第751話 第二階層・大平原攻略(1)
第二階層『大平原』にある森林地帯の一角。そこには、あつらえたように丸い小さな泉があり、その畔には石造りの小さな砦が建てられている。
大迷宮発見当初に、第二階層攻略のための拠点として建設されたものだが、とうの昔に放棄され、今ではここに砦があることすら冒険者達は知らない。
そんな見捨てられた砦が、盗賊団『超新星』のねぐらであった。
「……なんか騒がしいなぁ」
ふわぁ、と大あくびを上げて、首領である妖精少女ルルゥは目を覚ました。
ただでさえくせ毛が跳ねている長い髪は、寝ぐせさらに激しく荒ぶっている。
「おはようございます、お嬢様」
礼儀正しい挨拶をくれるのは、副首領の女。
ルルゥをお嬢様と呼び、メイドのように接するが、その格好は頑強な鎧姿である。
『城塞砂鯨』の甲殻で作られた重装甲を纏うのは、長い黒髪に褐色肌の美女。
「あー、レヴィ、なんかあったのか? 凄いテレパシーがビリビリする」
「はい、お嬢様。大迷宮が暴走状態に入ったせいかと」
「暴走だぁ? どこのバカがやらかしたんだ」
「冒険王ザナドゥが先日、亡くなり、最初に大迷宮の最深部に辿り着き、宝物庫の鍵を手に入れた者に遺産を全て譲るとの遺言を残した結果、多くの冒険者が殺到し――」
「待て、なんだソレ、聞いてない、ルルゥそんなの聞いてないぞ」
「お嬢様は、よく眠っていらしたので」
「起こせよバカぁーっ!」
カーラマーラの一大事である。
というより、ザナドゥが遺産を身内ではなく、冒険者に競わせて与えてやるとは、誰も想像しなかった展開だ。
「お嬢様は、ザナドゥの遺産に興味がおありで?」
「金はあるに越したことはねぇ、でも面倒は御免だ」
「流石はお嬢様。堂々たるワガママ振りにございます」
馬鹿にしているのではない。副首領レヴィは本気で思っている。少女はワガママなくらいが可愛いのだと。
「その遺言、お前は聞いたのか?」
「ヴィジョンで放送されましたので。恐らく、カーラマーラ全てに」
「おい、ちょっと見せろ」
クイクイと手招きすると、待ってましたとばかりに俊敏な動きで顔を急接近させるレヴィ。
ルルゥの幼さを残す少女の小さな唇と、妙齢の美女であるレヴィの艶やかな唇が、正に触れ合う寸前、頭突きが炸裂する。
額を合わせることで、妖精のテレパシー能力による記憶の読み取りが発動する。レヴィが思い出す遺言放送を、ルルゥは触れ合った額を通して見た。
「――なるほどな、あのジジイ、最後にやるじゃねぇか」
「ええ、老いても枯れても、冒険者の意地を見せた、といったところでしょう」
冒険王ザナドゥが見せた最期の姿に、ルルゥは満足そうに笑う。
「ふっ、面白ぇ」
そして、ルルゥはベッドを文字通りに飛び出し、寝室を出て、真っ直ぐ砦のエントランスへと向かう。
この砦で最も大きな広間となるエントランスには、元から設置されていたヴィジョンがある。
ルルゥが姿を現すと、エントランスに詰めかけてヴィジョンで攻略中継を眺めていた団員達はすぐに気が付いた。
「あっ、姐さん! おはようございまーっす!」
「姐さん、やっと起きたんすね」
「今ヤバいことになってますけど、ウチらどうすんですか姐さん!」
ザナドゥの遺言放送を聞き逃すほど、丸一日以上ぐっすりと眠っていた首領ルルゥの登場に、俄かにエントランスは騒然となる。
なにせ、首領が寝ているものだから、この状況に際して何の命令も出されていないのだ。レヴィが通りがかりの冒険者などの襲来に備えて、周辺警戒を発したくらい。
果たして、遺産レースを聞いたルルゥがどうするのか、団員の誰もが気になっていた。
「聞け、お前ら! ザナドゥの遺産はルルゥのモンだ!」
「おおおぉーっ!!」
「さっすが姐さん!」
「姐さんなら絶対、そう言うと思ってました!」
ワっと歓声が上がり、ルルゥは両手を広げて満足気にエールを受けている。
妖精少女ルルゥの、団員からの信頼は厚い。
ここにいる盗賊団のメンバーは、全員が女性。元々は冒険者であったり、傭兵であったり、ギャングであったり。ただの商人や奴隷、一般家庭など、総勢30名以上に登る彼女達の出自は様々である。
だが、地上のカーラマーラでの居場所を失っているという点だけは、全員が共通している。
全てを失い、命さえも尽きようとした時に、彼女達を拾ったのがルルゥである。
妖精らしく、自由奔放で、どこまでもワガママなルルゥは、助けたいと思ったから助けた。助ける気がなくても、彼女達を追い詰めた者に対して怒りを覚えたから、勝手にキレてぶちのめしたこともよくある。
たとえ相手が誰であっても。三大ギャングだろうが、ザナドゥ財閥であろうが。
そのお蔭でカーラマーラ最高金額の賞金首にも指定されてしまったが、大迷宮に潜って暮らすルルゥ達には関係のないことだ。
「これからルルゥは、レヴィを連れて宝物庫を目指す」
「えっ、二人だけで行くんですか!?」
「姐さん。ウチらは!」
「お前らは留守番だ」
「ええぇー」
「だってお前ら弱いじゃん」
第三階層で獲物横取りなどのハイエナ行為をするのが精いっぱいな実力である。ついこの間も、黒仮面アッシュに絡んだら一瞬で全員返り討ちにされている。
とてもじゃないが、第四階層以降で生き残れるとは思えない。
「だから、大人しく待ってろ。そこのヴィジョンで、ザナドゥのジジィから鍵を奪うルルゥ様の雄姿を見てろよお前ら!」
「うぉー、姐さん!」
「姐さんが新しいカーラマーラの支配者になるぜ!」
うおおおお、と能天気に盛り上がる団員を背景に、ルルゥは着の身着のまま、というより、一糸まとわぬ妖精らしい全裸でもって砦を出る。
そして、その隣にはいつの間にか、副首領レヴィが控える。
「お嬢様、本気で遺産を狙うのですね」
「いや、遺産はついでだ」
「ザナドゥの遺産の他に、何かあるのでしょうか?」
「ルルゥは前に一回、大迷宮の最深部まで行ったことあるけど、辿り着けなかった」
「冒険者ギルドの公式には、完全攻略達成と記録されていますが」
「ホントの最深部は宝物庫だ。他のトコロはただの行き止まり」
もっとも、その行き止まりでも、第五階層の最後に相応しい強さのボスモンスターが守る大広間であり、それを打ち倒すのに見合った素晴らしい宝が手に入る。
故に、それをもって大迷宮攻略とされるが……
「宝物庫は神域になってる。だから誰も入れねぇ」
「神域、でございますか」
「妖精女王様に認められた、この妖精姫ルルゥ様でも、他の神の領域にはそう簡単には入れねぇ――けど、今は別だ。ザナドゥの野郎、堂々と開け放ちやがった」
「今ならば、必ず辿り着けると」
そういうことだ、と鷹揚にうなずくルルゥも可愛い、とレヴィはしばし見つめる。
「それではお嬢様、その宝物庫が神域と化しているならば、その主たる神は、一体どの黒き神々にあたるのでしょうか」
「さぁな、それは分かんねーな。けど、金キラキンにギラつく、悪趣味な神域だ……ロクな神じゃねぇ」
「確かに、第五階層は黄金に輝いていますが」
「あそこまで潜った時にハッキリ感じた。ここの神はクズだ。ドブみてぇに濁った欲望の臭いがしやがったからな」
「それほどまでとは、随分と汚らわしい悪神のようですね」
「ふん、この機会に妖精女王様の加護を最深部まで届けさせてやる。そしたら、このゴミみてぇな街も、少しはマシになるってな」
「お嬢様、まさかそこまでカーラマーラという国を憂いておられたとは。ご立派でございます」
「いや、別にそこまでは」
でもまぁ、どうでもいいか、とレヴィにプラチナブロンドのサラサラヘアーを執拗に撫で回されながらも、ルルゥは気にせず進むことにした。
彼女に恐れはない。たとえ行く先が大迷宮の最深部だとしても。
妖精女王イリスの加護は我にあり。
この人間並みに大きな体と、絶大な光の力は、次の玉座を継ぐための姫である証なのだから。
「……案の定というべきか、第二階層も大変なことになっているな」
暴走状態の影響は第二階層『大平原』でもしっかりと出ていた。
見はらしいの良い草原には、目につくだけでもかなりのモンスターの群れが闊歩している。
以前に訪れた時は、ゴブリンライダーに絡まれたくらいだが、今はあの時の比じゃないライダー集団が緑の大地を爆走している。
他にも、サイや鹿、バイソンなんかのモンスターもかなり大規模な群れを形成している。
ああいった動物型のモンスターは元から生息している草原の代表的な種類だが、群れが大きい上に随分と気が立っているようで、そこかしこで威嚇や小競り合いが起こっていた。
「下手に絡まれると厄介なことになるな」
草原という開けた場所だからこそ、四方八方から襲い掛かられたら逃げ場がない。第一階層は街並みが残っているから、隠れ場所も逃げ道も色々とあったものだが。
「一気に草原ダッシュで行くデス?」
「凄い賭けになりそうだが」
「かといって、森を進むのも安全とは言い切れないの」
この感じだと、森に入っても普通にエルダートレントが出現してきそうな気配だ。
隠れて進む余地があるなら森の方がまだ可能性はあるか……だが、俺達はそこまで隠密行動に特化したメンバーではない。
「ウルスラ、地図を見せてくれ」
「はい」
こういう時は、焦って選択をするべきではない。
状況を踏まえた上で、よく考えよう。少なくとも、今はまだ多少考えていられるだけの余裕はあるはずだ。
広げた地図は、第二階層全域を記したもの。
草原、森林、山間部、などの地形は勿論、ボス部屋や転移施設、あとは農場なども書き込まれている。
目指すべきはボス部屋でも入口でも、第三階層へ降りられるところならどこでもいい。どうせここも、全ての入口にボス級モンスターがいるだろうからな。
「クロノ様」
「ウルスラ、何か思いついたか?」
「うん、ここは多少迂回してでも、道を通っていった方がいいと思うの」
きっちりアスファルトで舗装された第一階層とは違い、自然に溢れる第二階層で物資を運搬しようと思えば道が必要となる。
ここには農場があるので、その作物を地上まで持っていかなくてはならない。あるいは、道を作ることに成功したから農場も出来たのか。
どちらにせよ、この第二階層に関しては、カーラマーラの人々が長年かけて開拓してきた道があちこちに張り巡らされている。
中でも、転移施設と大きな農場とを繋ぐのは街道と呼んでもいいほどのもので、普段から冒険者も運送業者も多く利用している。
そして、その街道は長年の経験と統計とを元に、特にモンスターの出現率が低い地域を縫うように敷かれているのだ。
「暴走していても、モンスターの生息域や行動範囲にそこまで大きな違いはない……はずなの」
「確かに、動物型のモンスターは、ゾンビほど当てもなく彷徨っている動きは見られないな」
ここから見る限りでは、草原には本来いるはずのないイレギュラーは確認できない。元々の生息域を無視して暴れ回っているなら、どこかにトレントの一体でもいるはずだ。
「街道に沿って進めば、多少はモンスターも少ない、と思われる」
「確証は持てないが、賭けるには一番可能性のありそうなアイデアだ」
少なくとも、最短距離を一直線に突っ切っていくよりかは、ずっとマシな考えである。
「よし、それじゃあ街道沿いで進んで行こう。もしモンスターが溢れていたら、その時は腹をくくって最短距離を真っ直ぐ突破だ」
最寄りの街道に出るまで約5分、そこから、道を進み始めて30分ほど。
「――ウルスラの推測は大当たりだな」
「この程度で済んで良かったの」
俺達の前には、力尽きたゴブリンライダーの集団が倒れている。
これだけの時間、道を進み続けて、エンカウントしたのはコイツらだけ。
どうやら、街道まで顔を出してくるモンスターはかなり限られているようだ。草原にそのまま出たら、1分と経たずにモンスターが殺到してきたことだろう。
「これなら問題なく進んで行けそうだな」
と、思った矢先のことである。
「クロノ様っ!」
「気づいたか、レキ」
重量感のある無数の足音。まだ遠いが、かなりの速さでこちらに接近してきている。
この感じ、ゴブリンライダーではなさそうだが。
「急いで移動するぞ」
暴走したモンスターの群れが偶然、こちらに向かって来ているだけなら、俺達が動けばやり過ごせる。
何もしなくても接近を察知できるほどだから、それほど距離的な余裕があるワケではないが、群れからは見つかってはいない。ギリギリで回避できるはず――
「クロノ様、なんかこっちに来てるデス!?」
「これは明らかに俺達を狙っているな……」
迫る群れの進行方向が、俺達を追いかけるように即座に変わった。
どんどん距離を詰めて来ており、そろそろウルスラでも足音が聞こえる頃だろう。
「この辺じゃあ隠れる場所もないの」
「迎え撃つしかないか」
はっきり目視できる距離でなくても、正確にこちらを探知できる能力を持つモンスターだ。たとえ第一階層みたいな廃墟があっても、追跡を逃れることはできないだろう。
かなり数がいるようだが、目をつけられてしまった以上は仕方がない。
「『黒風探査』」
すでにこちらを捕捉されているなら、『黒風探査』を発して目立っても問題ない。
見つからずに進むには『黒風探査』で発せられる黒い風は不向きだが、敵を探るために展開するなら意味はある。
これでより正確な敵の数と姿を確認しておけば、多少の情報が――ん?
黒風に感アリ。
この感覚はモンスター、だけではない。
「ああ、そういうことか……」
「どうしたデス?」
「何か分かったの?」
「これはMPKだ」
モンスタープレイヤーキラー、略してMPK。
ネトゲなどで、アクティブモンスターをわざと引きつけて、他のプレイヤーに押し付けて殺す、PK行為の一種である。
MPKはあくまでゲームの中での話だが、ダンジョンを探索する冒険者なる職業がリアルで存在するこの異世界においては、これもまた現実的な話となる。
その気がなくても、他の冒険者がモンスターに追われて逃げている場面に鉢合わせして、運悪く自分も追われる羽目に、というのはダンジョンでは割とありがちな事例だ。
そして、明確な悪意を持って、モンスターを引き連れ他の冒険者を襲わせる。そういう場合も、決して存在しないワケではない。
「初めて見たが、この状況じゃあMPKでも何でもやっても、おかしくないな」
俺が『黒風探査』で探知したのは、バイソン型のモンスターの群れと、その先頭を走る一人の騎兵だ。
馬に乗った人物が、角笛のようなモノを吹きながら走っている。
群れに追われて助けを呼んでいるのではなく、その角笛の音色でモンスターの注意を引いているのだ。
恐らく、逆にモンスターの注意を逸らす手段もセットで持っているはず。
ターゲットに近づいた時に、自分からはモンスターの注意を外すことができれば、完璧に群れだけをぶつけることができるワケだ。
ちなみに、コイツが俺達の動きを把握できていたのは、空に使い魔の鳥を飛ばしているからだ。
この階層では野生の鳥も鳥型モンスターも多数飛び交っているから、襲ってこなければ注意を向けることはないのだが、俺らを狙う奴がいると分かったからこそ、そのタネにも気づくことができた。
「むぅー、邪魔だけするなんて許せないデス!」
「一発で冒険者資格はく奪されるレベルの悪質かつ卑劣な行為。死を以って償わせるべき」
でも俺だってサリエル邪魔しに来ているだけだしな。アイツを止められるなら、卑怯でも何でもやるつもり……だからといって、自分が卑劣な罠にかけられるのを許容できるワケでもない。
「安心しろ、タネが割れれば対処は容易だ」
放つのは『榴弾』。
上空に向けて、山なりに放つ。
道の周囲はちょうど林になっていて、それが遮蔽物となり接近するMPK野郎とモンスターの群れは見えない。
だが、黒風で位置は把握できているし、俺の魔弾でも届く範囲内にヤツはすでに入っている。
できるだけ遠くに魔弾を放つ練習も、遮蔽物を越えるよう放物線を描く弾道での発射練習も、多少はこなしている。「だんちゃーく、今!」とか一人砲撃ごっこして遊んだ経験がこんなところで生きてるとは。
「――よし、吹っ飛んだな」
角笛騎兵のMPK野郎は、俺が何十発も釣る瓶打ちした『榴弾』の爆発範囲に巻き込まれ、見事に消し飛んだのが黒風の感触で確認。
注意を引きつける音色も止み、ついでに目の前で爆発が起きて、バイソンモンスターの群れは慌てて進行方向を転換。
無事に道から逸れて行った。
「また何もしないで終わってしまったデス」
「消化不良なの」
「楽に片付くなら、それに越したことはないだろう。それより、もっと注意して進まないといけないな」
ザナドゥの遺産を賭けたレースである。
恐れるべきは大迷宮のモンスターではなく、むしろライバルになるべき冒険者達。
頭で分かってはいるつもりだったが、こうも露骨に妨害行為を仕掛けられると、つくづく実感する。
第一階層を越えたここからは、有象無象も弾かれ、それ相応の実力者が揃って来ることだろう。
そんな奴らが全力で妨害をかけてくるのならば、本当に厄介だ。
足元をすくわれないよう、警戒を強めなければ。
2019年12月26日
今年最後の更新となります。
本当は、お年玉企画とかやりたいですが、この間まで2話連続更新していたので、何もできそうもありません・・・というワケで、来年も通常通りの更新をさせていただきます。
正月休みで、頑張って書き溜めていきたいと思います。
それでは、来年も『黒の魔王』をよろしくお願いいたします。みなさん、良いお年を!