第741話 クリスタウルス
第四階層へ至る正規ルート、というべきだろうか。第三と第四を繋ぐ中間地点、大きな門のある広間が、この大迷宮ではボス部屋と呼ばれる場所である。
マイマイ捕獲クエ以来にやってきた第三階層『工業区』。大迷宮の入り口からスタートして、ここのボス部屋まで辿り着くのに、ちょうど一日を費やした。
今回はボスの撃破だけが目的なので、出来る限り余計な戦闘は避けてきたが、隠密行動に特化しているパーティでもない限り、大なり小なり道中での戦闘は発生するものだ。
「装備の調子はどうだ?」
「ノープロブレム」
「少しだけど、ちゃんと強化は実感できるの」
強化を果たした装備の具合を確かめるには、道中での戦闘はちょうど良かった。
素材面、金銭面、どちらも豊かとは言い難いので、装備一新というほどの強化はできていない。
レキは元から使っていた剣と斧が、それぞれ『オブシダンソード改』、『レッドウォーリア改』となったくらい。
ウルスラの方は『クリスタルアルマ』を闇属性に強化した『ダーククリスタルアルマ』になっている。
本当は黒色魔力を使う専用の杖が良かったが、性質が近い、かつ、ウルスラ自身にも適性があったので、代用できそうな闇属性のものにした。これでもレキの二本分より強化費用は高くついている。
その代わり、レキの方は防具にも金をかけているので、トータルでは二人とも強化費用はどっこいといったところだ。
「今日はもう休んで、ボス戦は明日にしよう」
「このまま挑んでも大丈夫デスけど」
「魔力もまだまだ残ってるの」
と、余裕アピールはするものの、特に反対はしない二人である。ボスに挑むにあたって万全を期す、という意味くらいはちゃんと分かっているようだ。
俺達はボス部屋付近にある、工場廃墟に陣取って野営することにした。
「見張りは俺がしておくから、二人はゆっくり休んでくれ」
「今回はお言葉に甘えるの」
「グッナーイ!」
本来なら公平を期して見張りは交代で行うが、今日は二人とも休ませる。
明日のボス戦は、レキとウルスラの二人だけで挑んでもらうからだ。
恐らく、ここのボスは俺一人でも十分に倒せる。錆付き、の方がランク4ボスよりもずっと強いはずだ。
だが、レキとウルスラは二人ともちょうどランク3からランク4に上がるかどうか、といった実力にある。ここのボスを二人だけで突破できないようなら、危険度4のエリアとなる第四階層の探索をする資格はない。
だから、今回の挑戦は本来の意味での昇格クエストとしての意味もある。
「グッモー! ランクアップするにはいい朝デーッス!」
「とうとう私達も一流と呼ばれるランク4になる時が来たの」
もう勝った気でいる二人であるが、これくらい自信があった方がいいだろう。
「それじゃあ、頑張ってくれ二人とも」
「イエス! レキの活躍、見ててくださいネ!」
「アナスタシアの真の力、見せてあげるの」
そうして、俺達はボス部屋へと足を踏み入れた。
ここのボス部屋の入口は、巨大な門、というよりはゲートになっている。ダムのように巨大な灰色の壁は、直径約500メートルの円筒形になっている。まるでこの階層を支える超巨大な柱のようにも見えた。
ボス部屋のゲートは幾つかあるようで、幸い、俺達が選んだ場所に先客はいない。ボスだけに集中できる。
「それにしても、タッチパネルで開くとは」
ゲートの開き方は、門の脇に設置されているタッチパネルとしか言いようのない石版に触れること。5秒の長押しである。
誰でも触れば開けるので、指紋認証をされているワケではないようだ。
ゴウンゴウンと重い音を立てて、ゆっくりとゲートは左右へスライドしてゆく。
ゲートの先にはコンクリート造りのトンネルのようで、古代遺跡ではお馴染みの白い光のパネルが点々と灯っていた。
緩やかな斜面を描いて、下へ続いている。
「ゴーッ!」
気合いの入ったレキの声と共に、俺達はトンネルへと入った。
体感で400メートルほど駆け抜けると、トンネルを抜けて、その先には――
「なるほど、ここが第四階層『結晶窟』か」
その名の通り、結晶で出来た洞窟というより他はない空間が広がっていた。
ほとんどは白っぽい六角中の結晶が壁となっている。中には赤青黄色と色とりどりに輝く結晶も混じっており、そういったものは花が咲くように結晶の壁面に散っていた。
洞窟を形成している白い結晶は、どれも魔力を含んだ魔石になっているらしい。だが、ここで採掘して外に持ち出す間に、宿った魔力は霧散してただの石ころに変わる程度のごく微量だという。
それでも、ただの岩盤が丸ごと魔石の結晶へと変化するほど、ここには濃密な自然の魔力があるようで、そういった場所では貴重な高密度の魔石を採ることができる。
天然のお宝が山のように眠る結晶の洞窟だが、そんな濃い魔力環境下においては、当然、そこに住むモンスターも強力なものとなる。
「来るデスよ!」
「ツイてない、クリスタウルスに当たるとは」
ズンズンと足音を響かせて、奥から姿を現したのは、光り輝くミノタウルスであった。
牛の頭部と下半身、屈強な人間の上半身を備えた、割とポピュラーなモンスター。しかし、ここに住むミノタウルスは、全身が魔石の結晶で覆われている。
洞窟にある上質な魔石を食らうことで、鎧兜のように結晶の外殻が生成されるという。
その輝く結晶で武装した姿から、ここにいるミノタウルスはクリスタウルスと呼ばれ、数あるボスモンスターの中でも強敵とされている。
ゲートから入った先のボス部屋にいるボスモンスターはランダムなのだ。ちなみに、一番チョロいといわれるボスモンスターは、同じく結晶質の体をした巨大コウモリである。体格的に脆いから、楽なのだとか。
「二人なら勝てる。修行の成果を見せてくれ」
勿論、いざって時は余裕で助太刀するが、それは言わぬが華。
今はただ、二人の成長を見守ればいい。クリスタウルスは、その戦闘能力からして今の二人には一番ちょうどいい相手になるはずだ。
「イエーッス、レキのニュー武技でぶった切ってやるデーッス!」
「『白夜叉姫』の真の力を見せつけてやるの」
それじゃあ、俺はボスのヘイトを稼がないよう、隅っこで大人しくしていよう。
ブモォアアアアアアアアッ!
牛のような、金属音のような、通常のミノタウルスとは異なる不気味な咆哮を上げて、クリスタウルスは小さな挑戦者を迎え撃つ。
吠える結晶の化け物を前に、レキは恐れることなく真っ直ぐ駆け出し、ウルスラは『白夜叉姫』を発現させる。
先制攻撃はレキの剣――ではなく、クリスタウルスのブレスだった。
ゴウッ! と剣の間合いの外から、クリスタウルスは容赦なく口から火炎を吐き出した。火球タイプなら回避の余地もあるが、前面を舐めまわすように火炎放射を吐かれ逃げ場を潰す。
殴りつける方が得意だろうに、わざわざ距離のある内から避けにくい範囲攻撃魔法を選択するとは、意外に賢いのか。などと楽観的に考えているのは、ただ炎にまかれただけでレキを止められないことは知っているからだ。
「イェエァアアアアアアアアッ!!」
テンションの高い叫びを上げながら、燃え盛る炎の壁を突っ切ってレキがクリスタウルスへ飛び掛かって行く。
彼女の白い肌にも、身に纏う軽装の防具にも、焦げ跡一つついてはいない。
レキの身を守ったのは、勿論、相方のウルスラだ。
すでに『白夜叉姫』は発動している。ドレインを宿す掌を一つでもレキにかざしてやれば、魔法の炎など届きはしない。
もっとも、そのまま炎に突っ込んでもレキなら平気だけど。最近は俺が榴弾を直撃させても、吹っ飛ぶだけでケロっとしてるしな。
「スラッシュ!」
いきなり武技で首を狙っている。体長4メートル近いクリスタウルスの首元まで、レキは軽々と飛んで剣を振るう。
だが、流石のボスモンスターである。そのまま直撃を食らうことはなく、寸前で腕を振るってガードした。
武技の一撃を腕で受ければそのまま切り飛ばされるのが普通だが、クリスタウルスの腕は毛皮ではなく結晶の甲殻で覆われている。輝く魔石の籠手は、僅かに表面が欠けるのみで、レキの一撃を防ぎきる。
しかし、これでレキのターンが終わりとは言ってない。
「ブレイザーッ!!」
スラッシュを腕で防がれた次の瞬間には、もうすでに次の武技をレキは発動させている。
スラッシュからのブレイザーは、初めて組手した時に俺を追い詰めたコンボ攻撃だ。つい本気で足が出て、レキを吐かせた思い出の技なのだが、今ではさらに磨きをかけて使いこなしている。
ブゥウウオォオアアアアアッ!
力強い二連撃が、クリスタウルスの胴にヒット。
連続攻撃系の武技『双烈』。剣と斧の変則二刀流だが、これもオリジナルと同じだけの威力が発揮されている。
流れるような剣閃を描いた『オブシダンソード改』と『レッドウォーリア改』の二振りは、確かな傷痕をクリスタウルスの胴に刻み込む。
けれど、まだ浅い。
クリスタウルスは切りつけられながらも、全く怯まずに反撃を行う。
振り上げた右拳――否、巨大な結晶の鈍器が叩きつけられる。
奴の腕はいつの間にか結晶の籠手が巨大化し、拳の部分にはトゲ尽き鉄球みたいな凶悪な形状へと変化させていた。
「ウォウッ!?」
力任せに振り回される凶器と化した右腕を前に、レキが慌てて後退してゆく。大振りで見切りやすいが、ガードで受けてみるにはパワーが強すぎるだろう。
数メートルの距離をとったレキは、そこで二刀を構え直した。
それは、受けでも避けでもなく、攻めの構え。より強力な武技を放つための溜めである。
繰り出せば達人級の威力を叩き出すが、当然ながら力を溜めている間は無防備となっている。
モンスターであるクリスタウルスには、相手の全力を真正面から受けて立つなどという騎士道精神は持ち合わせていない。動きの止まった敵を、これ幸いとばかりに大きく右腕を振り上げて、一直線にレキへと向かう。
微動だにせず溜めの構えを崩さないレキに対して、ついにクリスタウルス渾身の一撃が振り下ろされる――前に、止まる。
高く振り上げた鈍器の拳は、白い手に捕まれて動きを封じられていた。
「今の私はミノタウルスが相手でも、力負けはしないの」
ウルスラの修行の成果、『白夜叉姫』の物質化である。
最初こそ上手くいかなかったものの、一度コツを掴めば後はすんなり習得、使いこなすに至った。
霧状のドレイン能力ではなく、手で触れられる金属のような硬い物質へとアナスタシアを変化させることが、今のウルスラにはできる。その代わり、ドレイン能力は失われるが、物質化の恩恵は大きい。
物理的に相手に触れるということは、このように、直接掴んでその動きを封じることもできるのだ。
石膏像のような真っ白いアナスタシアの両手が、クリスタウルスの腕を掴んで攻撃を止めてみせた。
そして、レキは寸前でウルスラが必ず止めてくれると信じていたからこそ、溜めの構えを崩さず――今、必殺の武技を解き放つ。
「ナーイスアシスト、ウル――『ライオットブレイザー』っ!!」
ブレイザー系の上位にあたる連撃武技『無双剣舞』。
本来は同じサイズの剣二つで繰り出される、舞い踊るような流麗かつ激烈な連続斬撃を放つらしいが、我流のレキは、ただひたすら強く、速く、溜めこんだ力の限りに振り回す荒々しい型となっている。ぶっちゃけ、物凄い速度の回転斬りだ。
だがしかし、その勢いは竜巻のように激しく、威力だけなら本物の『無双剣舞』に匹敵する。
剣の斬撃というよりも、回転ノコギリで強引に金属を切りつけたような激しい音は、クリスタウルスの叫びさえもかき消して響き渡る。
結晶の鎧に守られた胴体は、先ほどの比ではない深さで傷が幾筋も入り、ついに血の通う肉体にまで刃を届かせる。
グゥオオオオオオオッ!
苦痛の声を上げながら、胴体から赤い蛍光色の鮮血を吹いてクリスタウルスは大きくよろめく。
「ウゥー」
大技を放った後の技後硬直、ついでにやっぱり目も回したレキは、無防備なクリスタウルスへ追撃を放つの無理だった。
「――『白流砲』」
だから、代わりに追撃をかけたのはウルスラである。
超密度のドレインを宿した白い竜巻状の必殺技がクリスタウルスを飲み込むと――後には、膝をついた奴の姿が残る。
普通のモンスターなら白骨化してもおかしくないドレイン攻撃だ。だが、クリスタウルスはいまだ原形を保っている。膝を屈しているが、倒れてもいない。
ブルルゥ……ウゴォアアアアア!!
咆哮を上げて、再びクリスタウルスは立ち上がった。
伊達にボスモンスターなどとは呼ばれていない。人と違って、モンスターの恐るべきところは、そのタフさであろう。
「やっぱり、ワンターンキルは無理デスか」
「でも攻撃は十分通っている。このまま畳みかけるの」
全力攻撃を叩きこんでも尚、立ちあがってくる強大なボスを前にしても、二人は一歩も引かずに挑み続けるのだった。
「ゼェーハァ……」
「つ、つ、疲れたの……」
一時間後、ついにクリスタウルスが倒れた。
やっぱボスはタフだよな、と思っていたが、ホントに想像以上のタフさであった。というかコイツ、途中で回復してたよな? なんかその辺に生えてた緑に輝く結晶とか喰らってさ、アレ絶対、治癒魔法発動してただろ。
ボスが回復は禁じ手だろうが……などと思うのは、俺が知るゲームの話であって、野生に生きるモンスターには関係ないことである。クリスタウルスは、ただ己の持てる力の全てを振り絞って戦っただけに過ぎない。
「二人とも、お疲れ様。よくやったな」
クリスタウルスの討伐は、完璧にレキとウルスラの二人で成し遂げた。途中、何度か手を出しそうな危うい時もあったが、しっかり体勢を立て直したり、機転を利かせて切り抜けていた。
この戦いぶりを見せられれば、二人が立派にランク4冒険者の実力に至っていると信じられる。
「クゥーン!」
ちょっと犬っぽい声を上げながら、レキが真正面から抱き着いてくる。実に褒めて欲しそうなこの感じ。いいだろう、存分に褒めてやる。
「よーしよしよし」
「ワフー!」
褒め方これでいいのか、とワチャワチャ撫でまわしながら思うが、まぁ本人が喜んでるっぽいのでいいだろう。
「補給……今すぐ補給が必要なの」
レキと違って疲労感でフラフラしているウルスラは俺の後ろから抱き着いて、背中に顔を埋めている。
「かなり魔力を消耗しただろう? いつもより大目に吸っていいぞ」
「うん、じゃあ遠慮なく……あ゛あ゛ぁー」
仕事に疲れ切ったオッサンが熱い湯船につかった瞬間みたいな、しみじみした声を上げて、ウルスラが俺の黒色魔力をドレインしていく。
魔術士でもそう簡単に人から魔力を吸ったり与えたりするのは難しいものなのだが、ドレイン使いであるウルスラは、自分が補給する分には簡単にできる。俺も抵抗せずに、吸われるがままにしておけば、ウルスラはかなりの高効率で魔力を回復することが可能だ。
「二人とも、ゆっくり休んでろ。ボスの素材回収は俺がやっておくから」
「ウェーイト、もう少しこのままでー」
「私にはもっと必要なの、クロノ成分が」
「しょうがないな」
そんな風に、しばらくグダグダしてから、俺達はついに第四階層『結晶洞窟』の探索に挑むのだった。
折角、一日かけてここまで降りてきたのだから、少しは稼いでいかないと。