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黒の魔王  作者: 菱影代理
第36章:最果ての欲望都市
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第734話 厄介事

「レキ、ウルスラ、俺はダンジョンに行って来るから」

「ええー、エミリア、見ないデスか?」

「今日はお休みでも」

「二人は休みだ。装備も強化に出してるしな。ゆっくりしてくれ」

 手持ちの素材とマイマイでの報酬を合わせ、レキとウルスラの装備を更新することにした。武器も防具も両方、思い切って強化に出している。この先のことを考えれば、装備強化は早い方がいいだろう。

 そういうワケで、装備が手元にない二人は、強化が完了するまでは冒険者稼業はお休みである。

「でもクロノ様は一人で行くデスか」

「別に仕事しに行くワケじゃないから。第一階層で黒魔法の練習をしたくてな」

「そう……でも、気を付けて」

「分かってる。早めに帰って来るから」

 エミリアのライブを鑑賞しながら、日本の思い出に浸るのも悪くはないけれど……如何せん、この街には第七使徒サリエルがいる。おまけに、俺を探しているのだ。

 あまり呑気にはしていられない。さらに腕を上げて、少しでも奴に対抗できる実力を身に着けなければ。

 そういうワケで、俺は一人で第一階層『廃墟街アンデッドシティ』へと向かった。




「……はぁ、なかなか上手くいかないな」

 俺は対サリエル戦を想定して、現状、奴に唯一ダメージを与えられそうな黒魔法である『虚砲ゼロカノン』の性能向上を目指していた。

 コイツを撃つためには、かなりの魔力量と集中力、そして何より、集中を持続させ続けるチャージ時間が必要となる。一発撃つのに何十秒もかかる武器など、欠陥もいいところだ。

 錆付き、はたまたま上手くぶち込める相手だったに過ぎない。あのサリエルの動きを思い出すに、どう考えても『虚砲ゼロカノン』をクリティカルで直撃させられるのは無理である。

 せめて、普通の魔弾バレットアーツとまではいかずとも、チャージの短縮に三連発くらいできるよう使い勝手を改良しなければ。

 勿論、万全を期すために単純な威力も上げておきたい。

 しかし、今日の訓練ではどれも成果は芳しくなかった。

「くそ、今の俺の体でも難しいってコトは、相当、厳しいだろうな……」

 疑似属性を元に黒魔法を色々と開発してきたここ最近であったが、急に行きづまりというか、今の自分の限界点が見えてきた気がする。

 所詮、これまでの黒魔法開発など、すでに持っている力の使い方を工夫する程度のもので、更なる能力向上というほど劇的なものではなかった。

 何事も上達してくると、更なる成長というのは難しくなってくる。俺の力もそういう段階に来ているのかもしれない。

 一朝一夕で大きく魔力が伸びることもないだろうし、黒魔法の発動だって究極的に言えば慣れというのが一番デカい。使用頻度ナンバー1である魔弾バレットアーツなんかは、最早、歩くのと同じくらいの感覚で使えるしな。

 複雑かつ大規模な術式も、反復練習や実戦で使い込むなどをして、習熟することが上手く使いこなす確実な方法である。

 しかしながら、大人しく『虚砲ゼロカノン』を放ち続けるだけの単調な練習で、果たして成果が出るのはいつごろか……もしかすれば、今にでもサリエルは俺の前に現れるかもしれないというのに。

 奴が今日も第一改装で俺の捜索に勤しんでいるとは思いたくないが。

「うーん、やっぱりこういう時は装備を充実させるのが一番手っ取り早いか」

 俺もそろそろ黒仮面アッシュのファッション重視な装備ではなく、黒魔法使いとして相応しい武装をしたいと思っている。

 思っているのだが……金が……

「ちくしょうめ、異世界まで来ても、結局は世の中お金かよ」

 仕方あるまい。ひとまずは、クエストで金を稼ぎつつ、実戦訓練として腕を磨いていくしかない。元々、俺は地道な反復練習よりも、ぶっつけ本番な機動実験の死闘の中で力を身に着けてきた。

 いくらなんでも、あのレベルの死闘を望みはしないが、やはり実戦という環境が良いと思う。何なら機動力の向上のために、またマイマイと追いかけっこしたっていいかもしれない。

「シャワー浴びてから、帰るとするか」

 実は学校拠点の他にも、水などのインフラが生きている場所は意外と残っている。

 中には熱いシャワーがちゃんと出るようなセーフエリアもある。

 あの安アパートにシャワーはついていないからな。折角だから、浴びて帰ってもいいだろう。

 そんなことを考えながら、俺は『虚砲ゼロカノン』を撃ちまくった結果、的にしていたビルが崩壊してしまった瓦礫の山を後にした。

 すっかり見慣れた廃墟の街を疾走し、目当てのセーフエリアまで俺はすぐに到着する。元から利用を見越して、近くにいただけでもあるが。

「今日は随分と静かだな」

 いつもならゾンビのうめき声の一つでも聞こえてくるのだが。特に気配も感じないし、どうやら近くにゾンビ共はウロついていないようだ。

 たまたま、だろうか。ここを利用しようと思った冒険者が周辺を掃除した可能性もあるが。

 先客がいるとちょっと気まずくて嫌だなぁ、などと思いながら、セーフリエリアとなる地下室へ続く階段を降り、扉を開くと――

「おい、誰だ!」

「なんだぁ、テメぇは」

「クソが、見つかってんじゃねーかよ」

 いかにもガラの悪そうな、武装した男達が広間に何人もたむろしていた。

 薄汚れた革張りのソファに野郎共はだらしなくねそべり、汚ねぇブーツをテーブルの上に乗せてくつろいでやがる。

 頻繁に利用されるセーフエリアは汚れが目立つものだが、床にはゴミやら酒瓶やらが散乱するほど散らかすのは感心しないな。

 まったく、行儀の悪い奴らだ。どこぞのギャングかチンピラ冒険者か。

「おい、お前ら――」

 俺が刺々しくそう問いかけたのは、決して利用マナーの悪さが目立ったからではない。

 そもそもカーラマーラの質の悪い冒険者に公共のマナーなど求められるもんじゃないし、ケチをつけるのは喧嘩を売るのも同然の行為だ。

 だから、俺は喧嘩上等で声をかけた。

「――その子は何だ?」

 たむろする奴らの向こう側、広間の奥の椅子に、頭に白い袋を被せられた少女がいた。

 細い手足だが、肌はきめ細やかで、シミ一つない綺麗な白。彼女の来ている衣服は、白いブラウスに黒いベスト、それから下はスラックスと、やや男っぽいがスマートなファッションである。

 綺麗な体と衣服。どう考えても、物資回収に従事する奴隷ではないし、彼らと敵対する冒険者やギャングだとは思えない。

 もっとも、たとえ彼女が奴隷だったとしても、頭に袋を被せられている時点で、尋常な扱いをされていないのは明白だ。

 子供を助ける『廃墟街アンデッドシティ』のヒーロー黒仮面アッシュとしては、コイツらを問い詰めるには十分すぎる状況だろう。

「あ? オメーにはカンケーし?」

「さっさと出てけよ、お面ヤロー」

「いやいや、ここ見られたんなら始末した方がよくね?」

 と、全力でガンをつけながら俺の前に立ちはだかる野郎共。やはり、素直に質問に答えてくれる気はないらしい。

「その子は何だと聞いているんだ。誘拐したとか拉致したとか、色々ワケがあるんだろ?」

「おいおい、止せ、揉め事は止めてくれ!」

 チンピラ共の向こう側から、やや毛色の違う男が叫びながら割って入って来た。

 男は人間の中年男で、ストライプ柄のスーツみたいな小奇麗な格好だ。第一階層とはいえ、ダンジョンに潜る格好じゃあないな。

 このジャケットにスラックスというスーツに良く似た服装は、ギャングも割と着ているが、ここでは基本的に商人の衣装である。普通にサラリーマンといった印象だ。

「アンタの格好、噂の黒仮面アッシュって奴だろ? ああ、この際、本物かどうかというのは、どうでもいい。とにかく、今はアンタと揉め事を起こしたくないワケだ」

「俺も喧嘩を売りに来たワケじゃないからな。事情を話してくるれるなら、大人しく聞くぞ」

「悪いが、何も話せない。私は商人で、彼らは護衛。そして、これは秘密の商談なんだ」

 確かに、このあからさまに焦りと不安を隠しきれていないスーツの男が、チンピラ共のボスであるとは思えない。

 ざっと見たところ、奴らのボスは捕まった少女の隣に立つ、大剣を背負った短髪の猫耳男だ。俺と同じくらいガタイはいいし、立ち姿にも隙はない。他の吠えるだけの奴らと一線を画す実力者なのは間違いない。虎縞の猫耳がついてるが。

 今のところ、大剣の猫耳ボスが自称商人のスーツ男の話に口を挟む様子もない。ただの雇われ、という関係性も嘘ではなさそうだ。

「秘密だから何も話せない、って納得すると思うのか?」

「人目を忍んではいるが、これは正当な取引なんだ。部外者のアンタが首を突っ込むのはお門違いだろう。なぁ、何もタダとは言わない、金貨一枚くれてやるから、この場は何も見なかったことにして、大人しく立ち去ってくれないか」

 男はかなり必死な様子だ。彼にとって大事な商売ではあるのだろうし、俺に多少の金を支払うのも本当だろう。

 これならもうちょい脅して金額を吊り上げられそうだ……なんて思うが、そんなセコい稼ぎ方をしそうなほど、切羽詰ってはいない。

 捕まった女の子を見ないフリして稼ぐくらいなら、自分でクエストこなして稼ぐさ。

「分かった、お前がそこまで言うのなら、何も聞かないでおいてやる。代わりに、事情はその子に聞くことにしよう」

「おい、止せ! その子に近づくな!!」

 俺が一歩を踏み出すと、いよいよ焦ってスーツの男は叫ぶ。

 だが、ことここに及んで、コイツのことはどうでもいい。

「――それ以上、動くなよ」

 大剣のボスが、とうとう動いた。

 ゆったりと歩きながら、少女へ向かう俺の進路を塞ぐように前へと出る。

 ピクンと虎縞の猫耳が動く。飾りじゃない、やはり本物の猫耳か。

 そして、ボスの猫耳の動きに合わせて、他の奴らも武器を手にした。

「悪いがこっちも商売でねぇ。正々堂々一騎打ち、なんて真似はしてやれねぇぞ」

 すでにコイツらは俺を取り囲んでいる。

 俺がスーツ男と会話している間に、コイツらは地味に俺を包囲するように動いていたのだ。

 それも、ただ囲んでいるのではなく、ちゃんと魔術士を背後に回らせて、いつでも背中を撃てるように待機させている。

 魔術士は二人。格好こそ他のチンピラ共と似たような軽鎧姿だが、手にしている短剣は魔法の武器。ナイフというより、ナイフ形の短杖ワンドと言った方がよい装備だ。

 相手を油断させるために、あえて魔術士らしくない装いをしているのだろうか。色んな工夫があるのだと、他の奴らを見ると参考になる。

「今ならまだ、金貨一枚もらって帰れるぞ?」

「今ならまだ、お前ら全員、無傷で帰れるが?」

 俺とボスとで睨み合い、しばしの沈黙。

 さぁ、どうするよ。この子のことは諦めて、大人しく引き下がってくれれば楽なんだが……

「ヒーロー気取りのアホが。出しゃばったこと後悔して――死ねやぁ!!」

 まぁ、そりゃそうだよな。こんな舐めた真似されて、大人しく引き下がれるはずがない。

 ボスは猫耳をピーンと立てて、虎縞に恥じない猛虎のような激しい戦意と共に、背負った大剣を抜く。

「――『蛇王禁縛ヒュドラバインド』」

 発動させたのは、『魔手バインドアーツ』の中では最強の技である。

 ヒュドラのように9本の頭を持つ大蛇を模した姿をしている、召喚獣……などではなく、単にありったけの魔力をつぎ込んで作った大量の鎖で、その外観を形成しているだけである。

 莫大な魔力をつぎ込んでいるだけあって、その大きさ、硬度、そして力強い拘束力は、サラマンダーだって抑え込める、はずである。だってまだ試したことないし。

 ともかく、かなり強力な黒魔法ではあるのだが、大技なだけあって、なかなか実戦での出番はない。理由は『虚砲ゼロカノン』と同じく、発動が難しいから。こっちはどちらかといえば、魔力消費的な意味合いが大きいが。

 そんな『蛇王禁縛ヒュドラバインド』を一発で発動できたのは、この地下室に入ってから、床へ黒化をかけ始めたからだ。

 奴らと状況を一目見た瞬間から、荒事に発展するのは目に見えていた。

 それでいて、下手に捕まっている少女を人質にされると面倒だ。

 できれば、初手で全員を行動不能にさせたかった。

 とりあえず、床にでも黒化を施して大量の黒色魔力をプールしておけば、このように大技を使うのも楽できる。

 人数では奴らの方が上だが、俺は地の利をつけたワケだ。

「それじゃあ静かになったところで、話を聞かせてもらおうか」

 ボスは背中から大剣を引き抜いている途中の格好で、大蛇の一匹に飲み込まれて完全に動きを止めている。やられたニァー、とでも言いたげに、猫耳もペタンとしていた。

 他の奴らも、大蛇に噛まれたり、絡みつかれたりして、身動きをとれなくしてある。この室内にデカい蛇が9匹も現れれば、それだけで逃げ場すら潰れて動けなくなるだろうが。

 一応、スーツの男は残してある。この期に及んで、まだ秘密を貫けるほどの根性はありそうに見えないからな。

 その前に、この捕まった少女から話を聞くことにしよう。

 どうせロクでもない犯罪に巻き込まれたのに違いはないのだろうが。

「おい、君、大丈夫か? 怪我はしてないか――」

 と、俺が少女に被せられていた袋を取り払うと、一瞬、言葉を失う。

 まず目に入ったのは、どこか懐かしさを感じてしまう、艶やかな亜麻色の髪の毛。

 それから、美しく整った、それでいて可愛らしくも親近感を覚える、綺麗な顔立ち。

 半分涙目で、口にはさるぐつわをかまされて「んーんー」と唸っているが……それでも、この子の顔を見てすぐに分かった。

「え、エミリア……アイドルのエミリアか」

 街角ヴィジョンの中でしか見たことのない、今をときめくカーラマーラNO1アイドルの名をほしいままにする少女が、俺の前にいた。

 ああ、これは想像以上の厄介事に首を突っ込んでしまったかもしれない……

 2019年9月27日


 コミック版『黒の魔王』第12話、公開中です。

 地味に11話も10月24日まで掲載ですので、前話から続けて読むこともできますので、どうぞお見逃しなく!



 それと、もう一つ個人的なお知らせです。

 実はこの度、執筆に使っている愛用のパソコンがとうとう限界を迎えてしまいました。

 大量の原稿データごとハードディスクがクラッシュしてしまい、来週からはしばらく更新停止に————とでも言うと思ったか!

 原稿だけはバックアップとってあるし、新PCも即日、即金で買ってやりました。なので、本日の投稿は、めでたく新たなパソコンからの初投稿となります。

 どうせパソコンなんてメールアカウントと小説家になろうIDだけ利用できれば、元通りの環境ですので。半日ほどで新PCへの移行は完了しました。それでも、貴重な三連休の初日を棒に振ってしまいましたが。

 私もなろう、ではそれなりに作品を読んできました。中には、PCトラブルのせいで原稿データを失う、誤って消失してしまう、などの理由によって更新できませんごめんなさい、という旨のあとがきを何度か見てきました。こうはなるまい、と自分を戒めてきましたが・・・こうはなることを回避できて、ほっとしています。

 というワケで、来週も通常通りに更新しますので、どうぞご心配なく読みに来ていただければと思います。

 それでは、みなさんもバックアップをお忘れなく!

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[良い点] 作者が、不測の事態に対して、用意周到で逞しいと思えたことです。
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