第824話 宣言の裏で
「————はい、カット」
サリエルの静かな声が、暗い玉座の間に響き渡る。
「ぶはぁ……緊張したぁ……」
瞬間、俺はどこまでもだらしなく玉座の上で体をダラーンとさせて力を抜いた。
ねぇ、これホントにカメラ切れてるよね? 実はまだカメラ回ってたら、全部台無しだよ。
「クロノ、お疲れ様。とってもカッコよかったよ!」
リリィはピカっと輝いた瞬間に幼女姿へと戻り、玉座でダラける俺の上へとダイブしてきた。
可愛い幼女リリィを撫でまわし、俺は緊張を解きほぐす。ああ、国の統治もできる上に、撫でてリラックス効果もあるなんて、本当にリリィは万能だなぁ。
「お疲れさまでした、クロノさん。ちゃんと魔王っぽくなっていたと思います」
「そうか、フィオナがそう言ってくれるなら安心だ」
「うむ、完璧な演説であったと、我も保証しよう」
「ふん、練習通りと言ったところか。この俺が協力している以上、失敗は許さんがな」
「お見事でございます、クロノ魔王陛下。その御名と御姿は、パンデモニウムの全ての者の目に、しかと刻まれたことでしょう」
今回の魔王宣言、その内容を一緒に考えてくれた、ウィルと、あと何故かゼノンガルト。台詞は勿論、演説する際の身振り手振りなども、この二人から熱い指導を受けたここ一週間である。
それからカーラマーラ大公ジョセフも、色々と協力をしてもらった。だが魔王クロノをアピールするために、大変なのはこれからだろう。
「みんな、ありがとう。ひとまず、お披露目は上手くいって良かった」
内容を忘れて頭真っ白、台詞噛み噛み、マントの裾を踏んずけてコケる、などなど最悪の状態は回避し、練習通りに演じ切ることができた。
今更になって流れてきた緊張の汗を拭いながら、俺はそうお礼を言う。
ここは大迷宮の第五階層ではなく、本当に『神滅領域アヴァロン』だ。
天空戦艦シャングリラがパンデニモウムへと転移させた結果、ここは古代の遊園地でしかないのだが、それでも施設そのものは半ばまで機能している。つまり、今でもここへと転移することは可能。
当然、この玉座の間はディスティニーランドのシンボルでもある、中心に立つ城だ。
俺とリリィが愛をかけて戦い、そしてこの玉座の上で心臓を交換した、思い出の場所。正直、あんまり良い気分はしないのだが……ここ以外に相応しい場所がなかったのも事実である。
魔王を名乗るに相応しい、それらしい玉座の間を演出するため、ランドに残っていたホムンクルス総動員で、この黒い玉座の間へとリフォームされた。勿論、デザインのイメージは俺が実際に魔王ミアと謁見した、本物の玉座の間である。
「あとは、どこまで見た人に伝わっているかだけど……」
今回の魔王宣言には、幾つかポイントがある。
冒険者クロノは、魔王ミアの加護を授かった、正当な魔王の後継者であるということ。
クロノは異邦人であり、魔王の神であるミアによって選ばれた特別な存在で、十字軍からパンドラを救う使命を与えられているということ。
パンデモニウムの女王であるリリィが、魔王クロノに臣従を誓うこと。
エルロード帝国の復活を宣言し、パンデモニウムをリリィの治める領地として承認すること。
そして、エルロード帝国の帝都として、『神滅領域アヴァロン』の領有を宣言すること。
と、この辺の内容を詳しい説明は省きつつ、一気に見せてアピールしようというのが今回の魔王宣言の目的だ。
俺が魔王だ、と名乗るのは当然として、異邦人でありミアに選ばれた使命を背負う、と言ったのは、俺という人間に魔王となるに相応しい特殊性を持たせるための、都合のいい方便である。つまり、話を盛ったのだ。
そもそも俺がこの異世界へと召喚されたのは完全にただの不運であり、呼び出した張本人はミアではなくジュダス司教というあのクソジジイである。少なくとも、俺の召喚にミアは関わってはいない。
けれど俺が異邦人という、この世界においては特殊な存在であることは事実。あるいは、異邦人であることが嘘であったとしても、そう名乗っておいた方が都合いいかもしれないな。
違う世界からやってきた、神に選ばれし者————それくらいの特別感があった方が、魔王らしいだろう。
なにより、すでに俺の加護はパンドラ神殿で証明できる。魔王ミアの加護を授かっている、ということを示せるならば、じゃあ本当にクロノという男は魔王ミアによって選ばれ、異世界から導かれたのだ、という嘘も実に真実味が増すというものだ。
俺が魔王であることを多くの人に知らしめるなら、俺という人間の真実など必要ない。魔王らしい、魔王に相応しい、そう思える偶像となるのが最も効率的なのだ。
そんなワケで、俺は選ばれし特別な存在アピールをこれからもしていくことになるだろう。
それから、リリィの臣従と鍵の授与。
これはとりあえず、パンデモニウムはエルロード帝国に帰属することになるけど、トップはリリィで変わらずやっていきます、という体制のアピールだ。
多くのカーラマーラ民は忘れているかもしれないが、『宝物庫の鍵』はリリィに「貸した」という体になっている。
これは、いつか俺が魔王として名乗りを上げた時に、鍵を返す、というだけで支配権をスムーズに譲り渡せるようにするための仕込みだ。屁理屈みたいなもんだけど、そういう建前ってのは意外と大事である。
そんなワケで、リリィは魔王である俺に鍵を返しパンデモニウムの支配権全てを捧げた上で、パンデモニウムの統治を任せると改めてリリィを任命することで、元通りにするという回りくどいパフォーマンスだ。
パンデモニウムという独立国が、俺のエルロード帝国に併呑されたならば、もう国ではないし、リリィも女王ではないのだが……イメージの問題もあるし、リリィはこれからも女王路線で行くだろう。
というか、エルロード帝国においてパンデモニウムは州になるのか県になるのか、具体的にどういう扱いになるのかも決まってはいないし。ただ、この辺は他の国を取り込む時には、きっちりと定めておかなければならないが。
それから最後に、勝手に『神滅領域アヴァロン』の領有アピール。
これはエルロード帝国を名乗るなら、ここを抑えておかなければ説得力はない。
『神滅領域アヴァロン』はパンドラの最難関ダンジョンであり、間違いなくここが古の帝都アヴァロンである、という伝説は広く伝わっている。誰もがここを、本物の帝都だと認めているのだ。
領土としては都市国家アヴァロンに含まれるし、『神滅領域アヴァロン』の領有もウチにあるという解釈にもなるだろう。
だが、それはあくまでアヴァロンの言い分である。
最難関ダンジョンである神滅領域に、アヴァロンは何ら支配力を及ぼすことはない。つまり、国家として領地を統治できていないのだ。
ならば、ここに住んで治めた者こそが、その所有を認められるべきではないか。
いわゆる、実効支配というやつだ。
都市国家アヴァロンは、神滅領域はウチのもんだと言い張ったところで、実際にここにいるのは俺だ。ディスティニーランドという極一部のエリアに過ぎないが、それでも確かに、この場所を制している。
文句があるなら、奪ってみせろ。軍隊を神滅領域に突っ込ませる覚悟があるならば。
そんなワケで、俺は魔王となるべき選ばれた男で、すでに本物の帝都アヴァロンに城も持っている。これもう完全に魔王だろ。パンドラ大陸で魔王を名乗るのに必要なモノ全部持ってるぜと。そういう理屈である。
「この玉座も今はただのハリボテだが……いつか本物にしてやらないとな」
魔王だ、と大見得を切った。もう後には引けない。
俺が本当に魔王ミアの後継に相応しい魔王クロノと認められるか、それともただ憧れただけの愚か者となるか、それはこれからの実績次第だ。
「大丈夫だよ、クロノは私が、必ず魔王にしてあげるから」
「ああ、ありがとな、リリィ」
ひとまず、リリィに頼り切りにはならないよう、頑張ろうと思う……
パンデモニウムにクロノの魔王宣言が放送されたその日の晩は、偶然か必然か、満月の夜であった。
リリィにとってそれは、月に一度の貴重な時間。言葉を交わすにしても、触れ合うにしても。
けれど今宵、リリィは一人きりで第五階層にある女王の間へと降り立った。他には誰もいない、孤独な空間。薄暗闇の中、白百合の玉座に腰を下ろし、満月の力を受けて少女の姿と化したリリィは呟く。
「かつて、妖精女王イリスは、魔王ミアと敵対した」
恨みがあったわけではない。
ただ妖精イリスの愛した男が、ミアと対立していたというだけのこと。
「けれど女王陛下は魔王の手をとった」
愛する男を、手に入れるために。
それだけのために、イリスは愛した彼さえ裏切り、魔王ミアと手を組む決断を下した。
「妖精女王と魔王の盟約は、今も有効。彼が手元にある限り、約束は果たされ続ける————だから、新たなる魔王が生まれた今、妖精族は協力を」
言いかけて、リリィはやめた。
今更になって、思い出す。妖精は嘘を吐かない。
否。妖精相手に、嘘は吐けないのだと。
「私はリリィ。妖精女王イリスの後継たる妖精姫よ。私はクロノ、魔王を愛している。彼のためなら何でもするし、何でもしてあげたい」
故に、こうしている。
自分の持つ全てを賭けて。
「全ての妖精達よ、私に従いなさい。この妖精姫リリィが次代の女王となるのだから」
唱えた直後、百合の玉座の背後にある漆黒のオリジナルモノリスが、眩い緑の光を発した。
それは普段の赤色の魔力ラインとは異なる。リリィ自身の力、妖精のテレパシーを増幅して発したが故の色。
ここに繋がる巨大な地脈を通じ、リリィの命令は大陸全土へと駆け抜ける。
瞬時に広がったテレパシーの巨大な波動に、敏感な妖精達が気づかないはずがない。特に、今夜は満月。パンドラ大陸に住まう全ての妖精に、リリィの言葉は届けられる————そうして、変化はすぐに現れた。
女王の間に、緑に輝く大きな魔法陣が描かれる。魔法陣の形状と術式は、ここへ転移する際に現れるものと全く同じ。
リリィの命に従って、妖精がこの場へとやって来たのだ。
「あら、久しぶりね。貴女が一番乗りとは」
「リリィ……」
現れた数十もの妖精。彼女達の先頭に立つ一人の妖精は、リリィを前に苦々しい表情を浮かべる。
「うふふ、体の具合はどうかしら?」
リリィは笑って、その妖精を玉座から見下ろした。
ここに集った彼女達は、かつて妖精の森の光の泉に住んでいた妖精達であった。
リリィを半端者と泉から追い出し、最後にはリリィ自身によって泉から追われた者達。
「アンタのせいで散々よ……新しい住処を探すどころじゃない。森にも山にも、あの人間共が入り込んできて、私達を見つけるなり追いかけてくる」
彼女は手足を射抜いてズタボロにしたものだが、傷そのものはとっくに癒えている。しかし、問題は負傷などではなく、その後の過酷な生活にあったようだ。
語られる恨み節からは、憎しみよりも疲れ果てた気持ちの方が色濃く出ている。
「そう、それは大変だったわね」
「半分も仲間が捕まった!」
「まだ半分も残っているじゃない」
「リリィ! アンタの、アンタのせいで————」
「ええ、私のお陰で貴女達は半分も生き残っていられるのよ。光の泉にこだわって残っていればどうなっていたか、今なら理解できるでしょう」
挑発的なリリィの台詞に、あの時と同じように睨みつけてくる。
けれど、その目に浮かぶのは、ただの怒りの感情ではなく、一粒の涙であった。
「うっ……くっ……助けてよ」
「助けて欲しい?」
「助けて。私達はもう限界なの。これ以上は、もうどこにも逃げ場がないってくらい……でも、アンタの声を聞いた。ここへ飛んでこれる、道も開いた」
「モノリスの近くに居たのは、運が良かったわね」
テレパシーで声は届けられても、アクセスできるモノリスなくして転移までは不可能だ。
彼女達は元々、どこぞの山奥にひっそりと隠されていたモノリスの周囲にでも住んでいたのだろう。
妖精女王の加護の満ちる『光の泉』が妖精にとって最上の住処であるが、次点では魔力の濃い環境、すなわち龍穴。そして、古代に龍穴があった場所にはほとんどモノリスは作られており、現在でも龍穴として機能している場所も残っている。
光の泉を追われた妖精が、モノリス周辺に集まるのは自然な選択と言えよう。
「いいわ、助けてあげる。私は妖精姫だもの」
「ええ、そうね、認めるわ。リリィ、アンタが……いいえ、貴女こそが妖精女王イリスの後継者、妖精姫リリィでございます」
そうして、妖精達は床に降り立ち、リリィの前にひれ伏した。
その姿を満足気に、いいや、どこか憐みを含んだ目でリリィは見つめるのだった。
「今なら、貴女達の気持ちが分かるわ。こうなることを、恐れていたのでしょう」
普通ではない、リリィの誕生を彼女たちは見ていた。けれど、忌避した本当の理由は呪わしい生まれでもなければ、半人半魔だからでもない。
恐れていたのだ。新たな妖精姫が誕生し、妖精女王イリスの時代が終わりを迎えることを。
未来をどこまで予感していたのかは、当の妖精達にも分かりはしない。
ただ、途轍もない不安感というべきものを、彼女達はリリィに対して抱いていたに違いない。
「その不安と恐れは、正解だったわね。もう自由気ままに遊んで過ごせる平和な時代は終わってしまったの。戦争が始まる。地獄のような戦争が」
すでにリリィは決意した。
パンドラに住む全ての者を、戦争という地獄に叩き込んでやると。それは同じ妖精族とて例外ではない。
「この戦いからは、決して逃れられないし、逃がすつもりもない。妖精姫の名の下に、全ての妖精は私が率いる。従いなさい。そして、尽くしなさい」
「……姫殿下の、仰せのままに」
「うふふ、そう心配しないで。貴女達に最前線で戦って来いなんて言わないわ。大切な同胞だもの。それに適材適所と言うじゃない。妖精には、それにふさわしいお仕事が沢山あるのよ」
妖精を戦わせるなんて、とんでもない。自分じゃあるまいし。
妖精の強みとは何か。
魔法生物としての魔力か、愛らしい容姿か、空を飛ぶ羽か。いいや、そのどれでもない。
精神感応だ。
「貴女達の力で、エルロード帝国を一つにまとめ上げるのよ」
人の心を読み取る力を持つ手駒を手に入れ、地獄の女王は大層、上機嫌に笑った。
「————妖精姫、ですか。なるほど、ついにリリィさんも、妖精族を従える気になったということですね」
リリィがパンドラの妖精達に呼びかけた満月の晩。
フィオナもまた、クロノと一晩過ごす時間を惜しみながらも、とある場所へとやって来た。
「そ、そのようです……」
フィオナの言葉に、恐る恐るといった様子で相槌を打ったのは、一人の妖精である。
彼女の名はヴィヴィアン。
故郷である光の泉を飛び出し、勝手気ままに人里で生活し、より刺激を求めてついには犯罪行為を平然と行う盗賊団ともつるむ様になった、悪い子である。
いくら小さく愛らしい妖精族とはいえ、悪事を働けば裁かれる。まして、そのテレパシー能力を活かして盗賊団の活動に大きく貢献していたとなれば、賞金首にまで指定されることもおかしくはない。
そして彼女は捕まった。悪党の末路としては妥当なものだ。
しかし捕らえたのは幸か不幸か、騎士団でもなければ賞金稼ぎの冒険者でもない。魔女であった。
最強の妖精リリィを殺すための実験材料にされ、挙句の果てには妖精族の固有魔法を封じる対妖精最終兵器『妖精殺し(リリィスレイヤー)』のパーツとして利用されるという、これまで働いた彼女の悪事よりも何倍もの非道をその身に受けたのだ。
そんなヴィヴィアンは、クロノが男友達と共に暴走するリリィを止めるための戦いに、案内役としての役目を果たした後、ついにその身柄は解放————されることはなかった。
リリィを止めた後、シモンと共にいたヴィヴィアンはこれ幸いと行方をくらまそうとしたところ、復活したフィオナによってあえなく捕まり、またしても魔法の水晶に封印され、そのまま彼女の所有物として三角帽子の中へと放り込まれるがままであった。
そして、その封印はつい先日に解かれ、今こうして彼女の生殺与奪を握る絶対的な主として、極悪非道な魔女と対面しているのである。
「妖精達は、あんな命令一つで集まるのですか?」
「全ての妖精が集まることはないですね。でも、半分もいかないにしても、1割か2割は来るかと」
「ということは、妖精姫と名乗っても、神である妖精女王と同等の権力を持つわけではないということですか。ならば、リリィさんの下へ集まる妖精が多少は出てくる理由は?」
「最初にやって来た子達みたいに、人間に追われたり、いい環境にはない場合ですね」
今や十字軍はダイダロスとスパーダの二つの国を支配した。それはすなわち、白き神が信仰される領域が増えたことでもある。
少しずつ、けれど確実に、黒き神々の一柱である妖精女王の加護が、ダイダロス・スパーダの領地であった範囲では弱まり、やがて完全に失われてしまうだろう。
「妖精女王の加護が住処から失われれば、いくら能天気な妖精でも危機感は覚えますから」
「避難民と同じ、というワケですか。他にはなにかあります?」
「うーん、なんとなく気まぐれで、とか。楽しそうだったから、とか。たまたま今は退屈だったから、とかそんなお遊び気分で来る子もそれなりには出てくるでしょうね」
実に妖精らしい理由が出たものだ。
しかしながら、呼びつけた相手はあのリリィである。
ただの冷やかしでは済まさず、適切に仕事を割り振ったり、各地の妖精族へと渡りをつけるなり、上手いこと勢力を広げる手を打つのだろう。
「やっぱり、私にリリィさんと同じ真似はできそうもありませんね」
今やリリィは誰もが認める一国の女王である。百万もの人々を、彼女は一言命じるだけで動かすことができるのだ。
そして、クロノはついに魔王を名乗るに至った。
人の心の機微には疎く、社会的な地位に関しても頓着しないフィオナであっても、クロノがどれほどの覚悟を抱いているかは、想像するに難くはない。
リリィもクロノも、立場が変わってしまった。
けれど自分は。私は何も変わらない。
フィオナ・ソレイユという少女は、いまだにランク5冒険者の『魔女』という以外の肩書は持たないのだ。
「これ以上、差をつけられるワケにはいきませんからね————بداية(起動)」
フィオナが一言、そう呟けば、俄かに暗闇の空間に光が満ちる。
それは全長3メートルほどのモノリス。漆黒の表面には、黄金に輝く古代文字の羅列が、燃え盛る炎のような勢いで描き出された。
「うわっ、ホントに動いた!」
「モノリスの扱いは、ずっと傍で見てきましたからね」
これまで、モノリスの操作は第一にリリィ、第二にクロノが取り扱ってきた。
テレパシーによって誰よりも仕様と操作を理解しているのがリリィであり、黒化によってコントロールを取り戻す力を持つのがクロノであった。
古代魔法についてそれなりの知識は持ち合わせてはいるが、専門ではないフィオナは、これまで二人に任せきりで、自分からモノリスに触れることはなかった。
だが、決して扱えないのではない。
正確には、学習したのだ。リリィという、実際にモノリスを自在に操る究極の『古代魔術師』と呼ぶべき者がすぐ傍にいる。古代魔法を学ぶのに、これ以上の師はいない。
フィオナはリリィに一度たりとも教えを請うたことはない。けれど、傍で見ているだけで十分。あまりにも十分に過ぎた。
なぜなら、フィオナは天才だから。
絶大な魔力量による暴走するほどの大火力ばかり目立つが、そもそも、それほどの威力を魔法として完成させる演算力と術式構成は並大抵の魔術師の力量を逸脱している。
未知なる古代魔法。けれどそれを操るリリィを観察することで、フィオナはモノリスを操るに足る理解を得たのだった。
「ね、ねぇ、これホントに勝手に動かして大丈夫なの……?」
「このモノリスは中枢から切り離された独立回路です。どこにも繋がっていなければ、リリィさんだって気づきようはありませんよ」
今、フィオナがいるこの場所は、大迷宮の第四階層『結晶窟』。中でも、隠しボスがいるとされる広間である。
その隠しボスは、すでにフィオナの後ろで消し炭と化しており、この場を堂々と占拠している。
大迷宮で活動する冒険者としては、ここはあくまで隠しボスのいるレアなボス部屋の一つに過ぎない。ボスを制した冒険者は、このモノリスを利用して地上に戻るか、第五階層へと進むか、という選択をするだけの、単なる通過点である。
しかし、フィオナはこのボス部屋こそが、大迷宮にいながら、リリィの監視を逃れられる貴重な隠れ場所だと見定めた。
「ここを私の、新しい工房にします」
2021年5月7日
前話の魔王宣言で、ついにクロノが公に魔王を名乗り、リリィから『黒の魔王』のタイトルコールもあり、とお祝いの言葉を沢山いただき、ありがとうございました。
ここまで来るまで長かった・・・長すぎた・・・どうしてこんなことに・・・
しかし、これでようやくキーワードの架空戦記タグが活かせるようになりました。元々、ヤンデレタグしか機能していないようなところもありますが。ともかく、連載を始めた頃に私が思い描いていたところまでようやく辿り着いたのだな、と感慨深い回となりました。
それでは、いよいよ戦記らしくなってきた『黒の魔王』を、これからもお楽しみに!