第823話 魔王宣言
清水の月17日。
スパーダ王城よりパンデモニウムへと全面撤退した翌日のことである。
俺、リリィ、フィオナ、サリエルの四人は第五階層に設けられたプライベートスペース、最初に攻略した後の寝泊まりに利用した司令室にて集まった。
「はい、それではエレメントマスター緊急会議を始めたいと思いまーす」
音頭を取るのはリーダーである俺、ではなく、リリィだ。
俺は俯き加減のまま、顔を上げることができない。
「今回の議題は、コレ」
そしてリリィが室内に設けられたヴィジョンを指すと、鮮やかな映像が再生される。
そこは多くの人々が立ち並ぶスパーダ王城の玉座の間で、そのど真ん中に立つ俺がアップで映し出されていた。
「俺は魔王クロノだ! スパーダ人よ、今日ここで国が滅びようとも、諦めるな。俺と共に来い。俺と共に戦え。魔王ミアのように、俺は再びパンドラ大陸を統一する。このスパーダを、十字軍から必ず取り戻して見せる!! スパーダ王ウィルハルトに問う。亡国の絶望に屈し今日ここで死ぬか。それとも、この魔王クロノと共に、地獄のパンドラ大戦に挑むか————さぁ、選ぶがいい」
「おおー、クロノかっこいい」
「歴史に残る宣言です、マスター」
「もう一回いいですか?」
「か、勘弁してください……」
俺が魔王、と叫んだことに後悔はない。
実際、あれでウィルは決心を固め、あの後は得意の口八丁全開で、王城中の人々の説得に回った。ウィルに続き、大臣や騎士、パンドラ神殿の神官達も協力してくれたのも大きいだろう。
思いのほかスムーズに、王城から転移での避難が成功した。
お陰で、いの一番に駆けつけて来るだろう第八使徒アイの新たな面も、拝むだけの余裕ができた。アイツ、本当にアイゼンハルト王子の体を乗っ取っていたな。
まぁ、それはともかくとして、スパーダ王城で玉砕という悲劇を回避することができたワケだ。成果としてはもうそれだけでも十分だと思うし、あの選択が間違いだったとは思わない。
しかし、だからといって恥ずかしくないワケではない。
「俺は魔王クロノだ————」
「おい、ちょっともういいだろ! 止めてくれよ!?」
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない」
「マスターの顔、力強い声、『(マクシミリアン)暴君の鎧』の姿、全てにおいて魔王を名乗るに相応しい」
「うーん、これは完全に魔王」
「そうやって身内に茶化されたら恥ずかしいに決まってんだろ!」
「えー、そんなことないよー」
「そんなことないですよ」
言いつつも、完全に目が笑っているリリィとフィオナである。だからといって、サリエルみたいに真顔で褒められても困るのだが。
そうして、ひとしきり弄られた後、ようやく本題へと入る。
「————本音を言えば、ここでクロノが魔王を名乗るのは予定外だったわ」
「すまん、勝手なことを言い出したという自覚はある」
「ううん、いいの。結果的に、それで多くの命が助かったのだから」
「ウィルハルト王は、マスターとは懇意。スパーダ人の協力を仰ぐなら、彼の生存は非常に有効」
「亡国の首都にわざわざ応援に出向いて、恨まれても困りますしね。恩も売れて良かったのではないでしょうか」
サリエルとフィオナの言うことはもっともだ。
国が滅びたとしても、王が生き残っていればそれだけで立ち上がる人々も多い。それに、ただ十字軍に敗れて逃げた、というより魔王という希望があるだけ、前向きでいられるはずだ。
「けど、だからこそもう引っ込みもつかなくなったがな」
覚悟の上とはいえ、そこから具体的にどうするのかが問題だ。
俺が魔王だ、と大言壮語を吐いた以上、下手なことはできない。失敗は失望に繋がり、希望を持っただけ反感も強まるだろう。
「私はもう少しパンデモニウムが形になってから、と思っていたけれど、スパーダが滅びた今が、一番良いタイミングなのかもしれないわ————クロノが魔王であると、大々的に示しましょう」
それはパンデモニウムだけでなく、他の国々にも伝えるということか。
いわば魔王宣言とも言うべき行為は、パンドラの歴史ではそう珍しいことでもない。ダイダロスの竜王ガーヴィナルも、魔王であると名乗ってはいないが、魔王になることを公言して領土拡大を行っていたわけだ。
魔王になる、あるいは、俺が魔王だ、と叫んで戦争を仕掛ける奴らは、歴史上幾らでもいる。
だから今更、俺が「魔王だ!」と宣言したところで、多くの国々は「またか」と思うだけだろう。他国じゃなく自国の民だって、ウチの王様そういうタイプか、と冷ややかに見るだろうしな。
「それなら、名乗っても名乗らなくても同じではないのですか?」
「最初に明確なスタンスを示しておくことに意味があると思うわよ」
誰も言い分を信じないなら意味はないというフィオナの気持ちも分かるが、リリィの言うことも分かる。
「魔王を名乗らなければ、全面的に十字軍と戦うのは筋が通らないしな」
スパーダを制した十字軍は、もう一国だけが奴らと相対する状況ではなくなった。おまけに、ネロの『ネオ・アヴァロン』建国のように、明確に十字教側を宣言する国もこれから増えてくるはずだ。
リリィの言う通り、大陸全土を舞台に奴らと戦わねばならないパンドラ大戦といった状況にこれからなっていくだろう。
「魔王だから、大陸を侵略する十字軍と戦う。俺のスタンスを伝えるには、結局これが一番分かりやすい形になる」
俺個人の感情や経験など、どれだけ語っても意味はない。身内や近しい人には伝わるだろうが、大陸の全ての人に理解を求めるのは無理な話だ。
だが、ことパンドラにおいて魔王の名が持つ意味は絶大だ。
ミアが俺に加護を授けてくれるなら、そのネームバリューだって利用してやるさ。
「最初は、私達だけが信じていればいいわ。けれど魔王として十字軍と戦い、魔王の名をもって人を救えば、信じる人は増えていく。まだパンデモニウム軍は数も質も揃わないけれど、いずれ大陸で最大最強の軍隊にするわ。そうなれば、誰もが魔王軍と呼ぶでしょう」
「実績を重ねて信頼を得るってことだな。問題は、そう上手く行くかってところなんだが……」
「それは追々、考えるとして、今はまずクロノの魔王宣言をどうするか決めましょう」
「魔王を名乗るくらいですから、派手にしないといけないのでは」
「フィオナ様に賛成。魔王としての威を知らしめることが求められるかと」
「うっ……」
それはそうなんだけど、考えるだけで気が重くなってくる。
王城でのことは、ウィル達の命もかかっていると思えばこそであって、単純に俺様が魔王だぜアピールするためだけのパフォーマンスとなれば、途端に恥ずかしくなってくる。
俺はリリィみたいに、いきなりアイドルデビューするような度胸はない。
「ちょっと待ってくれ。今回はパンデモニウムだけに向けての宣言でいいだろう」
「大陸全土にモノリス放送を強制するんじゃないんですか?」
「映像情報を流すだけなら、できるわよ」
「いや、今から目立つような真似をするメリットはないだろう」
また魔王に憧れるアホが現れた、で済めばそれでいい。
しかし魔王を名乗るということは、領土拡大の野心を宣言していることと同義になる。つまり十字軍とは何の関係もない他国が、警戒感を抱く。もしかすれば、そんな野心を示したならば、攻められる前にこちらから、と先制攻撃を決断させるかもしれないし、あるいは、現時点で何かしらの戦争の理由を求めている国だってあるかもしれないのだ。
リリィが言った通り、パンデモニウムはまだまだ形になっていない。
生きた古代遺跡である大迷宮を掌握したとはいえ、とても大陸全土で大戦争できるほどの戦力は整っていないのだ。スパーダの救援に赴いたあの1500程度が、現状での精一杯である。一国の戦力としても、あまりにも心許ない。
「俺達は、力を蓄えなければならない。単純な兵数もそうだし、使徒に対する備えもな」
「クロノは、本当にそれでいいの?」
俺の顔を覗き込むようにして、リリィが問いかけてくる。
わざわざ彼女がこんな聞き方をするのは、俺の心を見透かしているからだ。
「ああ、これでいい。たとえ、それで他の国が十字軍に侵略されたとしても」
すでにスパーダは滅び去った。
俺があれほど守りたいと願ったスパーダさえ、あっけなく滅んでしまったのだ。
使徒一人に対抗するくらいの力は手に入れた。カーラマーラという国さえ支配してみせた。
けれど、まだ足りない。まるで足りていない。
十字軍。あの最悪にして強大に過ぎる大軍団と真っ向勝負するには、あまりにも俺の下にある戦力が足りないのだ。
「今の俺じゃあ、大陸の全てはとても守れない。時間が必要だ。奴らに対抗できる戦力を揃えるまでの、時間が」
「きっと、その間にも多くの血が流れるわ」
「そうだ。けれど、どう足掻いても、どんなに願ったって、それをゼロにすることは不可能なんだ……俺にできることは、流れる血をどこまで少なくできるかだ」
一人の犠牲者も出さない、なんて理想論を叫ぶ段階はとうに過ぎ去っている。
どんなに認めたくない、どんな苦しい現実だとしても、俺はそれを認め、受け入れるしかない。その上で、どうするか、何が出来るかが大事なのだ。
そう思わなければ、積み重なった犠牲と悲劇を前に、心が折れてしまうだろう。
「いいわ、クロノがそう決めたのなら」
「リリィさん、ちょっと過保護じゃないですか。それくらいの現実は、クロノさんだってとっくに受け入れていますよ」
「そうだ。リリィ、お前にだけ罪を背負わせるつもりはない」
リリィは優しいからな。俺が犠牲を許容できないと思えば、俺が犠牲に気づかないようにするだろう。
犠牲が出るのは止められないから。それで傷つく俺の心を、リリィは守ろうとするだろう。
でもな、そんなもんは頑張って守るほどの価値はないんだよ。
リリィが隣にいてくれる。それだけで、十分すぎるほど俺は報われているのだから。
「うん、そうだよね……だってクロノは、私と一緒に地獄に落ちてくれるもんね」
「私もご一緒しますので、二人きりにはさせませんよ」
「……私も、マスターに忠誠を誓った身です。地獄の底までお供いたします」
「と、とにかく、今は俺達の戦力増強を最優先するってことだ。その意味と覚悟を、分かってくれればそれでいい」
非常に危険な話の逸れ方をしたからな、強引とはいえ戻させてもらおう。
「分かったわ、それじゃあ魔王宣言はパンデモニウムだけにするわ。借りた『鍵』を、もう返すことになるなんてね」
リリィがカーラマーラを統べる女王に至った最大の根拠は、ザナドゥから継承した『宝物庫の鍵』である。
年明け早々に放送した時、俺は確かに言った。リリィにこの鍵を『貸す』と。
この貸した、借りた、という関係が重要なのだと、あの放送内容を考えたリリィは言っていた。
すなわち、リリィは女王として君臨するが、いずれ俺が魔王として、さらに上に立つ時が来ると分かっていたからだ。
「まぁ、返して貰っても、すぐまた貸すことになるけどな」
パンデモニウムは、もうリリィ女王陛下ナシでは動かないからな。女王陛下万歳だ。
「それじゃあ、早く準備しないとね。素敵な宣言ができるよう、私がプロデュースしてあげる!」
満面の笑みで、リリィはそう言った。
月が変わり、緑風の月1日。
正午のパンデモニウムは、毎日流れるリリィの歌と踊りが流れるのが、早くも当たり前の日常と化している。
しかし、今日は違う。
支配の行き届いた中央区。スパーダの難民も受け入れ、居住区としての利用が加速している第一階層。そして、東西南北の地区を合わせたカーラマーラ大公領。
このパンデモニウムという国に住む、全ての者がその日その時、近くにあるヴィジョンへと目を向けた。
そうして正午ちょうど、ここ一週間で続けられた予告通り、重大発表と題した緊急放送が流される。
「————ごきげんよう、親愛なるパンデモニウムのみんな」
リリィ女王陛下がヴィジョンに映るのは毎日のこと。しかし、今日は誰もが息を呑んだ。
いつもの無邪気な笑顔で歌って踊る幼い姿ではない。美しく成長した少女の姿で、現れた。
少女姿のリリィが映るのは、初めてアイドルとしてヴィジョンで衝撃的なデビューを飾った時と、カーラマーラの遺産相続レースの優勝を伝えた時と、非常に限られている。
ありがたや、と少女姿のリリィ女王を見ただけで、涙を流して拝む者も少なくない。
「今日は大切な、とても大切なお話があるの。それはきっと、パンドラの歴史に未来永劫、刻まれるほど大事なお話」
そこで穏やかな微笑みを浮かべる表情は一転し、怜悧冷徹な女王の瞳でもって、全国民を睥睨する。
「これより現れるは、このパンドラの真の支配者たる、偉大な御方。さぁ、跪きなさい————」
そうして、リリィもまた、自ら跪く。
パンデモニウムの頂点に君臨する女王が跪いたその先には、一人の男が立っていた。
禍々しい漆黒の鎧を身に纏った、黒い髪と、黒と赤、二色の瞳を持つ人間の青年。
その顔を忘れた者はいない。彼こそ、ザナドゥの遺産相続レースで優勝を果たした男なのだから。
「俺はクロノだ。ランク5冒険者パーティ、『エレメントマスター』のリーダー」
あの時の放送と、同じような自己紹介を、誰もが黙って聞き届ける。
「そう、俺は冒険者だ。このパンドラにはどこにでもいる、ただの冒険者。何者でもない、自由な存在だ————しかし、それも今この時をもって終わりとしよう」
どこか憂いを帯びたような表情で、クロノは目を閉じた。
その沈黙は僅か一拍だけ。
再び開かれた黒と赤の瞳には、ギラギラ輝く強い光が宿っていた。
「今こそ、俺が何者であるか明かそう」
ゆっくりと、全てを包み込むかのように、鷹揚に両腕が広げられる。
そしてクロノは、自らの運命を決める言葉を口にした。
「————俺は、魔王だ」
一言一句違わず、誰もがそう耳にした。
このパンドラでは、ありふれた言葉だ。この台詞を口にした男の子は幾らでもいるだろう。
だが、確かな覚悟を持ってそれを口にする者は限られる。
「俺こそが、伝説の魔王ミア・エルロードの加護を授かった、新たなる魔王」
信じられない。
パンドラに住む者だからこそ、簡単には信じられるはずもない。
「そして、俺は異邦人でもある。黒い髪に、黒い瞳を持つ、この世界とは異なる世界からやって来た。世界を渡るとは、人の手に余る、まさに神の奇跡。俺は選ばれたのだ、魔王ミアに」
魔王で、異邦人。嘘も重ねればどこまでも壮大になるというものか。
だがしかし、クロノは大振りに自らを指し、叫ぶ。何一つ、自分は間違ったことは言っていないと、一片の躊躇もなく。
「魔王ミアは俺に使命を与えた。それは、このパンドラ大陸を救うこと。黒き神々と相対する邪悪な白き神、それを信奉する十字教の侵略者。すなわち、十字軍からだ」
パンドラ大陸は今、滅亡の危機に瀕している。
ダイダロスの竜王ガーヴィナルは敗れ去り、そしてスパーダの剣王レオンハルトも討たれ、ついに十字軍は本格的な大陸進出を果たしている。
挙句の果てに、アヴァロンは十字軍へと寝返り、それに続く国々も出るだろう。
クロノは訴えかけた。
「今や十字軍は、この大陸にあるどの国の軍隊よりも強大な大軍と化している。誰も奴らを止められない。大陸を救う覚悟を持てる者もいない————だから、俺がやる。魔王ミアに選ばれたこの俺が、このクロノが魔王となり、十字軍を討つ!」
力強く握られた拳が振り下ろされる。
そこに籠められた怒りを示すように。
「ここは大陸の最果て、だがしかし、いずれ奴らは押し寄せる。必ず奴らはやって来る。魔族を殺せ、滅ぼせと叫んで、人間以外を一人残らずこの大陸から殺し尽くすまで。そんなことは、断じて許してはならない! 俺はすでに、多くの仲間を失った。理不尽に虐殺された人々を見てきた。苦しみもがいて倒れた彼らの姿は、明日のお前らの姿だ!」
誰も、関係ないとは言わせない。この地に安全な場所など、もうどこにもありはしない。
十字軍、奴らの存在を許す限り、パンドラ大陸に安寧はないのだ。
「これは、願いでも祈りでもない。命令だ。魔王クロノの名をもって命じる————パンドラの全ての者よ、戦え」
「はい、戦います。クロノ魔王陛下」
魔王の最初の命令に応えた、最初の一人はリリィだった。
「この私の全てを捧げて、貴方と共に戦い抜くことを誓います」
そう言って、リリィは『宝物庫の鍵』を差し出した。
しばし、クロノは無言でリリィを見下ろし……そして、鍵を手に取った。
「ありがとう、リリィ。魔王の伴侶にして、パンデモニウムの女王よ」
クロノは高々と『宝物庫の鍵』を掲げる。
「これで、俺はパンデモニウムという領土を得た。故に、ここに宣言しよう————エルロード帝国の復活を」
魔王ミアが治めた、大陸を統一した伝説の帝国。
その名にあやかった国も、その正当後継を自称する国は、現代史上では珍しくもない。都市国家アヴァロンを筆頭に、現時点でも複数、パンドラにはそういった国々が存在している。
だが、そんな偽物とは違う。
これが、俺こそが本物なのだと。そう誇示するかの如く、堂々たる宣言であった。
「リリィ、『宝物庫の鍵』を授ける。パンデモニウムの女王としてここを治めよ」
「はい、魔王陛下の仰せのままに」
そうして、鍵は再びリリィの手へと戻る。
跪いたまま、恭しく受け取ったリリィを見下ろしながら、クロノは鷹揚に頷いた。
「帝国の領土は今、帝都となるここ『神滅領域アヴァロン』に、リリィのパンデモニウムだけの僅かなものだ。しかし、すぐに我が帝国の版図は広がるだろう。すでに十字軍の手に落ちた国がある。すでに滅ぼされた国も、これから滅びる国も。奴らには、この大地の一片さえくれてやるつもりはない。奪われた土地は俺が取り戻す。エルロード帝国は全てを奪い返すまで広がり続けるのだ」
否が応でも戦火は広がる。
十字軍の殲滅に妥協はない。
向こうもそれは同じだから。魔族の存在を、彼らは決して許すことはない。
「必要とあらば、俺は再び大陸統一もしよう。共に戦う同胞は歓迎する。だが敵対するならば容赦はしない。中立も傍観も許さん。大陸全土を巻き込む、パンドラ大戦はすでに始まっているのだから————」
そうして、全てを言い終えたと言わんばかりにクロノは漆黒のマントを翻して背を向ける。
その瞬間に、ただの暗闇だったクロノの背後が照らし出され、そこに大きな席が浮かび上がった。
それは正に、玉座である。
魔王に相応しい、漆黒の玉座。
光を浴びて異様な黒光りを放つ黒き玉座へと、クロノは真っ直ぐ歩み寄り、腰を下ろした。
「……魔王」
誰もともなく、そんな呟きが漏れる。
一条の光だけで照らし出された、暗い玉座の間に座す、漆黒の鎧の男。それは正に、闇を統べ、従える、魔王のイメージに相応しい。
そして、そんな魔王へと寄り添うのは、文字通りに光り輝く姿の妖精リリィ。
魔王クロノへ最初に臣従を示した第一の臣下として、あるいは、伴侶としてか。玉座のすぐ隣へとリリィは立ち、口を開いた。
「————黒の魔王」
静かに語られる、新たなる魔王の名。
パンドラ大陸を救う救世主にして、十字軍にとっての災厄として。
リリィは有無を言わさぬ迫力でもって、自らの民へと命じる。
「その誕生に、ひれ伏し、称えなさい」
捧げよ。
全てを捧げよ。
魔王に、全てを捧げよ。
「魔王陛下万歳————オール・フォー・エルロード」