第758話 第四階層・結晶窟攻略(3)
「ぐっ、うぅ……マジかよ、なんて威力をぶっ放しやがる……」
キラキラした結晶の破片が入り混じった噴煙が漂う中、俺は倒壊してきた水晶柱の瓦礫を力づくで押し退け、立ち上がる。
ルルゥの奴、初手からとんでもない威力の攻撃魔法を放ってきた。
『星墜』、とはその名の通り、正しく隕石が落下してきたような大魔法であった。
空中に描かれた巨大な魔法陣から、七色に輝く莫大な光の魔力の塊が降ってきて、直下にある全てを破壊する。見れば、直径30メートルはありそうなクレーターが出来上がっていた。
幸いなのは、落下から爆発まで、多少の時間的猶予があったこと。
それでも、発動を見てから全力で走って、ギリギリで直撃範囲から逃げられるといった程度。俺は激しい爆風の余波を食らって、バキバキ砕けて倒れてきた水晶柱に巻き込まれてダウンを余技なくされてしまった。
「負傷はない、が……ローブがお釈迦になったか」
気が付けばアッシュのトレードマークの一つとなって愛用しているグレーの魔術師ローブは、『星墜』の強烈な熱波を受けたせいでボロボロになってしまった。
それなりの品質のローブで各属性に対する防御力もあるのだが、一発で耐久限界を超えたか。コイツがなければ、火傷くらいはしたかもしれないな。
「チッ、まだ生きてやがったか」
「死ぬかと思ったけどな」
高熱でブスブスと煙を吹くクレーターの直上、ルルゥは腕を組んだ余裕のポージングで堂々と浮遊している。
水晶瓦礫から虫のように這い出てきた俺を見て、不機嫌そうに眉をひそめて言い放っていた。
「じゃあ、次で死にやがれ!」
ルルゥの周囲に浮かび上がる無数の光球。
次の瞬間には、それらは光属性の下級攻撃魔法『光矢』と化して、俺に向かって雨霰と降り注ぐ。
下級とはいえ、とんでもない数だ。
「魔弾————」
一方的に撃たれるのは勘弁だ。
空中という遮蔽物のない場所に浮かぶルルゥに向かって、とにかく魔弾を連射。
「効くかよぉ、こんな豆粒がぁ!」
チェインメイルくらいなら容易く貫通する魔弾の通常弾頭だが、ルルゥの纏う『妖精結界』、というらしい妖精族の万能な防御魔法を前に、あえなく弾かれている。
普通の魔弾程度じゃあ、どれだけ連射しても目くらまし程度にしかならないってことは、以前に鬼ごっこした時に分かっていたことだ。だから、今はとりあえず目くらまし効果だけで十分ではあるのだが……
「ネズミみてぇにチョロチョロしやがって」
ルルゥの傍らに、さらに二回りは大きな光球が浮かぶ。
そこから放たれた光の攻撃魔法は、当然ながら『光矢』よりも大きく、魔力密度も高い。
中級攻撃魔法『白光矢』だ。
威力は上がり、命中した際の爆発も大きくなるのだが、
「やはり、自動追尾能力付きか」
『光矢』の雨に交じって飛来してくる砲弾のような『白光矢』は、まるで水中を泳ぐ魚のように宙を舞いながら、的確に走り続ける俺を追いかけてくる。
射線を逃れるようなジグザグ走りに、水晶柱という遮蔽物を存分に利用して逃げ回っているのだが、ピッタリと俺に向かってついてくる。なんて追尾性能だ、前に撃たれた時よりも精度が格段に上がっている。まるで意思があるかのように、光の砲弾は正確に俺を追尾してくる。
当然、ただ走っているだけの俺より、飛翔する攻撃魔法の方が速度は速い。振り切れるほどの超スピードなど出せるはずもなく、そのまま接近を許さざるを得ない。
「これでっ————」
右手を後ろに向け、魔弾を放つ。
すぐそこまで接近していた『白光矢』に、それぞれ一発ずつぶち込むと————ドウッ! と眩い輝きと共に灼熱の白光は炸裂した。
熱っつ。ちょっと至近過ぎたか。
魔弾発射直後には、『黒盾』を一枚張ってガードもしたのだが、思っていたよりも威力があるようだ。
「いつまで逃げ回ってやがる! 興覚めだぞコラぁ!」
多少の反撃で撃ち返すだけで、ずっと水晶柱の隙間を走って逃げ続けるだけの俺に業を煮やしてきたか、ルルゥはさらに『白光矢』の数を増やす。
それだけでなく、さらに二つ、いや、三つか、バスケットボールほどのサイズがある、さらに大きな光球も出現させた。間違いなく、上級攻撃魔法が飛んでくる。
「ヤル気がねぇんなら、さっさと消し炭になりやがれぇー!」
叫びと共に放たれたのは、もはや、矢でも砲弾でもなく、柱とでも言うべき大きな光の帯だった。完全にビームだ。
「くっ、流石にコレはキツ————」
照射されたビーム、光属性の上級攻撃魔法『閃光白矢』は、俺を守る大切な壁になってくれる太い水晶柱を容易く粉砕しながら、真っ直ぐに迫ってくる。
バキーン、ガシャーン、と盛大に撃ち抜かれた水晶柱が崩壊していく音を響かせながら、着弾点を赤熱化させて秘めた灼熱が解き放たれる。
直撃すれば、本当に消し炭になりかねない威力。
そんな危険な光の柱が三本、宙に浮かぶルルゥは眼下の俺へと情け容赦なく叩きつける。その上さらに同時並行で、光の矢も降り注ぎ続けるし、ミサイルのように『白光矢』も飛んでくる。
流石にここまでされると、逃げの一手だけで捌ききれない。
そろそろ限界であり、同時に、頃合いでもある。
「行けっ、『大魔剣』っ!」
影からそのまま、3本の黒化大剣を撃ち出す。
俺の意志に従って自由自在に操作できる魔剣は、ルルゥの『白光矢』に勝る空中での機動性を誇る。
照射される上級攻撃魔法のビーム3本分の隙間を縫うように飛びながら、その巨大な漆黒の切っ先をルルゥに向けて迫り行く。
「面白い飛び道具を持ってるじゃねぇか。けど、こんなモンで、ルルゥ様を落とせるかよぉ!」
球形に展開されている『妖精結界』が強く明滅すると、高密度の魔力で形成された光、そう、光の刃が出現する。
そうだ、アレはトレントを一撃で切り裂いた、光の剣だ。
「『流星剣』ぉ!!」
美しいエメラルドの輝きを放つ光の剣が一閃。
それだけで、寸前まで迫っていた大剣3本をまとめて弾き飛ばす。
翡翠の光剣によって弾かれた大剣は、それぞれあらぬ方向へと飛んで行き、一本は高く天井へ、もう一本は水晶柱の半ばで、最後の一本はそのまま地面へと落ち突き刺さった。
よし、大体いい位置に大剣は散ってくれたな。仕込みはもう十分だ。
「『黒煙』」
通常弾頭を撃ち止め、代わりに濛々と黒煙を吹き出す煙幕を放つ。
同時並行で『黒風探査』も発動。
「目くらましかよ、しゃらくせぇ!」
などと叫んでいるルルゥの位置は、濃密な黒煙の中でもしっかりと感じ取れる。というか、コイツは魔力の気配が強烈すぎるから、普通に目をつぶっていてもどの辺にいるか分かるほどだ。
ルルゥからは反撃する気配こそ感じるものの、その場を動く様子はない。いまだに中空に浮遊し続けており、煙幕を脱する気はないようだ。
ただでさえ空を飛ぶ相手だからな。これくらい油断してくれないと困る。
「ふっ!」
鋭く呼気を放ち、逃走から一転、足をルルゥが滞空する方向へと向ける。
煙幕の中でも飛来してくる『光矢』を避けつつ、俺はあらかじめ目をつけていた水晶柱を目指す。
よし、ここだ。
視界不良の中でも、正確に『黒風探査』で地形を把握している俺は、無様に衝突することなく、両足をヒビの入った水晶柱へとかけた。
そのまま、一息に駆け上る。
垂直の壁を走る方法は、第一階層を駆け回って鍛えたからな。
突き立つ水晶柱を20メートルほど駆け上がってから、ルルゥに向かって飛ぶ。踏み込みの脚力で、『星墜』の余波を受けてかろうじて立っていた水晶柱がついに限界を迎えたように、バッキリと砕けながら倒壊していった。
「はっ、ようやくヤル気になったかぁ、変態仮面!」
背後をとっていたが、ルルゥは楽しそうに叫びながら振り向く。
同時に、輝く妖精結界に浄化でもされるかのように、周辺の黒煙も晴れ上がってゆく。
「『魔弾・徹甲榴弾』」
すでに間合いは数メートルの至近距離。だが、構わずぶっ放す。
これほど強固な光の結界だ。これくらいぶち込まないとビビってもらえないだろう。
装填しておいた2発分の『徹甲榴弾』は、先ほどまでの通常弾頭のように表面で弾かれることなく、緑に輝く光の膜に確かに食い込む。
「————おおっ!?」
予想外の威力に驚いてもらえたか。ルルゥが声を上げると共に、赤と黒の爆炎が迸る。
だが、これで終わりじゃない。これを撃ち込むだけなら、ここまで飛んでくる必要はないからな。
「食らいやがれ————」
空を飛ぶ敵を相手にする時の基本。それは、まず地面に叩き落とすことだ。
この手で直接、引きずり下ろすのが最も手っ取り早い。
「————『黒凪』!」
手にした大剣を、ルルゥの脳天めがけて叩きつける。
「チイッ、『流星剣』ッ!」
振るわれる光の剣と、黒い大剣が交差する。
完全に受け止められた体勢になるが、勢いは俺の方がある。
ルルゥは刃こそ止めたものの、その高度はグングンと下がり、そのまま地面に衝突————
「らぁ!!」
気合の入った声を上げながら、ギリギリで滑るようにルルゥが逃れる。
光の剣が引いたことで、渾身のパワーを込めた大剣がそのまま地面を割った。
「へっ、やるじゃねぇか。地面まで落とされたのは、久しぶりだぞ」
「人間は空を飛べないからな。降りて来てくれなきゃ、勝負にもならん」
地に足をつけて立つルルゥは、いまだ余裕といった様子である。
少なくとも、即座に空中へと戻る素振りはない。
「そうさ、お前らは地を這って生きるのがお似合いだ。空を飛んで、自由気ままに生きるのが妖精ってもんよ」
「それは良い生き様だけど、できれば人に迷惑かけるのはやめてほしいもんだな」
盗賊団なんてやめて、もっと平和的に生きてくれよ、とは、カーラマーラ最高の賞金首になったルルゥには、今更すぎる説得だが。
「ルルゥは悪くねぇ。どいつもこいつも、ルルゥの邪魔をするから悪ぃーんだ。邪魔なヤツはぶっ飛ばして、なにが悪ぃ」
そう言われると、あまり強く反論はできないな。俺もカーラマーラに来てから、似たようなスタンスでやってきたわけだし。
俺は悪くねぇ、全部ギャングが悪いんだ。
「そして、今はテメーが目障りだ、変態仮面」
「俺はガラの悪い妖精に絡まれてるから、全力で抵抗させてもらうぞ」
「なら、もっと足掻いて、楽しませろよぉ!」
ルルゥが光球を浮かべながら、一歩を踏み出す。
その足取りは力強いが、地を踏むものではない。再び、空を駆けるための一歩である。
そうはさせるか。
「閉ざせ————『黒館』」
発動させたのは、上級範囲防御魔法だ。
現代魔法にはない系統、俺の黒魔法は常にオリジナルだが、それでも上級を名乗るに相応しいだけの魔力量はつぎ込んでいる。
まず、現れるのは壁。大きな壁だ。
俺とルルゥが相対している立ち位置を囲むように、およそ25メートル四方の範囲で黒々とした壁が突き立つ。
地面からズブズブとせり上がってゆき、高さは約5メートルで止まる。これだけならば、簡易の防壁といったところだが、次の瞬間には頭上までも黒で覆う。
天井と言うべきか、屋根と言うべきか。
この防御魔法『黒館』は、四方の壁と天井、ついでに地面まで含め、上下左右全方位を黒色魔力の壁で覆いつくす構造になっている。
本来なら、四方から敵が押し寄せてきても子供たちをまとめて守れるようにするための範囲防御魔法だ。コイツのお陰で、ゾンビ共の激しいラッシュを耐え忍んで、子供たちを守り切ったという実績もある。
そう、これは内にいる者を守るための魔法だが……今は、相手を逃がさないための牢獄となる。
「これで地を這う人間でも、空を飛ぶ妖精と対等に戦える」
「そうかよ、テメェ、これのためにグルグル逃げ回ってたワケか」
ゾンビの群れを止める程度ならそうでもないが、ルルゥのような火力も速度もある高機動戦闘妖精を閉じ込めようというなら、それ相応の魔力量が必要だからな。
強固かつ巨大な『黒館』を即座に展開させるには、地道に黒化で地面や水晶柱などに黒色魔力を浸透させておかないと無理だ。
激しい攻撃を掻い潜りながら、黒化をバラ撒いていくのはなかなか骨が折れたが、サリエルに追いかけられるよりは楽な状況だ。
こうして、無事にルルゥを閉じ込めることには成功。これで逃げられていたら、正直結構ヤバかった。
「ただ閉じ込めただけじゃない。黒色魔力で満ちたこの中は、俺の領域だ」
壁の構築に費やしている黒色魔力を、魔手などに即座に変化させることもできる。攻撃でも拘束でも、手数は普段の倍以上は繰り出せる。
それから、天井も覆うので中が真っ暗になるのも、地味に有利なポイントだ。
俺は『黒風探査』で内部を把握できるが、相手も似たような探知系魔法などがなければ、そのまま視界が潰れることになる。灯りが欲しければ、自ら灯すより他はない。
「はっ、飛べなくさせた程度で、ルルゥを追い詰めたつもりか」
「そうだ、ここじゃお前の方が不利になる。降参するなら、早めに言ってくれよ」
「ふん、舐めやがって」
暗闇の中で、ルルゥの『妖精結界』が強く輝く。
そこから発せられる光量は、『黒館』内を余すところなく照らし出すほどだ。
黒一色の闇の空間を、眩い光で塗りつぶしながら、ルルゥは真っ直ぐに俺を睨む。
「逃げ場がねぇのはテメェの方だ! 正々堂々、真正面からぶちのめしてやるぁ!!」
追い詰められた焦り、怒り、そんな感情とはまるで無縁な、実に楽しそうに笑って、妖精少女ルルゥは猛獣のように飛び掛かってきた。
「俺も覚悟は決めている————かかってこい!」