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黒の魔王  作者: 菱影代理
第36章:最果ての欲望都市
751/1045

第745話 冒険王ザナドゥ

 アトラス大砂漠の中央に巨大な古代遺跡があることは、砂漠に住む者は誰でも知っていた。しかし、その目で見た者は誰もいない。

 過酷な大砂漠のど真ん中へ向かうには、あらゆる魔法技術が失われた暗黒時代初期の人々には不可能であった。

 しかし、人はゼロからまた一歩ずつ、文明を進め始める。

 大砂漠を巡る流砂に乗って進む砂漠船が建造され、本格的な交易が盛んとなりはじめた砂漠の大航海時代を迎えると、伝説の大迷宮を探そうとする者も現れた。

 数多の勇猛かつ無謀な船乗り達が砂漠に飲まれながらも、ついに、一つの船が辿り着いた。

 そこには、天を衝くほどに高い巨大な塔と、その地下に伝説で語られる広大な大迷宮があった。

 すぐに航路が開かれ、大迷宮攻略のために冒険者達がやって来るようになる。

 最初は、何組かの冒険者がキャンプを張った拠点。やがて、より多くの冒険者や商人がやって来るようになり、小さな港町が形成されていった。

「――ここを、カーラマーラと呼ぼう」

 そう名付けたのは、高名な考古学者だったと言われている。

 彼は大迷宮にあるモノリスから、どうやらこの場所が『カーラマーラ』と呼ばれていたことを、古代語を解読して突き止めた。

 由緒正しい町の名前は定着し、それから大迷宮の攻略が進むごとに、カーラマーラは発展してゆく。

 そして、数百年の時を経て、ついに大迷宮の第四層が突破され、最下層と噂される第五層にまで冒険者が至った頃には、カーラマーラはアトラス大砂漠で最も栄えた大都市と化していた。

 最初に階層を攻略した冒険者は皆、カーラマーラの歴史に名を連ねる英雄とされる。階層が攻略される毎に新たな発見や発掘物、戦利品が手に入り、街はさらなる発展を遂げてゆく。

 最後の階層と目される大迷宮第五層。最下層までの完全攻略という最大級の栄誉をかけて、当時のカーラマーラは冒険者達の熱気に包まれていた。

 ザナドゥは、そんな冒険者の一人である。

「俺が、俺達がっ、第五層を攻略するっ!」

 当時、ザナドゥは18歳。

 生まれも育ちもカーラマーラで、両親は共に冒険者。幼い頃に、第四層の未踏領域攻略で命を落としていた。

 幼少の頃に天涯孤独となったザナドゥだが、そんな境遇の子供などこの大迷宮の都市カーラマーラでは吐いて捨てるほどいる。

 ザナドゥは優秀な冒険者であった両親から受け継いだ才能をもって、成り上がった。

 最初は冒険者の小間使い。それから12歳で独り立ちし、似たような子供を連れて冒険者パーティを結成。幾度も命の危機に瀕し、仲間を失いながらも、冒険者として成長していった。

 そして第五層への道が開かれた時、ザナドゥは18歳にしてランク5に至るまでの実力を身に着けていた。まだランク5に上がったばかりだが、その実力は本物。

 剣も魔法も使いこなす『魔法剣士』として、ザナドゥの名は通っていた。

「いいか、シルヴァリアンの奴らにだけは、絶対に先を越させるなよ」

 シルヴァリアン一族は、大迷宮を発見した船のオーナーであり、カーラマーラの建設にも多大な貢献を果たした、名門一族である。このカーラマーラが商人による合議制ではなく、王政であったとするなら、恐らく彼らが王族になっただろうというほど、最大の権力を誇っている。

 カーラマーラにおいて最高のエリートである彼らは、ザナドゥのような成り上がり者とは非常に相性が悪い。

 自分も、そして今の仲間達も、シルヴァリアンの冒険者と揉め事を起こしたことは一度や二度では済まない。ザナドゥにとって、彼らは最大のライバルでもあり、不倶戴天の敵でもあった。

「――よし、行くぞ、みんな!」

 万端の準備を整え、ザナドゥは仲間達と共に第五層の攻略に挑んだ。

 勿論、最初の攻略で成功することはない。ロクにマッピングもできていない未知の領域であることに加え、第四層よりもさらに強力なモンスターも出現するようになり、攻略は難航した。

 だが、幾度も挑戦を重ね、その度に生きて戻り、情報を持ち帰り、対策を練って再挑戦する――少しずつ、しかし確実に、ザナドゥは第五層を進んで行った。

「恐らく、今回が最後のチャンスだ」

 最後に立ちはだかったのは、やはり最深部のボスモンスターである。

 これまで大迷宮で現れたモンスターとは桁違いに強力な、正しく最後に相応しいボスだった。

 ランク5冒険者パーティであるザナドゥ達でも無理に攻めればあっけなく全滅する、凶悪な力を誇る。故に、最後のボスに対しても、挑戦と撤退を繰り返し、対策を練りながら挑んでいたが、それはシルヴァリアンをはじめとした、他のライバル達も同様。

 他の冒険者の動きを調べた限りでは、もう誰がボスを倒してもおかしくない状況となっている。

 最初の第五層攻略という栄誉を掴みとるには、今この時しかない。

「必ず奴を倒して、今日この日、俺達は伝説になるんだ!」

 そうして、長く激しい死闘の末――ザナドゥは勝利した。

 仲間の誰もがギリギリで致命傷を免れただけの重傷、だが、一人も欠けることなく、パーティは戦い抜いたのだ。実力、というよりも、最後は奇跡的な幸運に恵まれたが故の勝利でもあった。

「ようやく手に入れたぜ、この鍵を!」

 ボス部屋の奥には、大迷宮でも最大のサイズと堅牢さを誇る巨大な門がある。

 そして、この閉ざされた巨大門を開く鍵は、ご丁寧にボスの首からぶら下がっているのだ。

 鍵を手に入れるには、ボスを倒さざるを得ないというのは、誰が見ても分かるほどの明快さであった。

 あまりにもあからさま、だがしかし、期待せずにはいられない。あの門の向こうに、如何なる財宝が眠っているのか。

 それが今、ザナドゥの手によって明らかとなる。

「お、おおぉ……こ、これは……凄ぇっ!!」

 開かれた広間は、正しく、古代の宝物庫であった。

 目の前に広がるのは、巨大な広間を埋め尽くさんばかりに広がる、金銀財宝の山。そして、鑑定を使うまでもなく、強力にして稀少な武具と大魔法具アーティファクトの数々。

 まさか、これら全てはダンジョントラップが見せる幻覚では、と疑い、仲間の魔法使いに解呪をかけてもらうが――眼前の宝の山は消えたりしない。

「凄ぇ、本物だ……これは全部本物のお宝だっ!」

 体力の限界、血まみれのボロボロになっていながらも、ザナドゥは仲間達と歓喜の雄たけびを爆発させた。

 これまでの苦労、犠牲、全てはこのためにあった。自分の冒険者人生は報われた。常人には成しえない奇跡の夢を、叶えた瞬間である。

「なぁ、おい、見ろよ――もしかして、アレがオリジナルモノリスってやつじゃねぇのか?」

 ひとしきり宝の山で大興奮の大絶叫をした後に、ようやく、ザナドゥは気付く。

 眩しい黄金の山脈の向こうに鎮座する、不気味なほどに真っ黒く、そして、巨大な石版の存在に。

 ザクザクと古代金貨の絨毯を踏みしめながら、ザナドゥ達はオリジナルモノリス、と呼ぶらしい特に巨大な古代の石版へと近づいていった。

「確か、コイツを使うことができれば、ダンジョンさえ自由に操れるらしいが……」

 ランク5冒険者にまで至ったザナドゥだからこそ、オリジナルモノリスについて知り及んでいた。

 古代遺跡に関する知識というのは、特に秘密にされる傾向が強い。大金を積まなければ手に張らないような情報である。

「なぁ、もしコイツを上手いこと使えれば、この大迷宮を支配することだって出来るんじゃ――」

 そんなことを冗談半分に言った、その時である。

「――与えよう」

 声が聞こえた。

「誰だっ! 全員、警戒しろっ!!」

 聞き覚えのない、どこか無機質な声を聞いた瞬間、ザナドゥは即座に臨戦態勢をとった。

 しかし、敵の襲来ではないことは、すぐに分かった。

「与えよう、全てを与えよう」

「なんだ……モノリスが喋ってるのか……?」

 声は、漆黒の巨大石版、オリジナルモノリスから発せられている。

 誰もがそこへ視線を向けたその時、黒い表面に黄金の輝きが灯る。

 俄かに灯った、黄金に輝く光のラインはモノリス表面を縦横に走り抜け――やがて、一つの形を成す。

 それは、大きな目だった。

 モノリスに浮かび上がる巨大な金色の一つ目は、瞬きをすると、こう言った。

「――我が名は、カーラマーラ」




 ザナドゥ、大迷宮第五層攻略。

 そのニュースは瞬く間にカーラマーラへと広まった。

 最後のボスを打ち倒し、宝物庫を開き、その山のような財宝を手にしたのは――ザナドゥ、ただ一人である。

 仲間は、ボス戦で死んだ。

 奇跡的に生き残ったザナドゥは一人で、全ての宝と、そして、史上初の大迷宮完全攻略者として、栄誉を手にした。

 ライバルであったシルヴァリアンの冒険者達からは、ザナドゥは最後に仲間を裏切って、宝を独り占めにした卑劣な男だと批判した。しかし、何の証拠もなく、真相を確かめるためだけに第五層を今すぐに攻略しようとする者はいなかった。

 ささやかな批判と陰謀論は、現実に第五層攻略を果たしたザナドゥの偉業を前に消え去る。

 ザナドゥはこの功績をもってして、『冒険王』の称号を冠するようになった。

 そして、冒険王ザナドゥ、彼の冒険者としての活動は、これで最後となる。

 ザナドゥは二度と、大迷宮へ潜ることはなくなった。

 手に入れた莫大な財宝を元手に、商売を始めたのだ。

 圧倒的な資金力と、冒険王のカリスマとネームバリュー。商売はことごとく成功し、富がさらに富を呼ぶ。

 僅か数年で、ザナドゥはカーラマーラ最大の商会の主となり、議員の地位も手に入れた。

 ザナドゥ財閥、と自らの組織全ての総称を名乗った時には、彼はカーラマーラにおける権力の頂点に立った。

 それから百年の月日が流れ現在に至っても、ザナドゥ財閥の権力に陰りは見られない。

 僅か一代で、カーラマーラを支配すると言っても過言ではない組織を築き上げたザナドゥは、その栄華を誇り続ける中で、ついに永久の眠りにつこうとしていた。

 ザナドゥ、118歳。

 人間としては異様な長寿であるが、優れた肉体と魔力を持ち、そして大迷宮の秘宝を使うことで、ここまで生き延びることにザナドゥは成功していた。

 だが、それも最早限界。伝説の冒険王も、自らの死期を悟るに至った。




 大陸歴1597年。冥暗の月25日。

 その日、カーラマーラに住む誰もが、街中にあるヴィジョンを見上げた。

 かの冒険王ザナドゥが、カーラマーラに住む全ての者に対して、自らの遺言を聞かせたいというのだ。

 もっとも、すでに冒険王の莫大な遺産と数々の権利は、財団で身内へと分配することが決まっている。何人もいる彼の子供達を筆頭に、出来る限り、揉め事が起こらないよう公平な配分になっていると、ほとんどの者は噂しているし、事実、その通りだと思っていた。

 ザナドゥは商売からも政治からも、一線を退いて久しい。彼が死した後も、変わらぬ日々が続いていくだろうと、誰もが思った。

 それでも街の皆がヴィジョンを見つめて、ザナドゥの登場を待ちわびているのは、かの冒険王が見せる最後の姿だと分かっているからだ。伝説の最後を見届ける義務が、カーラマーラに住む者にはある。

 そうして事前に予告されていた通りの時刻に、ザナドゥは画面の中へと姿を現した。

「……やぁ、やぁ、親愛なるカーラマーラの諸君。俺は、ザナドゥ……冒険王ザナドゥだ」

 若い頃のような口調で語り始めたザナドゥは、誰が見ても、今にも死にそうなやせ細った老人であった。

 艶やかな亜麻色の髪に、凛々しい容貌、逞しい肉体。それらがすでに失われて久しい、骨と皮だけの、率直にいえばみすぼらしく老い衰えた姿である。

「ご覧の通り、俺はもうただの、死に損ないのジジイだ。見ろよ、この腕を。もう剣を振ることすらできねぇ」

 はっはっはっ、と自嘲気味に笑う姿すら、どこか苦しげであった。

 それでも、ザナドゥは自らの両足で立っている。

 今にも崩れ落ちそうな老いた肉体であることは明らかなのに、どこか堂々とした気配を感じさせるのは、冒険王と呼ばれた英雄だからこそか。

「剣は振れねぇ。魔法も撃てねぇ。冒険ができる体じゃなくなって久しい……けどな、俺は冒険者だから、冒険王だから、最後にここへ来た」

 ザナドゥの立つ場所は、ほとんどの者が一目見て分かった。

 カーラマーラの中心地にして、彼の居城でもある、古代遺跡の巨塔『テメンニグル』の一階にある大エントランス。

 大きな灰色の……いや、黒いモノリスが鎮座するこのエントランスは、単なる玄関口ではなく、大迷宮の攻略が始まった最初期に利用されていた、大迷宮への入り口である。

 現在では主に、中央に居を構える高ランク冒険者専用として使われているが、大迷宮への入り口の代名詞的存在であることに代わりはない。

 そんなスタート地点の象徴たる場所に、ザナドゥは立っているのだ。

「なぁ、この鍵が何だか分かるか?」

 ザナドゥは震える手で、首から下げている大きな鍵を掲げてみせる。

 純金で作られているのか、黄金に輝くその鍵は、

「宝物庫の鍵だ」

 そう、それは本物の、宝物庫の鍵。ザナドゥが手に入れた莫大な財宝、そのほとんどがいまだ眠ったままと言われる大迷宮最深部の大広間を開く鍵である。

「あそこには、俺の全てがある。金銀財宝は今も山となってあるし、俺が手に入れたお宝も、全てあそこに放り込んであるんだ」

 その言葉に、誰ともなくゴクリと唾を呑む。伝説でしか語られない宝の山が、今も確かに存在しているのだと聞かされて。

「――与えよう」

 何を言っているのか、分からなかった。

「与えよう、全てを与えよう」

 誰も理解が追いつかない。その言葉を、言葉通りの意味に捉えてしまうなら、あまりに理解不能だから。

「俺は冒険王ザナドゥ。俺の遺産を、全て与える――」

 ザナドゥは力強く、その黄金の鍵を突き出す。

「――この鍵を手にした奴に、俺の全てをくれてやるっ!!」

 2019年11月22日


 長かった第36章も今回で終わりです。

 2話連続更新ですので、引き続き次話もお楽しみください。

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― 新着の感想 ―
カーラーマーラ編やっぱ面白い。
[気になる点] カーラマーラ長すぎる 記憶喪失の間に広げた風呂敷もでかくなりすぎだしめちゃくちゃダレてる気がするの私だけかな
[良い点] 話が大きく動いたことです。 [気になる点] ザナドゥの仲間たちに何が起きたのか気になりました。
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