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黒の魔王  作者: 菱影代理
第39章:スパーダの落日
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第808話 落日(3)

「こん中で一番偉いのは……おい、エルフのジジイ、テメーだな?」

 眼帯をつけた髭の男が、ギルドマスターに向かって言う。

 人間の男で、その粗野な雰囲気はガラの悪い傭兵そのもの。だが軽鎧の上に着ている白い羽織りに記された十字のエンブレムと、首から下げるロザリオ、というらしい十字のネックレスが、その所属を表す。

 十字軍。

 馬車を襲ったのは十数人の小隊。この辺にはまだ火の手は上がっていないし、敵が雪崩れ込んできたという状況でもない。

 恐らくは、略奪のために勝手に本隊を離れて行動しているのだろう。

 実際、隊長格である眼帯のヒゲ男が率いる男達は、スパーダのスラムにたむろしている盗賊崩れやギャングとよく似た気配を漂わせている。名のある騎士でもなく、信心深い信徒であるとも思えなかった。

 彼らはただ、奪うためだけに、ここへとやってきたのだ。

「ジジイ、名乗れ」

「私は、スパーダ冒険者ギルド本部のギルドマスターだ」

 すぐ隣で交わされる男とギルドマスターの会話を、エリナはあまりの恐怖に半分も聞けていなかった。

 頭の中が真っ白で、ただ恐怖で震えることしかできない。

 かつて、呪いの武器を持った殺人鬼に襲われた時と同じ————いいや、悪意を持った相手に囲まれ、生殺与奪を握られた時間を過ごすのは、また別の恐怖感であろう。

「————そうか、貴族じゃねぇのか。じゃあ死ねや」

「えっ」

 唐突に、凶器は繰り出されていた。

 男はギルドマスターの頭部へ、手にしていたメイスを振り下ろす。

 鈍い音。くぐもった声。

 何が起こったのか、エリナが認識したのは、隣で頭が半分潰れたギルドマスターの死体が転がってからだった。

「ちっ、折角、偉そうな奴が乗ってる馬車を見かけたと思ったのによぉ。貴族でもねぇただのギルマスじゃあ、大した金はとれねぇじゃねぇかよクソぉ」

「へへっ、隊長、でもいい収穫があるじゃあないですか」

「エルフの女だ。コイツ、受付嬢ですぜきっと」

「ヒッ、ひ……」

 あまりにもあっけなく殺されたギルドマスターに続き、今度は自分に注目が向けられたことで、エリナはもう生きた心地はしなかった。

「おい、よく見ろよ。この女、スゲー上玉だぜぇ……」

「流石はエルフってか?」

「待てよ、コイツ、胸もでけぇぞ。巨乳のエルフつったら相当にレアじゃねぇか」

「うぉおお、堪んねぇ、俺はエルフ女とヤリたくて来てんだよ!」

「奴隷エルフは男の夢だからな」

「バァーカ、夢見過ぎだっつーの」

 ゲラゲラと笑う男達の声は、悪夢としか言いようがない。

 殺されるのは嫌だ。その残酷にして無残な結末がどういうものか、隣に転がる上司の死体が表している。

 けれど、嬲り殺されるのはもっと嫌だ。

 苦しんで、苦しんで、大切なものを何もかも踏みにじられ、一切の希望なく、苦しみ抜いた果てに死ぬ。

 それは正に悪夢。

 けれど、今この瞬間、それは現実だった。

「ヒャッハァ! もう我慢できねぇ!!」

「いやぁあああ!?」

 男が掴みかかってくる。血走った目で、エリナのエルフにしては大きな胸へと手を伸ばす。

 ギルド職員制服のブラウスの胸元が、強引に開かれる。ブチッと音を立ててボタンは弾け飛び、真っ白いエリナの谷間が曝け出される。

「キャアアッ! イヤァアアア!!」

「おいっ、大人しく————ぐえっ」

 無我夢中で抵抗した結果、偶然だろう、エリナの膝が男の股間を打った。

 潰れたカエルのような声を上げながら、男はその場で蹲る。

「ぎゃははは! バッカじゃねぇのテメー!」

「玉ぁ蹴られて返り討ちにあってやがる!」

「アホすぎるだろ。そんなんじゃあ奴隷エルフちゃんは手に入らねぇぞぉ」

「おいおい、お前ら、笑いごとじゃあねぇぞ。たまーにいるんだよなぁ、襲った女に返り討ちにされる間抜けがよぉ」

 爆笑の渦の中に、隊長の男は薄ら笑いを浮かべながら割って入ってくる。

「なぁ、お前らも戦場は初めてだろう? ちょうどいい機会だ、先輩がレクチャーしてやるよ、スマートなエスコートの仕方ってヤツをな」

「————んぶっ!?」

 瞬間、エリナの顔面に飛んできたのは拳だった。

 殴られたことは、ないとは言わない。あの優しい過保護な父でさえ、大きな過ちを犯した時には尻を叩いて罰するくらいはする。

 だが裕福な騎士家の一人娘で、幼いころからその美貌と聡明さを以て上手く人間関係を築いてきたエリナが、本気で怒りを買って殴られるようなことはない。

 故に、それは本物の暴力だった。

 加減はない。ただ痛みを与えることを目的とした、野蛮な拳が、エリナの頬を強烈に叩き込まれた。

「うわぁ……マジ殴りだよ」

「折角の美人が」

「馬鹿野郎お前ら、これがいいんだよ。いいか? 暴れる奴も、お高くとまった奴も、一発ぶん殴ってやれば大人しくなる」

 キーン、という耳鳴りの中で、男の声はどこか遠くに聞こえてくるようだ。

 強烈に殴られたショックと痛みで、エリナは自分が地面に倒れていることにも気づけなかった。

「こういう女は甘やかされて育てられっからな。先に力の差ってやつを思い知らせてやらねーと、いつまでもギャアギャア喚いてうるせーんだよ。けどこうしちまえば、後は簡単だ————おら、来いよ」

「うっ、うぅ……」

 腕を掴まれ強引に立たされたエリナは、男に路地裏へと引きずられてゆく。

 暗い夜の路地裏。男が手にしていたランプだけが、辺りをボンヤリと照らし出す。

 ランプを置き、メイスも置いて、それから男はもう一発、エリナを殴った。

「おいエルフ女、俺は忙しいんだ、さっさと済ませてぇんだよ。自分が何をすりゃあいいか分かるよな? あぁー?」

 痛い。苦しい。

 この苦痛から逃れられるなら、何でもする。

 たったの二回、殴られただけで、もう心は屈服してしまう。けれど、それこそが暴力。シンプルにして絶対的な支配力。

 ただの女性に過ぎないエリナには、とても抵抗などできない、できるはずもない。

「あ……」

 その時、視界に入ったのは一本の万年筆だった。

 いつもベストの胸ポケットに入れているソレは、かつてクロノが買ってくれたものだ。先のガラハド戦争へと行く前、最初で最後のデートをした時。

 これを身に着けているのは、いまだどうしようもなく強く未練が残っているからに他ならない。

 そんな思い人の、思い出の品を目にした時、エリナの心に過ったのは、


「どうして貴女がクロノさんにフラれたか、教えてあげましょうか? 貴女が役立たずだから、ですよ」


 愛しい男の顔ではなく、フラれた自分を嘲笑った魔女の顔だった。

 ああ、そうだ、あの時、あの魔女は確かにそう言っていた。


「貴女は、役立たずなんですよ。クロノさんが無事に戦いから戻ってくるのを待つことしかできない、無力な一般人。そんな人は、彼にとって必要ないどころか、むしろ、ただの負担でしょう」


 そう言われたあの時は、人生の中で最大の屈辱だった。

 けれど、彼女の言う通りだったと、今なら分かる。

 そうだ、私はなんて役立たずなのだろうか。こんな男一人に、いいようにされて。

 こんな奴らが、何万、何十万、あるいは何百万となって襲ってくるのが十字軍だ。クロノはそれを止めようと、戦い続けるのだと言った。

 だから、自分とは付き合えないと。戦場に、ただの女は連れて行けないから。


「それでは、私はこれで、失礼します。一度の失恋にめげずに、貴女が新しい幸せを掴んでくれることを、祈ってますよ」


 フィオナの見下すような目が鮮明に思い出されて……エリナの心の底に、小さな火が灯った。恐怖と絶望に塗れた暗い感情の中に、赤く燃える火。

 それは正しく、理不尽と屈辱によって生み出された、怒りの種火であった。

「……分かったわ。何でもするから、お願いよ、もう殴らないで」

 エリナは立ち上がると、自らブラウスのボタンを外しながら、震える声でそう言った。

「そうそう、最初からそうやっていればいいんだよ。女は従順なのが一番だぜ」

「ねぇ……恥ずかしいから、貴方も脱いでよ」

「ガハハ! ああ、そうだよなぁ、女は恥じらいってのも大事だったよなぁ!」

 上機嫌に笑いながら、男は羽織を脱ぎ、軽鎧を外した。

 そうして、傷の入った浅黒い肌を晒しながら、男がシャツをまくった————その時、凶器は振り下ろされた。

「んぎゃああああああああああああああっ!?」

 脱いだシャツを顔から抜く、その一瞬。視界は完全に閉ざされる。

 そして、この男は眼帯をしている。目は一つだけ。たった一つの目玉さえ潰せば、完全に視覚を失う。

 目が見えないなら、こんな男を、恐れる理由は何もない。

 だからエリナはやった。

 クロノのプレゼントである思い出の万年筆に、自分の命とプライドの全てを賭けて。

 男の視界が塞がるその瞬間を狙い、力の限り、その目へと振り下ろしたのだ。

 結果、鋭く尖った金属製のペン先は眼球を貫く。ブチュリ、と嫌な感触と水音。男の目玉は、もう視覚としての機能を完全に失った。

「がぁあああっ! め、目ぇがぁ……俺のぉ……目がぁあああ!!」

 目を潰されて叫ぶ男の傍ら、エリナは壁際に立てかけられた男のメイスに手を伸ばす。

 重い鋼鉄製。魔法付きではないが、頑丈で、よく使い込まれている。つい先ほど、ギルドマスターを殺害した凶器。

 非力なエルフ女性のエリナには、振り上げるのも大変な重量だ。

 けれど、今はその重さが何よりも心地よかった。

「くそっ、痛ぇ……見えねぇ、何も見えねぇ……」

「うるっせぇーんだよ、黙ってろやこのクソヤロぉ!!」

 エリナはメイスを振るう。手加減一切ナシのフルスイング。

 鋼鉄の鈍器は男の頭部に直撃した。いくら女性が振るったとはいえ、頭にメイスを喰らえば溜まったものではない。その一撃で、男は膝を屈して地面へと倒れ込んだ。

「ぐうっ、ううぉおお……」

「よくもぉ……よくもやってくれたなぁ、こんな屈辱は……クロノ君にフラれて以来だぞオラぁっ!!」

 情け容赦の欠片もなく、さらにメイスは振り下ろされる。

 ドグッ、と鈍い打撃音を上げて、男の頭から血飛沫が吹く。

「テメぇみてぇなブサイクがぁ、この私にぃ、指一本でも触れられると思ってんのか、ああぁ!?」

「ぶっ、んぐっ……や、やめ……」

「やめるかよバァーカ! 誰がやめるかよ、テメーは殺す、今ここでブチ殺すっ……ああ、そうだよ、テメぇはなぁ、襲った女に返り討ちにされる間抜け野郎ってことだよぉ、ヒャッハァッ!!」

 殴る、殴る、さらに殴る。

 重いメイスの殴打は、エリナが叫ぶ毎に加速していく。

「何が十字軍だこのクズがっ! テメぇはここで私に頭潰されてぇ、惨めに死ぬだけの人生なんだよぉ……おらっ、死ね! 死ねオラァ、スパーダ襲ったこと、死ぬほど後悔して死ねやぁ!!」

「ぉお……あぁ……」

 すでに頭が半分以上、陥没した男は虫の息。エリナの声が聞こえたとしても、もうその意味を理解することもできないだろう。

 だが、エリナの殴打は止まらない。

 見開かれた目に、解けた髪を振り乱し、大きな胸を揺らして血濡れのメイスを頭上に振り上げる。

「スパーダ人を舐めるなぁっ!!」

 そうして、男は滅多打ちにされて死んだ。

 もう頭は原型も留めていない。頭蓋は砕け散り、そこに詰まっていた脳は路地裏に散々にぶちまけられている。

 男の頭をミンチにして、ようやくエリナの手は止まった。

「はぁ……はぁ……ははっ、あははは……やった、私やったわよ、クロノ君……なによ、こんなの簡単じゃない……」

 荒い息を吐きながら、歪な笑顔をエリナは浮かべていた。

 初めて、人を殺した。

 ああ、なんて恐ろしいことを。

 けれど、ああ、なんて爽快な気分だろう。憎いクソ野郎をブチ殺すのは、得も言われぬ達成感と満足感、そしてなにより、正義感を満たしてくれる。

「凄いわ、クロノ君、貴方はやっぱり私のヒーローよ……このクソったれの侵略者共を、一人残らずぶっ殺すために、今も戦ってくれているのね……」

 愛する彼の、大義を理解した気分だ。

 そうだ、こんな簡単なことも分かっていなかった自分に、彼と付き合う資格なんてなかった。

 でも、今は……少しだけ、彼に近づけた気がする。

「おい、ヤベーぞ、隊長が殺られてるっ!」

「はぁ、マジかよ!?」

「なんかヤバそうな雰囲気だと思ったら……」

 その時、ようやく異変を察知して眼帯男のお仲間が路地裏へと現れた。

 倒れ伏す隊長には首から先は消えていて、その傍らには、半裸に乱れた髪で笑っている、血濡れのメイスを手にしたエリナが立っている。

 何が起こったのかは、一目瞭然だった。

「くそっ、殺るぞっ!」

「ええぇ、勿体ねぇ……」

「馬鹿、どう見てもヤベーだろこの女は」

 事実、すでにエリナは隊長の男を殺した。たとえ隙をついて殺しただけだとしても、警戒するには十分過ぎる。

 流石の男達も、性欲より生き残るための危機感が勝った。

「ああん、次はお前らかぁ……お前らも汚ねぇ路地に脳みそぶちまけられてーかぁ!!」

 ハイになったままのエリナの叫びに、男達もやや怯む。だが、これで逃げるほどの腰抜けでもなかった。

 実際、エリナは加護を授かって強力な力に目覚めたワケではない。今は火事場の馬鹿力のように疲労も恐怖も忘れて暴れることこそできるが、いくらなんでも複数人の武装した男と戦って無事ではいられない。

 一人か二人を道ずれにして、滅多刺しにされて死ぬのが精々である。

 故に、その時、剣を抜いた十字軍兵士達を止めたのは、また別の誰かであった。

「————なぁ、そこのお兄さん達、ちょいと聞きたいんだがねぇ」

 路地裏に響くのは、どこか呑気な女性の声。年老いてしゃがれた声音だが、不思議と凛と響いて耳に届く。

「これをやったのは、アンタらかい?」

「ああ? なんだぁ、このババァ」

 メイスを手にした半裸のエルフ女と、剣を抜いた兵士達が睨み合う場にあって、その老婆は全く能天気に質問を飛ばす。

 ボケてるのだろうか。

 見た目は、やせ細った老婆である。だが、背筋はピンと伸びており、闇に溶けるような深い紫色の衣装を纏った姿は、どこか気品が漂っているようにも思えた。

 ただのボケ老人ではなさそう、という印象を抱いた時に、兵士達はようやく気付く。

 彼女の腰には、一振りの剣が差されていることに。

 黒地に金細工の施された、美しいサーベルだ。抜かずとも、業物だと思わせる迫力のようなものを感じさせる。

 そのサーベルが、彼らの危機感を引き上げた。

「気をつけろ、このババァ、剣士かもしれねぇぞ」

「だからなんだよ、こんなババァ一人に負けると思ってんのか?」

「こっちは何人いると思ってんだよ。ビビってねぇで、さっさと殺っちまおうぜ」

「そうかい、やったのは、アンタ達だねぇ————」

 重いため息を吐きながら、老婆が腰のサーベルへと手を伸ばし、抜く。

 そのサーベルの刀身は、不気味な赤黒い色に————見えたところで、お終いだった。

「……はっ?」

「おい、今……なに、か……」

 路地裏の兵士達全員、真っ二つにズレてゆく自分の視界に困惑してから、その意識を永遠に閉ざした。

 ちょうど目元から、頭部を切断された兵士の死体が転がる。

 始末を終えた時には、もうサーベルは鞘へと仕舞われていた。

「すまないねぇ、連絡を受けて急いで駆け付けたんだが、間に合わなかったよ」

「い、いえ……」

「その男はアンタが殺ったのかい。大したもんだ、スパーダの女はこうでなくちゃ」

 老婆は冷たい印象を受ける細面に、ニヒルな微笑みを浮かべて、エリナの肩を優しく叩いた。

 エリナは突然現れた救援に、やや呆然としながらも、その正体にすぐ思い至った。

 サーベル一本を下げた、紫の服の老婆。そして何より、複数人を目にも留まらぬ速さで切り捨てた剣の腕前。

 見たのは初めてだが、スパーダ冒険者ギルドでその名を知らぬ者はいない。

「貴女は、『ヨミ』のリーダー、ヤチヨ様ですね」

 スパーダが誇るランク5パーティ『ヨミ』。

 女性の剣士のみで構成されたパーティとして有名である。特にリーダーを務めるヤチヨは、パーティ名の通り『冥剣聖ヨミ』の加護を授かった剣士として名を馳せている。あの剣王レオンハルトと真正面から切り合える実力を持つ、数少ない大剣豪だ。

「おバァ、ダメだよ、みんなもう死んじゃってるー」

「馬車も使い物にならない。このまま戻るしかないな」

 路地裏へ、彼女のパーティメンバーがヒョコっと顔を覗かせて、報告をしていた。

 どうやら、『ヨミ』が救助に駆け付けていたようである。

 恐らくギルドマスターが非常時のために、何かしらの連絡手段を持っていたのだろう。馬車が襲われた時点で発動したが、あまりにも早く殺されてしまったせいで、彼女たちの救助も間に合わなかった。

「アンタ一人だけでも、生き残ってて良かったよ。悪いが緊急事態でね、急いで本部まで戻る。走れるかい?」

「はい、大丈夫です。でもその前に、少しだけ待ってもらえますか」

 エリナは血まみれとなった地面を平気な顔で突き進み、死体を足蹴にして路地を抜けた。

 その先に転がるのは、ギルドマスターと、同じように殺された職員たちの死体。

 彼らの死にざまを一瞥だけして、エリナはギルドマスターのローブを漁った。

 そして、胸元から一つの印を取り出す。

 それは聖銀ミスリルで作られた、スパーダ冒険者ギルドマスター専用の承認印である。これを持つ者が、ギルドマスターとしての裁定権を持つ。

「行きましょう。これさえあれば、冒険者ギルドは機能しますので」

「いいね、アンタ、本当に大したタマだよ。名前は?」

「私はエリナ。ただの受付嬢です」

 そう言って、エリナはいつも通りの綺麗な笑顔を浮かべた。

 けれど、その目にはもう明るい輝きはない。どこか淀んだ、暗い影だけが映るのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エリナとフィオナとのやり取りにも、意味があったのだと思えたことです。
[良い点] やっぱりここで突然加護を得るとか助られるだけじゃなく、積み重ねた800話分の説得力で切り抜けるのがこの作品のすばらしさ
[良い点] エリナ嬢ヒロインへの一歩を歩き出す。 [気になる点] ヤチヨ婆さんレオンハルトとサシで戦えるとか頼もしいな。
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