守る任も含まれているようです。恐らく、シンクレアの使徒である彼としては、アヴァロンよりも聖杯の方が重要でしょう。いざとなれば、聖杯を持ってスパーダやダイダロスまで退避するかと」

「そうか……フィオナ、サリエル、聖杯についてどう思う」

「本物の聖杯があるならば、早急に手を打つべきだと思いますね」

「はい。聖杯が絶大な白き神の力を宿すのは事実。使徒と並ぶほどの、戦略兵器と見なすべき」

 実に実感の籠った台詞が、二人から返って来る。

 俺も開拓村で聖職者の真似事をしていた時に、聖書に登場する聖杯伝説は読んでいる。聖書の中でもかなり有名なもので、十字教徒なら誰でも知っているほど。

 三大聖杯と呼ばれる三つの聖杯の内、唯一、現存が確定しているのがこの『聖母アリアの純血聖杯』である。

 その力は『白の勇者』と称えられる最強の使徒アベルが、百年前の戦争で使ったことで証明されている。さらに遡れば、聖杯が起こした奇跡については多くの伝説が残されているのだ。

「俺は、これをチャンスだと思う」

 大遠征により、ネロとアイの使徒二人はアヴァロンを離脱。国内の多くも出兵しており、アヴァロンの防備は確実に薄くなっている。

 残されたのは、現時点でも倒せるメのある第十二使徒マリアベルただ一人。おまけに、伝説の聖杯まで持っているときたもんだ。

「アヴァロンに乗り込み、マリアベルを殺し、聖杯を破壊する」

 成功すれば、これは大きな戦果となる。何よりアヴァロンを取り戻すことができれば、一足飛びにスパーダ奪還を狙える立地にも陣取れる。

 勿論、レムリア沿岸の都市国家が軒並み敵に回っている以上、アヴァロンの維持は難しい。だが最悪、放棄しても構わないと考えれば……やはり、ここで使徒一人と聖杯を落としておく結果はデカい。

「どうだろう」

「いいんじゃないですか? 使徒と聖杯ですからね。狙える時に、狙った方がいいと私は思います」

「現状では、リスクが大きすぎると進言する。王城に仕掛けるにしても、アヴァロン内で相応の協力が得られなければ、実行は難しい」

 フィオナとサリエルがそれぞれ、賛成と反対の一票ずつを表明する。

 そうなると、残るはリリィのみ。

「……危険を冒してでも、ネルを救いたいのね、クロノ」

 真っ直ぐに俺を見つめてリリィはそう言った。

「ああ、俺がアヴァロンを攻めたい一番の理由は、ネルが王城に囚われているからだ」

 リリィに嘘は吐かない。全て正直に打ち明けよう。

 ネロが使徒に覚醒したあの時、俺達全員が無事で済んだのはネルがその身を犠牲にしたからだ。俺の、仲間の、命を救ってくれた恩義がある。

 そして何より、今や十字教の巣窟となったアヴァロン王城にネルが囚われていると思えば、その身を案じるのは当然のこと。

「それが、アトラス戦略には反すると分かった上でも?」

 同盟国を見捨てる前提で、大遠征軍をアトラス大砂漠まで引き込み流砂によって殲滅を狙う。俺が自ら言い出した戦略案。

 それに沿うなら、現時点でアヴァロンに手を出すのは間違いだ。敵の注意をパンデモニウムへ引き付けなければならないのに、後方のアヴァロンを向かれたら本末転倒である。

「だが、それでも実行するだけのメリットがあると俺は思っている」

 ネルを一刻も早く救い出してやりたい、というのは俺の心からの願いである。

 だが、単独のマリアベルと聖杯の在処が分かっていて狙えるチャンス、というのも事実だ。

「アトラス戦略だって、使徒と聖杯の力次第では、覆される危険性はあるからな」

 そう、あくまでアトラス戦略は現状ではこれが最も確実と思われる作戦でしかない。実行すれば100%成功の保証があるわけでは決してないのだ。

「使徒を討ち、アヴァロン解放が成功すれば、大遠征軍そのものが引き返すか、二つに割れるだろう。そのまま無視して突き進むなら、大砂漠で迎え撃つ。奴らがどう動こうと、こちらが不利になる展開にはならない」

「でも、それはあくまでアヴァロンで上手く行けばの話よ。狙うは使徒と聖杯。そこへ向かう道は神滅領域を通っていくしかない。つまり、送り込める兵力は少数精鋭のみ————私達『エレメントマスター』よ」

「分かっている。俺達が倒れれば、それだけでエルロード帝国はお終いだ」

 これまでとは、背負っているモノの大きさが違う。あまりにも違い過ぎる。

 カーラマーラに住む人々だけでなく、今や周辺諸国も取り込み、スパーダの難民も沢山いる。

「だが、多少の無茶をしなければ最初から勝ち目はない。今がその時だ」

 命を懸けるだけの価値がある。

 それでも、リリィが無理だと止めるならば————大人しく引き下がろう。

 正直、俺は今の自分が、本当に冷静な判断を下せているかどうか自信があまりない。ネルを救いたいという感情を、無意識に優先しているかもしれない。

 だが魔王の俺が「やる」と言い出せば、たとえそれが間違った決断であっても実行されてしまうのだ。だから今回ばかりは、リリィに決断を問おう。

「アヴァロン解放を実行するなら、二つ条件があるわ」

「なんだ」

「一つは、アヴァロン国内で反乱する勢力の確立と協力」

 ただ俺達が王城を乗っ取ったところで、誰が従うのかと言う話である。

 だが、この点はミリアルド王がこちらに亡命したことでほぼ解決だ。

 正統な国王である彼がいるというだけで、十分すぎる大義名分が成り立つ。それに十字教から排斥されるしかない人間以外の種族の人々も、ミリアルド王が戻れば必ず味方するだろう。アヴァロンには他種族の貴族もそれなりにいる。彼らもミリアルド王に味方しなければ、どんな言い分を叫んだとしても十字教に潰されるのは遠くない。

「もう一つは、ルーンとの同盟成立よ」

 アヴァロンを取り戻した後、領土を維持するための最低限の環境だろう。

 ルーンとの同盟が成立すれば、レムリアの制海権は確保できる。沿岸部の都市国家が団結して攻めてくることへの最大の牽制になるのだ。

 逆にルーンとの同盟がなければ、海側からアヴァロンは攻められ放題だ。怒り心頭で引き返してきたネロも、そのままセレーネに上陸できる。

 そうなると、防衛は厳しい。折角アヴァロンを奪還するならば、そのまま維持するに越したことはない。スパーダと、中部都市国家群を取り戻すための橋頭保として、アヴァロンは必要だ。

「分かった。この二つの条件が揃わなければ、作戦実行は不可能だと諦めよう」

「でも上手く成立すれば、このチャンスを活かすべく全力で臨むわ。私も、ネルを見捨てるのは忍びないもの」

 そう言って、リリィは苦笑を浮かべるのだった。

 なんだかんだで、リリィだってネルのことを嫌ってはいないのだろう。かといって、フィオナやサリエルほど仲良くできるかと言われると怪しいところだが。




 ミリアルド王が亡命してきて一週間。新陽の月7日。

 アヴァロン解放作戦を実行するため、俺は再びディスティニーランドへとやって来た。

 ここは玉座の間を設置してあるディスティニー城改め、魔王城(仮)、そのエントランスである。リリィとの戦いで、俺は上空から天井をぶち抜いてここに彼女と一緒に落っこちたものだが、あの時に空いた穴はすっかり修復されている。激しい戦いで壊れたシャンデリアやら石像やら、壁も床も、今は綺麗なものだ。初期の頃にここで活動を始めたホムンクルス達の働きのお陰である。

「全員、揃ったな」

「はーい!」

 と、元気よく手を上げて返事をしてくれるのは、我らがエルロード帝国軍の元帥閣下リリィである。

 その小さな背中に、選び抜かれた黒い軍装の兵士達が続く。

 このエントランスに集結しているのが、アヴァロンへの潜入に連れて行く面々だ。総勢で50名ほどとなる。

 大半が『暗黒騎士団』の所属である。最精鋭たる俺の重騎兵隊は全員、それからフィオナとサリエルの魔術師部隊と歩兵部隊からはさらに人数を絞って選抜されている。

 その他に関しては、アヴァロンでの潜入任務となることから、戦闘能力よりも情報収集や隠密に長けた者を選んである。中には、スパーダ人だが長らくアヴァロンでの滞在経験のある元外交官や商人なんかも含まれている。彼らの培った人脈なども、今回大いに利用させてもらおう。

「みんなも、頑張ってね!」

「ううぅー、ホントにこんなとこ通ってくのぉ? やだぁ……」

「リリィ女王陛下のご期待に、必ず応えてみせましょう」

 神滅領域の禍々しい雰囲気に早くも駄々をこねているのは妖精のネネカだ。一方、同じく妖精でありながらも、ホムンクルス並みに完璧な礼をとっているのが、スパーダの元情報屋カレンである。

 連れて行く兵士は50名だが、これに加えて妖精が20名いる。あえて員数外にカウントしているのは、小さい上に飛行可能な彼女達を、通常の人員と同じ扱いをするのは実情にそぐわないからだ。普通の兵士一人でも、妖精を二、三人は抱えて移動できるので、ただ動かすだけなら装備品に近い。

 様々な種族が存在しているパンドラ大陸だが、携帯できる人員、なんてのは妖精の他にはいないだろう。

「君らを戦わせるわけじゃないから、安心してくれ。ただし、勝手に飛んではぐれたりはしないでくれよ」

「しないわよ、こんなに加護の薄いところ」

「決してお手間はかけませんので、どうぞご安心ください、魔王陛下」

 口を尖らせて言うネネカに比べ、カレンは本当にしっかりしているな。純粋な妖精なのに、この大人びた、というか完全に大人そのものの精神性は凄まじい。リリィが頼りにするだけある。

 もっとも、子供も同然であったとしても、俺は妖精達を頼るより他はない。

 彼女達に求めるのは、テレパシーによる情報通信である。

 今回はアヴァロンという敵地に潜入した上での行動となる。テレパシーで離れた相手と即座に通信、そして敵にバレる心配なく行えるというのは、途轍もないアドバンテージだ。最早チートと言ってもいいだろう。

 普通はそんなことできない。自由奔放な妖精達が、真面目に作戦行動に従事などするはずもないからな。しかし数多の妖精を従える、女王陛下ならばそれが出来る。

 妖精による広域テレパシー通信網、という強力な手札があるからこそ、この無茶な解放作戦の実行を決断させる一因にもなっている。

 だがアヴァロン解放で最も大きなネームバリューを発揮するのは、やはりミリアルド王その人である。

「貴方に再びこのダンジョンを通ってもらうのは心苦しいが、どうか耐えて欲しい」

「とんでもない。これほど迅速にアヴァロン奪還のために力をお貸しいただき、感謝の念に堪えません。アヴァロン国王として、故国を取り戻すためならばどんな苦労も苦難も厭いません」

 すでに顔色は青ざめているが、それでもミリアルド王は立派な覚悟を口にしてくれた。何というか、これからヤバいクレームつけられた大手取引先に謝罪に向かう管理職のような悲壮感が滲み出ている。

 失礼な感想だが、どうもこの冴えない顔と絶妙な薄さの頭、中年太りを誤魔化せない体型と、彼のルックスからそういう印象ばかりが湧いて来てしまう。あのネロも、歳を取ったらこうなるのだろうか。

「……」

 チラっとサリエルを見たら、小さくコクリと頷いた。

 日本人なら、きっとこのミリアルド王の溢れ出るサラリーマンオーラというのを感じてくれるだろう。満員電車の背景に描かれてそう。

「ルーンとの同盟は貴方にかかっている。どうかよろしくお願いする」

「任せてくれたまえ、クロノ帝よ。ルーン王とはそれなりに付き合いも長い友人同士でもある。必ずやパンデモニウムとの同盟を成立させ、アヴァロン奪還の助力を得て来ましょう」

 まずミリアルド王に任せるのは、現状最も時間と手間がかかる海洋国家ルーンとの同盟だ。

 俺もリリィもルーンには一度も行ったことがない。ウィルも、ルーンとはあまり太い繋がりはないと言う。

 なにより、ルーンに向かうためのルートが非常に制限されていることが、同盟締結に向けての友好を結ぶことさえ難しくする最大の要因だ。モノリスによる転移が開通していないのは勿論、海路で向かうにしても、今や沿岸部の多くが十字教に抑えられてしまっている。

 完全に海路が封鎖されているわけではないものの、俺達が自由に利用できる港が存在しない以上、こちらがルーンに乗り込むためには安全な船を手配しなければならない。

 ともかく、現状ではルーンには行くだけで大変なのだ。地道に友好使節団を送り続けている暇などない。一発で同盟締結まで持って行けるだけの人物を送り込まなければならない。

 それがミリアルド王である。

「リリィ、頼んだぞ」

「大丈夫、すぐ同盟結んで、クロノのところに帰って来るからね!」

 そして帝国の代表として、リリィをミリアルド王と共にルーンへ派遣することにした。

 リリィは魔王である俺に次ぐ、名実ともに帝国のナンバー2だ。実務の面で言えば俺を遥かに凌駕している、帝国の大黒柱。もう宰相って呼んだ方が正しい気がする。

 そんなリリィだから、同盟を結ぶにあたっての全権を委任できる。今回は多少こちらが損を被ってでも、同盟を成立させたい。後はもう、リリィの独断と偏見に全てお任せだ。

「リリィがいないのは寂しいが、アヴァロンの方は俺達が頑張ろう」

「はっ、どうか私にお任せを。アヴァロンを取り戻すための戦力を、必ず集めてみせます」

 めちゃくちゃ気合の入った凛々しい顔で、セリスが応えた。

 ちなみに、その恰好は見慣れた軽鎧姿ではなく、誰が見ても「あっ、女騎士だ!」と声を上げるような、華麗な鎧姿である。その中性的な美貌も相まって、誂えたように似合っている。

 この期に及んでは、もう男装する必要もないからなのだろうが、俺はまだちょっと女性らしさ全開のセリスの姿にギャップを覚えてしまうのだった。

 そんな男装の麗人から華麗な女騎士へとジョブチェンジを果たした彼女は、第一条件であるアヴァロン内の反乱勢力の結成、結集に取り組んでもらう。まぁ、自分の故郷を解放しようというのだから、やはり現地の人に頑張ってもらわないと。

 アヴァロンへの潜入ルートは神滅領域を通り抜けるしかない以上、俺達は少数精鋭でしか向かえない。通常戦力の数を集めるには、アヴァロン人の協力が不可欠である。

 ミリアルド王のルーン同盟。そしてセリスの反乱勢力の結成。どちらも成功した上で、ようやく聖杯を持つマリアベルのいるアヴァロン王城に挑める。

 もしどちらか一方でも失敗、あるいは時間がかかり過ぎてしまうならば、作戦続行不能と判断し、俺達はパンデモニウムへと引き上げる。なかなか、厳しい作戦になりそうだ。

「そう気張るなよ、セリス。必ず上手くいくさ」

 使徒を殺し、聖杯を壊す。十字軍の戦略兵器二つを無力化するのだ。

 そして、奪われたものを取り戻す。

「俺達の手でアヴァロンを解放しよう————さぁ、行くぞ」

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― 新着の感想 ―
セレス好きが他にもいてよかった。正妻は無理でもヤンデレていない側室は欲しいところ。
[一言] セリスさん、正妻戦争に参戦してみない?
[良い点] 戦略的に正しい方向に転換してほっとした [気になる点] 砂漠に引き付けて一気に殲滅というのは戦略ではなくて戦術ですよね。戦略的には愚策もいいところなので、それが理想とされるかのような描写に…
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