第752話 第二階層・大平原攻略(2)
悪質なMPKによる妨害を受けて以降、ちらほらと他にも横槍が入ることが増えてきた。
どこからともなく毒矢が飛んで来たり、火の玉が飛んで来たり。あるいは、突如として道の両側が隆起して、閉じ込められたり。
毒矢も火球も魔弾で弾くと同時に発射地点目がけて制圧射撃を行い、土魔法の壁で塞いでくる時も、壁をぶち破りつつ魔力を感じた周辺にグレネードの雨を降らせてやると、それ以上の追撃はなかった。
俺を黒仮面アッシュとみて妨害しようとはするが、即座に反撃されて割に合わないとすぐに退いているのだろう。こちらとしては、わざわざ追撃して始末する時間も労力もないので、こうして追い払うだけが精々だ。
こんなところで足止めを喰らっていれば、サリエルには追いつけないだろうし。というか、奴らは半日近く先に大迷宮へと入っている。果たして、本当に追いつけるかどうかちょっと不安だ。
だが、焦っても仕方がないし、無理を押しても意味はない。そして、ライバル冒険者達の妨害行為も、収まることはないだろう。
「――おい、待ちな」
まぁ、このように、次から次へと出てくるワケだ。
街道沿いに進み、とある大きな農場の前を通りがかったところで彼らは現れた。
普通に農場の建物から出てきたので、最初はここで働いている子供なのかと思ったが、武装していたので冒険者の類だとは一目で分かった。
しかし、今回のように堂々と目の前に姿を現してきたパターンは初めてである。
これまでの奴らは奇襲のアドバンテージを存分に生かして、俺でも襲撃寸前にならないと気配を掴めなかった。多分、冒険者への妨害役は、そういう奇襲や暗殺などが得意なパーティが専門して担当しているのだろう。
襲撃の手際も迅速だったし、撤退していくのも早かった。どいつもこいつも、俺の目に直接その姿を晒したヤツは一人もいなかったし。
一方、声をかけてきたコイツらは、先制攻撃のチャンスを全放棄して、実に正々堂々、道のど真ん中に立ち塞がった。
「ここから先には通さねぇぜ」
見れば、まだまだ幼い、少年冒険者だ。
クルスと同じくらいの年齢だろうか。だが、無駄にワックスをつけて髪をツンツンさせてるみたいな若干不格好なヘアスタイルに、装飾の目立つ気取った鎧、そして何より、全く俺達を前にしても欠片も警戒心を抱いていない、舐め腐った表情。
うーん、こういう男子、中学のクラスに一人はいたよな。俺は苦手だった、半分ヤンキーみたいで。向こうも俺のことが苦手だったみたいだけど。本物のヤンキーだと思われていたのだろう。
「おい! 止まれっつってんだろオッサン!」
「むっ」
仮面つけてるんだからオッサンかどうか分かんねーだろ!
と叫びたかったのは、自分でも思った以上にオッサン呼ばわりのショックがデカかったからだろう。
俺はオッサンではない。17歳は立派な未成年だ。この国では成人扱いだが。
「おいアッシュ、お前は本物かぁ?」
「隣にガキが二人くっついてるから、間違いないんじゃない? 最近、それでパーティ組んでるって聞いてたし」
「きゃははっ、なにソレ、ロリコンじゃん! キモーい!」
全力でメンチ切ってくる不良少年冒険者の隣には、青いローブ姿で眼鏡をかけた魔術士少女と、白いローブの治癒術士少女がいる。
眼鏡の魔術士少女は俺を子供に手を出す変態を見る冷たい眼つきで、治癒術士少女の方は完全に馬鹿にした顔で見ている。
随分と自信満々な奴らだが、特に魔法発動の準備もしていなければ、武技を纏っている気配もない。コイツら、こんな暴走状態のダンジョンにいて大丈夫なのか……とは思うが、不良少年の胸元にはシルバーのギルドカードが。少女二人はブロンズのカードを下げている。一応、本職の冒険者になってはいるようだが。
「おい、お前ら逃がすなよ」
「へへっ、分かってるよ」
「カワイイ子連れてるじゃん」
「なぁ、終わった後は好きにしていいんだろ?」
などと実にチンピラ染みたことを言いながら、俺達の背後に三人組が出てくる。不良少年と似たような風体と年頃で、同じパーティなのだろう。ブロンズのギルドカードも持っている。
「おい、本気で俺達を襲おうと思っているなら、やめておけ。今すぐ退くなら、見逃してやる」
「あぁ? 舐めた口聞いてんじゃねぇぞロリコン仮面が――」
ドゴォオオッ!!
不良少年の挑発的な台詞を遮るように、爆音が轟く。
俺が威嚇で彼の後方に放った『魔弾・榴弾』だ。
こういうのは、派手に爆発した方が分かりやすくていいだろうからな。
「えっ……ちょっとコイツ、ヤバくない?」
「なんかすっごい爆発したんだけどぉ!?」
どこまで黒仮面アッシュの力を想定していたのかは知らないが、眼鏡の魔術士と治癒術士の子は普通にビビってくれたようだ。
ギルドで調べても俺達『灰燼に帰す』はランク3パーティだ。ランク4以上で手も足も出ないほどの格上、とは思っていなかったのだろうか。
認識と警戒の甘さに溜息が出てきそうになるが、これでも彼はレキやウルスラとそう変わらない年齢の子供だ。あの殺し屋連中のように、完全に始末しようとまでは思わない。
これに懲りて、大人しく退いてくれればいいのだが――
「はぁ、お前らなにビビってんだよ」
「でもあの威力を無詠唱で撃つのは半端な実力じゃないわよ」
「思ってたより全然強いじゃん!」
「確かにな、思ってたよりかは強ぇけどよぉ、コイツはあの黒仮面アッシュだぞ?」
なんだ不良少年、何か秘策アリか。
「おい、お前らも出て来い、出番だぞ」
まだ伏兵がいるのかと思うが、付近に黒風による反応はない。
強いて言えば、彼らが最初から潜伏していた農場の建物の中に、何十人もの奴隷の子供としか思えない、小さな反応しかないのだが――その小さな子達が、動き出したのだ。
「うわー、アッシュだ」
「アッシュ! ホンモノだー」
「お肉欲しいー」
「クッキ欲しいー」
と、こういった子供達の反応は曲がりなりにも噂のヒーローとしては慣れた者だが、現れた子供達の手には武器、と呼ぶには貧弱に過ぎるが、それでも人を刺せば負傷させるに足る、鍬や鎌などの農具が握りしめられていた。
「おい、お前ら騒ぐんじゃねぇ! 言われた通りにやりゃあ、肉もクッキーもこの俺がくれてやる!」
「うー」
不良少年の呼び声に、あまり芳しくない反応だが、それでも子供達は手にする農具を構えて、俺達を囲むように動き始めた。
まさか、コイツの狙いは、
「へへっ、どうだぁヒーロー、子供相手じゃあ、撃てねぇんだろぉ?」
第二階層の中央地帯は広大な草原となっている。
暴走状態に陥った現在では、通常の三倍を超すモンスターが群れで徘徊する階層一番の危険地域と化している。
草原の中心地点には、『テメンニグル』を思わせる巨大なタワーが建っており、上は第一階層、下は第三階層へ繋がっている。勿論、タダで通行できるはずもなく、この草原の塔が第二階層におけるボス部屋だ。
最もスタンダードな攻略方法は、この草原塔のボス部屋を突破すること。
それは暴走状態の今だからこそ、最も確実な攻略ルートとして、中央草原を進むことを選択した冒険者は多かった。
もっとも、あまりにモンスターの数が多いせいで、いつものように正攻法で進む者は限られる。多くは、できる限り群れを避けながら、縄張りの隙間を縫うように隠れ潜んで先へと進む。
しかし、少数ながらも、堂々と最短距離を力づくで直進する者達もいた。
『シルヴァリアン・ファミリア』の最精鋭を集結させた、リューリック率いる『トバルカイン聖堂騎士団』も、その内の一つだ。
「いやぁ、ようやくボス部屋に着いたか」
ふぅー、と軽く息を吐きながら、リューリックは辿り着いた草原塔のボス部屋となっている大きな扉を見上げる。
「第二階層なんて何十年ぶりかに来たけど、意外と道は覚えてるもんだよね」
「ただ真っ直ぐ来ただけじゃねぇか」
「ガシュレー、お前すっごい方向音痴で中央草原で迷子になったの、俺忘れてないからな」
「ガキの頃の話はやめろや!」
二人共に、当時15歳。聖堂騎士への憧れに燃えて、無理な大迷宮攻略に挑みまくっていた、懐かしき少年時代の話である。
「それじゃ、さっさとボスに挑もうと思うけど、みんな大丈夫?」
「はい、団長。消費魔力は二割弱、まだ補給の必要はありません」
「同じく、問題ありません」
「マージクラスは露払いのため消耗が多いですが、それでも三割です。予定の補給地点までは十分に持つかと」
リューリック団長に答えるのは、同じく白銀に輝く古代鎧、もとい十字軍の開発した最新鋭の魔導兵器『機甲鎧』に身を包む騎士達。
十字軍に提供された『機甲鎧』20機は、聖堂騎士団でも選び抜かれた者が着用し、この大迷宮攻略の大任を帯びている。
総勢20人の攻略部隊は、第五階層までは二手に分かれて進む手筈となっており、ここにはリューリック含めて10名が揃っている。
彼らの鍛え上げられた実力と、この『機甲鎧』の力をもってすれば、一人の欠落もなく、最下層まで辿り着くことができるだろう。
「おい、団長」
「ああ、分かってる。ボス部屋の前でお客さん到来ってのは、大迷宮じゃよくあることだからね」
俄かに現れる、殺意を纏った気配の数々。
聖堂騎士が武器を構えるのと、彼らが囲まれるのはほぼ同時であった。
ざっと見ただけでも、30はいる。10人の聖堂騎士を優に越える襲撃者達。
「お前ら、シルヴァリアンだな?」
その中の一人が包囲より一歩進み出て、問いかける。
稀少鉱石をつぎ込んだ金属鎧は歴戦の傷痕を残している。顔は隠すことなく晒され、油断なく精悍な顔が鋭く睨む。
腰から下げた剣は一級の魔法剣であり、抜き放たれた瞬間に上級攻撃魔法を放つだろう。
剣士クラスのその男の首元から覗くのは、ミスリルのギルドカード。最高ランク5の証だ。
「ああ、俺の名はリューリック・トバルカイン。シルヴァリアンの最精鋭を率いるスーパーエリートのナイスガイなんだけど、ごめんね、今は大事な任務中だから、サインはあげられないかな」
「知らない名だな」
「えっ、ランク5パーティ『シルバーブレイブ』のリューリックって結構有名になってたはずだけど、ホントに知らない? 君もしかして新人さんかな」
「お前、俺らが冒険者やってたの何年前だと思ってんだよ」
リューリックとガシュレーをはじめ、シルヴァリアンの聖堂騎士候補達で結成した冒険者パーティは、最終的にはランク5まで至り、カーラマーラでは有名になったものだが、それも二十年前の話である。いくらランク5パーティといえども、解散してしまっては話題に上ることはない。
「……お前らは見ない顔だが、なるほど、シルヴァリアンの精鋭が集まっているのは間違いないな」
「参ったなぁ、部下の方が有名人とはね」
「シルヴァリアンのランク5パーティは全員、覚えている。『スノウホワイト』、『アリアの剣』、『クロスファイア』、『聖銀梯団』、錚々たる面子だな。お前らは身内でも競い合いに足の引っ張り合いと、随分いがみ合っていると聞いていたが……ふっ、そんなお揃いの装備をこの大一番で着込んでくるとは、本当は仲良しだったみたいだな」
同じ勢力に属しているからといって、そのパーティ全てが仲良く協力できているワケではない。
特に『シルヴァリアン・ファミリア』は厳しい成果主義のせいで、結果を出すためには味方さえ罠にはめることも辞さないと有名であった。
しかし、そんなパーティメンバー、それも力も我も強いランク5冒険者パーティのメンバー達が、同じ装備を身に纏い、完璧な連携と統率がとれているのは驚くべきことである。
「詳しいねぇ、君やっぱりウチのファンなんじゃない?」
「ライバルのことは嫌でも覚えるもんだろう。俺達はザナドゥ財閥の長男派だ」
「うーん、君達、結構強そうだし、今からでもウチに鞍替えしない? 一応、次男君とは協定結んでるんだけどさぁ」
「悪いが、傭兵は信用第一でね。それに、お前らの首を献上した方が、報酬も弾みそうだ」
交渉の余地など、元よりあるはずもなかった。
シルヴァリアンの最精鋭といえども、相手は同じくランク5級の実力者で、数は単純に三倍だ。周囲にはバックアップでまだ潜んでいる者もいるだろう。
誰が考えても、戦力差は明らかだ。
「律儀な傭兵ってのは、敵に回ると本当に厄介だよ。おまけに実力もあるとなったら、手に負えない」
やれやれ、とばかりに肩をすくめるリューリック。
呑気にお喋りこそしているものの、包囲している傭兵達からは刺すような殺意が向けられている。次の瞬間、眉間に矢が撃ち込まれてもおかしくない。
それでも尚、いつもの砕けた調子を崩さずにいられるのは、彼は、いや、聖堂騎士全員が、互いの戦力差を真に理解できているからだ。
「こんなところで使う気はなかったけれど、まぁ、相手が悪いんじゃあ仕方がない――」
リューリックは高々と右手を掲げる。
『機甲鎧』の分厚いガントレットに覆われているが、それでも、聖銀の装甲が透けるかのように、右手の甲から放たれる青白い十字に輝く光が発せられた。
「――総員、『聖痕』を解放しろ」
「参ったなぁ、シルヴァリアンの奴ら、あんな奥の手を隠し持っているなんてね」
しみじみと溜息をもらすのは、大迷宮攻略に挑む『極狼会』の主力パーティを率いる、オルエン・リベルタスだ。
白銀の鎧に身を包んだシルヴァリアンのパーティ10人と、待ち伏せしていたザナドゥ財閥の傭兵部隊30人との戦いを、遠く離れたモンスターの死骸の影から、オルエンは眺めている。
戦いの趨勢は、すでに決していた。
三倍の兵力差はとっくに埋まり、生き残っているのはリーダーの魔法剣士の男だけ。
繰り出される剣技は鋭く、刀身から放たれる攻撃魔法の威力も高い――だが、どれも青白い輝きを放つ白銀の鎧には通らない。
シルヴァリアンのリーダー、リューリックを名乗る男は青白く輝く長剣を凄まじい速さで振るい、ついに魔法剣士を貫く。
胴を貫くと同時に、青い炎が迸り、相手の全身を焼いていく。
10人と30人の戦いは、小勢側の圧倒的勝利で終わった。
「若、今ならば仕掛ける好機では?」
「奴らも傭兵相手に消耗しているかと」
「バァーカじゃないのぉ、アレどう見たって余力残してるでしょ」
ウザいけれど、実力は申し分ないので双子の坊主護衛もパーティメンバーに含まれている。
オルエンはうんざりしながら、双子を睨んで言う。
あの傭兵部隊は決して弱くはない。というより、ザナドゥ財閥の長男派が擁する主力の一翼を担う者達であることは、オルエンもよく知っている。有力な敵の情報は頭に叩き込んでおかなければ話にはならない。
そんな連中を軽く一蹴。
10人の内の誰1人として、目だった負傷さえしていない。
「まさか全力稼働する古代鎧をあんなに揃えているなんて、流石にボクも予想外だったよ」
カーラマーラの大迷宮では、最下層まで攻略したランク5パーティなどが稀に古代の兵器と思われる古代鎧を回収してくることもあるが、それを真っ当に実戦で動かせているのは、現状、『黄金の夜明け』のタンク一人だけ。
貴重な発掘品に、稀少な能力の持ち主の両方が揃わなければ満足に動かすこともできない代物。
そのはずだったが、今、目の前で起こった戦いはそれを否定するには十分すぎた。
「ともかく、奴ら全員がランク5級の実力者の上に、古代鎧の力を扱っている以上、正攻法で挑むにはあまりも分が悪い」
「若、そのような弱気では」
「我々はあんな輩に遅れはとりませぬ」
「そういう精神論でどうにかなるような相手じゃないから」
最も警戒するべきなのは、戦闘開始直後に彼らが発した、強力な青白い輝きだ。
あの光を纏った時は、この距離でも肌にビリビリ感じるほど強い魔力の気配が届いていた。
ランク5級の傭兵部隊を蹴散らすに足るだけのパワーが発揮されていたことは、恐るべきことである。
「あの青く光ったのは、一種の強化状態でそんなに長続きするとは思えないけど……」
とてもじゃないが、真っ向勝負で相手するべきではない。
攻撃力、防御力、機動力、全てが向上しており、付け入る隙が見当らない。その上、彼らの連携も完璧ときたものだ。
あの動きは熟練の冒険者というよりも、むしろ騎士といった方が良いものだが……リーダーのリューリックとサブのガシュレーという男の二人を除けば、他のメンバーは全員、シルヴァリアンのランク5冒険者として名の知れた者達である。
間違いなく冒険者であるはずの彼らが、揃いの古代鎧を着用し、完璧な連携を誇る歴戦の騎士のような動きを見せることには、シルヴァリアンがこれまで隠してきた何かしらの秘密を窺わせる。
「シルヴァリアンは真正面から潰してやりたかったけど、これじゃあ流石に分が悪い」
「では、如何なさるおつもりか」
「若のご命令とあれば、命を賭して遂行しましょう」
「暗殺できればラッキーかなぁ。正々堂々の真っ向勝負より、そういう方がボクらも向いているからね」
オルエンの表向きのクラスは『魔法剣士』。
だが、真のクラスは『忍者』である。
ラグナ公国に仕えたリベルタス家は裏稼業を専門とする家計。当主追放によりカーラマーラの地に流れ着いたのも、全てはみせかけ。とある任を帯びているが故のこと。
そして、オルエン率いるメンバーは忍者クラスとして修練を積んだ、暗殺特化の特殊部隊。
「ボクらはこのまま奴らの追跡に入る。勿論、隙あらば、寝首はかかせてもらうけど……無理はしなくてもいい。どうせ、本気で遺産を手に入れる気は、ボクらにはないんだから」
御意、という言葉だけを後に残して、オルエン達、黒装束に身を包んだ忍者部隊は、その場から一瞬で姿を消して行った。
2020年1月3日
新年、あけましておめでとうございます。
今年も『黒の魔王』をどうぞよろしくお願いいたします。