第798話 衝撃の天空戦艦
それは、リリィがクロノの元へと戻り、カーラマーラへ向けて旅立つ前の頃である。
「————それで、どうかしら? シャングリラは飛べそう?」
「うん、ここじゃあ100年経っても飛ばせないね」
ディスティニーランドに鎮座する、墜落した古代の巨大兵器『天空戦艦シャングリラ』を見上げて、リリィはシモンに相談していた。
その内容は、この空飛ぶ戦艦を再び飛ばすことができないか、という壮大なものだった。
「そう、やっぱりここでは無理なのね」
「ざっと見たところ、致命的に壊れたところは見当たらないし、千年以上の時間経過による劣化もない。もしかしたら、ただ保存に適した魔法が働いているだけじゃなくて、破損個所の自動修復機能もあるかもしれないよ」
古代の魔法技術は本当に想像を絶するなー、とシモンはロマンで目を輝かせながら言う。
「船体は無事でも、肝心の動力源が空っぽなのよね」
「シャングリラを飛ばすなら、最低でも10%はいると思う」
天空戦艦シャングリラはエーテルによって稼働する。ただの原色魔力ではなく、クロノが扱う黒色魔力、あるいは、使徒が発する白色魔力、いずれかの性質を持った魔力でなければいけない。
リリィはここでシャングリラを手に入れて、すぐにエーテルの必要性には気づいたが、これを満足に供給させる手段はなかった。
このディスティニーランドは生きた古代遺跡の一部ではあるが、決して軍事施設ではない。巨大戦艦に対する補給設備など、あるはずもなかった。
それでも出来得る限りのエーテル供給のシステムを探し集め、復旧し、シャングリラに接続して補給をした。その結果が、僅かながらの艦内機能の復旧と、フィオナ達に対して盛大にぶっ放された副砲一門の復活である。
当時のエーテル補給による、機関部の稼働率は0.2%だった。
あれからも補給を続けてはいるが、稼働率は0.3%を僅かに超えたところ。それも、ここ最近では数値の上昇幅が下がり気味。稼働率を上げるためには、より大量かつ急速なエーテル補給が必要であるとの見解が、リリィとシモンの間で一致した。
「何か、いい方法はないかしら?」
「一番現実的な可能性があるのは……『神滅領域アヴァロン』を完全攻略することじゃないかな」
「本物の魔王城を攻略、ね。流石に私でもそれは骨が折れるわ」
「でも巨龍穴の真上に建つ魔王城なら、シャングリラにエーテル供給できるほど莫大な量を確保できるはずだよ」
パンドラ最難関と呼ばれるランク5ダンジョン『神滅領域アヴァロン』は、いまだかつて一人の攻略者どころか、その中央に高らかに聳え立つ漆黒の帝城へ足を踏み入れた者すらいない。
しかし、伝説の魔王ミアが君臨した帝都アヴァロンがここである。その立地は間違いなく、大地脈の合流点、巨龍穴の真上だ。大地を流れる巨大な魔力の流れは、現代でも観測は可能。
そして絶大な魔法文明を築き上げた古代では、この地脈の魔力を利用することで、潤沢なエネルギー源を得ていた。スパーダの戦塔ファロスなど、現代でも利用される古代遺跡は全て、龍穴の上に建てられているから使えるのだ。
「そうね、魔王城ならそれ相応の施設もあるだろうし、機能も確実に生きている。少し離れたこの場所に、上手くエーテルを引っ張ってくることもできそうだわ」
ただし、そのためには前人未到の神滅領域攻略の必要がある。
今すぐ挑むのは、遠慮したいところだ。
「それでもホムンクルスは作れるし、武器の生産設備なんかも使えそうだし、やれることは沢山あるよ」
「ええ、今は出来ることだけでいいわ。エーテル補給に関しては、どこかいいアテが見つかるまでは保留にするしかないわね」
だから、リリィも天空戦艦シャングリラの完全復旧は後回しにしていた。
だがしかし、それを許さぬ緊急事態に、長い旅路の果てに直面することとなる。
「空中要塞『ピースフルハート』。正確には、『天空母艦』という空母型の巨大飛行兵器です」
そう、サリエルは第十一使徒ミサの乗る空飛ぶ城を指して、そう言った。
その時は突如として襲来した使徒の対処で手一杯だったことに加え、クロノが行方不明という最悪の事態に発展したが……少し経って落ち着いた時に、リリィは考えた。
まさか、自分に先んじて古代の飛行兵器を飛ばせる相手がいたとは。それも、所有者が使徒の一人であること。
対抗するには、こちらも同じものがいる。
リリィは焦った————だが、カーラマーラのオリジナルモノリスを手に入れた時に、全ては解決した。
「————シャングリラの調子はどうかしら?」
「機関部、稼働率12%で安定」
「現在、高度9000、速度500を維持」
「各部、全て正常です」
「うん、快適な空の旅ね」
花が咲いたような可憐な笑顔を浮かべるリリィは、今、高度9000メートルもの上空にある。
どれほどの時を超えてか、天空戦艦シャングリラは再び空を飛んだ。
リリィは幼女の姿で艦長席へと座し、遥かな空の高みにあっても恐れることなく淡々と職務をこなす人造人間のクルーを眺めている。
「あ、あの、リリィさん……これ、本当に大丈夫? 落ちたりしない?」
「もう、その質問は何度目かしら。大丈夫よ、ちゃんと安定飛行できているわ」
「でもぉ……こんな大きい船が空を飛ぶとか常識的に考えてありえないし……ハッ、まさか我は、すでにリリィさんの幻術に」
「すっごい大っきいドラゴンだって空は飛べるのよ。船だって飛べるわ」
でもでもだって、とジョセフは半分涙目で震えつつ、白い雲の上を行く晴天を映し出す窓の外の景色をチラチラと見ている。
ジョセフは知らなかった。空を飛ぶ船があることを、ではない。その空飛ぶ船に、自分が乗せられるということを。
アトラス大砂漠の周辺諸国が連合を組んで攻めてくるから、これを迎え撃つ。
そう宣言したリリィ女王を前に、今こそカーラマーラ大公として領地を守る務めを果たす時、と勇んでジョセフは完全武装でやって来た。
そして、リリィに連れられ第五階層まで転移したと思ったら、大型貨物船よりも遥かに巨大な古代の戦艦に乗せられ……そのまま強制的に空の旅が始まった。
聞いていない。ジョセフは何一つ、聞かされてはいなかった。
「な、なんでこんなことに……」
「あら、ようやく説明を聞けるくらいには落ち着いたかしら」
僅かに船体が揺れる度に、すわ墜落か、おばあちゃんごめん、先立つ不孝をお許しください、と悪魔の神に祈りを捧げていたジョセフだったが、しばらくして大人しくはなったようだ。別に慣れたわけではない。ただ怖がるだけでも疲れてきただけだ。
「……聞いても、よろしいのでしょうか」
「勿論、教えてあげる。パンデモニウムの防衛に関わる大切なことだから」
史上最大規模の大艦隊が相手だと聞いても、全く余裕を崩さなかったリリィの自信の元がそれである。この大砂漠に限定すれば、どんな大軍が押し寄せてきても問題にはならない、絶対的な防衛戦力がパンデモニウムにはあるのだ。
「この天空戦艦シャングリラは、その昔、私が家出をした時に偶然、見つけたの」
「家出して古代兵器を発見……?」
一言目から意味不明な内容だが、リリィなら家出したら偶然にも古代兵器を見つけるくらいはしてもおかしくない。ジョセフはひとまず、そう納得することにした。
「見ての通り、良好な保存状態で船体は無事だったのだけれど、肝心の飛ばすための動力がない。だから、今まではこの子達を作る生産設備くらいの役目しかなかったけれど————」
ホムンクルスがこの船で生み出されていることも、さりげに初耳であった。しかし、本題はそこではないので、詳しく突っ込むのはやめておく。
「大迷宮の第五階層には、とっても広い格納庫があったわ。間違いなく、天空戦艦を運用するための広さ。ここには古代兵器を動かすための設備が整っているの」
第五階層で発見した広大な格納庫には、天空戦艦や戦人機のような大型の古代兵器は一つも残ってはいなかった。だが、当時ここでそれらの兵器も揃っていたことは疑いがない。
たとえ空っぽでも、ここに格納庫があるというだけで、リリィにとっては十分だった。
「そして何より、ここには巨龍穴から得られる、莫大な量のエーテルがある」
オリジナルモノリスのある地点は、どこも巨龍穴の上にあり、特にカーラマーラはその規模が大きい。
つまり、ディスティニーランドでは得られなかったエーテル補給が、この場所ではついに可能となったのだ。
「今までは、カーラマーラ神が現世に出るための次元を開く力として、エーテルの大半は利用されていたけれど……もう、あの邪神はいない」
リリィがカーラマーラにやって来たばかりの頃、真っ先に確保に向かったテメンニグルのモノリス。そこでオリジナルは最深部にあり、なおかつ、莫大な量のエーテルが何かに使われていることを察した。
その答えがカーラマーラ神であり、それが魔王ミアの手によって永久追放された以上、龍穴から汲み上げられるエーテルは、全て大迷宮へと巡るようになった。
いまだ枯れることなく湧き続けるこの星の無限の魔力を、オリジナルモノリスが支配する大迷宮のエネルギー施設を通すことでエーテルと化し、そして格納庫にある設備でシャングリラへと補給する。
「私がオリジナルモノリスを手に入れてから、最初にやったのは転移機能の復旧よ。これもカーラマーラ神がいなくなったお陰か、思った以上にスムーズに進んだわ。でも私にとって一番の幸運は、ディスティニーランドからシャングリラをここへ『召喚』するのに成功したことよ」
航行能力を失った巨船であるシャングリラを大陸の果てまで運ぶには、転移を利用する以外に方法はない。リリィとてカーラマーラの格納庫に、シャングリラそのものを転移で移動させる、などという都合の良い真似ができるとは思っていなかったのだが。
しかし「都合が良い」ということは、「人の望み」という意味でもある。
魔法技術の極みにあった古代文明人が、大事な巨大兵器を万一に備えて基地へ呼び戻す機能を考えなかっただろうか。転移魔法の技術を持っているのだ。どんな巨大なモノであろうと、自由自在に動かそうと思うであろう。
故に、天空戦艦シャングリラには存在した。『緊急転送帰還』と言う名の召喚機能が。
この機能の発見と、これを発動させるための手順。シャングリラから非常用ビーコンを発し、それを大迷宮で検知し、帰還拠点として設定。地脈を通じて艦と基地をリンクさせて発動————ここまで出来たのは、幾つもの幸運に恵まれた奇跡のようなものだった。
ザナドゥの遺産を継承し、地上に戻るまでの一週間の内に、クロノからSOS信号という存在について聞いていなければ、リリィも思いつけなかった考え方である。
テレパシーという破格の通信能力を持つ妖精であっても、高度に発達した情報通信社会がどういうものになるのか、というのを想像できるわけではない。この異世界では、遭難した船がシンプルなSOSを発するための無線すら、存在してはいないのだから。
「とっても苦労はしたけれど、こうして努力は報われたわ。シャングリラは再び、空を飛んだ」
「これほどまでに巨大な古代兵器を蘇らせた女王陛下の叡智は、古代魔術師でも並ぶ者はいないでしょう」
真面目に説明を聞いたジョセフは、畏まってその偉業を称える。事実、こんなにも目に見える形で古代の力を復活させ、行使しているのはリリィを置いて他にはいない。
「そうでもないわ。だから、こんなに苦労しているの」
「しかしながら、通常の砂漠船による艦隊でしかないアトラス連合には、このシャングリラ一隻でも過剰な防衛戦力になるかと」
「いいえ、パンデモニウムを守るための本命は、シャングリラではないわ」
「まだあるのぉ……」
これ以上聞くの怖いんだけど、と思わず素が漏れかけるジョセフであった。
「大砂漠を巡る流砂は、女神アトラスのお陰なのよね?」
大いなる大自然の営みこそを神の御業とするならば、大砂漠に流れる大地脈によって引き起こされる流砂は、正にその通りと言っても良いだろう。
「『天恵巫女アトラス』の加護は、この渇いた砂漠でも豊かな実りと水の恵みをもたらすものです。流砂を操るような能力を授かることはありませんが、それでも砂漠に起こる現象は、全て女神アトラスによるものだと信じられておりますな」
「ええ、とても素敵な信仰だと思うわ。でも残念、夢もロマンもないけれど、人の力で流砂は操れるの。古代の人は、それを可能にした」
「……はは、ご冗談を」
天空戦艦はまだいい。巨大な鋼鉄の船は、如何にも古代兵器として、どんな不思議な性能を誇っても納得できる。
しかし、流砂のような自然現象を操れると豪語されると、素直には受け入れがたい。港町に住む者が、私は海を割る能力を手に入れた、と言い出す人を見れば白い目しか向けられないだろう。
ジョセフは生まれも育ちもカーラマーラ。大砂漠の流れは、女神アトラスの気まぐれのままに、というのを自然に信じてきた。
「連合艦隊は三つに分かれて進もうとしていたから、面倒だから一つに纏めたわ。シャングリラも飛ばせたし、もうさっさと決着をつけたいから、流砂の幅と速度を早めて、真っ直ぐこっちへ運んでいるの」
「ま、まさか……この妙に不自然な流砂は、リリィさんが操って……?」
「オリジナルモノリスは龍穴に干渉するための制御装置よ。転移は地脈に干渉することで発動しているし、多少の操作は簡単なの」
そもそも、誰かが疑問に抱くべきだったのだ。砂漠のど真ん中と各地を結ぶ、都合の良い流砂による交易路が自然に形成されていることに。
数百年の昔に、伝説を信じて大砂漠を越え、大迷宮を発見した。歴史的な冒険の功績である。
だが、彼らが大迷宮に至ったのは、果たして単なる偶然か。女神アトラスの祝福があったのか。
リリィは、いいや、ザナドゥもまた気づいただろう。
人の欲望を求めてやまない黄金の魔神カーラマーラが、オリジナルモノリスの機能を利用して、古代を忘れ去った新たな時代の人々を、自らの元へと招き寄せたのだと。
大迷宮から産出される莫大な富と、それを外へと売り出す巨大な交易路。全て、欲望を加速させるためにカーラマーラ神が整えた舞台に過ぎなかったのだ。
しかし、それをアトラスの祝福と信じる純粋なカーラマーラ人であるジョセフには、わざわざ教えることはしなかった。
「流砂を操れるならば、どんな大艦隊も意味はない。だって、大砂漠のど真ん中で止めてあげれば、勝手に干上がってくれるでしょう?」
「此度の戦は……そもそも、戦争にすらなりはしないということですか」
「ええ、そう、その通り。これはもう戦争じゃない————ただの演習よ」
リリィだけは、ハナから戦う気がなかった。
シャングリラを飛ばす。流砂を操る。
それを確認したいがための、単なる練習に過ぎない。
「高度を下げなさい。地べたを這う連合艦隊とやらに、このシャングリラの姿がよく見えるようにね」
「イエス、マイプリンセス」
どうやら、すでに連合艦隊のいる地点まで到着したようだった。
シャングリラはゆっくりと高度を下げ、白い雲を抜け、砂色一色の大地を再び望む。
その寂莫の地には、ただ乗せられただけとは知らない哀れな船が転々と、地面をはい回る虫の群れのように見えてきた。
そうして、リリィはにっこり笑って、忠実な配下へと命令を下す。
「主砲、発射準備————」
閃光と轟音。
それは今まで、誰も見たことも、聞いたこともないほどに巨大な爆発であった。
目が眩まんばかりの輝きと、砂漠を突き進む堅牢な大船すら揺らす爆風と衝撃。その大きな揺れに耐えかね、大提督シャーガイルもその場で膝を屈していた。
それから数秒の後、ようやく爆発の影響が収まったことで、立ち上がる。
「……な、なにが起きた……?」
誰に問うたわけでもない、ただの自問。
しかし、その答えは勝手に視界へと入っている。
艦の後方、数キロほどの地点に、濛々と巨大な噴煙が立ち上っていた。間違いなく、先の大爆発の爆心地であり————あの空飛ぶ戦艦から放たれた、攻撃の結果であった。
「御機嫌よう、連合艦隊の皆さん。私はリリィ、パンデモニウムの女王よ」
天から降り注ぐように、少女の声が響き渡る。
リリィという名も、パンデモニウムという新たな国名も、シャーガイルは知っている。だが、心の底からカーラマーラを支配する女王として君臨しているとは欠片も思ってはいなかった。
ザナドゥの遺産を受け継いだ冒険者。その遺産を配分すると持ち掛け、ザナドゥ財閥をはじめ、議員へと上手く取り入ったに過ぎない……そういう認識であり、話を聞いた各国の誰もがそう分析した。
だが、シャーガイルは理解せざるを得なかった。リリィと名乗る麗しい妖精少女が、本当に最果ての欲望都市を支配しているのだと。
新たな女王は、こうして圧倒的な武威を侵略者へと見せつけているのだから。
「驚かせてごめんなさいね。これは古代の兵器、天空戦艦よ。見ての通り、空を飛べるし、とっても強力な大砲も積んでいる。今のは警告よ。次は、貴方達の艦隊のど真ん中に撃ち込めるわ」
「馬鹿な……馬鹿なっ! 空飛ぶ戦艦だとぉ、そんなものがあれば、戦いにすらなりはしない……」
圧倒的な優位と信じていたのが、絶望的な戦力差であったことを思い知る。
あれは幻術でも張りぼてでもない。本当に、未知なる古代の超兵器が復活しているのだ。
勝てない。勝てるはずがない。彼の艦隊はあくまで同じ砂漠船を相手にするための兵器であって、空を飛ぶ巨艦と戦うための備えも覚悟もない。
「降伏、してくれるわよね?」
有無を言わさぬ圧力だ。
だがしかし、このまま何もせずに降伏しても良いのか、とシャーガイルは大艦隊を預かる責任と誇りに賭けて、思い留まる。
確かに、天空戦艦なる古代兵器には勝てないだろう。しかし、一度は戦いを挑まなければ示しがつかない。
少なくとも、最初に現れたゼノンガルト率いる通常の艦隊を叩けば、敗北したとしても後に譲歩を引き出す余地も生まれるだろう。
「シャーガイル、アンタまさか、アレに挑むつもりかい?」
通信水晶に映るベラニーは、意を決したようなシャーガイルの顔を見て察したのだろう。
さしもの女傑も、天空戦艦の威容を前に顔色が悪い。挑戦する気概はないようだ。
「ベラニー、見たところ、あの天空戦艦の砲の威力は凄まじいが、連発はできまい。なにより、威力が大きすぎることで、乱戦になれば撃つに撃てないだろう」
「あのドデカイ一発を見て、そう分析できるのは流石と言ったところだね。けど、全力で突っ込んだとしても、あんなのを一発でも貰えば艦隊の半分は吹き飛ぶよ」
「構うものか。半数を失っても、奴らの艦隊とは互角。接近さえしてしまえば、勝ち目はある」
リリィの天空戦艦は落とせない。だが、地上の艦隊くらいは壊滅させて見せよう。たとえこの身が儚く砂の上に散ったとしても、それだけの戦果を挙げれば、ジン・アトラス王国の勇名は保たれる。後のことは、国王陛下の采配に任せればいい。
「————あら、もしかして、自分たちの足が止まっていることを、お忘れかしら?」
ザザザ、と通信用水晶の一つがノイズ交じりに映像が歪んだ、と思ったその直後、二対の羽を持つ妖精少女の姿が映る。
「き、貴様がリリィ……そうか、妖精のテレパシーで、我が艦の通信に割り込んだのか!」
「なかなか良いテレパシー通信設備ね。でも、妖精相手だと手の内が駄々洩れよ。防護対策はしっかりね」
クスクスと可憐に笑うリリィに、覚悟の決まりかけていたシャーガイルは背筋が凍り付いていく。
この少女は、こちらの乾坤一擲の突撃さえ見越した上で、尚もうすら笑っているのだと。
「貴方達をここへ導いたのは私だし、そこで止めたのも私。女神アトラスの加護を授かったわけではないけれど、私は流砂を操ることもできるのよ————こんな風に、ね」
地響きのような轟音を立てて、再び船体が大きく揺れる。
堪らず、シャーガイルは膝を、いいや、そのまま床へと這いつくばる様に倒れ込んだ。彼らは皆、女王陛下を前に頭が高い。
「ぐぉおおおお! な、何が起こっている!?」
「グルグル回しているの」
巨大な砂嵐に突っ込んだように大揺れに揺れる艦内は、阿鼻叫喚の様相を呈す。そんな中で、リリィの涼しい声が語り掛けてくる。
今、連合艦隊は巨大な流砂の渦に飲み込まれているのだと。
「私の気分次第で、貴方達をこのまま砂の渦に沈めることもできるし、永遠にそこでグルグルさせてあげることもできるの。船に乗っている限り、大砂漠を支配するこの私とは戦いにすらならないわ————分かったのなら、早く降伏してくれるかしら」
「お、おのれ……こんな、こんなことがあっていいはずがない……流砂を操るのは、女神アトラスにのみ許された————」
「シャーガイル! しっかりおし! この艦隊はもう泥船も同然だよ! 勝つどころの話じゃない、今あの妖精嬢ちゃんに逆らったら、全てお終いだ!!」
「ベラニー、お前……」
「最初から負けてんだよ、アタシらは! 認めて、決めろ、それが大提督の役目だろ!」
怒声に近い叱責の声。けれど、だからこそシャーガイルはショックから立ち直り、正気を取り戻す。
そうだ、我こそは最大最強となったアトラス連合艦隊を率いる大提督。この艦隊の行く末を決めるのは、自分の判断だ。
故に、大提督は決断する。
「パンデモニウムのリリィ女王陛下に申し上げます。我々は降伏いたします。何卒、我が兵の命だけは————」
「英断ね、シャーガイル大提督。安心しなさい、誓って貴方達を悪いようには扱わない。ふふふ、歓迎するわ、ようこそパンデモニウムへ」