第765話 目覚める悪魔
「『絶怨鉈「首断」』……そうか、お前が俺の、相棒だったのか」
何故か俺の影の中に最初から入っていた、呪いの武器である大鉈。危険だと思って、ずっと影の奥底に封印していたが————こうして、手にした瞬間、理解した。
記憶は戻らずとも、俺の体は覚えている。
そして何より『首断』、彼女自身が覚えているのだ。かつての俺と過ごした時を。
だから、俺には分かる。お前の使い方を。
「退けっ、ガシュレーっ!」
「ちくしぉおお!!」
ガシュレーは斬り飛ばされた右腕を未練がましく見ていたが、リューリックの呼びかけ通りにそのまま後退して、仲間の隊列へと戻っていった。
同時に、再び奴らからの一斉掃射が始まる。
さっきまでの俺なら、乏しい魔力を振り絞って盾を一枚張って堪えることしかできなかったが、今はもうそんな情けない真似をする必要はない。
力が、戻ってくる。
いいや、『首断』が与えてくれる。
『影空間』の一番奥底で、コイツはずっと俺の魔力を吸い込み、溜め込んでいたんだ。いつか再び、必ず俺が手にとる時が来ると信じて。
それが今だ。
「最高の気分だ、行くぞ————」
————行ケ、私ノ刃ハ主ノモノダ
頭の中に凛と響く女の声と共に、瞬く間に四肢にみなぎる力。床を割らんばかりに力強い、一歩を踏み出す。
放たれた無数の弾丸の嵐は、もう目前まで迫ってきている。だが、恐れることはない。
踏み込んだ二歩目で、跳躍。
ズン、と重い音を響かせて、俺の体は10メートルもの高度へ一気に飛翔する。
大ジャンプを決めた俺に向かって、奴らはすぐさまアームガンの銃口を跳ね上げる。青白く輝く尾を引きながら、連射される光弾が空中の俺を追いかけるが、遅い。
宙を蹴って加速。
何もない虚空を踏みしめて空中疾走を可能とするのは『千里疾駆』という高度な武技だが、俺は壁走りするのが精々だ。
だが、疑似風属性で作り出す圧縮した空気を、足元で炸裂させて推進力にすることくらいはできる。
パァン、と高らかに弾ける炸裂音と共に、俺の体は一直線に光弾を掃射する奴らに向かって突っ込んでいく。
ちょうど、この『首断』の刀身はデカいからな。翳せばそれだけで盾代わりになってくれる。
「散開!」
したところで、もう遅い。
光弾を真っ向から掻い潜り、俺は空中から立ち並んでいた奴らへと突っ込んでいく。
着地と共に、頭上から振り下ろした『首断』をまずは一人に叩き込む。
フルフェイスの兜を被り、顔は見えないが、立派な白銀の鎧を身に纏うに相応しい実力者なのだろう。寸前、それ以上の射撃での迎撃は不可能と判断し、瞬時に腰から長剣を抜き、俺の空中からの一撃を防ぐよう、刃を翳していた。
だが、俺の『首断』は咄嗟に構えた長剣一本だけで防げるほど優しくはない。
受けた剣ごと切り裂き、そのまま兜の脳天から股下まで、呪いの刃は一息に通り抜けてゆく。分厚い白銀の装甲をものともせず、『首断』の刀身は恐ろしいほどの切れ味をもって、見事に騎士を一刀両断してみせた。
「くっ、コイツ!」
「バカな、鎧ごと切り裂くとはっ!」
周囲の騎士は散開の指示を速やかに実行しつつ、俺に近い者は剣を抜いて構えている。
だが、そこはまだ俺の間合いの内だ。
「闇凪」
長い間、刀身に溜め込み続けていた力を一気に解き放つかのように、轟々と赤黒いオーラを吹き出しながら、武技を繰り出す。
大きな横薙ぎの一閃は、黒く輝く残光の軌跡を描きながら、刃に届く者を悉く切り裂く。
「ぐはぁっ!」
長大な『首断』の刀身から逃れきれなかったのは、三人。
最も厚いはずの胸部装甲を容易く切り裂いて、その胸元を深々と刻む。
「呪いの武器だ! 鎧ごと切り裂くほど強力だぞ、接近戦は避けろ!」
切羽詰まったリューリックの指示が飛ぶ。
騎士達はガシュレーと同じくブースターを吹き出しながら、それぞれが散らばるように後退してゆく。
向けられたアームガンは、そのまま光弾を連射することはなく、より輝きを増して威力を溜めているような気配を放っている。また一方の奴らは、詠唱を口ずさみながら、白く輝く魔法陣が展開されていた。
鎧を紙きれ同然に切り裂く刃を持つ相手なら、近づかずに魔法で完封する。常套手段だが、魔法を使えるのはお前らだけじゃあないぞ。
「総員、『聖痕』を解放せよ!」
「我に光の加護あれ————『聖痕』解放!!」
散った騎士達が口々に祈りの言葉と共に、青い白い光のオーラを解き放つ。
白き神の加護らしき、あの強化技。全員が使えるとは、シルヴァリアンの、いや、十字教でも精鋭に違いない。
しかし、微塵も負ける気がしない。頼れる相棒が、この手にあるのだ。今なら、サリエルだって斬れる気がする。
「忌まわしき呪いよ、聖なる光で浄化せよ————『大閃光砲』」
「『黒煙』」
四方から逃げ場を塗りつぶすように放たれた、光属性の範囲攻撃魔法。
あまりの威力と範囲に、無傷で避けきるのは無理だが、俺の煙幕で多少なりとも威力は減衰できる。光ってのは、濃霧や水の中だと威力は大きく落ちる。そんな物理的な原理に加え、黒色魔力の性質によって、さらに光属性を散らしてくれる。
自らバラ撒いた真っ黒い煙の中を、肌を焼け焦がす高熱を浴びながらひた走る。
死ぬ程じゃないが、半裸でやることじゃないな。
「ちいっ、目くらましか」
「気をつけろ、接近してくるぞ!」
「暗き闇を祓い給え————『閃光』!」
煙幕を張って視界を奪ったが、奴らも即座に対処してくる。
次々と打ち出された強烈な『閃光』によって、眩い光にかき消されるように黒煙は散ってゆく。
だが、完全に晴れ上がるまで5秒はかかりそうだ。十分すぎる猶予だな。
「黒凪」
『黒風索敵』で敵の位置を把握しながら、辻斬りのように走り抜けながら切り付けてゆく。
一人、二人、三人————この辺が限界か。
四人目を切り捨てたあたりで、煙幕は『閃光』の輝きを受けて浄化されたように靄の如く消え去り、俺の姿は再び奴らの前に晒された。
「な、なんて奴だ、化け物め!」
「我らがここまで一方的に……」
「静まれ、覚悟を決めろ。どうやら俺達は、とんでもない悪魔を目覚めさせてしまったようだ……これは正に、我らに課せられた試練だ。犠牲を払うことを承知で、奴はここで必ず討つ」
半数近くも騎士がやられて、リューリックもついに真剣な表情になっている。
軽薄な笑みが消えて、鋭い眼光で俺を睨むリューリックからは……なるほど、流石はリーダー格だけあるな。
他の騎士よりも、さらに濃密な魔力のオーラを放っている。
「かかれっ!」
号令一下、残った騎士11人がそれぞれ動き出す。
武器を構えて接近してくるのは、リューリックを含めて6人。残りの5人は後衛に徹するようだ。
前衛が俺を抑え、後衛が本命の一撃を叩き込む、あるいは、俺の動きを封じる手立てを講じるのだろう。
「来いよ、まとめてぶった切ってやる!」
鉈を振りかぶり、俺も真正面から迫り来る前衛組みへと駆ける。
全力で駆け出した俺と、ブースター全開で突っ込んでくる6人もの騎士。瞬く間に彼我の距離は詰められ、真っ向から衝突する、寸前、
「突き立て————『黒土防壁』」
防御魔法発動。
さっきはなけなしの時間稼ぎなどという切羽詰まった使い方だったが、今回は違う。守るために張ったのではない。
この漆黒の壁面は、のんびり構える後衛へと攻め込むための橋頭保だ。
「悪いな、お前らの相手は後だ」
床から瞬時に突き出た黒壁を前に、前衛組みは正面衝突、などという間抜けは晒さすことなく、急カーブを描いて寸前で回避してゆく。
だが、覚悟を決めて俺と真っ向から斬り合うつもりで向かってきたところに、壁を張られてそれ以上の反応はできなかったようだ。カッコつけて、まとめてぶった切るなどと叫んだ甲斐もあったな。
「くっ、壁を踏み台に!」
「行かせるな!」
慌ててブーストジャンプなんてしてくるが、俺が駆け抜ける方が早い。
つき上がった壁の天辺を蹴り飛ばし、まだ詠唱の完了していない後衛組みに向かってダイブ。
振り上げた『首断』を、今度こそ振り下ろす。
「迎え撃————」
「————『赤凪』」
すでに8人もぶった斬ってやったからな。啜った鮮血は十分だ。
吸った血を刃に変えて刀身を伸ばす、実に呪いの武器らしい武技がこの『赤凪』。おぞましい技ではあるが、使い手からすれば便利な技の一つでもある。
こういう中距離の間合いなら、魔法を撃つよりも楽に相手を攻撃できる。
横薙ぎに振るった鮮血の刃は、奴らが攻撃魔法を発射するよりも先に襲い掛かり、その態勢を崩す。
流石に即席の血の刃では、鎧を切り裂くほどの切れ味はないようだが、俺が安全に突っ込むまでの時間を稼ぐには十分だった。
「二連黒凪」
空中で一撃。
着地後に翻して、二撃。
騎士の兜が、綺麗に二つ飛んだ。
「このっ」
「悪魔めっ!」
自爆覚悟というやつか、眩い輝きを放つ銃口と、展開された魔法陣を至近距離で俺に向ける、後衛の2人。
武技を放った直後を狙う、完璧なタイミング————だが、体が動かなくても、撃てるのが魔法ってもんだろう?
「『魔弾・徹甲榴弾』」
装填済みの2発を、それぞれにくれてやる。
折角、『首断』が俺に黒色魔力を還元してくれたんだ。魔力がみなぎったなら、まず魔弾を装填するのは、黒魔法使いとしては癖みたいなもの。
魔法の早撃ちは、俺の勝ちだ。
至近距離で着弾、炸裂した爆発によって、大きく体を揺らがせる騎士2人。
まずは今にも銃口から派手なビームでも飛び出しそうなほどの魔力を迸らせている方の騎士に、一撃を喰らわせる。
『首断』は易々と騎士を袈裟斬りに引き裂く。
ズルリ、と斜めに胴体を切断されて崩れ落ちてゆくよりも前に、返す刀で魔法陣を光らせている奴に、刃を叩き込む。
横薙ぎの一閃は、右腕を切り飛ばしながら、そのまま胸元に半ば以上まで食い込む。
この2人を始末すれば、その後ろに最後の1人が立つ。
瞬く間に目の前の4人が斬り捨てられているにも関わらず、詠唱は中断せず魔法を完成させたようだ。
だが発射するよりも前に『黒凪』を叩き込んで真っ二つにしてやる————つもりが、刃が一瞬、止まる。
「か、神よ……」
兜から血の泡を滲ませながら、騎士がつぶやく。
深々と胸に刀身を食い込ませながらも、残った左腕で『首断』を抑え込んでいた。
心臓まで確実に達しおり、即死級のダメージ、というより、すでにコイツは死んでいる。だが、俺の刃を抑え、最後の後衛騎士を切り裂くはずだった一撃のタイミングを狂わせた。
「これがお前らの、信仰心ってやつかよ」
敵ながら天晴、とでも言うべきか。死の淵にあっても全力で仲間をサポートする根性は凄まじい。
だからといって、俺が攻撃の手を緩める理由にはならない。
『首断』が止められたなら、別なヤツを使えばいい。
俺はもうとっくに、立派な呪いの武器を二つも手にしているだろう。
「啜れ————『蠱惑のクリサリス』」
影から撃ち出すように飛ばした黄金の短剣を、俺は逆手で握り、そのまま目の前で光魔法をぶっ放す寸前だった騎士の首元へと刃を滑らせる。
あの忌まわしい暗殺者『子殺し』ヒルダの持つ武器。若さを保つ秘訣である、斬った相手から生命力を吸収する呪いのナイフだ。
奴にトドメを刺すのに使ったきりだが、改めて、こうして使うと悪くない。あの女が大事にするのも頷ける、素晴らしい性能だ。
「ああ、ちょうど渇いていたところだからな……こいつは沁みる」
騎士の首筋に深々と食い込んだ黄金の刃は、そこから猛烈な勢いで生命力を吸い上げる。強靭な肉体と魔力を誇る精鋭騎士だからか、なかなかの力が俺の中へと流れ込んできた。
『首断』のお陰で一気に魔力を回復させたが、流石に全開というワケではない。いまだ消耗したことに変わりのないこの体に、『蠱惑のクリサリス』のドレイン能力は甘美なほどに染み渡る。
そうして俺を魅了して、刃を振るわせ続けようとしているのか。
だが、悪いが俺の一番はどうやら『首断』のようでな。お前も魅力的ではあるが、振り回されてやるつもりはない。
「ふぅ、結構、回復したな」
刃を引き抜けば、首元からは血の一滴も吹き出すことはなかった。
鎧の中には、ヒルダの最期のように、干からびてミイラみたいになった死体だけが残されたことだろう。
そんなになるまで吸ったせいで、置き去りにしてきた前衛組みの奴らは、すでに反転して目前まで迫ってきていた。
「よくも……よくもここまで、やってくれたなぁ!」
リューリックが激高する声を張り上げると共に、光弾の掃射が飛んでくる。
アームガンから乱射するだけだが、牽制としては十分だろう。
俺は『黒盾』一枚を翳して、その場で先頭を走るリューリックが突っ込んでくるのを待つ。
僅か数秒、だが、こういう戦闘状態では貴重な猶予時間だ。
残った奴らを全て始末するための黒魔法を、この時間で術式を組み上げる————
「魔を滅する聖なる焔よ、我が剣に宿り給え————『浄炎剣・インディゴブレイズ』」
リューリックが背負っていた長い剣を構えると、刀身から迸る青白い魔力オーラは急速に色濃く輝き、やがて、青く揺らめく炎と化した。
ただ高温を示すだけの青色の炎ではない。より濃い色合いとなった藍色に煌めく炎は、別に邪悪な悪魔ではないが、俺を焼き殺すには十分すぎるほどの灼熱を宿しているだろう。
あのヤバそうな蒼炎の剣と斬り合うなら、残りの騎士は邪魔になる。
やはり、リューリックは最後。当初の予定通りだな。
「『魔手・大蛇』」
相手を足止めしようと思うなら、壁よりもこっちの方が向いている。
俺が奴らの牽制射撃を動きもせずに棒立ちで凌いでいたのは、少しでもここを黒化しておくためだ。
流石に『蛇王禁縛』を発動させるには足りなかったが、まぁまぁの密度と数の『大蛇』を編み上げることには成功した。
「この程度で、俺を止められると————」
「————『大魔剣』」
ルルゥとの戦いで黒化が剥がれ落ちた大剣も、ようやく影の中でチャージ完了だ。
その青い炎の剣なら、一振りで『大蛇』も焼き払うだろう。だから、黒化大剣もつぎ込んで動きを封じる。
「ちいっ、俺に構うな、行け!」
足の止まったリューリックを追い越して、5人の騎士が迫り来る。
けど、そんな前だけ見ていていいのかよ。
「『地中潜航』————」
スーっと音もなく、奴らの背後の地面から這い出るのは、一匹の『大蛇』。
だが、ただの蛇じゃない。ソイツは毒蛇だ。とびっきりの猛毒を携えた、呪いと呼ばれるほどの毒牙を持っている。
「蝕め————『バジリスクの骨髄槍』」
背後から襲い掛かる、猛毒の竜の力をありのままに発揮する劇毒の槍。
慌てて振り返っても遅い。毒牙の穂先は、すでに関節部へと達している。
そして、僅かでも刃が付けば、そこから腐り落ちる猛毒は吹き込まれる。
「ぎょぉおああああああああああああああああああああああっ!」
けたたましい絶叫と共に、騎士の鎧兜からブスブスと紫色の煙が噴き出す。
体内に注入されなくとも、鎧の内部にあれほどの毒ガスが満たされれば、あっという間に全身が腐り落ちるだろう。
残り4人。
背後でつけ狙う『バジリスクの骨髄槍』に警戒し、2人が反転。
そうなると、俺に直接向かってくるのは、2人だけとなる。
今更、たった2人で俺を止められると思うなよ。
「『闇凪』」
「ハァアアアア————『金剛身』っ!」
片方の騎士が、青白いオーラを眩く輝かせながら、防御系の武技を発動させた。
『聖痕』とやらの強化状態に加え、達人級の防御武技だ。その身はまさしくダイアモンドに匹敵するほどの硬さを誇るだろう。
「殉教者気どりかよ」
コイツ、さっき後衛騎士が死にながらも『首断』を止めるところを見ていたな。
放った『闇凪』が、止められた。
流石に硬いな。
騎士が構えた剣は折れずに刃を受け切っているし、体も両断されていない。
だが、無傷では済むはずもなかった。
「あとは、頼む……ぐふっ……」
呪いの刃を受けた剣は折れてはいないが、パワーと勢いに押されて弾かれている。
そして、『金剛身』によって跳ね上がった防御力ごと切り裂くことはできなくとも、『首断』は鎧と肉体へ刃を食い込ませていた。
左胸元から入った刃は、三分の一ほど斬り進んだところで止まっている。
別に一刀両断されなくても、普通に致命傷。心臓も半分くらい切り裂かれているだろう。
「悪魔よ、神の裁きを受けるがいいっ!」
片方は死んだが、もう片方は当然、生きている。
文字通り、我が身を盾として『金剛身』の騎士は完全に『首断』を抑え込んだ。
自身の胸元に食い込む大きな刃を、決して離さないという意思を語るかのように両腕で抱え込んだ態勢で死んでいる。
そして相方の騎士は、すでに剣を振り上げ高位の武技を放つ寸前といった状態。
ちょっと『蠱惑のクリサリス』で精鋭騎士の武技を真っ向から受け止めるのは心配だ。ドレイン能力は強力だが、元は儀礼剣っぽいので、耐久性はあまりなさそう。
勿論、俺だって生身で武技を受ければ真っ二つになる。防具があればもうちょっとマシなのだが、破けたズボンだけの半裸な俺では、ないものねだりもいいところだな。
「————『真一閃』!」
「何が裁きだ、この狂信者が————オラァッ!!」
刃が食い込んだ騎士の死体ごと、力任せに振るう。
くっついて離れないなら、そのままぶつけてやれ。白銀に輝く立派な全身鎧だ。豪華なハンマーヘッドみたいなもんだろう。
俺の頭上に武技の威力を纏った輝く剣が降って来るよりも先に、仲間の体を鈍器としたフルスイングがぶち込まれる方が早かった。
「ぐがっ————」
騎士が死体ごと床に叩きつけられ、苦悶の声を漏らす。
この程度では致命傷にもならないが、トドメを刺すには十分すぎる隙はできた。
思いきり振り抜いた勢いで、刃も体から外れたので、そのまま返す刀で騎士の首に一撃を見舞う————余裕もないか。
「滅せよ! 『大断撃破』っ!!」
さらに2人の騎士が、間髪入れずに飛び込んできた。
コイツらは『地中潜航』で背後に回した『バジリスクの骨髄槍』で足止めをさせていたが……そうか、リューリックが拘束を脱して、毒槍の抑えに回り、コイツらが攻めに来たワケか。
大上段から振り下ろされる強烈な気配を放つ武技を、俺は反射的に後ろに飛んで回避。
そのまま床へと叩きつけられた騎士の剣は、そこに転がるまだ息もあったはずの仲間へと命中。
不幸なフレンドリーファイア。いいや、仲間の命を捨ててでも、俺を殺すためのチャンスを選んだのだ。
「イカれてるのは、お前らの方だぜ」
自分の手で味方にトドメを刺してしまったというのに、一切の躊躇なく騎士は攻めてくる。
「貴様は必ず、ここで討つ————『無双剣舞』!」
もう片方の騎士が、連撃の武技で襲い掛かってくる。
右手に長剣、左手に短剣を握っており、レキと違い正統派の二刀流で放つ連撃武技『無双剣舞』だ。
対する俺は、『大断撃破』の直撃こそ免れたものの、この武技は叩きつけた周囲に衝撃波を発生させるので、その余波を喰らい体幹が揺らいでいた。
致命的、ではないものの、奴らくらいの精鋭からすれば決して見逃さない確かな隙だ。
「————殺った!」
繰り出される嵐の如き連続剣を前に押される俺に対し、『大断撃破』の技後硬直から復帰した騎士が、素早く俺の背後まで回り込み、トドメの一撃を放とうと迫っていた。
まだ『無双剣舞』の猛攻は続く。
コイツの連撃を防ぎきるには『首断』が必要だ。背後の奴を斬るために、刃を向けることはできない。
かといって、俺の背中は完全に無防備ってワケでもないさ。
「パイルバンカー」
と言って繰り出したのは、拳ではなく、蹴りだ。
正面の連撃を鉈で捌きつつ、俺は振り向きもせずに、後ろ蹴りを放つ。足先から、鋭く黒色魔力を炸裂させながら。
そもそも『パイルバンカー』は、黒色魔力を圧縮して、放つ、という単純な技だ。伊達に初めて発動した黒魔法ではない。
だから、別に拳からじゃなくても、撃とうと思えば、蹴りでも肘でも膝でも、頭突きでだって放てる。
これくらいはできないと、乱戦も多かった機動実験は生き残れなかったからな。
「ようやく終わったな」
ついに『無双剣舞』を放ち切り、連撃が途絶えた。
すかさず反撃の鉈をぶち込み、一刀両断。
「お、おのれ……」
振り向けば、俺の後ろ蹴りパイルバンカーを喰らって倒れた騎士がいる。
相棒は倒れ、自分は反撃できる体勢を崩している。正に絶体絶命というヤツで……そんな時、お前らの神は、奇跡で救ってくれるのか?
「————これで、残ったのはお前だけだ、リューリック」
奇跡など起きるはずもなく、膝をついていた騎士の首を飛ばして始末する。
20人もいた騎士共は、全員、血の海へと沈んだ。
「ぜ、全滅……全滅だと、俺達、聖堂騎士が……」
轟々と青い炎を竜巻のように噴き上げて、大剣と大蛇と毒槍をまとめて吹き飛ばしながら、リューリックは進み出る。
派手な大技で俺の足止めをついに突破してきた彼だが、周囲の状況を認識し、愕然としたようにつぶやいている。
「どうした、降伏でもするか?」
「馬鹿を言うなよ……悪魔に下る十字教徒が、どこにいる」
知ったことではないな。
そもそも俺は、悪魔などではなく、ただの人間だ。
お前らが悪魔的な力を与えただけに過ぎない。
「クロノ、お前はこの命を捧げてでも、何としてもここで葬る。葬らなければならない……その力、あまりに危険過ぎる。何より、その神へと歯向かう反逆の意思は、必ずや未来の十字教の障害となるだろう」
「そうだな、俺はお前らを絶対に許さない。目の前に現れる限り、叩き潰してやる」
ここはパンドラ大陸の南の果て、カーラマーラだ。
こんな場所にまで十字教を名乗る連中がのさばっているのだから、きっとこの世界には俺の安住の地はないのだろう。
ならば、潰すしかない。
俺が奴らを許さないように、奴らも俺を許さないだろうからな。悪魔と呼んで、決して相容れることはない。
「神よ、今こそ我が身の全てを捧げる……どうか、悪魔を討ち払う浄化の力を与え給え!」