第723話 治療院
「――はぁ、大したことなくて良かった」
「そうですね」
案ずるよりも、というべきか、リリアンの容体は無事に快方へと向かっている。
体調不良の原因はクルスの言っていた通り、魔力環境の影響を受けやすいリリアンの体質と、そこに風邪が加わったことで引き起こされたものらしい。そのまま安静にしていれば治りはするものの、やはり悪化の可能性も否めないと言う。確実に治すのならば、やはり医者の世話になるのが正解だ。
「けど、今日の内には帰れないな」
「それは仕方がないですよ。たった一日で完治する上に、魔力の影響も抑えられるんですから、やっぱり上級の治療院は凄いですね」
自分自身が治癒魔法使いであり、これまで体調を悪くしたリリアンの看病をした経験があるからこそだろう。クルスはしみじみと、14歳とは思えない哀愁を漂わせながらそう言った。
決してクルスが悪いワケではない。全ては貧乏が悪いのだ。
さて、今は貧乏ではなくなったので、金に糸目を付けずにリリアンにここで一番の治療を受けさせることにした。
彼女は今、安静室と呼ばれる魔法陣の刻まれた特別な部屋で眠っている。魔法陣は患者の容体に応じて様々な効果を及ぼす治癒術士の高等魔法儀式だそうだ。
勿論、今回はリリアンの病状と体質に合わせた効果が組まれており、この魔法陣に一晩かければ、クルスの言った通り風邪は治るし、魔力の影響も抑えられるという。
リリアンの魔力に影響される体質は、アレルギーのように特定の魔力の質に反応しているワケではない。魔力環境へ適応するための切り替えが上手くいかないのが原因らしい。
エルフに限らず魔力適性の高い種族の子供にはたまに見られる体質らしく、普通は成長に応じて改善される。そして、そういう子は環境が変わるほど離れた場所へ移動することはなく、ただ生まれ故郷で過ごせば何の問題もなく成長していく。
しかし、リリアンのように住処を移らざるを得ない状況となれば、こういうことになってしまうワケだ。
ともかく、リリアンの体質は不治の病でもなければ新発見の奇病でもなく、すでに対処法の確立されたものである。なので、あとは医者、もとい治癒術士の神官に任せておけば万事解決だ。
本当に、想像していたような最悪の状況にならずに良かった。ようやく安心できる。
「とりあえず、明日の朝までは安静室に入ってるから面会謝絶状態だ。一度、クルスだけでも拠点に戻す時間はあるけど」
「部屋には入れなくても、リリアンの傍にいてあげたいです」
迷いなくそう応えるクルスは、優しい子だ。いや、それ以上に立派な父性を備えていると賞賛すべきだろう。
「今の内に僕だけ拠点に戻った方が安全ではありますけど……それでさっさと帰ってしまったらリリアンが可哀想だし、それに、この治療院の中にいればギャングに襲われる心配もないと思うので」
おまけに、自分の行動に対するリスクと状況判断もきっちりできているときたものだ。
この子は本当にしっかりしているな。レキは言わずもがな、ウルスラも意外なところで抜けてたりする。なるほど、彼が一緒にいたからこそ今まで上手くやってこれたのだと思える。
「そうだな、ここにいれば大丈夫だろう」
この治療院は普通に入院患者もいるので、家族が泊まり込みで付き添う、看病する、ということには対応してくれる。一晩居座っても何の問題ないことは確認済みだ。
移ったばかりのセーフゾーンの方も心配ではあるが、俺も今晩はここに残ろう。
「それじゃあ、今の内に飯でも食いに行くか」
熱が下がらないリリアンを確認して、早朝の内に出て来たから、朝食はとっていない。俺は一週間飯抜きでも平気な体だが、線は細くとも育ち盛りのクルスは腹が減っているだろう。
「えっ、いいんですか、その、僕らだけ……」
「こういう時は外食しても仕方ないだろう。街に出てきたついでに買い物して、お土産でも買って帰ればいいだろ? それから、リリアンにも何か買っておきたいし……うーん、桃缶とかあるのか」
「モモカンって何ですか?」
素で聞かれた、ってことは桃缶はこの世界では存在しなさそうだ。
「桃っていう果物と、缶詰っていう金属の容器に入った保存食があるんだが、どっちかでも知ってるか?」
「金属の容器って、大丈夫なんですかそれ。普通は瓶詰なんじゃあ……」
残念ながら、まだ缶詰はこの世界では発明されていないようだ。
かといって、俺が缶詰を作って普及、なんて真似はできそうもないが。そもそも缶詰の容器を上手く作り出す知識も技術もない。俺にできるのは、精々、素手で缶詰を開くことくらいか。このパワーバカめ。
「それにしても、桃なんて王侯貴族しか口にできない超高級品じゃないですか」
「えっ、桃ってそんなに高いのか!」
「……クロノ様は、やっぱり僕らとは全然違いますね。生まれながらの貴族というか」
「いや、俺は別に――」
普通、と言いかけてから、気付く。現代日本の男子高校生と、クルス達のような奴隷の子供の境遇を比べれば、確かにそれくらいの違いはある。
今日、食べる物にも困るような立場にいるのがこの子達で、一方の俺は風邪を引いたから桃の缶詰が欲しいなどと、当たり前のように口にできてしまうのだ。パンがなければお菓子を食べればいい、という発言とさほどの違いはないだろう。
「あー、なんでもない。とにかく、金なら多少の余裕はあるんだ。リリアンの元気が出るようなものを買ってやりたい」
「そうですね、リリアンも喜びますよ」
もしかすれば、クルスは内心で俺のことを世間知らずなとんでもない甘ちゃんだと思っているかもしれない。ただ金と力を持った、常識知らずのバカだと。
奴隷として売られるという過酷な境遇のクルスには、そう思われたって仕方がない。子供が奴隷として当たり前のように酷使されているのが、この世界の常識なのも変えられない事実でもある。
だからといって、俺は自分の価値観を、現代日本で生まれ育ったからこそ持ち得る、甘く優しいその思想を、ここでは戯言だと捨て去る気はない。
いつか、風邪を引いた子供に、桃の缶詰を食わせてやるのが当たり前になる世界になればいい。
ただ拷問染みた狂気の人体実験で力を植え付けられただけの俺には、世界を変えることはできないだろうけど……せめて、この子達くらいには、その当たり前を見せてやりたい。
自分達の食事と、リリアンへの見舞品を求めて、治療院を出て再び街中を歩く。
「そういえば、この辺はちょっと雰囲気が違うな」
「カーラマーラの東は獣人が多いからじゃないですか?」
なるほど、言われてみれば道行く人には、立派な耳と尻尾と毛皮を持つ者が目立つ。犬猫みたいな感じの人もいれば、リザードマンやミノタウルスと言うべき姿の者もいる。
人間というより、モンスター然とした姿をした彼らには、申し訳ないが機動実験の嫌な記憶が過ってしまう。いきなり襲い掛かって来ないよな。
「多分、東の地域は『極狼会』の縄張りだから、獣人達が集まりやすいんだと思います」
シルヴァリアン・ファミリアと敵対している、三大ギャングの一つだったか。
構成員が人間中心のシルヴァリアンに対し、極狼会は獣人が中心だという。組織名に狼と名のつくように、トップは狼獣人らしい。
「人だけじゃなくて、建物も違った感じになってきたな」
歩みを進めている内に、無機質なコンクリ風の建物や石造りが並ぶ街並みから、南国風の藁葺き屋根の家屋や、瓦屋根に良く似た和風っぽい建物などが目につくようになってきた。
南国風とエセ和風の建築様式が入り乱れたりもしていて、割とカオスな感じになっている部分もある。
「藁の屋根になっているのはヴァルナ系で、石畳みたいな屋根の方はラグナ系だと思います」
「ヴァルナとラグナで国が違うのか?」
「カーラマーラから真っ直ぐ北に行けばヴァルナ森海という沢山の獣人部族がある地域があって、西の方にはラグナ公国があるんです。カーラマーラに来る獣人は、どちらかの出身が大半みたいですね」
ヴァルナが南国風で、ラグナの方が和風ってことらしい。
そういえばウルスラの話では、俺の他にも過去には異邦人、つまり日本からこの異世界へとやって来た者がいるという。もしかすれば、ラグナの瓦屋根は異邦人が伝えたものかもしれない。
うーん、そう思うと、ラグナ公国に俄然、興味が湧いてくる。
「ラグナってどういう国なんだ?」
「えっ、うーん、僕もそこまで詳しくはないですけど……黒竜の血を引く大貴族がいて、凄く強い国みたいです。でも、閉鎖的であまり動きはなくて、静かな国、らしいです」
「王様も黒竜なのか?」
「ラグナでは王様じゃなくて、大公、って呼ぶらしいです」
「なるほど、だから王国じゃなくて公国なのか」
「黒竜大公、といえばこのカーラマーラでもみんな知ってるくらい有名ですよ」
「黒竜大公ってめっちゃ強そうな肩書きだな」
「ええ、とても強いそうですよ。もし黒竜大公が本気になって戦争をすれば、パンドラ大陸を支配できるとか、次の魔王にもなれるとか、そういう噂はありますね」
魔王ときたか。
伝説となっている古の魔王ミア・エルロードにあやかって、大陸統一を目指す野心家が定期的に現れるらしい。
だが、ラグナの大公にその気がないのは、平和的で良い。
「けど、そんな平和そうな国からわざわざカーラマーラまで来る奴がいるのか」
「『極狼会』のリーダーがラグナの元貴族らしいです。それで、国を追われた人なんかが、その人を頼って来ることが多いそうですね」
そうして故郷の人々を受け入れつつ、勢力を拡大してきたといったところか。
そのままデカくなったら、その内にカーラマーラで独立勢力として内乱でも起こしそうな内情だな。異世界の移民問題か。
「それにしても、こう店が多いとかえって迷うな……」
いい加減、そろそろ店を決めて食事にしたい。
ちょうど飲食店の立ち並ぶ区画にやって来れたようで、通りには食欲をそそる香りがそこかしこに流れている。
「僕は別に、どこでもいいですけど」
「初めて来る場所だし、ぼったくられても困るから、ちょっと高そうな店の方が安心かもな。あそこはどうだ?」
と、俺が差したのは、ここの通りで最も目立つ、五重の塔みたいな大型店舗。赤い光で彩られた正門に掲げられた、気合いの入ったデカい木の看板には、『本格ラグナ料理専門・イセア大飯店』と書かれている。
和風というより、中華っぽい感じがするな。
「えええっ、い、いや、あんな高そうなところはダメですよ!」
「そ、そうか」
思った以上にクルスが全力でノーと言うので、諦めよう。
「僕はああいう安そうな小さい店でいいですから」
クルスが指差したのは、通りの隅の方にある、正直ちょっとボロい大衆食堂みたいな店だった。
「まぁ、クルスがいいというなら、俺は構わないが――」
と、その店先に立っている、出て来たばかりの客と思しき者の姿に、つい視線が向いてしまった。
「おお、あの娘、耳と尻尾が生えてるぞ」
というのも、人間の容姿のままで、耳と尻尾が生えているのだ。
獣人は顔も獣っぽい感じだったり、獣そのものだったりで、全身も毛皮で覆われている。
しかし、コスプレのように人の体に獣の耳と尻尾だけが生えているというタイプは、道行く人々の中では、初めて目撃した。もしかして、ただのファッションで付け耳と付け尻尾なのか?
「ああ、半獣人なんじゃないですか、あの人は」
「半獣人……なるほど、そういうのもあるのか」
人間と獣人の混血だと、ああいう姿になる場合があるらしい。
それにしても、耳と尻尾だけ生えるとは、随分と都合の良い形質遺伝である。
だが、狼のような形の大きな耳と尻尾を生やしながら、その容姿は凛々しい目をした美少女とくれば、細かいことはどうでもいいや。都合よく耳と尻尾が生えて神様に感謝、と思えてくる。
珍しい上に美少女だったので、一種の眼福などと思いながら、紺色の長いポニーテールを揺らして去っていく華奢な後姿を眺めていると――その行く手に突如として立ちはだかる、四人の男達。
「……おい、あれって」
「えーっと、友達、じゃあなさそうですよね」
とてもじゃないが友好的な雰囲気ではない。ガタイのよい、いずれも人間の男だ。怒鳴り声こそあげてはいないものの、彼らの表情は明らかに威嚇するよう凄んでいる。
彼らは半獣少女に対して何かを言った後に、彼女を囲むようにして路地裏へと消えて行った。
「仕方ない、行くか」
「えっ、もしかして、助けに行くんですか!?」
「見てしまった以上は、しょうがないだろう」
路地裏へと向かう際、少女は特に助けを求める悲鳴なども上げず、黙って彼らについていった様子なので、通行人は誰も異常に気付いた様子はない。彼女のピンチを知るのは、恐らく、俺達だけである。
「で、でも……多分、あの男達は、シルヴァリアンのメンバーですよ」
「そうなのか」
「間違いないです、チラっとですけど、エンブレムが見えましたから」
参ったな、よりによって一番見つかりたくない奴らだったとは。
余計なことに首を突っ込んで、この場所に俺達がいることをシルヴァリアンに知られるのはまずい。
「大丈夫だ、心配するな。上手くやるから、俺に任せておけ」
「えっ、でも……」
「クルス、ここで待ってろ。何かあったら叫べ、すぐ戻る」
ほぼ一方的にそう言い聞かせて、俺はクルスを置いて路地裏へと向かった。
あまり大丈夫じゃないし、心配しかないし、上手くやれる自信もない。だが、ここで助けに行かなければ、嘘だろう。
助けられる力があるのに、見捨てるような真似をするなど、クルスの手前、見せるわけにはいかない。
「……もうバレてるけど、黒仮面アッシュになっておくか」
前に着ていたのと似たような灰色ローブだし、仮面は同じモノが子供達のオモチャでまだ残っていたから、念のために補充しておいた。
黒仮面アッシュは殺し屋達にターゲットだと知れ渡っているが、それでも俺の素顔は隠しておくに越したことはない。
そうして、お手軽な変身を完了させ、いざ路地裏へと飛び込んだ俺の視界に映るのは――
「とりゃー!」
「ぐ、ぎぎ……」
「おっ、キミ結構粘るねー? じゃあ、もうちょっといっちゃう?」
「ぐうっ、ま、待て……やめろ、ほ、骨が折れる……」
薄汚れた路地裏の地面に倒れているのは、奴隷船の船長と似たようなスーツに身を包んだシルヴァリアン・ファミリアの男で、ソイツの足を持って逆エビ固めをキメているのが、狼耳の半獣人少女であった。
ギャングは確か四人いたはずでは、と思ったが、他の三人は路地裏のそこら辺に、手足が妙に捻じ曲がった状態で転がっている。
なんだ、想像していたのとは真逆の光景が広がっている。
まさか少女の方が強いとは思わなかったが、レキやウルスラのように子供でも強い力を持つ者がいるのが、この異世界である。こういうこともあるのだろう。
とりあえず、一目で俺の助けなど必要なかったことは明らかとなった。
いや待て、実は少女の方から男四人組を襲っていたというなら、彼らの方の助けに入るべきか……いや、どうせシルヴァリアンのギャングだし、どうなってもいいか。
と、自己完結したところで、そそくさと踵を返そうとしたところで、
「ねぇ、ちょっと待ってよキミ!」
半獣少女に呼ばれてしまった。
まぁ、そりゃあそうだよな。路地裏に入って、ばっちり目があったし。
「その格好、もしかして噂の黒仮面アッシュなの!?」
「ぎゃあああああああああああ!!」
ゴキリ、と耳に残る嫌な音と、男の悲痛な絶叫が響く。呼びかけついでに腰を砕きやがった。恐ろしい娘だ。
どうする、逃げるか? いや、背中を見せて走って逃げだせば、この子は確実に興味本位で追いかけてくるだろう。それこそ、獲物を狙う狼のように全力で。
「ああ、その通りだが……俺の助けは必要なかったようだな。それじゃあ、俺はこれで」
「待って、待って! うわー、本物だー、ホントにこんな真似してる変態がいたんだー」
ちくしょう、絡まれてしまった。
半獣少女は自分が逆エビ固めでがっつり腰をぶっ壊してやった男のことなどすっかり忘れたように放置し、俺の方へ全くの無警戒で近づいてくる。
改めて真正面から見ると、綺麗な少女である。
ピンと立った狼の耳とフサフサした尻尾、それから長いポニーテールはどれも紺色で艶やかだ。切れ長の目に鼻筋の通った細面は、黙っていれば凛々しい女剣士とでもいう風情だが、俺を見る目は好奇心に満ちた無邪気な子供のようにキラキラした笑顔が浮かんでいる。
一見すると、人懐っこい美少女に思える。
だが、その身に纏う魔力の気配が、この子が常人ではないことを俺に教えてくれる。ガタイのいい男四人を瞬殺していた時点で、普通じゃないのは明らかだが。
彼女の手足は細く長く、とても筋力があるようには見えない。華奢な体には丈の短い白いワンピースのような衣装だけで、これといった武器や魔法具も持っていない。
男達のやられ様の通り、彼女はこの細い体一つで、彼らを圧倒したということだ。
強化魔法を使う格闘特化のバトルスタイル、といったところか。ただこちらへ歩いてくる姿だけでも、隙が見当らない。
「ふふふ、ボクのこと、助けに来てくれたんだ?」
「そのつもりだったが、余計なお世話だったな」
「いやいや、こういうのは気持ちだから。嬉しいなー、ボクのこと助けに入ろうなんて人、この辺じゃ誰もいないし」
それは見捨てられるという意味ではなく、ここの誰もがこの子の強さを知っているから、ということか。
これだけの腕前を持っているなら、高名な冒険者なのかもしれない。
「じゃあ、俺は用があるからもう行かせてもらう」
「あーん、待ってよ、もうちょっとボクとお喋りしようよー」
「悪いが、急いでいるんだ。遊んでいる暇はない」
急いでもいないし、ちょうど遊んでる暇もあるのだが、関わり合いになりたくないので、さっさと行かせて欲しい。
「えー、いいじゃんいいじゃん、ここにいるってことは、今日は第一階層でヒーローのお仕事は休みなんでしょ? それとも、いよいよシルヴァリアンの本部に殴り込みにでも行くつもりだった?」
それなら反対側だよー、などと言いながら、どんどん距離を詰めてくる。
変に興味を持たれてしまったせいで、適当な別れ方が思いつかん。どうするか……
「別に、そんな予定はない。大体、何で俺がそんな危ないことしなきゃならん」
「えー、だってキミが奴らの役員ぶっ殺した逃亡奴隷なんでしょ?」
コイツまで俺の正体を知っているのか。
いや待て、ただカマをかけているだけかもしれない。しらばっくれる方が良さそうだ。
「俺はただの冒険者だ。子供を助けているのも、ただの気まぐれで、ヒーローをしているつもりはない」
「あはは、気まぐれで十人も子供抱えてダンジョンの中で潜伏生活する人が、ただの冒険者なワケないじゃーん」
「そんな奴のことは知らん」
「ふーん、じゃあキミ、どこに宿とってるの? 今晩、部屋に遊びに行ってもいい?」
顔こそ笑っているものの、その月のような金色をした瞳には、獲物を逃がさないと言わんばかりにギラついた光が宿っている。
恐らく、この子はシルヴァリアンに追われる船長殺しの犯人と、黒仮面アッシュが同一人物であることを確信しているし、そうでなくても、これから正体を明かす気満々といった感じだ。
これは、そろそろ冗談では済まなくなってくるな。
「お前の目的は何だ」
「わっ、凄い殺気! これは雑魚が束になっても敵わないワケだー」
「ただの興味本位で俺に付き纏うつもりなら、やめておけ。そうじゃないなら、力づくでもお前を黙らせることになる」
この少女は間違いなく手練れだ。見かけで油断することなく、俺は次の瞬間に戦闘になっても良いよう、全身に魔力を巡らせ、魔弾の装填も済ませておく。
「んもー、いやだなぁ、そんなに警戒しないでよ。ほら、こんなにカワイイ子が言い寄ってあげてるんだから」
自分でカワイイ言うか。
俺の臨戦態勢は魔力の気配で間違いなく察しているはずなのだが、この子は絶対に攻撃されないと確信しているかのように、どこまでも無防備に笑っているだけ。
「真面目に答えてくれ。お前は、敵なのか」
「ごめんねー、まず自己紹介するのが筋ってやつだよね。ボクは――」
と、堂々と薄い胸を張って名乗りを上げようとした直後、
「若様!」
「むっ、これは一体何事」
二つの男の声が、新たに割って入って来た。
「貴様、何奴!」
「仮面で顔を隠すとは、如何にも怪しい。暗殺者の類か」
現れた二人の男は、分身でもしているのかと思うほど、顔も体格も全く一緒であった。もしかしなくても、双子なのだろう。
路地裏にぶっ倒れているシルヴァリアンの男達よりも、なお大柄で長身、というか、俺よりもさらにデカそうだから、身長2メートル越えてそうだ。
そんな巨漢の双子は、袈裟みたいな黒一色の衣装を纏い、頭は見事な丸坊主で……まさか、本当に坊さんってワケではないだろう。
「この曲者、若様から離れろ!」
「今すぐ滅してくれる!」
「あー、そういうのいいから、ちょっと黙っててくれるー?」
今にも威圧感MAXな巨大坊主ツインズが俺に襲い掛かって来そうな剣呑な雰囲気になったところで、少女が如何にもウンザリした様子で制止の声を上げた。
「むっ」
「しかし、若様」
「彼は黒仮面アッシュ、第一階層のいたいけな子供達を守るヒーローで、ちょうどボクの客人として招こうとしてたところ」
「はっ、左様でございましたか」
「しからば、若様もそのようなはしたない格好はやめるべきかと。せめてもう一枚、羽織っていただかなければ」
しょーがないなー、とヤル気なくつぶやきながらも、左の方の坊主が差し出した黒い衣装を、少女はバサリと纏った。
「……ダンダラ羽織」
袖口と裾にあしらわれた白い山形の模様は、日本人の俺にとっては非常に見覚えのあるデザインだ。これで布地が水色、浅葱色と言うんだったか、そのカラーリングだったなら、完全に新撰組の隊服である。
黒地のダンダラ羽織なら、忠臣蔵になるのか。
そんな和風の衣装を羽織った少女は、今度こそ俺にその名前を告げる。
「ボクの名前はオルエン・リベルタス。『極狼会』組長アンドレイ・リベルタスの一人息子さ」
「……息子?」