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黒の魔王  作者: 菱影代理
第38章:引き裂かれる翼
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第778話 傭兵団(2)

「————ハッ!?」

 と目が覚めた瞬間、プリムは死にたくなった。

 自分の失態をすぐに思い出したせいである。

 よりにもよって、神である主人の前で、無様にも倒れるなど……ホムンクルスとして決してあってはならない、いや、ありえない大失態である。

 やはり、自分は欠陥品で今すぐフュージョンリアクターに飛び込むべき、と負の思考に囚われるよりも前に、声がかけられた。

「目覚めたようですね」

「……サリエル様」

「私に敬称はいりません。私の肉体は人造人間ホムンクルス、貴女達と同じ。いいえ、奴隷である分、私の方が身分としては下になる」

 サリエルにとっては、単なる事実に基づいた自己申告に過ぎない。

 しかし、その言葉を聞いたプリムの胸中には、俄かに燃え上がるような強い感情が湧き上がる。

 クロノが直々に己の奴隷とした、唯一の存在。

 壮絶な殺し合いをした仇敵でありながら、その罪を全て許され、直近に侍ることをクロノに望まれるホムンクルス。

 その出自も経歴も、とても同じホムンクルスとは言い難い。

 サリエルはあまりにも、特別だった。

 そんな彼女と、こうして相対した時、胸の内に湧き上がる感情の名前を、プリムはまだ知らなかった。

「ご主人様ロードは……」

「マスターは外出中です。しかし、倒れた貴女のことを、とても案じていた」

「はぅ!」

 許されない失態を演じた悔恨を超える、歓喜を覚える。

 けれど、主が自分のことを気にしてくれたことを喜んだ気持ちを、プリムは恥じた。

「プリム、貴女はマスターに対する感情が、他のホムンクルスよりも強い」

「そんなことは、ありません。我々は同一の性能を持つよう作られている。タイプはセクサロイドですが、中身プログラムに違いはない」

「貴女の抱く気持ちが、私には分かる。その感情は、構造的欠陥でも、致命的エラーでもない」

「どうして……どうして、分かるのですか」

「己の愛は恥ずべきではなく、誇るべきものだということを、私は学習した」

 愛の力によって、サリエルは負けた。

 使徒である自分を倒すために、クロノに協力したリリィとフィオナの献身は、ただ愛するがため。

 そして、嫉妬に狂ったリリィを止めるべく挑んだ時、サリエルが負けたのは彼女の愛の深さに及ばなかったから。

 愛というただ一つの感情が、使徒さえ倒す力の原動力になると、サリエルは認めている。そして何よりも、高らかに愛を語る彼女たちの姿は、何よりも輝いて見えた。

「これが私の欠陥ではないと言うのなら、どうすれば良いのですか。このままでは、私はロードが期待する働きをすることができない……」

 頭を撫でるだけで倒れられては、仕事にならないのは当然だ。

 単純な身体的な接触だけではない。きっとプリムには、クロノに見られ、その気持ちを向けられるだけで、耐えがたい感情の暴走が起こるだろう。

 神の意思を受けるには、あまりに人の身は脆弱過ぎた。

「私には、その具体的解決策を提示することはできない」

 サリエルとて、己の内にある感情を制御しきれていない。白崎百合子の呪いに蝕まれる内心を、とても曝け出すことなどできはしない。

 この気持ちをどうすればいいのか……教えて欲しいのは、サリエル自身の方だ。

「ですが、この問題の解決に最適な人物を紹介することができる」

 サリエルはホムンクルス共通の無表情、だが、そこはかとなく自信に満ちた確信をもって、その名を呼んだ。

「メイド長、後はよろしくお願いします」

「はーい、新人の教育はこのメイド長ヒツギにお任せですよ、サリーちゃん!」

 バーンと扉を開けて登場したのは、プリムと背丈は変わらない、だが胸は平らな幼いメイド少女。

 足首に届かんばかりの長い黒髪をフワフワとなびかせながら駆け寄ってくるのは、疑似水属性『黒水アビスドロップ』によって体を構築して自立行動をとるヒツギだ。

 サリエルはこの問題の解決を、よりにもよって人ですらない『呪いの武器』に一任したのであった。

「貴女がプリちゃんですね。見てましたよ、ご主人様にナデナデされで、派手にぶっ倒れた困ったちゃん!」

「ぐうっ……」

 と、ぐぅの音しか出ないプリム。

 痛いところを抉るようなヒツギの発言だが、紛れもない事実でもあるが故にショックは避けられない。

「悩んでいる場合ではありませんよ、プリちゃんはご主人様からご指名をいただいた身。ならば、全身全霊をもってご奉仕できなくては、メイド失格です!」

「申し訳ございません」

 初対面の呪いの武器に平身低頭のプリムに、ヒツギは実に満足そうな表情を浮かべる。

「ですが、このご主人様の最初のメイド、起源にして頂点たるメイド長ヒツギが、ダメな新人ちゃんをビシバシ教育で即戦力ですぅ!」

「ほ、本当ですか」

 プリムの喰いつきに、ますます気をよくしたヒツギは、その平らかな胸を大いにのけぞらせて、宣言した。

「このメイド長ヒツギに、全てお任せですぅ!」

 そして、ビシっと指をさす決めポーズで、ヒツギは最初のオーダーを下す。

「まずはプリちゃん、ご主人様に頭を撫でられる練習からいくですよっ!!」




 傭兵団結成を宣言した後、俺は屋敷を出てスパーダの工業区へと向かった。

「この辺は初めて来るな」

 今までは全く馴染みのなかった場所である。

 普段はストラトス鍛冶工房がある一角だけで、装備品関係の用事は済む。この工業区はより大型の工場が立ち並び、アダマントリアに似た雰囲気が漂っている。

 現在、ここにはライフルの製造工場がある。

 レギンさんの伝手を使って、あのモルドレッド武器商会から、工場設備を一部間借りして『クロウライフル』の生産をシモンが始めたのは、ちょうど俺達がカーラマーラに向けて旅立つ頃のことである。

 少しずつライフルが売れてきたことで、今では使っている工場も拡張されたそうで、今やその工場がシモンの拠点となっている。学校、まだ卒業してないだろうに、大丈夫なのだろうか。

 まぁいい、その辺も含めて、俺はシモンに会いにきたワケだ。

「こちらでございます」

 案内は第二実験部隊『シルフィード』の隊長を務めている女性のホムンクルスだ。確か、F-0049だったか。

 ナンバー呼びはマジで覚えられないけど、俺も49番だったから、この人はちゃんと覚えている。

 シルフィードはサラマンドラと違い、シモンが製造する方の銃火器の使用を担当しているので、普段から行動を共にしている。

 当然、この工場も職場の一つであり、毎日通っている場所だ。

「シモンはいるだろうか」

「この時間でしたら、すでに業務についておられます」

 間違いなくいる、との返答を受けて、迷いなく進む彼女に続いて、俺は工場へと立ち入った。

「あっ、シクさん、おはようございまーす!」

「今日遅いっすね、おはようございまーす」

「おはようございます」

 大きな炉に火が灯り、魔法陣の輝きがスパークする、絶賛稼働中の工場内において、場違いなメイド服の女性であるF-0049だが、中の作業員たちにはとっくに慣れたように、顔を見るなり元気な挨拶がそこかしこから飛んで来た。

 随分と、馴染んでいるようだ。

 ホムンクルスだからちょっと心配していたが、リリィの言う通り何の問題もないようで、ちょっと安心である。

「シクさん、って呼ばれているのか」

「はい、不本意ながら、ここでは正式名称ではなく、勝手な略称による呼称がまかり通っております」

「いいじゃないか。でもシクだとただの愛称っぽいから、もうちょっと女性らしい感じで……よし、お前の名前はシークだ」

「イエス、マイロード。直々に名前を賜り、光栄の極みにございます」

 彼女もこれから傭兵団になる一員だ。とりあえず団員は全員ちゃんと名前をつけようと思っているが、100人分のネーミングである。流石の俺でも厳しい作業と言わざるを得ない。

 なので、こういう思いついた時につけておかないと……と思ったが、もうちょっと場所を選べばよかったと直後に後悔する。

「すげぇ、シクさんが跪いてるぞ」

「マジかよ、アイツが本物のご主人様か」

「なんだっけ、ウチのスポンサーの、ナントカマスター?」

「そうそう、スパーダの英雄! 凄腕の冒険者なんだろ」

「俺もあんな美人に傅かれてぇー」

 ワイワイと作業員が盛り上がり、好奇の注目集めまくりである。

 とりあえず、仕事の邪魔になりそうだから、さっさと行くとしよう。

 そうして、F-0049改めシークに再び先導されて、俺は工場の奥へと進んだ。

 研究室、立ち入り禁止、と薄汚れた立て札のかけられた、両開きの鉄扉の前で、シークは立ち止まる。どうやら、ここらしい。

 重そうな鉄の扉を、彼女は細腕で難なく開け放つ。

 すると、奥に並ぶのは三機の機甲鎧。

 そして、その前にうずくまっている、灰色頭の小さな背中があった。

「シモン!」

「あっ……お兄さん!? 帰って来てたんだ!」

 ああ、久しぶりの再会である。

 駆け寄って、その小さな体を抱き上げる。

「うわわ、ちょっと!」

「久しぶりだな、会いたかったぞ」

「もぉ、大袈裟なんだからー」

 などと、ひとしきり再会を喜び合ったところで、あらためてシモンに向き直る。

「ん、なんかちょっと、やつれてないか?」

「そうかな、別に元気だけど」

 果たしてそうだろうか。出会ってからしばらくの間、本気で女の子だと思っていた美少女フェイスだが、今や肌は青白く、眼の下には色濃い隈が。

「おいおい、大丈夫か、かなり疲れてるんじゃないのかこれは」

「まぁ、最近はちょっと忙しいからね。クロウライフルの生産も軌道に乗って来たし、機関銃もようやく完成できたし、その上、古代の武器に機甲鎧の研究もあるし、ああ、あとリリィさんからも色々と頼まれてるし————」

「どう考えても働きすぎだ!」

「大丈夫だって————あ、シクさん、おはよ、来てたんだ」

「おはようございます、シモン様。昼食のお時間です」

「もうそんな時間かぁ……あっ、もう手持ちが尽きたんだけど、シクさん持ってない?」

「どうぞ」

 などと実に慣れた様子でシークがシモンに、チョコバーみたいなものを差し出すのだが、アレ、物凄い見覚えあるんだが。

「おいシモン、それ」

「ああ、コレ? カロブーって言うんだけど、これ一本で一日の栄養が摂れるんだって。便利でいいよね、美味しくないけど」

 苦笑いしながら、テーブルに置いていた冷めたコーヒーに、虚無の味と謡われた完全栄養奴隷食『カロリーブロック』をジャブジャブ突っ込んで、頬張るシモン。

 美味しくないのは知っている。だが、それを何の躊躇もなく、コーヒー漬けにして素早く食べきり、終了。

「いやぁ、忙しくてさ、最近ずっとコレだよ」

「シモン様、機甲鎧『ヘルハウンド』のデータ復旧率に15%の遅延が認められます」

「ええー、結構頑張ったんだけどなぁ……これ今日も徹夜かな」

 何の感情も浮かばない濁った瞳でヘラヘラ笑ってそんなことを言うシモンを見て、俺は全てを察した。

「働き過ぎだ馬鹿ぁ! 今すぐ帰るぞ!!」




 ドン引きのブラック勤務形態が明らかとなったので、いつ過労死してもおかしくないシモンを強制的に連れて、俺は屋敷へとトンボ帰りを果たした。

 風呂に入れて、サリエルお手製の胃に優しい温かい食事をとらせて、フカフカのベッドに寝かせると————ようやくシモンの瞳に、人間らしい命の輝きが戻ってきた。

「いやぁ、心配かけてゴメンね、お兄さん。つい熱中しちゃって」

「気持ちは分かるが、限度ってもんを考えろよ……」

 元々、開発欲の旺盛だった錬金術師である。銃の開発に古代の遺物と、やりたいことがありすぎて夢中になるのも分かるが、まさかここまでになっているとは思わなかった。

「お前らも、シモンを働かせすぎるなよ」

「大変、申し訳ございません」

 一緒にいたホムンクルスも、職務に忠実過ぎる分、悪い方向に働いた。

 その気になれば永遠に働き続けることも苦ではない彼らに合わせていれば、そりゃあ食事はカロブーで済ませ、朝から晩まで、みたいなライフスタイルにもなるだろう。

「はぁ、こういうとっから、変えていかないといけないのか」

 ホムンクルス本人にとっても、過労は避けるべき問題だ。

 本人は何とも思わなくても、いきなりぶっ倒れられても困るしな。体調管理も仕事の内というワケだ。

 俺が目指すべきなのは、断じてブラックな職場ではない。ホワイト、そう、ホワイトな傭兵団を作らなければ。

「————ふーん、なるほど、それで傭兵団ね」

「ああ、それが今の目標だ」

 落ち着いたところで、シモンにはカーラマーラであったことと、今後の方針について説明を終えた。

「いつかそういう風になるんだろうなと思ってたけれど、ようやく、って感じだね」

「上手くできるかどうかは、不安だけどな」

「大丈夫だよ。アルザスの時だって、上手くまとめられたんだから」

「仲間に恵まれただけさ。俺は大したことしちゃいない」

「そんなことないよ」

 そう言えるのは、あの戦いの数少ない、あまりにも少なすぎる生き残りであるシモンだからこそ。

「それにしても、まさかカーラマーラ一国を丸ごと手に入れてくるなんて……話だけだと信じられないよ」

「俺も実感は全くない。実際、どこまで上手くいくかは、リリィ次第だから」

「えっ、お兄さん、リリィさん一人に任せてきちゃったの?」

「色々あって、俺は自分の無力ってやつを実感させられてな……今の自分にできるのは、傭兵団率いるくらいが精々だ。だから、国のことはリリィに丸投げした」

「ああ、そんな、ストッパーのいないリリィさんとか……」

 何故か遠い目をするシモン。

 何を心配しているんだか。リリィが俺に、子供が奴隷にならない国を作ると約束してくれたんだから、絶対に上手くやれると俺は信じている。

 もっとも、そんなに今すぐ何もかも上手くできるとまでは思っていないが。

「ともかく、重要なのはカーラマーラを今後、十字軍と戦うための本拠地として使える、ということだ」

 どこまでリリィのカーラマーラ掌握が上手くいくかは未知数ではあるが……仮に上手く統治ができたならば、それは一国の軍事力も手に入るということだ。

 カーラマーラは国土そのものは小さいが、大迷宮に支えられた特別な街である。その人口は正確な数字は知れないが、100万は超えていると聞いている。

「俺はカーラマーラ軍を設立するなら、武装は銃をメインにしたいと思っている」

「おおお、凄い、一気に需要拡大だね! でも、ホントに大丈夫?」

「カーラマーラは元々、発達した街だ。銃を生産できる工場設備は整っているし、何より、大迷宮という古代遺跡がある」

「なるほど、生きた古代遺跡をそのまま利用できるなら……うん、十分、可能性はあると思うよ」

「その辺も含めて、シモンには近いうちにカーラマーラに来て欲しい」

「転移できるようになるんだっけ?」

「今すぐは無理だが、その内な」

「それじゃあ、本格的にそっちに拠点を移してもいいかもね」

 安全という観点で見れば、大陸の最南端にあるカーラマーラは最も十字軍の侵攻地点から離れている。ガラハド山脈を挟んで十字軍と対峙しているスパーダよりも、よほど安全だ。

 また、周囲を大砂漠に囲まれているので、侵攻するには大船団が必要となる。海に囲まれているのと同じように、自然の地形で守られている。

「今のところはリリィ次第だが、俺達の本拠地はカーラマーラになるだろう」

「でもお兄さんはスパーダにいることになるんでしょ?」

「そりゃあ、十字軍との最前線だからな。カーラマーラはリリィに任せて、俺は傭兵団という即戦力を速やかに育てなきゃいけないってことだ」

 山の向こうの十字軍に大きな動きはない、と聞いているが、とても油断はできない。

 ダイダロス領だけでも広大だ。一年もあれば、植民地化もかなり進んでいるだろう。

 大陸のモノリスに手出しをする暗躍がなくても、奴らは正攻法で十字軍の勢力を増していくだけの土地も人もあるのだ。

「そういうワケで、俺はこれからギルドに登録しに行ってくるよ」

「じゃあ僕はそろそろ工場に戻————」

「シモンは明日まで、いや、明後日まで休みだ。カロブーも禁止」

「ええー、しょうがないなぁ」




 シモンをベッドで休ませているが、俺はまだ休むワケにもいかない。

 俺は傭兵団となる103名全員を連れて、一路、スパーダ冒険者ギルド本部へと向かう。

「クロノ君、おかえりなさい。無事に戻って来て、なによりだわ」

「ああ、エリナ、久しぶり。昨日帰って来たよ」

 受付嬢エリナと会うのも随分と久しぶりだ。

 一応、彼女は『エレメントマスター』の担当でもあるので、ギルドに戻ればまず顔を合わせることになる。

「それで、今日は帰還の挨拶だけ?」

「いや、大事な用事がある」

 ひとしきり、再会を喜び合い、ざっと旅の概要を伝え、ついでにお土産も渡したところで、本題に入る。

「実は、傭兵団を立ち上げようと思って。登録をしたい」

「えっ、傭兵団を!? それはまた、随分と思い切ったわね」

 驚かれはしたが、それほど怪しまれることはなかった。

 ランク5まで名を挙げた冒険者なら、さらなる武功を求めて傭兵団を結成する、というのもありえないことではない。

 十字軍がいなくても、パンドラ大陸には傭兵が活躍する余地がある程度には、争いごとはある。大国同士の戦争こそないが、小競合いなんかはどこかしらで起るものだし、それに加えて大規模なモンスターの出現なんかもある。

 アダマントリアでフレイムオークの軍勢が襲ってきたように、ああいうモンスター軍団の脅威はどこの国も免れ得ない。故に、たとえ人同士の争いが少なくても、対モンスターという面だけで傭兵の需要は常にある。

「登録は冒険者ギルドでいいんだよな?」

「はい、承っておりますよー」

 傭兵ギルド、というのは存在していない。

 冒険者ギルドという組織が整っていることと、傭兵自身が個人では冒険者というのが大半なのも理由だ。傭兵団に所属して、冒険者の身分は持たない方が珍しい。

 依頼を管理するという面でも、冒険者ギルドの組織力と信頼性は確かなものだ。

「それでは、こちらの書類に記入をお願いします」

 傭兵団の登録書類である。

 団名、団長、副団長、活動拠点、規模、などなど、基本的なことを記入していく。

 流石に団員の名前全員を書類一枚で記入する必要はないようで、ギルドカードの写しなどを別途添付するようになっている。

「先に団員を冒険者登録した上で、団員にしようと思うんだが、いいか?」

「分かりました。人数は何名ほど?」

「100人」

「なかなかの大所帯ですね。クロノ君、どこから連れてきたの?」

「カーラマーラでちょっとな」

 ホムンクルスという戸籍の存在しない人間達を、違和感なく冒険者登録させるための手は打ってある。

 それは、あらかじめホムンクルス達の年齢性別に近しい人間の戸籍を、そのまま流用するのだ。どこから? 決まっている、カーラマーラからだ。

 すでに団員用に見繕ったカーラマーラ人の戸籍を必要な人数分、用意してある。表向きは、名前もその人のモノをそのまま使うことにしている。

 どうせこの戸籍の本人ははるか遠くカーラマーラ在住で、確認する術などない。それでいて、実在の人物ではあるから、リアルな経歴は丸ごと手に入る。

 ひとまず、これでスムーズに進むだろう。

「団員はここにおられます?」

「全員揃っている」

「かしこまりました。人数が人数ですので、別な窓口へ案内させていただきます」

 そうして、エリート受付嬢モードなエリナが、万事滞りなく手配してくれて、実にスムーズに傭兵団登録は進んだ。

 ホムンクルス達が個別に冒険者登録を進めている傍ら、俺は登録書類作成に戻り……最後の最後で、筆が止まった。

「えーと、クロノ君、もしかして」

「すまん……実はまだ、団名を何にするか決めかねていて」

「クロノさん、別に『クロノ傭兵団』でいいんじゃないですか」

 はぁ、と後ろに立つフィオナがため息をついている。

 フィオナは特に団名にはこだわりがない模様。どうせ俺が団長なんだから、そのまま名乗ればいい、みたいなスタンスである。

「いや、しかしだな……」

「この期に及んで、コレというアイデアが出ないのであれば、『クロノ傭兵団』でいいでしょう」

「えーと、クロノ君、私もシンプルで悪くないと思うけれど」

 そりゃ分かりやすくシンプルで、決して悪い案ではない。ないのだが、折角の傭兵団、こだわって名前をつけたいじゃあないか! カッコいいのを!

「……サリエルは何かいい案ある?」

「暗黒騎士団」

「なに?」

「暗黒騎士団」

 堂々と恥ずかしげもなく、サリエルは言い切った。二度も。聞き間違いでは断じてない。

「なんで『暗黒騎士団』なんだ?」

「いずれ、彼らは魔王の騎士となる。故に、暗黒騎士団」

「よし、採用だ」

 サリエルがどういうつもりで言ってんのかイマイチよく分からなかったが……しかし、その迷いなくカッコよさそうな理由を言ってのけたことに惚れた。

 いいだろう、俺が率いるのはただの傭兵じゃない、暗黒騎士だ。

 お前らは白き神の十字軍を地獄へ叩き落とす、闇の騎士なのだ。

「今日から俺達は、『暗黒騎士団』だ!」

 傭兵団なのに騎士団名乗っていいの? という素朴な疑問が脳裏に過ったが、無事に受理されたのでOKらしい。

 なんでも、傭兵団だが騎士団と名をつけることは割とよくあることなのだとか……みんな、考えることは同じか。いや、それだけ騎士団という存在への憧れもあるのだろう。

 ともかく、これで傭兵団は無事に結成した。

 あとは手ごろな依頼を受けるだけ。

 俺達の方は順調だが、リリィの方は、果たして上手くいっているのだろうか……

 2020年6月26日


 コミック版黒の魔王、第20話、更新してます。

 まだお読みでない方は、どうぞこの後にでも『コミックウォーカー』か『ニコニコ静画』へどうぞ!

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― 新着の感想 ―
「……サリエルは何かいい案ある?」 「暗黒騎士団」 「なに?」 「暗黒騎士団」 このくだり、好き!
[良い点] 暗黒騎士団というネーミングがかっこいいことです。 [一言] 流石にクロノ騎士団は著作権で駄目だと思いました。
[一言]  命名、暗黒騎士団。 クロノはホワイト勤務の傭兵団を目指すみたいだけど、ミア様の時代に同じ役割を担っていたであろう騎士達は(神滅領域勤務の)死んでも働く超絶ブラック労働が続いているので、そう…
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