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黒の魔王  作者: 菱影代理
第39章:スパーダの落日
823/1047

第817話 正体(2)

「……ごめんなさい、みっともないところを見せてしまって」

 ひとしきり大泣きして落ち着いたのか、赤く目をはらしたエリナが頭を下げる。

「いや、気にするな。ずっと辛かっただろうから」

 子供みたいにワンワン泣いたことも、勢い余って壺をメイスでぶち壊したのも、みっともない、とは思わない。リリィやフィオナの癇癪に比べれば、可愛いものだ。

 ともかく、これでようやく落ち着いて話ができる。

 執務室のソファに座って、俺達は向かい合う。

「まず確認しておきたいんだが、エリナがギルドマスターになったのは、臨時なのか?」

「そうね、役職者が不在なため、本部にいる全職員の合議によって私を臨時ギルドマスターとして任命、承認、といったところかしら。でも本物の印章は持っているから、正式な決定権は私にあるわ」

 懐から取り出して見せてくれたのは、白銀に輝く豪華な印章。聖銀ミスリル製なのだろう。如何にもといった気配が漂う一品だ。

 エリナが救助された際に、ギルドマスターの死体から持ち出してきたと言う。クレバーすぎる。

「王城には役職者の大半が避難しているとは思うけれど、今ここで戦わない奴らにギルドマスターの座を譲る気はないわ。職員も全員、私を支持するはずよ」

「この場を乗り越えても、降りる気はないってことか」

 そりゃあ、逃げ出した奴が後から偉そうに口出ししてきても、ふざけんな、としか思えないだろうし。

 それに首都スパーダが十字軍に占領されれば、この国での地位なんかもほとんど意味を失うだろうからな。あのパンデモニウムで、リリィがスパーダのお偉いさんの意見まで尊重するとは思えないし。

「私はスパーダ冒険者ギルドのマスターとして、義務を果たすわ」

「そうか、なら俺達、えーと、パンデモニウムもエリナを現在のギルドマスターと認めよう」

「しょーがないなー、認めてあげる」

 リリィがいつの間にか、幼女モードに戻ってる。力を節約してるのか。

 完全な幼女になっても、リリィが女王であることに変わりはない。女王陛下のお許しも出たので、これがパンデモニウムの公式見解だ。

「その上で、ギルドには今すぐパンデモニウムへの避難の呼びかけを頼みたい」

「……逃げるの」

「そうだ。もう戦況は限界だ。遅くとも、今夜には第二防壁は敵の一斉攻勢に晒されて突破される。王城に立て籠もっても、あと三日もつかどうかも分からない」

 こればかりは、どう言い繕うこともできない。

 意地を張って最後の一人まで戦い抜く、なんて無責任なこと言えるはずはないし、兵の命を預かる指揮官が言ってはいけないことだろう。

 大体の日本人は、戦争は悪いことだ、と言うだろうが、少し違う。

 戦争に負けるのが悪いことなのだ。

 だから、今ここでは負けないこと、被害を最小限に抑えることが大事なのである。

「そう……やっぱり、スパーダはお終いなのね」

「ああ、これ以上、義勇軍を増やすことは、被害を拡大させるだけになる。逃げられる人は、今の内に逃がすべきだ」

 エリナは即答で了承はしなかった。

 首都スパーダは彼女自身、生まれ育った街である。理屈で簡単に割り切れるものではないだろう。

「……分かったわ。ギルドはスパーダからの全面的な避難を呼びかけることにする」

「ありがとう、エリナ」

「ううん、当然の決断よ。私の個人的な感情だけで、人を死地に追いやるわけにはいかないもの」

 エリナは自分にできる最大限の十字軍への抵抗として、ギルドマスターになり義勇軍の呼びかけを行ったのだろう。

 襲われたことのショックと怒り、といった感情的な勢いもあったかもしれない。それでも、彼女の行動力は凄まじい。

「ねぇ、クロノ君はこの後、王城に行くんでしょう? そこで、避難している人達に転移で逃げるよう説得するつもりね」

「ああ、その通りだ」

 王城にいるザナリウス公使からの連絡によると、避難してきた人で溢れかえっているそうだ。

 広大なスパーダ王城には、かなりの収容力に備蓄もあるので、キャパシティオーバーで崩壊するというほどではないそうだが、それでもかなりの人数がいるのは確かである。

 俺としては、いつまでも王城に留まっていないで、さっさとパンデモニウムに飛んでくれと思うのだが……

「私も一緒に行くわ。どこまで力になれるか分からないけれど……きっと、王城にいる人達に避難の説得をするのは、かなり難しいと思うわよ」

「それって、もしかして」

「こういう時。愛国心ってやつは厄介よね。城を枕に討ち死にするんだって、意気込む人ばっかりでしょう」




 スパーダ王城には、今までに何度も訪れる機会があった。

 イスキアでグリードゴア倒したら勲章貰ったし、ガラハド戦争の後に戦功交渉もした。単にウィルに呼ばれて来たことだってある。

 勿論、ここの全てを見て回ったことはないが、広大な敷地と巨大な天守と幾つもの棟を要するのは、王城の名に相応しい壮大さ。

 だが、こんなにも沢山の人々がいるところを、俺は見たことがない。

 大量の避難民を受け入れ、城壁の内側には人が溢れている。ここ一週間、広場や庭に設営された天幕で、彼らは不安に揺れて過ごしてきたことだろう。

 しかし、ここにいる人々はまだ絶望しているような様子は見られなかった。

 彼らは、まだ信じているのだろう。スパーダが勝ち、首都を守り切ることができると。

 俺はそんな雰囲気を感じながら、案内されるがままに玉座の間へと導かれた。

「————よくぞ参った。パンデモニウム女王リリィ、そして、我が盟友クロノよ」

 今、スパーダの玉座に座すのは、レオンハルト王ではなく、次男である第二王子ウィルハルトだ。

 いいや、ウィルはもう王子ではない。

 正式に王位を受け継いだ、第53代目となるスパーダ国王ウィルハルト・トリスタン・スパーダである。

「ごきげんよう、ウィルハルト王」

「急な来訪にも関わらず、謁見をお許しいただき、誠に感謝いたします」

 玉座の間へと入ったのは、女王であるリリィと、同格扱いにはなっている俺。それと公使ザナリウスも、スパーダの大臣達と共に立ち会っている。

 ただ、正式なパンデモニウムの君主として、リリィだけは用意された椅子へと腰を掛けている。幼い姿で、足が床にまで届かないが、それに何かを言う者はいなかった。

「ああ、回りくどい言い方はよしてくれ。クロノよ、そなたが来たからには、よほど急ぎのことだろう。ありのままに話してくれ」

 酷く疲れた顔で、ウィルはそう言った。

 シンと静まり返った広間の中、俺は隣で座っているリリィに一度目配せする。円らな翡翠の瞳が俺を見上げるのみで、何も言わない。俺に任せてくれるようだ。

「王城にいる全員を、今すぐパンデモニウムまで避難させて欲しい。第二防壁は今夜にも突破される。パンデモニウム軍もすでに撤退させた」

 さっきエリナに語ったのと同じように、俺はウィルに訴えかけた。

 今、スパーダを守り切る方法はない。これ以上は、戦うだけ無駄になると。

「避難の指示は、すでに出しておる。早々に我が国の民を受け入れることを許していただき、パンデモニウム女王には感謝の言葉もない。もう救いの手は、十分なほどに差し出されておる」

「まだこの王城には沢山の人が残っているだろう。それに、ウィル、お前だって」

「分かっていよう。転移があるにも関わらず、いまだこの場に残り続ける者は……それを自ら決めたということ」

 エリナの言った通りだな。

 特にスパーダは歴史も長い国だ。ウィルで53代目、建国してから数百年である。愛国心も誇りもあるだろう。

「それでも、ここにいる何万人もの人を見捨てるわけにはいかない。助かる道はあるんだ、今日ここで死ぬ必要なんかないだろう!」

「その一人でも多くを救わんとする志には、感服するな、クロノ。だがスパーダから逃げぬと決めた者の命にまで、そなたが責を負うことはないのだ。我には武勇の欠片もないが、それでも王としての覚悟は決めている」

「まさか……ウィルも残るつもりなのか」

「当然であろう。我が父にして偉大なる剣王レオンハルトは死んだ。後を継ぐべきアイゼンハルト王子もまた、敵の手に落ち倒れたも同然。どれほど頼りなかろうと、それでも今はこのウィルハルトがスパーダ王である。王の責務は全うせねばならん」

 くそ、思った以上に状況が悪い。いや、俺の考えが甘すぎたのか……後悔しても仕方がない。

 ウィルはスパーダ王として、重臣や騎士と共に最後まで王城に残る気だ。

 そのまま討死するか、それとも降伏が受け入れられるかは分からない。しかし、たとえ降伏を十字軍が許したとしても、ロクなことにはならないだろう。

 ウィルは見せしめに処刑されるか、どんなに良くても十字軍のスパーダ支配のために傀儡として利用されるか、といったところだ。

 ともかく、説得の機会はもう今しかない。ウィルを、俺の友人を救えるかどうかは、この瞬間にかかっている。

 だが、どうする……ウィルの言い分は、当たり前のものだ。何より、この決意はウィル一人だけのものじゃない。スパーダという一つの王国を背負った責務が、何よりも重くその細い背中に圧し掛かっているはずだ。

 生半可な言い分では、決して自ら落ち延びることを良しとはしないだろう。ウィル自身も、彼に従うスパーダ人達も。

「クロノ、一つだけ頼まれてくれぬか」

「……なんだ」

「我が妹、シャルロットだけは連れていってくれ」

「ちょっと、なに勝手なこと言ってんのよ!?」

 甲高い叫び声が玉座の間に響く。

 立ち並ぶ大臣の列を割って、スパーダの第三王女シャルロットが飛び出してくる。

 騒がしいのはいつものことだが、勝気な表情と溌剌とした雰囲気は、今の彼女には見当たらなかった。

 この最悪の状況下にあって、シャルも相当に参っているのだろう。真っ赤な髪に艶はなく、顔色は血の気の失せたように青白い。恐らく十字軍の侵攻がなくたって、ネロが裏切ったショックを今でも引きずっていることだろう。

「シャルよ、お前だけでも生き延びれば、スパーダ王族の血は保たれる。そして、いつの日か再びこのスパーダの地を————」

「ふ、ふざけんじゃないわよ! なに諦めてんのよ、まだ終わってない……スパーダは負けていない!!」

 まるで子供が駄々をこねるような叫びである。

 けれど、シャルの気持ちは王城にいる多くのスパーダ人の代弁でもあろう。誰だって、諦めたくはない。絶望的な敗北を、受け入れ、認めることは難しいのだ。

「お前とて、とっくに分かっていよう。ガラハド要塞が破られ、スパーダの精鋭達が散った時点で、戦の趨勢は決している。一週間ももったのは奇跡といっていも良いだろう。そして今、その奇跡をもたらしたクロノ率いるパンデモニウム軍も、今日が限界だと悟り、撤退を決めたのだ。このスパーダにはもう、十万を超える大軍を相手に耐えられる力は、どこにも残ってはおらぬ」

「だからって、諦められるわけないでしょ! 私も戦うわ、この王城で……たとえ勝ち目なんかなくっても、私はスパーダの王女なんだから!」

「王女だからこそだ。シャル、お前が落ち延びると言えば、それだけ付き従って避難に応じる者も増えよう。お前までが残ると言えば、王城にいる者を全て負け戦に付き合わせることになるのだぞ。残るのは、王である我だけで十分だ。お前は一人でも多くの民を生かせるよう尽くすのだ」

「姫様、ウィルハルト陛下の仰る通りですぞ」

「お願いします、どうか姫様だけでも」

「これもスパーダの為にございます。姫様が逃げ延びてくだされば、我らも安心して王城に残れるというもの」

 居並ぶ大臣達も、ウィルの発言をこぞって支持する。

 実際、この状況下では妥当な判断だろう。王家の血筋であるシャルロットが逃げ延びるというだけで、希望が残る。ここで死ねる覚悟も固まるというものだ。

「そんな、私は……私はみんなを守りたいのに……私だけが、守られるなんて……」

「よいのだ、シャル。お前の気持ちは我も、ここにいる皆もよく分かっておる。これからお前が守るべきなのは、共に逃げ延びるスパーダの民達だ」

 流石のシャルも、涙を溢れさせるだけで、それ以上の反論はできないようだった。いくら何でも、こうまで言われてしまっては、頑固に残って戦うとは言えないだろう。

「……ねぇ、クロノ」

 涙に濡れる金色の瞳が、俺を見つめた。

 いつもの、睨みつけるような迫力はない。捨てられた子猫のような、縋るような視線だった。

「アンタ、なんとかしなさいよ……アンタなら、なんとかできるんでしょ!」

「よさないか、シャル。今やクロノは、無礼を働いて許される相手では————」

「なんとかしてよ……お願い、スパーダを、みんなを助けてよ……」

 嗚咽を漏らして震えるシャルの姿に、俺は心の中に感謝を捧げた。

 ああ、そうだ、そうだよな……みんなを助ける、それが俺の役目であり、俺自身の望み。俺の力は、それを叶えさせるためのものなのだ。

「分かった、シャル。俺はみんなを助けよう。この王城にいる全員を、いや、第二防壁に詰めているスパーダ兵も、全員だ」

「クロノ、無茶を言うな! シャルの言うことは、ただの感情的な発言に過ぎん、真に受ける必要なんかない」

「いいや、違う。俺には、みんなを助けなければならない使命がある。なぜなら————」

 思えば、これを大勢の前で打ち明けるのは初めてのことだ。

 知っているのは、『エレメントマスター』とシモンだけ。ウィルには、あえてはっきりとは語らなかった。

 けれど、秘密にするのはもうお終いだ。

 ウィルにも、他のパンドラの人々にも。今ここで、俺は自分の正体を宣言する。

「————俺は魔王だ」

 玉座の間に、どよめきが広がる。

 指さして笑い者にされないのは、俺自身がスパーダで積み重ねてきた実績があるからこそだろう。勲章を二つも授かった英雄だからな。

 けれど、それだけの力を示しても尚、にわかには信じ難い。

 それほどまでに『魔王』の肩書は伝説的に過ぎる。

「ウィル、お前なら薄々勘付いていただろう。俺が、古の魔王ミア・エルロードの加護を授かっていることに」

「それは……ああ、そうだ。しかし、確信ではなく、願望のようなものだった」

「隠し事をしていて、悪かった」

 竜王ガーヴィナルのように、野心があると余計に警戒されても困るしな。魔王の加護を得た、と吹聴していいことはなかったので、今までは秘密としていた。

 だが、それももう終わりだ。今は、この魔王という肩書きこそが必要なのだから。

「なぁウィル、俺達が初めて会った時のこと、覚えているか」

「無論、忘れもしない、ラースプンに追われたガラハド山中よ」

「あの時、出会ったのはきっと偶然なんかじゃない。ラースプンとの戦いは、魔王ミアから加護を授かるための最初の試練だった」

 いや、偶然だけど。ここは必然みたいに言っておいた方が、説得力が増すはずだ。

「イスキアで倒した、グリードゴアもそうだ。寄生していたスロウスギルも含めて、討伐することが第二と第三の試練だったんだ」

 たとえ試練のモンスターじゃなかったとしても、イスキアには助けに向かったけどな。

 そこは伝わってるよな? 大丈夫だよな、ウィル、信じているぞ。

「そして、俺は授かった魔王の加護をもって、先のガラハド戦争で第七使徒サリエルを打ち倒した」

 俺の強さの秘密は、魔王の加護だというアピールだ。

 実際、かなり頼っているしな。使徒を相手にするには必須の能力である。

「魔王ミアは、俺に七つの試練を課した。いずれも厳しいもので、特に最後の試練は最大級の難関だったが……今や、それも超えた。俺は魔王の試練を全て超えたのだ」

 いまだに真名を解放するには至らないが、それでも、今はこれで十分のはず。

 ここからは、一つの賭けとなる。

「俺の言うことが、信じられないだろう。言葉だけで信じられるほど、魔王の加護は軽い存在ではないからな」

 そう、証明が必要なのだ。

 俺が本当に、古の魔王ミアの加護を得たという、証拠を示さなければならない。

「パンドラ神殿の神官はいるか。今ここで、俺の加護を証明して見せよう!」

「————その必要はございません」

 カァン、と杖が床を打つ甲高い音が響き渡る。

 俺も含めて、誰もがそこに目を向けた。

 そこに立つのは、白いローブに紋章入りの黄金細工を下げた、パンドラ神官、それも大神官と呼ばれる高位の者に違いない。

 その大神官は戦士のように逞しい肉体を誇り、綺麗に沿ったスキンヘッドに黒い刺青が走り、かなりの強面である。

 法衣を着ていなかったら絶対に神官だと思えないインパクトのある風貌だからこそ、俺はその顔を覚えていた。

 この人は間違いなく、サリエルと主従契約を交わした時に立ち会った大神官である。

「スパーダ・パンドラ神殿、神官長オリヴァー・ヘロドトスが、『法天神官・アマデウス』の御名に誓って、真実を告げる————冒険者クロノは、古の魔王ミア・エルロードの加護を授かっている!」

「なんだとっ!?」

「馬鹿な、鑑定もせずに断言するのか!」

「しかし、神官長が神に誓って言ったのならば……」

 俺が魔王とカムアウトした時よりも、大きなざわめきが玉座の間を襲う。

 そりゃあ、ただの自称と、神官長が直々に認めるのとでは、大違いではある。

 というかこの人、神官長だったのか……

「ええい、静まれ! オリヴァー神官長、詳しく説明してもらえるか」

 ウィルが場をなだめると、神官長は前へ進み出て、朗々と語り始めた。

「今よりちょうど、一年前となりましょう。第五次ガラハド戦争にて、敵将たる第七使徒サリエルを生け捕った冒険者クロノは、レオンハルト先王陛下との戦功交渉の末に、彼女を奴隷として、主従契約を結ぶことと相成りました」

 そういえば、サリエルと契約したのは清水の月の初めだった。誓いのキスとかさせられた、アレだ。ちょうど一年前にあたるが、今じゃもう随分と懐かしく感じる。

 サリエルが隣にいるのが当たり前になりすぎて、ガラハド戦後の俺があんなに悩んでいたのが馬鹿みたいに思えるよ。

「私はレオンハルト先王陛下の命により、両名の主従契約の儀を執り行うこととなりましたが……陛下には、もう一つ密命を賜っておりました」

 その密命を暴露するにあたって、パンドラ神官としての権利を行使するとか何とか、ひとしきり正当性を主張してから、神官長は言った。

「その密命が、冒険者クロノの加護を、密かに鑑定することにございます」

 そんなことされていたのか。全然気づかなかった。

 しかし、パンドラ神殿は神官にとっては自分たちの拠点だ。どんな仕掛けがされていてもおかしくはない。

 それにガラハド戦争であれほど目立つ戦功を挙げたのが、加護も判然としない冒険者となれば、その力の秘密を探るくらいはするだろう。『黒魔女エンディミオン』みたいに、悪名高い邪神・魔神の加護持ちだったら、警戒しなきゃいけないし。

「王命とはいえ、神殿を訪れた者を謀ったこと、ここに深く謝罪いたします」

「いや、気にするほどのことでもない。手間が省けて助かったくらいだ。それで、俺の加護は証明されたのか」

「はっ、まずはこちらをご覧いただきたい。これなるは、当時、冒険者クロノを鑑定した結果に描き出された加護証明書にございます」

 空間魔法が宿っているのだろう光り輝く法衣の裾から取り出されたのは、小汚い真っ黒い羊皮紙であった。

 どこの火災現場から回収してきたのかというほど、黒一色の焦げ跡が焼き付いている。

「ご存じの通り、加護の証として、ここには神々を示す紋章が焼き付けられます。当然、加護がなければ何も起こらず、加護の力が未熟であれば、紋章も薄い跡しか浮かびませぬ。しかし、これほど力強く焼き付けられているはずなのに、何の紋章も浮かばず黒一面となるという結果は、神官長たるこの私も見たことがない!」

 そして、千年を超える歴史を誇るパンドラ神殿にも、そのような記録は残されていない。と、神官長、なかなか盛り上げるような話しぶりである。

「私がこの黒き証明書を手にしたその時————声を聞いたのだ。神の声を」

 台詞だけでは実に胡散臭いが、本物の神様がいる世界で、本物の神官が言うのである。ここにいる誰もが、疑うことなくその先の言葉に耳を傾けた。

「幼子のような声であった。だがしかし、いまだかつてこの身には感じたことのない威圧感、正に大いなる神の気配を私は背中に感じたのだ!」

 子供の声……これ間違いなくミアだな。

 わざわざ降臨して神官長に言伝していたとは。

「この加護を明らかにするのは、今ではない。時が来れば、私が自ずと語るであろうと、そう仰られた」

 神様オーラで威圧しながら、一方的にそれだけ言い残して、去って行ったという。

 神官長は、その神の姿を見ることは叶わなかったが、それでも、その正体を確信したと熱弁を振るう。

 そうして、高々と黒い加護証明書を掲げて、宣言する。

「今こそ、その時! 神託をもって、私はここに宣言する。冒険者クロノは、パンドラ史上初となる、伝説の魔王、ミア・エルロードの加護を授かっている!!」

 その瞬間、証明書に漆黒の炎が灯る。

 燃え盛る黒い火炎は、俺にとってはもう馴染み深い『黒炎ヘルフレイム』であることは一目瞭然だった。

 そうして、地獄の業火を思わせる黒い炎に焼かれ————今度こそ、神の紋章は刻まれた。

 翼を広げた、黒い龍を象った紋章。遥か古代パンドラを統一した、エルロード帝国の象徴。

 すなわち、魔王ミアの紋章である。

 ちくしょう、ミアめ、憎い演出をしやがる。素直にカッコいいじゃねぇか……

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― 新着の感想 ―
[良い点] クロノが魔王の加護を持っていることが公になる場面が、最高過ぎました。
[一言] マジで映像で観たい
[気になる点] そういえば、エレメントマスターとジモンだけじゃなく、ブレイドマスターの面々も加護については知っていた気が。第七の試練編を読み返してて気づきました。
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