第743話 超新星ルルゥスターズ
「――なんだぁ、テメー?」
物凄い美少女な妖精が、チンピラみたいな台詞を言い放つ。
細い眉を大いにひそめて、威嚇するような表情は、折角の可愛い顔が台無しである。
「俺はアッシュだ。助けに来てくれたなら、感謝する」
「ああん? コイツはルルゥの獲物だ、手を出すな」
なにこの不良妖精。凄い睨んでくるんだけど。
完全に態度がヤンキーだけど、見た目だけは本当に綺麗な妖精少女である。
歳の頃はレキやウルスラと同じくらい、だろうか。長い金髪はピョンピョン跳ねてるくせ毛っぽく、活発な印象を抱かせる。
子猫のように愛らしい容姿だが、妖精の証というべき輝く羽にも目がいく。
虹色に輝く二対の羽が本当に背中から生えているらしいことを確認したあたりで、彼女が一糸まとわぬ全裸であることに気が付いた。
裸ではあるのだが、かなりの密度を持つ魔力の結界で全身を覆っているようで、それが光り輝いて生身の肌は見えないようになっている。なっているが、パっと見では全裸なので、今更ながら目のやり場にちょっと困る。
これで人形みたいな小さいサイズだったら、俺のイメージにもピッタリ合う妖精として受け入れられそうなのだが、彼女の身長は人間の少女としてはごく普通の大きさである。この異世界の妖精って、人間サイズがデフォなのだろうか。
などと思いながら、不躾にジロジロと不良妖精少女を観察していると、彼女は俺のことなど全く気にせず、ガサガサと倒れたエルダートレントの生い茂る枝を漁っていた。
「お、あった! やったぞ!」
ふふん、と満足げな表情で手にしているのは、金色に輝くリンゴである。
赤いリンゴはばら撒いて爆発していたが、あの黄金リンゴも爆弾なのだろうか。
「んー、美味ぇー!」
爆弾疑惑をよそに、妖精少女は躊躇せずに黄金リンゴに齧り付いていた。あれ食えるんだ。しかも美味いのか。
「なんだ、なに見てるんだよ。やらねーぞ」
「いや、欲しいワケじゃないから、全部食べてくれ」
なんだかんだ俺のことも気になるのか、黄金リンゴをかじりつつ、ジロジロと睨みつけてくる。
この謎の妖精少女は気になるが、どう考えても友好的な態度ではないので、このまま距離をとるのが正解だろう。
トドメは奪われた形になるが、俺はもともとエルダートレントが倒せればそれでいい。問題はすでに解決した。
後は、触らぬ神に祟りなしと、この場を去ればいい。
「おい、待てよテメー。どこかで見た顔だな」
「最近、ヴィジョンに出たからな。それで知っているんだろう」
面っていうか、仮面だけどな。
頼むから、今更絡んでこないでくれよ。
「アッシュ、とか言ったな――あ」
ソロリソロリと後退を始めたところで、何か思い出したのか、妖精少女は俺を指さした。
「テメーか! ウチのモンに手ぇ出したヤツは!」
「何のことだ、全く身に覚えはない」
俺が手にかけたのはシルヴァリアンのギャングや殺し屋だけで、断じて妖精さんのお仲間を襲ったことはない。
「プラチナのマイマイをとってただろ」
「確かにとったけど――あっ」
もしかして、帰りに襲ってきた盗賊団か?
確か『超新星』とか名乗っていたが……この妖精少女も、自分のことをルルゥと言っていた気がする。ということは、盗賊団の頭なのか? えっ、妖精なのに?
「やっぱりテメーだな!」
「いや、知らん」
「嘘つけ! 今完全に思い出してただろ! 妖精のテレパシー舐めんな」
マジかよ、妖精ってテレパシーとか使えるのか。なにそれチートじゃん。
「襲ってきたのは向こうの方だ。命はとらなかっただけ感謝しろよ」
「うるせぇ、ちょっかいかけられて黙ってられるほど、こちとらお淑やかじゃあねーんだよぉ!」
妖精少女ルルゥが吠えると共に、眩い輝きが閃く。
掲げられた手から発せられたのは、複数本の『光矢』。光属性の下級攻撃魔法だが、魔力密度の気配からしてシャレにならない威力――しかも追尾すんのかよ!
「うおおっ!?」
半分を回避、もう半分を魔弾で迎撃。弾ける光の熱波が、灰色ローブの裾を焦がす。
「ふん、凌いだか。面白ぇ、それなりの腕前はあるじゃねぇか、変態仮面!」
「変態ではねーよ!」
とても可愛らしいとは言えない表情で笑うルルゥは、再び俺へと手を向けている。対する俺も、魔法を放つ構えをすでにとっている。
「吹っ飛べ!」
「『魔弾・黒煙』」
撃ち出したのは、黒々とした煙を一気にまき散らす煙幕だ。
エルダートレントを一刀両断し、軽く高性能な『光矢』をぶっぱなす力。コイツは相当に強い。戦えば無事では済まないだろう。
だから、ここは逃げの一手で。
「ちいっ、目くらましかよ! 待てこのヤロー!」
「くそ、どうしてこうなった……」
背後から諦めずに追いかけてくる妖精少女の強烈な気配をビリビリ感じながら、俺はとにかく煙幕をバラ撒きつつ全力疾走で農場から逃走するのだった。
大迷宮から地上へ戻ると、すでに夜だった。
「くっそぉ、酷い目にあった……これもう完全に遅刻じゃねーか」
煙幕焚いて逃げ出したはいいものの、妖精少女ルルゥの追撃は熾烈を極めた。
エルダートレントの幹を一刀両断し、高威力な上に追尾する下級攻撃魔法を連射、そして心を読むテレパシー能力。さらには光り輝く全身は一分の隙もない光の結界で、魔弾くらいならヒビすら入らない強度を持つ。おまけに、光の羽で空まで飛んでくると来た。
攻撃力、防御力、機動力、全てにおいて高水準。なんだこの戦うために生まれたような戦闘生命は。この異世界の妖精ヤバすぎるだろ。
俺が妖精に抱くメルヘンなイメージを粉々にぶち壊す規格外の戦闘能力を持つルルゥである。ただ逃げ出すだけでも、大変な苦労を強いられた。
正直、こうして逃げ切れたのはほとんど奇跡だ。
「はぁ、絶対怒られるよな……」
怒られるというか、普通に責任問題ってヤツではないだろうか。
とっくに陽は落ち、俺の頭の上には無情にも満点の星空が広がっている。
俺が護衛に行かなければいけないエミリアのライブは、夕方スタートだ。もうとっくに始まっている。いや、下手したら到着する頃には終わっているかも……
「早く行かないとまずいが、一度は帰らないと」
レキとウルスラは確実に帰りの遅い俺を心配しているだろう。
携帯電話で気軽に連絡できる環境にはないので、無事を知らせるにも顔を合わせるのが一番だ。下手に後回しにすると、二人が俺を探しに大迷宮へ潜るかもしれない。
こういう場合は焦って行動しないよう言い含めてはいるのだが、万全は期さなくては。実際、予想もしなかったトラブルに巻き込まれたしな。
そういうワケで、俺はルルゥから逃走していたのと同じく、街中でも全力疾走でアパートまで戻る羽目になった。
「――ただいま」
「クロノ様!」
「なんでこんなに遅かったデスか!」
扉を開くと、二人がほぼ同時に飛び込んできた。
やっぱり、かなり心配させてしまったようだ。
「そんなにエルダートレントに苦戦したの?」
「やっぱりレキ達も一緒に行けば良かったデス」
「いや、エルダーは割と瞬殺だったんだけど――」
一度、部屋に戻ったついでに、着替えも済ませておこう。
ルルゥに散々、光魔法をぶっ放されたせいで、愛用していた灰色ローブがボロボロだ。幾らなんでも、こんな格好でライブ会場には行けない。
このローブはスラッシャーの館から押収した、それなりに高品質の魔術士用ローブなのだが、これでもう最後の替えの一枚となってしまった。
「――ルルゥっていう超ヤバい妖精に絡まれてしまって」
「そんな、ルルゥ本人と会ったの、クロノ様!?」
「えっ、知ってるデスか、ウルスラ?」
「前に『超新星』の下っ端に絡まれたから、ギルドでちょっと調べておいたの」
マジかよウルスラ、そんな調べものまでしていたのか。俺なんて完全放置だったよ恥ずかしい。
「やっぱり、ヤバい奴らだったのか?」
「冒険者崩れの盗賊団、というのはカーラマーラでは珍しくもないけれど、ルルゥは危険。彼女は本物のランク5冒険者なの」
なるほど、アレがランク5冒険者の実力ってワケか。納得だな。
「飛びぬけて強いのは首領のルルゥだけど、副首領もランク4でかなりの腕前があるらしい。でも、あとの構成員は雑魚ばかりなの」
俺が軽くあしらった通りか。
だが、そんなアイツらのボスは、まさかこれほどの強さを誇る妖精だとは想像もできなかった。
「というか、ランク5冒険者だったら、なんで盗賊なんかに落ちぶれてるんだ」
あれだけの強さがあったら、多少の素行不良など問題にならなず、好きなだけ稼げるだろうに。
「彼女はあまりに問題を起こし過ぎた。三大ギャング全てに喧嘩を売り、挙句の果てにザナドゥ財閥にまで手を出したみたい。その結果、南部の監獄に送られて……仲間を連れて脱走し、今に至る」
「極悪人じゃねぇか」
素行不良なんてレベルじゃなかった。とんでもない妖精である。
俺ですら、まだシルヴァリアンにしか喧嘩は売ってないというのに。
しかしながら、考えることは俺もアイツも同じだったようで、脱獄した後は大迷宮に拠点を構えて潜伏生活をしているらしい。第二階層にある広大な森のどこかに、盗賊団の隠れ家があると言われている。
「ルルゥにだけは、約3億の懸賞金がかけられているの。現在のカーラマーラではトップの賞金首でもある」
「アイツに挑むなら、3億でも割りに合わないな」
俺も真っ向勝負して、勝てるかどうか分らない。少なくとも、無傷で済むことは絶対にない。
今日は逃げに徹していたから、アイツの実力は半分も引き出せていない。全力を出せば、どれほどのものになるか。ちょっと考えたくないな。
「クロノ様、よく無事に戻れたの」
「運が良かっただけだ。次は見かけ次第、速攻で逃げるよ」
「その方がいい。関わり合いになるには、厄介すぎる相手なの」
まぁ、俺達『アッシュ・トゥ・アッシュ』が第二階層で活動することは滅多にないので、もう出会うことはないだろう。ルルゥの盗賊団は小規模なものだし、シルヴァリアンのように俺を探すのに人海戦術は使えない。そもそも彼女自身が追われる身なのだから、あまり表だって派手な動きはしないはずだ。
「それより、もうとっくに時間が過ぎてるんだ。急いで行ってくる」
「ここまで遅れたなら、もう行かなくてもいいの」
「そうデス! このまま一緒にレキ達とお休みしよ、クロノ様?」
「そういうワケにいくか。顔くらい出さないと、申し訳も立たないだろうが」
ぶー、と二人のブーイングを背に、俺はアパートを飛び出した。
再びカーラマーラの街をひた走る。
今回のライブ会場は、カーラマーラ南部のアングロサウス地区。俺の住むイーストウッドは東部なので、やや距離がある。屋上や屋根の上を突っ切るショートカットも仕方がないということで。
南部のアングロサウスは、三大ギャング『カオスレギオン』の縄張りだ。元三大ギャングと呼んだ方がいいほど、すっかり勢力の衰えた組織だと聞いている。
実際、俺もこの街で生活し始めてささやかながら耳に入る噂話でも、表だって動きがあると話題になるのは、ザナドゥ、極狼、そしてシルヴァリアンの最大手ばかり。他にも新興勢力や有象無象のギャング組織は乱立しているようだが、『カオスレギオン』の話だけは一度も聞いたことがない。
マジでオルエンがいつか言っていたように、来年には完全消滅する、というのも大袈裟ではなさそうだ。
そんな崩壊秒読みの元三大ギャングの縄張りであるアングロサウスなのだが、組織と同じく、この地区も衰退が著しいという。栄華を誇るカーラマーラにあって、最も活気のない地域なのは間違いない。
でも、だからこそ、そんな場所にも元気を与えたいと、エミリアは二回目の外周区チャリティーライブとして、ここを選んだというのだが――
「……いくらなんでも、活気なさすぎだろ」
アングロサウス地区に足を踏み入れると、急激に人の気配が消えた。
消えた、というより、一人も見かけない。
「なんだここ、まるでゴーストタウンじゃないか」
寂れた石造りの建物が立ち並び、大通りに面する商店でさえシャッターの降りたところが目立つ。まさに地方の商店街といった風情の漂うアングロサウスだが……不自然なほどに人がいない。
これならゾンビと奴隷っ子達で溢れている第一階層『廃墟街』の方が遥かに賑やかだ。
「だが、人は普通に住んでいるはずだ……」
寂れた雰囲気のシャッター街ではあるものの、人が暮らす気配は色濃く残っている。ここではアンデッドではなく、確かに生きた人々がごく普通に生活を営んでいることに間違いはない。
「人はいる。けど、みんなどこに行ったんだ?」
見れば、門やドアが開けっ放しになっている建物がやけに目立つ。
そういったところの室内には、どこも灯りがついており、ついさっきまでそこに誰かがいたことは明らかだ。
窓からチラっと中を見れば、そこには食べかけの夕食が放置された食卓テーブルがあった。カップに注がれたお茶からは、まだ湯気が上がっている。
「マリーセレスト号かよ……」
あまりに不気味な状況に、背筋にうすら寒いものを感じる。剣と魔法の異世界で、オカルト染みた怪現象とは。むしろ自然なのか、魔法も神もモンスターもいるんだし。
なんにせよ、普通とは思えない妙な状況だ。
「エミリアは大丈夫なのか」
もし、これが何らかのテロやモンスターの仕業だとするなら、ライブどころではない危険な状況ということになる。一応、『黒風探査』で索敵もしたが、この近辺にはやはり誰も存在しないことが分かっている。
エミリアのライブ会場はまだもう少し先だ。急ごう。
そうして、遅刻とは別な理由で会場へと急行する。
「クソっ、マジで誰もいないぞ。どうなってんだこの町は」
走っている最中にも、やはり一人も見かけることもなく、黒風の索敵にかかることもなかった。
そうこうしている内に、会場へとようやく到着。前回のイーストウッドライブと同じく、特設野外ステージとなっている。外周区ではそうそう、劇場や大型のホールなんて建物はないし。
ライブ会場の元は、『天使広場』と呼ばれる大きな公園だ。
特徴的なのは、大型のヴィジョンを掲げるように立っている、大きな天使の石像だ。古代遺跡の一部であるようで、天使像は大きな翼を広げ、今も色あせることのない綺麗な白のまま。
広場の中心に立つ10メートルほどの天使像と巨大ヴィジョン。その足元から、エミリアが歌うステージが組まれている。
まだライブが終わる時間にはなっていない。だが、中盤は過ぎている頃合い。
本来なら、ここの広場には溢れんばかりの観客が詰めかけているはずで、事実、さっきまで大勢の人々がつめかけていた痕跡も見受けられる。
けれど、誰もいない。
ここには、一人の観客もスタッフも、いなかった。
いや、違う。一人だけ、たった一人だけ、そこにいた。
それは、いまだに照明が機能して煌々と照らし出される眩いステージの上。そこに、一人の少女が座り込んでいる。
「エミリア!」