第756話 第四階層・結晶窟攻略(1)
「我らは誇り高きアスラ武僧、子供を手にかけるのは本意ではないのだが」
「ふむ、伊達に冒険者を名乗ってはおらぬか。なかなかに鋭い殺気を発しておるな」
双子坊主はその巨躯で威圧するかのように堂々と立ち、レキとウルスラへと向き合う。
「レキが右のヤツをやるデス」
「私は左をやるの」
単純な実力でいけば、間違いなく双子坊主の方が上だろう。
二人も相手の方が格上だというのは、分かっているはずだ。
だからこそ、すでに臨戦態勢に入った中にあっても、レキとウルスラは俺へと一瞬、視線をくれた。
小さく頷いて、俺は応える。
「今すぐ立ち去るならば、見逃してくれようぞ」
「幼女には興味がないのでな。疾く、去るがよい」
最後通告、とでも言うように坊主は全身に強い魔力の気配を纏わせながら言い放つ。
レキとウルスラは、静かにそれぞれの得物を構えることで応える。
「ならば、致し方あるまい」
「うむ、せめて苦しまぬよう、一撃で葬り去ってくれよう」
ついに坊主二人も構えをとる。
武器を持たない、素手の拳を構えているのは相手を子供と侮っているからではない。
コイツらは徒手空拳の格闘で戦うクラスなのだ。
『僧兵』と呼ばれるパンドラ神殿の神官などに多いと言われているが、冒険者としては少数派。俺も戦っている姿を見たことはない。
この双子坊主はアスラ流という外国の武術を習得した達人だと、前にオルエンにチラっと聞いたくらいで、どんな技を使うのか全く分からない。
対して、レキはオーソドックスなパワー型戦士クラス。ウルスラのドレインは珍しいが、それもさっきの砦攻略の時に『白夜叉姫』は見られているだろう。
情報アドバンテージも向こうの方が有利である。
だがしかし、この窮地においては退くこともできない。
劣勢を余儀なくされているためか、二人はすぐに動き出さない。油断なく構えたまま、その場を動かなかった。
「よもや、時間稼ぎを図ろうという魂胆ではあるまいな」
「ふん、子供の浅知恵よな」
いくらなんでも、あと数十秒経てば重力結界が解除される、なんてことはありえない。
たとえそうだとしても、奴らは子供二人を始末するのに何秒もかからない、と思っているだろう。
大人しく相手が動くのを待つつもりはないとばかりに、坊主共はほぼ同時にすり足で前へ出る。
「ハァアアアアアアアアアッ!!」
「――『白夜叉姫』!」
そこで、レキとウルスラが仕掛けた。
いつものように、迷いなく真っ直ぐ踏み込んでくるレキ。
ウルスラは全力のドレイン四本腕を繰り出す。
坊主に避ける素振りはない。真正面から迎え撃つ構えだ。
「『レイジブレイザー』ぁああああ!」
レキが全力で武技を振るう。
パワー、スピード、共に申し分ない威力と化して、『オブシダンソード改』と『レッドウォ-リア改』の変則二刀流が坊主へと叩きこまれる。
レキと坊主の対格差はデカいが、武器がある分リーチはレキの方が上だ。
「ふんっ、秘拳『双腕経絡・流水鉄鋼』」
坊主の両腕に、螺旋状に渦巻く青い魔力のオーラが輝く。
腕に魔力を集める技は俺のパイルバンカーと似ているが、『流水鉄鋼』とやらは集約した魔力を放つ攻撃技ではなく、オーラを纏い続ける強化技、魔力による手甲と言えるだろう。
激しく渦巻く青いオーラを纏った拳は、真正面から武技の威力が十全に乗った刃を迎え撃つ。
ギィンッ!
という金属質な音が重なって響き渡る。
「ぐぅうーっ!」
レキの『レイジブレイザー』は坊主の拳によって、完全に弾かれた。
右手の剣、左手の斧。どちらの武器も、大きく外側に弾かれ、今のレキは無防備に両腕を開いたような格好となる。
対して、坊主の方は最小の動きで刃を弾き飛ばし、即座に追撃を放てる状態だ。
必殺の一撃を叩きこむことを確信してか、その顔には余裕の笑みが浮かぶ。
「子供にして良い太刀筋であった。だが、届かぬな、この程度では」
隙を晒したレキに向かって、致命の拳が叩きこまれようとしていた一方————
————ウルスラも似たような窮地に陥っていた。
「ふむ、想像以上に強力な『吸収』魔法だ。並みの術者では、防ぐこともかなわぬだろう」
ウルスラの『白夜叉姫』が繰り出した四本腕の直撃を受けて、弟の方の坊主は不動の姿勢を貫いた。
ドレインの力を宿す掌に掴まれて、動けないのでない。動かないのだ。
「秘術『丹田活性・気力大門』。高密度に練り上げた生命力は、何物にも勝る万能の盾と化す」
坊主の全身を包み込むのは、黄土色に輝くオーラだ。
自身の魔力をオーラのように纏うのはシンプルな防御系武技として機能する。俺も『子殺し』との戦いでバジリスクの毒が炸裂したのをこれで防いだりもしたが……流石はその道の武術を修めてきただけはあるということか。オーラの密度も制御も、俺よりずっと上手くできているのは、見ただけで分かる。
「そして、非力な魔術士を仕留めるには、鍛え抜いた膂力だけで十分よ」
ふん、と気合い一閃で、坊主の体を掴んでいたアナスタシアの四本腕が弾かれたように振り解かれる。
拘束を脱した坊主は、目の前僅か数メートルの距離に立つウルスラへ向かって、猛獣のように飛び掛かって行く。
「死ねぇい!!」
叫んだ双子坊主の台詞は全く同じ。
レキとウルスラには、奴らの一撃を防ぐだけの手段はない――だから、そこは俺が補えばいい。
「『大魔剣』」
膝をついて地面に屈する俺の影から、大剣を飛ばす。
レキに向かって必殺の一撃を見舞おうとしている坊主の、無防備な背中目がけて。
「『魔手・大蛇』」
同じく、影から編み上げた黒い触手の蛇を出せるだけ伸ばす。
もう一方のウルスラへと突撃する坊主の背後を、牙を剥く蛇のように襲う。
「ぬうぅう!?」
重力に縛られた俺が、攻撃できるとは思わなかったか。
この結果には、ちゃんと魔法の発動も阻害するような効果も感じられるからな。普通は封じられるんだろう。
けど、地面を黒化すれば、これくらいの黒魔法はなんとか展開できる程度には行使できるようになった。
お前らはオルエンの玉を蹴り飛ばす前に、俺の首をへし折るべきだったな。
「おのれっ、仮面男ぉ!」
流石は武術の達人と言うべきか。レキへ拳を放つ体勢になっていたのに、ギリギリで大剣を避けた。
だが、随分と無理をしたな。その大きく崩れた体勢じゃあ、突きも蹴りも満足に繰り出せないだろう。
それ以前に、首を捻って俺の方を向いていていいのかよ。
お前が避けた大剣が、どこに行ったか分かっているのか。
目の前の小さな戦士が、しっかりとその手に握りしめているぞ。
「ええい、小癪な! これしきで動きを封じたつもりかぁ!」
ウルスラの方に向かった坊主は、何本もの触手の蛇に狙われ回避しきることはできなかった。影で繋がっているから、俺が直接操作できるからな。逃がすわけないだろ。
手足を縛りあげ、身動きを封じる――が、見た目通りに凄まじいパワーだ。
『魔手・大蛇』では何秒もしない内に振り解かれるだろうが、それで十分だ。
この距離、このタイミングで、お前の身動きが止まるのを、ウルスラは待っていたんだ。
魔術士クラスだからな、あんまり素早く動かれると、狙いをつけるのは大変だから。
蛇に絡まれる坊主に対して、ウルスラは自ら一歩を踏みこみ、物質化された白い腕を、掌底の形をもって繰り出した。
さて、これでどちらの勝負も決まったな。
「ゴォートゥ、ヘール――」
ジャンプして大剣を掴んだレキが言う。
俺が飛ばした黒化大剣を、坊主は避けたが、回避することは見越していた。
坊主の体勢が崩れれば、それだけで十分。俺が攻撃魔法を使えると警戒し、注意まで向けてくれればさらに良し。
レキが打ち込むのに十分すぎる隙を作ることができた――のだが、自ら武器を手離し、俺の大剣をキャッチするとは予想外だった。
身の丈に合わない大剣。しかし、大上段に振り上げられたその刃からは、黒いオーラが轟々と吹き出し、武技の発露を示す。
「――『黒凪』ぃいいいいいいいいいい!!」
放ったのは、俺と同じ武技『黒凪』。
レキは俺と組手をしながら、ずっと練習してきたからな。
別に『スラッシュ』が使えるなら、『黒凪』は使えなくてもよくないか。斬撃の威力が上がる、と効果はほとんど似たようなものなのに――と思っていたが、エネルギー源となる黒色魔力が潤沢にあれば、その威力はさらに増大する。
たとえば、俺の黒色魔力をたっぷりと染みこませて黒化させた大剣を使う時だとか。
「うぉおおお!っ?」
致命的な隙に対して振り下ろされた大剣に対し、坊主は『流水鉄鋼』を纏った右腕を盾のようにかざす。
隙を突かれたせいで、その程度の防御行動で精一杯だったのだろう。
それでも、奴にとっては自慢の拳であり、武技であろう。
鋭い刃を真正面から打ち払うだけの硬さをもたらさす青く輝く腕はしかし――禍々しい黒き刃によって、容易く両断される。
「なっ――がはぁっ!!」
右腕を断ち切られた。
そう認識した時には、その事実を理解する頭はない。
武技の勢いそのままに、振り下ろしたレキの『黒凪』は見事に坊主のハゲ頭まで両断してみせた。
「捕まえた、次は逃げられないの――」
黄土色のオーラ『気力大門』を纏う坊主が、瞬く間に触手の蛇を引きちぎり、振り払うが、すでにウルスラが繰り出す白夜叉姫の腕に捕らわれる。
縦にも横にもデカい筋肉ダルマな巨漢の坊主だが、アナスタシアの魔法の腕は胴体をそのまま掴みとる。
物質化された白い手には、吸収は発生しない。物理的に直接モノへと触れることができるだけ。
それが出来るならば、ウルスラはすでに、物理的な破壊力を発する魔法だって使えるということだ。
「――『パイルバンカー』」
掌に集約させた魔力が解放される。
それは白く螺旋を描く破壊力と化して、その手に掴んだ敵の肉体にゼロ距離で炸裂した。
「ぐはぁあああっ!!」
坊主の背中から、ウルスラのパイルバンカーである白い螺旋がドリルのようにぶち抜いて来ると共に、ド派手に鮮血をまき散らす。
胴のど真ん中に、デカい穴が開いたのだ。心臓も肺も腸も、全てまとめて粉微塵の血飛沫と化している。
レキに頭を割られた兄貴も、ウルスラに腹を貫かれた弟も、どちらも即死だ。
そして、術者の命が絶えたことで、俺を縛る重力の戒めも消え去った。
「レキ、ウルスラ、助かった。よくやってくれた」
ふぅー、と息を吐きながら立ち上がると、早くも二人が飛び掛かってきた。
「クロノ様ぁー!」
「無事で良かったの」
「ああ、二人のお陰でな。完璧に合わせてくれたな」
レキもウルスラも、サシで戦えば坊主には敵わないことは察していた。
だが、封印されている俺が、後ろから狙って援護ができる状態にある、と分かってくれたから、黙って正面対決を挑んでくれた。
戦う前に二人が坊主に対して妙に口数が少なかったのは、緊張もあっただろうし、俺が多少動ける意図を悟らせないようにあえて何も喋らなかったのだろう。
「とりあえず、今はちょっと離れてくれ。先にオルエンを治療してやらないと」
力いっぱいにしがみついてくる二人を引っぺがして、俺は影からお高いポーションを取り出しながら、重力の結果が解除されても地面にうずくまったままのオルエンの元へと向かう。
思いっきり蹴り飛ばされていたからな。見ていた俺も玉がヒュンってなった。男としては途轍もない恐怖体験である。
「おい、オルエン、意識はあるか?」
大丈夫か、と言おうと思ったけど、大丈夫なワケがないので、まずは意識と呼吸の確認だ。
「う、うぅ……」
オルエンは俺の呼びかけに反応して、苦しみに呻くような、でも妙に艶めかしい声を漏らしながら、チラっと俺のほうへと視線を向けた。
意識はちゃんとあるようだ。
「しっかりしろ、今ポーション使ってやるから」
「うぅ、クロノ君……ボクはもうダメだよ……」
「大丈夫だ、ちゃんと治る、気を強く持て」
「む、無理ぃ……クロノ君、責任とってボクをお嫁さんにしてよ……」
「お前実は結構余裕あるな?」
バレたか、みたいな悪戯っぽい笑みを浮かべて、オルエンは体を起こした。
「武技かなんかで防いでいたのか」
「あんなハゲにくれてやるほど、僕の玉は安くないよ」
「幾ら積まれたって玉をくれてやるのは御免だがな」
まったく、平気だったのなら自分で何とかしてくれれば良かったのに。
作戦通りに勝ちはしたものの、割と綱渡りだったんだからな。
「潰れてはいないけど、強く打ったことに変わりはないから。ポーションは欲しいな」
なるほど、ギリギリのガードだったワケか。
「患部に優しくかけてよね」
「自分でやれ」
投げつけるようにくれてやった。
あと、そのポーション代は経費で落とすからな。
「でも、ごめんね、ウチの不始末を変わりにやってくれて」
忍者衣装の袴みたいな下履きに手を突っ込んで、患部にポーションかけているらしい、きわどい姿のオルエンが言う。
直視するのも憚られるので、それとなく視線を逸らしながら会話に応じる。
「俺達も危なかったからな。やるしかなかったさ。それより、奴らが裏切るのは分からなかったのか?」
「前からいやらしい目を向けてくるなぁとは思ってたけど、働き自体は優秀だったからさぁ。ウチとの付き合いも長かったしね」
なんでもあの双子坊主は、オルエンの親父の組長がカーラマーラにやってきて、すぐに仲間に加わったそうだ。『極狼会』では古株のメンバーとなる。
まだ弱小組織だった頃から、数々の抗争を制し、シルヴァリアンなどの大手との不利な戦いでも、裏切らずに共に戦い続けてくれたという、信頼と実績が奴らにはあった。
ギャングなんて組織で、忠誠を貫いて信頼できる部下ってのは重宝されるだろう。裏社会なんて裏切りや寝返りの連続だから、尚のこと、目先の利益に釣られないような奴は貴重な存在だ。
大切な一人息子のオルエンの監視役を任されるだけあって、組織の中では双子坊主への信頼はかなりのモノだったと思える。
「まさか色恋に狂うとは、ってことか」
『極狼会』創設時からのメンバーってことは、オルエンと出会ったのはコイツがまだまだ子供のころだったはずだ。
そんな小さい時から仕えていたのに、あんな暴挙に出るとはな。
元から狙っていたのか、美少女みたいに成長してしまった姿に我慢できなくなったのか。どちらにせよ、こんな大それた裏切りかますのだから、相当に歪んだ性欲を抱えていたのだろう。好きな子の金玉蹴り飛ばして大はしゃぎだったからな。
ヤベー奴らだ。本当に、よくやった、レキ、ウルスラ。
「せめて攻略が終わってからにして欲しかったよねー」
「オルエンはこれからどうする? 偵察部隊もそろそろ戻ってくるだろう」
「ボクはもう少し休んでいかないと。第四階層からはただ進むだけでもキツくなってくるからね」
無理を押して進めるほど、甘い難易度ではない。まして、今の状態では普段よりもさらに厳しいことになっているだろうからな。
「クロノ君は先に進んでていいよ。少なくとも、3つのパーティはボクらの先を行ってるわけだしね」
『黄金の夜明け』とシルヴァリアン、そしてサリエルの『エレメントマスター』。この三つが今、トップ争いをしている先頭集団ってことになっている。
それに加えて、俺達のようにすぐ後ろを追いかけているグループもいるだろう。
あまりノンビリしていては、先頭に離されるどころか、後続の奴らに絡まれて余計な足止めを食らうことにもなりそうだ。
「分かった。それじゃあ、偵察部隊が戻り次第、俺達はすぐに出発するよ」
思わぬトラブルも起こったりしたが、ようやく第四階層『結晶洞窟』の攻略だ。
ここから先は、俺達も完全に未知の領域である。精々、気を付けるとしよう。