第810話 落日(5)
清水の月8日。
この日、シモンがスパーダにいたのは単なる偶然であった。
リリィに呼ばれてパンデモニウムで新たな銃工場の建設と、残された古代兵器の調査についていたが、起動に成功した二機目の鉄蜘蛛と共にスパーダへと戻っていた。
クロノ達は第6次ガラハド戦争に参加するためパンデモニウム軍を率い、アヴァロン軍が出張って来たダキア方面に向かったことは、勿論、承知している。今回、シモンはクロノに同行することこそしなかったが、できれば自分も故郷スパーダにはいたいと思った。
一機目の鉄蜘蛛をはじめ、クロノ率いる傭兵団は古代兵器をフル装備した、現代のパンドラでは唯一の軍事組織である。不測の事態が起こった時、その整備を行えるのはシモンくらいなものだ。
パンデモニウムに引きこもっているよりは、スパーダで待機していた方が動きやすいだろうということもあり、リリィの承認を経て帰って来ていた。
それがまさか、こんなことになるとは。
十字軍の首都スパーダ襲来を聞いたシモンは、即座に動きだした。
モルドレッド武器商会から間借りしているライフル工場から、ありったけの銃と弾薬をかき集め、パーティである『ガンスリンガー』メンバーと工場作業員を招集。他にシモンの元にはサポートとして、パンデモニウムからホムンクルスの作業員兼護衛が十人ほどついている。
この全員に銃を持たせれば、ちょっとした小隊規模である。
今、出来る限りの武装を整えた後に、速やかに避難を指示した。
当たり前だが工場作業員はスパーダ在住であり、家族がいる者が大半だ。彼らの家族まで含め、シモンは迷わず、モノリスの転移を利用してパンデモニウムへ避難させることを選んだ。
早々に正門が突破された以上、首都が完全に陥落するのも時間の問題だと判断した。
そうして工場の作業員とその家族を集めながら、モノリス目指して移動をしていく。目的地は、貴族街で稼働を始めたばかりのモノリスだ。
学園地区を貫く大通りから、第二防壁を越えたすぐ先の広場にある、そこそこ大きな石碑『歴史の始まり』として割と有名な場所だ。貴族街へ足を踏み入れることのない者でも、門の前を通ればすぐ向こう側に突き立つオベリスクは目に入るので、知っている者は多かった。
パンデモニウムとの正式な国交が開かれ、ここにも転移が開通したばかりで、広場の様子も大きく様変わりを始めたといった頃であった。
そうして目的地である門前広場へと向かう途中にあったのが、モルドレッド武器商会・学園地区支部である。
「まさか、モルドレッド武器商会まで襲われているなんて……みんな、無事だといいけど」
とりあえず、十字軍に間違いない装いの兵士だったので、問答無用で射殺をした。
もうこんなところにまで、十字軍の侵攻が進んでいるとは。やはり出来る限りの武装をしてきて正解だったと、累々と転がる十字軍兵士の死体を眺めて実感した。
「おや、シモン君、だったね。君が逃げた賊共を始末してくれたのか」
「あっ、モルドレッド会長! どうしてこんなところに!?」
転がる死体を蹴飛ばして、モルドレッドが正面扉から堂々と姿を現した。
傍らには、彼の秘書であるゾンビの青年と、夜中でも店に残っていたであろう、髑髏マークのエプロン姿の店員数名が続いて出て来た。
「なぁに、ここにも儂の大事なコレクションを保管していたのでね。見捨てるには忍びない一品ばかりであるから、取りに来ただけのことよ。無論、君達の身も案じていたぞ?」
はっはっは、と誤魔化す気もなくモルドレッドは笑い飛ばした。
理由はどうであれ、首尾よく店を襲ってきた十字軍兵士を撃退したのは事実なようだ。結構な人数がいたはずだが、どうやって彼らを店から追い出したのか。
シモンは不思議に思ったが、すでに倒した敵のことなどどうでもよい。事態は一刻を争う。
「モルドレッド会長、僕たちはモノリスの転移を通じてパンデモニウムへ避難します。一緒にどうですか」
「ほう、それは素晴らしい提案だ。しかし、良いのかね?」
「パンデモニウムの女王は、こういう事態を見越して避難民を受け入れる準備があります。必ず転移で向こうにまで飛べますし、当面の安全は保障されます。きっと、その内にパンデモニウムへの避難指示も出るかと思います」
「ああ、そうか、かの国の女王陛下は、君の知り合いだったね。ならば、信じるには値する。だが、連れていくのは彼らだけで良い。儂はここで、友人を待たねばならぬのでな」
「それって、もしかして……レギンさんのことですか?」
「そうとも。彼を置いて、儂だけ逃げるわけにはいかんのだ」
「ああ、それなら、大丈夫ですよ。レギンさーん!」
シモンが呼ぶと、鉄蜘蛛のハッチが開き、そこからヒョッコリと髭のないドワーフが顔を出し、手を振った。
「おお、すでに彼を連れて来てくれたか。ありがとう、シモン君」
「いえ、レギンさんは僕にとっても恩人なので。真っ先に迎えに行きましたよ」
逆に言えば、シモンにはスパーダで彼の他に恩義のある人はこれといっていない。クロノは戦場に出ているし、ウィルは王族で、実家は大貴族。シモン自身が助けの手を差し伸べる必要がない者ばかりである。
「ならば、もう憂いは何もない。行くとしよう」
「みんなを率いて、この先にある門前広場へ向かってください。念のために、パンデモニウムのホムンクルスをつけます。彼がいれば、何かあっても向こうに話を通すことができます」
「君はどうするのだね?」
「僕は一応、神学校も回って、避難を促してきます。あそこには、寮生も沢山いるから」
「それは、君がしなければならないことか? こんな状況だ、我先に安全な場所へ逃げるべきだとは思わないのかね」
「これだけの力を持っていれば、恐れることもありません。それに、これでも僕はスパーダの男ですから」
シモンには、クロノほどの立派な正義感は持ちえない。非力で臆病な錬金術師だ。
けれど、この手にした銃と、仲間と、古代兵器まであるのだ。これだけ揃えて、まだ怖いなどと叫ぶほど、腰抜けになったつもりはない。
何より、十字軍を前に、ただ無様に逃げ惑うことだけはするまいと誓った。
ただ庇われて、助けられるだけの自分ではいられない。あんな思いは、もう沢山だから。
「そうか、ならば行くがよい。武運を祈る」
「はい、行ってきます」
そうして、シモンは『ガンスリンガー』とホムンクルスだけを共にして、銃火器を満載した荷車を引く鉄蜘蛛を駆り、神学校へと向かった。
それから少々、夜道を走ればすぐに、王立スパーダ神学校が見えてくる。
築ウン百年を迎える時計塔付きの大校舎は夜にあっても煌々と灯りに照らされ、存在感を放っている。普段なら、何の感慨も湧かない日常風景の一部に過ぎないが、
「うわっ、これはちょっと想像以上かな」
こんな夜中に、これほどの人数が学園に集まっているのを見たのは、始めてであった。
見れば、学生服を着た者達よりも、大荷物を抱えた平服姿の者が目立つ。
「坊ちゃん、こりゃあこの辺の奴らみんな、学園に避難してきちまったんでしょう。どうすんですかい」
鉄蜘蛛と並走する馬車を操る、『ガンスリンガー』の最年長、元チンピラにして最大の常識人であるスキンヘッド男、ザックはシモンに問いかけた。
「へっ、ビビりやがって、ウジャウジャ集まってんのかよ」
「わぁー、人がいっぱいで、お祭りみたいだにゃー」
荷台の方からは、ゴーレムのガルダンと猫獣人のニャーコが、避難民で大混乱という名の賑わいを見せる学園を眺めながら、好き勝手なことを喋っていた。
「あれだけ人がいても、スパーダ兵が守りを固めている様子はない……どっちにしろ、避難は呼びかけにいかないと」
もし、この無力な一般人だけが集まる学園に十字軍が襲い掛かれば、アルザスの悲劇の再来は確実だ。奴らは何の躊躇もなく、正義を叫んで虐殺を行う。
もう外壁を突破されてしまった以上、手遅れではあるものの、それでも出来る限りは救いたい。いいや、救わなければ、今ここに自分がいる意味がない。
まだ続々と避難民が集まってくる神学校周りの道路を、人を撥ねないよう注意深く進みながら、シモン一行は開け放たれた正門から乗り込んだ。
「すみませーん、教師はいますかー? 僕らは冒険者パーティ『ガンスリンガー』でーす! 避難誘導と護衛のクエストを受けて来ましたー!!」
クエスト受けた、などとは完全な嘘っぱちだが、こうでも言わなければ、自分達が何者で、何のためにここに来ているか、を簡単に伝えることはできない。
どうせ、ここにいる誰もが錯綜する情報のせいで、正確な状況など掴めてはいないのだ。もしも正確に把握できているならば、こんなところで大勢、集まったままではいない。
「おーい、こっちだ! ギルドから避難のクエストなんか出ているのか! 詳しく聞かせてくれぇ!!」
騒々しい人並みの中で声を挙げたのは、オークの教師であった。
確か、剣術の担当。勿論、シモンは剣術の授業など受けたことはないが、厳しくも熱血な名物教師なので、顔くらいは知っていた。
彼は他数名の教師と共に、避難してきた人々を学園の広い施設を利用し収容していたようだが、それだけで手一杯といった様子である。
「僕らも詳しい状況は分かりません。ただ、十字軍は第三防壁を破って市街地に侵入してきています。ついさっき、モルドレッド武器商会で戦闘になりました」
「なんだと、もうそんなところにまで敵が!?」
流石の熱血オーク教師も、敵の大軍が目前まで迫っていると聞けば驚愕した様子。
「指示は何もないですか?」
「どうすればいいのか、人を走らせているが、戻ってこんのだ。だが避難民は増える一方で、とにかく落ち着かせて、中に入れるより他はない」
連絡こそ出しているようだが、どれも繋がらないようだった。こんな状況下では、誰も責任をもって判断は下せないだろう。
このオーク教師だって、夜の神学校にたまたま宿直で残っている者の中で、一番のベテランだからこの場を指揮っているだけに過ぎない。
理事長以下、神学校を取り仕切るような面々が、こんな夜中に学校へいるはずもない。今更、連絡をとったところでどうにかなるとも思えないが。
今、この場で速やかな判断と、行動を起こさなければ手遅れになる。シモンは直感した。
「冒険者ギルドからは速やかな避難が推奨されています。第二防壁の門前広場から、転移でパンデモニウムに避難できるので、今すぐそこまで誘導します。手伝ってください」
「そ、そうか……分かった。どの道、ここも安全ではなさそうだしな」
パンデモニウムに転移する、と聞いてあまり良い顔はしなかったものの、神学校に立て籠もるよりは、第二防壁の向こう側へと入った方が安全なのは確実である。
少なくとも、貴族街を守る第二防壁はまだ突破された様子はない。
「それから、いつ十字軍が襲い掛かって来るか分かりません。冒険者登録している生徒にも、協力をお願いしたいです」
「急いで寮生を集めよう」
「僕らは正門について、敵の襲来に備えます。戦える人は正門に集まるようにお願いします」
そうして、シモンは鉄蜘蛛で正門前に乗り付け、ちらほらと火の手が上がり始めた学園地区を眺めた。
幸い、十字軍の姿はまだ見えない。
東の大正門を破って侵入してきた本隊は、そのまま直進して第二防壁を目指しているようだ。恐らく、そこも超えて王城にまで迫るつもりだろう。そちらの方面からは、特に大きな火の手が上がっており、夜空を赤々と照らし出している。
一体、どれほどの激戦が繰り広げられているのか。あまり想像したくはなかった。
学園地区は東側にはないので、雪崩れ込んできた本隊とかち合うことはない。しかし、他の正門も破られたせいか、別な方角から侵入されているのは間違いない。
モルドレッド武器商会を襲った奴らは、北側から侵入したと見るべきだろう。
あの程度の規模ならば、十分に撃退できるが……数千もの数を揃えて迫られれば、数の暴力で押し切られる。
敵の大部隊が出張ってくるまでに、出来る限りの避難を完了させなければ。
愛銃『サンダーバード』を握りしめ、焦れるような思いで警戒していると、武装を整えた学生達が正門へと集まり始めた。
「僕はランク3パーティ『ガンスリンガー』のリーダー、シモンです! ギルドから避難の要請を受けています! 協力をお願いします!」
「て、敵はどこにいるんだ!?」
「俺達で勝てるのかよ……?」
「ウチら、冒険者登録したばっかなんですけどぉ」
「落ち着いてください。まだ敵は近くまで来てはいません。十字軍兵士は白い装備をしています。夜で見えにくいですが、くれぐれも同士討ちには気を付けてください!」
集まり始める学生達に、シモンは声を挙げて説明をしていく。
彼らはただの学生であり、冒険者登録こそして活動もしているが、決して本職ではない。それはシモンも同じなのが、十字軍と実際に戦った経験があるのは自分だけ。
基本的な注意事項から、避難民の護衛をするよう、簡単な指示を飛ばしていく。
「銃を持っている人、使ったことのある人はいますか!」
「はい! 俺、持ってます! クロウライフル!」
「俺、撃ったことあるぜ!」
「私もある、ような気がする」
「僕らは銃と弾薬を持ってます! 銃を使える人には配るので、受け取った人は直接、僕の指揮下に入ってください。銃があれば、敵の歩兵を遠くから一方的に攻撃できます」
折角、工場から銃と弾薬をありったけ持ち出してきたのだ。赤字覚悟の在庫大放出である。
銃は、銃口の数が増えるだけ強い。持ってきたクロウライフルを全て使うことができれば、かなりの火力になるだろう。
「攻撃の指示が出るまでは、絶対に発砲しないように。構えるのはいいけど、トリガーには指はかけないで! 絶対に、発射する時まで指はかけないで!!」
クロウライフルは販売こそ始めたが、その使い方を購入者に簡単にレクチャーするだけで、発砲の瞬間までトリガーに指はかけない、などの基礎的な注意事項も徹底されているとは言い難い。
早くも、銃の暴発事故があった、などという話もチラホラと聞いている。
もっとも、素人が武器を扱えば、多かれ少なかれそういった事故はあるので、特に銃だけが問題視されることはないのだが。
しかしながら、自分の指揮下で銃を持たせたならば、最低限の使い方は徹底させなければ危険である。トリガー一つで簡単に射撃できる銃は、特に同士討ちというのが恐ろしいのだ。
「おい、なんだ!」
「誰か来るぞ!?」
「待って、撃たないで! 撃つなぁーっ!!」
正門に続く通りの向こうから、槍を抱えた集団が見えてきた。
敵か、と思い即座に銃を構える学生達を、シモンは慌てて叫んで止めた。
「そこで止まれ! 何者だ!」
「我々はスパーダ憲兵隊である! 避難民が神学校に大量に集まっていると聞いて、駆け付けたところだ!」
ほらね、こういうことがあるから、トリガーに指かけちゃダメなんだよ、としみじみシモンは思った。
いくら夜中でも、街灯でそれなりの明るさは確保できている通りを進む憲兵隊を、白い装備で分かりやすい十字軍と見間違うことは普通ならばありえない。
けれど、いつ敵が襲ってくるとも分からない緊張状態にあれば、武器を持った複数の人影が見えた、と思ったら恐怖と不安から、即座に発砲というのは大いにありえることだ。
「神学校に集まった避難民は、順次、第二防壁の門前広場まで避難を始めています。僕らはその護衛です」
「そうか。見たところ、学生ばかりのようだが」
憲兵隊は十数名の小隊で、その中で唯一、騎乗していた隊長の男が問いかけてくる。
「冒険者パーティ『ガンスリンガー』のシモンです。僕はギルドの緊急クエストを受けて、避難誘導と護衛をしています。彼らは学生ですが、全員、冒険者登録はしてあるので、今は協力してもらっています」
「君が指揮しているのか」
「僕が一番、現状を把握していますので。前のガラハド戦争にも参加しています」
「第五次の経験者か……分かった、我々も手伝おう。正直なところ、憲兵隊も大混乱で、詳しい事情を把握できている者は誰もいないのだ」
どうやら、憲兵隊でも的確な指示がされていないようだ。
恐らく、市街地に侵入した十字軍と最初に戦闘となったのは、彼ら憲兵隊であろう。
憲兵隊も立派なスパーダ兵であるが、その全てが防壁の防衛戦に回されるわけではない。彼らは彼らで、街中を厳戒態勢で巡回している。こういう時に、内通者や工作員などが行動を起こす危険性もあるので、怪しい者は容赦なく逮捕だ。
だが、一息に防壁を突破されて大軍の侵入を許した以上、コソコソと動き回る内通者どころではなく、すぐ目の前に武器を手にした敵兵が現れるという始末。憲兵隊としても、予想外の状況であろう。
「十字軍は大軍です。外の防壁が破られた以上、なんとか第二防壁で持ちこたえるしかありません。一刻も早く、貴族街まで避難しないと」
「くっ、やはり、そういう状況か……最悪の事態というやつだな」
絶望的な状況を聞いて、項垂れるように肩を落とす憲兵小隊長だったが、それでも武器を手に立ち上がった学生を前に、情けない姿をずっと見せる気はないのだろう。
部下に手早く指示を下し、シモン達の隊列に加わった。
「なぁ坊ちゃん。なんだか、どんどん兵の数が増えていってるじゃあないですか」
「うーん、僕もこんなに沢山、率いることになるとは思わなかったよ……」
それから、同じように巡回から駆けつけてきた憲兵隊や、スパーダに残っていた冒険者、さらには避難民の中からも武器を手に協力を申し出る者達などなど、シモンの元に集まり始めた。
寮に残っていた学生だけでも、三百人ほどいたというのに、気が付けば人数は倍以上になろうとしていた。
「ザックは銃を配った学生を見てあげて。僕の指示が間に合いそうもない時は、ザックの判断で射撃命令を出してもいいから」
「了解です、坊ちゃん」
「ニャーコ」
「はいにゃ!」
「魔法を使える人だけを集めて、即席の魔術師部隊を作った。君にその指揮を任せる」
「んにゃにゃ、ニャーコでいいのかにゃ!?」
「ニャーコじゃないと、銃兵と連携とれないでしょ。攻撃魔法と防御魔法を、使うタイミングだけ指示してくれればいい。お願い」
思わぬところで、ライフルを装備した部隊が出来上がった。
いざ十字軍が迫って来た時、その攻勢を食い止める主力になるのがこの即席のライフル部隊となる。下級攻撃魔法に比べ、火力と射程に優れる銃の優位を活かし、敵を寄せ付けない。
一方で、攻撃だけでなく、防御魔法も使える魔術師というのも貴重な人材である。
ニャーコは第五次ガラハド戦争で、聖堂結界に閉じ込められた内の一人であり、成り行きでザックと一緒に『ガンスリンガー』へとやってきた猫獣人の少女だ。
彼女はランク1冒険者で、辛うじて下級の治癒魔法を使える程度の実力だった。今は銃の扱いに加えて、光属性の下級攻撃魔法『光矢』と下級防御魔法『光盾』を何とか使えるようになっている。
魔術師としては初心者もいいところだが、それでも攻撃・防御・治癒、と三種もの魔法を使えるのはパーティではニャーコのみ。
故に、銃をメインとするパーティにおいて、どう魔法を使うのが最善か、というのをニャーコはこれまでの度重なる実戦試験を経て習得している。
下手な攻撃魔法より優れた威力を発揮する銃を主力とするならば、魔術師は先走って敵を撃つ必要はない。攻撃タイミングは、敵がクロウライフルの射程の半ばを超えるまで迫った時。そして、リロードの隙を補うのが理想的だ。
防御魔法は敵の矢を防ぐのが中心で、本当にすぐ目の前に敵が到達した時以外では、防御はしなくてよい。
銃の特性を知っていれば、至極当たり前の戦い方だが、この場で結成したばかりの即席魔術師部隊がそれを理解して上手く連携できるはずもない。
貴重な魔術師部隊を少しでも活かすためには、ニャーコの経験が必要だった。
「ガルダンは僕と一緒に機関銃担当ね」
「へへっ、任せろよぉ。早く奴らを薙ぎ払いたくてしょうがねぇぜ!」
脳筋かつトリガーハッピーなゴーレムのガルダンは、誰かの面倒を見させるよりも、とにかく目の前の戦いに集中させた方が良い。
それに、なんだかんだでこのゴーレムは、ひ弱なシモンを守る最後の盾でもある。傍に置いておくのが、一番安心なのだ。
「伝令! 十字軍の部隊が迫ってきている!」
「ついに来たか」
騎乗している憲兵に偵察を頼み、半刻ほどで戻って来た。
敵が来るまでの時間で、集まった人員で出来る限りの編成をした。
学生中心だが、主力となるライフル部隊。
少数ながらも、かき集めた魔術師部隊に、さらに数も少ないが、治癒魔法使いのヒーラー隊。
そして、憲兵を中心に近接武器を持たせた、ライフル部隊の護衛部隊。
成り行きとはいえ、軽く五百は超えるほどの人々が集まっている。アルザス防衛戦に参加した冒険者の実に五倍以上である。
そんな人数を率いることになるとは、とシモンは内心で溜息を吐くが……後悔はない。今、自分に出来ることは全てやったと思える。クロノにも、リリィにも、アルザスで散った仲間達にも、自信をもって顔向けできる。
「総員、構え————」
そうして、街灯に照らされる夜道の向こうから、幾つもの篝火が浮かび上がる。
それらは槍を林立させ、甲冑の音を鳴らし、我が物顔で首都スパーダを進み行く。
闇夜に翻る、十字の旗を掲げて。
「————撃てぇ!!」