第809話 落日(4)
「た、隊長ぉ……ホントにこんなとこまで来て、大丈夫なんですかぁ?」
「ああん? 今更ガタガタ言ってんじゃないよ! おら、お前らぁ、走れ走れ!」
百人を率いるに相応しい重厚な鎧兜を纏った、壮年の女騎士隊長が声を張り上げる。
情けないことを口走る副官を怒鳴りつけながら、道の上でたまたま出くわしたスパーダ人を手にした剣で切り殺しては、一瞥すらせずに通り過ぎていく。
この辺からは、もう味方よりも、逃げ惑うスパーダ人の方が多くなってきている。
門を突破して街に雪崩れ込んだ後、スパーダ兵とは広範囲に渡って市街戦が発生しているのだが、彼女は自分の隊およそ百人を率いて、その戦闘地域を上手くすり抜け、スパーダの街を進むことに成功していた。
「で、でも、俺達は迂回して、敵部隊を挟み撃ちにするという作戦だったのでは?」
「バカかテメーは、脳みそ空っぽのカカシかぁ! そんなもんは嘘に決まってんだろ。スパーダ人の相手なんざ、本隊の奴らがやってりゃいいのさ」
「ええぇーっ!? じゃあ俺達は一体、どこに向かってるんですか!」
「ちっ、無駄に歳くっただけの素人ヤローが。そんなことも分からないとはねぇ、呆れるよ」
同年代の騎士である副官の男を小突くと、「あひぃ」とか情けない声を挙げる。このヒョロい男は、確かに鎧を纏い、剣も魔法も訓練を積んだ騎士ではあるが、戦場に出るのはこれが初めてだったようだ。平和な地方都市の警備兵などこんなものである。
一方の女隊長は、異教徒との争いの絶えない紛争地帯で生まれ育ってきたが故に、戦場は勿論、敵の街や村へ侵攻する経験も豊富であった。
「今が稼ぎ時なんだよ、この間抜け。見ろ、ここも、そこも、あそこも、まだどこにも火の手は回ってねぇし、はしゃぎまわってるバカ共もいねぇ。ここらにゃアタシらが一番乗りさ。好きなモンを、好きなだけ奪える、最高のご褒美タイムさね」
「な、なるほどぉ……でも、もしこれで本隊に損害が出たりしたら……」
「はん、あの威張り腐った上官殿が死のうが、雇い主の男爵閣下が死のうが、関係ないね。いいか、世の中、金なんだよ。金さえありゃ大抵のことは何とかなる。稼げる時に稼げねぇ奴ぁ、バカを見るだけ。騎士団なんてそんなもんさ」
傭兵のような主義主張であるが、実際、戦場で上手く稼いで来れたからこそ、今の彼女があるのだ。
ここで大きく稼ぐことができれば、更なる躍進も可能。最悪、所属する騎士団が壊滅したとしても、自分の懐が温まっているなら、またどこででもやっていける。
「こんなにデケぇ都市に攻め込んだのは、流石のアタシも初めてさ。ここで一発儲けられれば、騎士なんざやめて、そこそこの地主にでもなって、悠々自適な引退生活ってのも夢じゃあないね」
「おおぉ、いいですねぇ……」
「シンクレアに帰るにしても、こっちでやって行くにしても、金はあるに越したことはねぇだろ? だからアタシについて来い。お前も、お前らも、たっぷり稼がせてやるよぉ!!」
うぉおおおおおおお! と率いる兵士達の士気は上がる。
勝てる、稼げる、これで盛り上がらないはずがない。
それでいて戦場をよく知る女隊長は、浮かれて暴れ回るような無駄なことはせず、効率よく稼ぐ方法を実行する。
「いいかい、ここから3ブロック先に、モルドレッド武器商会ってぇ武器屋がある。デカい武器屋だ。ここを狙う」
「武器屋、ですかぁ? もっと儲かってそうな所とか、貴族の屋敷とかじゃなくていいんですか?」
「これだからシロートは」
と嘲笑いながらも、上機嫌に言う。
「見るからに儲かってそうな派手なとこは、それだけ他の奴らも群がりやすい。略奪争いで同士討ちなんて、そう珍しいことじゃないからね」
「でも、今なら俺達が最初だから」
「この混乱だ。すぐに後続の奴らも押し寄せてくる。金貨をかき集めてから、後ろから刺されんのは御免だねぇ」
「ええぇ……」
「だから、短絡的なアホがすぐには飛びつかなさそうな、それでいて収穫を見込める場所を狙うんだよ。デカい武器屋は、稼ぎもありゃあ、商品も価値がある。宝石にゃ劣るがね、レアな魔法具や魔法付きの武器がありゃあ、かなりの儲けものよ」
おまけに、大きな武器屋であれば必ず輸送用の馬車なども備えられている。
馬車も丸ごと奪い、高価な装備品をありったけ詰め込んで行けば、どれほどの稼ぎとなるだろうか。
「大量に武器があるくせに、護衛の兵士は一人もいねぇのが、街の武器屋ってとこさ。アタシは前にこれで、スゲェ額を稼げてんだ、間違いないよ」
「おお、なるほど! ついていきます、隊長殿!!」
「おう、キリキリ働きな! おっと、見えてきたよ————」
モルドレッド武器商会は、スパーダで最大規模の武器屋である。そこらのスパーダ人を締め上げれば、真っ先に名前が出るほどの有名店。
確かな稼ぎに、分かりやすい立地と巨大な店舗。初めて踏み入った都市であっても探しやすく、軍事施設ではないが故に狙いやすい。女隊長の言う通り、正に略奪を狙う穴場である。
大通りに面した周囲よりも大きな建物を、女隊長は指さす。
そこには『モルドレッド武器商会・学園地区支店』と大きく看板が出ており、間違いなく目的地であることを、この上なく分かりやすく示していた。
折角なら本店の方を襲いたいところだったが、どうやらそっちは街にあるもう一つの防壁を越えた先、貴族なども住まう上層区画にあるので、現状ではそこまで侵入するのは無理がある。しかし、遠からずその第二防壁も十字軍は突破する。その時に、再び上層区で荒稼ぎすればよい。
今夜は、まだまだ前哨戦に過ぎない。
「お前ら、どうだい?」
「周囲にスパーダ兵は見られません」
「ただのスパーダ人しかいませんぜ。姐さんの言う通り、今なら誰にも邪魔されねぇで行けますよ」
ふふん、と部下の偵察報告に満足する。
スパーダの街は雪崩れ込んだ十字軍に大混乱に陥っている。わざわざ、こんな場所に防衛の兵士を割けるはずもない。来たとしても、この地区担当の憲兵風情であろう。
百人の中隊をわざわざ率いてきた以上、敵の小勢など気にすることもない。
「抵抗されりゃあ面倒だ。いいかい、一気に中を制圧するよ」
「りょ、了解!」
頼りない副官は、いざ本番を前に上ずった声をあげている。だが、それを茶化すこともせず、女隊長は自ら先陣を切り、『閉店』の看板が下げられた正面扉の前に立つ。
「突入!」
バァン! と身体強化された脚力で扉を蹴破り、一気呵成に店内へと突入を果たす。
攻撃は————ナシ。
夜の店内は静まり返っており、人の気配はない。
「一階には、誰もおりません」
「よし、アンタらは正面扉を固めてときな。裏口も何人か回しておけ」
営業時間外の夜であるため、当然のことながら店内は無人である。もっとも日中であったとしても、こんな状況となれば、取る物も取らずに逃げるだろうが。
それでも女隊長は油断なく一階から順に、何者かが潜んでいないか確認を済ませながら、各階を制圧していった。
そうして、店舗の最上階にあたる四階へと登り詰める。
どうやら、この四階は客を入れる販売スペースではなく、店の事務所のようなフロアとされているようだ。
ならば売上金など、まとまった金はここに保管されていると見るべきだろう。第一目的の金貨を目前に、女隊長も、付き従う兵士達も、逸る気持ちで暗い階段を登り————
「————ようこそ、我がモルドレッド武器商会へ」
四階へと至ったその時、何者かの声が響く。
「誰だっ!!」
待ち伏せか、と舌打ちしたい気分と共に、誰何の声を叫ぶ。
それに応えるかのように、フロアには俄かに灯りがつき、ここで待ち構えていた者の姿を露わにした。
「……アンデッド!?」
「リッチ、と呼んで欲しいものだね、お嬢さん」
現れたのは、上質な漆黒のローブに、輝く黄金の装飾をギンギンジャラジャラと身に纏った、大柄な骸骨である。手には七色を揃える宝石がはめ込まれた、豪勢な見た目の長杖が握られていた。
そのド派手な見た目は成金の一言を連想させるが、真正面に堂々と立つ姿は、ダンジョンのボスが如き威圧感を誇る。なるほど、リッチというスケルトン系アンデッドモンスターの上位種族というのも納得できる。
そして骸骨の姿をしたアンデッドは、十字教においては特に敵視される邪悪な存在である。女隊長は神より金を信じる不心得者ではあるが、シンクレア共和国の常識として、アンデッドの出現に警戒心を一気に高めた。
「ちいっ、バケモンが、喰らいなぁ!」
背負っていた弩を一瞬の内に構え、矢を放つ。
一拍遅れて、部下の弩持ちが追撃の矢を飛ばした。
「ふぅむ、やはり貴様ら、客ではなく賊の類であるか」
十数本の矢は、全てリッチの手前で、闇の防御魔法によって阻まれた。見たところ、中級は堅い防御力。矢を何本打ち込んでも貫けそうもない。
「だがモルドレッド武器商会を選ぶとは、お目が高い。我が商会はスパーダ一、いずれはパンドラ一を目指しておるのでな」
「聞いてもねぇことをベラベラと。アンデッド野郎が、人間様の言葉なんぞ喋ってんじゃあないよぉ!」
弩を背負い直し、剣を抜く。
この強化魔法が付与された愛剣と、武技の威力をもってすれば闇の防御魔法も突破できる。
それに、僅かながらも支給品の聖水も所持している。アンデッドモンスター相手に、これほど心強いものはない。
「賊如きが、よく吠える。だが遠くアーク大陸から遥々、我が商会へと足を運んでくれたのだ。会長として、相応の歓迎をさせてもおうではないか」
表情などない髑髏の顔だが、なぜか『笑った』と思った。
事実、奴の語り掛ける言葉は、どこか喜悦に満ちている。
「我が自慢のコレクション、とくと目に焼き付けるがよい————『召喚・下級骸骨兵』、『暗黒領域・解放』」
フロアの床に、黒々とした巨大な影が広がると共に、暗い紫色の魔法陣が幾つも浮かび上がる。
直径1メートルほどの円形魔法陣からは、ゾロゾロとスケルトンが召喚されていく。
見たところ、特に知性もなく特別な能力も持たない、ごく普通のスケルトン。武器も防具もない。新兵でも相手になるような雑魚である。
数こそ多く出て来たものだが、こんな雑魚モンスターなど物の数ではない、と女隊長は判断したが、直後に危機感が跳ね上がった。
ただのスケルトンにはありえない、強烈な、禍々しい邪悪な魔力の気配が全身を刺激したのだ。
「なっ、コイツは————」
床を埋め尽くすように広がった影は、闇属性の空間魔法のようだった。その闇から浮かび上がって来たのは、武器。
剣も槍も斧も、種類も形も様々だ。まるで統一感はない。
しかし、それらの武器に共通するのは、どれもが尋常ではない異様な魔力の気配を放っていること。
そして、そんな不気味な気配を纏う武器を、戦場経験豊富な彼女は幾度か目にしてきたことがある。
「————呪いの武器だと! これが全部っ、冗談じゃないよっ!?」
「ふはははは! さぁ、我が呪いの武器コレクションの威力、存分に味わってくれたまえ!」
リッチが高笑いを放つ中、スケルトンは手近な呪いの武器を掴み、十字軍兵士へ襲い掛かる。
呪いの武器を手にしたスケルトンは、最早ただの最弱アンデッドではない。元より無に近い意識は、瞬時に武器が宿す怨念に乗っ取られ、呪いの求めるがままに、獲物へと襲い掛かる。
「ぎゃあああああああああああああああっ!」
悲鳴は即座に上がった。
使い手はただのスケルトンとはいえ、握る武器はいずれも強力な呪いの武器。通常の鉄の剣を持つ程度の歩兵では、真正面から打ち合って勝てる道理はない。
あっけなく剣ごとへし折られ、呪いに狂う凶悪な刃の餌食となる者が続出した。
「どうかね、呪いの武器は。素晴らしい威力だろう? 普通の武器では、こうはいかない」
赤いオーラを放つ大剣に、脳天から真っ二つにされて倒れた兵士にリッチは語り掛けていた。
「この赤き大剣、『緋色の憧憬』は、単純な威力増大に持ち主の狂暴化と、非常にシンプルな効果を持つ。呪いの武器の基本にして王道を味わえる一品だ」
スパーダ原産の『緋色の憧憬』。
数世代前も、スパーダ王は王剣クリムゾンスパーダを振るい、勇名を轟かせていた。とある剣士は、そんなスパーダ王に憧れ、いつか彼を超えることを目指して戦いの日々に身を投じた。
しかし、憧れはいつか、永遠に届かぬ高みに対する嫉妬へと変わり……強くなるため手段を選ばなくなった剣士は、とうとう禁呪邪法にまで手を出し、人の道を外れた修羅と化した。
そうして外道を行くその道半ば、スパーダ騎士に剣士は討たれたが、彼の愛用した緋色の刃の大剣は、今も届かぬ憧れを目指し、更なる戦いと敵の死を求め続けている。
「んぁあああああ! 痛ぇ! 痛ぇよ、クッソぉおお!!」
「はっはっは、ああ、痛いだろうとも。その『苦悶刃・デュアルペイン』は、見ての通り傷口を広げ、痛みを与えることに特化した刃だ。しかし、最も恐ろしいのは、見えざる二枚目の刃が隠されていることよ」
長剣とも短剣とも言えない、半端な長さの湾曲した剣である。刃は不規則にギザギザとしており、不格好なノコギリ状だ。
元々は切れ味よりも、切り付けた際の苦痛を増すための拷問用として作られた剣だが、カスリ傷一つでも相手を怯ませるに足る威力は実戦でも使えると目を付けた騎士が使い始めた。
騎士の腕前もあり、期待した通りの効果が戦場で発揮され、満足した彼はさらに拷問剣を使いこなしていく。僅かな傷をつけるだけで勝機足りえる剣は、より相手を傷つけやすくするために、風の刃を複雑に絡ませ、不可視の刃を発生させる技をも編み出した。
そうしている内に、楽しくなってきた。苦痛に叫ぶ敵を見るのが。残酷な痛みを無慈悲に与えるこの剣が、愛しくて堪らない。
最後には、実戦のために使い始めた剣は、敵を苦しませて弄ぶ拷問のためだけに使うようになった。結局、この剣は元の拷問用に戻ってしまったのだ。
しかしながら、数々の実戦を経て成果を上げ、おぞましい拷問の果てに呪いが宿ったことで、『苦悶刃・デュアルペイン)』は凶悪な威力を今も発揮する。
風の隠し刃が、相手に半端な受けも回避も許さない。ただの歩兵程度では、魔法剣でもあるこの一撃を凌ぐことは敵わない。
「なっ、なんだぁ、見えねぇ! 何も見えねぇぞ!?」
「おっと、どうやら君は『視覚殺し(ブラックアウト)』の効果を受けたようだ。この美しい刃が見えないのは残念だが、見えない分は体で感じ取ってもらいたい」
スケルトンが我武者羅に振り回す真っ白い槍を凌いでいた、その最中に兵士は突如として視界を失った。
原因は、煌めく穂先から薄っすらと発せられている、黒い靄のようなガスである。
このガスを吸い込む、あるいは顔に触れると、視界を闇で閉ざされる。最初はあくまで闇魔法の効果として視界を暗くさせているのみだが、長くガスに触れ続けていると、完全に失明させられる。
槍の持ち主は冒険者であり、ある時、罠にかかって仲間に置き去りにされた。冒険者は罠のせいで両目を失い、暗闇の中、恐怖で震えた。
彼は奇跡的に生還を果たすが、暗闇の恐怖で狂ってしまった彼は、同じ闇の恐怖を味合わせるべく、仲間達へと復讐を始め————今は、この偏執的なまでに相手の視覚を奪うことに特化した、呪われた槍だけが残されている。
「おい、しっかりしろ! 今ポーションを————」
「待ちたまえ、そこでポーションを使用するのはやめておいた方がよいぞ?」
敵の忠告など聞くはずもなく、そもそも耳にも届かず、呪いの武器によって負傷した仲間を治療するため、兵士はポーチからポーションの入った小瓶を取り出した。
そして、栓を開けて血濡れの仲間に振りかけると、
「ぃいいぎゃあああああああああああっ!?」
ジュウジュウと音を立てて、ポーションの振りかけられた患部が焼け爛れる。まるで、強力な酸でもぶっかけたかのような反応であった。
「な、なんだコレは!? 俺は確かにポーションを————」
「————『セントマーシュの混濁杯』。その結果内で使ったポーションは、全て酸の毒薬と化すのだよ」
その昔、セントマーシュという、ポーション作りの神官がいた。
当時、最先端の魔法技術と独自の調合により、誰よりも優れたポーションを作り出し、それでいて代金を支払えない貧しい人々にも分け与えるという、素晴らしい神官だった。
ある時、そのポーションの優れた効能を聞いた領主が、持病にも効くと神官の言葉を信じて服用した————その瞬間、領主の口から喉が焼け爛れ、死んだ。ポーションの中身は、酸の毒薬へとすり替えられていたのだ。
神官の栄達を妬む同僚の仕業であることは明白だったが、真実が明らかになることなく、神官は領主と同じように酸で焼かれて処刑された。
だが、その神官の死体を弔うこともせず遺棄したことで、彼はアンデッドとして蘇った。生前の恨みだけを強く宿した亡者神官は、ポーションという存在そのものを憎み、あらゆるポーションを酸へと変えてしまう特殊な結界を編み出し、人々を苦しめた。
酸に変える結界は、生前、彼が愛用していたポーション精製の杯。人骨の柄によって支えられるおぞましい短杖と化したポーション杯には、今も煮えたぎるように湧き立つ酸の毒液に満ちている。
「ぁああああっ、クソぉ! この化け物めぇ! 撤退だ! お前ら、退けぇーっ!!」
「もう帰ってしまうのか? 私のコレクションはまだまだ沢山あるぞ。是非とも、全て楽しんで逝って欲しいのだがねぇ」
「さっさと行きな、このグズ共が!」
カラカラと顎の骨を鳴らして笑うリッチを尻目に、女隊長は呪いの武器を手に迫るスケルトンを斬り飛ばしながら、なんとか地獄の四階から脱する。
「わああああっ! 隊長、助けて! 置いていかないでぇーっ!!」
「ちっ、逃げ遅れやがって、このボンクラが……」
副官はスケルトンに四方を囲まれ、必死に剣を振るって敵を遠ざけるのに精一杯の様子だった。
状況が悪すぎる。助けるのは無理だ、と即断して女隊長は身を翻した。
「ああっ、そんな、待って! 助けて! 助けてください、隊長ぉ! 隊長ぉおおおお!!」
「実に良い悲鳴をあげるねぇ、君は。贄はこれくらい活きが良くなければな。さて、そんな君には四本もの呪いの武器が狙っているのだが……折角だ、全て味わってくれたまえ。そして、地獄でお仲間に誇るといい。呪いの武器四本分の威力は、地獄すらも生ぬるいと思えるほどの苦痛であったとな」
「いやだぁあああああああああああああああああああ————」
耳に残るような絶叫を聞きながら、女隊長は半減した部下と共に四階からの撤退を果たした。
「ここはダメだ、とんでもねぇバケモノが巣食ってやがる。お前ら、さっさとずらかるよ!」
各階に残してきた部下達を急いで集め、モルドレッド武器商会からの脱出を図る。
背後では、呪いの武器を手にしたスケルトン達が、さらなる獲物を求めて追いかけてきているのがひしひしと感じる。
遅れた者は置いていく、とばかりの勢いで、女隊長は正面扉から飛び出し、
タァン
という乾いた音が響き渡ると共に、その場に崩れ落ちた。
「あっ、足が……クソォ!」
足を撃たれた。
転倒のショックから立ち直り、すぐに理解する。
そして、致命的ではないことも把握した。
幸い、上質な騎士の鎧によって、遠距離攻撃はなんとか弾かれたようだ。生身の足には達していない。だが、走り出したところに、それなり以上の衝撃を受けたせいで転んでしまったといったところ。
金をかけて良い鎧を買っておいた甲斐がある。女隊長はすぐさま身を起こして、敵の攻撃から逃れようとするが、
タァン、タァン————
連続して攻撃音が発せられると共に、隣の兵士が血を吹いて倒れた。どうやら、安物のチェインメイル程度では防げないほどの威力があるらしい。
「散開しな! 攻撃魔法に撃たれてる!」
その指示に、店内から外へ出た兵士たちは慌てて近くの路地などに飛び込もうとするが、さらに連続的に続く音と共に、バタバタと倒れて行った。
攻撃を逃れて遮蔽物にまで隠れられたのは、数えるほどしかいないようだ。
一方の自分も、店の隣の店舗にある太い柱にギリギリで飛び込むのに精一杯だった。
少しでも柱から出て逃げようとすると、ギィン、と地面に高速で飛来した硬い何かが弾けて火花を散らす。狙われ続けている。ここから、逃げられない。
「————ちぇっ、やっぱり、騎士の鎧までは貫通できなかったか」
そっと柱から覗き込むと、暗い夜道の向こうから、ガシンガシンと重苦しい音を立てて、大きな影が向かって来ていた。
馬車、ではない。竜車でもない。それは、巨大な蜘蛛のモンスターのような、多脚のシルエットだが、その背には小さな人が乗っていた。
「なんだいありゃあ、鉄の蜘蛛……? あれに乗ってるエルフのガキが、撃ちやがったのか」
夜目もそれなりに効く女隊長は、チラっと見ただけで正確に相手の姿を見極めた。
鈍い光沢を放つ、鋼鉄の装甲を纏った金属の蜘蛛。それと、その上に乗っているのは、灰色の髪をしたエルフの子供だ。
手には細長い杖のような武器が握られていることから、攻撃魔法を撃ったのはソイツだとすぐに分かった。
だが、気になるのはエルフの子が手にする武器よりも、そのすぐ傍らに設置された、鉄の機械。
初めて見る形状だが、それが武器であることはすぐに察しがついた。あれはまるで、城壁に設置されるバリスタのようだ。そして、ソレは自分へと向けられている。
「それなら、ちょうどいい。機関銃の威力、試させてもらうよ————」
そんなエルフの独り言を聞いた直後、轟音が鳴り響く。
バリバリバリ、と嵐のような激しい音————いいや、事実、それは嵐だ。弾丸が超高速で無数に飛んでくる、鉄の嵐。
「ちくしょおっ、こんな————うがぁあああああああああああああああっ!!」
隠れている木の柱ごと鉄の嵐は削り飛ばし、身動きすら許されないまま、女騎士は砕け散った。
柱が粉々になると共に、堅牢な騎士鎧に無数の弾丸が殺到し、粉砕。コンマ一秒の隙もなく飛来した次なる弾丸が、多少、身体強化された程度の肉体を易々と貫き、蹂躙する。
ものの3秒で、女騎士は手足と内臓をぶちまけた肉片と化した。
「まさか、モルドレッド武器商会まで襲われているなんて……みんな、無事だといいけど」
憂いの表情で、エルフの子供————シモンは、鉄蜘蛛から降り立った。
2021年1月22日
みんな、モルドレッド会長のこと覚えているでしょうか。書籍版では、地味にちゃんと挿絵で登場していたりします。
初登場は第169話です。スパーダに来たばかりの頃からいるので、結構初期のキャラと呼んでもいいでしょう。今回ようやく、呪いの武器コレクターの面目躍如といった感じでした。
ここでは久しぶりに、呪いの武器ストーリーを書けて楽しかったですね。でも短く呪いの武器ストーリーをまとめるのも、結構大変でした。一応、ヤンデレ絡みじゃなくても、呪いの武器はちゃんと誕生しますよと。でもヤンデレから生まれた呪いの方が絶対強い世界観・・・