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黒の魔王  作者: 菱影代理
第36章:最果ての欲望都市
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第729話 アッシュ・トゥ・アッシュ(2)

 さて、晴れて結成した冒険者パーティ『灰燼に帰す(アッシュ・トゥ・アッシュ)』、初めてのクエストがこちらである。


クエスト・白金の箱

報酬・200万クラン。素材の質により報酬額は増減。

期限・受注から一週間。

依頼主・ザナドゥ重工3番工房

依頼内容・プラチナムマイマイの殻を一つ納品。複数納品も可。


 プラチナムマイマイとは、名前の通りにカタツムリのモンスターだ。コイツの背負っている殻が白金プラチナを多く含有しており、実質、金塊を背負っているようなものだ。

 いや、金とプラチナは全く別の金属だけど……そもそも、コイツから採取する金属が本物のプラチナなのか、それとも白い金色に輝く全く別の金属なのか、詳しいことは分からない。

 まぁいい、なんにせよ、コイツが歩く宝箱なことに代わりはない。

 同じマイマイ系モンスターで、鉄とか銅の殻の奴もいるそうだが、一番単価が高いのがプラチナムである。

 俺がこのクエストを選んだ理由は幾つかある。

 まず、ランク3で受注できるクエの中では高額な方であること。とりあえず一千万クラン稼がないといけないから、高額報酬を狙うのは当然だ。

 次に、ターゲットの生息地域がはっきりしていること。もしコイツがダンジョンの隅々まで探し回っても発見できるかどうか分からないようなレアモンスだったら、諦めていた。戦闘能力と索敵能力は、また別だからな。

 それから、目的の殻そのものが重たいため、普通の冒険者なら輸送に困るので、競合しにくい。

 俺には結構な容量を誇る空間魔法『影空間シャドウゲート』があるから、入りさえすれば重量は問題にならない。殻はおおよそ1立方メートルといったサイズらしいので、それくらいなら十分に収容できる。

「問題なのは、コイツが第三階層では割と激戦区なところに生息してるってことだ」

「邪魔なヤツはブッ飛ばせばノープロブレム!」

「私達なら何とかなるの」

 自信過剰かどうか、ってのは、実際に挑んで確かめてみようじゃないか。

「よし、それじゃあまずは第三階層目指して、行くぞ」

「おおーっ!」

「おー」

 さぁ、俺達の初仕事の始まりだ。




 と、意気込んで大迷宮へと入ったはいいものの、

「この辺はすっかり見慣れた風景なんだよなぁ」

 第一階層のアンデッドシティも、随分とあちこち駆け回ったお蔭で、最早、安心感すら覚えるほどの景色となっている。サリエルが潜んでいなければの話だが。

「最短ルートで第二階層まで下りるの」

「行きも転移できれば楽なんだけどな」

 この大迷宮は、地上へ戻る帰還の時だけは転移魔法で戻ることができる。

 巨大な転移魔法陣が刻まれた広間が各階層には複数あって、それを使えば一瞬で帰ることができる便利システムだ。

 大迷宮を探索する冒険者にとっては非常に重要な設備のため、発見されている全ての転移広場は防備が固められ、ちょっとした砦のようになっているそうだ。

 で、この転移広場の管理はザナドゥ財閥がほぼ握っているが、幾つかは三大ギャングが持っている。つまり、シルヴァリアンが確保している場所は、俺達は避けなければならないのだ。嫌がらせでぶっ潰してやってもいいかもしれないが。

 とりあえず、転移広場とどこの管轄か、しっかり明記してあるマップは購入済みなので、大丈夫なはずだ。

「――ぁあ!」

「ん、今、悲鳴が聞こえたデス?」

「クロノ様、いってらっしゃい」

 俺達とて、暇を持て余しているワケではいないのだが……やはり、この場所で子供の悲鳴を聞きつけたからには、助けに行くしかない。

「もうすぐ第二階層への入り口がある。二人は先に行ってくれ。そこで合流しよう」

「オーライ!」

「気を付けて」

 二人に見送られて、俺はいつものように廃墟の街を駆けだした。

「アッシュの名前で登録したから、もう純粋な善意ってワケでもないんだけどな」

 俺がわざわざ仮面を被ってアッシュの名で冒険者となったのは、本名クロノと素顔を少しでも隠すためでもあるが、この際だから有名になっておこう、という打算も大きい。


「子供達を助ける正義のヒーロー、黒仮面アッシュ! って、人気になった方が絶対、儲かるよ」


 と、オルエンにもオススメされた。

 有名税、などと言われる様に、名前が売れると面倒事も増えるが、それを打ち消してあまりある恩恵があるというのもまた事実。何より、無名であるよりかは、有名である方が舐められない。

 この街では、大人しくしていれば誰にも目をつけられない、なんていうことはない。隙を見せれば骨までしゃぶられるような欲望の街がカーラマーラである。

 だから、無名で目立たないようじっとしているより、有名となって威張り散らした方が、遥かに安全保障ができる。アッシュの力を示して有名になれば、オルエンにも面子が立てられるだろう。

「貫け『魔剣ソードアーツ』っ!」

 そういうワケで、俺は今日も子供達の窮地に参上している。

「アッシュ!」

「アッシュだ!」

「スゲー、本物だぁ!」

「ここは危ないから、早くセーフゾーンに戻るんだ」

「干し肉ちょうだい!」

「クッキーちょうだい!」

「半々で!」

「くれてやるからさっさと行け」

 そして、相変わらず奴隷の子供達はハングリーなのであった。




「――ここが第二階層か」

 転移魔法陣を潜ると、風景は一変している。

 灰色の廃墟から、緑豊かな草原が広がっていた。

 大迷宮第二階層『大平原エバーグリーン』だ。

「本当に地下なのか、ここは」

 第一階層も相当な広さだったが、どこか地下街のような閉塞感はあった。かなり高いが、天井も見えたし。

 しかし、ここは頭上に青い空が広がり、燦々と太陽の日差しが降り注いでいる。頬を撫でるそよ風の感触も、実に自然だ。

「古代の空間魔法ディメンションは、現代とは比べ物にならないほど拡張空間を広げられるの。でも、限界はあるから、あの空も太陽も見せかけの作りもの、らしい」

「環境だけ再現して、あとはホログラムか何かで誤魔化してるのか」

 よく注意して見れば、この綺麗な青空にはどこか違和感を覚える。この感覚は、光魔法による幻影っぽい気配だ。恐らく、それが自然な空を再現している秘密だろう。

 しかし、本当にとんでもないテクノロジーである。

「砂漠のど真ん中で、農業できるのも納得だな」

 大都市カーラマーラを支える食料の多くは輸入頼みである。

 しかし、ある程度までは自給ができている。

 全体の割合では半分を切る自給率ではあるものの、絶対量としてみれば、とても砂漠でとれるとは思えない収穫量を現地であげている。

 その食料生産の秘密が、この第二階層『大平原エバーグリーン』で経営される農場だ。

 比較的安全な場所、または、食料生産に利用可能な古代遺跡の設備を使うことで、それなり以上の農産物を収穫できる。畑だけでなく、広い草原を利用した牧畜や、端っこに広がる海岸となっているエリアでの漁業などで、肉や魚も供給可能。

 中心街の飲食店では、常に新鮮な食材を使った料理が出されるというが、それらの供給源がここなのだ。

 勿論、ここの農場でも奴隷は大量に使役されている。第一階層の物資回収を生き延びて年齢が上がった子は、こっちの農場に回されることも多いという。

 安全性は上がるが、仕事そのものはむしろキツくなるというが……流石にアッシュでも、農場に殴り込みをかけて勝手に奴隷解放をするワケにはいかない。

「ヘーイ、早く行くデース!」

 気が付けば、レキは広々とした草原をすでに進み始めて、お喋りしていた俺達に手を振って急かしている。

 観光に来ているワケではないし、さっさと進むことにしよう。

「えーと、ここから第三階層に行く一番近いルートは……」

 思えば、本格的なダンジョン探索というのは初めての経験である。こうして、地図を広げて進行方向を決めるのも、まだ慣れない感じだ。

「クロノ様、直線距離ではこっちの方が近いけれど、道が迂回しているから、こっちの森を通るルートの方が近いの」

「ああ、そうか、なるほど」

 単純に冒険者の経験でいけば、レキとウルスラの方が高い。

 そういえば、女性は地図を読むのが苦手と聞くが、ウルスラは全然そんな感じはしない。

「へーい、大体こっちの方向デース!」

 レキはダメそうだな。地図をチラっとも見ようとしねぇ。

 だが、野性的な勘が働いているのか、ウルスラが示したのと同じ方向を示していた。

「それにしても、こんなに緑が豊かだと、第一階層より長閑だな――」

 などとピクニック気分で発言した直後、


 ウォオオオオーン!


「なんだ、狼か?」

「違う、これは――」

「ゴブリンライダー!」

 草原の彼方から、狼に跨ったゴブリンの集団が現れた。

 醜悪な面をした緑の小鬼、といった感じのモンスターとは機動実験でよく相手をしていた。その分かりやすい見た目から、俺は勝手にゴブリンと呼んでいたが、どうやら、この異世界でも普通に奴らはゴブリンと命名されているらしい。ただの翻訳結果だろうけど。

 冒険者ギルドによる危険度ランクは最低の1だが、狼という騎乗生物を乗り回すライダーは普通の奴よりは警戒すべき相手となる。

「ギョアー!」

 と、叫んでいる奴がリーダーだろう。

 ソイツだけ、極彩色の大きな羽根飾りを頭につけ、手には短杖ワンドを握りしめている。魔法を使えるのか。

 他の奴は、何本かの短い投げ槍と、投石用のスリンガーと思われる皮紐を装備しているだけだ。

 リーダーの叫びと共に、ゴブリンライダーはそれぞれジグザグの軌道をとって正面から駆けてくる。なるほど、一応は相手の遠距離攻撃を警戒しての回避行動をとっているワケか。

「ジグザグ走るだけで避けられるほど、甘いエイムはしてないけどな――『魔弾バレットアーツ』」

 ダァン! と草原に響き渡る発砲音。

 疾走する弾丸は一発きり。それで十分だ。

 放った魔弾は狙い違わず、目立つ羽根飾りのリーダーの眉間をぶち抜く。

「ァアアア!?」

「ギアー!」

 初手で指揮官を失い、あからさまに慌てた様子のゴブリン共だが、すでに突撃体勢に入っているせいか、そのまま真っ直ぐ突っ込んでくる。

「ウルスラ、半々で片付けるか」

「一匹は残してあげないと、レキが可哀想」

 うーん、まぁ、ヤル気満々で武器を構えて前に立っているしな。

「一匹だけだぞ」

「うん」

 というワケで、向かって右側は俺が魔弾バレットアーツの連射で仕留め、左側はウルスラの『白夜叉姫アナスタシア』が消し飛ばす。

 運よく、真ん中を駆け抜けるゴブリンライダーは、すれ違いざまにレキに一刀両断された。狼ごと。伊達に大型の武器は使ってないな。

「討伐の証だっけ? 回収するか?」

「ゴブリンみたいな雑魚は二束三文にしかならない。集める時間の方が無駄なの」

 それもそうか。こちとら一千万の目標額だ。一時間かけて一匹1000クランもしないゴブリンの耳を切り取って集めていたら割に合わない。

 それに、この原始人レベルの粗末な装備。漁ったところで、銅貨一枚もってるかどうかも怪しい。

 これで村や町が襲われるかもという緊急事態だったら、討伐の値段も上がるのだが。

「あの杖はどうする?」

「ゴミ」

 じゃあ、回収もナシで。

 そうして、十数匹のゴブリンライダーの死体を散らかしただけで、俺達は草原を進んで行った。




「――やっぱり、ダンジョンだけあるな。思ったよりも絡まれてしまった」

 なんだかんだで、第三階層に通じる転移魔法陣の広場まで辿り着くまでに、それなりの回数、エンカウントしてしまった。

 この第二階層に生息するモンスターは、ゴブリンのような亜人系モンスターよりも、動植物といった系統の奴が多い。ノロノロと歩き回るゾンビよりかは、遥かに獲物を察知する能力がある。

 こうして、モンスターの方から積極的に襲い掛かってくるならば、なるほど、第一階層よりも危険度は上だろう。

「でも、順調に来れた方なの」

「時間も予定通りデス」

 モンスターは寄ってはくるものの、大体は適当に撃てば追い散らせる程度だった。脅威と感じればすぐに撤退するのは、利口な野生の本能である。

 ただし、トレントとか食虫植物のバケモノみたいな植物型モンスターは、逃げる足を持たないので、一度引っかかれば倒すより他はない。

 草原を抜けた先の森の中には、植物系モンスがブービートラップのように潜んでおり、獲物の到来を待ちわびていた。幸い、危険度ランク2までの大したことない奴ばかりなので、何とかなったが。

「それじゃあ、第三階層に降りるぞ。ここからが本番だ」

 大迷宮は全部で五層。冒険者ランクも五段階なので、そのまま階層が適性ランクということになっている。

 俺達はランク3なので、第三階層が適性というワケだ。

 頑張れば第四階層でも行けそうな気もするが……最初から無理は禁物だ。

「じゃあ、行くぞ」

 常時発動している輝く転移魔法陣を潜り抜ければ――再び、風景は一変。

 緑溢れる自然豊かな景色から、黒煙が煙る鉄の世界に変わる。

 大迷宮第三階層『工業区ファクトリア』。

「ここ、空気が悪いなぁ」

 見上げた空は、濛々と漂う黒い煙の曇り空。地上には薄らと蒸気が漂っている。

 工業区、という名の通り、煙を吐き出す高い煙突のある、工場のような建物が無秩序に立ち並んでいる風景だ。

 こういうところ、絶対にリリアンは連れてこれないな。

「ちょっとアダマントリアっぽいデス」

「あの頃の生活が懐かしいの」

 確か、ドワーフの国なんだっけ?

 ルート的には過去の俺も通ったと思われるが、如何せん、欠片も思い出すことはない。

 今は失われた思い出よりも、クエストである。

 最優先目標は、ここに生息するプラチナムマイマイだ。

 しかしながら、明らかに古代の生産設備であろう工場群は、見ての通り現在も稼働中にあり、価値のある物品はここから入手できるようになる。

 代表的なのは、純金、聖銀ミスリル暗黒物質ダークマター神鉄オリハルコンなどの、希少金属のインゴット。この工場で作られている何かしらの材料として用いられていると思われるが、コレを持ったゴーレムなども出現することがある。

 カタツムリのプラチナ殻に加えて、もしこれらを手に入れることが出来れば、一気に目標額へと近づける。

 そうでなくても、他にそれなりの価値あるモノがゲットできれば上々だ。

 その分、モンスターも強力な奴らがウロついているのだが。

「さぁ、ここで一千万稼ぐぞ!」

「おおぉー!」

「おー」

 気合いを入れ直した俺達は、早速、鉄とオイルが香る第三階層の探索に踏み出した。

 2019年8月23日


 感想欄にて、気にしてくれる方がいたので、本編では言及する機会がない設定解説します。

 孤児院に子供を預けるあたりの会話で、「子供は10人」と「子供は11人」と人数表記が台詞によって変わっていますが、これはミスではなく、わざとです。

 これはクロノだけが、ミア含めて11人、と正確な人数を言っています。

 クロノ以外のキャラは、ミアを含めない10人、という認識で言っています。

 ミアのことはレキやウルスラ達は覚えていますが、本人が目の前にいないと、無意識の内に認識から除外されます。なので、ミア本人の記憶はあっても、孤児院に何人預けたかと聞けば10人と答えます。

 逆に、クロノは11人と常に正確な認識ができても、レキやウルスラが10人と発言しても違和感は覚えないようにはなっています。

 この認識の差は勿論、クロノには魔王の加護があるからで、他の人には認識阻害や忘却などの、ミアにとって都合のいいように神様魔法がかかるので、こういった違いが出てきます。

 というワケで、子供の数が10人だったり11人だったりしますが、一応こんな設定上の理由があるんだな、と思って貰えればと。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 明らかに格上で実力者の冒険者を騙して、遥かに格下の冒険者たちがパーティーを組んで利益を得ることは、パラサイト行為にあたるのではないのでしょうか。
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