第754話 第三階層・工業区攻略(1)
カーラマーラ最強のパーティ『黄金の夜明け』は、その実力と経験を遺憾なく発揮し、誰よりも早く第三階層へと足を踏み入れていた。
暴走状態に陥っている上に、通常とは異なるボスの配置。さらには通れるはずの通路の封鎖などなど……普段とは異なる攻略環境でありながらも、彼らは最適なルートを割り出し、進んできた。
第一階層からスタートした他の冒険者と比べ、圧倒的な速さで二つの階層を踏破してきた自負を持つゼノンガルトだったが、
「ふむ、先を越されていたか」
目の前には、完全武装で自分達の行く手を阻むライバルの姿があった。
「やはり来たな、ゼノンガルト」
「この短時間でここまで降りて来るとはなぁ、流石じゃねぇか」
一人は白と青のローブに身を包んだ魔術士で、もう一人は鎧兜の騎士である。
二人の顔には見覚えがあり、兄弟であることも知っている。
「『アトラスの風』か。ふっ、攻略中にスタートを切れるとは、ツイていたな」
カーラマーラでは『黄金の夜明け』に次ぐナンバー2の座を争う、ランク5パーティが『アトラスの風』である。
完全攻略回数7回という大記録を誇る、誰もが認める確かな実力と実績を持つパーティだが、ゼノンガルトに先んじて待ち伏せができたのは、ザナドゥの遺言があったその日に大迷宮にいたからに他ならない。
ちょうど帰還途中の第二階層で遺言放送を知り、即座に踵を返して再攻略に出た。
彼らのように、偶然にも遺言のあったその日に大迷宮にいたというアドバンテージを持つ冒険者も少なくない。
もっとも、そのまま最深部までの攻略に挑めるだけの力も装備も揃えられる者は限られる。そして、この『アトラスの風』は、どちらも兼ね揃えた数少ないパーティだった。
「見ての通り、俺達はほぼ万全の状態だ。やろうと思えば、お前よりも先にザナドゥの元まで辿り着けただろう」
兄弟の後ろには、確かに消耗した様子の見られないパーティメンバー達が臨戦態勢で控えている。
一度も地上に戻らずとも、補給する手段をランク5パーティともなれば幾つも持っている。
この第三階層では、農園のように各勢力が経営する武器工場や魔法工房が、僅かながら存在している。そういった場所に駆け込めば、ツテと金があれば補給も可能となる。
「だが俺らは、テメーを待ってた。何故だか分かるか?」
「ふっ、愚かな選択をしたな。わざわざ、この俺に立ち向かうとは」
「確かに、馬鹿な真似をしているのかもしれないな……だが、俺達にはプライドがある。冒険者として、男として。ゼノンガルド、貴様の『黄金の夜明け』を倒して行かねば、カーラマーラ最高の冒険者は名乗れないからな!」
すでに高密度の魔力が宿った聖銀の長杖を構える兄の魔術士。
次の瞬間に上級攻撃魔法が飛んできてもおかしくない気配に、『黄金の夜明け』のメンバーも戦意を高める。
「にゃは、こんなとこでキミらと戦えるなんて。ちょうど退屈してたところで、ありがたいことだよねっ!」
「ゼノ様の敵は、許しません。覚悟してください!」
前衛を務めるアイランとセナが一歩前へと出て、真正面から『アトラスの風』を睨む。
正に一触即発、いや、すでにお互いにパーティ同士の決闘は成立した、と思われた時。
「――下がれ、アイラン、セナ」
「ええぇー、なんでー?」
「で、でも、危ないですよ!」
「いいから下がれ」
三度目はない、とばかりの気迫に、二人は黙って下がる。
代わりに、ゼノンガルトはその背にある赤いマントを翻し、堂々と単身で『アトラスの風』の前へと立った。
「誇りを賭けて、俺に挑むその意気や良し。『アトラスの風』よ、認めよう、お前達を」
「へっ、偉そうな口を叩きやがって、ハーレム野郎が」
「それで、どうするというのだ、ゼノンガルト。まさか降伏しようなどとは言うまい?」
「その冒険者らしい愚かなる蛮勇に敬意を表し、俺が直々に相手をしてやろう」
ゼノンガルトがサっと手を上げると、パーティメンバーの女性たちは全員、その場から大きく下がり始めた。
一人で戦うつもりなのは、明白である。
「どんだけ俺らを舐めてやがんだ。カッコつけもそこまでいきゃあ立派なもんだぜ」
「愚かな蛮勇とはお前の方だったな、ゼノンガルト。悪いが、一人だろうが全員だろうが、俺達は一切、容赦はしないぞ」
「ああ、死力を尽くしてかかって来るがいい。光栄に思え、これからお前達が目にするのは、俺の真の力――」
すでに、ゼノンガルトの言葉など聞く意味もない、とばかりに、魔術士の杖の先端に攻撃魔法の光が宿る。
同時に、弟の騎士は必殺の武技と、味方からの強化魔法を受けて駆け出し、他のメンバー各々、一撃で倒す覚悟を秘めた攻撃を仕掛ける。
カーラマーラを代表するランク5パーティ、その全力攻撃がゼノンガルトただ一人に向けられ、その莫大な威力が炸裂せんとした、瞬間。
「――見せてやろう、魔王の力を」
ゼノンガルトから迸る、黄金の光が全てを飲み込んでゆく――
第三階層『工業区』に降り立った俺達は、まず速攻で物陰に隠れた。
「ゴーレムがいっぱいデース……」
「凄い数なの」
「厳戒態勢ってヤツだな」
やはりスタンピードの影響下にあるのか、以前、マイマイ獲りに来た頃とは桁違いのゴーレムが群れをなして、そこら中を巡回している。
おまけに、幻影の空模様は夜間設定で固定されているのか、ぼんやりと月が輝く曇り夜空になっていて、非常に暗い。オマケに、薄らと霧なのか工場の排ガスなのか分からんが、地上も薄く煙っていて、視界不良もいいところ。
幸いなのは、このエリアは第一階層と同じように沢山の建造物が立ち並んでいるので、身を隠す遮蔽物には事欠かないことか。
ラバーゴーレムが厳重に警備しているような工場や施設は、煌々と白い魔法の光が灯っているので、真っ暗闇というほどでもない。光源が多いので、夜の街といった感じもする。
「とりあえず、今日のところは休もう」
なんだかんだで、大迷宮に潜ってから、もう丸一日は経過している。
暴走状態に陥っている上に、数多のライバルと競い合うレースという過酷な状況下でも、一日で第三階層まで辿り着いたのだから、かなりいいペースではないだろうか。
目標のサリエルはさらに進んでいると思うが、無理を押して行くワケにもいかない。
俺はまだしも、レキとウルスラはちゃんと休ませなければ。
「セーフゾーンは避けて、適当な場所を野営地にする」
俺達は割と後続のグループだ。
セーフゾーンは他の冒険者がすでに利用しているか、罠を張って待ち構えているかのどちらかだろう。
ここは建物も多いから、モンスターからも冒険者からも目につきにくい場所は幾らでもある。
それに、俺が一晩中見張っていれば、いざって時も大丈夫だ。
俺は大迷宮に潜る時に、ここから出るまでは一睡もしない覚悟を決めている。数日くらいの徹夜なら大した苦労はない。一週間以上になると怪しいが。
「うー、やっぱりなんだか悪い気がするデース」
「見張り、途中で交代する?」
「気にするな。休める時に、しっかりと休んでおけ。これから第四階層にも挑むんだから、二人ともコンディションは万全に整えておかないとな」
そんなことを言い聞かせながら、半壊した家屋の屋根裏部屋のような場所を休憩地点と定めて、一休みに入る。
こんな場所では火を焚くことも憚れるが、俺は『黒炎』を、ウルスラは『ジェネラルセオリー』で簡単な火属性を操れるので、実は食事を温める手段には困らなかったりする。
うーん、やっぱり温かい食事があると、心が落ち着くものだな。
なんて、俺は自分で温めたお茶を啜りながら、可愛い寝息を立てる二人を見守りながら一晩を明かした。
「――やはり、夜設定のままか」
翌朝、陽が登ることのない曇った夜空を眺めながら、本日の大迷宮攻略を開始する。
「私達がいるのは、多分、この辺なの」
「見事にどこのボス部屋からも遠いな」
出発前に地図を広げて作戦会議。
レキは見張らせておいた。地図の読めない子なので。
「他に狙いどころがあるなら、他の勢力の拠点なの」
この第三階層『工業区』にも、第二階層の農場のように人が作った生産拠点がある。勿論、古代の工場や生産設備が残っているここは、カーラマーラの工業生産を担っている。
しかしながら、この階層は上二つと比べればモンスターの危険も大きいため、より厳重な警備がどこの拠点でも固められている。
それでいて、拠点の中には次の第四階層に繋がる入口がある所も幾つかある。
「この状況だから、どこも普段より警備は厳しくしているだろう。上手く潜入できれば儲けものだが」
「遺産のことを拠点で聞いたなら、欲に目が眩んで拠点を放棄して攻略に向かっていてもおかしくないの」
なるほど、最初から第三階層からスタートできるならば、誰よりも大きなアドバンテージを持っている。莫大な財宝を手に入れるという、夢に賭ける者が出ている可能性は十分にあるな。
「それじゃあ、手薄なところがないか、まずは他の拠点を探ってみるか」
そういうワケで、最寄の拠点を目指す。
地図の情報によると、そこはシルヴァリアン・ファミリアの拠点らしい。もし強引に潜入することになっても、あまり心は痛まなくていいな、敵対勢力だし。
直線距離では500メートルちょっと、という程度だが、ゴーレムの警戒網がなかなかに厳しい。ちょっとした戦闘を何度も重ねるハメになった。
「これ全部の角にゴーレム配置してるんじゃないのか」
「道も封鎖しているの」
「ヘイ! 後ろから来てるデスよ!」
油断も隙もあったもんじゃない。
ゴーレムは物量にまかせて警備の目をあらゆるところに向けている上に、巡回する部隊も多い。
幸い、道を巡回しているのは多くても十機編成の小隊規模なので、発見次第、先制攻撃をしかけられれば、騒がれる前に始末することもできる。
進行方向を俺が『黒壁』で塞ぎつつ、レキと一緒に突撃をかければ殲滅は完了だ。
ウルスラはゴーレム系にはドレインの効きがイマイチなので、不意打ちみたいに出現するエレメンタル系の奴を担当する。
それから、地味に重要なのは空の警戒だ。
「ちっ、また飛んできてるな……」
かすかな音を立てて夜の空を低空飛行しているのは、飛行型の小型ゴーレム。
水晶の目玉みたいなパーツが目立つ、『フライ・アイゴーレム』と呼ばれているが、俺からすると、ドローンだとしか思えない。
攻撃能力は下級攻撃魔法を嫌がらせのように放つくらいのものだが、厄介なのは空を飛んで敵を探す偵察能力である。当然、敵を発見すれば付近のゴーレム部隊を呼び寄せる。
「ウルスラ、頼んだ」
「任せて」
下手に破壊して音を立てても気づかれる危険性があるので、こういう時はウルスラに任せている。
アナスタシアの物質化した手が、空中でドローンゴーレムをキャッチすると、そのまま握りつぶしながら地面へと引きずりおろす。
これでほぼ無音で破壊できる。
「あともう少しだ」
昨日よりも遥かに緊張感に満ちた移動を経て、ようやく目標の拠点が見えてきた。
監視のためか、わざと周辺の建物は破壊しているのだろう。四方が更地になった真ん中に、長い煙突が立つ如何にも工場、みたいな建物が見えた。
ご丁寧に、正門にはシルヴァリアンを示す旗も掲げられている。
「迂闊に近づくのは危険だな……あそこに登って、様子を見てみるか」
付近にはちょうど高層マンションのようなビルがあり、屋上に上がれば工場の全体を見渡せそうだ。
この辺はゴーレム達の警戒範囲に含まれていないのか、自然発生するエレメンタル以外にモンスターの姿は見かけなかった。
さっさとビルへと入り、俺達は屋上へと駆け上がったのだが、
「――待て、誰かいる」
屋上へ続く扉を開ける寸前で、気配に気づく。
特に話声も足音も聞こえてはいないが、確実に複数人の人数が屋上にいる。
俺達と同じ様な事を考えた先客がいたのだろうか。
さて、どうするか、と考え始めたその時、
「やぁ、アッシュ。まさか追いつかれるとはね。寄り道しすぎちゃったかなー」
「オルエン」
まったく無警戒にガチャっと扉を開いて、出てきたのはオルエンだった。
忍者みたいな黒装束に身を包んだ本気装備は見慣れないが、ヘラヘラとした笑顔の美少女フェイスは彼に間違いない。
違うルートを進んでたはずだが、まさか、こんなところで合流できるとは。
「キミもシルヴァリアンの拠点狙いで来たんだ?」
「ああ。ちょうど近かったからな」
「無駄足になっちゃったけどね。とりあえず、見れば分かるよ」
どうやらここはダメらしい。
オルエンに促されて、俺達は屋上へと踏み入る。
屋上には彼が率いている仲間が黙って周辺警戒するように、方々へ立っている。中には、いつもの双子の姿もあった。
こちらの方を見向きもしない彼らのことは放っておいて、俺は眼下に広がる奴らの工場を見下ろした。
「なんだアレは、すでに襲われたのか?」
地上から見た時は何ともなかったが、上から見ると、ちょうど工場のど真ん中が崩れ去っていた。
見た限りでは、人の気配もない。
「いいや、自壊したんだよ。奴ら、自分らが通ったから、入口を塞いだんだ」
よく見れば、瓦礫の下には大きな丸いシェルターの入口みたいなものが見える。
分厚いシャッターで塞がれており、ちょっと攻撃した程度ではビクともしないだろう。
「開けられないのか?」
「多分、無理。モノリス操作できるくらい古代魔法の腕前ないと」
なるほど、よく分らんが無理そうなのは分かった。古代魔法ときたもんだ。
「オルエンはどうするつもりだ?」
「少し離れたところに、ザナドゥの拠点があるから、そっちを使うつもり」
「協力させてくれ」
「ありがとね。あそこはガチガチに警備固めてたから、応援があると助かるよ」
断られなくて良かった。
これで便乗して第四階層への道が開ける。
「ザナドゥ財閥のところに攻撃仕掛けても大丈夫なのか?」
「あそこは長女派のとこだから。ウチが繋がりあるのは次女と三男と、重役共が少々……だけど、この状況になったらもう関係ないかな」
天下取る気満々だな、オルエン。
まぁ、そうなってくれないと俺達も困るしな。平和な生活のために。
「それじゃあ、行こっか」
オルエンの忍者風パーティに随伴して、第三階層を進む。
俺達とは打って変わって、彼らは魔法を駆使してゴーレムやドローンの目を欺いて、サクサクと進んで行った。
ただの閃光や煙幕だけでなく、何かテレパシーみたいな感じでゴーレムの動きを逸らしたり、止めたりしていたけど……俺の知らない魔法や技が、まだまだ沢山あるのだろう。
お蔭で、ほとんど戦うことなく、目的地の拠点へと辿り着いた。
「おい、あれは工場ってより完全に砦じゃないか」
「言ったでしょ、警備でガチガチだって」
ガチガチすぎるだろ……普通に城壁が四方を囲い、大きな防御塔も立ち、周囲に睨みを利かせている。
城壁の上では何人もの武装した奴らが確認できる。
立派な軍事基地だ。
「城を攻め落とすには三倍の兵力がいるって言うけど、明らかに俺らの人数は奴らの三分の一以下だぞ」
「お、アッシュって兵法にも通じている感じ? やっぱりイイところの出なのかな」
「俺の出自はどうでもいいだろ。それより、どう攻めるんだあんな砦を」
「ボクらが潜入して来るから、アッシュ達は適当に表で騒いでくれればいいよ」
なるほど、陽動役ってことか。
潜入するよりかは、向いた役割である。
「俺達は三人だ。あまり多くの注目は引けないぞ」
「正門の奴らが気をとられる程度でいいから。遠くからちょこちょこ攻撃魔法でも撃ち込んでさ」
「そんなもんでいいなら、大丈夫だが」
「危なくなったら、ボクらのことは気にしないで、逃げてくれてもいいよ」
「そう簡単に依頼主は見捨てないさ。冒険者だからな」
ありがとね、と乙女のような可憐な笑顔で言うオルエンである。
コイツは本当に男なのか。事情があって男と偽る系キャラなのでは。
「それじゃあ、行って来るよ」
「ああ、10分後に攻撃を開始する」
話は決まった。ザナドゥ財閥の奴らには悪いけど、気合いを入れて攻めさせてもらおうか。