第772話 支配体制
「これより、エレメントマスター緊急会議を始める!」
宝の山が丸ごと消え、ただのモノリス置き場と化した虚しい空間で、俺は叫んだ。
リリィ、フィオナ、サリエル、三人とも目覚めて現状を確認。
それから、ラスボス部屋の外で待たせていたレキとウルスラには無事終わったことだけを伝えたが、緊急会議には席を外してもらっている。
そういうワケで、俺達は今度こそ確保完了した黒いオリジナリモノリスの前で、四人で頭を突き合わせた。
「議題は勿論、この後どうするかについてだが……」
優勝はした。遺産相続権は手にしたが、肝心の財産の大部分である宝物庫の宝の山は、カーラマーラの消滅と共に消え去ってしまった。
このままノープランで地上に戻っても、面倒事になること請け合いだ。
「まぁまぁ、クロノさん。苦労して攻略したダンジョンのお宝がパーになる、ということも冒険者にはありますよ」
金銭欲より食い気なフィオナは、あれほどの財宝を失っても、さして気にした様子は見られない。
いつものぼんやり顔で、冷静沈着そのものである。
「莫大な財宝を失ったのは想定外。ですが、オリジナルモノリスの確保に成功、大迷宮のシステムを掌握できれば、リリィ様の計画にさほど支障はないと思います」
食い気すらないサリエルは、淡々と語る。
流石にサリエルくらいになると、金目のものがあるとかないとか、どうでもいいと思っていそうだ。
「恥ずかしながら、記憶を失っていた俺は、みんなのことを十字軍の手先だと思っていたから、とりあえず優勝阻止することしか考えてなかったんだよ」
つまり、自分が遺産を手に入れた場合は完全に想定していなかった。
どう考えてもカーラマーラの支配権とイコールになるほどのザナドゥの遺産を、俺個人が手に入れても持て余すに決まっている。もし優勝できたとしても、ほどほどの取り分をいただきつつ、オルエンに譲って、カーラマーラで安心安全に暮らせる環境を提供してもらえればそれで良いと考えていた。
「それに元々、オリジナルモノリスだけを目的に来ていたワケだしな。こんなことになるとはカーラマーラに来るまで思っていなかったし」
当初の目的通りにいけば、これまで通ってきたファーレン、アダマントリア、ヴァルナ、と同じくオリジナルモノリスを確保し、保護できるような状態さえ確立できれば良かっただけの話だ。
別にカーラマーラを支配しようとか、そういうつもりは全くなかったし、それができる可能性も見えてはいなかった。
「けど、今までのリリィの行動を見ると……なぁ、本当にこの国を支配する気なのか?」
「ええ、ここがいい。ここしかないわ、今の私達が国を丸ごと手に入れるには」
オリジナルモノリスに触れながら、色々とシステムを弄っているらしい幼女リリィは、俺へとにっこり笑いかける。
まるで夢のマイホームを建てる場所が決まったかのような口ぶりだが、建てるのは一戸建てではなく、一国。建国である。
「国……いるのか?」
「いるでしょ、十字軍をパンドラから駆逐するにはね」
リリィは至って真面目だ。
そりゃあ、俺にとって十字軍の侵略を防ぐのは、最大の目的だが……自分自身が国を率いて立ち向かう、などということは考えたこともなかった。考えたとしても、夢物語な妄想の域を出ない。
「今まで俺は、ひとまず使徒に対抗できる力を得ることを目的にしてきた」
「はい、それは私を倒したガラハド戦争時点で、達成されています」
曲がりなりにも、俺達は力を合わせて第七使徒サリエルを倒した。
「不意打ちみたいなもんだったが、船の上でミサとマリアベルの二人とやりあっても、俺達は使徒二人の撃退に成功している。まだ確実に勝てる、というほどではないが、それでも使徒の力に真っ向から戦えるだけ強くはなれたワケだ」
俺としては、このままさらに自分達の実力を磨いていければいいと思っていた。
使徒さえ何とかなれば、あとは真っ当に軍勢同士の対決となる。このままスパーダ軍に協力し続ければ、ひとまず十字軍をダイダロス領に封じ込めることはできる。
「だが、モノリスの利用によって、十字軍の勢力が大陸各地で起こる危険性が出た。きっとシルヴァリアンみたいに、古代から現代まで白き神を崇め続けた、隠れ十字教徒は他にもいるはずだ」
ここで実際にシルヴァリアンの聖堂騎士団と戦ったことで、パンドラに潜む隠れ十字教徒の脅威ってのを、実感を以って認識できた。
奴らはただ十字教を信仰している、というだけではない。『聖痕』だったか。白色魔力を引き出し、強化する特殊な魔法を使っていた。
流石に使徒ほどの強さではないが、信仰すると同時に、ああいった強さも得ることができるのだろう。
あんな奴らが暗躍していれば、いつどこの国でクーデターが起こり、十字教勢力として独立するか分かったものじゃない。
少なくとも、シルヴァリアンが優勝していれば、カーラマーラは十字教の手に落ちていただろう。
「だから、もう冒険者としての活動だけで、十字軍に対抗していくのは限界よ。本気で奴らを止めるならば、その気のある私達が国を、軍を率いて十字軍と戦うしかないわ」
「十字軍の脅威を理解しているのは、今はスパーダだけだしな」
理屈は分かる。
だが、だからといってパンドラ大陸を守るために、自分の国を手に入れるとは、そんな大それた覚悟、俺は思いつきもしなかったのだが……
「リリィは本気、なんだな」
「ええ、クロノの願いを叶えるためなら、私は何でもするわ」
「アイドルの真似事もですか?」
「リリィ、客を洗脳するのは、俺ちょっとどうかと思うんだよね」
「洗脳じゃないわ。私の魅力に酔っているだけよ」
「リリィさんのライブ、私が解呪唱えないと終わらないじゃないですか」
「それだけの魅力が私にはあるの……ねぇ、クロノ、どうだった?」
「ごめん、正直アレは引いたわ」
「そんな!?」
「エミリアの邪魔するなよ、可哀そうだろアレは……」
「リリィさん、やはり浅はかでしたね」
「うるさいわね! アイドルとして私はエミリアに勝っているわ! 私が一番、だからクロノも私のファンになってよ!」
「リリィ、なんでそんなエミリアを敵視してるんだ————いや、そんなことより、今後のことだ」
話がアイドル談義で脱線するところだった。
リリィのアイドル活動については言いたいことも色々あるが、それは後回しでいい。
「それで、どうするんですか。リリィさんの口車に乗って、このまま建国します?」
「なんか嫌な言い方だな……」
「私はクロノのためを思って提案しているのよ」
ふん、と可愛く口を膨らませて言っているが、内容が重すぎる。
「先に、フィオナとサリエルの意見を聞きたい。二人はどう思っているんだ?」
「私は別に、どちらでも。十字軍と戦うための軍隊を持つべき、という意見には頷けますけど、面倒だからこのままずっと冒険者のまま、個人で戦い続ける、というのも現実的な選択だとも思っています」
確かに、国を興して自分の軍を持つ、なんて今でも大言壮語としか思えない。
そもそも俺は政治家じゃない。国の運営などできる自信あるわけないだろう。
このまま冒険者として腕を磨き続けていく方が、ずっと現実的に感じる。
「私はリリィ様の建国案を支持します。カーラマーラの大迷宮を利用すれば、私達でも十分に軍を養成することが可能。戦力増強ができるならば、取り組むべきと進言する。十字軍は使徒がいなくても、強大で精強です。ガラハド戦争では、シンクレアにいる有名な騎士団も傭兵団も、参加してはいなかった」
十字軍の本気は、まだまだあんなもんじゃないってことか。
第五次ガラハド戦争で、もう防衛戦としてはギリギリだった。これで新たな使徒に加えて、精鋭の騎士団やら有名な傭兵団やらが出張って来れば、正攻法で突破されてもおかしくはないだろう。
「ですが、これは私個人の戦略案にすぎない。決定権は全て、マスターに委ねる」
「そんなこと言うな、サリエル。お前はパーティメンバーの一人として、意見を言えばいい」
「……お心遣い、感謝します、マスター」
そういうつもりで言ったワケではないのだが、まぁいいさ。
リリィもフィオナも、本気でサリエルのことを奴隷として扱っているワケではない。認めるところは、二人だってちゃんと認めている……と、思う。
「リリィ、カーラマーラを獲るとして、具体的にどうするか決めているのか?」
「そうね……今ざっと確認した限りでは、この国を治めるには十分な機能が、オリジナリモノリスにはちゃんと備わっているわ」
リリィの小さな指先が、踊るように黒いモノリスをなぞってゆくと、古代文字で描かれた文字列や図形が目まぐるしく移り変わり、明滅する。
そして、リリィが一言何かつぶやくと、俺達の前に光魔法で投影された立体的なマップが表示された。
これは確か、ガラハド要塞のブリーフィングでも見たな。古代遺跡は割とこのホログラム投影技術はあるようだ。
「大迷宮の全体マップか?」
「ええ、この最深部から、地表まで表示しているわ」
全体的な外観としては、下向きの円錐形。最も広い面積は地表であり、そこから五層に渡って、順にその広さを縮めてゆく。
中央部分には地表から最深部まで、円筒形の塔のような建築物が貫いているような構造だ。
「この古代遺跡は、ここで人が長く暮らしていくために設計された巨大な地下施設みたいね」
アーコロジー、ってやつか。そこだけで多くの人々が暮らしていける、完全環境都市、とかなんとか。
そういうSFのような産物も、発達した古代の魔法技術なら十分に可能なのだろう。事実、俺は今まさにそこにいるのだから。
「第一から第五の階層は、それぞれに明確な役割をもっている」
第一階層は人々が住む居住区。
『廃墟街』は正に本物の街並みが広がっているが、かつては実際に多くの人々が住んでいたってことだ。元から廃墟風にデザインされた、アンデッド用エリアとして作られたわけではないらしい。
第二階層は、食料を生産するための農業区画。
『大平原』では現在でも農場が作られているくらいだ。沢山の収穫が期待できる豊かな土地であり、ついでに海を模した巨大なプールも広がっている。農業も畜産も漁業も、あそこなら何でもできる。
第三階層は、工業製品を作り出す工場区画。
『工業区』は今じゃせっせとゴーレムモンスターを量産し続けているだけだが、かつては生活に必要なあらゆるものを作っていたし、設備や武器なども生産できただろう。
第四階層は、鉱物資源を採取する専用エリア。
『結晶窟』は、やはり人工的にああいった地形、地質が作り出されているらしい。モノリスで地脈を操作することで、各属性の魔石が生成される環境を再現しているのだと思われる。
第五階層は、この巨大施設を管理する中枢。
『黄金宮』は、カーラマーラ神の影響を受けて神域化していたから、あの金閣寺並みの金ピカ仕様になっていたに過ぎないようだ。
ただの白い壁と化しているのは、ここだけでなく、宝物庫の外も同様であった。これが本来の姿なのだろう。
「今の大迷宮は長い時間、ダンジョン化していた影響で、全てのエリアを100%掌握するのは無理ね。各階層は、それぞれ完全にダンジョンと化してしまって戻らなかったり、勝手に広がっている範囲もかなり存在するわ」
「ということは、カーラマーラの大迷宮は今後も攻略できるってことか。冒険者としてはありがたい話だろうけど、ここを使う俺達には良くない環境じゃないか?」
「そうでもないわ。一部だけでも、各階層を稼働できれば、食料品、工業製品、鉱物資源、それなり以上の量を生産できるわよ。勿論、古代のように全て自動的にとはいかないけれど……人手は幾らでもあるわ。カーラマーラは大都市だもの」
カーラマーラ民を地下で強制労働……何故か、微笑むリリィを見てそんな言葉が過った。
心優しい妖精さんのリリィは、そんな酷いことはしない。しないよな?
「それから、金銀財宝は消えちゃったけど、古代遺跡のお宝は残っているはずよ」
「もしかして、シャングリラみたいに装備や設備が丸ごと残っているってことか」
「ええ、だから、まずはゆっくり宝探しをしてから、これからのプランを考えてもいいと思うわよ」
なるほど、使える古代の遺物次第で、俺達にできることが変わってくるわけだ。
ホムンクルス達が使っていた歩兵用装備だけでも相当な価値があるし、『審判の矢』が持っていた四脚戦車みたいな兵器があればさらに戦力は充実する。もしかすれば、タウルスのような巨大な人型重機、あるいは、古代の主力兵器と思われる戦人機もあるかもしれない。
どれもこれも、現代の魔法技術では決して手に入らない一品モノ。どれだけ金を積んでも入手できないならば、単なる金銀財宝よりも価値があるというものだ。
「よし、分かった。それじゃあ第五階層を探索しよう。それから、これからの対応も含めて、全部決めてから地上に戻ろうか————ところで、俺達のことって、もうヴィジョンで放送されてないよな?」
「大丈夫、ソレは真っ先に停止させたから」
良かった、俺達の内緒話もプライバシーも、オープンチャンネルだったら非常に困ったことになるからな。
「だから、少しここでゆっくり休んでいきましょう。地上に戻ったら、きっと忙しくなるから」
「ああ、やっぱりそうだよな……」
はぁ、とちょっと憂鬱な溜息をつきながらも、俺はひとまず古代の宝探しを楽しもうと立ち上がった。
それから、すっかり金色の輝きが消え失せ、無機質な白い施設の姿を取り戻した第五階層を、俺達はざっと探索した。
正直、俺としてはこういう場所は、あの実験施設を思い出すので、あまりいい気分はしない。実際、あそこも機能の生きた古代遺跡だったに違いない。
俺の苦手意識はさて置き、ここには無事、期待しただけの収穫は確認できた。期待以上の途轍もないモノがあったワケでもないのだが。
明らかに大型の軍事兵器が並んでいただろう巨大な格納庫を発見したが、戦人機も天空戦艦も、一つとして残っていなかった。
恐らく、ここに配備されていた古代兵器の数々は、全機出撃したきり、戻ってくることはなかったのだろう。
一体どんな最終戦争を繰り広げたのかは知らないが、今ここに残されているのは、施設防衛用の最低限の武装と兵器といったものだった。もっとも、それだけでも現代の価値観からすると、とんでもない代物だが。
宝探しもそこそこに、今日という日が激戦続きだったので、流石に疲れが祟って早々に休むことにした。
流石は正常稼働している古代遺跡というべきか、この解放された第五階層は千年単位を経たとは思えないほど、綺麗な状態が保たれている。その上、長らくこの場所で人々が生活していた名残のようなものさえ感じられた。
まるで、最後にここが使われた瞬間から時が止まり、今再び動き出したかのような空間だ。
古代では『コキュートスの狭間』みたいに、時間停止も同然な技術もあったので、本当に時が止まった状態で施設が保存されていたのかもしれないが。
そういうワケで、俺達はこれといって掃除もせずに、そのままフカフカのベッドに飛び込むことができた。
利用しているのは、この施設を預かる司令官だか代表者だか知らないが、一番のお偉いさんが生活していたと思われる居住スペースである。
俺達の屋敷に置いてあるのと同じくらいデカいベッドで、久しぶりにリリィとフィオナと一緒に寝る……というか、寝かせてくれなかったというか……
「……もう朝か」
偉い奴の寝床にしてはやや殺風景だが、広々とした寝室は、ほどよい薄暗さの照明で調節されている。
けれど、体内感覚としてすでに外は夜明けを迎えているという確信が持てた。
「うぅーん……まだ食べられますよぉ……」
隣では、裸のフィオナが実に幸せそうな寝言を呟いている。このまま寝かせおこう。
「おはよう、クロノ。いい朝ね」
「なんだ、リリィは起きていたのか」
そして、同じく裸のリリィは、俺の体の上でパッチリと目を開いて、挨拶をしてきた。
姿は当然、幼女状態である。真の姿に戻れる制限時間は、昨晩で使い果たしたからな。
お互い、目は覚めたもののすぐにベッドを抜ける気にはならず、そのまましばらくゴロゴロする。
リリィもスヤスヤ眠っているフィオナを気遣ってか、あえて話しかけては来なかった。
このまま、フィオナが自然に目覚めるまでダラけていようかと思っていたが、
「ねぇ、クロノ。一つだけ、聞いておかなきゃいけないことがあるの」
内緒話をするように、耳元に口を寄せてリリィが囁く。
小さな吐息が耳にあたって、ちょっとくすぐったい。
「ああ、なんだ?」
「クロノは、今でも人を率いて戦うのは、怖い?」
何のことだ、とすぐには質問の意図が理解できなかった。
戦うことは、とっくに慣れたつもりだ。別に好きではないが、今更、躊躇するようなことじゃない。
勿論、自分一人だけで戦っているつもりもない。
『エレメントマスター』は俺が信頼できる最高のパーティだと思っているし、『灰燼に帰す』を結成するのにも、さほどの躊躇はなかった。
「どういう意味だ、リリィ」
「アルザスの戦いが終わってから、ずっとパーティでしか戦ってないわよね」
「そりゃあ、俺達は冒険者パーティだからな」
いくらランク5冒険者として実力を認められようとも、それで軍勢を率いる将軍になれるワケではない。冒険者と騎士は、全く別の身分である。
「クロノがその気なら、ただの冒険者パーティだけじゃない、大きな傭兵団を結成することだってできたわ」
「無理だろう。今まで、自分達のことだけで精一杯だったさ」
「ううん、きっとそれだけが理由じゃない」
「なら、なんだって言うんだ?」
「クロノは、大勢の仲間を率いて戦うことを避けたかったのよ。ヴァルカン達と一緒に戦った時のように……自分が死ぬのは怖くなくても、自分の指揮でみんなが死ぬことには、もう耐えられない」