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黒の魔王  作者: 菱影代理
第36章:最果ての欲望都市
728/1045

第722話 目撃情報

虚砲ゼロカノン』。

 それが、俺の編み出した必殺の黒魔法第一号である。

 その効果は、爆発でも貫通でもなく――消滅だ。

 黒色魔力をどう使えば最も高い威力が出せるようになるか。必殺技を開発するにあたって、まずそこの探究から始めたのだが、その過程で発見されたのが、全疑似属性混合による消滅効果の発生である。

 元から黒い色をした俺の黒魔法だが、この消滅効果が現れる時の黒さは、ちょっと異質である。

 一切の光が届かない深淵のように、虚空に開いた穴。そう、物質として黒い何かが存在しているのではなく、まるで、そこにあらゆるものの存在を許さないかのように暗黒の虚無が生まれるのだ。

 ソレに触れたモノは、消える。跡形もなく、塵一つ残さず。

 少なくとも、俺がこの辺で用意できた物体は全て消すことができた。分厚いコンクリートの壁も、鋼鉄製の武具も、勿論、無数に闊歩しているアンデッドモンスターも。

 何故、消えるのか。どうして何も残らないのか。消えたモノはどこへ行っているのか。

 それは、術者たる俺にも分からない。

 けれど、今はそれで十分だ。こうして、恐るべき強敵を打ち倒す、力となってくれるのだから。

「滅ぼせ――『虚砲ゼロカノン』」

 キュウウンッ!! と不思議な甲高い発射音を伴い、消滅の暗黒を秘めた砲弾は撃ちだされる。

 錆付きは、『魔手バインドアーツ大蛇オロチ』の拘束を脱する寸前かつ、ヒビが入りながらも、小盾バックラーによる防御魔法を展開している最中だ。それなりの至近距離で発射した俺の大砲を、回避することは不可能。というか、コイツは基本、避けずに突っ込んできてばかりだが。

 やはりと言うべきか、それとも覚悟は決めたのか、錆付きはガードを選んだ。奴は寸分も身動きすることなく、真正面から漆黒の球体である『虚砲ゼロカノン』を受け止める。

 着弾――だが、音はしない。

 錆付きに命中した『虚砲ゼロカノン』は、ただ静かに、消滅の力を解放する。

 現れたのは、虚空に穿たれた黒い穴。ブラックホールを彷彿とさせる、あまりに異質な暗黒領域。

 サイズは直径50センチほど。この大きさが、俺が生成できる限界値。

 その50センチの暗黒球は、錆付きの腹部を中心点として広がり、奴の体を飲み込んでいる。

「どうだ……」

 そして、幻のように『虚砲ゼロカノン』の黒穴は消え去り――後には、何も残さなかった。

 錆付きの体は、消えていた。

「ゴッ……ブフォ……」

 くぐもった呻き声と共に、錆付きの体は文字通りに崩れ落ちる。

 展開していた消滅領域は錆付きの体を消し去った。胸元から太ももの半ばまで、綺麗に抉り取られている。勿論、盾を前へ突き出すよう構えていた左腕も。

 突如として腹部周辺が丸ごと消えて、断面からは思い出したかのように鮮血が怒涛のように吹き出し、支えを失い崩れ落ちた錆付きの体を、瞬く間に血の海へと沈めてゆく。

 もう、呻き声一つもしなければ、指先さえ動かない。

 そして何より、あの圧倒的な魔力の気配が一切感じられない。どうやら、大人しく即死してくれたようだった。

「コイツ、本当に人間だったのか……?」

 死体確認のついでに、フルフェイスの兜の奥にある、素顔を拝んでやった。

 中から出てきたのは、ミイラのようにやせ細った男の顔。

 残った手足の方も、とても力を感じさせない骨と皮だけの貧相なものだった。いくらなんでも、狂化をしたからといって、俺を凌ぐ超パワーを発揮していたとは思えない。

「呪いの武器は、剣でも盾でもなくて、鎧その物だったってことか」

 リビングアーマー、という鎧兜だけで動き回る強力なアンデッドモンスターがいると聞いたことがある。このカーラマーラの大迷宮にも、第三階層以降に現れるらしい。

 ソイツと似たようなモノなのだろう。恐らく、中身の男は半死半生。呪いの鎧として、最低限、着用者が必要だからいるだけの存在。

 誰かが着さえしてくれれば、あとはこの錆付いた鎧は自由に暴れ回ることができると……まぁ、そんな感じだろう。

 鎧の大部分が中身の体と一緒に消滅したせいで、コイツにはもう戦う力は残されていないようだ。踏みつけてみると、驚くほどあっさりと錆付いた装甲が脆く砕けた。

 どうやら、本当にただの錆びた鎧に戻っているようだ。

 あれほどの切れ味を誇っていた長剣も、ボロボロになって半ばからへし折れていた。

 恐らく、剣も盾も鎧の錆で強化していたモノだったのだろう。呪いの力を失えば、鎧も武器も、どちらも完全に無力化される。

 うーん、コレは戦利品にはなりそうもないな……

「クロノ様!」

「ああ、レキ、ウルスラ、何とか倒したぞ」

 二人が笑顔で駆け寄ってくる。今回の戦いは、俺も『虚砲ゼロカノン』を習得していなければ危うかった。二人としても、傍から見ていてハラハラしたことだろう。

「クロノ様、怪我はないの?」

「大丈夫だ。ただ、服が」

「ホントに大丈夫デスかー?」

「おいレキ、ペタペタ触るんじゃない」

 半裸だから恥ずかしいだろうが。

 ローブは御釈迦になっちまったが、体の方は問題ない。錆付きとの戦いでも、デカい一発はもらってない。カスリ傷程度だ。

「俺のことよりも、奴らがここまで来たことの方が問題だ。残念だが、ここはもう放棄して、別の場所に移るしかないだろう」

「うん、逃げる準備はさせてある。いつでも出発できるの」

「ここ、いいトコロだったのに……」

 かなりの優良物件だったが、こうなっては仕方がない。

 転居すれば安全というワケではないが、ここに留まるよりかはマシのはずだ。

「まだ他にも殺し屋共が近くをウロついてるかもしれない。安全なルートが確保でき次第、移動する――けど、その前に俺の着替えを持ってきてくれないか」




 こういう事態を想定して、素早く移動できるよう準備だけはしていた。俺もただヒーローの真似事で第一階層を走り回っているだけではない。他にもあるギガスの城をはじめ、潜伏先に使えそうなロケーションを探すこともしていた。

 残念ながら、ここ以上に良さそうな場所は見つからなかったが、大嵐が過ぎ去るまでの我慢である。最悪、子供達の安全が保障できる立地であれば何とかなる。

 今回の移住先は、俺が初めてここを訪れたセーフゾーンのような、廃ビルだ。

「――ふぅ、何とか無事に移動できたな」

 正面扉をバリケード代わりの瓦礫で塞ぎ、一息つく。

 ここの一階、二階は全て窓も含めて出入り口は封鎖してある。元々、セーフゾーンとして利用していた形跡があるので、手を加える必要はほとんどなかった。

 かといって、とても安心はできない。

「くそ、早くこんなところから出て行きたいが……」

 とうとう襲撃を仕掛けてきたシルヴァリアン。そして、卑劣で残忍な手口の殺し屋。腸が煮えくり返るほどの怒りを覚えるが、同時に、俺の中には言いようのない不安感もある。

 レキも、ウルスラも、子供達も全員無事に守ることはできた。

 しかし、俺は奴隷の兄弟を助けることはできなかった。

 俺が一人で守れる限界というのを、あらためて見せつけられた気分だ。

 殺し屋は全員返り討ちにしてやったが、錆付きは強敵だった。あんな奴があともう一人でも加わっていれば、俺は自分で自分の身を守るだけで精一杯になってしまう。

 あと少し、俺が駆けつけるのが遅れていれば、錆付きを前にレキとウルスラも無事で済んだとは思えない。二人は強い、背中を預けてもいいとさえ思っている。

 けれど、同時にあの二人もまだ子供であり、俺が守るべき存在だ。いざという時は、ともに戦って死んでくれ、とは言えない。

「ダメだ、弱気になるな」

 俺がビビっていては、みんなを不安にさせるだけだ。

 せめて、守るべき子供達の前でくらい、虚勢を張ってでも安心させてやるべきだろう。俺が、悪い奴らをみんなやっつけてやると――

 そんな思いを抱えながら、その日は寝ずの番で俺は過ごした。

 殺し屋は今回の襲撃は失敗だと諦めたのか、現れることはなかったし、周辺警戒をしていた俺も、誰かの気配を察知することもなかった。

 外のゾンビ共も大人しく、思ったよりも静かに、その日の夜は更けて行った。

 しかし、翌朝のことである。

「おい、リリアン、大丈夫か? しっかりしろ」

「うぅ……うーん……」

 今朝、リリアンの寝覚めが悪いということで、ウルスラが起こしに行った際、熱が出ていることが判明。

 保護者役たる俺とレキとクルスも集まり、布団の上で苦しげな呻き声を上げるリリアンの姿を見た。

 俺はそっとリリアンの額に手を当ててみるが、ウルスラの言う通り、確かに熱っぽさを感じられる。

「ただの風邪ならいいんだが……」

 ちくしょう、昨日の襲撃騒ぎに、急な拠点移動のせいで、リリアンには心労をかけすぎたのだろう。

 俺ですら不安感をぬぐいきれなかったのだ。リリアンをはじめ、子供達の心中はいかほどのものか。

「リリアンは病弱だったと言ってたよな? 実は重い持病があったりするのか?」

「大丈夫、そこまで酷い病気はない」

「今までも何度か、熱が出て寝込んだことはあったデス」

 その際は、安静にして栄養をしっかりとっていれば、ほどなく回復するとのことだが……リリアンはまだ5歳の幼児だ。突然、容体が急変するかもしれないし、どんな病気が発症するか分かったものではない。

「あの、リリアンはハーフエルフで、その中でもエルフの性質がかなり強く出ているんだと思います。だから、魔力の環境が変わったら、影響を受けやすいんじゃないかと」

 と、教えてくれたのはクルスだ。

 クルスとリリアンは元々の知り合いでも何でもないが、それでも同じオルテンシアというエルフの北国を故郷に持っているので、多少はエルフやハーフエルフに関する知識を持っている。さらに、クルスはこの歳で治癒魔法を習得していることもあってか、同年代の少年としても博識な方だ。

「クルスの治癒魔法では治せないのか?」

「僕が使えるのは『微回復レッサーヒール』だけですから……かければ多少、症状を和らげることはできますけど、根本的な治療にはなりません」

 いくら下級の『微回復レッサーヒール』とはいえ、まだ14歳のクルスではずっとかけ続けられるほどの魔力はない。だから、リリアンの容体が悪化した時に備えて、様子見に徹するより他はないという。

「もし魔力環境の変化が原因なら、住む場所を変える以外に方法はないのか」

「ここはゾンビとかアンデッドモンスターが出るダンジョンですから。少なくとも、人にとって良い環境ではないですね」

 くそ、こんなことになるのなら、無理にでも街で隠れ家を探すべきだった。

 いや、それも今からでも遅くは……ダメだ、遅い。すでにリリアンは体調が悪化してしまっているのだ。新しい隠れ家を探したけれど、見つかりませんでした、ではお話にならない。

 だが、この臨時の避難場所は、前の学校拠点よりも良い環境とはとても言い難い。ここに留まり続けるのも、決して良いとは言えないだろう。

「ま、まぁ、今までみたいにすぐに治ると思うので、今日一日は様子を見てもいいんじゃないかと」

「……そうだな、あまり焦って行動してボロを出すわけにもいかない」

 だが、様子を見ても一日だ。明日も容体が変わらないようなら、俺は意を決してリリアンを連れて街の医者へと連れていかなければならない。

 そこで魔法でも薬でも、何でもいいから治ればそれで良し。しかし、長期的な入院が必要などという可能性もなきにしもあらずだ。

「それじゃあリリアン、今日はゆっくり休んでいるんだぞ。お手伝いもしなくていい」

「……うん、クロノ様」

 かすれるような小さな声の返事をして、リリアンはそのまま眠りについた。

 明日は元気よく、起きてくれればいいのだが……




 体調を崩したリリアンの看病をしつつ、不安なまま迎えた翌日。

「リリアンを病院に連れていく。レキ、ウルスラ、留守は任せたぞ」

「うん、こっちは大丈夫なの」

「クロノ様、リリアンを頼んだデス!」

「ああ、それじゃあ行ってくる」

 レキとウルスラと、そして子供達全員に見送られて出発する。

「あの、本当に僕が一緒で良かったんですか」

「なに言ってんだ、街の病院について知ってるのはクルスだけなんだろ」

「それは、まぁ、そうですけど……」

 今回、俺に同行しているのはクルスだ。

 レキ達がカーラマーラへ辿り着いてから、リリアン救出のあの日までには一ヶ月ほどの期間があった。レキとウルスラは救出に向けて動いていたので、主に生活面はクルス一人で見ている状態だったという。

 14歳にして立派な主夫を勤め上げたクルス少年は、病弱なリリアンのために、いざという時に備えてきちんと街の病院の位置は確認していたのだ。手持ちの地図に書き込むのは勿論、買い物ついでに実際に足を運んでルート確認などもしたという。なんとも几帳面な性格である。

 だが、今回は彼の備えが役に立ってくれた。俺が一人で街へ向かっても、まず病院を探すだけで右往左往することに違いなかった。案内役がいるだけで、随分と助かる。

「すまいないな、昨日の今日で、またダンジョンを連れ回すことになってしまって」

「い、いえ、別にそれは……大丈夫、ですから」

 クルスは治癒魔法を使えると言っても、治癒魔術士プリーストとして冒険者をやっていけるような実力ではない。レキとウルスラが規格外なのであって、普通の子供にとってこの第一階層は死と隣り合わせの危険な場所である。

 本来なら、ここを通るのは街から脱出する一回だけのはずだったのだが……一昨日の拠点移動に続き、今日も危険を承知で同行してもらった。

「安心してくれ、お前もリリアンも必ず俺が守り切る」

 というか、『黒風探査ウインドサーチャー』でゾンビ共は避けて進んでいるので、襲われることがそもそもない。

 俺はリリアンを背負っているので、いつものように全力疾走のパルクールで駆け抜けるワケにはいかないし、一般人のクルスも置いてきぼりになってしまう。だから、今日は普通の徒歩で出口目指して移動をしている。

 本当に、索敵用の魔法を編み出しておいて良かった。

 音と疑似的な手さぐりで敵を探る『黒風探査ウインドサーチャー』の索敵力は完璧でも万能でもないが、幸い、空から! 地中から! などといった想定外の奇襲をゾンビが仕掛けてくることもなく、俺達は無事に出口まで辿り着いた。道中でのエンカウント率は0%である。

「それじゃあ、ここからは案内を任せたぞ」

「はい」

 クルスの先導で、相変わらず人だけは多いカーラマーラの街を歩き始める。

 流石に沢山の人がいる中では、黒い霧のような見た目で発生する『黒風探査ウインドサーチャー』を使うワケにはいかない。使ったとしても、無関係の人が存在している時点で、この魔法の意味はない。

 何もない場所で、自分達に接近する、または隠れ潜んでいる者を探知する効果であって、不特定多数の人の中から敵だけを選別する力はない。木を隠すなら森の中、とはよくいったものだ。暗殺者が人ごみに紛れて接近されれば、かなり危うい。

 この街中において頼れるのは、あとはもう自分の観察力と第六感しかない。

 頼むから、ギャングが襲ってくることがありませんように。内心で祈りながら、俺は警戒心全開でクルスの後に続いていった。

「……ようやく、ついたか」

「すみません、一番安全そうな治療院がここだったので」

 ごめん、そういう意味で言ったんじゃない。単に気を張って歩き続けたので、余計に疲れただけのことである。

 ともかく、俺の祈りが神に届いたか、それともとっくにギャングは俺のことを諦めているのか、無事に病院、もとい治療院に到着した。

 白塗りの石造りで、太い円柱が立ち並び、白いローブを纏った賢者みたいな爺さんの石造なんかが飾ってあり、神殿のような外観だ。

 治癒術士プリーストの神官が医者を務めており、元々はパンドラ神殿というこの大陸の宗教施設の一種だったらしい。その中でも医療専門に独立したのが治療院らしく、表通りに大きく掲げられた看板にも『イーストウッド治療院』と書かれている。

 あのナイフ女が務めているといっていた治療院とは、別のところで良かった。まさか、ここにも殺し屋が副業のシリアルキラーが勤務しているなんてことはないだろう。

「随分と立派なところだな」

「ここは騎士や高ランクの冒険者でも利用するような治療院ですから」

 恐らく、立ち入り制限の無いカーラマーラ外周区画の地域においては、最高級の治療院である。相応に金はかかるが、その分だけ腕前も安全も保障される。

 ついでに言えば、このイーストウッド治療院は、俺達を狙う『シルヴァリアン・ファミリア』と敵対する三大ギャングの一角、『極狼会』の息がかかっている。シルヴァリアンの奴らも、ここにはそうそう手を出せないし、手を回すこともできないはずだ。

 そういった事情も込みで、クルスがここを選んだのである。

「クロノ様がいなかったら、ここで診てもらうことはできなかったですよ」

「リリアンのためだ、ケチったりはしないさ」

 過去の俺が溜めこんだ金貨は、まだまだ残っている。治療費が幾ら請求されるかは知らんが、これで足りないなんてことはない……はず。

 ええい、いざとなれば、借金など踏み倒してカーラマーラ脱出だ! 意を決して、俺は神殿染みた治療院へと踏み入った。




 カーラマーラ外周区の北東部。そこはちょうど『シルヴァリアン・ファミリア』と『極狼会』の縄張りの境目にあたる地域で、両者とも、あるいは、どちらでもないその他の勢力も入り混じる混沌とした中立地帯として、それなりの賑わいを見せている。

 そんな地域に建つとある安酒場は、ギャングだか冒険者だか区別のつかない荒くれた野郎共で今日も盛り上がり、いや、普段以上の盛況ぶりであった。

 その理由は、酒場のど真ん中で大きな丸テーブルの上に立ち上がってデカいジョッキを振り上げている、全身ピンク色の女である。

「あはははは! 今日は私のオゴリよ! ありがたく、崇め奉って飲みなさい!」

「ありがとうピンクちゃん! 愛してるぅー!」

「大好きだぁー!」

「一発ヤラせてくれぇー!」

「俺だぁー、ピンクぅー! 結婚してくれえー!!」

 下品な野次と賛辞を目いっぱいに浴びながら、ランク5冒険者ピンクアローは実に満足そうにジョッキを煽る。フルフェイスマスクは被りっぱなしだが、何故か飲めるようだ。

 彼女の飲みっぷりに、また盛り上がる野郎共。

 ピンクはつい最近カーラマーラに来たばかりだが、一目見れば忘れられない目立つピンク一色の装備をした、スタイルだけ見れば悪くない女性。それでいてソロの冒険者で、ランク5冒険者のくせに中心街ではなく、外周区に入り浸っている。

 つまり目立つ、非常に目立つ存在だった。

 そういう者はえてしてカーラマーラの悪意の洗礼を受けるものだが、ピンクは強かった。ランク5冒険者の実力は伊達ではない。

 確かな実力を持つ、目立つソロの女冒険者。それでいて、正義がどうとか、常に自分に自信満々な超ポジティブな性格は、不思議と受け入れられた。なんだか頭のおかしい女だけれど、そう悪いヤツではない。そんな評価を受けつつ、早くもこの辺では有名人になりつつあった。

「で、どうしたのピンクちゃん、そんなに報酬良かったの?」

「ええ、今回は思った以上に稼げたわ。ふふん、チョロい仕事だったわね」

「今回の依頼って、黒仮面アッシュとかいうヒーロー気取りぶっ殺すやつでしょ? もしかして一人勝ち?」

 黒仮面アッシュの噂はピンクよりも有名で、『シルヴァリアン・ファミリア』の役員船長を殺して逃げた、というのも随分と広まっている話であった。

 殺された船長の復讐として、シルヴァリアンの幹部役員が殺し屋連中に声をかけて回っていたことから、どうやらそれらは事実だったらしいと、半ば証明される形となった。

 そして、ピンクはこの依頼にすぐに飛びついた。


「この私を差し置いて、ヒーローとして有名になるなんて許せない! この機会に乗じてステルスキルよ!!」


 などと言って、アッシュ暗殺依頼へと出向いていったのはつい先日のことである。

 そして、生きて戻って来るなり、上機嫌で酒場にいる全員におごるという大盤振る舞いだ。彼女の依頼は大成功だったに違いない。

「そうね、正に一人勝ちといっても過言ではないわ。『炎上』、『透明』、『豚鼻』、それに『子殺し』と、あの『錆付き』! 全員分の首を『極狼会』に献上したら、懸賞金ガボガボよ! 笑いが止まらないわ、うははははっ!!」

「ヤベぇ、コイツ、シルヴァリアン裏切りやがった!?」

「マジかよピンクちゃん、こんな堂々とした裏切り見たことねぇよ」

「ヤベェよ、ヤベェよ、これ絶対、報復案件じゃん……」

 一瞬前までタダ酒で盛り上がっていた男達が青ざめる。

 ピンクが口にした殺し屋の名前は、シルヴァリアン所属のそこそこ名の通った奴らである。

 特に『子殺し』ヒルダは、腕前もさることながら、その悪辣なやり口から敵対組織からは非常に恨みを買っている。

 さらに『錆付き』はランク5冒険者級の実力を持つ狂戦士だ。その血生臭い武勇は裏社会ではかなり有名で、コイツが仕事に出てくるのは相当なことである。

 そんなビッグネームの首を差し出したなら、そりゃあ懸賞金も弾むであろう。

 だがしかし、ピンクは元々、彼らの賞金首を狩りに行ったのではない。彼らと共に、殺しの仕事を受けたのだ。

 味方の首を嬉々として、敵勢力へ賞金首として持ち込むなど、ギャングじゃなくても許し難い裏切り行為である。ここまでふざけた真似をされて、シルヴァリアンが黙っているとは思えない。

「そしてぇ、その懸賞金で酒を飲んだアンタらは、最早、私の共犯者! 一蓮托生よ……さぁ、みんなで力を合わせて、悪逆非道なギャング、シルヴァリアン・ファミリアに立ち向かいましょう!」

「なに勝手に俺らを巻き込んでんだよ!?」

「ふざけんな、死ねぇー!」

「最低だ、アンタ最低だよピンク」

 みんなに酒をおごってくれる今日のヒーローは一転、全員の命を余計な危機に晒す最低最悪の裏切り者に。

 罵詈雑言の嵐と共に、酒瓶と皿と攻撃魔法などなど、騒然と飛び交う。

「待って、違うの、みんな聞いて、私は裏切ってない! だって黒仮面アッシュがクロノくんだなんて知らなかったの!」

「そんなの知らねーよ!」

「誰だよソイツは!」

「私の知り合いよ! まったく、カーラマーラなんて大陸のド辺境にいるから、クロノくんの活躍をみんな知らないのね……彼はヤバいわよ。錆付きなんてメじゃない本物の狂戦士。というか、錆付きぶっ殺したのクロノくんだし」

「……え、ちょっと待て、『錆付き』殺ったのピンクじゃねぇのか?」

「おいおいおい、それってアッシュから賞金首だけ横取りしたってこと?」

「まずいだろソレは……アッシュからも報復案件になるだろ」

 まさかのハイエナ行為発覚に、さらに酒場は静まり返る。

 ここにいる奴らは揃いも揃ってクズみたいな連中ばかりだが、ここまで酷い裏切りに次ぐ裏切り行為は見たことがない。控えめに言ってドン引きである。

「だ、だってぇ、クロノくんが首もとらずに放置するからぁ……落ちてた、そう、あの賞金首は落ちていたのよ!」

「うわコイツ開き直りやがった!」

「マジで最低だよピンクちゃん!」

「いいじゃない、高額賞金首が落ちてたら拾ったってぇ! 漁夫の利する時が、一番、冒険者していて良かったな、って思える至福の瞬間なのよ!」

「ただのクズじゃねぇか!」

「自分で稼げよ横取り野郎が!」

「正義はどうした!」

「正義のヒーローするのにもお金がかかるのよ! 甘いこと言ってんじゃないわよ!!」

「言い訳すんなー!」

「聞きたくねぇ、こんな醜い言い訳もう聞きたくねぇよ」

「――聞かせてくれませんか」

 もうお前は何も喋るんじゃねぇ、みたいな雰囲気の最中、その声だけはやけに通って聞こえた。

 この騒々しい中で、静かに、けれどハッキリと、その少女の声音は誰の耳にも届けられた。

「その話、詳しく聞かせてくれませんか」

 荒ぶる男達の合間を縫って現れたのは、キラキラ輝くような白銀の髪に、真紅の瞳を持つ真っ白い少女。

 そして、ピンクにとっては久しぶりに顔を見る、知り合いであった。

「ああっ、サリエルちゃん!?」

 2019年7月12日


 活動報告にコミック10話感想会場、更新しました。10話はまだ公開されておりますので、よろしければ合わせてお楽しみください。

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>そしてぇ、その懸賞金で酒を飲んだアンタらは、最早、私の共犯者! 一蓮托生よ……さぁ、みんなで力を合わせて、悪逆非道なギャング、シルヴァリアン・ファミリアに立ち向かいましょう! これであなたたちとも…
[良い点] ピンクとサリエルが再会し、話が進みそうなことです。
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