第742話 エルダートレント
2019年11月8日
今週も2話連続更新となっております。ここから開いた場合は、前話からどうぞ。
クリスタウルスを無事に撃破してから、俺達は三日ほど『結晶窟』の探索を行った。
白い結晶の巨大な洞窟は、灯りに困らないほど明るいし、場所によっては眩しいほどである。でも、このエリアのメリットはそれくらいしかないとも言える。
まず、モンスターが普通に強い。濃密な魔力が満ちる環境なので、食物連鎖の底辺に位置するエレメンタルですら、中級攻撃魔法をぶっ放してくるレベルだ。
そして、そんな奴らを捕食しているモンスターは、さらに力を得ている。クリスタウルスのように、元は魔法を使わない種族でも、普通に魔法を使ってくるし。
モンスターの強さもさることながら、地形も厄介だ。これまでの階層はどこも建物などの人工物があるが、ここは天然の魔石結晶が広がるだけ。目立つモノは何もなく、単純に迷いやすい。
その上、ここは地形が変化し続けているらしい。
第五階層へ至るまでの深さまでは、それほど変わりはないそうだが、洞窟の形状は自ら動くように常に変化をしている。一ヶ月もすればガラっと変わってしまうそうだ。だから、地図も無意味。進むには、毎回自分でマッピングする必要があるし、それでも運が悪ければ来た道が変わっていて潰れている、なんてこともよくあるらしい。
こういう場所だと、勘の鋭いレキの方が真面目に地図を読み込むウルスラよりも頼れたりする。
それから、第四階層にも一応は帰還用の魔法陣がある広間や祭壇などあるそうだが、洞窟の変化のお蔭でいつも辿り着けるとは限らない。俺達は運悪く、発見することはできなかった。
このエリアからはダンジョンとしての攻略難易度が跳ね上がっている。冒険者ランク3と4は、ベテランと一流の差と呼ばれているのも納得する。
第三階層くらいなら、きっと誰でも鍛えて挑み続ければ攻略できるだろう。
しかし、第四階層はそれなり以上の才能が、一流と呼ばれるに相応しい力がなければ攻略はできそうもない。
厳しい場所だ。だが、同時に実入りもいい。
モンスターが強ければ、それだけ素材の価値も高まる。ゴミみたいな装備品しか持っていないゴブリン共とは違う。
それから、色とりどりの高密度魔力結晶を採掘できれば、それだけで結構な金額だ。その辺にお宝がゴロゴロ落ちてるような環境である。大した魔力はなくても、見た目が綺麗であれば宝石として価値がつくこともあるし。
「よし、そろそろ帰るか」
三日の探索では、モンスター素材も採掘した結晶も大した量にはならなかった。でも、ここまで潜って来た分の見返りとしては十分な金額にはなるはずだ。
冒険者としてランク5を目指すのと、俺達自身のレベルアップ、それから金策としても、これからはしばらく『結晶窟』に通うこととなるだろう。
「うん、流石に今回は疲れたの」
「ここのモンスターはみんな強かったデース」
レキとウルスラも疲労感を隠しきれない様子だ。通常のエンカウントでも、割と激戦の連続になるからな。クリスタウルスはボスとしては強いが、ここに生息する奴らに比べて飛びぬけて強いワケでもない。さらに奥地へ行けば、より濃い魔力環境で生まれた化け物が待ち構えているはずだ。
「ここの難易度は確かに高かったけど、俺達ならきっと攻略できるはずだ。焦らず行こう」
「でももう一日くらいは頑張れるの」
「レキはまだまだ元気デーッス!」
「いや、帰るぞ。次の仕事もあるし」
今日は冥暗の月24日。
実は今日の夕方から、エミリアのライブがあるからその護衛に行くことになっている。
まだ朝だから、今から第三階層まで戻り、帰還用魔法陣を利用すれば、余裕を持って地上へ帰れる。
「というか、分かってて言ってるだろ」
「そ、そんなことないデスよー」
「酷い、クロノ様。私達はそんな陰湿な真似しないの」
あからさまに視線を逸らすレキと、堂々と見つめてくるウルスラ。どっちもどっちで嘘くさい。
「そんなに心配するな。エミリアとは仕事だけの関係だって何度も言ってるだろ」
「でも護衛に指名してるのはクロノ様だけなの!」
「レキ達はパーティなのにー!」
「そ、そこはほら、まだ俺達にはパーティとしての実績に乏しいから……」
自分で言ってて、やや苦しい言い訳かなとは思う。
だが、エミリア本人が護衛のクライアントでもあるから、俺だけ護衛に来いと言われれば従うより他はない。あれだけ協力するぜと豪語したのだ。多少のワガママは飲むさ。
「そんなにエミリアと会いたいのー!?」
「レキはもういらない子デスかー!?」
「いいから、早く帰るぞ。さっさと片付けて撤収だ」
そんな風に騒ぎつつも、俺達は野営地をそそくさと片付けて、第三階層へと引き上げるのだった。
「――よう、アンタが噂の黒仮面アッシュだろ?」
「お、マジでパーティ組んでんだ。『アッシュ・トゥ・アッシュ』だっけ?」
「すげー、初めて生で見たわ」
第三階層の帰還用魔法陣のある建物までやってくると、そこで三人組の冒険者に絡まれた。
それぞれ赤青黄色の髪をした、信号機みたいなトリオである。
見たところ、剣士と戦士と魔術士、といった構成の若い男の三人だ。歳は俺とそう変わらなさそう。
「ああ、その通りだが、何か用か?」
元から噂になっていた上に、エミリアのせいで俺の姿は全国配信だ。それで、相変わらず灰色ローブに仮面の格好でウロついてれば、そりゃ声の一つもかけるだろう。
ウルスラは怪訝な表情で三人を警戒しているが、レキの方は興味なさそうにしている。気配からして、この三人に特に敵意がないことが分かっているのだろう。
「用ってワケじゃねーけどよ」
「アンタ有名人だからな」
「そうそう」
何が面白いのか、ははは、と勝手に三人で笑っている。
これ、現代日本だったらスマホで写真とられて拡散されてるんじゃないかという、なんとも軽薄なノリだ。
「それなら、もういいだろう」
特に彼らと話しこんでやる義理もない。疲れてることは疲れているので、エミリアの護衛に行く前に帰って休んでおきたいところだ。
「おう、ありがとよ」
「いい話のタネになったぜ」
「おっ、そういえばヒーローさんよぉ」
すでに通り過ぎて転移魔法陣へと足を踏み入れかけた時、三人目の黄色い頭の奴が喋る。
「今、第二階層でエルダートレントが農場で大暴れしてるらしいけど、行かなくていいのかい?」
ピタっと足を止める。
「そういや、そんな騒ぎになってたな」
「あそこはほとんど小さいガキどもばっかだったよな」
確か、『エルダートレント』は、第二階層で出現するポピュラーな植物型モンスター『トレント』の親玉みたいな奴だ。巨大な樹木の怪物で、普段は第二階層でも森林部の奥地から動かないはず。
だが、稀にこういった強力なモンスターが暴走するかのように、生息域を離れて動くことがある。そして、そういう時は大抵、人の多く集まる場所を目指すものだ。
「おい、詳しく教えてくれ」
俺は振り返って、三人組の下へと戻る。
「えっ、マジで助けに行く系?」
「おいおいおい、ヒーロー出動かー?」
「ヒュー、カッコいい!」
「いいから早く教えろ。場所はどこだ」
めっちゃ茶化して馬鹿にされてる雰囲気ではあるが、三人は俺が地図を開くとすんなり場所を教えてくれた。
意外と根はいい奴なのだろうか。対価も特に要求されなかった。
「ありがとう」
「ヒーローに感謝されちった」
「まぁ、頑張れよ」
「応援してるぜー」
それにしても、まさか第二階層でも出動することになるとは思わなかった。農場とはいえ、突発的に出現する強力なモンスターに狙われることはあるということだ。
そして、そういう時はそこで働く奴隷が囮として見捨てられることはよくあるのだという。まったくもって、クソみたいな緊急対応である。
「そういうことだから、俺はちょっと行って来るよ。二人は先に戻ってくれ」
「はい、クロノ様」
「分かったの」
了承してはくれるものの、二人とも悔しそうにしている。
本当は一緒に行きたいだろうが、第四階層探索の疲労が残っているから俺が無理せずに戻れといった理由も、ちゃんと理解しているのだ。
聞き分けがいいのは、子供ではなく大人だからこそ。
「すまない、二人とも。行ってくる」
見送りの言葉を背に受けて、俺は全力で駆けだした。
全力疾走で30分ほど、俺はようやく目的地である農場へ辿り着いた。
ザナドゥ財閥が経営している農場で、コーヒーのような嗜好品となる豆を栽培しているようで、それなりの規模で割と有名な農場だった。近くには看板も立っていて、実に分かりやすい。
「くそ、もうすでに結構な被害が出ている」
その農場の看板は真っ二つに折れていたし、傍らには頭が潰れた冒険者の死体と、体が雑巾絞りみたいに捻じれた奴隷の死体が転がっていた。
草むらの地面はトラクターで耕したように掘り返された跡が一直線の道となって、農場の方へと延びている。
ここをエルダートレントが通りがかったのは間違いない。
急がなくては。奴の危険度ランクは4、そう簡単に止められる相手ではない。
奴が通った分かりやすい道を辿り、俺は再び駆け出すと――すぐに見つかった。
視界の先に、動く大きな木がある。
高さは20メートルを超え、太い幹のシルエットは屋久杉のようだ。
しかし、腕のように両側から伸びた大きな枝を振り回し、根っこの部分は触手みたいに激しく蠢き、不気味な声を上げて突き進む姿は、正しくモンスターである。
「『魔弾・榴弾砲撃』」
まずは先制攻撃。原種であるトレントと同じ弱点である火属性でとりあえず攻めてみる。
数十発のグレネードをぶっ放す。あれだけ大きな的だ。この距離でも外さない。
モォアアアアアアアアアアアアアッ!
着弾して黒い爆炎が弾けると共に、エルダートレントは大きな叫び声をあげる。木だけど叫ぶのはトレントと一緒だが、ボス級だけあって、その声は腹に響くような重低音だった。
「叫んではいるが、あまり効いてはないようだな」
黒々とした煙が晴れてゆくと、変わらずに緑の葉を生い茂らせた大木が姿を現す。引火して延焼した様子もない。大したダメージは通ってないだろう。
だが、奴が足を止める程度には注意を引けた。
俺はその間に、継続的にグレネードを放ちながら、奴の進行方向へと割り込むように回り込んだ。
「あーっ、アッシュだ!」
「黒仮面アッシュ!」
「すげー、助けに来てくれた!!」
わー、っと歓声が俺の背後から響き渡ってくる。
ここはすでに農場の中。エルダートレントは豆畑のど真ん中に陣取っており、奴が向かう先には、多くの子供を含む奴隷達が避難した木造二階建ての建物がある。
そこが彼らの宿舎なのか、それとも収穫した豆を保管する倉庫なのか、あるいは加工場なのか、そこまでは分からないが、少なくともエルダートレントの攻撃に耐えられる頑丈さはなさそうだ。
一応、ギリギリで間に合ったというところか。あと3分もすれば、間違いなくエルダーの野郎は建物にいる奴隷へ襲い掛かっていた。
「エルダートレントは俺が倒す! 危ないから、みんなはそこでじっとしていてくれ」
ヒーローになりきったつもりはないが、ちゃんと宣言しておいた方がいいだろう。正直、コイツは楽勝できるほどの相手ではない。すでに建物にまとまって避難してくれているなら、そこから動かないでいてくれる方が安全確実である。
「頑張れぇー!」
「アッシュ頑張れー!」
窓から子供達が声援を送ってくれる。いいよなヒーローって、悪い気はしない。
でも、基本ヘタレな俺としては、プレッシャーの方がデカいんだが。
「コイツ、本当に弱点は火でいいんだろうな……『焼夷弾』」
グレネードが効いた様子がなかったので、今度は爆発よりも燃焼力があるナパームを浴びせる。
エルダートレントは蠢く根っこで移動できるが、素早く動き回る機動性はない。外しようがないデカい的だが、腕代わりの枝を振るってガードするような動作くらいはするようだった。
放った『焼夷弾』は半分ほどが胴体に、もう半分が腕の枝に防がれる形となったが、どちらにしても激しく燃え盛る黒炎を撒き散らす。
疑似水属性『アビスドロップ』で作った液体燃料を糧として、黒い炎はあっという間にエルダートレントを包むほどの巨大な火柱と化した。
このまま焼き尽くしてくれれば楽なのだが……
ボォオオオオ、ボォオアアアア!
不気味な唸り声と共に、巨木がその身を振るわせると、ブワっと真っ白い粉が舞い散った。花粉、なのだろうか。見ているだけで鼻がムズムズする光景だった。
「花粉の毒攻撃……いや、消火剤なのか」
白い花粉が吹き出すと共に、どんどん炎の勢いが弱まって行き、ついには鎮火する。
なるほど、火が弱点なことに代わりはないが、その対抗策は獲得しているといったところか。厄介な奴である。
思いつつ、俺は念のために薄らと風を吹かせて、万が一にも花粉を吸いこまないようにする。あの消火剤花粉に、催涙並みの効果もあったら嫌だしな。
炎を浴びせられた反撃とばかりに、エルダートレントは腕と根を動かして俺へと攻撃を仕掛けてくる。
振り下ろされた腕の枝はバシーンと重い音を立てて地面を叩く。なかなかの打撃力だが、そんな大振りに当たってやる義理はない。
軽く避けられたが、叩いた拍子に、枝から幾つも赤いリンゴみたいな果実が飛び散る。
そのリンゴは地面に落ちると、
「うおっ、危ね!?」
爆発しやがった。
コイツ、果実が爆弾になっているのか。
大振りの叩きつけよりも、バラ撒かれる爆弾リンゴの方が危険だな。狙ってない分、予期せぬところに飛んでくる可能性もある。
そして、奴の攻撃は腕だけではない。
「本命はこっちか」
腕とは違い、それぞれが狡猾な蛇のように、鋭く先の尖った根が襲い掛かってくる。
魔弾で迎撃――ちっ、あの太い根っこは弾だけじゃ止められないかも。
かといって、防御魔法を展開して足を止めるのもまずい。
ならば、邪魔くさい根っこは切り払うに限る。
「――『黒凪』」
右手に握るのは、普段は『大魔剣』として飛ばしている、黒い大剣だ。
レキとの組手の中で、俺も多少は以前使っていたであろう剣術も復活させている。
曰く、この『黒凪』という基本的な斬撃の武技が、俺は最もよく使っていた得意技だったらしい。
お蔭で、体が覚えていてくれたのか、こうして『黒凪』は咄嗟のタイミングでも放てるくらいにはなっている。
大剣は黒々とした武技の威力をもって、目の前に迫っていた太い根の触手を一撃で切り飛ばした。
「けど、これじゃあキリがないな」
奴の根は無数に地面で蠢いている。根の届く範囲なら、圧倒的な手数ともいえる。魔手を駆使しても、全てを止めることはできないだろう。
「これは『虚砲』しかないか……いや、もう少し試してみよう――『魔弾・封冷撃』・『付加・黒氷』」
選んだのは氷属性だ。
相手を凍り付かせる一種の封印技でもある『封冷撃』。それと、大剣の刃に疑似氷属性を纏わせる。
黒化ができれば、付加も同じような感覚で使える。疑似属性を扱えるようになった今ならば、各種属性を手持ちの武器に付加するのは簡単なことだ。
「凍り付け!」
木の本体にはありったけの『封冷撃』をぶちこみつつ、迫りくる根の攻撃を、氷結の力を宿した大剣でもって迎え撃つ。
「アタリだな」
重苦しい鳴き声をあげながら、エルダートレントの動きは明らかに鈍った。
幹や枝が黒々と凍り付き、身じろぎ一つとるのも苦しそうだ。
氷結の刃で切り払った根は、完全に凍り付いて先端が動かなくなっている。
「今度は氷対策もしておくんだな」
ここまで動きを封じれば、トドメを刺すのも容易い。
安全に『虚砲』を詠唱して準備してもいいが、ここはもうこのまま大剣で伐採した方が早そうだ。
俺は両手で柄を握りしめ、渾身の武技を放たんと構えた瞬間――エルダートレントが真っ二つに斬れた。
「――『流星剣』」
眩い緑の輝きが、エルダートレントの野太い幹を薙ぎ払ってゆく。
バリバリと激しい破砕音をたてながら、5秒もせずに幹は根元から両断された。
モォオオアアアアア……
唸るような断末魔と共に、切り倒されたエルダートレントが音を立てて地面に横たわる倒木と化す。
後には、ピクピクと根が蠢く、切り株だけが残る。
そして、その綺麗な断面を晒す切り株の上に、暴れる巨木を切り倒した本人が音もなく降り立った。
それは、白金の長髪をなびかせ、エメラルドの瞳を持つ美少女。いや、その背に輝く虹色の羽は、間違いなく妖精である証。
妖精少女は大剣を構えたままの間抜けな俺を見て、こう言った。
「――なんだぁ、テメー?」