第777話 傭兵団(1)
翌日、曙光の月18日。
「全員、揃ったな」
朝食を終えた後、俺達は屋敷の無駄に広い庭へと集合した。
俺、フィオナ、サリエル、だけではない。屋敷で働くセバスティアーノとロッテンマイヤー含む、執事とメイド。そしてアインを筆頭に、現在スパーダで活動しているホムンクルス達全員を、ここへと集めた。
総勢100名を超える人数が集まり、この屋敷に住んで以来の賑わいである。
もっとも、人数の大半を構成するのは忠実無比なホムンクルスであり、一糸乱れぬ整列で、私語の一つもなく、真っ直ぐに前に立つ俺を見つめている。そんな真剣な視線が殺到すると、緊張するな……
「すでにリリィから命令は下っていると思うが、あらためて言おう。今日ここに集まった全員が、これからは俺の傭兵団の団員として活動してもらう」
「イエス、マイロード!!」
完全に声が一致した返答が響き渡る。
あまりの大声に、お隣さんのハーフリング一家が何事かと、家の窓からこちらを覗いていた。
「フィオナ、防音結界とかってできる?」
「簡単なものなら、すぐにでも————『風壁』」
轟々と激しく渦巻く風の壁が、屋敷の庭を覆いつくす。専用の防音結界ではないが、これで多少の大声も外に漏れて近所迷惑にはならないだろう。
「俺は今まで、ただの冒険者でしかなかった。これほどの人数を率いて戦った経験は、たったの一度だけ。それも、一生後悔するほどの大敗を喫した」
今ここにいる人数は正確に数えて103名。奇しくも、アルザス防衛戦を戦った冒険者同盟と同じ人数となっている。
「だが、俺はリリィに言われて、ようやく覚悟を決めた。俺はもう一度、人を率いて十字軍と戦おうと。奴らに対抗するには、俺だけでも、『エレメントマスター』だけでも足りない。もっと力が、より大きな戦力が必要だ。そのために、まずは傭兵団を結成する。お前達全員の力が必要なんだ」
「イエス、マイロード! 御身に全てを捧げます!!」
最初から忠誠心マックスといった迫力である。
事実、主人には絶対服従するように製造された人造人間だ。配下としては理想の一種であろう。
そんな彼らを都合よく使うことになる、罪悪感もある……だが、俺達に手段を選んでいられる余裕はない。使えるものは何でも使う。
だが、たとえ彼らが一心に捧げる忠誠が単なる本能に過ぎないとしても、俺はそれに報いるだけの主でありたいと思う。
無駄死にはさせない。彼らはアルザスで率いた冒険者と、何ら変わらぬ一人の人だ。
「これより、詳しい配属を伝える」
シャングリラで作られたホムンクルスは、基本的には同一性能とされている。だが、俺とリリィの戦いを始め、すでにある程度の経験を積むことで、個体差が生まれている。彼らの中にも、向き不向きがあるのだ。
リリィはそういった才能や適性を見極め、大まかに役割分担をさせていた。俺はその能力適正評価に基づいて、部隊編成を決めた。
「まずは、俺が直接率いる、重騎兵の部隊。第一実験部隊『サラマンドラ』と冒険者パーティ『ピクシーズ』を合わせ、20名で編成する」
現代でも騎兵は戦場の花形である。軍の主力は基本的に数を揃える歩兵ではあるが、戦局を一変させる突撃力と機動力は騎兵でしか持ちえない。
地球の歴史においても、この騎兵を上手く使った者が大勝利を飾る英雄となっているし、この異世界でも似たような例が数多く語られている。
ただし、竜騎兵や天馬騎士などの空飛ぶ騎兵は完全に騎兵の上位互換になるが……これを軍として運用できるほどの数で編成するのは、大国クラスでないと難しい。
運用できるところが少ないので、戦場の花形はどこの国でも最低限は揃えられる騎兵ということになる。
「重騎兵は、当然だが馬上戦闘もできる実力がなければ務まらない、最精鋭だ。装備も、現状使用できる古代兵器で全て揃える」
たかだが20の騎兵など、一つの戦場で見ればあってないような規模だが、俺達が持つ最大のアドバンテージは、リリィが復活させた古代の武装の数々である。
天空戦艦という古代の軍艦であるシャングリラにはそれなり以上の歩兵用装備が眠っているし、ついこの間に解放したカーラマーラ大迷宮の第五階層にも、歩兵用のモノなら充実した品揃えであった。山のような金銀財宝は手に入れ損ねたが、即戦力の強力な武装が手に入ったのは大きい。
「アインには重騎兵隊の副隊長を任せる」
「謹んで拝命いたします。身に余る光栄、必ずや勤めを果たしてご覧に入れます」
副隊長に任命したアイン以下、重騎兵となる者達も一様に膝をつき、頭を垂れている。
彼らは全員、リリィが最優秀と認めた者達だ。
第一実験部隊『サラマンドラ』は、古代の武装を使用する実戦訓練を重ねている。メンバーはアインを筆頭に、最初の9人。その内、今も別任務についているアハトとノインを除いた8人と、追加で選抜された優秀者2名を加えた10人の構成。
彼らはただ射撃場でぶっ放すだけではなく、アヴァロンやスパーダの近郊で実際にモンスターを相手に実戦に次ぐ実戦をひたすら行ってきた。
魔法の銃であるEAシリーズをはじめ、古代兵器フル武装の彼らは冒険者として堂々と活動させるのは控えているので、誰にも見つからないよう、ダンジョンに分け入って戦っている。
倒したモンスター素材は、真っ当に冒険者活動をしている『ピクシーズ』に横流しすることで、ギルドから報酬も得ている。稼げるところは、稼いでおかないともったいないし。
冒険者パーティ『ピクシーズ』の方は、ツヴァイをリーダーとして、他の選ばれた優秀者を率いて、アヴァロンやスパーダで活動させている。特に問題は報告されていないので、普通の人間として溶け込むことができているようだ。
この『サラマンドラ』と『ピクシーズ』は、どちらも乗馬経験は十分だ。人数分の騎馬をリリィは自腹で買い与えて、使わせていたという。ランク3以上の冒険者として活動するなら、騎馬は必要だからな。
そういうワケで、実戦と乗馬の経験を加味すると、重騎兵として今すぐ戦えるのは彼らしかいない。ホムンクルスの中でもスーパーエリート、実に貴重な人材である。
「次に、フィオナが率いる魔術師部隊だ」
「えっ」
「何でそこで驚く」
「大丈夫ですか、クロノさん。私に指揮経験はありませんよ?」
堂々と人の頭を疑うような物言いである。
フィオナとしては、今まで通りに動いて、ホムンクルスが何人いようが関係ない、みたいな気でいたんだろう。
「こういうのは、今の内に経験しておいた方がいいんじゃないか?」
「果たして、そうでしょうか。私はリリィさんと違って、テレパシーで心を読んではマインドコントロールできるような才能はありません。私もリリィさんも共にぼっち人生でしたが、私の方が筋金入りです」
「それ自信満々に言うことかよ……」
確かにコミュ力という点では、リリィの方が圧倒的に上ではあろう。幼女にしても少女にしても、あれで空気は読めるし、人の心の機微には非常に敏い。お陰で重要な交渉事もリリィに丸投げだ。そう、カーラマーラのように。俺どんだけリリィに仕事任せてるんだよ……
「ホムンクルスは命令に忠実だ。みんな言うことを聞いてくれるいい子だぞ」
「でも私が直接的に命令権を握っているワケではないですよ」
「そこはほら、ちゃんと権限移譲するから」
「そもそも私、シャングリラでリリィさんと戦った時、最後にホムンクルスに撃たれて負けましたし」
「過去のことは水に流してくれよ。悪気があって……いや、悪気以前の問題だが、とにかくホムンクルスはリリィの命令に忠実に従っただけだ。彼らに責任を被せてやるなよ」
「そう言われると、一理はありますね。所詮、ホムンクルスは創造主に従うだけの道具に過ぎませんから。自分を斬った剣を恨む人はいませんよね」
銃が悪いのではなく、銃を撃つ者が悪いのだ、みたいな論理である。
ホムンクルスに自我がないのなら、全ては撃てと命じたリリィの責任とも言えよう。
「それでも、ただの道具扱いはしないでくれよ。同じ言葉を喋って、意思疎通ができるなら、俺は人だと思っている」
「ええ、私だって、そう無体な扱いをわざわざする気は……ちょっと待ってください、今、私が世話する前提で話してませんでした?」
「バレたか」
なんかこのままの流れで、じゃあ魔術師部隊のみんなは任せたぞ、で終われると思ったのに。
「ホムンクルスの扱いと、私が部隊を率いることは全くの別問題ですよクロノさん」
「頼むよ、フィオナ。この傭兵団は古代兵器扱う前提で結成しているんだ。身内以外に頼むワケにはいかない」
できる人がいないなら、できる人を連れてくればいい、というのは当たり前の雇用理論だが、古代兵器の運用はまだ秘密であるべきだ。
下手に盗み出されたりしても困る。それに、現代においてどこまで古代兵器が通じるか、最も有効的な使い方は、今から手探りで試行錯誤していくしかないのだ。
この際、傭兵団として古代兵器を使い大々的に活躍することで注目は避けられないのは仕方がない。しかし、だからといって誰でも関わらせるわけにはいかないだろうし、下手に流出しようものなら、どんな問題や被害が出るか分かったものじゃないからな。
「魔術師部隊は後衛だ。魔術師と名がつくが、実際に魔法を使うのはフィオナ一人だけになるだろう。他は全て、スナイパーライフルやランチャーとか、長距離攻撃できる武器を使ってもらうことになる」
この世界における魔術師部隊は、一斉に攻撃を放ったり、隊員同士で協力して大きな魔法を発動させるなど、普通の兵士とは違った能力や訓練を要する。
そうした真っ当な魔術師部隊の運用をさせようとするなら、いくらフィオナが魔法の天才とはいえ、無理だ。自分一人が凄くても、他が合わせられないようでは、部隊としての意味がない。
「けど、ただ支援射撃や砲撃をくれるくらいなら、フィオナはターゲットとタイミングを指示するだけでいい。勿論、単純に詠唱するフィオナを守るだけでも、部隊にする価値はあると思う」
冒険者パーティなら、前衛も後衛もつかず離れずの間合いを維持して戦うが、俺が重騎兵を率いて突撃するなら、そうもいかなくなる。
だが部隊としてフィオナを守り、援護する集団がいれば、戦場でもその実力を十全に発揮できるだろう。何なら、フィオナが『黄金太陽』をぶっ放す時間稼ぎのためだけに、護衛を割いたって十分に効果的だ。
「……なるほど、分かりました。クロノさんがそこまで言うなら、物は試しでやってみましょう」
「ああ、頼んだぞ、フィオナ」
というワケで、晴れて魔術師部隊結成である。
人選は、特に射撃の成績に優れる者。
フィオナが大火力で広範囲を薙ぎ払うことに特化しているので、スナイパーライフルでピンポイント射撃ができる者が随伴すれば、互いに短所を補える。
勿論、放てば大爆発するランチャー装備などもあるので、フィオナと共に砲撃支援としての活躍も期待できるだろう。
魔術師部隊は、合計30名。
「残りは全員、歩兵部隊だ。最も多い50人の編成になる。指揮はサリエルに任せる」
「はい、マスター」
サリエルは十文字槍がメインの装備だが、今はシャングリラから持ち出した『EAヴォルテックス・マシンガン』を二丁持ちで撃ちまくることもできる。
俺と一緒に弾幕を張りながら、アリ共を蹴散らしてバグズ・ブリゲードの巣に突撃したことはまだ記憶に新しい。
「歩兵用の基本装備はストームライフルだ。単なる槍歩兵じゃない。そこの違いは、分かるよな?」
「はい、十分に知識はある」
この世界での標準的な歩兵である、槍や剣を持った歩兵と、連射できるライフルを装備した現代的な歩兵とでは、その運用は全く異なる。
銃火器が発達するよりも前の戦争形態にある異世界の今は、歩兵集団を固めた陣形などはバリバリ現役の戦術である。一方、地球の現代において、ズラズラと兵士を並べて一斉射撃……などという光景は、どんな後進国でも見られない。
銃の普及が戦争の在り方を変えた。平野で互いの総戦力をぶつけ合う会戦から、泥沼の塹壕戦となった。一撃必殺の銃を誰もが持つので、兵は散り散りに、隠れ潜んでの撃ち合いに戦い方は変わったのだ。
そして、サリエルは使徒として現代の戦争を戦ってきた経験と、白崎さんの現代の地球の知識も同時に併せ持つ。
俺と全く同じ感覚で話ができるのは、サリエルだけだ。歩兵という基本にして最も多岐に渡って活動を求められる彼らを指揮できるのは、サリエルしかいない。
ペガサスの愛馬であるシロには、あまり飛べる機会がなくなるのは申し訳ないと思うが。
「これから俺達は100人規模の傭兵団だ。移動手段に装備や糧食の管理、色々と仕事も増えるだろう。そういった部分は、セバスティアーノとロッテンマイヤーに任せる。他に必要な人数は、サリエルが歩兵隊から割り振ってくれ。足りなければ、リリィに言って増員も可能だから、すぐ相談して欲しい」
「了解。100人程度ならば、物資の管理もそれほどの量ではない。問題なく運用が可能」
めちゃくちゃ頼り甲斐のある返事がきたものだ。流石はウン十万を数える十字軍を率いた元総司令官である。
正直、大人数の部隊運用なんて、俺だってアルザスくらいでしか経験がない。あとは実地で試行錯誤するしか、と覚悟をしていたが、サリエルがいれば上手くやっていけそうだ。
「それから、最後に……F-0081は、前へ出てくれ」
「はい」
返事はすれども、姿は見えない。
どこにいるんだ、と思えば、一番後ろから、小さな人影がホムンクルスの隊列から出てきた。
ん、あの小さい子は……昨日、俺の枕を持ってった子じゃないか。
「君がF-0081で、間違いないか」
「はい……私がF-0081です」
ホムンクルスは基本的に無表情かつ冷静だが、この子は若干、動きが固い。それに、やけに視線も泳いで、動揺している様子が丸わかりだ。
もしかして、感情が他の個体よりも発達しているのだろうか。
「バグズ・ブリゲードと遭遇した時、シモン達を助けてくれたと聞いている。ありがとう」
「はっ、あぁ……」
緊張の極致に達したかのように、目を見開いては、言葉にならない声が漏れている。
うーん、良かれと思って、みんなの揃っているこの場で呼んだんだけど、見ていて可哀そうになるほどの緊張ぶりに、俺はやや後悔してしまう。
仕方がない、ここは早いところ終わらせてあげよう。
「その功績を称えて、名前を授ける。今から君の名前は、プリムだ」
「ぷっ、ぷぅ……」
ああ、なんかもう変な鳴き声みたいになってるし。早く解放してあげないと可哀そうである。
「プリムは現在、機甲鎧『ヘルハウンド』唯一の操縦者だと聞いている」
半ば偶然とはいえ、シモンが仕立てた古代鎧は、見事にプリムを装着者として認証されている。正式名称『ヘルハウンド』という機甲鎧は他にも複数機、シャングリラの武器庫に眠っているが、稼働状態にあるのはプリム機のみ。
折角使えるということで、プリムはそのまま機甲鎧を着用し、第二実験部隊『シルフィード』として活動してきたと聞かされている。
つまり、俺の他に唯一、この古代の鎧を操る貴重な人員だ。
「よって、君も重騎兵隊の所属とする。同じ古代鎧使いとして、これからよろしくな、プリム」
そうして、つい小さいから頭を撫でてしまった、次の瞬間。
「……きゅう」
可愛い鳴き声を発して、プリムはぶっ倒れた。
えっ、なにこれ……俺が悪いの?