第727話 アイドル
私のママはアイドルだった。
綺麗な化粧に、キラキラした服を来て。毎晩、歌って、踊って、お客さんを喜ばせる。
あの頃は、ママがやってた仕事の本当の意味を分かってはいなかったけれど――それでも、今も昔も、私にとってママはカーラマーラで一番のアイドルだった。
だからママに憧れて、私もアイドルになるんだと夢を抱いた。カーラマーラに住む女の子なら、誰でも一度は夢見る。
最初のお客さんは、ママと兄さん。
ヴィジョンで見たアイドル達を真似して、歌って踊ると、二人はとても喜んでくれた。
次は友達、その次は近所の人。流石はママの娘さんだと、みんな笑顔で褒めてくれたっけ。
幼い頃の成功体験は、本人の根源的な自信に繋がる……らしい。子供の頃は、大いに調子に乗っていた方が、後になって自信も思い切りもつくってことね。
確かに、私は調子に乗っていたわ。でも、みんな喜んでくれた、みんなが褒めてくれた。それはとても幸せな幼少期だった。
けれど、私が9歳の時に、ママは死んだ。
仕事の帰りに、不運にもギャングの抗争に巻き込まれたらしい。矢を胸に受けて、即死。カーラマーラのスラムに住む者の末路としては、ありふれたものだった。
唯一の保護者である母親を失った私達、兄妹は、気が付けば奴隷として大迷宮の第一階層『廃墟街』に放り出されていた。
そこは文字通り、死者が闊歩する地獄だった。
あの頃のことは、正直、ほとんど覚えていない。とにかく怖かった。
一度だけゾンビに追い詰められて、本当に死ぬかもしれなかった時のことだけは、深いトラウマと共に覚えているけれど。
ボロボロのタンスに隠れて、隠れ損ねた子が目の前でゾンビにたかられ食い荒らされて、それが終わったら私のいるタンスに寄ってきて――気付いたら、兄さんが来て、私は助けられていた。
第一階層での物資回収に従事する奴隷の子供として、私は相当に役立たずだっただろう。それでも生き残れたのは、いつも兄さんが守ってくれたから。
兄さんは強かった。どうしてこんなに強いのか、なんてあの頃は疑問に抱く余裕すらなく、ただ兄さんに頼って日々をやり過ごしていただけ。
「安心しろ。もうすぐ……もうすぐだ、こんな生活は終わる。俺が終わらせてやる」
それは、私を慰めるための言葉だったのか。あるいは、あの頃から兄さんは自分の野心を抱いていたのかもしれない。
魔王になる、という野心を。
「――ようこそ、今日からここが、君達二人のおうちだよ」
ある日突然、私の奴隷生活は終わった。
何の収穫もなく物資回収を終わって戻ると、そのまま地上まで連れ出され、馬車に乗せられ、大きな橋を渡って中心街に入って……そして、私は小奇麗な孤児院でこれから生活することになっていた。
「しばらくは、ここで暮らすぞ。何も心配するな、お前は好きにしていろ」
どうやって奴隷身分を解放したのか。こんな中心街の孤児院に入れる手段を得たのか。今でも私には分らないけれど、全て兄さんがやったことなのは間違いなかった。
そうして、奴隷として暮らしていた頃とは雲泥の差がある、もしかすれば生活水準はママと暮らしていた頃よりも良い環境で、私は過ごした。
兄さんはその孤児院の中で、すぐに中心的な存在になった。子供達だけじゃない。その世話をする大人の職員たちも、院長先生ですら、兄さんの言いなりになっているようだった。
お蔭で、奴隷上がりの新参者な私でも、兄さんの妹というだけで随分と良い扱いをしてもらった。あまりの嫉みで私に嫌がらせを仕掛けた子は、翌日、孤児院から姿を消していた。
そんな環境で、私は孤児院にいながら何一つ不自由することなく育った。
兄さんが言った通り、私は好きにした。
ヴィジョンで好きなだけ、憧れのアイドル達を眺め、そして、彼女達を真似した。
ママはもう死んじゃったけれど、それでも私には、アイドルになるという夢がある。私にはこれしかない。これを叶えるためならば、なんだってする。
そんな気持ちで、自分なりに努力していたつもり。
歌も踊りも練習して、孤児院の中は勿論、その繋がりのある場所で歌わせてもらったり、近くで路上ライブしたり。思えば、好きなだけアイドルの真似事ができる環境にいるというだけで、随分と恵まれていたものなのだけれど。
私が自己満足なアイドルごっこをしている傍ら、兄さんは冒険者になっていた。確か成人していないと冒険者ギルドに登録もできなかったはずだけど、大人びた外見を活かして、兄さんは11歳で冒険者となった。
そして私が13歳、兄さんが本当に成人して15歳になった頃には、最年少ランク4冒険者として、カーラマーラの大迷宮にその名を馳せていた。
そして、またある日のこと。
「ふっ、ようやくか……ようやく、運命の糸が交わったか」
また意味深なことを兄さんが呟いているなーと思っていると、今までに見たことがないほどに豪華な馬車が孤児院にいきなりやってきた。それも、馬に乗った騎士の護衛付き。
ズラズラと完全武装の騎士が立ち並び、最後に馬車から現れたのは――やせ細った老人だった。
「ああ、ようやく見つけた……我が、最後の孫達よ」
冒険王ザナドゥ。そう、老人は名乗った。
実は私のママはザナドゥの娘だったのだ。
パパはただの冒険者で、大迷宮に挑んで私が生まれる前に死んだと聞いていたけれど――まさか、ザナドゥの末娘と駆け落ちするような男だったとは。
自分の父親に対して、尊敬の念よりも、呆れた感情しか抱けなかった。さっさと自分は死んで、残されたママに大した蓄えも残さなかった甲斐性ナシである。
お前がもっとしっかりしていれば、ママに苦労もさせなかったし、あんなくだらない事故死することもなかったのだ。
「落ち着け、あんな男のことはどうでもいいだろう。重要なのは、俺達は正統に冒険王ザナドゥの血を受け継いでいるということだ」
そして、ザナドゥ自身がそれを認めた。
どうして今更……とは思ったけれど、結局、私には納得のいく答えは得られなかった。なんだか、ザナドゥの爺さんと、兄さんだけは分かっているような素振りだったけど……まぁ、私にとってはどうでもいいし、関わり合いになれるような事情ではないわよ。
ともかく、唐突だったけれど、私はザナドゥの孫として、カーラマーラの半分を支配する大財閥の一族、その一員となったのだった。
だからどうした、という話でもあるのだけれど。
兄さんは冒険者で溜めた資金を元手に、拠点を建てた。なんでも秘密の大迷宮への入り口を確保しているのだとか。私は二度とあんな場所に行きたいとは思わないけれど。
ともかく、兄さんが家を買ったので、私は孤児院も出てそこで厄介になることになった。テメンニグルに住まないか、との打診もあったけれど、兄さんが断ったし、私もちょっと、如何にも身内でドロドロしてそうな場所に行くのは嫌だった。
冒険王ザナドゥも見ての通り、かなりの歳。もういつお迎えが来てもおかしくない。そうなると、残された親族の関心事といえば遺産相続で、そんなタイミングで新たに認知される孫なんて、厄介なんてモノじゃない。私達にそんな気がなくても、向こうからすれば遺産を集りに来たウジ虫め、といったところだろう。
だから、距離を置いたのだ。
「そろそろ、お前もデビューしたらどうだ」
兄さんの家でゴロゴロしていると、そんなことを言われてしまった。
違うの、今日はオフだからゆっくり休んでいるだけなの。決してアイドル活動をサボっているワケではない。収入はないけれど。
「舞台は用意してやる。後は――お前の好きにしろ」
いつも兄さんはそう言って、私を甘やかすのだから。
すぐにデビューの機会は巡って来た。
カーラマーラの年末恒例、新人アイドルのオーディション番組『ドリームステージ』である。
本来、この番組に出演する新人アイドルというのは、すでにある程度の実績を積み、ファン層もしっかり抱えているような実力者達である。ただ単に、毎日ヴィジョンに顔が出るほどの超人気になっていないというだけで……ほとんど活動実績もなく、ロクに顔も名前も売れていない素人が出られるようなモノではない。
路上ライブ程度しか経験のない私が、いきなり出場することになったのは、兄さんの謎の力でねじ込んだか、ザナドゥの孫の立場を利用したか、そんなところ。
確かに、舞台は用意してもらった。
だから私は、今回も好きにすることにした。
舞台は憧れのファラーシャゴールドスタジアム。満員の観客を前に、私は最高の気分で歌った。こんな機会は二度とない、どうせだから存分に楽しもうと――結果、私は優勝した。
翌日、ザナドゥ財閥の経営するプロダクションと契約し、一躍、人気アイドルとしてオファーが殺到し、気が付けば、カーラマーラの頂点に君臨するトップアイドルと呼ばれるようになっていた。
そりゃあ、こうなることを夢見て来たし、努力だってしてきた。
けれど、ここまでとんとん拍子に進んでくると、自分の実力なのか、それとも兄さんの謎の力のお陰なのか、あるいはザナドゥ財閥の陰謀か。何が正しいのか分からなくなってくる。
けれど、それでも、私は名実共にトップアイドルとなった。ママが見ていて、恥ずかしくない、最高の歌と踊りを披露できる。
だから、私は今日も歌う。一人でも多くの人に、私の歌を聞いてもらうために。
私はエミリア。
カーラマーラで一番のアイドル――まだしばらくは、この座を他の誰にも、譲る気はないわ。
だって、夢を叶えた今の私には、新しい夢があるのだから。それは――
その昔、日本でテレビが登場したばかりの頃。街角にあるテレビの前に、人々が沢山集まって、食い入るように見つめている……そんなモノクロの資料映像を、昭和時代を紹介するテレビ番組か何かで見たような覚えがある。
カーラマーラの下町では、そんな光景が現在進行形で見られる。
俺達が住んでいるすぐ傍にも、街頭テレビ、もとい、中型のヴィジョンが設置されていて、様々な番組とコマーシャルが垂れ流しされており、近所の人々にとって最大の娯楽となっている。
中でも、可愛い女の子が歌って踊るアイドルのライブ配信は、最も人気が高いコンテンツだ。
カーラマーラの半分を支配するザナドゥ財閥をはじめ、大商会や豪商、あのシルヴァリアン・ファミリアまで、それぞれ自前のプロダクションを持ち、数多のアイドルをプロデュースしている。
この国で絶大な人気を誇るアイドルは興行収入、広告収入の両面において大きな利益をもたらす。それなりの規模の商人ならば、どこでも一人は広告塔としてアイドルを出すような風潮らしい。
カーラマーラというか、アトラス大砂漠にある国々は、古来から踊り子の文化が盛んだったという。ぶっちゃけ風俗産業ではあるのだが、それでも煌びやかに舞い踊る踊り子の存在は、市井の人々にも憧れの存在として広く支持されていたようだ。
そんな文化的な下地もあり、さらには古代遺跡ならではの映像通信設備を誇るカーラマーラでは、アイドル文化が一気に花開くのも実に自然な流れかもしれない。
そうして成熟されたカーラマーラのアイドル文化は、なかなかにレベルが高い。というか、鍛えれば超人になれる身体能力に、武技や魔法といった技まで存在するのだ。アイドル単体での実力でいえば、地球よりも遥かに高いだろう。
今も街角ヴィジョンの中では、鍛え上げられた肉体をもって、常人では不可能なアクロバティックなダンスを披露しているアイドルグループが映っている。この子達、空中で何回転してるんだろう。
ともかく、そんな文化的にも発展し、実力もハイレベルなアイドルは今も昔もカーラマーラ随一のエンターテインメント。レキとウルスラも、キラキラ輝くアイドルの姿に夢中である。
『さぁ、いよいよ始まります、スーパーアイドル・エミリアのワンマンライブ! こちら現場のファラーシャゴールドスタジアムは、ご覧ください、凄まじい数のファンが押しかけています! 生の歌声を少しでも聞こうと、スタジアム周辺まで溢れ出ている様子で――』
「ウォーウ、始まるデスよ!」
「エミリアのライブ、最初から見られるのはツイてるの」
エミリアは、今のカーラマーラで圧倒的な人気ナンバー1を誇るアイドルだ。
彼女の姿がヴィジョンに映らない日はなく、老若男女、全年齢層からも高い支持率を獲得しているアイドル界の頂点。
初めてヴィジョンで見た時から、レキもウルスラもファンと化している。子供達も大好きで、彼女の歌を覚えていない子は一人もいない。
確かに凄い美少女だし、歌も踊りも見事なものだが……俺には、あまり他のアイドルと一線を画す凄まじい実力差、というものが何なのかよくわからない。エミリアの下で、ナンバー2の座を争うアイドル達も、特に彼女に劣っているとは思えない実力派揃いだし。
だが実際にここまでの絶大な人気を誇るエミリアには、何かしらの他にはない特別な魅力があるのだろう。無意識化に働きかける催眠効果とか? 『魅了』だっけ、そんなのもあるんだったか。
アイドルとしちゃかなり失礼な疑い方であるが、別に俺はエミリアが嫌いというワケではない。むしろ普通に好きな方だし、アイドルで誰が一番好きかと言われたら、迷わず彼女の名前を上げるだろう。
理由は、亜麻色の長い髪を持つ彼女が、ちょっと白崎さんに似ているからだ。
顔立ちもやや日本人よりな美少女であるため、勝手に親近感も湧く。
俺にエミリアの真の魅力は分からないが、それでも彼女を特別視するには十分すぎるルックスなのだった。
だからといって、今はエミリアのライブを二人と一緒にのんびり鑑賞するワケにはいかない。
俺達を取り巻く環境は、随分と変わった。変わってしまった。
「それじゃあ、俺は行って来るから」
「いってらっしゃい」
「ハバナイスデー!」
元気な見送りの言葉と共に、新たな住居であるオンボロアパートの玄関を出る。
ダンジョンの中とは違い、多くの人々で活気に満ちた住宅地の雰囲気は新鮮で、あらためて人間らしい生活環境になったんだなと実感する。
そうして、俺はまだ見慣れぬ街並みの中でちょっと迷いそうになりながら、今日の目的地である冒険者ギルドへと向かうのだった。