第784話 警備任務(1)
曙光の月21日。
俺達、『暗黒騎士団』は初仕事に出発した。
向かう先のダキア村は、スパーダから一日で到着する程度の距離だ。アヴァロンへ向かう際の通り道にもなるので、街道もよく整備されており、大型馬車や竜車も通れる広々とした道幅に、安全も保障されている。
俺は今までに何度も、この道を通ってダキア村へ行ったことがある。
最初は、ランク3昇格のためのドルトス捕獲クエストを受けた時。クエスト自体は成功したが、ガラハド山中で逃げるウィルと出会い、ラースプンと遭遇した第一の試練のことは強烈な記憶として焼き付いている。
二度目は、第四の試練、ラストローズ討伐のためにアスベル村へと向かった時だ。ダキア村は通過点として、ここで泊まっていった。
それから、アヴァロンへ行く用事の時は、必ずこの道を通っている。俺としても、割と見慣れた街道だ。
ともかく、スパーダ・ダキア間は、駆け出しの冒険者でも問題なく踏破できる程度の道のりである。百人の傭兵団を率いる慣れない行軍とはいえ、装備も物資も万全に整った状態では、失敗する方が難しい。
だがしかし、問題は起こった。
それは太陽が真上に昇る、ちょうど昼時のことである。
「だ、ダメです、クロノさん……私には、こんな、こんなの……とても、耐えられません!」
「あっ、おい、待てフィオナ!」
脱兎の如く逃げ出すフィオナ。その黄金の瞳には、薄っすらと涙すら滲んでいる。
まさかたったの半日で、我が傭兵団から脱走兵が出るとは。しかも隊長だぞ。
「マスター、やはりフィオナ様に、この仕打ちはあまりにも残酷かと」
「いや、でもなぁ……」
と、サリエルの真面目な忠告を聞きながら、俺は自分が握りしめた食事を見やる。
それは、手のひらサイズの直方体。この一本に、人間に必要な栄養素が全て詰まっていると言われる、完全栄養食。
すなわち、カロリーブロック、通称カロブー、である。
なんでわざわざこんな奴隷食をランチにしているのかと言えば、これもまた一つの試験のためだ。
カロブーは味こそ虚無だが、一本で栄養もエネルギーもとれる優れもの。軍用の携行食として、こんなに最適なモノはない。
というワケで、実際にこれを食い続けてどんなもんか、この機会に試しておこうと思ったのだが……
「やっぱり、食い詰めないとコレを食う気にはならないよな」
「このカロリーブロックを試すよりも、味の改良が終わるまで待つ方が精神的には良いかと」
リリィにはカロブーのレーション採用計画は話している。味の問題については承知済みなので、これから大迷宮で生産されるカロブーを、なんとか美味しくできないか、というのも相談はしてある。
もっとも、優先度は低いので、まだ手をつけているとは思えないが。
「分かった。カロブーを試すのは俺の部隊だけにする。他の隊は普通の食事にしよう」
重騎兵隊にはとばっちりだが、エリートに課せられた任務ということで。
「マスターよりも上等な食事を摂るのは、私達にとっては抵抗がある」
「それも仕事の内ってことに、しておいてくれ」
偉い奴だけが美味い飯を食っている、って状態は兵に不満を覚えさせるものだ。
ホムンクルスは何とも思わないかもしれないが、リリィ次第ではカーラマーラ人も兵力として加わるかもしれない。そういう時に、ホムンクルスの忠誠心に甘えたような態度だと、普通の兵を率いるのに問題が起こるだろう。
今の内から、粗食にも耐えられるようにしておくことに越したことはない。
俺からすれば、実験施設のゲロマズスープと比べれば、カロブーの方がずっとマシだが。
「というワケで、普通に料理作るから、戻ってこいフィオナ」
「……本当ですか?」
竜車の影から、ヒョコっと三角帽子の頭が覗く。
「本当だ。まぁ、この人数だからな、普段よりは質も落とすが、そこは我慢してくれよ」
「黒パンと干し肉が私の最低ラインなので」
「安心しろ、それなりのモノが食えるよう工夫はしてあるから」
カロブーはレーションとしての性能試験で食っているが、通常の糧食に関しては、味も求めて開発中だ。
フィオナの言う最低ラインは、一般的な冒険者や兵士が口にするような食事だ。カチカチの黒パンに塩辛いだけの固い干し肉。他には乾燥させた豆類や削って使うチーズなど。
どれもこれも冷たく固い、味はとても褒められたものではないが、その保存性の高さによって、長旅やダンジョン攻略、戦争のお供として採用されているのだ。
逆に言えば、腐らなければ、無理してそんなものを食べる必要性は皆無である。
食事ってのは士気にも関わる。美味いに越したことはない。
「俺は料理は専門外だから、あとはサリエル、任せた」
「はい、マスター」
そうして、サリエル指揮の元、無事に昼食をとることになった。
なったのだが、湯気の上がる暖かな食事をする人々を横目に、味という概念が存在しないカロブーを齧るのは、思った以上に気分が滅入った。冬の寒空の下、サリエルの作った美味しい手料理があるというのに、何が悲しくてこんなもんを食わねばならんのか。
自分で決めたくせに、本気でそんなことを思ってしまうくらいには、心に来るものがあった。
うん、ダメだな、コイツはやっぱり、早急な改善が必要だ。というか、シモン、お前こんなもんばっかり食べてたらダメだろマジで……
食事に関してひと悶着あったものの、俺達は予定通りにダキア村へと到着した。
まさか百人規模の傭兵がゾロゾロとやって来るとは思わなかったようで、随分と驚かれたものだ。
こういうクエストは、小規模な傭兵団が幾つか参加すれば御の字で、後は普通に冒険者で警備の人数を確保しているらしい。特に割のいい仕事でもないので、まとまった人数の傭兵団がわざわざ参加するのは珍しいと、ここの冒険者ギルドで言われた。
「さて、それじゃあブリーフィングを始めよう」
現地に到着したので、より詳細な情報を得ることができた。現時点で、どんなモンスターが確認されたのか、あるいは討伐されたか。警備に参加した者の担当区域などなど。
これらの情報を加味して、自分たちの行動方針を決める。
「ダキア村は今日の内に出発して、よりガラハド山脈に近い北側に行こうと思う」
このクエストはダキア領の警備。守る対象はダキア村だけでなく、周辺に点在する複数の村落も含まれる。
領の名を関するダキア村は、町とも呼べない規模だが、それでも領内では一番大きく、人口も冒険者も揃っており、街道が通っているのでアクセスも良い。つまり、ダキア領では最も防備が整っており、いざという時も首都からの素早い増援も望めるので、安全性は高い。
しかし、ここよりもガラハド山脈に近い位置の村は、安心できる状況にはない。警備が必要なのは、こういった地域となる。
「この辺まで行くと、もうほとんど山脈の麓ですね」
「麓付近の村は、すでに避難を開始したところもある。一時的な村の放棄も許容される状況。無理にこのラインを守るのは、危険とクエスト報酬とで釣り合いは取れない」
俺が地図上で進むと示した地点を見て、フィオナもサリエルもあまり乗り気ではない口ぶりだ。
確かに、こんなところまで出張って行くのは、サリエルの言う通り割に合わない。
「クロノさんが、村人を憐れんで助けに行きたいと言うのであれば、止めたりはしませんが」
「そういう気持ちもないわけじゃないが、これだけの人数率いて安易な決断はできないさ」
「マスター、私達はホムンクルス。どんな命令であっても、命を賭して遂行します」
「だからこそ、あんまり俺のワガママに付き合わせたくないんだよ」
とはいえ、いざ戦争となれば、無理も無茶もさせることになるだろう。
そうなることは目に見えているからこそ、平時では無茶ぶりするのはやめようと思うわけだ。
「ともかく、今回の依頼は稼ぎよりも、演習目的みたいなものだ。俺達の装備を試すなら、ある程度の危険度がなければ意味はない」
今の俺達に必要なのは、お金ではなく経験だ。
とにかく実戦を通して得られる、あらゆる経験と情報を蓄積していくことが大切。いつ次のガラハド戦争が起こるか分からない現状では、如何に短い時間で効果的な経験を積めるかが重要になってくるだろう。
いわば、効率重視のパワーレベリング……ではないな。とにかく、俺もみんなも、練習あるのみだ。
「それもそうですね。距離的にも、雪中行軍の練習としてもちょうどいいくらいですし」
「マスターの意図は理解した。反対する余地はありません」
「決まりだな。それじゃあすぐに出発だ」
ダキア村から俺達が警備にあたろうというガラハド山脈北部の麓は、ここからさらに一日はかかる距離だ。直線距離ではダキアとスパーダの間よりは短いが、舗装されていない細い道と、山に近づくに連れて増えてゆく積雪量もあって、ただ街道を進むよりも厳しい道のりとなる。
それでも、村と村を繋ぐ道であることに変わりはない。深い森や険しい山を突っ切るよりは、遥かにマシなルートである。この程度の行軍で問題を起こすようでは、冬のガラハド山脈の戦場で使い物にならないだろう。
特に問題はなく、無事に翌日、曙光の月23日には目的の村へと到着した。
ダキア領北部、ガラハド山脈の麓となれば、スパーダ国内でも僻地にあたる。正にド田舎というべき小さな村だ。
こういう規模の村を見ると、イルズ村を思い出す……いや、この村、絶対にイルズより小さいぞ。
そんな場所に100人もの傭兵団がやって来たのだから、村はちょっとしたお祭り騒ぎである。村長の爺さんとか、俺らを見てすっ飛んで来たし。
どんな小さい村でも冒険者ギルドはあるので、クエストを受けてきたといえば、すぐに理解は得られた。
「それじゃあ、警備ルートを決めるぞ」
俺達はギルド一階ロビーに集合。人数が人数なので、貸し切り状態である。
隅っこの方で、この村唯一の専属パーティが、非常に居心地悪そうに、俺達をチラ見していた。正直、すまんと思っている。
「フィオナは第二部隊で、ここから東にある隣村までの範囲を頼む。サリエルはこの村周辺と、西の隣村までの範囲だ」
「はい、マスター」
「クロノさんはどうするんですか?」
「俺はこの村に残ることになる」
「まさかクロノさんがお留守番することになるとは」
「仕方ないだろ、大将が勝手に最前線まで偵察に出向くわけにはいかないからな」
この小さな村だけを100人全員で守ってもしょうがない。俺達は人数を活かして、出来る限りの範囲を索敵し、警備にあたる。
フィオナとサリエルはそれぞれの隊を率いる隊長だが、その下には10名単位の分隊と、さらに二人一組の組、に分けている。
『暗黒騎士団』は総員103名。近代の軍隊でいえば、中隊規模だ。なので、俺は中隊長といったところで、階級に当てはめれば少佐……いや、中隊規模でも少ない人数なので、中尉がいいところかも。
フィオナとサリエルが率いるのは、それぞれ30名と50名。小隊規模なので、二人は小隊長だ。階級は軍曹、ってところだろう。
そして、分隊を率いるのはそれぞれ成績優秀とされるホムンクルスが分隊長を務める。階級は伍長。
今回のクエストは、基本的には分隊、または組、の少人数編成でそれぞれ行動する訓練だ。傭兵団の全員を、常に俺が、あるいはフィオナかサリエルが見られるとは限らない。偵察など、ホムンクルスだけで編成した部隊で任務に当たらせることも必ず出てくる。
なので、彼らのみでの部隊行動を試すことと、団長たる俺がそれぞれ動く部隊を指揮官として統率できるのか、という両方の訓練目的が課される。
「アルザスでの働きを見る限り、クロノさんなら、特に問題はないと思いますけど」
「あの時は防衛戦で、全員が一か所に固まってたからな。今回みたいにバラけて動かす時に、どこまで上手くできるかは、やってみないと分からないだろう」
なにせ通信手段が限られる異世界である。一度、自分の目の届かない範囲に部隊が行けば、そこでどんなアクシデントが発生するか、分かったものではない。
たとえ問題が起こらなかったとしても、情報伝達に不備があれば、連絡がない、何かあったのか、ということになりかねないし。
「俺の重騎兵隊は、今回はフィオナ、サリエル、両小隊に分割して随伴させる。伝令と斥候役だ」
フィオナ小隊にはツヴァイ率いる5名、サリエル小隊にはドライ率いる10名をつける。副官のアイン含む5名は俺の元に残す。
折角、戦場の花形である重騎兵隊を結成したのに、いきなり分散させての運用である。今回に限っては、決戦兵力と意気込んで一緒に固まってる意味はないから、仕方のない采配だろう。
「以上だ、何か質問は?」
「はい、私のご飯は誰が作ってくれるのですか」
あー、サリエルとは別行動で、日を跨ぐことにもなるからな。一緒に食事ができるワケではない。
「カロブー試してみる?」
「傭兵団やめます」
「セバスティアーノ、フィオナについて世話してやってくれ」
「イエス、マイロード」
執事代表の君ならば、きっとフィオナも満足する戦場飯を用意できるだろう。
飯が不味くて十字軍を抜けてきたフィオナだ。マジでウチも辞めかねないからな。
「他に質問は」
よろしい、今度こそ何もないようだな。
「それじゃあ、クエスト開始だ」