第787話 シャルロット救出戦(1)
翌日、曙光の月27日。
夜明けからほどなくすると、東西の隣村からの避難民がここの村へと到着し始めた。彼らの先頭を駆けるのは、フィオナとサリエル。この状況では、伝令を走らせるより、自分が来た方が話は早い。
「————はぁ、正気ですか?」
で、話をするなり、この反応である。
天然のフィオナでもド正論の突っ込みしか入らない。
「なんとか引き留めようとは思ったんだが……俺が無理に言うのは逆効果でな」
結果的に言えば、昨日の朝、シャルロット率いる百の騎馬隊は、開拓村の生存者救出に一縷の望みを託して出発した。
そんな馬鹿な真似はやめるよう、俺は説得した。
当然、彼女が聞く耳など持つはずもない。俺が黒と言えば、シャルロットは必ず白と言うしな。対話のスタートラインにも立てていない。
ならばと、村長を通して、自分達の護衛を最優先してくれるよう頼んでくれと手を回してもみたが……
「私はシャルロット・トリスタン・スパーダよ! 王族として、私は決して民を見捨てたりはしない! あの開拓村に、まだ一人でも生き残っている可能性があるのなら、私は恐れず助けに行くわ!!」
と、それはもう立派な演説を叫んでくれたものだ。
あまりの自信満々ぶりに、村長以下、村人たちも「流石はスパーダの姫君」といたく感動していた様子。
昨日の出陣の際は、村人たちは諸手を挙げてお姫様の騎馬隊を送り出していた。そりゃあ、彼らだって見知った開拓村の者達が救出されるに越したことはないし、迫り来るモンスターを倒しに行ってくれるなら応援もするだろう。
だが、状況はどう考えてもたかだか100騎で勝てる相手ではない。
「でも、クロノさんなら渋々、ついていくかと思いましたが」
「流石にそこまで無責任な真似はしないって」
今の俺は傭兵団を率いる長だ。団員に対する責任ってのがある。勝手に指揮を放棄するなどもっての外だ。
だが、たとえ自分一人で気楽な冒険者に過ぎなかったとしても……今回の状況は、救助に向かうにはあまりに遅すぎる。ネズミの発生がまだ初日であれば、駆け付ける価値もあるとは思うが。
「もう三日以上過ぎてしまった。こんな状況でも敵のど真ん中まで望みの薄い救出に向かうなんて、記憶を失った俺でもそこまではしないな」
「それでは、私たちは予定通りダキア村まで避難民の護衛でいいですね」
「……いや、それがそういうワケにもいかないと思うんだ」
「何故ですか?」
「救助に向かったのが、スパーダの王女だから」
俺の代わりに問題の根本を言い当てたのは、サリエルであった。
「私達は傭兵で、騎士ではありません。王女であろうと、その命を守る責務まではありませんよ」
「まったくもってその通りではあるが、それでもみすみす、死なせるワケにはいかない人物だ」
まず第一に、俺のことは大嫌いでも、彼女はウィルの実の妹である。
これで血みどろの王位継承争いでもしているというのなら、見殺しにしたところで良心の呵責もないが、あれでなかなか、兄妹仲は悪くない。大切な家族である。
そして、シャルロット姫はスパーダという国家にとっても重要な人物だ。お姫様だから当たり前だけど。
彼女の姫としての人気を差し引いても、政略結婚での外交的価値もある。シャルロットの婚姻は、十字軍からスパーダを守る上で重要な意味を持つ。アヴァロンでもルーンでも、あるいは、ウィルがいつか冗談で言ったように俺が結婚相手であったとしても、スパーダ防衛の支援を引き出せる立場になれるのだ。
「少なくとも、今ここでシャルロット姫が死んで、スパーダに良いことはないだろう」
「自ら死地に飛び込んだ者の救助なんて、ギルドで張り出されていたら見向きもしませんよ」
「俺だってこんなところで、余計な危険は冒したくはないさ。だが、彼女だけは死なせるわけにはいかないんだ」
「はぁ……出発したのは、昨日でしたっけ?」
「ああ」
「誰か一人でも、こっちに戻ってきた者は?」
「村人も騎士も、誰も帰ってきてはいない」
「もうネズミの餌になっているか、それとも包囲されてまだ粘っているか……救助が間に合わない可能性の方が高そうですよ」
「分かってる。だがシャルロットはお姫様だ。騎士達は死ぬ気で最後まで守り切るだろう。彼女一人だけなら、まだ生きている可能性はある」
俺の言葉に、フィオナはふー、と一息ついてから、すかさずホムンクルス兵が淹れてくれたお茶を呷った。ついでに、お茶菓子も食べた。結構、余裕だな。
「ツヴァイ、指揮を頼みます」
「お任せあれ、フィオナお嬢様」
反対意見こそ出したが、フィオナも俺の決定に従う覚悟を決めてくれたようだ。
しかし、なんだかんだ言いつつも、フィオナが部下に指示する姿は意外にも様になっている。やればできるタイプだな。
「私はシロで先行偵察に出ます。ドライに隊の指揮権を引き継ぐ」
「はっ! 了解であります!!」
続いて、サリエルも指示を飛ばす。
それにしても、魔術師部隊の二号と歩兵部隊の三号は、兄貴のアインと違って個性が出てるな。
同じ顔、同じ体格のホムンクルスのはずなのだが、ツヴァイの方はなんかチャラい雰囲気だし、ドライの方はやけに暑苦しい感じだ。
やはり最初の九人は活動期間が長いから、自我の形成も進んでいるのだろうか。リリィに言われて、あれこれやってたみたいだから、色んな経験も積んでいるだろうし。
「救助は俺の重騎兵隊であたる。避難民の護衛は、残る魔術師部隊と歩兵部隊に任せるが、フィオナとサリエルは俺の方に同行させてもらう。ツヴァイ、ドライ、避難民の護衛を頼んだぞ」
「イエス、マイロード!」
でも俺には画一的ないつもの返答だ。もっと交流を深めないと地を見せてはくれない感じだろうか。
ともかく、方針は決まった。
「それと、シーク。鉄蜘蛛に乗ってついて来てくれ」
古代兵器の四脚機動戦車『鉄蜘蛛』の操縦士は、シークに一任した。
元々、鉄蜘蛛の復旧作業は彼女が主導で行われていたそうだ。
それに加えて、シモンと一緒にブラック勤務していたことで、古代の技術に関しては他のホムンクルスよりも長けている。
「イエス、マイロード。荷車はパージしてもよろしいでしょうか」
「……いや、そのまま引いて来い。万一ってこともあるからな」
「はっ、仰せのままに」
竜車じゃ足が遅すぎる。だが、古代の四脚戦車である鉄蜘蛛なら、騎兵の行軍速度にもついていける。大型の荷車を引きずっても、スピードダウンするほど非力じゃない。
「こういう時、リリィさんがいないと寂しいですね」
「ああ、本当に、リリィには頼り切りだったと思わされるよ」
現状でも戦力としては悪くない。だが、リリィがいないのは、やはりどこか不安の残る気持ちになってしまう。
けれど、リリィは今一人で、カーラマーラで頑張っているのだ。俺達が寂しがっているワケにもいかない。
「時間がない、さっさと助けに行くとしようか」
気は乗らないもののフィオナは了承し、サリエルも従ってくれる。これ以上、ここで話し合うことはなく、俺達は困ったお転婆姫の救助に向けて立ち上がる。
「————おっと、ちょうど出ていくところかよ? 行き違いにならなくて、良かったぜ」
その時、バーンと冒険者ギルドの扉が開かれ、一人の男が現れる。
大剣を背負った大柄な彼は、金色のツンツン頭に、少年らしい快活な笑みを浮かべていた。その顔、その出で立ち、見覚えがあるどころではない。
「カイじゃないか、どうしてここに」
「いやー、俺だけじゃねぇぜ?」
カイが横目で視線を送ると、バサバサっと、扉から白い翼が覗いた。
「まさか、ネルも来ているのか!?」
「えへへ、来ちゃいました」
遊びに来ました、みたいなノリで、悪戯っぽい笑顔のネルが現れた。
「どういうことなんだ?」
「えー、あのー、そ、それはですね……」
「久しぶりに『ウイングロード』としてクエストでもと思ってよ。ちょうどここにシャルが来てるみたいだしな」
なるほど、そういえばガラハド戦争後は『ウイングロード』は活動休止状態だったと聞いている。ネロもネルも揃って一時帰国だし、シャルロットもウィルと共に王城に戻され学園からはいなくなっていたし。
「そ、そうなんです! クロノくんも、ここに来ているなんて、偶然ですねっ!」
今は傭兵団だから、『テンペスト』の任務地と被ることはありえることだが……まぁ、いきなりこうなったのは、偶然と言えば偶然か。
やけにネルが偶然を強調しているので、とりあえず頷いておく。
「で、シャルはどこにいるんだ? こっちの村の防衛に行かせたって聞いてたんだけど」
「ああ、それなんだが————」
と、俺は手短に二人へと事情を説明した。
「はっはっはっは! シャルらしいなぁ!!」
「うぅ……ごめんなさい、クロノくん、ご迷惑をおかけして……」
無謀なシャルロット姫の行動を聞いて、爆笑するカイと、申し訳なさそうに頭を下げるネルであった。
「はぁ、兄さんがいないと、シャルはやっぱり暴走しがちですね」
「どうだかな、ネロがいてもなんだかんだワガママ言って、無茶することになるもんだぜ」
実にパーティメンバー同士らしい「アイツってこうだよな」トークが出てきたが、今は割と切羽詰まった状況ではある。あまりノンビリお喋りしている暇はない。
「俺達は今すぐ、救助隊としてネズミの巣窟と化している開拓村へと向かう。お前たちはどうする?」
「はっ、そんなの決まってんだろ?」
「勿論、私達も一緒に行きます!」
笑顔で答えるカイと、力強く頷くネル。
こうして、ランク5冒険者が二人。心強い仲間が加わった。
新しい開拓村へと続く道は、細く、頼りなく、深い雪に覆われている。しかし、昨日に勢い込んで救助に向かったスパーダのお姫様が率いる百の騎馬隊がつけた行軍の後はまだ残されており、迷うことはないだろう。
そんな雪深い田舎道を、ドドドドッ! と唸りを上げて鋼の巨躯が突き進む。
四脚機動戦車『鉄蜘蛛』はクロノの重騎兵隊の先頭を行き、降り積もった雪を派手にかき分けながら前進し続ける。動力源たるエーテルのある限り、息切れすることなく動き続ける古代の地上兵器は、力強く騎兵隊の進む道を切り開いていた。
鋼鉄の四脚が巻き上げる雪の飛沫がかからない程度の距離を置いて、後ろに続くのは団長であるクロノ。その隣に併走するのは、クロノの駆る不気味な黒い巨躯を誇る不死馬メリーと並んでも見劣りしない、大きく筋肉質な馬体を誇る二角獣に跨るカイであった。
これより決死の救出作戦に赴くとは思えない呑気な表情で話しかけるカイだが、クロノはそれを気が抜けているだとか、煩わしいだとかは思うことはない。カイという男が、笑顔で死地に向かえる性格だと分かっているから。
少なくとも、嫉妬に狂ったリリィを止めに行くよりかは、ネズミの大群に飛び込んでいく方がよほど気楽ではあった。
そんな二人のすぐ後に、副隊長アインと、現状カタフラクトのエースを張るプリムが続き、その後ろには重騎兵隊の隊員が一糸乱れぬ二列縦隊で馬を走らせている。
そして、救助隊の最後尾につくのが、フィオナとネルの二人であった。
「こんなところまで追いかけてくるとは、貴女も大概ですね」
「な、なんとでも言ってください」
フィオナはいつものジト目ではあるが、多分に呆れの感情が含まれているのは、気のせいではないだろう。
ネルとしても、ちょっと露骨に接近しすぎたかという思いはあるせいか、返答も若干弱気であった。
「まぁ、アレで諦めるとは思ってはいませんでしたが」
「当然です。あんなことで挫けていては、恋は実りません!」
命を賭けてまで実らせるべき恋など、普通はない。しかし、そんなことは今更。本気でリリィを殺すつもりで挑んだのだ。
フィオナとしても、ネルの覚悟のほどは認められる。
だからといって、応援しようとは思わないが。
「クロノさんの力になれるなら、好きにしてください。邪魔になるなら、どっか行ってください」
「ぐぬぬ……恋人に返り咲いたからといって、この余裕……傲慢です!」
「露骨に排除しないだけ、寛大な方だと思いますけどね、お友達のネルさん」
「ぐはぁ!?」
クロノを賭けたリリィとの戦いで、最終的に何も得られなかったのはネルである。
リリィは婚約者として、フィオナは恋人として、サリエルも奴隷の身分に変わりこそないものの、クロノはより気にするようになったことに違いはない。
だが、ネルだけはあの戦いを経ても、クロノからの評価がさほど変わってはいない。いまだ、ネルのことはただのお友達。
ウィルに指摘された通り、ここを変えるための恋愛計画ではあるが……今のネルにとって最も傷つく言葉には違いがない。ずっと友達、というのは時に残酷な言葉にもなる。
「い、今に見ているといいですよ……『プリムの誘惑』全巻読破という苦行を成し遂げた私には、男心を惑わす技巧の数々がですね……」
「うわぁ」
据わった目でブツブツ言うネルに、ちょっと引く。
リリィさん、こんな人が本当にハーレム候補でいいんですか。どんどん変な方向に拗らせていっているのでは、と久しぶりにネルと会って思うフィオナであった。
開拓村までそこそこの距離はあるが、全員が騎兵の上に、多少の無理を押しての進軍だ。半日もかからずに到着できる。
ふと空を見上げれば、まだ真上にかからない太陽を背に、一頭のペガサスが舞い降りてきた。
野生の天馬ではなく、勿論、先行偵察に出していたサリエルである。
「マスター」
「戻ったか、サリエル。開拓村はどんな状況だ」
「シャルロット姫以下、テンペスト騎兵部隊の生存を確認。防御魔法を展開し、ネズミの攻勢を凌いでいる」
マジか、砦があるわけでもないのに、丸一日も奴らを防いで生き残っているとは。流石に王女につける騎士は精鋭揃いか。
だが、防戦するだけで脱出できていないことを思えば、完全に包囲されているのだろう。精鋭騎士達が突破を断念するほどには、分厚い包囲が。
「俺達が突っ込んで、包囲は破れそうか?」
「容易ではありませんが、可能」
よし、勝算があるなら、迷いなく突っ込めるな。
最優先目標のシャルロットは生きているし、騎士達もまだ戦闘を続けられる程度の力も残っている。
一気に突入して合流し、そのまま素早く離脱……と、言うだけならば簡単だが、ちょっとしたミスやタイムロスで、あっという間にネズミの包囲は閉じてしまう。所詮、俺達は50にも満たない寡兵。万を数える大群と真正面からやり合えば、数に飲まれるのは当然の結果だ。
「向こうに俺達のことは?」
「一方的にですが、上空から呼びかけました」
なら、向こうも脱出準備は整えてくれるだろう。精鋭騎士達なら、僅かなチャンスを見逃すような真似はするまい。
「余力はありそうだったか?」
「防御魔法も突破される寸前。彼らの限界は間近です」
「急いだ方がよさそうだな、飛ばすぞ!」
目的地はもう間近。メリーは俺が鞭を入れるまでもなく、意図を汲んで加速を始める。
このままノンストップで、一気に開拓村まで突入する。
「フィオナ」
「はい」
サリエルが戻るのを見て、最後尾を走っていたフィオナもちょうど前へと出てきたところだった。
「俺と一緒に一発かまして、突破口を開く。その後は、俺が右、フィオナが左を塞いでくれ」
「最初の一発だけでいいんですか?」
「古代の武器の火力があれば貫けるだろう。でも、壁を出せるのは俺とフィオナだけだ」
「それもそうですね。火でいいですか?」
「ちょうどいい、奴らも弱点だ」
「クロノさん、負けませんよ」
「『光の魔王』使っても、火属性でフィオナに勝てる気はしないな」
そんな軽口を叩き合ってから、手短に作戦とも呼べない力技全開のプランを通達。
反対意見などあるはずもない「イエスマイロード」の合唱と、ネルとカイの助っ人両名も賛成を示した。
それから半刻もせずに、とうとう道の先に目的地が見える。
最早、家屋の影もないが、無数に蠢く白い群れと響き渡る咆哮が、地獄の戦場であることを示していた。
今回はやるつもりはなかったのだが、いきなり騎兵突撃を経験する羽目になるとはな。
初めてのことに不安はあるが……揺るぎない忠誠心の配下と、確かな性能を誇る武装が、俺の気持ちを強く支えてくれる。
たかがネズミの群れ如き、軽く蹴散らしてやるよ。
「————行くぞ、突撃っ!!」
2020年8月27日
コミック版『黒の魔王』第21話、更新中です。実に二か月ぶり、待望の更新ですね。
今回は冒頭カラー。スーさんの胸が膨らんでることからスライムだと初めて判明するシーンですが、絵になると完全にただのサービス回ですね。是非、お見逃しなく!