第837話 囚われた翼
華美に過ぎず、それでいて気品の漂うその部屋は、絶妙のバランスで飾られた超一流の内装と呼ぶべきだろう。
清らかな白と、華やかな薄桃色に彩られる室内は、正に夢見る乙女の理想、お姫様の部屋そのものの体現であった。
室内で最も豪華で目立つのは、天蓋付きの巨大なベッド。極上の柔らかさを保証するその寝台に横たわる————否、座禅を組んでいるのが、この部屋の主であり、本物のお姫様。アヴァロンの第一王女、ネル・ユリウス・エルロード。
「……」
こうしてベッドの上で座禅を組んで、一時間、二時間、早くも三時間に達しようとするだろうか。
背の白翼を大きく広げ、背筋をピンと伸ばした完璧な姿勢は、いささかも揺らぐことなく今に至っている。表情こそ安らかに眠っているように瞼を閉じた静かなものだが、真っ白い玉の肌には大粒の汗が浮かび、グラマラスな肢体を流れてゆく。
だが薄絹の部屋着で汗に塗れた彼女の身に、艶めかしさを感じることはないだろう。微動だにしないネルの全身から湧き上がっているのは、薄っすらとした青色を纏った魔力のオーラである。
三時間もの間、発し続けた彼女の魔力は部屋に充満し、その魔力密度はさながら高難度ダンジョンのボス部屋が如き。何も知らない冒険者パーティが突然この場に転移してきたら、間違いなく途轍もないボスモンスターがいると反射的に武器を構えることだろう。それほどの『力』が、この部屋を満たしていた。
「————ネル、俺だ」
張り詰めた魔力の満ちる静謐を破ったのは、一人の男の声。
よく聞きなれた、兄、ネロの声である。
「どうぞ」
静かに目を開き、ネルは平坦な声でそう答えた。
「凄まじい錬気だな。部屋の外どころか、階段のところまで漂ってきていたぞ」
呆れたような顔と口調は、どこまでもいつも通りの兄の姿である。
ただ、その身に纏うのは国王に相応しいローブ、そして王権の象徴たる王冠が頭上に輝く。
「すっかり古流柔術の達人だな。技だけじゃ、もうお前には敵わないかもしれねぇ」
「妹とお喋りに来るなんて、随分と暇なのですね、新たな王の仕事というのは」
顔は向けず、姿勢も崩さず、ただ青い瞳を向けて冷たくネルは言い放つ。
「やれやれ、まだご機嫌は斜めのようだな、お姫様」
「無理矢理連れ戻された挙句、今度はこんな結界で囲い監禁されて、喜ぶ女の子などいませんよ、お兄様」
「悪いな、ネル。だが、お前だけは失うわけにはいかない」
ここは、アヴァロン王城の上階に設けられた、ネルの自室である。自分の部屋が割り当てられた子供の頃から、スパーダに留学するまでずっと過ごしてきた思い入れのある、というより彼女が住むべき本来の場所だ。
ダキア村でネロが使徒に覚醒し、ネルは我が身を盾にしてその場を退かせることに成功した。そうして大人しくアヴァロンまでついて行き、ひとまずはここに軟禁されることとなった。
だがつい先日、この王族の居住区である上階のワンフロアが丸ごと、恐ろしく強力な結界によって閉ざされた。『聖堂結界』と呼ばれる、十字教に伝わる特殊な結界であるらしい。少なくとも、ネルは磨き上げた己の拳をもってしても、この結界にヒビも入れることができなかった。
「セリスに裏切られ、お父様に逃げられても、まだご自分の過ちを認めることはできませんか」
「安心しろ、アイツらを殺そうと思うほど、憎んじゃいない」
「力に溺れた者に相応しい、なんて傲慢な物言い」
「単なる事実だ」
皮肉気に笑みを浮かべるネロは、決して虚勢を張っているわけではない。あの二人を逃したところで、大した問題ではないと思っているのだろう。
事実、すでにアヴァロンはネロと十字教に掌握されつつある。敵対すれば最大の障害となる大国スパーダも、ついに十字軍に占領されてしまった。すでに亡国の王も同然であるミリアルドを受け入れたところで、このネオ・アヴァロンに影響を及ぼせる国は近隣には存在しない。
「お前を無理に閉じ込める形になっちまったのは、悪いとは思っているさ。その内に、王城全体まで結界を広げるから、王城内なら自由に動けるようにはしてやれる。それまでは少しばかり我慢して欲しい」
「一生、私は籠の鳥というワケですか」
「まさか、そう遠くない内に、お前を自由の身にしてやれるさ。また冒険者でも何でも、好きに生きて行けばいい————俺が、パンドラ大陸の全てを手に入れた後でな」
野心に溢れた、というよりも、それもまた単に事実を述べただけのような顔で、ネロは言ってのけた。
大陸統一とは、あながち誇大妄想と笑えないだけの力が、今のネロには宿っている。ネルは小さく、けれど深く息を吐いた。
「世界の全てを自分の思い通りに、ですか」
「そうだ、世界は自分の思い通りにはならないことだらけだ。だから、そんなクソみたいな世界を力で捻じ伏せる。俺は、俺が望むままの世界を作り上げよう。その世界で、ネル、お前は自由に羽ばたけばいい」
「そこに自由などありませんよ」
ただ一人の意志によって決められる世界。たった一人の力によって支配された世界。そんな世界で平然と自由を口にするとは、神にでもなったつもりか。あまりの思い上がりに、ネルもそれ以上の言葉を重ねることを諦めかける。
それでも、今の自分にできることは、ネロと話すことしかない。少しでも、その心が揺らぐなら。
いいや、自分でも諦めたつもりだけれど、それでもネロに、実の兄に目を覚まして欲しいと、心の底で願ってしまっているから。
「どの道、十字教に支配された世界で、私に居場所などありません。魔族は全て殺す。それが教義なのでしょう」
すでに人間以外の種族の排斥が進み始めていると、ネルはここで軟禁生活を送っていても耳に入って来るほどだ。流石に、大々的に殺戮をしたという話は聞かないが、いずれはそんなおぞましい事も起こらない保証はない。
徹底的な人間至上主義であり、他種族排除の思想。シンプルであり、だからこそ強い結束を人間にもたらす。
「なんだネル、お前はそんなくだらないことを心配していたのか?」
本気で驚いたような、呆れたような、そんな表情でネロは言った。その顔はまるで、通り一本先にある宿屋に行くのも迷った時の方向音痴ぶりを発揮した妹を見つけた時と同じような。
「私が妹だから、魔族でも見逃すと」
「いいや、お前は天使だからさ」
そして、やれやれ仕方のない妹だ、なんて言いながら道に迷ったネルに手を指し伸ばした時と同じ、実に慈愛の籠った微笑みと共にネロはそう言い放った。
その顔に、その一言に、ネルの背筋はゾっとした。
「天使……私が、天使ですって?」
「ああ、そうさ。そんなに綺麗な白い翼が背中に生えているんだ。お前は天使だよ。白き神が俺の下に遣わせてくれたんじゃないかと、そう思えるね」
「わ、私は————」
声が震える。それは怒りか、僅かな希望さえかき消す絶望感か。あるいは、あまりの情けなさと恥ずかしさによるものか。ネルは目に涙を滲ませて叫んだ。
「————私はただのハーピィのクォーターですよっ! 何が天使ですか、馬鹿馬鹿しい!!」
ネルの母親は、ハーピィの国『ウインダム』出身の王族に連なる女性だ。人間とのハーフであり、正式なウインダム王女という扱いではなかったが、王家からはとても可愛がられていたようで、友好の証としてアヴァロン王ミリアルドの第二夫人として強く推薦された人物であった。
結果的に、彼女とミリアルドの婚姻は成立し、晴れて第二夫人としてアヴァロン王宮に迎えられた。
そして、その二人の間に出来た子がネルである。
ネルの背中に、白い翼が生えていることに誰も疑問には思わなかった。当然だ、母親がハーピィのハーフであり、彼女の背中にも、ネルと同じ天使のような白い翼が生えていたのだから。
「そんなことも分からなくなってしまったと言うのですか、お兄様!?」
「魔王の末裔が使徒になったんだぞ。生まれなど些細なことだろう。ネルが天使であることを俺が望めば、それが真実となる」
人間か。魔族か。種族の生まれだけで生殺を決める教義を掲げたくせに、生まれを些細なことと呼ぶとは。道理も何もない、矛盾そのもの。
いいや、ネロの考えでは、それらは全て筋が通っているのだ。
彼にとっては、自分の認めた身内とそれ以外、とでは全く存在の価値が違う。身内以外の他人など、興味がまるでないのだろう。
パンドラ大陸を統一すると言うのは、全ての者をひれ伏せ支配したいという野心などではなく、単に身内に手を出すような『敵』の存在を許さぬ環境を作る程度の目的意識。
だから道理などという、万人を納得させるための論理はネロに必要ない。自分が願い、望んだことを真実とする、という絶対的な力による正当化があるだけ。
故に、ハーピィを魔族として殺し尽くしても、その血を継ぐネルは天使だとして手出しは決して許さない。ネロにとっては、その究極の差別こそが正義となる。
「そう……そう、ですか……」
今のネロが、そんな身勝手に過ぎる思想に囚われていることをネルは察した。こんな考え方では、何を言っても無意味だろう。最愛の妹の言葉さえ、もう届かない。
「お前がその気になってくれれば、いつでもここから出してやれる」
「天使だと言って、布教に利用でもしようというのですか」
「言っただろ、お前の自由だと。祀り上げて欲しければ、幾らでも地位は用意してやる」
「お兄様、貴方は人として道を違えました。ですが、私は間違いません」
「やれやれ、変なところで強情なのは、昔から変わらないなお前は」
苦笑を浮かべるネロは、踵を返して背を向けた。これ以上、のんびり妹とお喋りを続ける気はないようだ。
その背中に、僅かに逡巡してから、ネルは声をかけた。
「一つだけ、教えてください」
「ああ、なんだ?」
「エリーゼ母様は」
「母上なら、先にアスベルの別荘に送った。親父と違って、大人しく従ってくれたぜ」
ミリアルド王の正室、エリーゼ王妃はアヴァロンのとある伯爵家から嫁いだ女性である。十二貴族には名を連ねてはいない、ほどほどの領地に、ほどほどの影響力といった家柄。国内の貴族のパワーバランスに大きな影響を与えないとして、これといった反対もなくミリアルドとの婚姻は決まった。
何よりも決定的な要因となったのは、二人は帝国学園時代から付き合いのある、真っ当な恋愛の末に結ばれたことだろう。
貴族間に波風を立てないことを求められた妃として、エリーゼは王妃の立場を利用して発言することは全くなかった。常に夫であり国王ミリアルドを立て、その隣に静かに立つだけ。口を開いても当たり障りのない、王妃に求められる通りのことしか話はしない。そんな女性である。
それはきっと、己の立場を弁えた演技ではなく、生来の気質でもあるのだろう。
ネロにとっても、実の母親となるエリーゼ妃は、物静かな女性だという印象だ。
反旗を翻し、父であるミリアルドから王位を簒奪しても、エリーゼはネロを責めたりはしなかった。これからはアスベルの別荘で、父と二人で隠居して欲しいと伝えれば、彼女は静かに頷くのみ。
ただ母親として、これからのネロとネル、二人の兄妹の身を案じる内容を口にしていた。
「母上と共に暮らすなら、それでもいいぞ」
「エリーゼ母様には、このアヴァロンからは離れて貰った方がいいでしょう」
ネルにとっても、エリーゼは紛うことなき母親だ。育ての親、と言うのが最も正しい。
ハーピィハーフであった実の母親は、元々病弱だったこともあり、ネルを産んだ産後の肥立ちが悪く、そのまま帰らぬ人となってしまった。ミリアルドは大いにこれを悲しんだが、ネルにとっては母親との死別を意識することもなかったことは、幸いだったかもしれない。
さらに幸いなことは、エリーゼ妃は第二夫人の娘であるネルのことも、実の娘同然に愛情を注ぎ、育ててくれたことだ。実の息子がいても、分け隔てなく接してくれた彼女の存在があるからこそ、ネロとネルは仲の良い兄妹として過ごすことができたと言ってもいいだろう。
ネロとしても母親を無下に扱うことはないと思ってはいたが、確認はしておきたかった。
このままアヴァロン王城にいれば、戦いに巻き込まれる危険性があるからもしれないから。
「私はここを離れるつもりはありません」
「そうか。なら、ここで見届けるといい。俺がパンドラ大陸を統一する様をな」
妹に隠し立てすることなど、何一つない。そう言わんばかりに国王のローブを翻し、ネロは去って行った。
その翌日のことである。
アヴァロン王城の裏手に広がる庭園の一角で、巨大な爆発音が起きた。
「————やれやれ、一体何の騒ぎだ」
ネロは執務室を飛び出し、即座にその場に駆けつけた。
何の騒ぎだ、と口にはするものの、おおよその事情はすでに察しがついている。
「ネロ、こんなモンスターを王城で飼っているとは聞いていませんよ」
濛々と立ち込める土煙と抉れた芝生の地面から、ネロに文句を言いながら立ち上がったのは第十二使徒マリアベルである。
如何にも貴族のお坊ちゃまといった華奢な体からは、その外観に反して絶大な白色魔力のオーラが放たれている。すなわち、使徒としての力を露わにした戦闘状態にあるということ。
「ああ、そういやぁ、すっかり忘れていたな」
「忘れていただと!? これほど強力なモンスターを庭先に放し飼いにしておいて」
「————この可憐な乙女を見てモンスター呼ばわりとは、失礼な小僧じゃのう」
土煙が収まった向こう側、木々に覆われた小高い丘を登る石段から、幼い少女が現れる。
石段に備えられた真っ赤な鳥居を潜って降りてきた少女が身に纏うのは、白衣と紅袴。十字教ともパンドラ神殿とも全く異なる巫女の衣装だ。
そんな巫女の頭には、鋭く雄々しい二本の角。そして、小さな手足の先には、漆黒の鱗に覆われた竜の爪が生えていた。
歴代のアヴァロン王が『火の社』の巫女、として匿い続けている黒竜の少女ベルクローゼンである。
「おいババア、大人しく社に戻れ。そうすれば、手出しはしない。今まで通りにな」
「ふむ、その無礼な小僧は、そうは思っていないようじゃぞ」
いつもの調子で幼女にあるまじき尊大な口調のベルクローゼンだが、その真紅の瞳には明確な殺意が現れている。ネロは、この遥か昔から王城の庭で生き続けてきた彼女が、本気で殺意を発してところを初めて見た。
故に、戦いはもう回避できそうもないこともすでに悟っている。
「当然です。魔族もモンスターも許されざる存在、例外などない。布教が及ばぬ魔境の果てならいざ知らず、これからパンドラ大陸を取り戻すための中心地となるこのアヴァロンで、こんな存在を許すわけにはいきませんよ、ネロ」
「————アタシもマリーちゃんの意見に賛成よ」
頭上に黒々とした大きな影が差すと共に、上空から降ってきたのは、第十一使徒ミサ。
ネロ同様、早々に騒ぎを聞きつけて、王城の上に待機させている自慢の空中要塞から飛び降りて来たのだろう。
ズドン、と派手に音を立てて庭へと着地したミサの手には、処刑鎌の武装聖典『比翼連理』が握られ、白銀のオーラを纏っていた。
「ちっ、面倒くせぇ奴が出てきやがった」
「誰がメンド臭いよ、聞こえてるわよ、ネロ」
半分の仮面に覆われて片方だけ出た目で、ミサはネロを睨む。
「なぁババア、ここから出て行っちゃくれねぇか」
「ほう……この妾を追い出すと。王家と結んだ古の契約も破ると、そう申すか、ネロよ」
「悪いとは思ってるさ。けどな、俺もちょっとコイツらを止めるのは手間でな。このままじゃ殺し合いだぜ。ババアにはそれなりに世話にはなったし、ネルも懐いてる……死んで欲しくはねぇんだよ」
偽らざる、ネロの本心である。
そもそも、今のネロにはもう嘘を吐く必要性がどこにもない。包み隠さず、自分の本音を言い、それを貫き通す力があるのだから。
「ふん、裏切りの白き力に堕落したせいで、頭まで呆けてしもうたか」
「何とでも言えばいい。だが、直にパンドラの全ては十字教のものになる。今まで通り、ここに黒竜族を置いておくワケにはいかねぇ」
「妾の眠りを妨げ目覚めさせたというに、今度はここから出て行けと。人間というのは、本当に度し難い存在じゃのう」
「無駄死によりはよっぽどマシだろうが。どうだ、アスベルの別荘にでも移ってくれりゃあ、ここよりも快適に過ごさせてやれるんだが————」
「————お断りじゃ、痴れ者め」
ベルクローゼンの殺意の視線は、ついにネロにも向けられた。
幼い頃より見てきた、孫と呼ぶにも遥かに年の離れたネロを。
「そんなナリでも年寄りか。そこまで意地になるとはな」
「否、ここにいることが妾の使命。それを投げ出すことは決してまかりならん。たとえ、この身が滅びようとな」
「まったく、どいつもこいつも頑固で困る。悪いが、ここから先は力づくになっちまうぞ」
黒竜の力を持つベルクローゼンの相手が一筋縄ではいかないことを、ネロもよく知っている。故に、ついに自分も使徒としての力を解き放とうとした。
「なるほど、黒竜か……ちょうどいい。ネロ、コイツは僕に任せてくれませんか」
「なんだよ、まさかババアが気に入ったとか言うのか?」
「心外な物言いですが、気に入ったというのは間違ってはいませんね。かの第二使徒アベル卿は、以前パンドラを訪れた際、黒竜を使役したのだと聞いています」
マリアベルの特化能力は『霊獣召喚』である。神が与えた召喚術は、通常では扱えない強力なモンスターを使役することができる。
それは『火焔獅子王・エンガルド』や『天空庭園の守護者』のように現世に生息していないモンスターを召喚する能力と、野生のドラゴンや猛獣などを調教し、服従、使役させる能力の両方を併せ持つ。
「あの悪魔達と戦うためには、もっと多くの強い召喚獣が必要ですから。僕もアベル卿に倣って、パンドラの黒竜を一匹くらいは手に入れておきたい」
使徒二人がかりで挑んだにも関わらず、無様に逃げ出すより他はなかった屈辱的な敗北を、あの遠い砂漠で悪魔達によって味合わされた。
すでにエンガルド達、あの時に使役した霊獣の力は元通りに回復こそしているが、再び同じ戦力で見えれば、今度こそ力及ばず命を落とすだろう。だからこそマリアベルは、このアヴァロンに戻ってからは、より強力な召喚獣を多数確保するための戦力拡充に力を注ぐことにした。
そんな時に、拠点としている王城の庭先で黒竜ほど格の高い強力なドラゴンを見つけたのは幸運、いや天恵と言うべきだろう。
「なるほど、このババアを使い魔にしてぇとは、いい趣味してるぜ」
「えっ、マリーちゃんサリエルからあの生意気そうなガキに乗り換えるってマジ!?」
「言い方ぁ!!」
真面目に戦力増強について話したはずなのに、あらぬ性癖疑惑をかけられマリアベルは激怒した。
だが、ミサをはじめネロまでヤル気を出している以上、きちんと言い含めておかねばなるまい。
今ここには、三人もの使徒が勢揃いである。いくら名高き黒竜とはいえ、うっかり殺しかねない。
「とにかく、あの黒竜は僕が貰い受けます。手出し無用です」
「ババアは強ぇぞ。生け捕りにしようってんなら尚更だ。手ぇ貸すぜ」
「アタシも最近暴れてないから運動不足気味だしぃ……しょうがないから手伝ってあげる、感謝しなさいよねマリーちゃん」
「本当に殺さないでくださいよ。特にミサ」
「安心しろ。俺もババアに死んで欲しくはねぇからな。ちゃんと加減して、お前に飼わせてやるぜ」
かくして、三人の使徒はそれぞれの武器を手にした。
対するベルクローゼンは古流柔術の構えをとることもなく、静かに立ったまま。けれど、その真紅の瞳には絶大な魔力と殺意が迸る。
「これが妾の終わりか。所詮、果たせぬ使命であった……申し訳ありませぬ、姉上様方。どうかあの世で、妾を叱ってくだされ」
自責の言葉と共に、一度だけ目を瞑る。
再び開いたその時、ベルクローゼンの瞳は完全にドラゴンのものと化した。
瞬間、小さな体から膨大な黒色魔力のオーラと共に、紅いスパークが激しく明滅する。
天高く翻る漆黒の翼。黒々とした竜鱗に全身を覆う巨躯は、正に黒鉄の要塞だ。四肢の先には鋼鉄さえ容易く引き裂く獰猛な鉤爪が並び、長くしなやかに伸びる尾は一打で城壁をも崩すであろう。
現世に目覚めて、実に250年。
仮初の少女の姿を捨て、ついにベルクローゼンは黒竜としての真の姿を現した。
2021年8月6日
第39章はこれで完結です。
すでにお察しかと思いますが、次章はいよいよアヴァロン攻略となります。ようやく、ネルとベルクローゼンにマトモな出番が・・・どうぞお楽しみに。
ネルの種族の正体がついに明らかに。
めちゃくちゃ特別な生まれだと期待された方は申し訳ありませんが、真っ当にハーピィの血を引いているだけ、というのは最初から決めていたことですので。
ただのハーピィに天使とかアホか!! とネロを罵るシーンはかなり以前から考えていたところなので、ようやくここまで来れました。
アヴァロンの隣国ウインダムを出していたのは、ネルの生まれと、実の母親を用意するために必要だったからですね。ネロとは母親違う腹違いでは、とは割と予想された方はいた気がします。
それから、カーラマーラでは獣耳と尻尾だけ生えたオルエンのような、いわゆる都合のいい特徴だけもつタイプの獣人も出していたのは、ネルもまた背中に翼だけ、という都合のいい特徴持ちなので、こういった存在も普遍的にいるよという世界観設定にしておきたかったからです。また、良い子に生まれ変わった四腕のヨッシー君などは、複数の種族の特徴が現れたちょっと珍しいタイプだったり、こういう奴らも少数派ですがいたりします。ファンタジー世界ですので、色んな奴がいる、存在できるような世界観です。
クォーターのネルが産んだ子供は、翼が生えるのかどうなのかといえば・・・生えたり、生えなかったりするんじゃないですかねぇ(適当)
あんまり真面目に遺伝を考えると、分かりやすい特徴が淘汰されたり混ざり過ぎて均一化されたり、と個性が消えちゃう結末になりそうなんで、そこはまぁ魔法的な遺伝要素で特徴出たり出なかったりすることで、いい感じになっている、と緩く思っていただければ。
ベルちゃん7歳こと ベルクローゼンについて。
流石に使徒三人相手は負けイベント。ガーヴィナルもサリエルとサシで負けたし。
『呪術師』の方ではリベルタというかなり似たキャラが登場し、さらに自分の身の上も多少語っていましたが・・・同じ生まれの存在ではありません。でも似てはいるので、多少のネタバレ感はありますね。
次章では、この辺もようやく詳しく明かせると思いますので、お楽しみに。