第746話 参加者たち(1)
2019年11月22日
今週は最後の2話連続更新です。こちらから開いてしまった場合は、前話からお読みください。
「俺は冒険王ザナドゥ。俺の遺産を、全て与える――この鍵を手にした奴に、俺の全てをくれてやるっ!!」
宣言と共に、ザナドゥはテメンニグルのエントランスから、大迷宮の最奥、宝物庫へと転移を果たした。
入口から最深部までの転移など、普通はできない。できないが、宝物庫の主を示す鍵を持つからこそ、可能となる特別な転移である。
その鍵を握りしめたまま、黄金に輝く巨大なモノリスにもたれかかるようにして座り込み――そうして、ザナドゥは息を引き取った。
その姿は、ヴィジョンにずっと映り続けたままで、誰が最初に彼の元を訪れるのかを見逃さないとでも言うように、示されている。
こうして、冒険王の遺言は宣言された。
鍵だ。
宝物庫の鍵を握りしめて死んだザナドゥから、その鍵を奪えば、全ての遺産を相続できる。つまり、最初にそこへ辿り着いた者が、全てを手にする権利があるということだ。
「ザナドゥの遺産は俺のモノだぁ!」
「急いでメンバー全員集めろ! 集まり次第すぐに出発するぞ!」
「まぁ待て落ち着け、ここは準備を万端に整えるんだ」
「武器もポーションもありったけ買い占めて来い! 金のことなんか気にすんな!」
「大迷宮の最深部だぞ、簡単に辿り着けるものかよ」
「そうだ、ランク5冒険者の後をつけようぜ、そしたら――」
遺言を聞いて、最初に動き出したのは冒険者達である。
ザナドゥが眠る場所は、巨大な金色のモノリスがあることから、すぐに大迷宮の最深部であることは分かった。冒険王ザナドゥが語る宝物庫の様子は、カーラマーラでは有名な話である。
大迷宮を攻略するのを仕事にしている彼らが、誰よりも有利なのは明白。冒険王と讃えられるザナドゥだからこそ、冒険者に遺産を託そうと思ったのかもしれない。
すでに死したザナドゥの思惑など誰にも分かりはしないが――冒険王の遺産とカーラマーラの未来は、今、冒険者の手に託されたといって良いだろう。
冥暗の月25日。
冒険王ザナドゥの遺産を巡る、大迷宮のバトルロイヤルが始まった。
「……な、なんか、大変なコトになったな」
「うん」
「デス」
部屋からでも見える街角ヴィジョンでザナドゥの遺言配信を見た俺達『灰燼に帰す』は、莫大な遺産が手に入るチャンスだヒャッホーイ! と舞い上がるよりも前に、困惑していた。
どうすんだこれ、俺達も参加した方がいいのだろうか。そりゃあ、金はあるに越したことはないが……どう考えても危険すぎる。後先考えずに飛び込むには躊躇する状況だ。
「少し、落ち着いて考えよう」
「は、早く行かなくてもいいデスか!?」
「宝物庫は大迷宮の最深部なの。普通に挑んでも、攻略できるかどうか分からない」
やっぱり、こういう時はウルスラが冷静である。
俺もどうするべきかパっと思いつかないが、ここは先に彼女の意見を聞くのもいいかもしれない。
「まずはしっかりと準備を整える。それからルートの策定。大量の冒険者がいるから、ちょっと回り道していくくらいがちょうどいいかもしれないの」
「ちょっと待てウルスラ、それって参加する前提の話?」
「えっ、しないの?」
なんでそんなヤル気満々なんだよ。やっぱりウルスラも莫大な遺産を前に頭が混乱しているのかも。
「これはすっごーいチャンス! デスよ、クロノ様! このビッグウェーブにライドオン!!」
「そう、クロノ様ならこの戦いも勝ち抜けるに決まってるの」
「いや無理だろどう考えても……ランク5冒険者がこの街にどれだけいると思っている」
エミリアの兄貴ゼノンガルト率いるカーラマーラ最強パーティ『黄金の夜明け』を筆頭に、ここには大迷宮の最深部まで踏破した経験のあるランク5冒険者パーティが幾つもある。
実力は勿論、何よりも有利なのは、長年この大迷宮で活動してきた経験だ。中には、独自の理論によって、大迷宮の第四階層と第五階層の変化の仕方を高確率で予測できるパーティなんかもあるのだとか。
「今の俺達はランク4パーティで、第四階層の攻略に乗り出したばかりだぞ」
「でもでも、クロノ様ホントはランク5デスよ!」
「確かに、俺も元はランク5だったかもしれないけど、出自を考えるとその肩書きも怪しいもんだ。ランク5モンスターがゾロゾロ出て来たら、余裕で死ねる」
「……私達の力不足なの」
「まだ未熟なのは俺だって同じだ。だから、どんな大チャンスだろうと、命を賭してまで挑むものじゃないだろう」
どれだけ莫大なリターンがあろうとも、死ねば全てお終いだ。天国に金は持っていけない。
「それよりも、本格的にカーラマーラを逃げ出す用意をした方がいいかもしれないな」
どう考えても、これから良い方向には転がらないだろう。
誰が遺産を手にしたとしても、確実に荒れる。
そもそも、遺産はザナドゥ財閥が身内で上手く分け合う前提で話が進められていたのだ。そこにきて、ザナドゥ本人によるこの暴挙だ。生放送で自分の遺言を全国民に知らしめたのだから、今更撤回もできない。
ザナドゥの遺産を受け継げなくても、財閥は勿論、大商人もギャングも十分な資金力、組織力、そして野心を持っている。誰か一人の手に、ザナドゥの遺産が相続される結果など、誰もが望まないし、誰も黙ってはいられない。
そんなこと、新参者の俺ですら分かるのに……ザナドゥは何を考えてこんな争いを煽る真似をしたんだか。
「下手すると本当に内乱が起きる」
「それじゃあ、アダマントリア亡命ルートに戻るデスか?」
「安全を考えると、それが一番かもしれないの」
「子供達も孤児院から引き揚げさせようか」
流石に砂漠船に乗り込むくらいはできるだろう。混乱が始まれば、シルヴァリアンだって俺達のことなど構ってはいられないだろうし。
手持ちの資金も問題ない。速攻で全員分の席を確保して、大嵐が明け次第、国外へ高飛びだ。
「……エミリアは、残るだろうな」
昨日、勢いで「お前を連れて逃げる!」的なことを言ったけれど、まさか真に受けているワケではあるまい。あくまで、逃げ場はあるんだよ、というプレッシャーを和らげるための慰める言葉であって、駆け落ちしよう的な意味合いはない。
なんだかんだエミリアはカーラマーラ出身だし、順当に考えれば兄貴の『黄金の夜明け』が遺産を手にする最有力候補だ。逃げる理由が見当らない。
彼女とは、これでお別れかもしれないな。
昨日も終わってみれば、なんだかんだ楽しかった。
二人きりのライブは終わった後は、そのまま打ち上げと称して飲みに行った。もうヤケクソみたいな勢いで飲んでは、やけにテンションの高いエミリアと結局、一晩飲み明かしてしまった。
朝方に眠ったエミリアを背負って、以前に訪れた『黄金の夜明け』のホームに預けてから、俺はようやく帰宅。
そして、完全無欠の朝帰りを果たした俺を前に、二人が涙目で事情を追求してきて、説得するのに大いに手間取っていたところで――ザナドゥの遺言が放送されたのだった。正直、矛先が逸れてちょっと助かったと思ってる。
ともかく、今はできることからしていこう。
そうして逃げ腰の方針が決まった、ちょうどその時である。
ドンドン、とアパートのドアが乱暴にノックされた。この安アパートには呼び鈴などという上品なシステムは実装されていないので。
「誰だ」
遺言配信のせいで、外が今も騒がしい。こういう状況になると、騒動に紛れて馬鹿をやらかす奴も出てくる。俺は警戒しつつ、来訪者に誰何を訪ねた。
「アッシュ様、オルエン様がお呼びです」
「いきなり呼び出しかよ……」
来るの早すぎだろ。
あまりいい予感はしないな、と思いつつ、俺は極狼会のメッセンジャーに了承の意を伝えるのだった。
「――ふっ、冒険王ザナドゥ、最期に冒険者としての意地をみせた、といったところか」
ゼノンガルトは拠点内の大広間にあるヴィジョンにて、祖父であるザナドゥの最期を見届けた。
その表情には一抹の悲しみもなく、ただ、満足そうな笑みが浮かんでいる。
「よろしいのですか、ゼノ様。これでは、他の冒険者が殺到することになります」
「真実を知らぬ有象無象のことなど、気にするほどのことはない」
すぐ隣に立つ、首輪をつけた奴隷メイドのティナの言葉に、ゼノンガルトは気を悪くした様子もなく、こともなげに答える。
「宝物庫までの道がようやく開かれた。それだけで十分ではないか」
「これまでの苦労を思うと、少々、残念でもあります」
大迷宮の最大踏破回数記録を更新し続けている『黄金の夜明け』だが、その真の目的はザナドゥが最初に辿り着いた宝物庫、そこへ至るためのルートを見つけ出すことだった。
ザナドゥの初攻略成功以降、ただの一人も宝物庫へ辿り着いた者はいない。第五層のエリア変化は、明らかに宝物庫へ誰も通さないように稼働している。
そして、それを設定したのはザナドゥ本人であるとしか考えられない。現状、大迷宮の全てを司る、最深部に鎮座する黄金のオリジナルモノリスに触れ、操作することが可能な人物はザナドゥのみ。
「確かに、あともう一歩でルートの確定も完了するところだったが……なに、今までの経験も無駄ではない。十分な装備も整えられた」
「どれも、ゼノ様のお力には及びません」
「この程度ではまだ足りぬな。魔王を名乗るからには、力がいる。絶対的な、力がな」
求めるのは、ランク5冒険者としての最高峰、そこからさらに先にある、次元の異なる、正に神の領域にまで踏み込むほどの力。
それを掴むためにも、ゼノンガルトは宝物庫へ、いいや、そこにある黄金のオリジナルモノリスの前まで辿り着かなければならない。
そこに至った時、この身に宿る加護の力は真なる覚醒を迎えるだろう。
「それに、この状況はむしろ、俺にとっても実に都合が良い」
ザナドゥの遺言によって、誰の目にも分かりやすく相続者が決まる。
いまだヴィジョンはゴール地点であるザナドゥが横たわる宝物庫の様子を映し続けていて、鍵を手にする勝利者の姿を国中に知らしめるだろう。
「はい、ゼノ様がカーラマーラの支配者となるのを示すには、格好の状況かと」
「所詮、カーラマーラなど大陸統一のための一歩に過ぎぬ」
だが、最初の一歩目にして、当面の間は自らの勢力基盤となる国だ。いつまでも、際限のない自由と欲望が支配する混沌の街ではいられない。
「ザナドゥは支配者の器ではなかった。所詮、奴はただの冒険者」
「だからこそ、カーラマーラには真の支配者が必要なのです」
ザナドゥの血を継ぐ孫だから、ではない。ただ、己の力で以って、この国を奪う時が来た。
「ああ、俺はザナドゥとは違う。冒険者など単なる手段に過ぎんのだからな。しかし、その幕引きは綺麗に飾りたいものだ」
「はい、後世に伝説として語り継がれることでしょうから」
「そうとも、これが『黄金の夜明け』最後のクエストとなる。ザナドゥの遺産を受け継ぎ、この俺がカーラマーラの王となるのだ!」
「あー、兄さん、盛り上がってるところ悪いんだけど」
やや遠慮がちに口を挟んだのは、隣のソファでゴロゴロしてた妹のエミリア。今朝方、アッシュに背負われへべれけになって帰って来た、エミリアである。
「どうした、エミリア。なにか心配事か?」
「いや、なんか大変なことになってるなーとは思うけど、別に兄さんの心配はしてないわよ」
奴隷として駆り出されて以来、子供とは思えない力と行動力とを発揮してきた兄である。今更、エミリアが心配するようなことはなに一つない。
「えっと、その、個人的なお願いなんだけど」
「言ってみろ。エミリア、お前は唯一、この俺にワガガマを言って許される女だぞ」
いや本当に、出来る兄を持つというのは妹冥利に尽きる。
そんなワケで、エミリアは今回も兄の厚意に甘えることにした。
「もし、もしもよ……アッシュと大迷宮の中で会ったら、お願いよ、彼だけは殺さないで」
「やれやれ、兄の身よりもその敵対者を心配するとは……とうとうお前も、女の顔をするようになったか」
「茶化さないで! 私は本気で言ってるの!」
「本気、か……それほどまでに、あの男が大事か?」
「大事っていうか、なんていうか……」
「ハッキリ言わねば、男には伝わらぬぞ」
「……プロポーズされたのよ」
「ほう」
「一緒にカーラマーラを出ようって言われたわ……夢を諦めてでも、私のこと助けたいんだってさ」
なんでもないような素振りで言うエミリアだが、その頬はゆだったように朱に染まり、ソワソワしながら視線もあちこち泳ぎまくっている。
「……そうか」
お前は一体何をやっているんだ、と叱りそうになったのを、ゼノンガルトは寸前で留まった。
アッシュと朝帰りを果たした癖に、色っぽいことは何もなかったことはお察しである。
意中の男と一晩を共にして、同性の友人同士のようにバカ騒ぎで飲み明かすだけとは――我が妹ながら、とんでもないヘタレだと、兄貴は思うのだった。
「まぁいい、お前の気持ちは分かった」
アッシュがどこまで本気なのかは分からないが、エミリアがここまで入れ込んでいるのならば止めはしない。ゼノンガルトは自由恋愛を推奨する主義だ。
もっとも、アッシュが本当にエミリアと結婚を果たしたならば、彼が如何なる思惑を抱えていようが、エミリアを泣かせる様な真似は決して許さないが。
「しかし黒仮面アッシュ、あの男と戦えば、多少は手こずりそうだ。加減するのは難しいぞ」
「そんな、なんとかしてよ!」
「それほどまでに思うならば、自分で引き留めてみろ」
「えっ、でも……」
「あの男の力は未知数だ。俺としても、イレギュラーは可能な限り排除しておきたい」
つまり、黒仮面アッシュに関しては、今回の遺産相続レースに参加して欲しくはないのだ。
「力はあろう。だが、俺のように大それた野望を秘めた男には見えなかったな。アレは、そうさな……家族を守る父親、といったところか。ただの冒険者としても、欲がなさすぎる」
ゼノンガルトほどの冒険者となれば、一目見れば相手の力量はおおよそ察せられる。その上、アッシュが戦った噂、すなわち、どれくらいの敵を倒し、どんな戦いぶりであったか、といった情報も揃っている。
そこから導き出される解答は、彼がランク5に届きうる実力者というもの。
それほどの高みにありながら、ヒーローごっこの他に目立った動きはみられない。状況に流されて動いているだけのように見受けられる。
つまり、アッシュには何かを切り捨ててでも、果たしたい願いや欲望、野望のない男ということだ。
「そんな男が、地獄になると分かり切っている今の大迷宮にわざわざ来る理由もあるまい。エミリア、お前が引き留めれば、尚更な」
「た、確かに、そうかもしれないわね」
「アッシュにはここへ顔を出すよう、言伝を出しておこう。お前はここで待っていればいい」
「ありがとう、兄さん」
可愛い妹の頼みを快く引きうけた兄は、次の瞬間には『黄金の夜明け』のリーダーとして動き出す。
「最後の攻略だ。万端の準備を整えよ」
「はい、ゼノ様」
「メンバーは一軍のみでよい。二軍以下のメンバーは全てこの拠点で防備につけ。騒ぎに乗じて、如何なる不逞の輩が現れるか、分かったものではないからな」
最初に最深部のザナドゥへ到達した者が全ての遺産を得る。そのルールを聞けば、その勝者となる最有力候補は当然、最も大迷宮を踏破した実績を持つカーラマーラ最強の『黄金の夜明け』ということになる。
抜きん出た者が明らかならば、まず真っ先にその足を引っ張ろうと動く者が出てくるのは簡単に予測できる。
「かしこまりました。他は如何いたしましょう」
「この攻略が終われば、俺は王となる。服従を誓う者には王の慈悲をもって庇護を与えよう」
「それでは、こちらに協力的な者は受け入れることにいたします」
最強の冒険者パーティとして、『黄金の夜明け』には付き合いのある冒険者や商人は多い。そういった者達は『黄金の夜明け』の勝利を見越して、今の内にすり寄っておこうと考えるだろう。
少なくとも、ゼノンガルトの実力を知った上で、遺産狙いで敵対しようとは思わない。
「財閥の動きには注意しろ。奴ら、怒り狂って何をしでかすか分からないからな」
「はい、警戒は徹底させます」
ザナドゥ財閥の子孫達は、完全に自分達の想定を裏切られた結果である。身内だけで分け合うはずだった莫大な遺産が、誰とも知れない第三者に丸ごと持っていかれる危険性が高い異常事態だ。今頃、彼らはテメンニグルで声の限りにザナドゥを罵倒していることだろう。
「それから、シルヴァリアンの動きにも警戒せよ。奴らはどうにも、オリジナルモノリスの秘密を前々から嗅ぎつけているようだからな」
「見つけ次第、排除させましょう」
「そうしろ。奴らなら、この機に本気で戦争を起こしかねん」
あの黄金のオリジナルモノリス。その真価に気づいている者ならば、そこまで大きな賭けにでることもありえない話ではない。
ゼノンガルトと同じく、これが本当の意味でカーラマーラの支配権を賭けた戦いになると理解しているのだから。
「警戒すべきはそんなところだろう。他の雑事は任せ――」
その時、全ての灯りが消えた。
日中のため、闇に包まれることはない。しかし、このカーラマーラにおいて灯りが消えるというのは、照明器具の故障以外にはありえない、あってはならない事態である。
すなわちそれは、古代遺跡の機能を動かす動力源たるエーテルの供給を断たれたことを意味するのだから。
「え、えっ、なんで、なんで灯り消えてんの!?」
生まれて初めて照明が勝手に消える、という状況を前にエミリアは上ずった声で慌てている。
一方のゼノンガルトは、誰に言うでもなく、苦々しくつぶやいた。
「……おのれ、『カオスギレギオン』の噂は真であったか」
ゼノンガルトとしても想定外、というより、事の真相を調べている最中であった。
曰く、『カオスレギオン』はカーラマーラ外周区のライフラインを操る術を手に入れた、と。
「外周区に構えた拠点が仇となったか……状況は」
「水、火、共に停止している模様です」
ティナがすぐさま、止まった設備を確認する。
今、この部屋の中で稼働し続けているのは、ザナドゥの亡骸を映しだすヴィジョンのみ。このヴィジョンだけは、オリジナルモノリスの制御下にあるため、正常に稼働し続けているのだろう。
「ダイレクトリンクを使え」
「はい、ゼノ様。エーテル供給を大迷宮のダイレクトリンクへ切り替えます」
まさかこの機能を使う時が来るとは、ゼノンガルトも想像していなかった。
万が一、通常のエーテル供給を断たれた事態に備えて、大迷宮から直接、エーテルを引き入れて拠点の機能を維持する非常用システムである。勿論、その操作は拠点内で秘密裏に抑えているモノリスによって行われる。
「あっ、点いた」
事の深刻さを理解していないエミリアの間の抜けた声と共に、再び室内に灯りが戻ってくる。
「エミリア、お前は決して拠点の外には出るな。ティナ、従う者には施しを与えよ」
「こんな状況でフラフラ外出なんてしないわよ……」
「かしこまりました。警戒態勢を最大限に上げつつ、対応いたします」
噂通りに『カオスレギオン』がライフラインを操る力を使い、他の外周区を停止させたと見るべきだ。すなわちそれは、他の勢力への攻撃を意味する。
大迷宮の仕組みを理解しているゼノンガルトのホームだからこそ、即座に回復できた。しかし、他の地域では復旧のしようもない。
あまり長期間この状態が続くなら、まず真っ先に水が尽きる。砂漠のど真ん中であるカーラマーラは、大迷宮による水の供給がなくなれば、あっという間に干上がってしまう。
ゼノンガルトとしても、これから自分の民となるカーラマーラ民を無駄に死なせるのは本意ではない。故に、拠点の機能が許す限り、水の供給などは融通する処置も必要となる。
「これはいよいよ、戦争だな」
ライフラインを止めた。特に、直接的に命のかかわる水までも。
それは宣戦布告と受け取るには十分すぎる行為である。
『シルヴァリアン・ファミリア』だけでなく、『カオスレギオン』までもが、この土壇場で行動を起こしたのだ。事態は想像以上に混沌としたものとなるだろう。
「日和見のジョセフにこんな真似はできまい……となると、黒幕はあのリリィとかいう大妖精か」
アイドルとして突如としてヴィジョンに現れた妖精姫リリィ。
彼女が『カオスレギオン』に出入りしては、VIP待遇を受けているという情報はすでに耳に入っている。そして、つい昨晩、エミリアのライブをぶち壊したことも。
「ここまでやるならば、狙いは俺と同じか。イレギュラーは排除すべきだが……ふっ、強力なライバルもいたほうが、攻略のし甲斐もある。あるいは、これが魔王へ至るための試練か」
恐らく、今回の大迷宮攻略は『黄金の夜明け』のラストクエストにして、これまでで最大の戦いとなるだろう。
しかし、だからこそ、これを魔王へ至る試練と心得、乗り越えなくてはならない。
「鍵は必ず手に入れる。加護の力も、モノリスの機能も……カーラマーラは、俺のモノだ」
2019年11月22日
新章スタート、ようやくカーラマーラでのメインイベントまでたどり着きました。
当初の予定では、すぐザナドゥの遺産レースを始めるつもりでしたが・・・気づけばここまで長々と続けてしまいました。その甲斐もあって、十分に役者は揃えられたと思っています。
来週からは1話ずつの更新に戻します。
それでは、次回もお楽しみに!