第747話 参加者たち(2)
2019年11月29日
今回からは普段通りの週一更新に戻ります。
「――やってくれるじゃない、冒険王ザナドゥ」
リリィは拠点としているロドリゲス邸で、ザナドゥの遺言放送を見た。
ちょうど、フィオナもサリエルも、そして家主であるジョセフ含め、勢揃いである。
「ジョセフさん、そんなに離れてどうしたんですか」
「……また我のヴィジョン壊さない?」
「女性が絡まなければ、リリィさんはそうそうキレませんから大丈夫ですよ」
「ホントに?」
先日、中庭のヴィジョンを『星墜』された恐怖がジョセフには拭いきれない。途轍もない破壊力に加え、悪魔の種族である自分にとっては弱点属性となる光の大魔法だった。余波を食らうだけでも命に関わる。冗談では済まされない。
なので、恐れるジョセフをフィオナは決して馬鹿にはしない。
「計画が全て狂ってしまったわ。よりによって、こんなタイミングでオリジナルモノリスにアクセスできるルートを解放するなんてね」
リリィの予想では、ザナドゥは宝物庫の鍵、つまりオリジナルモノリスを操る手段を、誰にも相続させずに自分の墓にまで持ち込む可能性が高いとみていた。
冒険王ザナドゥの伝説と、それから財閥を作り上げた後の彼の動き。合わせて考えると、ザナドゥには大迷宮の力を利用し、さらなる支配を望むような野心があるとは思えなかった。
上手い使い方が思いつかなかったというほど、無能だとも考えにくい。彼はあえて、財閥を立ち上げるだけに留めているのだ。大迷宮を操る力の行使は、財閥が十分な収益を上げるのに利用する最低限のもの。
「ザナドゥはどういうつもりでこんな真似を……いえ、知っているのかしら」
大迷宮のオリジナルモノリスによって、莫大なエーテル量をつぎ込んで稼働させている謎の機能。
その正体をザナドゥが初めから知っていたとすれば、この無茶な遺産相続レースにも、何かしらの狙いがあると思える。
「事は、カーラマーラの支配権だけじゃ済まないのかもしれないわね……」
「それより、どうしますかリリィさん。あの鍵があれば、多分、誰でもオリジナルモノリスを掌握できるようになるのではないでしょうか」
気になることは多々あるが、フィオナの言う通り今は目先のことに対処しなければいけない。
「そうね。ザナドゥもそれで制御していたんでしょうし……もし他の誰かの手に渡れば、取り戻すのは厄介になりそうね」
「すでに多くの冒険者が動いていると予想される」
「ええ、すっかり競争になってしまったわ」
「リリィ様は、この遺産争いに参加するおつもりか」
いまだ若干の距離をとりつつ、ジョセフが行動方針を訪ねる。
「すぐに大迷宮の攻略に向かうわ」
元より、カーラマーラの古代遺跡全てを司る中枢機関たるオリジナルモノリスを他の誰にも譲る気はない。
「クロノさんの方はどうします?」
「今回の遺産争いに参加しないで地上に残っているなら、問題はないわ」
「もし、参加する気があるならば」
「その時は、宝物庫で待つわ」
クロノが自らの意思で、この戦いに挑むというならば――必ずや、ゴールである大迷宮最深部の宝物庫まで辿り着くだろう。
たとえ、一人であっても、必ず。
「記憶喪失のクロノさんでソロ攻略は無理があるのでは」
「それでも、クロノがその気になれば絶対に来るわ」
リリィは断言するが、フィオナとしては素直に納得できかねる。
大迷宮はただでさえ、広大かつ高難度のダンジョンだ。『エレメントマスター』のフルメンバーでも最下層は楽勝で攻略とはいかないはずだ。
クロノが持てる全ての力を発揮するならば、ソロ攻略も不可能ではないだろうが……リスクはそれなり以上に伴う。まして記憶喪失によって力に制限がかかっている可能性の高い今ならば、尚更。
だがしかし、そんなクロノがザナドゥの遺産目指して大迷宮に飛び込んでしまえば、ダンジョンの中で彼を探し出すことは難しい。
広大な大迷宮で示し合せることなく合流を目指すというなら、ゴール地点で待ち構えるというのは確実な方法でもある。ただし、相手が辿り着けるならという条件付きだが。
「分かりました、そうする以外に今は打てる手はなさそうですし」
「オリジナルモノリスが手に入れば、クロノが大迷宮に逃げ込んでも捕捉できるし、無理にでも会いにいくことができるようになるわよ」
「でも、もし攻略の途中でクロノさんを見つけたら、すぐに捕まえますよ」
「そうね、顔を見てしまったら、自分で自分を抑えられる気がしないわ」
エミリアに対して嫉妬が爆発してしまうほどの禁欲状態である。
本当はリリィだって、何もかも投げ出して今すぐクロノに会いに行きたい。後先考えずに、取り戻しに行きたいに決まっている。
「リリィ様、攻略において我々の支援はいかほど必要でしょうか」
一応、『カオスレギオン』にも大迷宮の攻略をしている冒険者パーティがいる。全盛期に比べれば、片手で数えるほどしか組織に所属してくれてはいないが、残ったのはいずれもランク3から4のベテラン揃いだ。
「お望みとあれば、このジョセフ・ロドリゲス、ランク5冒険者の端くれとして、『カオスヘッド』を率いてお供いたしましょう!」
珍しく、本当に珍しくジョセフが力強く言う。
これでジョセフも正式にランク5冒険者の肩書きを持っている。金で買ったものではない。むしろ、金を稼ぐために自ら冒険者稼業もやらなければ……という苦労した時代の証でもある。
事実上引退しているが、今もカーラマーラ冒険者ギルド本部には、ジョセフのパーティ『カオスヘッド』の登録は残っている。
勿論、メンバーはオークの老執事とサキュバス秘書とミノタウロスの護衛、残された幹部メンバーで構成されている。
「その必要はないわ」
「決して足手まといにはなりません。此度の大迷宮攻略が、カーラマーラの支配権を賭けた世紀の一戦となることは、すでに重々承知しております」
「だからこそよ。ジョセフ、このアングロサウスは貴方の領地よ。貴方が守り抜きなさい」
「……まさか、内乱にまで」
「少なくとも、ザナドゥ財閥とシルヴァリアンは絶対に地上でも動くわ」
宝物庫の鍵、というザナドゥの遺産を独り占めできるキーアテイムの存在を抜きにすれば、現状、カーラマーラという国を支配する最大勢力はザナドゥ財閥であり、次点でシルヴァリアン・ファミリアとなっている。
現実的な支配力を持つ彼らは、鍵一つでその勢力基盤がひっくり返されてはたまったものではない。
「無理にでも地上を抑えていれば、誰の手に鍵が渡っても対処できる」
どの勢力に属していようと、鍵を手に入れ戻った時に、その勢力が潰れていれば建て直しようはない。帰る場所を潰す、あるいは、守りたい人を消す。
あの鍵一つ手に入れるために、いかなる手段も選びはしないだろう。それだけの価値がある。
「いや、しかし、そこまでの強硬手段に出るとは――」
「失礼、ジョセフ様、ザナドゥ財閥より連絡です」
執事は『感応交差』用の水晶玉を持って、現れる。
テレパシー系の術者さえいえれば、メッセージをここへ飛ばすくらいはできる。元より、広く通信も受け入れているので、緊急の用があれば、このようにメッセージが来ることは珍しくない。
「それで、財閥は貴方になんて言ってきたの?」
「今すぐ降伏せよ。さもなくば潰す。こちらにはアングロサウスを更地にする用意がある、と」
「律儀なものね、わざわざ宣戦布告してくれるなんて」
逆らう気が本当にない者にとっては、実際にはありがたい処置ではあろう。向こうの方から受け入れてくれる意思を見せてくれているのだから。
しかし、大人しく従う気がなければ、宣戦布告など戦う準備を整える猶予期間でしかない。
「ジョセフ、必ずここは守り切りなさい。攻略は私達『エレメントマスター』だけで十分よ。他の全ての戦力はアングロサウスの防備に回していいわ」
「ありがとうございます、リリィ様」
最悪、アングロサウスが壊滅してもいいから攻略に手を貸せ、と言われる可能性もあった。ジョセフとしては、リリィの指示に心から安堵する。
リリィがキレて始めたアイドル活動の傍ら、ちゃんと勢力を取り戻すべくジョセフはそれなりに人も集めつつあった。
雇った冒険者や傭兵などを配すれば、それなりの防衛体制は整えられる。
「それと、ここ以外のライフラインは止めて行くから」
「えっ」
「それで多少は向こうの動きも鈍るでしょう」
ライフラインを断っておけば、その対処によってこちらに対する攻撃に動く余裕もなくなるかもしれない。中心街の方はそのままなので、ザナドゥ財閥にはさほどの影響もないだろうが、それでも外周区に本拠がある『シルヴァリアン・ファミリア』と『極狼会』、そしてその他のギャングに対しては十分に効果があるだろう。
「え、それはちょっと……無関係な者にも被害が拡大する可能性が……」
「止めるから」
「はい……」
リリィがやると言ったら、もう止められない。
外周区にはギャングと関係のない住人も沢山いる。ライフラインをまとめて止めれば、そういった人々にも影響が及ぶが……リリィからすると、この街に住んでいる時点で、誰も無関係ではいられないという考えだ。
「準備はいいかしら?」
「リリィさんがアイドルにうつつを抜かしている間、とっくに大迷宮攻略の準備は済ませていますよ」
一瞬、笑顔のリリィと無表情のフィオナがにらみ合う沈黙が挟まる。
「――それじゃあ、行きましょうか。カーラマーラの全てを貰いにね」
「あのクソジジイ! 最後に余計な真似をしやがってぇ!!」
ガシャーン、とけたたましい音を立てて調度品の壺が割れる。
「まぁまぁ、落ち着いてよ伯母さん」
執務室でザナドゥの遺言放送を見た『シルヴァリアン・ファミリア』の女首領、アンマリーは大荒れに荒れていた。
そして、そんな荒ぶる彼女を、リューリックはいつもよりもちょっと引きつった微笑みを浮かべながら、なだめていた。
「完全に想定外だわ。この時のために、どれだけ苦労して準備をしてきたか……」
一族の悲願、そして何より十字教復活のために、オリジナルモノリスを取り戻す算段をずっと整え続けてきたのがアンナマリーである。
ザナドゥの死を見越して、財閥には大枚はたいて接近し、様々な工作もしかけていたというのに……鍵さえ手にすれば誰にでも遺産を全て相続させるというザナドゥのせいで、そういった全ての苦労が水の泡となった。
「大丈夫だよ伯母さん、ここまで来れば、後はもう俺に任せてくれれば。こっちの方の準備は、無駄になってはいないからね。むしろ、これくらいのトラブルがあった方が、今まで備え続けた甲斐もあるって思うよ」
アンナマリーの肩を優しく抱きながら、口説くようにリューリックは言い聞かせる。
「そうね……状況はまだ、最悪ではないわ」
「オリジナルは必ず俺が、いや、俺達『トバルカイン聖堂騎士団』が手に入れる」
準備は万端だ。
シルヴァリアンには聖堂騎士の団員が冒険者として、長年、大迷宮の攻略を続けている。カーラマーラでナンバワーワンの冒険者パーティは『黄金の夜明け』だが、それに次ぐ最上位のランク5冒険者パーティとして名を上げている。複数回、大迷宮の最深部まで攻略を成功させており、その実力もノウハウも十二分にある。
「ええ、お願いよ。ここまで来れば、後はもう貴方達に全てを託すわ」
「任せてよ、伯母さん。命に代えても、この聖なる使命は果たしてみせる」
「そう、そうよね……でも、リューリック、どうか無事に戻ってきて」
「あはは、心配性だな伯母さんは。大丈夫だよ、俺達には神のご加護がある。ようやくだ、ようやく本気で、俺達聖堂騎士が戦える時が来たんだ――この『聖痕』の力があれば、俺達は無敵だよ」
リューリックが翳した右手の甲には、薄らと青白く輝く文様が浮かび上がる。
小さな十字を中心に、円形の魔法陣のような形状。
この『聖痕』こそが、リューリック達をただの騎士ではなく、神の加護を受けし聖堂騎士とする奇跡の印。
「団員が揃い次第、すぐに出発するよ」
「こちらのことは、任せなさい」
「伯母さんも、無理はしないでよね」
「外周区を制圧するだけよ。大した仕事じゃないわ」
ことここに及んでは、もうただのギャングでいる必要はない。
ザナドゥの遺言は大きく想定を裏切るものであったが、しかし、大迷宮の攻略に成功し、鍵を手に入れることができれば、全ての目的は達せられる。
時は来た。
千年の長きに渡る雌伏の時は終わりを告げ、十字教徒として立ち上がる時がついに来たのだ。
「今こそ、カーラマーラをあるべき姿に……白き神の信仰を蘇らせ、この混沌と不毛の地に、聖なる祝福を」
「十字の御旗を掲げよ、ってね。戻って来た時を、楽しみにしているよ」
大迷宮への出発準備を整える、その僅かな時間を使って、リューリックはウエストサイド治療院へと訪れていた。
負傷したワケではない。用があるのは、ついこの間、自分が導いた迷える子羊君である。
「やぁ、少年、忙しそうだね?」
「あっ、リューリックさん!?」
バタバタと忙しなく治療院の通路を駆けていたのは、すでにして白い法衣が馴染んでいるクルスであった。
手には白い長杖が握られ、十字の先端からは輝く光の玉が浮かび上がっている。
「大変ですよ、いきなり全部の灯りは消えるし、水も火も出ないし、どうなってるんですかコレ!」
「まぁまぁ、落ち着きなよ。その内に復旧するか、そうでなくてもシルヴァリアンがちゃーんと対策してくれるから」
予想外の事態の一つとして、この外周区のインフラ停止がある。
灯りが消えた瞬間、アンナマリーは再び怒りに吠えたものだが……なってしまったものはしょうがない。
誰がこれをやったのか、おおよその見当はついている。もっとも、これがなくても、真っ先に潰しに行く予定ではあったのだが。
最も忌むべき邪悪な魔族の巣窟たる、『カオスレギオン』のアングロサウスには。
「灯りはまだ昼間だからいいですけど、水だけでも早くなんとかしないと」
「大丈夫、ちょうど必要だと思って持って来てるから」
「本当ですか!」
「ああ、この後も補給物資はドカドカ届けられる予定だから、落ち着いて対処してくれたまえ、司祭殿」
「僕まだ見習いもいいところですけどね」
クルスを同じ十字教徒だと見込んで、リューリックは出会ったその日の内に、彼の住込みの働き口として、このウエストサイド治療院を紹介した。
決め手は勿論、彼が使える唯一の魔法『微回復』である。下級の治癒魔法ではあるが、これが使えるのと使えないのとでは、治療において雲泥の差があるのは当然だ。
ささやかながらも即戦力として、リューリックは院長へと紹介した。
ウエストサイド治療院としても、つい最近、大ベテランの治癒術士だったヒルダが『事故によって』亡くなったことで、他の職員に大きな負担がかかっていた。
ヒルダは本当に優秀な女性で、特に子供が大好きで、子供達を癒すためならどんな苦労も厭わない、正に聖人のような――ともかく、今はすぐにでも治癒魔法が使える者が欲しい状況でもあった。
慌ただしくもクルスは歓迎され、その日の午後にはすぐに働き始めた。
治癒魔法の腕前は最低限であるものの、よく気が回り、聡明で働き者のクルスはすぐに治療院の職員として認められ、今ではすっかり貴重な戦力の一角を担っている。
何より、彼の評価すべきはその類稀な向上心で、僅か数日で先輩の治癒魔法を見よう見まねで習得し、治癒術士としての腕前を上げていることだ。
今、この灯りが消えて薄暗い治療院を照らしているのも、つい一昨日に覚えた『光精霊召喚』の魔法によるものである。
「たった数日で、よくこれだけ腕を上げたものだね」
「いえ、僕なんてまだまだですよ」
「ははは、謙虚は美徳だけど、過ぎると嫌味に聞こえるものだぞ少年!」
「あっ、ちょっ、やめてくださいよ、仕事中なんですから!」
わしわしと犬でも撫でるかのように触ってくるリューリックに、クルスは笑いながら抵抗する。
「仕事中悪いけど、少しだけ時間いいかな」
「そうですね、ちょうど休憩しようと思っていたところなので」
「それは良かった」
と、リューリックはクルスと連れ立って、治療院に併設されているカフェテラスへと向かった。
二人分のお茶を手に、リューリックは席に着くと、切り出した。
「俺はこれから、大迷宮の攻略に行く」
「えっ、もしかして、ザナドゥの遺言を」
まぁね、と軽く言いながら、お茶を飲む。
「そ、そうなんですか……大丈夫、なんですよね?」
「心配してくれるのかい? 優しいね、君は。でも男に優しくしても、いいことはあんまりないぞ」
「茶化さないでくださいよ。心配するのも当然ですよ。それに、リューリックさんは僕を拾ってくれた恩人ですし」
「当然のことをしたまでさ、同じ神を信じる者同士としてね」
「ありがとうございます。僕は本当に、リューリックさんには感謝しているんです」
行き場もなく、先行きの不安しかない状況で、拾って貰ったのだ。
最初は怪しい人だと思ったものだが、紹介されたウエストサイド治療院は自分がいていいのかと思うほど立派な治療院で、すぐにクルスを受け入れてくれたいい人ばかり。
不安なんて感じている暇もないほど忙しく働くことになったが、それでも、傷ついた人を癒すことは、何というか、この上ないやりがいを感じられた。
無論、自分のちっぽけな力では及ばず、助けられなかった人も、ここ数日で早くも何人か見てきた。
過酷な現実、けれど、それに挑む勇気と行動。
逃亡生活を始めたばかりの頃にも感じた、大きな充実感と使命感とが、クルスの胸を満たしてくれる。
「まぁ、単なる博愛精神だけじゃなくて、個人的な理由もあったんだけどね」
「そうなんですか?」
「俺には息子がいてね。歳は君よりも少し上になる……けど、ベンチで項垂れている君の姿が、どうにも息子と被ってしまってね」
「なるほど、そんな事情が」
「息子はかなり遠くの国にいてね。俺も、たまには父親らしい真似でもしないと、こう、罪悪感みたいなのを感じるらしい」
「それは、息子さんに手紙でも送ってあげた方が良かったんじゃあ」
「なに、アイツも成人は済ませている。今更、父親が恋しい歳でもないからね」
「そんなことないですよ。家族と繋がりがあるというのは、それだけで心の支えになりますから」
そういえば、クルス君は孤児だったか、とリューリックは思い出す。彼の言葉には説得力しかない。
「いやぁ、なんだか俺の方が励まされるとはね。本当に情けない父親だよ」
「いえ、リューリックさんは立派な人ですよ。少なくとも、僕の事は救ってくれましたから」
「大したことはしていないよ。君の行動が今の結果を引き寄せているのだから」
良くも悪くも、であろう。そのことは、クルスも子供ながらに重々承知するところだ。
「さて、そんな頑張り屋な君に、今日は一つプレゼントをしたくてやって来たんだ」
「ええっ、そんな、なんだか悪いです」
「いやいや、君には才能がある。是非、受け取って欲しい」
リューリックが差し出したそれは、重厚な革の装丁がされた年季の入った一冊の本だ。表紙には、白い十字のエンブレムだけが記されている。
「これは、聖書ですか」
「ああ、けれど、普通のとはちょっと違う」
「違う、んですか?」
聖書に違いなどあるのだろうか。そこに書かれる教義は、一言一句同じであるはず。そうでなければ、聖書の意味がない。
「これはより原典に近い……まぁ、一種の魔法具みたいなモノだと思ってくれればいい。持ってるだけで、光魔法とか強化される、気がする」
「あはは、なんですかソレ。でも、ありがとうございます。僕、まだ自分の聖書は持っていなかったので」
リューリックのような十字教徒がいるので、こんな場所でも聖書は手に入れることができる。だが、その値段は少々、張る。ついこの間、孤児から脱したばかりのクルスでは、手が届かない品である。
「少年、もし君が真にこの聖書に書かれている神の意思を読み解くができたなら――その時は、聖痕を授かるだろう」
「……スティグマ?」
「いやぁ、ははは、コイツを託せる子がいてくれて、本当に良かったよ。クルス少年、君はもう迷える子羊ではなく、自らの意思と信仰でもって道を進む立派な信徒だ。自信をもってくれ、君には才能がある」
「ええ、はぁ、ありがとうございます」
「それじゃあ、吉報を待っていてくれ。戻ってきた時には、俺はカーラマーラ一の大金持ちになっているんだからね。君にも分け前をくれてやろう、期待して待っていてくれたまえ」
「あはは、楽しみに待ってます。それでは、どうかお気を付けて――神のご加護がありますように」
「ああ、行って来るよ。神のご加護がありますように」
2019年11月29日
まずは、コミック版『黒の魔王』第14話が更新されています。お忘れの方は、どうぞコミックウォーカーかニコニコ静画へ!
それから、YouTubeでハクヤというVチューバーが、書籍版『黒の魔王』の朗読動画をアップしています。自分の文章が声に出されて読まれているのは、非常に気恥ずかしいものですが・・・気合の入った白崎さんのヒロインらしい台詞など、是非、聞いてみください。