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黒の魔王  作者: 菱影代理
第36章:最果ての欲望都市
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第735話 素顔のエミリア

「――さて、ようやく片付いたか」

 ヒュドラで捕まえた猫耳傭兵団は邪魔くさいので、隣の部屋へとまとめて放り込んでおいた。勿論、この中も黒化をたっぷりと施してあるので、潤沢な黒色魔力を利用した鎖によって、連中の拘束は継続中である。何か動きがあれば、鎖を通して感知もできる。黒魔法って本当に便利だ。

「それじゃあ、話を聞かせてもらおうか」

 俺の前には、ソファに並んで座る二人の人物がいる。

 片方は奴らと同じく黒い鎖で縛りあげた、自称商人の男。

 そしてもう片方は、亜麻色のショートヘアをしたエミリア、らしき美少女。

 事情は一番の当事者であるこの二人に聞けば分かるだろう。

「なぁ、おい頼む、こんなの何かの間違いだ……ああ、ちくしょう、こんなはずじゃあ……」

 すでにして商人男は進退窮まった感を醸し出している。この期に及んで言い訳を並べるほどのガッツはなさそうだ。

「ふん、馬鹿な奴ね。私に手を出して無事で済むはずがないでしょ」

 一方の推定エミリアは、拉致監禁されていたにも関わらず、意外と余裕のあるご様子。よほど肝が据わっているか、このテの荒事に慣れているのだろうか。

 テレビで見るのとイメージが全然違うんだが……

「見たところ、君を攫ってどこぞへ売り飛ばそうとしていた、という状況に見えるんだが、間違いないか?」

「まぁ、そんなところじゃないの」

「ち、違う! 私はただ頼まれただけだ! 私は悪くない、これは、ただのビジネスなんだ!」

「そうね、カーラマーラじゃ人を攫って売り払うのも立派な商売だものね」

 被害者本人がこう言っているので、思った通りの状況で間違いないらしい。

「もう一つ確認しておきたいんだが、君は本物のエミリアなのか? アイドルの」

「そうよ。だから狙われたんでしょ」

 あっけらかんと言い放つエミリアである。

「エミリアって髪長くなかった?」

「あんなの付け毛エクステよ。ショートから盛った方が色んな髪型にできるから、便利なの」

 なるほど、そういうものなのか。

 確かに、髪の色や目の色を変えるマジックアイテムもあるし、髪の毛を自然に増やせる類のモノもありそうだ。魔法のかつらは現代の科学技術を上回る出来栄え。

「そういえば、今日はライブしてなかったか」

「ああ、録画じゃないの?」

 録画とかあるんだ。

 いや本当に、カーラマーラの映像通信技術は現代の地球並みではないだろうか。

「ねぇ、それよりアナタこそ本物なの?」

「黒仮面アッシュの噂は、アイドルも知ってるのか」

「面白そうな噂はすぐ広まるものよ。でも、それだけの実力を見せつけられたら、本物だとしか思えないわよね」

「安心しろ、俺は本物のアッシュだ」

「うん、だから私を助けに来てくれたんでしょ」

「まぁ、そんなところだ」

 シャワー浴びに来たら、たまたま鉢合わせたとは言えまい。

「それにしても、本物のエミリアを攫うとは、思い切ったことをしたもんだ。おい、誰に頼まれた? それか、誰に売り飛ばすつもりだった?」

「そ、それは……言えない、言えるワケがないだろう」

 それもそうだよな。今をときめくカーラマーラのアイドルを売ろうってんだから、後ろ暗い事情のある奴らに決まっている。

「依頼人の秘密を喋れば消されるとか、そういうヤツか? よく考えろ、今ここで死ぬか、依頼人に消される前に逃げ切る可能性に賭けるか、どっちがマシだと思う」

「うっ、ぐぅ……」

 少しばかり、ギリギリと鎖を締め付けてやる。男は苦しそうな呻き声を上げるが、別に死ぬほどの威力は出していない。

 俺には拷問の心得もなければ、趣味もない。こんな単純な脅しでゲロってくれれば楽なんだが。

「それとも、家族でも人質にとられてやむなくってか? それなら、俺が助けやるのもやぶさかではないが、どうする?」

「それはないわ。だってコイツ独身だし」

「そうなのか。というか、知り合いなのか?」

「ええ、この男はウチの事務所のスタッフなの。身元は結構しっかりチェックしてたはずなんだけど……参ったわね、まさかここまでのバカをやらかす人がいたなんて」

「なるほどな。身内だから油断してまんまと捕まったというワケか」

「私も、まさか事務所で拉致られるとは思わなかったわよ。面倒だけど、警備はずっとつけておかないとダメね」

 なかなかに恐ろしい環境に身を置いているな、アイドルエミリア。その割には、飄々としている。

 トップアイドルともなると、色々と覚悟も決まっているのだろうか。

「身内から裏切り者が出るとはな。他にもそういう奴はいるのか?」

「ねぇ、話はもういいでしょ。私、早く帰りたいんだけど」

 うんざりしたように、エミリアが言う。すでに彼女は、大した恨みの視線すら、首謀者の男へ向けていない。

「詳しく聞き出しておかなくていいのか?」

「どうせこんなヤツ、大したことは知らないわよ。私を欲しがる奴らなんて、この街には幾らでもいるわ。その内の一人が分かったところで、何の意味もない」

 まぁ、確かにな。今回の黒幕を突き止めたところで、似たようなことを画策する輩は無数にいるだろう。なにせ、カーラマーラにはシルヴァリアンの奴らをはじめ、数多のギャング共がのさばっているからな。

 それでいて、表社会の商人連中も軒並み、ギャングと何かしら繋がりがあるから手に負えない。

「分かった、君がそれでいいなら、そうしよう」

「ありがと。聞き分けのいいヒトは好きよ」

 素敵な笑顔をありがとう。

 こうして笑いかけられると、なるほど、コイツは確かに本物のアイドルだと納得できる。

 しかし、こうして改めて間近で見ると、言うほど白崎さんに似ているワケではないな。

 さっきから随分と堂々とした態度のエミリアである。ヴィジョンで見るよりも、強い遺志を秘めた、凛々しい顔つきに見えた。

 一方の白崎さんは、文芸部の隠れアイドル。清楚可憐で儚げな美少女だ。雰囲気がかなり違う。

 それでも「似てるかも」と思うのは、やっぱり髪の色がそっくりだからか。

「安全なところまでは責任を持って送るが、どこまで行けばいい?」

「そうね、一番安全なのは……『黄金の夜明けゴールデンドーン』のホームね」

 どこだそこ。知らない場所だ。

「ここから近いのか?」

「えっ、知らないの? そういえば、アナタ最近ここに来たらしいし、知らないのも無理はないか」

 すみませんね、まだカーラマーラ初心者な上に、基本ダンジョンに引きこもりだったもので。

「地図は持ってる? 場所は教えてあげる」

「それは助かる」

 道案内ができるなら、大丈夫そうだ。

 それじゃあ出発するか、という前に、俺にはやるべきことがある。

「お、おい、何をする! わ、私を殺すのか!?」

「いや、手間賃くらいは貰わないとやってられないからな」

 と、俺は男のスーツを鎖で探って、財布を見つけ出す。

「2万4千クラン、まぁ、こんなもんか」

 金貨と銀貨だけさっさと影に放り込む。

「あとは傭兵の奴らに期待だな」

「ヒーローのくせに意外とセコい真似するのね」

 絶賛カツアゲ中のヒーローに向かって、エミリアは実に冷めた視線をくれている。

「ウチには腹を空かせた子供が十一人いてな。少しでも稼がなきゃならんのだ」

「ふふっ、なにその言い訳……それじゃあヒーローなんかやめて、真面目に働きなさいよね」

「大丈夫だ、最近、冒険者として働き始めたところだから」

「ふーん、子供のためじゃあ仕方ないわねー」

「おい、信じてないなその目は」

「はいはい、信じてるから、さっさと追いはぎでも何でも済ませてきなさいよね」

 絶対に適当な言い訳していると思っているな、エミリアめ。

 そんな目で見られていると分かっていながらも、俺は容赦なく傭兵共からも金目のモノを奪い去った。

 罪悪感は特にない。まぁ、揉め事を起こした冒険者は、当事者同士での解決がセオリーだし? これは俺が勝ち取った正当な報酬だ。

 そんな正当化をしつつ、ほどほどの臨時収入も得たところで、俺はエミリアを連れてセーフエリアを後にした。

 参ったな、結局シャワーは浴びれなかったじゃないかよ……




「……」

「どうした、顔色が悪いぞ。やっぱり何か怪我とか体調不良があるのか?」

 拠点を出て廃墟の街を歩き始めると、段々とエミリアの顔色が悪くなっていった。拉致監禁されてもドライな態度を貫いていたというのに、すっかり口数も減っている。

 見たところ怪我はないとは思うんだが、拉致される時に薬を使われた後遺症とかあるのだろうか。各種ポーションは取り揃えてあるから、ある程度の治療はできるのだが。

「……なの」

「何だって?」

「こういうの、苦手なの」

 なるほど、そう来たか。

「ホラーとかゾンビとか苦手なのか」

「なによ、悪い?」

「いや、何か意外と普通の感性持ってて、安心したというか」

「アナタ、私のことなんだと思ってるのよ……」

 そりゃあトップアイドルのエミリア様だと思ってるよ。この状況下で平然としていられるのも、凄い度胸だなと。

「ここは大迷宮の中でも一番簡単なエリアだし、そう心配するな。ゾンビが群れてきても、どうとでもなる」

「お願いだから近づかせないでよね」

「任せろ、俺は黒魔法使いだから、遠距離攻撃が得意だ」

「そう、何でもいいから頼むわよ」

 正直いっぱいいっぱいといった感じのエミリアである。

 何だろう、この素直に怖がる女の子らしい可愛らしさがまるでないこの感じ。間違いなく美少女のはずなのに……しかし、全く気取ったところのないごく普通の感じが、俺にとっては物凄く接しやすい。まるで男友達でも相手にしているかのような気楽さがある。

 イメージ通りにキラキラしたアイドルオーラを出されるよりは、こっちの方が楽でいいのだが。

 こうして、手を繋いで歩いているというのに、全くドキドキしてこない。

「……ねぇ、何で黙ってるのよ」

「余計なことは言わないで、そっとしておいた方がいいかと思って」

「何か喋ってくれた方が気が紛れるわ。アナタの正体とか秘密とか、面白そうなこと何か話しなさいよ」

「言うほど俺に凄い秘密なんてないぞ?」

 自分でもよくわからない内に、気が付いたらこうなっていただけのことで。

 決して、高潔な志や気高い覚悟を持って、ヒーローをはじめたワケではない。というか、俺としてはあくまで単なる冒険者のつもりだ。

「じゃあ何で顔隠してんの?」

「シルヴァリアンと揉めて」

「あー」

 お察し、というエミリアの表情である。

「何をやらかしたのよ」

「小さい子供を人質にとってるゲスを見かけたものだから、つい」

「なにそれ、普通にヒーローじゃん」

「別に、俺と同じ強さを持ってれば、誰だってやるさ」

 自分に出来ることをやった、それまでのことだ。

 さらに言えば、ああいう場面を助けたいという、自分の欲でもある。

 勿論、後悔はない。リリアンはあんなに俺に懐いてくれたしな。

「ふーん、アナタ、力の使い方も知らないお人良しってワケ」

「なんだソレ、これでも力の半分以上は使いこなしているつもりだ」

「黒魔法の実力なんて知らないわよ。そういうことじゃなくて、それだけ強ければ、この街でどうとでも成り上がれるでしょ」

「似たようなことを最近、言われた気がする。でもギャングの仲間入りは御免だな」

「ギャングも冒険者も商人も、どれだってロクなものじゃあないけどね。少なくとも、この街ではそうよ」

 それは俺も、薄々察している。

 カーラマーラは繁栄を謳歌しているが、それは人々の飽くなき欲望が渦巻く混沌とした発展に支えられている。この街では、常に誰かが誰かを食い物にしようと狙っている。

 俺がマトモに地上で暮らし始めて僅か数日だが、それでも、ここに住む誰もが大量の子供の奴隷が酷使されていることに疑問すら抱かず、当然のこととして認めている風潮は察するに余りある。

 この街において弱さは罪であり、貧しさは罰でもある。だから、最も弱く、最も貧しい子供の奴隷は、死の危険を冒してこの大迷宮で使役されている。

「俺だって、自分が綺麗でいるつもりはないさ。気が付けば、何人も人を殺している。もう戦いは散々だと思っていたんだがな」

「随分と贅沢な悩みね。普通は生き残るだけで必死なのに」

「そうだな……所詮、俺は甘ちゃんのお坊ちゃんさ」

 日本の現代っ子を舐めるなよ。地球でも日本人の少年少女は最高レベルに甘いだろうからな。

「いいじゃない。アナタみたいに強い人がそんなに甘いと、安心できるわ」

「褒めてるんだか、舐められているんだか」

「ええ、舐めてるわ」

「マジかよ、エミリアのファンやめます」

「ウソウソ、ちゃんと褒めているから。この私が褒めているんだから、誇っていいわよ」

 ああ、こうやってストレートに微笑むと、本当にヴィジョンの中のアイドルエミリアなんだと実感する。

 ハッ、これが俗に言う『魅了チャーム』ってやつなのか!?

「ねぇ、アナタって本当に私のファンなの?」

「ああ、そりゃあ一番、ヴィジョンで見てたから――ッ!?」

 足を止めて、耳を澄ます。

 かなり微かだったけど、確かに聞いた。

「ちょ、ちょっと、なに急に立ち止まってるのよ」

「静かにしてくれ」

 頼む、もう一度叫んでくれ。そうしたら、位置は確定できる。

「……そこか。ギリギリで間に合うか」

「えっ、ちょっと待って、アナタもしかして」

「今からちょっと子供助けてくる」

「はぁ!? なによそれ、今は私を助けている最中でしょ! こんなところに置き去りにするつもり!?」

「大丈夫だ、一緒に連れて行く」

「い、嫌よ! それってゾンビのいるところ行くってこと――きゃあっ!」

「出来るだけ静かにしてくれ。叫べば、余計にゾンビが寄って来るぞ」

 俺は有無を言わさずエミリアを抱えて、走り出す。

 アッシュ、と確かに俺へと助けを求める、声の方へと向かって。




「……バカ」

「ごめん」

「バカ、バカぁ」

「だから、ごめんって」

 ポロポロと涙を零しながら力なく罵る少女に、がっちりと腕を組まれて歩く男の姿があれば、それは喧嘩を終えてよりを戻した直後のカップルのように見えるだろうか。

 しかしながら、事はそんな切なくもロマンチックな状況ではない。

 なぜならば、俺達の後ろには沢山のゾンビの死体と、さらにその後方には、

「いやっふぅー、干し肉ゲェーット!」

「クッキーゲーット!」

「美味めぇーっ!!」

 などと元気にはしゃぎながら走り去ってゆく子供達の姿がある。

 そう、俺は宣言通りにエミリアを抱えて現場へ急行し、往来でゾンビに囲まれ大ピンチに陥っていた奴隷の子供達を無事に救出した。

「バカぁ! ホントにこういうのダメだって私言ったじゃーん!!」

「分かった、俺が悪かったって」

 駆けつけたタイミングがギリギリだったことと、襲っていたのがランナーの群れだったことが災いした。

 俺はエミリアを抱えながら、子供達を庇うような立ち位置に割り込み、ほぼ至近距離で魔弾を奴らにぶち込んだ。

 その結果、彼女は苦手なゾンビを目の当たりに。挙句の果てに返り血がちょっとだけ顔についちゃったりもして……その結果が、大泣きであった。

 声を上げてワンワン泣いていた。

 その見事な泣き叫びっぷりは、襲われていた子供達にすら慰められるレベルである。

 すっかりビビったエミリアは、今もがっちりと俺の腕を掴んで離さない。

「次はもっとこう、上手くやるから」

「次って何よ!? まだ付き合わせる気!?」

「こ、子供の命がかかっているから。いざって時は無視できん」

「ああー、無理無理、私もうホントに無理だからぁ……」

 いや、それは分かる。分かるけど、しょうがないことってあるじゃん。

「頑張れ、あともうちょっとで出口だから」

「ううぅ……ホントにぃ?」

「本当だって。だからしっかり歩いてくれ。あんまりくっつくな」

「ムリぃー」

「じゃあいっそ俺が抱えて走るか?」

「それはもっと無理! さっきソレやられてめっちゃ怖かったんだから!?」

 確かに、俺が抱えて全力疾走したら、絶叫してたしな。


「ウォアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 と、こんな感じの猛々しい叫び声ではなかったけど。

「ヒイッ!? い、い、今の声って……」

「どうやらランナーに見つかったな。この感じは、結構な数が群れてるぞ」

「なに冷静に解説してんのよ! 早く逃げて、私を抱えて逃げなさいよ!!」

 刹那で前言を撤回したエミリアを、俺はよっこいしょと抱えて、ご命令通りに駆け出した。

 まったく、アイドルの護衛は大変だな。

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>「いいじゃない。アナタみたいに強い人がそんなに甘いと、安心できるわ」 「褒めてるんだか、舐められているんだか」 「ええ、舐めてるわ」 「マジかよ、エミリアのファンやめます」 「ウソウソ、ちゃんと褒め…
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