第781話 友人との再会(1)
クエスト・ダキア周辺警戒
報酬・警備任務基本給+個別討伐報酬
期限・清水の月1日まで
依頼主・ダキア領主・クライストン・ダキア
依頼内容・今年の冬はガラハド山脈から、多数の草食獣の群れが麓まで降りてきている。これを追って、狂暴な肉食モンスターが多数出現されることが予想される。ダキア村を中心とした、北ガラハド山脈に面する地域の警備をお願いしたい。
これが俺達『暗黒騎士団』の初クエストとなる。
特別に割のいいクエストではないが、俺達の規模で参加できること、スパーダから近いこと、危険度も高すぎないこと、などの条件を鑑みて、これが一番ちょうど良かった。
期限は清水の月1日となっているが、別に期限いっぱいまで受けなければいけないワケではない。ひとまず、受注から一か月を目途に引き上げる予定で受注した。
「それでは、私達は出発準備を整えますね」
「なんか、いきなり任せきりになって悪いな」
その日の晩、リビングでくつろぎながら、フィオナとそんなことを話す。
ここには俺とフィオナだけがソファに座り、あとは執事とメイドが気配を消しながら一人ずつ控えているだけだが、傭兵団の面々も入れるだけ屋敷に泊めてある。
メンバーは全員、元々スパーダでそれぞれ活動しているので、当然、自分たちの寝床は個別に確保している。だが、これからは傭兵業一本になるから、まとめられるだけまとまっておいた方がいいだろう。
なので、今この屋敷にはキャパギリギリの30名ほど入れているのだが……そんな人数がいるとは思えないほど、静かなものだ。
主の俺達に気遣って静かに過ごしているのか、それとも、ホムンクルスは何人集まっても無口なままなのか。
傭兵団って、オフの時は下品なギャグを飛ばしながらギャハハと笑ってるような、陽気で豪快なイメージとかあるんだが、ウチはそういう風にはなりそうもないな。
「いえ、交友関係も大事でしょう。相手は王侯貴族ですし」
「そうだな、ウィルには色々と報告も相談もある」
明日は魂の盟友ことウィルに会いに行く予定だ。アポをとるための連絡は帰ってきた当日に出してある。
今や王城勤めのウィルには、すぐに会いに行ける気軽さはない。
それから、他にもカイやファルキウスにも、顔を合わせておきたい。二人はリリィの一件でお世話になった。恩があるし、共に戦った戦友でもある。ちょうどカーラマーラから戻った今のタイミングで、会いに行くのがベストだろう。
「私は特に友達はスパーダにいませんので」
「そ、そんな悲しいこと言うなよ……」
「別に気にしてませんよ。クロノさんとリリィさんがいれば、恋人と親友とで十分ですし。あと、サリエルもいますので」
フィオナのことだから、本気でそう言っているのだろう。
交友関係の広さも、人それぞれにちょうど良さってのがある。無理に広げてもいいことはない。
「これからは、沢山部下をもつことになるし、仲良くやってくれよ」
「……」
「なんで黙る」
「できそうもない約束は、しない主義ですので」
「出来る限りのことはしてくれ。みんな、素直に言うことを聞くいい子だから」
「その辺は安心です。普通の人よりも、ホムンクルスの方が楽でいいですよね」
実にコミュ障極まることを真顔でいうフィオナであった。
俺、よくこんな女の子とここまで深い関係になれたよな……なんてことを、今更ながらに思うのだった。
時は少し遡り、クロノがまだカーラマーラへ向けて旅立って程なくした頃。
ウィルハルトと共謀した告白計画を立ち上げたネルは、スパーダにいる友人の元を訪れていた。
「————よう、珍しいな、ネルが一人でウチに来るなんて。つーか、初めてか?」
重厚な革張りのソファにどっしりと身を沈めて、アヴァロンの第一王女を前に気安い口を利くのは、スパーダ四大貴族が一つ、ガルブレイズ家の長男、カイである。
もっとも、彼としてはお互いの生まれや肩書などよりも、『ウイングロード』という同じパーティメンバーとしての仲間意識の方がずっと強い。命を預け合う冒険者同士として、妙な遠慮はパーティ結成時に捨て去って久しい。
「ええ、いつもはお兄様と一緒でしたから。久しぶりですね、カイさん。ええと、一応は『神滅領域アヴァロン』で顔を合わせて以来でしょうか」
「ああー、天空戦艦シャングリラ、だっけ? スゲーよな、あそこまで動いてる古代遺跡なんて、俺でも初めてだったぜ」
嫉妬の女王と化して暴れに暴れたリリィをクロノが止めた後、ネルは救出され、深手を負ったカイはシャングリラで治療していた。
同じパーティメンバーではあるが、それぞれ全く別の理由で、同じ相手に挑むとは不思議な状況である。
「傷の具合はもう良いのですか」
「あん時はヤバかったなぁ。腹はグッチャグチャだし、両腕もぶっ千切られるし、スヴァルディアスの加護じゃなかったら余裕で死んでたわ」
ははは、と豪快に笑いごとではない致命傷を笑い飛ばす。
サリエルには心臓を貫かれ、リリィにはズタボロにされ、二度も生死の境を彷徨ったカイは、並みの騎士や冒険者では及ばない過酷な戦闘経験者である。
それでも、何らの恐れも悔いもなく、笑って語れる精神性こそが、カイの本当の強さなのかもしれない。
「すっかり、完治したようですね。傷跡も見受けられませんし、流石は古代の治療設備といったところでしょうか」
「おっ、流石はランク5の治癒術士。チラ見だけで診察完了かよ」
「元、プリーストです。それに、カイさんの傷跡は一番見慣れていますから」
「ははは、違いねぇ!」
いつも無茶な突撃しがちな前衛剣士のカイ。当然、生傷の絶えない男であった。
そんな彼を癒すのは、ネルの大事な役目……というより、他のメンバーは滅多なことでは負傷もしないので、ネルの治癒術が磨かれたのは、カイの貢献も大きいだろう。
「で、今日はどういう風の吹き回しだ。年寄りでもあるまいし、単なる思い出話に花を咲かせるつもりじゃあねぇんだろ?」
「本来なら、用がなくても顔を見に来るくらいの間柄になって、然るべきだったと思いますけれど」
以前の自分には、豪放磊落なカイに若干の苦手意識があったことは認められる。兄とカイは確かに友人ではあったが、自分はパーティメンバーという以上に、仲を深められたという自信はない。
今は、そんな風に勝手に一線を引いていた自分が恥ずかしくなる。
本当に好きな人へと迫ることに比べれば、友人として心を開くことくらい、ワケはない。
「ええ、今日はカイさんに一つ、お願いがあってやって参りました」
「まぁ、何でも言えよ。あのネル姫様が珍しくワガママを言うってんなら、聞いてやらねぇとな」
実に面白そうな表情を浮かべながら、カイはネルへと向き合った。
「私は、クロノくんのことが好きです」
「うん、知ってる」
「えぇええええええええええええ!?」
「いや何で驚いてんだよ」
「何で知ってるんですかぁ!?」
「お前、あんな態度してて気づくなって方が無理あるだろ。俺は別に女心に鋭いワケじゃあねぇけどよ、あんなの誰だって見りゃあ分かる」
その誰だって見れば分かるほどの態度でありながら、お察しできないのがクロノという男である。
カイは、色恋沙汰は自由でいいと思っているが、好き好んでそのテの話に突っ込んでいくほど興味もない。
ネルのクロノへの思いは、二人が接する姿を眺めていれば容易に想像がついたが、自らそれについて言及することは避けていた。下手なこと言って、藪蛇になっても困るから。カイなりの気遣いでもあった。
「そっ、そ、そうなのですか……」
「そりゃそうさ。だからネロの奴も、可愛い妹がとられそうで慌ててんだろうよ」
いい加減、妹離れの時期じゃねぇか、などとアヴァロン人では絶対に言えない冗談を飛ばしてカイは笑った。
「私の気持ちを存じているならば、話は早いです。カイさん、私に協力してください」
「おいおい、アカデミーの女子連中みたいなこと言い出すなぁ」
カイは幼少の頃から神学校へと通った身である。
男女共学の神学校では、10歳を超える頃になれば色恋話が俄かに活気づいてくる時期。クラスの女子が、誰が好きだとか、嫌いだとか、協力だとか妨害だとか……そんな恋愛の権謀術数をキャッキャとはしゃいでいたことを連想する。
「私は本気です。ですから、どんな手段も苦労も厭いません」
「なぁ、あんまり俺みてぇのが言うことじゃねぇかもしれないが……大丈夫なのか?」
「大丈夫です! むしろ私がクロノくんと結ばれなければ、アヴァロン王家メチャクチャにしてやりますよ」
「ヤベぇ、目がマジだコイツ」
本気の言葉に偽りナシ。
ネルの過激な発言にはカイをして引かせるほど。
「あー、分かった、分かったよ。そこまで言い切られちゃあ、何でも協力するぜ。つっても、俺にはそんな大したことはできねぇぞ?」
別に、いつもクロノと一緒にいるわけではない。
すでにクロノは神学校を卒業し、カイは在籍し続けている。お互いの立場も、以前とは変わってしまい、普段の生活の中では接点もできにくい。
そして、それはネルも同じである。
現在のネルは、再びスパーダへと留学中、ということになっている。婚約者候補のウィルハルト第二王子と仲を深めるためには、その方が都合が良い。
ネルとしても、クロノが帰って来るスパーダにいる方が良い。
親子で思惑は違っても、望む行動は同じであったので、ネルの留学再開は実にスムーズに決定された。
「今のところは、そんな大それたことをお願いするつもりはありません。ただ、クロノくんと会ったら、どんなことを話していただとか、些細なことでも構いませんので、教えて欲しいのです」
「はーん、地道な情報収集ってヤツか。健気だねぇ」
「相手はあまりにも強大です。やれることは、小さなことでもやるべきです」
「強大って、それどっちの意味で」
「どっちも、ですよ」
狙う相手は鈍感の化身クロノ。
そして、そんな彼の両隣にはリリィとフィオナがすでに居座っている。
かの妖精と魔女は、恋敵とするならば最強最悪と呼んでも過言ではないだろう。
「あの二人をどうにかすんのは無理だろ。流石の俺も、もう一度挑みたいとは思わねぇぞ」
「ええ、私も無様に敗れ去った身です」
排除を狙うのは得策ではない。
リスクが高すぎるし、何より、クロノは二人ともを必要としている。
それはクロノが嫉妬に狂ったリリィを文字通り命懸けで止めた結果が、何よりも証明している。
「ですから、私はまず彼女たちに並ぶところから始めなければいけないのです。たとえ三番目でも、四番目だとしても」
「まぁ、クロノは強ぇし、いい奴だけどよ……アヴァロンのお姫様が側室扱いでも構わねぇとまで言い切るとはな。こりゃあネロもミリアルド王も、聞いたら卒倒すんじゃねぇか」
「ご心配には及びません。そもそも、家族の目を気にして恋愛するなんて、情けない話だと思いませんか」
「王族がそれを言っちゃあお終いだろうよ。最悪、ネルがクロノと駆け落ちするって言いだしても、俺は別に止めねぇし、好きにすればいいだろ。国はほら、ネロがいりゃあどうとでもなるだろ」
「ええ、アヴァロンは第一王子たるお兄様が責任をもって継いでくれればよいのです。妹の政略結婚に期待するなど、器の小さなことはお兄様はなさりませんよ」
「おい、ネロ、お前の妹はもうとっくに兄離れしてるぞ」
愛する男のためならば、全てを捨ててついていく————なんて、恋愛物語ではお決まりの展開だが、今のネルはそれを実現させてもおかしくはない。
ネルはお姫様ではあるが、同時にランク5冒険者でもある。最悪、裸一貫で放りだされても、どこでだってやっていけるだけの強さを持つ。ましてクロノが伴侶ならば、二人でパーティ組んでも、すぐに高額クエストで荒稼ぎできるだろう。
生活に困窮し、愛想は尽き、情熱的な恋の駆け落ちもあっけなく破局、なんてありふれた結末にはなりそうもない。
「私はそれほどまでに本気なのです。ですから、カイさん、どうぞよろしくお願いします」
「分かってるって。大事なパーティメンバーの恋の応援くらい、やってやるさ」
ネロとしては冗談では済まされないだろうが、カイはクロノという男を認めている。ネルと結ばれても、素直に祝福できるだろう。
「ああ、そういえばカイさんには、もう一つお願いしたいことがありました」
「おっ、なんだよ?」
「お時間の空いている時で構いませんので、私と組手していただけませんか」
「へぇ……」
少年らしく快活に笑っていたカイの目が、俄かに獲物を見定めた猛獣の如く鋭い眼光を発する。
「神学校の生徒で、私の相手が務まるのはカイさんくらいしかいないので」
それをネルは、月を映した湖面のように静かな眼差しで受け止める。
剛の大剣使いカイ。柔の拳法使いネル。
どちらが強いのか、その決着はいまだについてはいない。
「よっしゃあ、望むところだ! 騎士選抜の決勝じゃあ、とんだ邪魔が入ったしな」
「そういえば、そんなこともありましたね」
上機嫌に笑うカイと、穏やかに微笑むネル。
「それにしても、まさかネルからそんなこと言われる日が来るとはな」
「私、今ならカイさんの気持ちがよくわかります。同年代に、相手になる人がいないというのは、腕を磨く上では非常に困りますよね」
「そうそう、そうなんだよ! 俺の相手になんのは、昔っからネロくらいしかいなかったからよぉ」
カイとネロ、性格が正反対で、どうにもソリが合いそうもない二人が、長らく友人として、パーティとしてやって来れたのか。その理由をネルは自分が強くなって、心から理解することができた。
カイにとっても、ネロにとっても、自分と同程度の実力者でなければ、真に対等な友人足りえなかったのだ。
無論、力の強さのみで友情を結ぶものではないし、上下関係が決まるわけでもない。
だがしかし、多感な少年時代に、自然に自分と合わせられる力を持つ者の存在は、大いに心を許せるものだ。
初めて王立スパーダ神学校にやって来た頃、いきなりはじまったカイとネロとの決闘騒ぎ。ネロにボロボロにされた地に伏したカイが、それでも嬉しそうに笑っていた。
どうしてこの男の子は負けて酷い傷を負っているのに、あんなに笑っていられるのか。幼心にネルの理解は及ばなかったが、今ならばよく分かる。
カイはあの時、ようやく遠慮なく付き合える同い年の相手を見つけたのだ。
「よろしければ、今すぐにでも手合わせを願いたいですね。早く戦わないと、腕が鈍ってしまいそうで」
「ネル、俺は今まで、なんだかんだお前のことはネロの妹、くらいにしか思ってなかったし、そういうつもりで接してきたが……今なら、お前とは本当の友達になれそうだぜ」
「奇遇ですね。私も同じ気持ちですよ」
男女の友情が、拳を通じて成立した瞬間であった。
そうして、以後、ネルとカイは神学校でよく組手をするようになる。
お互いに勝ったり、負けたり、を繰り返しながら、学生の腕前を遥かに凌駕したランク5冒険者同士の組手は、半ば神学校の名物と化し……そして、ネルとカイは実は付き合っているのでは、などと好奇の噂が流れ始めた頃、ついにクロノが帰ってきた。
時は戻り、曙光の月20日。
わざわざ自分の元を訪れたクロノと、久しぶりの再会を果たし、旧交を温めた後。
カイは珍しく自室で、筆をとり机に向かった。
「傭兵団を率いてダキアに警備クエストか……まぁ、こういう時に協力してやらないとな」
カイはネルに宛てて、手紙を書いた。
内容は、クロノがダキアに行くから、俺達も一緒に行こうぜ。なぁに、ダキア周辺のクエストを適当に受けて、偶然、現地で出会ったことにすればいいだろう。
「上手くいけば、ついでにシャルとも会えるかもしれねぇしな」
ウィルハルトと同じく、神学校を卒業させられたシャルロット第三王女は、スパーダ軍第二隊『テンペスト』について、今はスパーダ各地を巡ってモンスター討伐の日々を送っている。
ダキア村周辺地域に、大規模なモンスターの群れが出現中との最新情報を受け、『テンペスト』が急行中だと、カイは知っていた。
「ネルとシャルか、久しぶりに三人も『ウイングロード』のメンバーが集まるな。嫌だねぇ、早くも懐かしい同窓会みたいな気分になっちまうぜ」
まだそんな歳じゃねぇ、と思いつつ、カイは控えていたメイドに手紙を手渡した。
そうして、即日、ネルの元へと手紙は届けられ、
「カイさん、よくやりました! その案、採用です!!」
偶然を装い自ら出会いのチャンスを作る、姑息な恋愛作戦はネルを満足させ、すぐにダキア村まで遠征する準備を始めるのであった。
曙光の月も終わろうか、という頃だった。
スパーダ四大貴族、ハイドラ家へ事前連絡もなく訪れた客がいた。
本来なら、門前払いとされるが、その客はハイドラ家の門番にも使用人にも最敬礼をとられた上で、屋敷へと通される。
「————久しぶりね」
応接室で待ち構えていたのは、当主ではなく、その娘。サフィール・マーヤ・ハイドラである。
彼女は怜悧な細面に、珍しくも微笑みを浮かべて、訪れた者を歓迎した。
「ああ、久しぶりだな、サフィ」
「いきなり来るのは、相変わらずね、ネロ」
客の正体は、ネロ・ユリウス・エルロード。アヴァロンの第一王子。
第5次ガラハド戦争後は故郷へ帰ったきり、スパーダ留学に戻ることはなかった。今の身分としては、アヴァロン帝国学園の一生徒である。
「その様子だと、また無断で国を飛び出してきたってところかしら」
「許可はとってきたさ。けど、目立ちたくはない」
「そう、それで従者なんて連れているのね、珍しい……あら、貴女は」
サフィールの視線が、ソファに座ったネロの後ろにひっそりと立つ、一人の従者へ向けられる。
「貴女も久しぶりね、セリス。それとも、すでに王子護衛の公務に就いているなら、アークライト卿と呼んだ方が良いのかしら」
「騎士選抜以来ですね、サフィール。名前呼びで構いません、この身はいまだ学生のままですからね」
静かに返答するセリスは、ネロがアヴァロンから唯一伴ってきた者だ。
アヴァロン十二貴族、その中でも別格の御三家と呼ばれる公爵家、その令嬢がセリスである。ただの護衛、ただの召使にするには、いささか格が高すぎる。
しかし、セリスはただの従者のようにおとなしく付き従う態度を選んでいた。
故に、サフィールがセリスにも着席を促しても、彼女はそれを固辞した。
「お忍びでスパーダまでやって来て、どういうつもり?」
「ネルとシャルは、今どこにいる」
「それを聞くためだけに、私のところにきたわけ?」
「サフィ、お前に聞くのが一番早いだろ」
基本的に自分の屍霊術の探求と僕制作にしか興味がないようなサフィールであるが、これでいてメンバーそれぞれの動向は常に把握している。
興味はなくとも、情報はきっちりと揃えておくのがサフィールの、いや、ハイドラ家のやり方だった。
「まぁ、いいけどね。二人とも、首都にはいないわよ」
「ネルもいないのか?」
第三王女シャルロットが、今は学園を卒業し、スパーダ軍第二隊『テンペスト』に所属し、スパーダ領内を転々としながら活動していることは本人からも聞き及んでいる。
首都に帰還することもあるが、基本的には広大なスパーダ領のどこかを騎馬で駆け回っているだろうことは承知の上だった。
しかし、ネルはスパーダ留学を再開した学生身分のままであり、かつ、『ウイングロード』が実質的な解散状態にあるので、クエストに出かけるなど、首都を離れる理由がそうそうあるとは思えない。
「カイとクエストに行ったわよ」
「アイツと二人で? ネルが? なんでまた、そんなことに」
「最近、仲いいわよあの二人。意外とお似合いじゃないかしら」
「カイはありえねぇ」
「騎士選抜の決勝、貴方は見てないでしょ。邪魔が入らなければ、選抜史上に残る名勝負になったわよ」
ネルが古流柔術の修行に勤しんでいることは知っているが……だからといって、今更、カイとの仲が急接近するのは、ネロとしては全く実感の湧かないことだった。
「一応、『ウイングロード』としてクエストを受けている形になっているわ」
「お前は一緒に行かなかったのか?」
「ネロがいないんじゃ、行っても意味ないし」
つまらなそうに、サフィールは言い放つ。ネルとカイの二人には、心底興味はないといった表情だ。
「受けたクエストは」
「冬恒例の、ダキア領警戒クエスト」
「……なんでそんな地味なクエストを」
「そこにクロノがいるからよ」
その一言で、ネロの眉は跳ね上がる。
次の瞬間には激高した叫びの一つでも出そうな気配だったが……一度、固く目をつぶって、その怒気は腹の底へ押し込まれたようだった。
「ネルだけじゃなくて、カイもクロノとは随分と仲良くなってるみたいね。かなりハードなクエストを一緒に行ったとか」
実際、これまでにないほどの重傷を負っていたのも事実であった。
あの頑丈なカイが両腕欠損に胴体に大穴が空くなど、一体どんな化け物と戦ってきたというのか。
「そして、シャルのいる『テンペスト』も、ダキア領に向かったわ」
「なんだと、そんなにダキアはヤバいことになっているのか」
「ついこの間、大規模なモンスターの群れが確認されたそうよ。それも複数。今頃、近くの村は一つくらい壊滅しているかもね」
スパーダ軍第二隊『テンペスト』の平時における主な任務は、騎馬兵中心の機動力を生かして、領内で出現するモンスターに速やかな対応をすることだ。
モンスターはどこのダンジョンからでも、大きな群れや、強力なはぐれ個体、あるいは暴走など、突発的に現れる危険性が常にある。それはスパーダに限らず、どこの国でも同じ事。
国の事情などお構いなしに、突如として出現するモンスターへの即応部隊が『テンペスト』である。
つまり、この軍が差し向けられるということは、その地域が危機に陥っているということを意味する。
「分かった。ありがとな、サフィ、助かった」
「ネロ、行くの?」
「ああ、すぐに行く」
「ちょっと待ってくれるかしら」
「悪いが、今はゆっくりしている時間はねぇ」
「女が準備を整える時間くらいは、待ちなさいよね」
そんなサフィールの返答に、ネロはやや怪訝な表情を返す。
鈍いネロの反応に、彼女は薄く笑って言う。
「私も一緒に行くわ。久しぶりに、『ウイングロード』全員集合になりそうね」