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黒の魔王  作者: 菱影代理
第36章:最果ての欲望都市
739/1042

第733話 カオスレギオン(2)

「――我が名はジョセフ・ロドリゲス」

 応接室の奥、暗い影を纏い革張りのソファに鎮座する悪魔の大男は、聞く者を震え上がらせる様な重低音でそう名乗った。

 本物の悪魔。側頭部から生える二本の角は天を突くように伸び、さながら王冠の如き威圧感を発している。

 血のように真っ赤なコートを身に纏い、大きく開かれた胸元には分厚い胸筋が膨れ上がっている。素肌の色はどこまでも暗い漆黒。

 黒い二本角の悪魔族、正に覚え聞くディアボロスそのものの姿であった。

「はじめまして、リリィよ」

 気軽に答えるリリィは、決してジョセフを侮ってのことではない。

 自然消滅寸前のギャングのボスはどんな覇気のない人物かと思っていれば、ジョセフの発する気配はなかなかのものだ。素直にランク5モンスターを前にしたのと同じくらいの脅威度を感じられる。

 少なくとも、悪魔の名に恥じぬ戦闘能力は持っているだろう。

 もし戦闘となれば、苦戦は強いられる。

 今、この応接室にはリリィのみで、フィオナとサリエルは別室で待機となっている。

 対して、ジョセフ側は案内した執事のオークに加え、ボスの護衛であろうミノタウルスの巨漢と、秘書と思しき妙齢の美女が控えている。

 老執事オークは腰に剣を下げているし、ミノタウルスはがっちりと鎧兜を着こんでいる。女の方も、サリエルのプリムメイルのような露出過多の衣装で、角と尻尾があることからサキュバスであるのは間違いない。

 気配からして、いずれ劣らぬ猛者。この四人ならランク5冒険者パーティに匹敵する戦力だと推測する……しかし、ここには戦いに来たのではない。

 リリィは欠片も不安はなかった。すでに、自分をここへ招き入れる判断をジョセフが下したという時点で、話はついているようなものなのだから。

「急な訪問でごめんなさいね」

「妖精族とは奔放なものだ。しかし、あまり騒がれるのも困る」

「こうでもしないと、すぐに会ってはくれないでしょう」

 落ち目のカオスレギオンといえど、真っ当にボスとアポを取ることは難しい。こういったものは、おおよそツテを頼りにするものだからだ。

 ボスと会いたければ、本人が会わなければと思えるほどの存在でなければならない。

 故に、リリィは大勢の人を連れ歩いて屋敷の前までやってくるという、アングロサウス地区の治安を揺るがしかねない扇動デモンストレーションを行った。

「リリィ、といったか……用件を聞こう」

「私に協力してちょうだい」

「何を成す」

「カーラマーラの全てを貰うわ」

 沈黙が応接間を支配する。

 凍り付いたような時はしかし、

「ふっ……くくっ、フハハハ!」

 ジョセフは笑う。それは大言壮語の滑稽さに対する嘲笑か、あるいは、

「ククク、よもやこの時代に国盗りを志す者が現れようとは」

「カーラマーラほど盗りやすい国はないもの。私のために用意してくれたのかしら」

「で、あるか……この最果ての欲望都市を、な」

 かつて、誰もがカーラマーラを治めんと野心を抱いた。大迷宮から産出される資源があれば、アトラス大砂漠のみならず、大陸南部を支配する大国となれるであろう。

 だがしかし、複雑に絡み合った大商人達の利権。大迷宮攻略の秘密を握る冒険者。そして跳梁跋扈するギャング。

 あまりに混沌とした勢力情勢を抱えているのがカーラマーラである。冒険王ザナドゥとて、本物の国王とはならなかったのだ。

 カーラマーラを一つの国として統一するのは不可能であり、そうなることを誰よりも拒むのは、他でもないここに住む人々である。

 彼らは支配の安寧よりも、危険な自由をこそ選ぶ。

「リリィ、汝に問おう、この混沌たる地を治めるに足る、確たる証を見せよ」

「……すっかり、暗くなって来たわね」

 凄まじい圧を発するジョセフの問いを、まるで聞いていなかったかのような返答。

 しかし、リリィの視線が、ちょうど日が落ち夜の闇に包まれ始めたアングロサウスの街並みを窓から眺めていることに、ジョセフは気付く。

 最盛期から人口も半減し、寂れて久しいアングロサウスだが、ここにはまだ何万人もの住人が残っている。その大半は他の地区では居心地の悪い、少数派の亜人種達。この街はそんな彼らが安心して住まえる、最後の場所である。

 暗い街並みに点々と灯る光が、そこに住む人々の存在を何よりも雄弁に物語っていた。この街にはまだ、沢山の人が住んでいるのだと。

「もし、この灯りが消えてしまったら、とっても大変ね」

 幼い容姿にあるまじきリリィの流し目が、ジョセフを射抜く。

 瞬間、悪魔のボスの背筋に悪寒が走る。

「まさか――」


 パチン


 と、リリィが小さな指を鳴らす。

 すると、消えた。

 街の灯りが、全て。

「カーラマーラは古代遺跡の街。エーテル供給を利用して、光、水、火、それらの全てを賄っているわ」

 中心部をはじめとして、煌々と街中を照らす眩い光のエネルギーはどこから来ているのか。

 それは、大迷宮に通じて走る、魔力の供給装置があるからだ。

 パンドラでも有数の大人口を誇るカーラマーラの生活用水は、この砂漠のど真ん中でどこから調達しているのか。

 それは、大迷宮にある水源と浄水施設が稼働しているからだ。

 調理に使う火から、工業力を担う大火力は、どうやって燃やしているのか。

 燃焼装置も火を出すための魔力も、全て古代遺跡の設備である。

 大迷宮の他には何もない砂漠の大都市カーラマーラ。ここで沢山の人々が不自由なく生活していけるのは、それを支える生活基盤が古代遺跡に最初から備わっているからに他ならない。それらの設備を利用できたからこそ、カーラマーラはここまでの発展を可能とした。

 しかし逆に言えば、これら全てが停止すれば――

「『テメンニグル』のモノリスを抑えたわ。中央以外の地区にあるライフラインは、おおよそ私が握っている」

 つまり、リリィはそこに住む人々の命を、すでに握っているということだ。


 パチン


 再び指を鳴らすと、何事も無かったかのように、再びアングロサウスの街に光が灯った。

「……なるほど、あとは最深部の『オリジナルモノリス』を手にすれば」

「カーラマーラは支配できる」

 再びの沈黙。だが、先よりも遥かに重苦しい静寂が満ちる。

 ジョセフの口からは、ついに高笑いが漏れることはなかった。

「明日、ここへ来るがよい」

「考える時間は一晩でいいのかしら?」

「よい、心を決めるには十分すぎる時間だ」

 それは、リリィの手を取りカーラマーラ征服に乗り出す決意か。

 あるいは、この恐るべき妖精を刺し違えててでも止める覚悟か。

 いずれにせよ、ジョセフは選択をする。一人の男として、ギャングのボスとして。

「色よい返事を期待しているわ」

 それじゃあ、とリリィは軽やかにソファから降りて、応接間を出て行った。




 窓辺から、お供を連れて屋敷を去ってゆくリリィの姿をジョセフは眺めていた。通りの向こうに、小さくとも強い輝きを宿す妖精の背中が消えるのを見届けた後、背後に控える配下達へと振り返る。

「やれやれ、妖精という者は何かと厄介事を持ち込んでくれる」

 何年か前にも、リリィと同じ『大きな妖精』がここを訪れた。

 自由奔放にして傍若無人なあの妖精には、ほとほと手を焼いたものだが――今しがたリリィが持ち込んだ話に比べれば、あの子は常識的な存在だったと思えた。

「カーラマーラの全てを支配する、か」

 しみじみと、夢物語のような言葉を呟く。

 だが、夢が現実に、否、悪夢が現実となったかのような光景を、すでに見てしまっている。

「よもや、ここまでモノリスを操る古代魔術士エンシェントウィザードが現れようとは……ザナドゥの後継を、天が遣わしたとでもいうのか」

 冒険王ザナドゥとその財団がカーラマーラの多くを支配しているのは、オリジナルモノリスの操作権限を一部握っているからだと、極僅かだが知る者は知っている。

 大迷宮はすなわち、巨大な古代遺跡。オリジナルモノリスはそれを操るための制御装置であり、それを使えるということは、遺跡を意のままに出来ることと同義だ。ほんの少しでも、その機能を操ることができれば、大迷宮から大きな利益を簡単に上げることができるだろう。

 果たして、ザナドゥ本人がどこまでオリジナルモノリスを制御化に置いているのかは分からない。それはザナドゥにとっての最重要機密である。恐らくは、本人のみしか知りえないことだろう。

「貴様らは、どう思う? あの者は支配者の器か、それとも稀代のペテン師か」

「恐れながら、我らでは到底、考えも及ばぬことにございます」

 恭しく頭を垂れて、まずは老執事のオークは言った。

 従者としての分をわきまえた発言、というよりは、言葉通りの意味と受け取るべきだろう。

「ワタクシも同じにございます。今回の件はとても、ワタクシ如きが口を挟める問題ではありませんわ」

 続いて、サキュバスの秘書も執事に倣う。

 いつも的確な助言をくれる彼女でさえ、この言いようとは事の重大さをあらためて実感させられる。

「オレ、難シイコト、ワカラナイ。デモ、ジョセフ様、信ジル」

 最後に、護衛のミノタウルスが言う。

 彼は本当に腕っぷしのみでここに置いているが、その純粋な忠誠心が今はありがたい。

「うむ、うむ……しからば、我らの運命、天に問うのもよいだろう。爺、大ババ様に繋げ」

 ジョセフは鷹揚に頷きながら、執事へと命を下す。

「はっ、すでにこちらにご用意してございます」

 そして、その命令が下ることを予測していた執事は、大きな水晶玉を執務机の上へ設置を完了させていた。

「ご苦労」

「大ババ様から予言を賜るのであれば、ワタクシ達は下がりましょう」

「いや、良い。この場で我と共に、運命の言葉、聞き届けてくれ」

「ははっ!」

 そうして、執事、秘書、護衛、三名は片膝をついた体勢で待機させ、ジョセフは彼らの前で水晶玉を前にどっかりと腰を下ろした。座るボスを前に平伏する配下。その姿は、ギャングでありながらも、本物の王と臣下のような厳正さがあった。

「我が声、彼方へと届かせよ――『感応交差シグナルトランス』」

 水晶玉を媒介に、テレパシーによる通信を可能とする術式を起動。

 ジョセフの思念は即座に相手の下へと届き、会話を可能とする。

 カーラマーラでは、遠隔地の相手と会話をする遺跡の設備や魔法具マジックアイテムは高価だが珍しくはない。しかし、通信傍受という安全性の観点から、自前のテレパシー能力による水晶通信を利用しているのはジョセフくらいであろう。

 手間も魔力もかかるが、今すぐ、誰にも漏れることなく、信頼できる相手に相談できることはこの上なくありがたい。

 そうしてジョセフの思念は水晶球を通じて、同じモノを持つ相手、すなわちカオスレギオン最大の相談役である大ババ様へと繋がった。

「んぁー、はい? ババですがー」

「あっ、おばあちゃん? 我、我、我だけど!」

「おおー、ジョセフ、久しぶりだねぇ」

「ごめんね、おばあちゃん、最近色々と忙しくて――」

 ギャングのボス然とした態度は刹那に崩れ去り、完全にプライベートモードに入っているジョセフ。

 だが、そんな彼の姿を咎める者は、この選りすぐりの従者である三人の中にはいない。

 三人ともよく知っている。ジョセフは生まれ時から、大ババ様に育てられた、大のおばあちゃんっ子であることを。

「うん、みかん食べたよ、ありがとう!」

「そうかい、アレ少しすっぱくなかったかい? 収穫したのがちょっと早いかと思ったんじゃが」

「ううん、全然、凄い甘くて美味しかったよ!」

 そんな祖母と孫の心温まる世間話を小一時間ほど経て、ジョセフはようやく本題を切り出す。

「――それでさぁ、今日通信したのは、おばあちゃんに占って欲しいことがあるんだよね」

「ほう、ほう、ジョセフもようやく気になる女の子が」

「恋占いには早すぎるよ! 我まだ50歳にもなってないんだから」

「おおーそうじゃった、ジョセフはまだまだ可愛い坊やじゃのーう」

「それより、えーと、占ってもらうのは女の子のことではあるんだけど」

「ほーん」

「さっきウチに妖精の子が来て……あー、普通の妖精じゃなくて、大きいヤツ。多分、妖精姫だと思う」

「ほう、なんだか前にも同じ子が来とらんかったかい」

「いや、あの子とは別。っていうか、今日来たのは別格。加護鑑定しなくても、めちゃくちゃイリスの加護強かったもん。なんなのあの子、もう怖いんだけど」

「それはまた、えらいのが来たもんじゃのう……妖精女王イリスも、そろそろ後継者探しの時代かえ」

「それで、そんな凄そうな妖精姫がウチに来て、我に協力しろって言うんだよね。おばあちゃん、我どうしたらいいと思う?」

「あい分かった、ちょっとお待ち。今すぐ占ってしんぜよう――命は回り、死が巡る、生生流転の円環『運命転輪フィーネ』」

 大ババ様の加護は、占いの神として名高き『運命転輪フィーネ』である。

 祖父の代からロドリゲス家に仕え、カオスレギオンを起こした創設メンバーの一人でもある大ババ様は、このフィーネによる占いによって、数々の難事を退け、または幸運をもたらした。

 現在のカオスレギオンが自然消滅寸前にまで追い込まれる原因となった、シルヴァリアンとの抗争での大敗は、そもそもジョセフの父が大ババ様の占いを無視して、怒りのままに戦いを仕掛けたせいであった。

 彼女の占いによって成功してきたカオスレギオンだが、この一件によってさらに大ババ様の占いは重要視されるようになっている。まして、ジョセフは父親とは違って信心深い性格だ。

 このカオスレギオンの未来を左右するであろう重要な選択を、大ババ様の占いに託すのは、ジョセフにとって当然の選択であった。

 たとえ、それでどんな未来が待ち受けていようとも、その選択に後悔はない。

「……見えた」

 大ババ様のつぶやき声が、水晶を通じて聞こえた。

 この小さいながらも厳かな声は、間違いなくフィーネの加護を発現させ『未来を視ている』状態だ。

 一言一句聞き漏らすまいと、ジョセフは水晶に耳を近づけた。

「おお、なんと禍々しい真紅の光……それに、これはカーラマーラを覆う、暗雲」

 めちゃくちゃ不穏な単語のオンパレードに、ジョセフは嫌な予感が全開で駆け廻る。

 思わず、ゴクリと唾を飲み込む。できることなら、もう耳を閉ざして何も聞きたくない気分でもある。

「カーラマーラの全てを覆って……いや、これはアトラスの砂漠を……そんな、まさか、ありえぬ、パンドラ大陸全土に黒い――いかんっ!!」


 バキンッ!!


 高らかに響き渡ったのは、水晶玉が割れた音だった。

「ヒッ! ヒィ……」

 ジョセフは大きな亀裂が一文字に入った水晶玉を見て、死ぬほど肝を冷やした。というか、すでに涙目だ。

「お、お、おばあちゃん……これは一体……」

「ジョセフ、フィーネ様の占いが途中で断たれた。こんなことは初めてだよ」

「我も水晶玉が割れたのなんて、初めて見たよぉ」

「いいかいジョセフ、よくお聞き。かの妖精姫は、カーラマーラのみならず、パンドラ大陸の全てに、いつか大きな影響を及ぼす。それが善き恵みか、悪しき災いか、それは分からぬ」

 いや絶対悪い感じの内容だったよね? とは、あまりに恐ろしくて口を挟めないジョセフであった。

「逆らってはならん。決して、その妖精姫に逆らってはならぬぞ! すでに、巨大な運命の奔流がカーラマーラに渦巻いておる」

 それはつまり、丁重にお断りして無関係を貫くのが不可能ということ。

 すでに妖精姫リリィと出会ってしまった段階で、大いなる運命の波に飲まれたのだと、ジョセフは悟った。

「ワシの口からは、これ以上のことは何も言えぬ……ジョセフや、ああ、可愛いワシの坊や……これよりは、過酷な試練がその身に降りかかるであろう」

「……うん、分かったよ、おばあちゃん」

 ここまで言われてしまっては、ボスとして、いや、一人の男として、覚悟を決めるより他はない。

 静かにテレパシー通信を切り、ジョセフは改めて、平伏した配下達へと向く。

 涙をぬぐい、顔を上げ、堂々と宣言を下した。

「我らカオスレギオンは妖精姫リリィに下り、カーラマーラ統一を成し遂げる!」

 2019年9月20日


 大ババ様の加護『運命転輪・フィーネ』は、ファルキウスと同じ加護です。第606話 リリィVSブレイドマスター(2)で、数秒間の未来予知、という形でファルキウスは加護の力を披露しています。

 勿論、本来の正しい使い方は大ババ様のような占いです。

 抽象的ではあるが、それでもかなり先の未来を視ることのできる大ババ様は、フィーネの加護を持つ占い師としては最高クラスだったります。

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― 新着の感想 ―
多分、50歳は悪魔では一桁歳くらいの扱いなのかな? あとジョセフカワイイ。
[一言] 素直に配下に下るんだから、使い捨てという酷い扱いにはしてほしくない。
[良い点] ジョセフかわいい
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