第826話 同盟と従属と誘惑
根回しが功を奏し、三ヶ国へ魔王の加護証明と新同盟締結への、色よい返事が早々に帰って来た。
早速、出発することにする。時間は有限だ。今の俺達にとってそれは、尚更に貴重である。
いや本当に、転移が使えて良かった。移動だけで月単位の時間をかけていれば、同盟の話し合いをしている内に十字軍がやって来るだろう。
そんなワケで、最初に向かったのはファーレンである。
転移できる地点は旧都モリガンの方なので、王都ネヴァンまでは自分の足で移動しなければならない。スパーダではかなり早い内に、首都内のモノリスにも転移できるようにしたのだが、あれはレオンハルト王の迅速な許可と、リリィ以下ホムンクルス達による集中的な復旧作業をしたからに他ならない。なので、他のところでは基本的にオリジナルモノリスにしか転移はできないのだ。
そんなワケで転移後は通常の移動方法となるわけだが、今までの冒険者生活のように、俺がメリーに乗って不眠不休で走り最短タイムで到着、なんて真似をするわけにはいかない。
それなりのお供をつけて、優雅に馬車で道を行くこととなる。
リリィが用意した装飾だけはやたら豪華な馬車。それでいて魔王のイメージに合うよう急遽、黒塗りにリペイントされた専用馬車である。
四頭立ての立派な巨大馬車だけれど、その内の一頭であるメリーは若干、馬車を牽く役目には不服そうだ。やっぱり、俺に直接背中に乗って欲しいのだろう。すまないが、襲撃でもなければ馬車からパージして乗ることはない。
「馬車の旅には、まだ慣れぬのか?」
「そうだな、スパーダからカーラマーラまで向かう時は、ずっとメリーに乗って来たから」
同乗しているウィルが、どこかつまらなそうに窓の外の森を眺めるだけだった俺へと聞いてきた。
今回の同盟を結ぶ三ヶ国には、会食と同じくウィルもスパーダ王として同席することとなっている。
そうでなかったとしても、ファーレンの王妃は実の姉である元スパーダ第一王女シャルディナ殿下。スパーダが滅んだ今、顔を合わせて話したいことは山ほどあるはずだ。
あまり明るい話題にならないことは分かり切っているが、今のところウィルは落ち着いた様子。つまりはいつも通りであり、それが魔王となって何かと堅苦しい思いを早くも実感しつつ俺にとっては、この上なくありがたい。
防音仕様のこの車内であれば、ウィルとは何の気兼ねもなくお喋りもできるというものだ。
「馬車に乗ってるだけだと、どうにも退屈を持て余すな」
「そうか、ならば読書などはどうだ? 酔わなければ、だがな」
「俺は体だけじゃなくて、三半規管も頑丈だぜ」
こういう時は丈夫な体がありがたい。元々、乗り物酔いするタイプでもなかったが。
「我も乗り物酔いとは無縁でな。こういう時は本を読むに限る」
「そういえば、本なんてしばらく読んでいなかったな……」
忙しかった、というか、毎日やるべきことが沢山あったというか。冒険者生活では、身の回りのことは自分でやるのは当たり前だ。サリエルが仕えてくれるようになってその辺の負担は減ったが、かといってあまりのんびりと過ごせる時間ができたわけでもなかった。
ともかく馬車での移動など、こういった隙間時間を利用して読書というのは、とても素晴らしいアイデアに思える。むしろ、何故思いつかなかったというほど。
「ほう、それなりには読んで来た、ということか?」
「そりゃあ、日本にいた頃は相当な。読んだ冊数じゃあ、負ける気はしない」
ただし半分以上は漫画、次いでラノベであることは言うまでもないだろう。有名な文学作品? 教科書でしか読んだことないなぁ……
スパーダにも娯楽小説やら演劇、歌劇などのエンタメは存在こそするが、現代日本には及ばない。テレビ同然のヴィジョンがあるカーラマーラでもそうだ。
日本のオタク文化は最先端にして最大規模なのだ。どこの異世界にだって負けるものかよ。
「ふっ、やはりクロノよ、汝の誇るネーミングセンスからは並々ならぬものを感じておった。それは正しく、読みこんで来た数多くの知識と教養によって成り立つ、先鋭的かつセンシティブなものであると言えよう」
「まぁな、伊達に文芸部員はやってないぜ」
なお、白崎さんの本音評価によると俺の作品はボロクソな模様。
でもっ、オタ教養がなければテンプレだって書けないんですよ!
「文芸とは、また随分と高尚な趣味が出て来たものだな」
「趣味の域は出なかったがな。けど、いつかは俺も、なんて思ったりもしたものさ」
「はっはっは、それもよかろう。だがクロノよ、もしもこの世界で本を記そうと思うなら、やはりこの世界での本を知る必要があるだろう」
「そうだな。やっぱりスパーダにも、誰でも知ってて当たり前、みたいな名著とかあるんだろ?」
これでも神学校に真面目に通っていた時期もあるので、魔法や歴史、モンスターに関する生態などなど、学術系の本について有名どころは知っている。
しかしながら、エンタメとなるとさっぱり手出しをしていなかったので、全く知らないんだよな。
「ならば、この機会に素晴らしきパンドラ文芸に触れるがよい」
そうして、おもむろにウィルは空間魔法の鞄から、一冊の本を取り出し、俺へと手渡した。
手のひらに収まりそうな、文庫本サイズである。なんとも馴染み深い大きさだな。
しかしながら、シックな革のブックカバーに包まれていて、どこか魔術書の如き重厚さを感じさせる。
「これがオススメの一冊ってやつか」
「然り、まずはそれを読むことから始めよ————おっと、カバーは外してよいぞ。表紙は本の顔であるが故、最初に堪能せねばならぬのだから」
「へぇ、これそんなに表紙買いしちゃうほど凄いのか————」
と、何気なくカバーをめくって、露わとなった本の表紙に、俺は目を剥いた。
そこに描かれていたのは、どこか懐かしさを感じさせる美少女の絵だ。
その肌色成分大目で、露骨に媚びたポージングと衣装、さらにはあざとい表情の美少女は、男を扇情することだけに特化した存在でありながら、俺にとってはこの上なく郷愁を誘う絵柄であった。
さらには、黒字に桃色で描かれたやたらポップな字体に、ハートのロゴまであしらわれた本書のタイトルが大きく記されている————『プリムの誘惑』、と。
これ、ラノベだ……絶対、ライトなノベルだよ。
読まなくても分かる。この表紙イラストの隅っこに描かれている如何にも冴えない感じの少年が、デカデカとエロ可愛い魅力たっぷりに描かれたプリムというヒロインにあたふたしながら振り回される感じのアレだ。
18禁ではないけれど、全年齢の限界に挑戦したシーンをこれでもかと盛り込んだ、青少年の心を惑わす刺激的な内容に違いない。俺は詳しいんだ。
「ウィル、これは……」
「それは『プリムの誘惑』。少年向け娯楽小説の金字塔よ。幼少より読書を嗜む様な知識層の少年は皆、プリムに初めての恋をするものだ」
誰もが認める名作、エロラブコメモノの原点というやつか。
だがしかし、こんなにもラノベっぽいものが存在するとは。いや、まだ本文一行も読んでないから何とも言えないが、表紙からして日本の萌えを完全理解したような絵柄になっている以上、もうそうとしか思えない。こんなの絶対、表紙買いするやつじゃん。
「その印象的な表紙にまず目を奪われるであろう。安心せよ、この本は他の小説とは異なり、何枚もの挿絵が随所に描かれ、プリムの魅力的な姿を拝むことができる。しかしこれは絵だけの作品ではなく、やはりストーリーそのものが最高品質であるのだ。文章は平易ながらも読みやすく、心に染み入るような秀逸な表現がここぞという時に————」
「ウィル、少し静かにしていてくれないか」
俺は手を向けて、作品の魅力について語り出すウィルを止める。
そして、彼の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「集中して読みたいんだ」
「ふっ……これは失礼した。存分に楽しむがよいぞ、我が魂の盟友よ」
「いいや、こちらこそ。この一冊と出会わせてくれたこと、心からの感謝を捧げる、ウィルハルト王」
そうして、俺は完全に期待の新作ラノベに臨む気持ちで、『プリムの誘惑』の1ページ目をめくった。
それにしても、この表紙に描かれたプリム、ウチのプリムに激似なんだよなぁ……はっ、まさかリリィ、このラノベを知っていてプリムと名付けたのか!?
いや、今は気にするまい。とにかく、この溢れる期待感と共に、まずは読み進めるとしよう。
その一室は、えも言われぬ緊張感に包みこまれていた。
ここに座るのは、ジン・アトラス王国の国王を筆頭に、アトラス大砂漠の周辺国の君主が並ぶ。アトラスの支配者そのものと言っても過言ではない錚々たるメンバーが揃っているが……それはもう、過去の話である。
「揃ったわね」
全員の視線を一身に受けながらも、まるで気負った様子もなく口にしながら、一同の上に立ったのは一人の幼い少女。
幼児と言う他はない小さな体に無邪気な微笑みを浮かべる、輝く羽を生やす妖精こそが、今この時、アトラス大砂漠を支配する絶対的な存在————パンデモニウムの女王、リリィである。
「この度は、リリィ女王陛下にお招きいただき————」
「ああ、そういう堅苦しい挨拶はいらないわ。ここは他に人目もないのだから、体面を気にしなくていい。だから、早く本題に入りましょう」
にこやかな笑顔で手を振りながら、かしこまったジン・アトラス王の挨拶を遮った。
リリィがさらに軽く手を振れば、音もなくホログラムが起動する。
彼らの前には、パンデモニウムを中心とした、アトラス大砂漠全土の立体的で精巧な地図が投影された。
明らかな古代の技術を目の当たりにして、王といえども驚きで呻く者も少なくない。また一つ、リリィ女王が誇る古代魔法の力を見せつけられた気分である。
「貴方達がここに来たということは、エルロード帝国との併合を認める、と受け取っていいのよね?」
「はい、女王陛下。我がジン・アトラス王国はエルロード帝国へ加わることを宣言いたします。また、先に提示された条件も全面的に認めます」
リリィが王宮に乗り込み、聖なる湖から水を抜いたことで心が折れたジン・アトラス王は、無条件降伏をその場で宣言した。
すぐ後に、シャングリラに同乗していたパンデモニウムの外国特使と詳しい降伏条件、すなわちエルロード帝国併合後の統治をどうするかについての交渉が始まった。
もっとも、あまり大きな反発もなく交渉はおおよそどこの国もスムーズに終わった。元より、リリィの力によって国土そのものが握られているも同然なのだ。交渉の余地などハナからない。
「我々、ロックウェルも通商委員会の全会一致をもちまして、エルロード帝国に加わることを決定いたしました」
「……デサントスも、併合を認める」
集った各国の代表者達からは、順に帝国への帰属を認める旨の宣言がなされていく。
如何にも不服、といった感情を抑えようともしない態度の者もいたが、所詮はその程度。この期に及んで、リリィに逆らう真似は誰にもできなかった。
「ようこそエルロード帝国へ。貴方達の参加を心から歓迎するわ。これからは同じ帝国の仲間として、魔王陛下へ忠誠を捧げましょう」
「魔王陛下へ忠誠を!」
「オール・フォー・エルロード!」
忠誠心の欠片もないが、それでも形式的にはそう宣言しなければならない。無論、テレパシーで各々の心の内など筒抜けのリリィは、そんなことは分かり切っている。彼らの心からの忠誠など、今すぐ求めるのは不可能だ。
故に必要なのは忠誠心などなくとも、帝国へ貢献させる体制である。
「私のクロノ魔王陛下はとっても寛大よ。貴方達の国が、帝国に下ったことで混乱が起きることは望んでいない」
混乱とはすなわち、反乱や内乱のことである。ここで揉めては、リリィ自ら乗り込んで力の差を分からせてやった意味がない。
アトラス連合艦隊を結成して攻め込んできた大砂漠の周辺諸国を、速やかに平定する。それが今のリリィが成すべき仕事であった。
「だから、統治は変わらず貴方達に一任するわ。もう国王を名乗らせるわけにはいかないけれど、これからは総督として治めてちょうだい」
エルロード帝国に下ったことにより、その土地は王族の手を離れ、魔王クロノへ帰属することとなる。
しかし現地の混乱を望まない、引いては、帝国による法律や税制の統一化といった大規模な改革は行わない。行う時間も人材もない、というのが実情である。
つまるところ、各国はそのまま運営されて、十字軍との戦争であるパンドラ大戦へ黙って協力してくれる状態になりさえすれば良いのだ。
そのため、帝国に下ったことを示すために王の名こそ廃するが、全面的な自治権を認める総督の地位を与えることとなった。
「魔王陛下の寛大なるご配慮、大変、痛み入ります」
「必ずや、その御心に叶いますよう、治めてご覧にいれましょう」
王の名を捨てることは屈辱的ではあるものの、支配者としての地位を約束された上に、国土には直接的な被害は一つもないとくれば、誰もが飲まざるを得ない。戦争に負けて全面降伏したとあれば、王族など一族郎党殺されても何もおかしくはない。
全てを失うか、名誉だけ失うかを選べと言われて、前者を選ぶ者がどれだけいることか。少なくとも、この場には一人もいなかった。
「ええ、頑張って、共にアトラスを豊かにしていきましょう————まずは、各地を結ぶ流砂の高速航路を作ってあげる」
リリィが言うと共に、表示された地図に輝くラインが描き出される。
パンデモニウムを中心に、各地へと最短ルートで一直線に伸びるものと、環状に各地を巡るもの、複数のラインで結ばれてゆく。
「大砂漠の流れは私がコントロールできる。これからは常に変わらず流砂の道があり、大嵐で閉ざされることもない」
「おおぉ……」
思わず、といったようにどよめきが漏れる。すでに聞いてはいたものの、あらためて断言されると、その恩恵の大きさには驚かざるを得ない。
アトラス大砂漠は流砂を用いた砂漠船の交易によって、栄えてきた。不毛の大地である砂漠であっても、各地を結ぶ船の交易路があるからこそ発展できたのだ。
だからこそ、流砂を読み大船を行き来させる熟練の船乗りは稼ぎ頭だし、年末恒例の大嵐は交易の大きな障害となっていた。
しかし変化することなく一定かつ高速の流砂の道ができれば、より船の行き来は容易となり活発化する。さらには大嵐までもが抑えられるならば、毎年必ず停止していた時期でも船を出せる。
高速航路と大嵐の停止は、それだけで一体どれほどの取引量の拡大となるか。商人でなくとも、容易に想像がつくだろう。
「帝国の同胞には恩恵を。けれど、義務を忘れてはいけないわよ」
「……勿論でございます。すでに、志願兵の募集を呼び掛けております」
変わらぬ統治を約束したが、勝者としての取り分はやはり発生する。帝国に下った国々が、最も気にすべき部分であった。
そして全ての国が条件を飲んだのは、圧倒的な力の差があることに加え、想定されていたものより遥かに緩い条件であったからだ。
まずは帝国の一地域として、魔王へ納税する義務である。
今回は併合であり、同じ国となったので、敗戦国として賠償金の請求はされなかった。その代わりに、一定の税を納めることとなるのだが————これが驚くほどに抑えられていた。
占領だろうが併合だろうが、どの道、法外な金額を吹っ掛けるのが戦後の常であるが、リリィは本当に「混乱は望まない」と言うように、国が傾くような税率は求められなかった。
課された税は基本的にはクランによる現金納付だが、国の農業生産によっては麦などの現物でも代替可能など、それぞれに対応した条件がされている。
そういった細々とした違いこそあるものの、どこの国にも負担になりすぎない程度の税を課されるだけとなっていた。
故に、もう一つの条件に関してが、最も悩むべき部分となった。
「魔王陛下は統帥権を持つ。その意味を分かっているわよね?」
「……無論でございます」
リリィの課した条件で最も悩ましかったものが、魔王の統帥権。すなわち、お前の兵権を全て寄越せ、というものだ。
軍事力は統治力そのものと言っても良い。兵が弱くて大国にはなれない。
しかしながら、結局ここで渋ったところで、逆らえる状態ではない。そもそも各国の主戦力を全て合わせても、丸ごと捕まったのが此度の戦いである。連合艦隊はいまだ全員が捕虜とされており、パンデモニウムに抑留されている。
今更、国に残っている多少の兵士を指揮できたところで、太刀打ちできはしない。
「志願兵は集まり次第、順次、パンデモニウムへ送ってちょうだい。パンドラの平和のために戦おうという勇気ある子の参加を待ってるわ」
今すぐまとまった戦力が欲しい。十字軍の脅威を前に、それは偽らざる本音である。
だがしかし、ただ数を集めるだけでは意味がない。それは1500を率いてスパーダへ救援に向かった際の戦いで、クロノもリリィも実感したことである。
隅々まで指揮が行き届く人員と部隊構成だったからこそ、一週間近くに渡ってスパーダの防衛に成功した。余計な犠牲を出すこともなく、銃の威力と射程を活かした最大の戦果を挙げることができたと思っている。
だが、支配の行き届いた軍を用意するのは一朝一夕ではいかない。たとえリリィの洗脳の力をもってしても、遠い戦地で使い物になるように仕上げるには時間も手間もかかる。
かといって、無理に徴用した者達を兵に仕立てても、士気は上がらない。最悪、反乱だってありうる。
そこで、志願兵を募ることとしたのだ。
パンドラの平和のため、という耳障りが良いだけで、曖昧で漠然としたスローガン。けれど、そんなものだけでも立ち上がる気概のある者が必要だった。
本人のヤル気さえあれば、あとは問題ない。パンデモニウムで装備は揃えられる。訓練の環境も整った。
自分の国のためだけではない。パンドラ大陸全てのために戦える兵士だけが、今必要な人材であった。
「期待しているわよ。ところで……一人、足りないんじゃないかしら?」
アトラス連合艦隊は、盟主であったジン・アトラス王国を含め、全14ヶ国で構成されていた。
しかし、ここには各国の代表者は13人。
「女王陛下、どうやらベルドリアは帝国への降伏を受け入れぬつもりのようですな」
欠席した国がどこか、など最初から分かり切っていた。
そして各国の動向もすでに探っていたジン・アトラス王が、代表してリリィへと言う。無論、リリィとてベルドリアという国だけが交渉を蹴ったことは知っている。
リリィが直接シャングリラで乗り込んだのは、ジン・アトラス、ロックウェル、デサントス、の主要三ヶ国だけである。他の国々まで回るほどの余裕はなかったし、最も力のある三国が無条件降伏の意思を示すだけで、他の小国が追従するには十分だった。
ベルドリアは、それと同じく降伏を選ぶより他はない小国の一つに過ぎない……と、思われていた。
「おかしいわね、どうして来ないのかしら?」
そんなこと、派遣した使者からの連絡でとっくに知っているだろうに。けれどリリィは、露骨に集った面々へと問いかける。
シン、と嫌な沈黙が流れる中、やはりそれとなく視線が集まったのは、ジン・アトラス王である。流石は連合艦隊の盟主。今もってなお、その影響力は健在だ。
「恐れながら……ベルドリアは大砂漠では最西端の立地にあります。そのため、陸路による他国への交易路もあるため、砂漠貿易を封じられても独立を維持する自信があるのかと」
「ふーん、他には?」
「ベルドリアは連合艦隊に参加こそしましたが、14ヶ国の内で最も少ない艦艇数しか出しておりません。さらに言えば、かの国の主力は砂漠船による海軍ではなく……飛竜による空中戦力にあります」
「そう、飛竜————いいわね、ちょうど空を飛べる子が欲しかったところなの」
店先で気に入った服でも見つけたかのような笑顔と声音で、リリィが言う。
それを見た彼らは、一様に思った。
あっ、ベルドリア終わったな。
2021年5月21日
ついに『黒の魔王』が連載10周年を迎えました!
感想欄でお祝いの言葉も沢山いただきました、どうもありがとうございます。
初投稿が11年5月14日なので、ちょうど先週の更新で10年目となりした。自分でも驚きですが、この10年、何事もなく書き続けることができたこと、そして何より、長らく応援をいただいたことに最大限の感謝を。本当に、ありがとうございました!
ようやくクロノも魔王として動き出したので、これからもどうぞ『黒の魔王』をよろしくお願いいたします。流石に、20年目を迎えるより前には完結まで辿り着きたいなと思いますが・・・精一杯、頑張らせていただきます、とだけ。
それでは、次回もお楽しみに。