第814話 死神(1)
完全に夜が明ける頃には、十字軍は撤退していった。
夥しい数の死体が、朝日に照らされ大通りに晒されている。まだ悪霊が多少は漂っているのか、死体の山からのっそりと起き上がり、フラフラと徘徊を始めるゾンビの姿が見えた。
「クロノさん、お疲れ様でした」
「大したことはしちゃいない。少しだけ暴れて、後は楽をさせてもらっただけだ」
重騎兵隊が到着した頃になれば、スパーダの防衛隊も態勢を立て直し、再び防壁へと展開して反撃を開始した。
破られた門は、フィオナが気合を入れて土属性魔法で塞いである。塞いだというか、門のあった場所がデッカい石の塔と化しているのだが。ともかく、少しくらい攻められた程度では揺らがない。
戻った俺は防壁へと上がり、後は部下と一緒に『ザ・グリード』ぶっ放すだけの楽なお仕事だ。
防衛態勢が整い、さらには重騎兵隊の火力が加わったことで、この場所は十分な防御力が発揮された。そのまましばらく撃ち合っている内に、十字軍もようやく諦めがついて退いて行ったのだ。
十字軍が撤退していったことで、スパーダ防衛隊からはワッと歓声が上がっている。門が破れた土壇場からなんとか持ち直し、ついにはあれだけの大軍を退けたのだ。正しく勝利の光景に相応しい。
しかしながら、俺は素直に喜ぶことはできない。ここで退いた奴らなど、功を焦って突っ込んできたどこぞの貴族が仕切る一部隊に過ぎないだろう。
噂のアイゼンハルト王子の姿を偽っているという第八使徒アイは勿論、タウルスの一機も繰り出して来なかった。
サリエル曰く、タウルスはあのジュダス司教がダイダロスに開いた第四研究所で発掘されたものを修復したモノで、その所有権は『白の秘跡』、より大きな括りで言えば十字教会ということになる。
つまり、タウルスを貴族が個人的に所有しているワケではないので、コレを出すということは教会に借りている、すなわち戦功を上げても分け前が減ってしまうので、できれば自分の兵士だけで勝ちたいと思うそうだ。
第五次ガラハド戦争でスパーダ攻めの大将を務めたベルグント伯爵くらいになると、その立場上、教会に借りを作ってでも戦力の拡充は求めるだろうけど。
ともかく、歩兵を中心に、射手、魔術師、それから重騎士が少々というごく普通の編成の十字軍部隊を退けた程度では、この大通りの先に陣取っている本隊には、さしたる痛手を与えられてはいない。その気になれば、すぐにでも逆襲して来れる。
その時は、いよいよ第八使徒アイも出張って来るか、それとも、まだ戦功争いで適当な貴族が突っ込んでくるか……
「次は、私ももう少し働きますよ」
「タウルスが複数、出張ってくるくらいになったら頼む」
この門を攻めていた連中が、十字軍のごく一部でしかないことが分かりきっていたから、俺だけ大暴れして、フィオナには手出しを控えさせておいた。
ここの一戦だけで全軍が退いてくれるなら出し惜しみはナシで行けるが、敵が大半の余力を残している以上、仲間の消耗は出来る限り避けたい。『暗黒騎士団』を結成した今でも、フィオナはウチの最大火力だからな。
サリエルだって、空中偵察くらいの働きに留めている。スパーダ上空には、敵も空から偵察のためにちらほらと天馬騎士を飛ばしているが、本格的な空中戦は行われていない。
天馬騎士団は向こうにとっても虎の子の精鋭戦力だからな。どうしても必要としなければ、全騎出撃はさせないし、もしそうなった場合は、サリエルにも戦ってもらわなければならないだろう。
「ここは私が見張っていますので、クロノさんは今の内に、少しでも休んでおいた方がいいですよ」
「そこそこ魔力も消費したからな。ありがたく、そうさせてもらう」
俺もスタミナには自信があるが、流石に魔力全開で戦えばその分だけ消耗も早まる。魔王の加護を控えめにしても、今ではそれなりに魔力消費する黒魔法もあるしな。今回は、特にゾンビ化用の黒化に結構つぎこんだし。
「……んん?」
と、そこで俺はなんとなく眺めていた凄惨な戦場跡に、違和感を覚える。
なんだろう、黒い霧のようなものが渦巻いているように見える……気がする。
攻撃魔法が入り乱れる防衛戦だ。爆発も炎上もするので、そこかしこから煙が立ち上って入る。だが、そうではない。あれは、ただ煙が流れて来ているだけとは思えない。
その黒い霧は、もっとこう、禍々しい気配を感じさせてならない。それこそ、『反魂歌の暗黒神殿』が呼び寄せた悪霊のような————
「————うおっ!?」
と、思わず驚きの声が漏れたのは、その瞬間、足元の影から『ホーンテッドグレイブ』が勝手に飛び出したからだ。
それと、漂う怪しい黒い霧が、何かに反応したように、急に渦を巻いてこっちへと流れてくる。
空中へと飛んだ『ホーンテッドグレイブ』へと、黒い渦は吸い込まれるように……というか、完全に吸い込んでいる。
黒化によって元々、黒一色と化している『ホーンテッドグレイブ』は大量の黒い霧に包まれながら、徐々にその形を崩していく。それは、ただ黒い色の薙刀から、本物の影へと変わっていくかのように。
武器としての実体を失ったように薙刀のシルエットが揺らぐが、そこから感じる魔力の気配は急速に増大していく。流石に、ここまで来れば俺も『ホーンテッドグレイブ』に何が起ころうとしているのか察しがつくというもの。
「まさか、こんな時に進化するとはな」
全ての黒い霧を吸収し、再び影から明確な形を成して、『ホーンテッドグレイブ』は重力の存在を今頃思い出したかのように、クルクル回りながら俺の手の中へと戻って来た。
高々と掲げた右手で、コイツの柄を握った瞬間に、理解できた。
『ホーンテッドグレイブ』が得た、新たな銘を。
「————『獄門鍵エングレイブドゥーム』」
それは、漆黒の大鎌だ。
死神が持っているような、大きく、鋭く、凶悪な鎌である。
薙刀の三日月形をした刀身はさらに長大となり、『首断』と同じように魔力のラインが血管のように走り、不気味な明滅を繰り返す。その色合いは赤ではなく、毒々しい紫色。
シンプルだった柄は、長い骨が絡み合っているような歪な形状へと変わっている。さらに刃と柄の付け根は、まるで関節部のような合わせ目で繋がっており、周辺には筋繊維を模したような金属質な装飾が施されている。
その生物的なデザインが、まるで巨大な鉤爪を持つモンスターの指であるかのようにも見えた。
随分と禍々しい姿へと変わり、武器としての実用性は落ちたのではと思うが、この握った感じからすれば、その心配はなさそうだ。呪いの鉈は進化の度に巨大化していったが、取り回しで苦労したことはない。このエングレイブドゥームの握り心地は、俺の腕が鉤爪の生えたモンスターそのものに変化したかのような一体感を与えてくれる。
「えーと、おめでとうございます、と言うべきでしょうか」
「呪いの武器が進化してめでたい、ってのは妙な感じだが、俺の場合は素直に喜ぶべきことだろう」
興味津々といった様子で、フィオナが祝いの言葉をくれる。
普通は呪いの武器がより強力になったら大変なことになるだけだが、俺が使う限りなら、単純に戦力増強ということで済むからな。
「『ホーンテッドグレイブ』は手に入れてからそれなりに経ちますが、進化の条件は殺戮数よりも、アンデッド化能力の使用にあったと見るべきでしょうか」
「ああ、どうやらその方向性が正解だったみたいだな」
呪いの武器は、それぞれに呪いを宿す経緯というものがある。進化する際には、その呪いに関わる行動や戦い方が必要だ。
『首断』の場合は、単純に多くの人をその刃で殺すことと、より強い者を倒すこと、というシンプルな条件だったと言える。フィオナを切らなきゃいけなかったのは、ちょっと特殊条件ではあったが。
ヒツギの場合は、強固な自我が確立された状態で、本人がより強い力を望んだからこその進化だった。これは進化条件というよりも、成長と呼んだ方がいいのかもしれない。
そして今回の『ホーンテッドグレイブ』は、進化の鍵は『反魂歌の暗黒神殿』の使用だろう。
大量の十字軍兵士を狂わせ、死体をゾンビと化したことで、一気に進化条件を満たすほどになったのだと思われる。まぁ、普通に使っていれば、こんな大人数には仕掛けられないしな。
「そういえば『ホーンテッドグレイブ』は元々、都市を滅ぼした時にはそこにいた全員をゾンビに変えた、みたいな逸話だったからな。アンデッド化能力に特化していくのも、自然なことだろう」
持ち主の墓守は、大好きだった少年が、貴族だか領主だかに弄ばれて殺されたことにブチキレて、墓地を飛び出し復讐というのが大筋のストーリーだった。その街に住んでいた人々にとっては途轍もないとばっちりであるが、悲劇とはそういうものでもある。
ともかく、墓守さんがガチれば都市人口丸ごとアンデッド化余裕、というほどの能力を誇っていたわけだ。進化することで、その強大な屍霊術の力が取り戻されてゆく、と考えるべきだろう。
上手くいけば、十字軍の大軍も丸ごとゾンビに変えたりできるだろうか……少なくとも、『反魂歌の暗黒神殿』の効果は確実に上昇しているだろうから、次のライブは楽しみだな。
「クロノさん、『獄門鍵』と名がついているなら、効果は単純な屍霊術ではないかもしれませんよ」
「どういうことだ? 死体がゾンビとして蘇るなら、同じことだと思ったが」
「自らの魔力を宿して死体を動かすのが屍霊術です」
そう、だからこそ黒色魔力を死体に流すことで、ゾンビとして復活する確率を上昇させることができるのだ。
命のない死体というモノを動かすための、エネルギー源が黒色魔力である。
「『ホーンテッドグレイブ』の『亡者復活』は、悪霊をとり憑かせることで死体をゾンビ化させる魔法ですけど、その『エングレイブドゥーム』の効果の本質は、アンデッド化ではなく、悪霊を召喚すること、の方だと思うんですよ」
「なるほど。悪霊を呼ぶ方が本命で、呼んだ悪霊でゾンビにするのは副次的な効果に過ぎないと」
「ええ。そして、その悪霊召喚の原理が、『地獄の門を開く』ことではないでしょうか」
だから『鍵』なのか。
薙刀でも、大鎌でもなく、悪霊を現世へと呼びこむ地獄の門を開くための鍵というのが、この武器の正体というわけだ。
流石はフィオナ。魔女として魔法効果については鋭い考察である。
「それって……なんか今までにないヤバさじゃない?」
「制御しきれなかったら、多分、悪霊とゾンビのスタンピードが起きるでしょう」
そういえば昔、ゾンダーとかいう邪悪な屍霊術師を倒したっけな。アイツ、バイオなハザード展開でスパーダをゾンビパニックにしてやるみたいな野望だった気がするけど……下手すれば、俺がそれを引き起こしかねないのか。
「まぁ、クロノさんなら大丈夫じゃないですか」
「おい、急に投げやりになるなよ」
「どうせ『反魂歌の暗黒神殿』全開にするなら、敵のど真ん中だけでしょう。味方に配慮するような状況で使わなければいいだけですよ」
「それはそうだが」
「いざとなったら、光魔法の怪物であるリリィさんがどうとでもしてくれますよ」
「遺産レースの第一階層みたいにか?」
「ええ、そんな感じで」
リリィ達の大迷宮の攻略模様は、録画でちょっと見ている。
スタンピード状態の第一階層で、ゾンビの津波を『妖精結界』で真正面から突っ切っていく無双ぶりは、改めてリリィの凄さを実感させられた。
ともかく、『反魂歌の暗黒神殿』の使いどころは変わらないから、そう心配しても仕方がないか。
どの道、この戦況では頼らざるを得ない場面も、まだまだ出てくるだろうしな。
「けど、大鎌の形だと流石に長柄武器としては扱いにくそうだな」
割と武器を選ばず、使えるものは何でも使う主義の俺でも、大鎌なんてものを使ったことはない。
武器として使ってる奴も、第十一使徒ミサしか見たことないし。アイツは別に大鎌の使い手ってワケではなく、使徒のチートスペックで振り回しているからであって、あんなの棍棒でもスコップでも、何使っても強いに決まっている。
ただの雑兵相手に遅れをとることはないが、重騎士以上のエリートを相手どることを考えると、薙刀の方が安心だ、などと思ったら、
ギシギシギシ————ジャギッ!!
と、音を立ててエングレイブドゥームが変形した。
鎌の形から、刃を垂直に立てた薙刀の形へと。
「マジかよ、変形したぞコイツ……」
「使い手の好みに合わせて形を変えてくれるなんて、愛されていますね、クロノさん」
「愛があるかどうかは分からんが————ここまでされたら、しっかり使いこなしてやらないとな」
戦いはまだ終わっていない。
『獄門鍵エングレイブドゥーム』、お前の出番は、またすぐにやって来るだろう。
クロノの『暗黒騎士団』魔術師部隊・歩兵部隊と『混沌騎士団』を合わせたパンデモニウム軍の本隊は、昼過ぎにスパーダへと到着した。
「やれやれ、ようやく戻って来れたか。まったく、歩兵のお守りとは、面倒な役目を押し付けられたものだ」
「これが宮仕えというものですよ、ゼノ君」
「分かっている。だから、こうして真面目に全軍を引き連れて来たのではないか」
騎乗するゼノンガルトの後ろには、黒い衣装の軍団がゾロゾロと街道に続く。ここまでかなりのペースで進んで来たが、脱落者は一人もナシ。伊達に、精鋭を選んで連れて来てはいない。
クロノとリリィ、二人の最高指揮官が揃って離脱しているので、今のパンデモニウム軍を率いているのは、混沌騎士団団長ゼノンガルトである。
ロクに敵軍と矛を交えることなくトンボ帰りする羽目となり、ゼノンガルトとしては面白くない展開だ。
これで首都スパーダへ急行する任務を与えてくれれば、まだやり甲斐もあったと思うが……その無茶な救援は司令官が自分でやってしまうという、美味しいとこどり、もとい、無茶ぶりである。
もっとも、『エレメントマスター』の強さは骨身に沁みて理解しているゼノンガルドとしては、最速の救援に彼らが向かうことに反対する気はなかったが。
「戦いは……やはり、まだ続いているようですね」
エルフのトレードマークである長い耳をピクリとさせて、ティナが言う。
スパーダの東大正門は開け放たれている。
付近には十字軍の姿こそないが、巨大な城壁に囲まれた首都スパーダでは、そこかしこで戦闘が発生しているのは、響いてくる音と新たに立ち上る火の手だけでも、十分すぎるほどに示されていた。
「そうでなければ、来た甲斐はないからな」
「首都に攻め込まれた以上、これは負け戦です。ゼノ君、無茶はしないでくださいね」
「ふん、それは相手次第だな————見ろ、ようやく十字軍とやらのお出ましだぞ」
東大正門を潜り、荒れた街中を進み始めると、大通りの向こうに白い装備の集団が現れた。
ゼノンガルトはテレパシー通信によって、リリィが待っているという第二防壁の門へと、この大通りをそのまま進んで最短距離で向かうつもりであった。
一方の十字軍も、この大通りを進んで一旦外へ出ようというのか、こちら側に向かって進んできている。
すなわち、両者が真正面からかち合うという状況だ。
「敵軍、見ゆ。全軍停止」
ゼノンガルトの号令一下、パンデモニウム軍は一時その場で停止。
対して、千を超える軍勢が出現したことに気づいた十字軍も、対応するためにその場で動きを止めた。
両者、間合いをとって睨み合い。
「どうだ、ティナ」
「敵の数はおよそ三千。それなりに疲弊はしているようだけれど、大半は戦闘に支障はなさそうです」
元盗賊クラスとして、ざっと見ただけで敵軍の数と様子をティナは判断できる。
そしてゼノンガルトにとっては、それだけで決断を下すには十分だった。
「女王陛下を待たせているからな。先を急ぐ、全軍突撃だ」
「そんなのダメですよ!? 相手はこちらの三倍もいるんですから!」
「ふっ、冗談だ」
「リリィさんを待たせているから、なんて言ったら、パンデモニウム軍は本当に全速前進で突撃しますよ」
「ふむ、確かにな。冗談としても度が過ぎていたか」
そんな軽口を挟んでから、ゼノンガルトは本命の指示を発する。
「ほどなく、敵はこちらを小勢と見て突撃してくるだろう。それを、銃撃で粉砕してくれる」
パンデモニウム軍の強みは、大半の兵が銃火器を備えていることだ。
例外は、ゼノンガルト率いる『混沌騎士団』の騎馬隊のみ。彼らはランク4以上の冒険者で構成された精鋭中の精鋭なので、銃に頼る必要がない戦闘能力を個々人が秘めている。
しかし、今はその冒険者の最精鋭達の力のみに頼る必要はない。
ゼノンガルトは、銃という武器の威力をすでに知っている。
ランク3以上の冒険者を揃えて居ながら、クロノ率いる『暗黒騎士団』相手に演習で引き分けまで持ち込むのに、どれだけ苦労をしたことか。
十字軍などという、数ばかり集めた烏合の衆など、銃火器で武装した我が軍の敵ではない。ゼノンガルトはそう確信していた。
「『暗黒騎士団』魔術師部隊は正面、歩兵部隊は左右を警戒。パンデモニウム軍歩兵部隊も前面に出す。銃と砲で敵を削った後、機を見て突撃。正面から蹴散らしてくれる」
最大限に銃の性能を活かす作戦だ。
下手な攻撃魔法よりも、速度と射程に優れる銃弾をアウトレンジから一方的に叩き込み、敵に消耗を強いる。それは兵数三倍を覆すほどの有利と見ている。
「敵が崩れなければ」
「崩れるまでは撃ち続けるさ。銃弾の嵐を掻い潜って肉薄できる者がいるならば、それは敵の猛者だけだ。強大なれど少数に過ぎん」
クロノからは、アルザス村での戦いについても聞いている。
敵の重騎士部隊はその装甲を活かして銃撃を弾いて接近が可能。しかし、重厚な鎧兜を纏う騎士は十字軍においても精鋭部隊。簡単に千も万も繰り出せるようなものではない。
ならば、こちらも精鋭をもってすれば十分に対抗できる。むしろ、絶え間ない銃撃の嵐によって敵精鋭部隊だけを孤立させることが出来たなら、殲滅の好機でもある。
「いいでしょう。私も、こちらの火力と射程を最大限に活かす、最善策だと思います」
「槍と弓で銃の相手をせねばならぬとは、奴らも哀れなものよ」
速やかに指示通りの陣形が整っていくパンデモニウム軍に対し、やはり十字軍側は数を活かした歩兵突撃を敢行する構えを見せる。
神がどうの、魔族がどうの、声高に叫び、彼らは戦意を鼓舞していた。
「ふん、自らを聖なる者と称するとは、なんたる傲慢か。だが、それも良かろう。我ら地獄より来た軍勢ぞ。吹き荒ぶ鉄の嵐でもって、歓迎してくれる————」
「おーい!」
と、第二防壁の門の上で、幼女リリィはブンブンと手を振った。
オォオオオオオオオ!
地を揺るがすほどの歓声でもって、リリィの呼びかけに彼らは応えた。
それは悠々と大通りを進む、総勢1500の黒き軍勢。
リリィの眼下に集いしパンデモニウムの兵士達は、一糸乱れぬ動きでもって平服した。
彼らの先頭に立つ混沌騎士団団長ゼノンガルトもまた、馬から降り、跪く。
「リリィ女王陛下、我らパンデモニウム軍、1名の欠員もなく、全員馳せ参じてございます」
「んもー、やっと来たー」
プーっと頬を膨らませながら、門の上から飛び降りたリリィは、フワフワとゼノンガルトの前に着地した。
「申し訳ございません」
「いいよ。ちゃんと、みんなで来れて良かったね。えらい、えらい!」
リリィは無邪気な笑顔を浮かべて、ゼノンガルトの頭を犬のように撫でまわした。
ゼノンガルトは眉一つ動かさず「ありがとうございます」と女王からのお褒めの言葉を受け取っていた。
「我々はすぐにでも戦闘可能です。どうか、ご命令を女王陛下」
「そっかぁ、うーん、えっとねぇ……」
唸りながら、小さな腕を組んだリリィだったが、ほどなくして、ゼノンガルトへと顔を寄せ、そっと耳打ちした。
「————スパーダはもうお終いよ。こちらの犠牲は出さないよう、王城が落ちるより前にはパンデモニウムへ帰るわ。でも、クロノは満足するまで戦うだろうから、フォローだけはしっかりね」
首都スパーダの防衛は不可能。最早、同盟を律儀に守る道理もないという、リリィの判断である。
負け戦で自国の兵士を失う愚は冒さない。翻って、こちらの犠牲を許容してまで、スパーダ人を助けはしないということでもあった。
重要なのは、被害を最小限に抑えて無事に撤退すること。そして何より、クロノ自身の身の安全。
クロノに危機が及ばない範囲で戦ってくれれば十分だというリリィの意図を、ゼノンガルトはその一言だけで十分に理解できた。
リリィの判断を、冷酷と呼ぶべきか。
否、一国を率いる君主としては当然の決定だ。
クロノ、あの男はやはり、人が善すぎる。ゼノンガルトが初めてクロノを見た時に感じた、ただ家族を守るのに必死な父親のような男だ、という見立ては、記憶を取り戻したという今になっても変わってはいない。
甘く、優しい、それでいてヒーローになれるほどの強い力を持つ男。素晴らしい正義感に、強い力を正しく振るう善良な人格。だからこそ、王の器足りえない。
しかし、そんな甘い男の隣に立つのが、この地獄を統べるに相応しい怜悧冷徹な妖精少女であるならば、信ずるに足る。
「————はっ、女王陛下の仰せのままに」
「うん、それじゃあ、みんな頑張ろう! おーっ!!」
2021年2月26日
すでにご存じの方もいるかと思いますが、残念ながらコミック版『黒の魔王』は打ち切り、という形で終わることとなりました。
一応、5巻の売り上げ次第では、ということではあるようですが、1巻の発売以来、重版のかからない状況に変わりなく、続けて行くには相当に厳しい状況だそうです。次の6巻が最終巻となる予定です。
私自身、とてもショックですし、残念極まりないことですが・・・ひとまず、ここではお知らせという形だけにさせていただきたいと思います。これに関しては後日、連載終了後にあらためて活動報告などで書きたいと考えています。
ただし、これだけは伝えておきたいのですが、私はこれまで通りに小説家になろう、での連載だけはしっかり続けていくと断言します。
作家は何かとメンタルに影響を受けやすいもので、こういった大きくショックを受けるようなことがあればそのまま・・・ということになるのも、よくあることかと思います。書籍を始めとした商業活動が上手くいかない、というだけでなく、生活や環境のちょっとした変化でも気持ちは大きく左右されるものですし、なろうでの活動など簡単に止まってしまうでしょう。
ですが、私の気持ちは更新エタるほど折れてはいません。
この『黒の魔王』を連載し始めて早10年。更新頻度こそ週一となりましたが、定期更新を途絶えさせたことは一度もありません。『呪術師』との同時連載となっても、週一更新は守り続けていますし、これからも続けられる体勢、環境を維持できるよう努力もしています。この10年の実績をもって、そこだけは信頼してもらいたいです。
ですので、どうかなろうでの連載に関してだけは、これからも安心して楽しんでいただきたいと思います。必ず、連載作品は完結まで書き切って見せます。まだ何年かかるかも分からない長い作品ですが、できれば最後まで、そこまで行かずとも気が向いた時に読んで少しでもお楽しみいただければ幸いです。
それでは、これからもどうか『黒の魔王』をよろしくお願いします!