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黒の魔王  作者: 菱影代理
第36章:最果ての欲望都市
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第718話 殺し屋(1)

 冥暗の月11日。

 今日も今日とて、近場で黒魔法開発である。

 今回のお相手はウルスラではなく、組手担当のレキである。たまには中庭とは違う場所で戦おうと思ってのこと。様々な地形を把握し、利用し、上手に立ち回るのも実戦では大切な要素だ。

 第一階層は市街戦と屋内戦を練習するにはうってつけの場所である。

 これだけ建物があるのに、どこで戦っても誰の迷惑にもならないからな。普通の街中じゃあできない。

 そうして、俺はレキを相手に黒魔法も使いつつ、ほぼ実戦形式での組手をしている最中だったのだが……

「――っ!?」

 展開していた『黒風探査ウインドサーチャー』が、子供の悲鳴を聞きとった。

「レキ、ストップだ」

「――んんっ! どうしたデスかー?」

 奇襲気味に、三階の窓を突き破り俺の頭上から木刀を振りかぶって落下してきたレキが、俺の制止の言葉をきっちり聞いて、攻撃は中断して着地した。

「悲鳴が聞こえた。それも、かなりヤバそうだ」

 この第一階層で働く子供達は、基本的に物音を立てることはしない。ゾンビが音に反応することを、よく知っているからだ。

 それでも、周囲に聞こえるほどの悲鳴をあげるのは、あまりに突然の襲撃を受けた場合か、あるいは、追い詰められてとうとう食われたか、といった場合になる。

 今回は、どうやら後者っぽい、苦痛の入り混じった酷い叫び声だった。

 ただゾンビに噛みつかれる、というだけでは済まないような、もっと恐ろしい目にあったかのような、そんな風にも思えた。

「あの感じでは手遅れかもしれないが……それでも、聞いてしまったからには、行くしかない」

「クロノ様なら大丈夫デスよ、必ず子供達を助けられマス!」

「だと、いいんだけどな……レキはこのまま、拠点まで帰れ。何となく嫌な予感がする。ヤバいアンデッドモンスターが出たのかもしれないし、警戒していてくれ」

「オーライ! こっちは任せるデス!」

 そうして、俺はいつものように仮面を被って駆けだした。

 黒仮面アッシュとなった俺は、すっかり慣れた廃墟の街を駆け抜けていく。最近では、垂直の壁もそのまま走れるようにもなった。コツは、壁に足を張りつけるのではなく、壁ごと黒化して一体化するような感じ。

 そういう小技も編み出したりしたお蔭で、家屋もビルも関係なしに自由に走り回れるようになった。かなりの走破能力だと自分でも思うのだが……子供達の助けに向かうには、やはり遅きに失する。

「あそこか」

 悲鳴が聞こえたであろう地点を、ようやく捕捉した。

 そこは小さな公園のように開けた、けれど周囲を金網で覆われた、バスケットコートかテニスコートのような場所である。

 そして、その中に悲鳴を上げた子供がいるのか、金網の周囲にはすでにゾンビ共が群れをなして集まっている。呻き声を上げながらフェンスをガシガシと叩く姿は、さながらゾンビ映画のワンシーンのようだった。

 もっとも、そんな光景はアンデッドモンスターの巣窟である第一階層では日常風景に過ぎないのだが……何だ、妙な感じがする。

 ゾンビの群れの中には、ランナーもちらほら混じっている。奴らの身体能力なら、あれくらいのフェンスなど登って侵入できるはずなのだが、ただ普通のゾンビ達に混じって叫んでいるだけだ。

 中に獲物がいると分かっていながら近づかないのは、そこにアンデッドですら「近づきたくない」と思わせるほどの力があるから。

「かすかに魔力の気配があるな。この感じは……光属性の結界を張っているのか?」

 まさか俺の他に、子供のピンチを助けに来た冒険者でもいるのか。

 ゾンビの群れで中がどうなっているのかよく見えないのだが、結界を展開させている術者もそこにいるのは間違いなさそうだ。

 すでに誰かが助けに入ったのなら安心、というワケにもいかないな。

 結界でゾンビの侵入を防いでいるだけで、奴らを殲滅するでもなく、脱出するでもなく、ただ籠城しているような状況である。

 もしかすれば、結界を張ったはいいが、完全包囲されて追い詰められているのでは――

「ぃいいぎぁああああああああああああっ!!」

 俺の思考は、再び響き渡った悲鳴によって否定される。

 あまりに悲痛なその叫びは、状況確認と周辺調査を諦めてでも、即座に突入を決意させるに足る声音だった。様子を窺う暇などない、とりあえず突っ込んで、身柄を確保してこの場を離脱だ。

 そう覚悟を決めて、俺は周囲で一番高い建物の外壁を走って登り、高さを稼いだ上でジャンプしてコートの中へと飛んだ。

 ゾンビの群がる金網を軽々と越え、着地を決めた俺を出迎えたのは、

「あはは、凄い凄い、本当に来た」

 緑の髪に白い法衣を纏った女が、待ち合わせの友人がやって来た時のような笑顔を浮かべていた。

 一見すると、それなりに見目の良いごく普通の女性に思えるが、彼女の右手に握られている妙な気配を放つ金ピカのナイフと、それを鉄柱に縛られた一人の少年へと向けていることから、コイツが元凶であることは明らかだった。

「あ、ああ、うぅあぁ……」

 金色の刃を突きつけらた少年は、涙を流しながら声にならない呻き声を漏らしている。けれど、真っ直ぐに俺を見つめるその顔には、確かな見覚えがあった。

 そうだ、この少年は俺がここで初めて助けた奴隷の兄弟の兄貴の方だ。ギガスの城について教えて貰った。

 その彼が、どうしてこんな目に遭わされているのか――いいや、理由などどうでもいい。重要なのは、どうやって彼を金色ナイフの女から救出するか。

 目の前が真っ赤に燃えそうな怒りを抑え、どうにか、俺は冷静に考えてみる。

 少年の体は、元はバスケットゴールにでもなっていたのか、一本きりで突き立つ鉄柱に縛り付けられている。彼の太ももにはすでに何度かナイフで刺されたのか、ズボンがズタズタとなり、両足を赤黒く汚している。

 出血は心配だが、まだ致命傷には至っていない。確か太ももには大きな血管があって、止血するのが難しい箇所だと聞いたことがあるが、幸いにも魔法の回復薬であるポーションなんてモノがこの世界には存在している。

 俺はそれなりに高品質なポーションを持っているし、ここから助けることさえできれば回復は十分に可能。

 問題は、どうやってあのナイフ女を排除するか。

「貴方が第一階層で噂の黒仮面アッシュさんで間違いないかしら? 間違いないわよね、子供の悲鳴を聞いて駆けつけてくるなんて、こうして実際に見ても信じられないし」

 平然とした顔で、呑気に語りかけてくる。だが、金色の刀身は少年の首筋にピタリとあてられており、俺が不用意に動けば、あるいは魔法を発動させる気配でも、奴は瞬時に彼の命を奪える格好だ。

 奴隷船の時は、リリアンを人質にとる船長には不意をつけたし、狙い撃つにもちょうどいい感じの立ち位置でもあった。

 今回は、魔弾をぶちこめば即座に解決できるような状況ではない。

 だが、お互いに十メートルも離れていない。ほんの僅かでも奴が注意を逸らせば、正確に弾を当てられるほどの近距離でもある。

 ここは、少し会話に乗って機会を窺うしかないか。

「俺を探していたのか」

「ええ、心当たりはあるでしょう?」

「シルヴァリアンの手先ってことかよ」

「まぁ、いわゆる殺し屋ってやつですねー。あ、でも私、普段は違う仕事してますよ。ウエストサイド治療院の治癒術士プリーストが本業で、こっちは趣味も兼ねた副業って感じかなぁ」

 イカれてやがる。人を助ける医者が本業で、人を殺す殺し屋を副業にしている二面性よりも、聞いてもいないのに気安くそんなことをお喋りしてくる方がヤバいと感じる。

「ただの雇われというなら、ここで退け。見逃してやる」

「へぇー、言うだけあって、なかなか迫力ありますねぇ」

 チッ、退く気はねぇか。割に合わない、と思ってくれれば良かったんだが。

「ここで退かないなら、お前を殺す。俺を呼び出すためだけに、その子を刺したんだろう」

「子供なら誰でもいいとは思ったんですけれど、やっぱり、少しでも顔見知りの方がいいかなと。うふふ、金貨2枚出して買い取った価値はありましたねぇ」

 このド外道が。今すぐその楽しそうな笑い顔をぶち抜いてやりたいが、まだだ、まだ奴は隙を見せない。

 殺し屋、を名乗るだけあってこの女も素人ってワケではないだろう。こうして人質をとるのにも慣れているはず。

 そんな奴に口だけで人質に対する注意を逸らすなら、どうする。何て言えばコイツの殺意を俺に引きつけられる。

「……俺を殺しに来たのなら、相手になってやる。さっさとかかって来い」

 そうだ、この女は人質を盾にとって、俺にホールドアップを求めていない。殺し屋として、自分の腕前に自信があるのだろう。コイツは俺をそのまま戦って倒すつもりなのだ。

 サシの勝負になったなら、もう呼び出し役としての少年の価値はなくなる――いや、待て、

「そうですねぇ、それでは正々堂々、勝負といきましょーかぁ?」

 俺が選択を誤ったことに気づいたのは、金色の刀身が閃いた後だった。

 奴は確かに、俺の誘いに乗った。だが、その片手間で少年の喉を切り裂いたのだ。

 そう、俺がこの場に姿を現した時点で、彼の役目は終わる。つまり、いつ殺してもいいということだった。

「テメェ――」

 後先考えずに、とにかく一発ぶちこむべきだった。そんな後悔を抱くよりも先に、あまりの怒りに、今度こそ視界が真っ赤に染まる。

 少年の首から噴き上がる鮮血のシャワーと、振り切ったナイフをそのまま俺へと向けて構える殺し屋女。何かを考えるよりも、先に俺の足が動いていた。

「――やりたがったなぁ!!」

 脚力全開で踏み出した一歩目が、コンクリートの地面を割りながら、爆発的な加速を与えてくれる。

 俺は拳を振り上げ、ただ真っ直ぐ最短を駆け抜け、少年をあっさりと、無意味にして理不尽にトドメを刺しやがった女に向かって襲い掛かる。

「もう、たかが奴隷にそんなに怒ることないでしょー? そんなんだからぁ――」

 罠にかかる、ってか?

 ちょうど三歩目を踏んだところで、地面に白く輝く魔法陣が浮かび上がっていた。俺が真正面から突っ込んでくることを見越して、最初から仕込んでいたのだろう。

 その白い罠の魔法陣は、どうやら相手を拘束するためのもののようだ。

 かすかに感じる、全身を上から抑えつけられるような感覚は、筋力を低下させる弱体化デバフ系の魔法効果だろうか。

 それと共に、物理的に相手の動きを止めるために、白い光沢を持つ輝く鎖が何本も魔法陣から飛び出し、俺の体へと殺到してきた。

 足首、手首、腰、胴と全身に絡みつく白い鎖。俺が黒色魔力で物質化マテリアライズするのと同じように、光魔法であろう白い鎖も鋼鉄のような硬さを持っていた。

「ぉおおおおお――」

 だが、そんなもので、そんな程度で、俺を止められるかよ。

 鎖に何か対処する必要もない。俺は構わず四歩目を踏み込み、さらに気合いを込めて五歩目を出せば、体に絡みつく鎖はギチギチと悲鳴を上げて亀裂が走る。

「えええっ、ウソぉ、私の『縛り』を破っ――」

 バラバラと鎖が千切れ飛び、俺の体が解放された頃には、もう目の前には殺すべき敵の姿がある。

 この光の弱体化と鎖で相手を縛る魔法陣に自信があったのか、女の顔から笑みは消え、ただの力ずくで突破してきた俺を信じられないものを見たとでも言わんばかりの間抜け面を浮かべていた。

「くうっ――『白光大盾ルクス・アルマシルド』っ!」

 寸前で、奴は無詠唱で防御魔法を完成させていた。

 白く発光する光の壁が、繰り出した俺の拳と術者を隔てる。

「オラぁっ!!」

 ガシャアアアン、とガラスが割れるようなけたたましい音と共に、俺の拳は殺し屋女の顔面に叩きこまれる。

 黒と赤のオーラが自然と渦巻く怒りの鉄拳は、容易く光の防御魔法を砕き、憎き敵へと届く。

 女の白い頬に大きくめり込むように炸裂した渾身のストレート。首がねじ切れんばかりの勢いでグルりと真後ろまで回りながら、体ごと錐もみ回転して奴の体はぶっ飛んでいく。 

 デカいゴーレムさえ殴り飛ばす腕力だ。たかが50キロあるかどうかの細身の女の体など、一発で軽く吹き飛ぶさ。

 奴はぶん殴られた勢いのまま、コートの隅に山積みされていた木箱やら樽やらにガラガラと激しい音を立てて突っ込んで行った。

「おい、大丈夫か、しっかりしろ!」

 確実に首の骨まで折った感触が拳にあった。あの女はもう死ぬか、生きてても立ち上がることはできない。

 殺し屋のことよりも、最優先すべきは深々と喉を切り裂かれた少年の処置だ。

 彼の意識は朦朧としていて、瞳の焦点もあっていない。ぼんやりと俺の顔を見上げて、かすかな呼吸を口から漏らすだけ。今この瞬間に絶命してもおかしくない状態である。

 俺は影空間シャドウゲートからポーションを取り出し、痛々しい患部へと輝く液体をかける。

「頼む、効いてくれ……」

 これで命を繋ぎ止められるかどうかは、五分五分だ。少年はすでに足を散々に刺されて、それなり以上に出血している。その上、喉を斬られての大出血だ。

 ポーションが傷口を塞いだとしても、失われた血液までは戻らない。

 それに、いくら高品質のポーションといえども、本人の生命力が弱り切っていれば本来の効果も見込めない。

「くそ、治癒魔法も使えれば……」

 黒色魔力のゼリーで傷を塞ぐ肉体補填と、それを元に編み出したその他の治癒魔法は、全て自分専用だ。黒色魔力をそのまま使っているから、適性のない者に与えてはかえって害になる。

 黒魔法しか使えない俺には、どうあがいても平等に他人を癒す治癒魔法は習得できないのだ。

 だから、ポーションをかけても全く再生の兆候が見えない喉の傷口を、俺にはもうただ見ていることしかできない。

 ダメだ、あまりにも傷が大きすぎるんだ……多分、この子はもう……

「――う、ぐぅうう……ひ、酷い男ねぇ、女の子の顔を思いっきり殴るなんてぇ……」

 崩れた木箱の山から、首が真後ろを向いたままの殺し屋女が立ち上がる。

「……何だお前、ゾンビなのか」

「そぉんなワケないでしょ。私はただ、貴方と同じってだけ」

 奴は自分の頭を両手で押さえながら、強引に前へと向き直して見せた。ゴキリ、と嫌な音が生々しく響いて、首の骨を痛めているのは間違いないはずなのだが。

「同じ、だと。どういう意味だ」

「こうして、近くで見るとすぐに分かったわ。貴方、かなり体を弄ってるでしょぉ?」

「まさか、改造人間か」

「凄いわねぇ、こんなに全身改造しているのに、最初からそうだったみたいに自然な仕上がり……こんなに素晴らしい処置を、誰にやってもらったのか教えて欲しいわねぇ」

「あんなイカれた真似を望んでやってる奴がいるとはな」

「そう、私のは我流の改造処置なの。全部自分でやったから、各種耐性とか痛覚麻痺とか、あまり大したことはできてないの。アマチュアの限界ってやつかしらぁ」

 なるほど、想像以上に打たれ強い女ってことか。

 これは少しばかり撃ったり斬ったりでは、止められそうもない。全身バラバラにして八つ裂きにするくらいのつもりでかからないと。

「おっとぉ、動かないでねアッシュさん。人質は、もう一人いるのよぉ?」

 と、木箱の残骸の影から引っ張り出してきたのは、まだ幼い男の子。その顔にも、俺は見覚えがある。

 間違いなく、この少年の弟だ。

「クソが、兄弟ごと用意したのかよ」

「こういう時の為に、ね? それで、まだ私のこと見逃してくれる気はあるかしら?」

 一発殴られて、力の差を理解したのか。ようやく割に合わない仕事だと思い、撤退を考えたようだ。

 弟は、安全に逃げるための担保ということか。

 兄の方は助けられなかったが、せめて一人でも助けたい。

「……いいだろう」

「それじゃあ、私はこの子を置いて、下がるわね。でも、もし私を攻撃しようとしたら、この子の背中を『光矢ルクス・サギタ』で撃つわよ」

「分かった、さっさと失せろ」

 本当に痛みは感じていないのだろう。思いっきりぶん殴られた右頬がいびつに歪んでいるが、それでも変わらぬ笑顔を浮かべて、殺し屋女は下がる。

 奴が一歩下がるごとに、俺は一歩前へ出て、少しずつ、その場で立ち尽くす弟くんへの距離を縮めていく。

 もう少しだ、あと、もう少しで確実に保護ができる。

 そうして、奴がコートの金網ギリギリまで下がったところで、俺はようやく人質の元まで辿り着き、

「――っ!?」

 刹那、急速に走り抜ける魔力の気配。

 同時に、目に見えて起こる異常。

 俺が手を伸ばしたその瞬間、その子の腹が急に膨れ上がり――爆ぜた。

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