第739話 ドリームステージ
「……なんか二人とも拗ねてない?」
「拗ねてないデス」
「拗ねてはいないの」
言うものの、目は合わせてくれないレキとウルスラである。二人と出会ってから、いまだかつてこんな態度は見たことがない。
これは相当に不満があるとみた。
「ごめん、勝手にエミリアと話を進めたのは悪かったと思ってる」
いきなりエミリアが俺を同志に引き込み、楽屋で話し合いの結果、俺は彼女の夢に協力することを約束した。
自分の選択が間違っているとか、上手く乗せられて騙されたなどと後悔はないが、今後の方針に関わることをパーティメンバーである二人を差し置いて、勝手に決めたことは良くないだろう。
「ううん、レキはいいデスよ、クロノ様が決めたことだから」
「エミリアのことがなくても、いずれそういう選択をするとは思っていたの」
そうなのか。実は俺よりもずっと将来の事を考えていたのか二人とも。
「でもでも、クロノ様の婚約者はレキ達デス!」
「一番は私達。他の誰にも譲らない」
「そ、そんなこと気にしてたのか……」
「私達にとっては一番大事なことなの!」
「いくらエミリアが相手でも、負けないデス! ファイ、オーッ!」
いわゆる一つの嫉妬というやつなのだろうか。
二人が分かりやすく対抗心を燃やすさまは微笑ましい、などと言うと失礼だろうか。レキもウルスラも、俺のことには真剣だ。俺だって、遊びのつもりで婚約と言ったワケではない。
「安心しろ、エミリアとどうこうなる気はない。ただ、お互いに目指すところが同じだから、協力するだけだ」
俺とエミリアの関係はあくまでビジネスだけ。
正式な契約を結んだワケではなく、今はまだ口約束に過ぎない段階である。
エミリアは今回の寄付金を元に、これから慈善団体を立ち上げ、本格的な活動をはじめる。当面は孤児院の援助などが中心で、大それたことはできない。
だが、規模を拡大し、賛同者を増やし、奴隷制廃止へ向けて進んでゆく予定だ。
そして、ある程度の影響力を持つ段階にまで至れば、邪魔も入るようになる。
そこでようやく、俺の出番というワケだ。
「今の俺達は、ただのランク3冒険者でしかない。今後のことを考えれば、ランクを上げて冒険者として実力を示さないといけないだろう」
その辺に幾らでもいる冒険者では意味がない。カーラマーラでも名が通るほどのネームバリューがなければ、エミリアを守るための抑止力にはならない。
勿論、実力も伴わなければ意味がない。
「だから、まずは本気でランク5を目指そうと思う」
「クロノ様はもうランク5じゃないデスか?」
「それは昔の話だからなぁ……正しくは、今の俺達『アッシュ・トゥ・アッシュ』でランク5にならないと」
「おお、私達もランク5に」
「二人とも凄い勢いで成長しているからな。すぐになれるさ」
「イエス! レキ、頑張るデスよ!」
そういうワケで、俺達は単純に金を稼ぐだけでなく、ランクアップも考えて冒険者活動をしていくことになった。もっとも、一攫千金を手っ取り早く狙うなら、ランクを上げて高額報酬の依頼を受けるのがセオリーでもある。
低ランクの依頼、低階層での仕事で、高収入を得られるなんて美味い話はそうそうないもんだ。
それに、サリエルのこともある。冒険者活動を通じて、少しでも奴に対抗できる力を磨きたい。
今の俺には守るべき者もいるし、ついでに奴隷の子供をなくすという夢までできた。いつまでもサリエルの影に怯えているワケにもいかない。
「それじゃあ、まずはランク4を目指すの?」
「ああ、今日から挑んでもいいだろう」
「ウォウ、じゃあ第三階層のボスに!?」
冒険者がランクを上げる方法は、ギルドが指定するクエストをクリアするのが基本だ。指定される昇格クエストは、正確に実力を図れるよう複数の依頼になることが多いそうだが、カーラマーラではもっと単純なやり方がある。
それが、各階層のボスの撃破だ。
大迷宮の五段階層は、ちょうど冒険者ランクに対応している。
初心者のランク1なら第一階層『廃墟街』のみが活動範囲となる。そして、第一階層のボスを撃破して、第二階層へと足を踏み入れたなら、晴れてランク2として認められる。
ただし、長年攻略され続けている大迷宮なので、ボスをスルーして下の階層へ至る抜け道は幾つもある。前回、マイマイを捕まえに行ったときも、俺達は第一と第二のボスは避けて、真っ直ぐ第三階層を目指した。
なので、わざわざ階層のボスに挑むのは、ほとんどが昇格目的ということになる。
「今の俺達なら、十分に倒せるだろう」
そのまま勢いでランク5までは無理だろうが、そこはランク4となって、より高難度ダンジョンと化す第四階層を攻略してさらに力を磨いていけばいい。レキとウルスラは強いが、二人の成長率にはまだまだ止まる様子はない。このまま冒険者として戦い続ければ、必ずランク5級の実力まで到達するだろう。
「それじゃあ早速――行くか?」
と、疑問形になってしまったのは、二人の視線が俺にもダンジョンにも向いてはいないからだ。
『――さぁ、今年も始まりました、年末恒例、ドリームステージ!』
大迷宮の入り口前の広場にかかっている大きなヴィジョンでは、『ドリームステージ1597』という番組が放送されている。
なんでも、大規模な新人アイドルのオーディション番組らしい。1597というのは、大陸歴というこの異世界での暦だ。わざわざ年数表記をしているだけあって、長年続いてきた恒例、そして人気の行事なのだとか。
このドリームステージで優勝すれば、それだけで一躍有名人。後に一時代を築いた歴代のトップアイドル達も、このドリームステージ優勝者が多い。
ちなみに、エミリアも優勝者であり、しかも最年少だとか。やっぱ天性の才能だよな。
「そんなに気になるなら、ちょっと見ていくか?」
「ノン! レキ達は立派な冒険者デスよ!」
「ヴィジョンが見たくて動けない、子供とは違う」
と言いつつも、二人も凄く気になっているのは間違いない。
しかしながら、最後まで見ればクエストどころではないので、予定位通り出発するとしよう。
「そうか、それじゃあ行くぞ」
『栄えあるトップバッター、エントリーナンバー1番は、なんとあの『カオスレギオン』のボスがプロデューサーを務めるという、異色の新人! アングロサウス出身、妖精族のリリィでーっす!』
歓声が轟くヴィジョンの音を聞き流しながら、俺達は覚悟を決めて大迷宮へと向かうのだった。
熱気に包まれるファラーシャゴールドスタジアム。
カーラマーラ中心街の一等地に建つスタジアムは、アイドルにとっての聖地と呼ばれる。最高の立地と最高の設備、そして収容人数を誇るここは、ライブ会場としての最高峰。
アトラス大砂漠に伝わる伝説的な踊り子『黄金の舞姫』ファラーシャの名を冠したこの舞台に立てるのは、一流以外にはありえない。
だが、例外的に次代を担う新アイドル誕生の機会となる『ドリームステージ』だけは別である。
いまだ何ら名声を得ていない無名の新人であったとしても、この舞台で観客の心を掴めば、明日から人気アイドルとして大活躍。才能はあっても、いまだそれを認められていない。そんな少女達の夢が叶う、正に夢の舞台である。
「くだらないわね」
と、新たなスター誕生の瞬間を見ようと詰めかけた満員の観客を前にしても、リリィの心は冷え切っていた。
なんて、くだらない見世物だろうと。
何が夢の舞台だ。この番組が始まった第一回の時から、優勝者など最初から決まっている出来レースなのだ。
アイドルを世に送り出すのは、本人の優れた才能ではなく、金を出すスポンサーである。ザナドゥ財閥をはじめとした、アイドル市場を席巻する大手スポンサー達の談合によって、最初からドリームステージの筋書きは決められている。
唯一の例外は、五年前の覇者、エミリアくらいであろう。もっとも、それでも彼女は本人も知らない内に3位入賞は確定するほど、その時点で評価はされていたのだが。
そんな醜い裏側など知らず、カーラマーラ国民は毎年、素敵な夢を叶える少女達の姿に感動しているのだ。
それは今年の1597も同じ。優勝者はすでにシルヴァリアン所属のアイドルグループに決まっている。
「本当に、くだらない――」
「栄えあるトップバッター、エントリーナンバー1番は、なんとあの『カオスレギオン』のボスがプロデューサーを務めるという、異色の新人! アングロサウス出身、妖精族のリリィでーっす!」
テンションの高い、カーラマーラでも人気の芸人が司会役として、舞台に登ったリリィの紹介を語った。
こうして出場できたのは、腐っても三大ギャングのボスであるジョセフのコネがあってこそ。それなりの金額を使って、ほぼ飛び入り参加で枠を用意することに成功した。
無理をせずとも、カーラマーラのアイドル業界で天下を取ることはリリィの能力からすれば十分に可能なのだが……今すぐ、リリィは一刻でも早くカーラマーラのトップアイドルに登り詰める必要があった。
全ては、現時点でアイドルの頂点に君臨する、絶対王者エミリアを倒すため。
その輝かしい肩書きを使って取り入ったのか、あの女はクロノの隣に立っていた。
全てはクロノのために、と我慢と忍耐で彼の不在を耐えていたところに、あの放送である。
リリィの我慢と怒りと嫉妬は限界を突破し――自分がトップアイドルになってエミリアからクロノを取り戻す、という斜め上の作戦計画をぶち上げたのだった。
「リリィさん、とうとう嫉妬に狂って頭がおかしく……」
激高するリリィに向かって、真っ当な反対意見を言える人物はフィオナしかいない。
ジョセフは『星墜』によって穿たれた中庭のクレーターを見たせいで、涙目で部屋の隅っこで震えていた。
「いいえ、フィオナ様。私はリリィ様の提案を支持します」
しかし、予想に反してリリィの頭のおかしい提案に賛成を表明したのはサリエルだった。
「どういうつもりですか、サリエル」
「あのエミリアという女は危険。マスターに近づけるべきではない」
「そんなに邪悪な気配でも感じたんですか?」
リリィさんでもあるまいに。
フィオナの目からは、別にどこの国でも一人はいるであろう極上の美少女くらいにしか映らなかった。流石に画面越しでは、魔力の気配を感じることはできないので、何かしらの力を秘めていても、それを察することはできないが。
「あの亜麻色の長い髪は、白崎百合子を連想させる」
「……それだけですか?」
「十分な理由です」
とうとうサリエルもバグったか、と返答内容に納得しかねるフィオナであったが、
「止めないで、フィオナ。私は必ず、クロノを取り戻してみせるから」
自信満々に微笑むリリィの瞳には、何かもう色んな邪悪な感情が渦巻いていたので、フィオナは余計なことは言わないでおこうと察したのだった。
サリエルも賛成してしまった以上、一人で反対するのは分が悪い。
「そうですか。上手くやってくださいね、リリィさん」
というワケで、全員の承認を得てリリィはアイドルデビューを果たすことに。
打倒エミリア! 最速トップアイドル成り上がり計画の第一歩として、ちょうど開催時期が迫っていた『ドリームステージ』への参加と相成ったのである。
「今回、リリィは飛び入り参加となっております! 『カオスレギオン』のジョセフ・ロドリゲス氏が自ら推薦する秘蔵っ子、なのだそうで……詳しい経歴が私の手元にも一切ありません! ですが、カーラマーラでアイドル活動をしていた経験がないのは間違いありませんねぇ」
ついこの間、初めてカーラマーラにやって来たのだから、そんなものあるはずもない。強いて言えば、ジョセフに会うためにアングロサウスの大通りで路上ライブの真似事をした程度。
中心街にあるスタジアムに詰めかけた観客の中に、アレを聞いた者は一人もいない。そもそも出来レースのこともあり、観客も優勝者が有利になるよう、そのファン層を大目に選ばれるよう『抽選』している。
「分かっていることは、ご覧の通り妖精族であること。それから、12歳という年齢だけとなっております」
エミリアは13歳で優勝した。対抗して、リリィは12歳ということにした。
「見た目は可愛らしい小さな、というかやや小さすぎる女の子ですが……流石に緊張しているんでしょうか、表情が硬いですねぇ」
リリィは幼女状態のままでステージに登っている。
衣装は間に合わなかったので、いつも通りのエプロンドレス。特にめかしこんでなどいない。
唯一、今回身に着けたアクセサリーは、腰元から下げた大きな拳大のダイアモンドだけである。
ただ一人、大きなステージに立つリリィは、表情が硬いなどと茶化される通り、微笑み一つ浮かんではいない。
ただ冷たい眼差しで、十万を数える観客席を眺めるのみ。
対する十万の観客も、これでは子供のお遊戯だろうと、さしたる期待のない視線を向けていた。
「さぁ、それでは歌っていただきましょう!」
優勝者の決まった出来レース。知名度ゼロからのスタート。
だが、リリィにとっては何の問題にもなりはしない。
大勢が詰めかける舞台の上に立った。それだけで、全ての条件はクリアした。
「私の歌を聞きなさい」
一言目で、眩い光に包まれる。
照明セットが照らし出す輝きをかき消すほどの、強烈な閃光はリリィから発せられている。
「私の歌だけを聞きなさい」
そして、二言目が発せられた時には、ステージに立つのは絶世の美少女。
真の姿を現したリリィは、その妖精の羽を輝かせる。
アングロサウスの通りで、人々を魅了した光。
そして、さらにその腰元に装着した宝玉、『支配』の能力を宿す『至天宝玉』が、更に洗脳効果を高め、劇場全体へ広げてゆく。
「見ていて、クロノ。私が一番になるわ――『愛の女王』」
冥暗の月20日。
『ドリームステージ1597』の優勝者はリリィに決まった。
いいや、決めるも何もない。その舞台で歌ったのは、エントリーナンバー1のリリィだけ。
一度、歌い始めた彼女を止められる者は誰一人としておらず、一曲終わるごとに鳴り止まぬアンコールの大合唱を前に、ついに放送時間全てを、リリィ一人で歌いきったのだ。
妖精姫リリィ。全てを覆す圧倒的な魅力で、カーラマーラアイドル業界への侵略を開始した、その第一歩である。
2019年11月1日
今週から2話同時更新ですので、次話に続きます。