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黒の魔王  作者: 菱影代理
第39章:スパーダの落日
824/1047

第818話 魔王信仰

「————俺は魔王だ」

 神官長によって加護の証明がなされ、俺の自称は今度こそ真実味を持って人々の間に広がった。

 さっきよりも、さらに強い注目を感じる。史上初の魔王の加護持ちが、何を言い出すのか、誰もが気になるだろう。

 無論、俺のやることは変わらない。ただの説得だ。

今スパーダに残ると言い張る奴らを一人残らずこの死地から逃がしてやるための、都合のいい方便をでっちあげること。

 それくらいデカい嘘を吐かなければ、王であるウィルを逃がす理由付けにはならないからな。

「だから、俺にはパンドラに住む全ての人々を守らなければならない使命がある。これは魔王ミアより賜った、神の使命なのだ!」

 いや一言も「パンドラ守ってね」などとは頼まれていないが。

 けど、この方が聞こえはいいだろう。

 俺自身の気持ちによって守りたいと叫ぶよりも、伝説の魔王ミアから与えられた使命を果たすのだ、と言う方がより多くの人々は納得するに決まっている。当然だろう、スパーダ人の大半は、俺の噂くらいは聞いたことあるだろうが、その顔も姿も見たことのない奴の方が遥かに多い。まして言葉を交わし、俺という人間の人となりを知る者となれば、それこそ友人くらいに限定される。

 だから、俺の言葉ではダメなのだ。顔も知らない、会ったこともない、そんな赤の他人である人々を動かすためには、神の言葉でなければならない。

 パンドラに住む者なら、誰でも知っている。誰もが信じている。魔王ミア、お前の名前が必要なのだ。

「何故、今まで魔王の加護を授かる者が現れなかったのか。それはパンドラ大陸の危機が、一度も起こらなかったからに過ぎない」

 暗黒時代を経て現代に至るまで、無数の争いはあっただろう。

 このスパーダだけでも、一体どれだけの人々が戦いによって命を落としたか分からない。そして、そんなことはこの大陸のどこででも起こっていたことだ。

 何百年、何千年もの間、人々は相争い数多の国を興し、滅び去って行った。

 けれど、それは神の意思が介在する余地のない、人の世の自然な流れに過ぎない。当時を精一杯に生きた人々の歴史である。

「だが、今まさにパンドラ大陸の危機が訪れた。それが十字軍だ。今、お前達の目の前にまで迫ってきている、白き神の軍勢だ!」

 十字軍との戦いもまた、数ある戦争の一つと呼べるだろう。

 現代史上では、別の大陸からの侵攻に晒されたことは今回が初めてだろうが、もしも十字軍以外の、どこかの大国がやって来ればどうなったか。鎌倉時代の元寇のように、あるいは江戸時代の黒船のように。

 侵略するにせよ、交渉するにせよ、それもやはり神が、ミアが干渉することはなかっただろう。

 だがしかし、十字軍だけは別なのだ。

「十字軍は『白き神』と呼ばれる人間の神を、唯一絶対の創造神として崇めている。他の神の存在は決して認めない。奴らが大陸を征服した暁には、人間以外の種族が滅びるだけでなく、『黒き神々』さえも、その存在を消し去られることだろう」

 十字教の思想というのは、情報としてはとっくに伝わっていると思うが……果たして、どこまでそれを本気と受け取っているかは微妙なところだ。

 けれど、そこに魔王ミアが加護を与えてまで対抗しようとする意志があるのだと知れば、その見方も変わってくるはず。

「古代、魔王ミアは歴史上初めてパンドラ大陸を統一した。その偉業は伝説となって現代にまで語り継がれるに至っているが……そもそも、どうしてミアが大陸統一を果たそうとしたか、その本当の理由を知る者は誰もいないだろう」

 一般的には、当時は大陸全土が戦国時代の真っただ中で、どこの国も覇権を駆けて相争っていた、という解釈がされている。天下統一を目指すのは常識というワケだ。

 だからこそ竜王ガーヴィナルやゼノンガルトのように、魔王の加護を欲する者達は、再びの大陸統一を志す野心家揃いとなる。我こそ魔王、パンドラの支配者たらんと。

 だが、それではダメなのだ。

 ミアから加護を授かるための第一の条件は、支配者ではなく、守護者であることだから。

「魔王ミアは野心のために大陸を統一したのではない。十字教だ。パンドラに蔓延る十字教徒を駆逐するため、『白き神』の支配に対抗するために、大陸全土を自ら治めなければならなかったのだ」

 すなわちパンドラの天下統一は目的ではなく、手段に過ぎなかったということ。

 魔王ミアの伝説となる戦いの物語は有名だ。俺も神学校に通ったお陰で、大筋は把握している。

 数ある国家の一つである、エルロード帝国。

 アスベル山脈の羊飼いだった少年が、帝国学園を経て騎士となり、やがて皇帝にまで成り上がり、周辺諸国を平らげ、当時の大国と覇を競い合い、勝利する。

 絵に描いたような、天下統一の物語だ。

 しかし、そこに『白き神』と十字教の存在は伺えない。今は存在しない宗教があったことについては知られているが、それらは神代からの信仰だという解釈が一般的である。

 単純に歴史の経過によって失われたのか、ミアが意図的に後世へ『白き神』の名を残さぬように取り計らったのか。あるいは、潜伏することにした隠れ十字教徒が意図的に隠蔽したか。結果的に、現代のパンドラに奴らに関する情報は残らなかった。

 だから十字軍を名乗る奴らがアーク大陸から乗り込んできても、誰も分からなかった。奴らこそが、魔王ミアの最大の宿敵であったことに。

「魔王ミアの戦いは、全て『白き神』と十字教に対するためのものだ。今やその記録は失われているが……十字軍の侵略が始まり、それと時を同じくして、俺が魔王の加護を授かったことこそ、真実の証だ。俺は魔王ミアから託されたのだ、再び現れた十字軍を討ち、パンドラに平和をもたらす使命を!」

 魔王の加護が証明された俺が、ミア本人からこう言われているんだ! と叫べば、安易に否定はできないだろう。これまでの歴史で全く知られていない、魔王ミア宗教戦争説をいきなり語ったとしても。

 それなり以上の説得力があるはずだ。そうじゃなければ困る。

「かつて魔王ミアが戦いに勝利したからこそ、『黒き神々』の時代が到来した。魔王の功績を称える石碑オベリスクが『歴史の始まりゼロ・クロニクル』と呼ばれるのは、忌まわしい『白き神』の支配に終止符を打ち、真の自由をパンドラの人々が手に入れたからこそだ!」

 こじつけである、と考古学者にでも突っ込まれそうだが、事実そうなのだから仕方がない。それに俺達が石碑『歴史の始まりゼロ・クロニクル』の特殊なタイプであるモノリスを操ることは、スパーダでも広く知られることになっている。

 魔王の加護を得て、さらにはモノリスの真実も知る。だからこそ大規模な転移も使えるのだ、と思ってくれれば幸いだが。

「スパーダは今まさに滅ぼうとしている。だが、これはスパーダ一国だけの危機ではないのだ! この先、幾つもの国々が十字軍に滅ぼされるだろう。あるいは、アヴァロンのように裏切るだろう。そうして、奴らはパンドラに『白き神』の時代を取り戻そうとしている。そんなこと、俺は絶対に許せない」

 許してはならない。

 今でも、奴らの蛮行は思い出すだけでも腸が煮えくり返る。決して忘れられぬ、怒りと悲しみ。

 あの災厄をパンドラ全土に振りまくわけにはいかない。

 たとえ、地獄のような戦争になったとしても……俺は、俺達は抗わなければならない。あんな狂気の理不尽を、大人しく受けてやる道理など何一つありはしない。

「ウィルハルト! お前は今、スパーダと共に死のうとしている。恥ずかしくないのか! 故郷で死ねて満足か? 最後まで王として戦ったと、プライドを保てて満足しているのか? スパーダ一国が滅びても、戦いは終わらない。これは『黒き神々』と大陸に生きる者全ての命と尊厳をかけた、パンドラ大戦の始まりに過ぎない!!」

 スパーダを奪われれば、ついに十字軍本隊がパンドラ大陸各地へ侵攻できるようになる。

 これまではガラハド山脈を壁として、ダイダロス領のみで食い止めていたが、ガラハド要塞が破られた今や、奴らの歩みを阻むものは何もない。スパーダを起点として、北、南、西、と好きな方向へと進む道が開かれた。

 おまけにアヴァロンは奴らに寝返っているので、十字教の勢力圏は一気に拡大している。スパーダ、アヴァロンの二大国が落ちたなら、中部都市国家群は一息に奴らに飲み込まれるだろう。

 そして、この地域にはパンドラ西側まで続く巨大な内海、レムリア海がある。ここの制海権を十字軍が握れば、より広範囲への侵略を可能とする。

 もう、奴らを止められない。十字軍は、確実にパンドラ全土へとその侵略を広げてゆく。

「————戦え」

 戦うしかない。

「ここで死ぬな。生きて戦え」

 潔く死ぬことに、意味なんかない。

「戦え、戦って、戦い抜け! スパーダのためだけじゃない、パンドラのために、『黒き神々』のために!」

 辛く、苦しい戦いになるだろう。

 すでにして、彼らは亡国の民となる。愛する国と人、誇りと財産を奪われ、膝を屈するには十分すぎるほどの絶望だ。

 俺の言葉は、善意の励ましでも、明るい希望でもない。

 単なる扇動だ。これから始まるパンドラ大戦という、地獄の戦争へと人々を駆り立てるための扇動である。

 それも「神のために」なんて、十字教と全く同じお題目を口にして。

 俺が、魔王を名乗る俺の言葉が、これから多くの人々を死地に追いやるのだ。

 きっと、俺はそれを一番恐れていたのだろう。

 カーラマーラを支配する、宝物庫の鍵をリリィに預けた。きっとその本心は、俺が彼女に圧しつけてしまったのだ。

 イルズで仲間達を救えず、アルザスで再び仲間を失った。人を率いて、人を死なせてしまうことの重責を、俺は避けてきた。

 それを乗り越えたつもりになって、『暗黒騎士団』を率いたが————そんなもので、足りるはずがないだろう。

 俺は魔王だ。魔王となる、魔王とならねばならない男なのだ。

 ならば、俺は背負わなければいけない。パンドラに住む、全ての人々の命を。

「俺は魔王クロノだ! スパーダ人よ、今日ここで国が滅びようとも、諦めるな。俺と共に来い。俺と共に戦え。魔王ミアのように、俺は再びパンドラ大陸を統一する。このスパーダを、十字軍から必ず取り戻して見せる!!」

 もう、後には退けない。退くつもりもない。

 覚悟は決めた。魔王になる覚悟。

 なぁ、ウィル、ここでお前を見殺しにせずに済むのなら……俺は魔王となって、全ての人の命だって背負ってやるさ。

「スパーダ王ウィルハルトに問う。亡国の絶望に屈し今日ここで死ぬか。それとも、この魔王クロノと共に、地獄のパンドラ大戦に挑むか————さぁ、選ぶがいい」




 清水の月16日。夕刻。

 東の大通りに面した大きなホテルが、十字軍本隊の前線司令部として占拠されている。そこかしこに十字の旗が掲げられ、ホテルの前に広がる大きな公園は所狭しと天幕が立ち並ぶ。

 上空には天馬騎士ペガサスナイトも巡回しており、万が一、敵の空中戦力が決死の覚悟で突撃してくることにも備えている。王立スパーダ神学校を奪取した際、空から大魔法を撃ち込まれて多大な存在がを被った、との報告もあるため、十字軍本隊はその圧倒的な数に慢心することなく、万全の備えをしていた。

 ただ一人、総大将たる第八使徒アイを除いて。

「むぅー」

 と、まだ年端も行かない少女の体の感覚が抜けないアイは、鍛え上げられた男の肉体を持ったハンサムなスパーダ王子アイゼンハルトの顔で、子供のように口を尖らせては、不満の感情を露わにしている。

「アイ様、今夜ばかりはお待ちくださいませ」

 宥める様に、いや、甘やかすような口調で、第八使徒アイの忠実な僕たるシスターシルビアは囁く。

 アイの頭は、彼女の艶めかしい白い太ももの上にあり、ついでにここはホテル最上階、スイートルームのベッドの上である。

 お互い、裸でこそないもの、下着同然の恰好でくつろいでいた。

「いや分かってる、分かってるけどさ、シルビアちゃん……いくら何でも、一週間は待たせすぎだと思うんだよね」

「ですから、今夜を期限と定めたのではありませんか。各諸侯もここがスパーダ攻略の山場であると、入念に備えているようですし」

 ガラハド要塞を突破し、勢いのままにスパーダの外壁たる第三防壁の正門を打ち破り、首都へと十字軍を導いた、第八使徒アイの功績は最大だ。正に使徒を名乗るに相応しい、獅子奮迅にして天下無双の大活躍である。

 だからこそ、これ以上はちょっと出しゃばりすぎか、と本人も思うだけの理性はあったので、以降の首都スパーダ攻略には手出しせずに、のんびり傍観に徹していたが……この一週間、聞こえてくる報告といえば、やれ悪魔の武器だの、黒い軍勢だの、ゾンビだの、死神だの、ロクなものではない。

「まぁ、クロノ君達が暴れているようだから、しょうがないとは思うんだけどさぁ、流石にこれは十字軍としてちょっと情けないというか?」

「使徒たるアイ様のお力に比べれば、たかが田舎貴族の寄せ集めなど、何ほどのこともありません」

 そうだけど、今はそういうことを言いたいわけではない。

 はぁ、と面白くなさそうな溜息をついて、アイはシルビアの足から頭を上げた。

「あーあ、こんなに退屈するんだったら、最初っからクロノ君と遊べば良かったよ」

 ここ一年、コキュートスの狭間で幽閉生活を送っていたアイである。時間が止まっているとはいえ、使徒の力で意識は失わず、神託による繋がりなどもあったため、単に寝て覚めて、というほど時間を飛ばした感覚はない。

 美味しいご飯に温かい寝床、美人の柔肌も楽しめない、それなりに辛い禁欲生活でもあった。

 アイゼンハルトの体を得ることで、晴れて自由を取り戻したアイは、ここのホテルで手出し無用の休暇状態となったのをいいことに、暴飲暴食にシルビア筆頭にカワイイ女の子とっかえひっかえの実に堕落した生活を送り始めたが————三日で飽きた。

 アルザス村とは比べ物にならない銃火の嵐が飛び交う正門の攻防に、ゾンビ化能力をひっさげて、侵入部隊を弄ぶクロノの噂など聞いてしまうと、戦いという最高の遊びゲームを我慢させられるフラストレーションばかりが溜まっていった。

「そろそろ攻撃は始まってるんでしょ? どんな感じさ?」

「様子をうかがって参りましょう。少々、お待ちを」

「どっかの軍が無様な敗走キメたら呼んでねー」

 そしたら援軍名目で、速攻で駆け付け参戦してやる。

 あとはもう、この堪った鬱憤を晴らすべく、スパーダ王城まで一直線に突き進んでくれる。

 そう心に決めて、味方の敗走をワクワクしながら待っていた、五分後。

「————全軍、第二防壁の突破に成功しました」

「うがぁああああああああああああああああああああああああ!」

 今までの苦戦はなんだったんだ、というほどのあっけない勝利報告に、アイは叫ばずにはいられない。

 もしや貴族の野郎共、この私に嫌がらせするために結託しているのでは、などとあらぬ疑いをかけるアイに、シルビアの詳細報告が続く。

「どうやら、敵はこれ以上の第二防壁での戦闘を諦めたようです。こちらが仕掛ける前から、各門から兵の大半は撤収しており、残りの防衛隊も、攻撃開始と同時に逃走したと」

「ふーん……それじゃあ、誰も守らない無人の門を越えたってワケだ?」

「その通りでございます。ただ、時間稼ぎを目的としたのか、門周辺には火の手が放たれ、防御魔法の壁が乱立し、即座に侵入することは難しいようです。ただ、敵の抵抗がなければほどなく排除できるでしょう」

「なら、あとは王城に立て籠もって最後の抵抗ってとこ?」

「そうとしか考えられません。第二防壁そのものが一週間の攻防で限界を迎えており、またスパーダ軍には、最早、第二防壁の範囲を守り切るだけの兵数はないものと存じます」

 防衛線を縮小し、文字通り最後の砦となるスパーダ王城に全軍を集結させている、との見方がシルビアも、攻撃を始めた各諸侯も考えている。

 実際、この追い詰められた状況で防壁を放棄し後方へ退いたとなれば、どの道、王城にまで行くしかない。完全に包囲された首都スパーダに、逃げ道などどこにもないのだから。

「シルビアちゃん、ちょっと今すぐペガサス飛ばして、王城見て来てよ」

「よろしいのですか? 敵の集結する王城の上空は、偵察だけでも相当の危険を伴いますが」

「一本でも矢が飛んで来たら、すぐ戻ってもいいよ。でも、もし王城に誰もいないようなら————」

 果たして、半刻の後、アイの元に天馬騎士の偵察結果が届けられた。

 それを聞き届けた瞬間、アイはその場から飛び出した。文字通り、ホテル最上階の窓を破って、外へと飛んで行ったのだ。

 アイゼンハルトが愛用する真紅のスパーダ鎧を身に纏い、背には真っ赤なマントを翻し、アイは一人で街を駆ける。その身は白銀のオーラに包まれ、使徒としての力と存在を隠す気はない。

 白く輝く流星のように、立ち並ぶ家屋の屋根の上を駆け抜けていくアイの姿を、十字軍兵士達は歓声を上げて見送っていく。戦場で戦う末端の兵士にとってみれば、使徒の登場は何よりも心強い味方である。

 呑気に騒ぐ兵士を一瞥すらせずに、アイは真っ直ぐにスパーダ王城を目指して駆け抜ける。

 あっさりと陥落した第二防壁を越え、少々、荒れた無人の貴族街を抜け、高くそびえる鉄壁の城壁を備えたスパーダ王城へと瞬く間に接近してゆく。

 人の気配は————ない。

 だがしかし、スパーダ王城の閉ざされた正門。そこに、一人の人影があった。

「やはり来たか、第八使徒アイ」

 それは、悪魔のような意匠をした漆黒の鎧を纏った男である。

 一目見て分かる、強力な呪いに憑かれた鎧。そして使徒としての見識により、ただの鎧ではなく古代鎧であることまで、アイは見抜く。

 その禍々しい古き鎧を実際に目にしたのは初めてだが、その男の顔は忘れようもない。そよ風になびく黒い前髪の向こうに、黒と赤のオッドアイがアイを睨む。

「やぁ、久しぶり、クロノ君。一昨年のガラハドで見かけはしたんだけど、声はかけられなくてさぁ」

 と、アイは久しぶりに友人に会ったかのような気安い口調で答えた。

 事実、アイにとってクロノという男は、自分を楽しませてくれる遊び相手という認識だ。

「どうやら、中身は本当にお前のようだな」

「もうタネは割れてるみたいだね? そう、これが私の特化能力イグジスト新生廻帰ニューゲーム』だよ。アイ、という名前を持つ人に、転生できるのさ」

「まるで寄生虫だな」

「もう、クロノ君まで王様と同じこと言うんだから。もっと神々しいイメージを持って欲しいね」

 力の源が何であれ、他者の肉体を奪い取る転生の魔法は、禁呪邪法の扱いを受けるのは当然のこと。

 しかし、今ここでその是非を問う無意味な言葉を交わす気は、お互いにはない。

「それで、わざわざこのアイちゃんを待っててくれたのはなんでかな? また決闘をご所望?」

「残念ながら、今はその気はない。ただの挨拶だ」

「そんなカッコつけて一人で待ってて、私が来なかったらどうしてたのさ」

「人の消えた王城を見れば、お前なら真っ先に飛んでくると思った。まぁ、半分は賭けみたいなものだったが、実際、お前は来た。お陰で、今のお前の姿を確かめることができたよ」

「ふぅん、次のターゲットは私ってこと?」

「別に、ミサでもネロでも、誰でもいいさ。だが第八使徒アイ、お前は必ず倒す。スパーダを滅ぼしたお前は許さん」

「あはは、どうせ十字軍はみんな許さないくせに。でも、いいよ、待ってるね。私も君との戦いには期待してるんだ————今の君ならば、このアイゼンハルトの体の全力で、相手するのに相応しい」

 アイは笑顔で答える。

 敵は好きだ。特に、戦いを盛り上げてくれる強敵は。

 その恨みも憎しみも、絡み合った因縁も、全てが楽しい戦いを彩る素敵な演出だ。

 こういう奴が出てくるからこそ、戦いは止められない。

「ああ、待っていろ。俺がスパーダを取り返しに来る、その時までな」

「どうかなぁ、あんまり待たせるようなら、こっちから行ってあげるよ。パンデモニウムだっけ、そんな大陸の果てでもね————」

 どの道、逃げ場などどこにもない。

 十字軍は、自分達はパンドラ大陸の全てを手に入れるまで進み続けるのだから。

 交わす言葉はもう充分だ、とでも言うように、アイは剣を振るった。

 腰に下げた業物のグラディウス。使徒の力を存分に活かした、素早さと力強さ、だが真っ直ぐ振るうだけの単純な太刀筋が、堂々と立ち続けるクロノを襲う。

 果たして、その鋭い刃は黒い鎧ごと真っ二つに切り裂く。

「あっ、そうそう、最後に一つ聞きたいことがあったんだよね」

 両断されたクロノの上半身がゆっくりと落ちてゆく最中、アイは鞘に剣を納めながら言う。ニヤリ、と実にいやらしい笑顔を浮かべて。

「サリエル先輩の抱き心地はどうだった? ねぇねぇ、神様から使徒を寝取るのって、どんな気持ち?」

「まったく、どうしようもない奴だなお前は……」

 最後の最後は、本気で呆れた表情を浮かべて、クロノはその顔と形を崩した。

 それは正に、擬態していたスライムが正体を現す時のように、ドロドロと溶け出し、真っ黒いゼリー状の液体へと変化していく。

 アイには一目見て、ここに立つクロノが本物かどうか、なんてことは判別がついていた。今や一軍を率いる将であるらしいクロノが、馬鹿正直に単独で待っているはずがない。

 この去り際に、アイゼンハルトの肉体を奪った自分を一目確認しておこうという腹積もりは事実だろう。

 分かりやすく。クロノの姿の分身体なんかを設置し、後はテレパシーでも通して喋れるようにしておいた。そういえば、クロノには気合の入った妖精ちゃんが一緒にいたなと、アイは覚えている。

「スパーダ人を全員連れて、堂々のご帰還ってところか……」

 王城は完全に無人だ。

 今この時、残っていたクロノが転移を果たしたことで、わずかに捉えていた気配が完全に断たれたのをアイは感じ取っていた。

 転移でもって人を逃がしている、ということは十字軍の報告でとっくに知っていたことだが……まさか、一人残さず連れて行くとは想定外だった。

 亡国の間際にあって、誰一人として殉じることを許さぬとは、一体、何と言ってスパーダ人を説得したのやら。

「ちょっと拍子抜けだけど、まぁいいや。パンドラは広大だから、まだまだ遊び甲斐がある。何より、クロノ君がいる。スパーダ人でも誰でも、大勢連れてかかって来なよ。それまでスパーダはこのアイちゃんが、好きにさせてもらうからね」

 そうして、アイは玉座を目指して歩き出す。

 その歩みを止める者は、もう王城には誰もいない。

 剣闘国家と武勇の名高い大国スパーダは、清水の月16日夜半、その数百年に及ぶ歴史に、静かに終止符を打つのであった。

 2021年3月26日


 コミック版『黒の魔王』第28話、更新しています。

 すでに語った通りですが、それでも最後まで見届けていただきたいと思いますので、どうぞお見逃しなく。

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― 新着の感想 ―
[一言] えっと、連載10年くらい? 物語の内部時間で2年くらい? いまどの辺ですか? ことあるごとに十字軍殺す、使徒殺すと豪語するけど、ずっと停滞してるんだけど。 サリエルという例外を除き、使徒…
[良い点] クロノが友達のために、あれほどやりたくなかった魔王になろうと決意したこと。 やっぱクロノの行動原理は他人のため、なんだね~。ミアちゃんもそれをわかってて加護を与えましたしね。
[気になる点] クロノは疑似水属性のニセモノだったわけですが、ミリアちゃんはどうなんでしょう? アイは強力な呪いを感じると言ったので本物? 本物なら回収はどうやって?ナタパイセンみたいに自分から影空間…
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