表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の魔王  作者: 菱影代理
第39章:スパーダの落日
825/1047

第819話 スパーダの敗北者達(1)

 清水の月9日。それはクロノが首都スパーダへと駆け付けたのと同じ頃である。

 ガラハド要塞には、そこかしこに大きな十字の旗が翻り、十字軍により完全に制圧されたことを誇示していた。

 要塞突破の情報を聞いたのか、それとも、あらかじめ後方に待機していたのか。すでに要塞の攻略戦が終わった今になっても、ゾロゾロと十字軍の新たな部隊が現れ続けている。

 ガラハド要塞という難攻不落の大要塞、その攻略という最大の困難を越えた今、十字軍兵士達は意気揚々と開け放たれた正門を通過してゆく。敵の精鋭が立て籠もる大要塞の攻略戦をせず、魔族の大都市へとそのまま襲撃に行けると、彼らは明るい声で口々に語っている。

 正に美味しいとこ取りを狙っていた、後続部隊の指揮官である貴族の判断を彼らは大いに支持しているのであった。

「クソ、奴らまだまだ来やがる。どんだけいるんだよ……」

 カイは、うんざりしたようにそう呟く。

 薄暗い要塞の地下室。そこは捕虜となったスパーダ兵を一時的に収用する監房として使われていた。

 下着姿で手足を縛られ、カイも他の兵士達とひとまとめにされ、この地下牢へと放り込まれている。

 今回のガラハド戦争にも、カイは以前と同じように偽名を使い、ただの冒険者として臨時に編成される第四隊『グラディエイター』に参加した。父親からは屋敷で大人しくしていろと言い含められてはいるが、そんなものは当然無視し、年若くともランク5冒険者として、ギルド本部とのコネを通して参加することに成功している。

 ただ、前回は『ウイングロード』全員での参加だったが、今回ばかりはカイ一人のみとなった。一足飛びにランク5冒険者へと駆けあがったかつてのパーティは、今やその両翼を引き裂かれてしまったかのようにバラバラになってしまっている。

 それでもカイは一人の男として、スパーダ人として、国を守るための防衛戦争への参加に迷うことはない。王城に残されたシャルの分まで、あるいは敵へと寝返った馬鹿な親友も目が覚めるような、圧倒的な勝利をスパーダにもたらさんと意気込んで、ガラハド要塞までやって来た。

 それが、まさか一夜の内に陥落することになるとは。

 気づいた時には、何もかも手遅れだった。正門は開け放たれ、国王レオンハルト以下、名だたる将軍達は軒並み打ち倒され、挙句の果てに、第八使徒を名乗るアイゼンハルト王子の姿。

 ワケが分からないまま、無限とも思えるほどの敵が一挙に雪崩れ込み、ロクな抵抗もできずにあっという間に要塞は奪われた。

 いくらカイがランク5冒険者であろうと、所詮は一個人でしかない。完全包囲された中で『グラディエイター』は降伏した。

 そうして、今に至る。

 他の仲間達と一緒にまとめて拘束されているのを思えば、どうやら自分がスパーダ四大貴族ガルブレイズ家の跡取り息子であることは知られていないようだ。それとも、魔族の殲滅を掲げる十字軍からすれば、王侯貴族も関係なく殺すので、人質としての価値など認めていないのかもしれない。

 どちらにせよ、この地下牢に放り込まれて早三日。ロクに食事が出ることもなく、このまま閉じ込め続けて餓死するのを待っているのでは、と思うほどの放置ぶりが続いている。

 ランク5であり、特に肉体的に頑丈なカイとしてはまだ衰弱してはいないものの、今は少しでも外の様子を探るために、耳をそば立たせることしかできない。

「よう、ガルブレイズの坊ちゃん。外はどんなもんや?」

「坊ちゃんはやめろって言ってんだろ、グスタブのオッサン」

「ガハハ、堪忍や!」

 こんな地下牢で三日もすし詰めにも関わらず、赤銅色のオークは笑う。

 ランク5冒険者『鉄鬼団』は最大の構成員の数を誇るとして、スパーダでは有名だ。その『鉄鬼団』を率いるのが、この赤いオークのグスタブである。

 初めて顔を合わせたのは、今や懐かしいイスキアへの野外演習の際に、ネロと一緒に夜へ冒険者ギルドで酒を飲みに行った時だ。流れで喧嘩沙汰に発展した。

 次に会ったのは前回のガラハド戦争。第七使徒サリエルに、同じように蹴散らされた仲である。

 元より広い人脈を構築する人情のオーク戦士グスタブと、快活さを絵に描いたような剣士カイだ。ソリが合わないわけもない。

「十字軍はまだまだ来てる。で、そのまま真っ直ぐスパーダに向かってるな」

「敵の数は圧倒的、こりゃあしばらく、どうにもならんなぁ……」

 流石のグスタブも十字軍の盛況ぶりには閉口せざるを得ない。

「ちくしょう、スパーダは今どうなって————」

「よせや、ソイツは今考えても、どうしようもないことやで」

 それでも、考えずにはいられない。

 スパーダを守ることが最大の目的であったはずなのに、ガラハド要塞が陥落した今、それは完全な失敗を意味している。ただの敗北ではない。スパーダという国が滅びるかどうかの瀬戸際……あるいは、もう滅んでしまったかもしれない。

 新たな十字軍が次々とスパーダへ向かっているのだ。もしも首都スパーダでの防衛戦が大成功し、10万もの十字軍を撃滅できるような奇跡でも起こっていたならば、このガラハド要塞はもっと大騒ぎになっているはずである。

 ここがただの通過点となっている現状は、そのまま十字軍の首都攻略が順調である何よりの証であった。

 とても黙って見過ごせる状況ではない。しかし、囚われの身である自分達に出来ることは、今は何一つとしてないのも事実であった。

「ほら、これでも食っとけ」

「いいって、俺は大丈夫だ。他の奴に食わせとけよ」

 石のような硬い黒パンの欠片を、グスタブはカイに差し出す。

 こんな状況では貴重な食料。そのまま隠し持っていればいいものを、平気で人に与えられるのが、グスタブという男だった。

 その実力と人望とによって、この地下牢において醜い奪い合いが起こらず落ち着いて過ごせているのは、ひとえに彼がここを仕切っているからだ。

「カイ、お前はこんな中じゃエースやで。いざチャンスって時に、腹が減って力がなんて間抜けは許されんのや」

「けど、もう限界な奴だっているだろが」

「お前が今考えなきゃならんことは、一人も失うことやなくて、一人でも多く助けることや。ったく、貴族の責務やら何やら、ガキん頃から仕込まれとるやろがい」

「そういうのが嫌で、冒険者なんかに現を抜かしてたんだよ、俺は」

「ええやないか、それでお前の力は磨かれたんや。ただ生まれたから貴族やってんやなくて、いざって時に先陣切って戦えるのがお前や。そういう奴は、人を導く資格があるってもんやで」

「今の俺には、何にもねぇさ。国も親友も失った。一本の剣すらねぇ」

「せやから、機会に備えとけ。そん時、お前が立ち上がれば、後に続く奴らがぎょうさんおるんや。ソイツらんためにも、まずはお前が倒れちゃ話にならんで」

「……分かったよ。けど、今はまだいい。もうちょっとヤバくなったら貰うさ」

「ほんなら、キープしといたるわ」

 そんなことを話していた、ちょうどその時であった。

 ガチャリ、と大きく解錠の音が響き渡り、次いで、扉が開いてゆく。

 果たして、チャンス到来か。それとも、更なる絶望の幕あけか。

「ほら、さっさと戻れよ色男」

「それじゃあ、団長閣下によろしく言っておいてね」

「ふん、男のくせに媚びやがって、恥知らずが」

「いいじゃねぇか、こんだけキレーな顔してりゃあ余裕でイケるって。おい、後で俺のもしゃぶってくれよな」

「よせよ、団長はコイツをいたくお気に入りだ。下手に手出ししたら、アレだぜ」

「くだらねぇこと喋ってねぇで、早く始めるぞ————おい、そこのお前から、順番に一人ずつ出てこい! いいか、一人ずつだぞ、勝手に立ち上がったりしたら、容赦なくブチ抜くからなぁ!!」

 弦の引かれたクロスボウを手に、十字軍兵士が叫ぶ。

 何事かとざわめきながらも、指示通り、扉から近い位置に座っていた者から、順番に外へと出ていくのだった。

 そんな作業が始まったのを背景に、一人の男が牢へと戻って来る。

 短い布切れだけを腰に巻く貧相極まる恰好でありながらも、玉のような白い肌に鍛え上げられた見事な肉体は同性、異性、問わずに目を引くだろう。さらには、女性も羨む波打つ長い金髪と白皙の美貌。薄汚い地下牢と化したこの場にあっても、そこだけ光り輝くような印象を受けるほどの美貌を誇る男は、スパーダ広しといえどもたった一人しかいない。

「ファルキウス!」

「やぁ、カイ。君もここにいたのか」

 にこやかな笑みを浮かべて、スパーダナンバー1の剣闘士ファルキウスは、カイの元へと歩み寄った。

「良かった、お前、無事だった……とは、言いにくいな」

「それはお互い様だよ」

『グラディエイター』が降伏した後、ファルキウスが牢に入れられず、別な場所へと連れていかれたことは知っていた。

 彼の美しい肉体には傷一つなく、綺麗なものだ。情報を吐かせるために凄惨な拷問を受けなかったのは幸いだが、彼の身に起ったことは次点での最悪に近いものだろうことは、いくらカイでも察しがついた。

「すまねぇ。今のお前に、かける言葉が見つからねぇ……」

「ああ、そんなこと気にしないでくれ。こういうのは、子供の頃からやっているからね」

 元々、奴隷身分であったファルキウスは、文字通りその身一つで成り上がって来た。

 それは剣の腕前だけでなく、生まれ持った美貌も。

「チョロい相手だったよ。安い女遊びくらいしか経験のない素人だったからね。僕の手にかかれば、一晩で骨抜きさ」

「やめろよ、冗談でも聞きたくねぇな。お前はスパーダが誇る最高の剣闘士だ。それを————ああ、クソ、とにかく許せねぇだろ、奴らも、何もできねぇ自分もな」

「ふふ、ありがとう、優しいね君は。けど、もう少し聞いてよ。それなりの情報は聞きだしてきたんだからさ」

 流石に、ただで体を弄ばせたワケではなかったようだ。

 湧き上がる怒りは収まらないが、カイは今は大人なしく貴重な情報に耳を傾けた。

「まず、残念だけれどレオンハルト陛下は本当に亡くなられたようだ。第八使徒アイに寝込みを襲われ……宝物庫の腕輪も、アイが持っている」

「そのアイって奴は、本当にアイゼンハルト王子なのか? それとも、姿を真似ただけの偽物なのか?」

「どうやら、体は本物のアイゼンハルト王子らしいね。使徒の特殊能力で、体を乗っ取っているのだとか」

「なら、どうにかすれば元に戻せるのか?」

「そこまでは分からないね。けれど、使徒といえば向こうでは崇拝されるほどの存在だ。簡単に解除できるような術を使うとは思えないよ」

 低級な寄生モンスターとは、ワケが違う。

 体を乗っ取っているらしいアイだけを排除し、アイゼンハルト本人の意識を戻して助け出す……というのは無理があるだろう。万が一、可能であったとしても、絶大な力を誇る使徒を相手に全力で殺しにかかる以外の選択肢はとるべきではない。

「だから、下手な希望だけで、今すぐ事を起こすのは避けた方がいいよ」

「……ああ、そうだな」

「それに、首都はまだ完全に落ちてはいないみたいだ。かなり粘っているようだよ。攻めている十字軍が貴族の寄せ集めだから、足並みが揃っていないというのもあるようだけど」

「まだ耐えているのか。けど、首都には大した戦力は残っちゃいねぇ。十字軍が烏合の衆でも、こんだけの数だ。そう長くはもたないぞ」

「そうだね。首都スパーダの占領は避けられないだろう」

 やはり、今が祖国存亡の瀬戸際であった。

 そんな状況にあって、何もできない自分に焦燥感だけが募っていく。

「今はただ、ここから脱出する方法を探るべきだね。たとえ、自分一人だけでも」

「仲間を見捨てて、俺一人だけで逃げられるかよ」

「一人でも逃げる価値が、君にはあるんだよ」

「ちっ、お前までグスタブのオッサンみてぇなこと言うなよな……」

「それに、残念だけど奴らは君を探している。僕らと一緒にはいられないだろうね」

「おい、もしかして、奴らが一人ずつ調べてんのは」

「そういうことだよ。カイ、君一人が特別扱いを受けるなら、きっと逃げ出すチャンスもあるはずだ。だから、どうかそれまでは耐えてくれ。君は必ず、スパーダを取り戻すための希望になる」

「ふ、ふざけんな! 勝手なことを————」

「おい、次はお前だ! さっさと出てこい!」

 気づいたら、部屋を出る順番が早くもカイにまで回って来ていた。

 装填されたクロスボウのボルトを向けられたところで、カイにとっては何ら脅威にはならないが……ここで反抗して騒ぎを起こしてもどうしようもない。下手をすれば、そのまま全員殺されることもありうるのだ。

「さぁ、もう行きなよ。君にフィーネの幸運があらんことを」

「ちくしょう……お前も無事でいろよな。絶対、死ぬんじゃねぇぞ」

 それだけ言葉を交わして、カイは兵士の指示に従って扉の外へと出た。

「————ああっ、コイツ! この男ですよ!」

 通路へ出るなり、不躾に指をさされて叫ばれた。

 どうやらファルキウスの言っていたことは本当で、十字軍は自分を探しているらしかった。

「おい、本当か? 間違いないんだな?」

「はい、そりゃあ勿論! カイ・エスト・ガルブレイズは、何度か見たことありますので」

 小太りのオッサンが、十字軍兵士にへーこらしながら、カイを本人であると教えている。

 自分の顔に見覚えがあるということは、当然、この男は同じスパーダ人だということになるだろう。

 敵に寝返ったか、と反射的な怒りが沸き上がった。

「ナキム! お前、ナキムやな! 生きとったんかワレぇ!」

 カイが裏切り者に何か言い出すよりも先に、グスタブの声が飛んできた。

 ちょうど順番だったのか、扉からこちらに顔を覗かせて、男の名を呼んでいる。知り合いなのか。それとも、数いるメンバーの一人だったのか。

「おい、このオーク野郎、勝手に動くんじゃねぇ!」

「動くな、撃つぞ!」

「これもう撃っていいんじゃねぇのかぁ!?」

 ビビる兵士達を他所に、グスタブは怒りの形相に顔を歪めて、ナキムと呼んだ男を睨んだ。

「お前ぇ、十字軍に裏切ったんか!」

「ひ、ははっ、裏切って何が悪いんですかお頭……いや、グスタブ、この薄汚い魔族め!」

 ナキムはそんなことを叫びながら、首から下げていた十字のシンボルを握りしめた。

「最初から、こうしていれば良かったんだ! アイツが余計なことを言い出すから、俺は故郷も家族も、全部失ったんだよぉ!」

「なに寝ぼけたこと言っとんのや。お前、ダイダロスから十字軍に追われて、ボロボロんなってスパーダまで逃げてきたんやろが! コイツらがお前の故郷滅ぼしよった怨敵やろがい!!」

「黙れぇ! 何が最強のスパーダ軍だよ、こんなあっさり負けやがって! 間違ってたんだ、十字軍に逆らうんじゃない、そうすればみんな助かったんだ……本当の神の教えを信じていれば、俺は、俺は何も失わずに済んだんだぁ!」

「こんのドアホが! 敵に尻尾振って得られるもんなんざあるわけないやろが!」

「あるさ、俺は人間だからな。魔族じゃない、人間様だ。神に選ばれたこの世で最も崇高な種族なんだよ……ははは、だからほら、俺は勝ったんだ。十字軍になったから、俺は救われた。俺だけじゃない、他にも信仰に目覚めた奴らは大勢いる!」

「お、お前、まさか最初から裏切っとったんか……」

 ガラハド要塞の陥落は、あまりにも鮮やかな手際であった。正門の突破をはじめ、各所の扉も開け放たれ、本丸に立て籠もることも許されずに終わった。

 薄々、味方側からも内通者がいて、手引きをしたと思ってはいたが……それが自分の手の者だったとは、グスタブも全く想定外であった。

「俺は騎士になるんだよぉ……手柄を立てて、十字軍で、今度こそ本物の騎士に! そうすれば、俺は————」

「————うるせぇんだよ、この裏切り野郎がっ!!」

 ズゴッ! という鈍い音が通路に響き渡った。

 裏切り者の戯言など、これ以上聞くに堪えない。元より、カイは気の長い方ではない。

 彼には、彼なりの苦悩もあったのだろうことは分かる。しかし、だからといって国を、仲間を、裏切ることは許されない。まして、その裏切りを正当化するなど。

 もっとも、そんな理屈などすっ飛ばして、カイはただカっとなったからやった。

 手足は固く拘束されているから、放ったのは頭突きである。

 背の低いナキムの頭に、長身のカイは上から真っ直ぐ、全力で額を叩きつけてやった。

 ランク5冒険者、それも超人的な身体能力を誇るカイの頭突きだ。その一撃は正に鉄槌と化して、ただの人間に過ぎない男の頭を砕いた。

 超人の頭突きが直撃し、頭蓋骨はあっけなく砕け散り、額の辺りから大きく陥没している。叩き込まれた衝撃で、二つの目玉も飛び出した。

「ぷげっ……げ、げぇ……」

 顔の潰れた醜いモンスターのような姿となったナキムは、奇妙なうめき声のようなものを僅かに上げ、そのまま動かなくなった。

 突然の凶行と、恐るべき死に様を見せつけられ、十字軍兵士も半ば呆然と立ちすくんでいた。通路には、不思議なほどの静寂が満ちた。

「おい、どこでもいい、さっさと連れて行けよ」

 顔を返り血で汚したカイが、静かに、けれど怒りの感情に満ちた声で言い放つ。

「……よ、よし、連行しろ」

 十字軍兵士を震え上がらせつつ、カイは大人しく指示に従って歩き出した。

 果たして、自分の向かう先に誰が待ち構えているのか————考えるまでもないと、カイは直感で理解していた。




 清水の月15日。

「へっ、やっぱり俺を呼んだのは、お前か————ネロ」

 カイはアヴァロン王城の玉座の間に立っていた。

 ガラハド要塞から一人だけで移送され、ついさっき、ここについたばかりである。

 玉座の間にはとても相応しいとはいえない、固く拘束された姿のまま、カイはアヴァロンの、いや、ネオ・アヴァロンの王の前へと連れてこられていた。

「久しぶりだな、カイ。少し痩せたか?」

「豪勢なもてなしのお陰でな」

 皮肉の一つも出るというものだ。

 玉座にあるネロの姿は、正に傲岸不遜そのもの。高みから、カイを見下ろすその目は実に冷めている。

「悪いな、一応、お前はまだ敵国の兵という扱いなんだ」

「俺はもう、お前の敵だぜ」

 スパーダは滅びようとしている。

 和解の余地など、もうどこにも残されてはいない。

「スパーダは今日か明日にでも滅び去る。カイ、お前を縛るものはもうない」

「ざけんなよ、まさかテメぇ、この期に及んで————」

「ああ、何度でも言うさ。お前は俺の、友達だからな————カイ、俺の下に来い」

「……そんなことを言うために、俺を連れて来たのか」

「そうだ。十字軍には、お前とシャルは絶対に殺さぬよう捕らえろと命令してある」

 ギリリ、とカイは強く歯噛みする。

 ネロは舐めている。カイとシャルロット、スパーダに残った二人の意思を。どんな気持ちで、どんな覚悟で戦いに挑んでいるのか。

「どうだ、カイ、国が滅びれば流石に諦めもつくと思ったんだが」

「本気でそう思ってんのかよ」

「思うさ。国がなんだ、貴族の血がなんだ。それが何をしてくれる、何をしてくれた。大切なのは、自分自身の意思だろう。くだらん誇りに執着などしない、だから俺は……ああ、そうだろう、俺はお前と、一緒に冒険者をやって楽しめたんだぜ」

「俺も『ウイングロード』で過ごした日々は、忘れられない思い出だ。ネロ、お前は敵だが、それでも友達だと俺はまだ思っている」

「ならば、俺達はやり直せる。いずれシャルもここへ来る。メンバー全員集合だ。『ウイングロード』を再結成しようじゃないか」

「ああ、そうだよな、俺達はまだ誰も死んじゃいねぇ。五人全員、集められるだろうよ」

「そうだ、俺はもう二度と、大切なモノは失わない。失わせない。そのための力が、今の俺にはある————だからカイ、もう一度、俺と組め。ただ受け入れろ。それだけでいい」

 ネロの言葉と共に、カイの前には白い十字が差し出される。

 地下牢から出た時に、頭突きで殺した裏切り者が握りしめていたのと同じものだ。

 これを手にすれば、十字教徒として受け入れられるのだろう。

 カイの種族は人間。ならば、十字教においてそれは救われるべき存在である。異教徒とは呼ぶまい。未信者。そう、彼らは未だ信じぬ者。

 これから白き神を信じれば、黒き神々の加護を授かるカイとて、許されるに違いない。

「ネロ、俺は————」

 枷の嵌った手で、隣に立つ完全武装の騎士が差し出す十字を、カイは握った。

「————必ずテメぇをぶん殴って、目ぇ覚まさせてやっからな!」

 一息に手の中で十字を握りつぶし、それを玉座に向かって投げつける。

 騎士が止める間もない、超人の早業。

 飛来する十字のゴミクズは、矢を超えるような速さで飛翔し、

「ふっ、やっぱりお前はバカだな、カイ」

 ネロが纏う白銀のオーラに触れた瞬間、十字の欠片は粉々に崩れ去り消滅していった。

 玉座の上で微動だにせず、カイの打擲を凌いだネロは、薄ら笑いを浮かべて命じた。

「連れて行け。俺の大切な友人だからな。くれぐれも、丁重にもてなしておいてくれ」

 2021年4月2日


 グスタブ誰だっけ、ナキムとの関係は、とお忘れの方は第298話でご確認ください。

 ちなみに、ナキムは今ちょうど掲載されているコミック版『黒の魔王』28話で登場しているので、合わせて確認してみると・・・今回、彼には相応しい末路ではないかと思っています。


 次回で第39章は完結になります。

 それでは、お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ナキムをカイが始末したことです。
[一言] ネロのふっってのめっちゃムカつく
[気になる点] 団長は男のようですが、十字軍的におおっぴらに同性愛をやってしまって大丈夫なんでしょうか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ