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黒の魔王  作者: 菱影代理
第36章:最果ての欲望都市
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第714話 イチから始める黒魔法使い(3)

 レキとウルスラどちらか一人だけとはいえ、毎日、俺に付き合わせるわけにはいかないだろう。単純に子供の世話ができていれば、それでいいとは言えない。

 というワケで、今日はレキもウルスラもお休みで、ついでに俺も軽く外を見回るくらいでシェルターにいることにした。試し撃ちができないだけで、黒魔法の開発は別にどこでもできる。

 お休み、とはいえ二人も暇を持て余しているわけでも、遊び歩いているわけでもない。

「今日は久しぶりに『楽しい算数』の続きができるの」

「イヤだーっ!」

 ウルスラがいかにも小学校の算数の教科書みたいな、数字が書かれた青い本を取り出すや否や、カイルが逃げ出した。

「あ、ダメだよカイル、ちゃんと勉強はしなくちゃ」

「逃すかー!」

「とらえろー」

「おー!」

 クルスがやんわりとカイルの行く手を塞いで止めると、続けてヴィルとフィアラによって両脇を拘束され、ハルキアとルオラがそれぞれ両足にまとわりついて、完全に動きを封じ込める。そしてリリアンがカイルの背負っている木刀を奪い武装解除。実に手慣れた捕縛だ。

「ヴィルは分数から。フィアラは割り算、ハルキアとルオラは足し算、カイルはリリアンと一緒に数の数え方から」

「はーい」

「数字を見るくらいなら、俺は水汲みでも薪割りでもしている方がマシだ。ウル姉ぇ、頼む、俺に算数は無理だって!」

「授業中は先生と呼ぶように言ったの。すでに、授業は始まっている」

 と、ウルスラは変装用の伊達眼鏡をかけて、教師ごっこ……ではなく、本当に子供達に算数の授業を始めていた。

 芸は身を助く、とはちょっと違うかもしれないが、読み書き計算くらいは出来て損はない。幸い、教会暮らしだったレキとウルスラはある程度の教養があるし、クルスも同じく教会の孤児院出身なので二人と同じ程度の学力を持っている。小さな子供に基礎を教えることはできるのだ。

 これまでも暇があれば教えてはいたそうだが、日々の生活で余裕がなくて……実に現実的で世知辛い理由である。

 だが、今はそうでもない。大嵐が止むまでの間は、この学校シェルターでのんびり引きこもり生活だ。こういう機会に、みんなに勉強を教えるのもいいだろう。

「クロノ様、準備オーケー!」

「ああ、じゃあ行くか」

 一方のレキは、授業に出ていない子を引き連れて、シャワールームの掃除に向かう。俺もこっちに同行することにした。

 別に休んでいてもいいと言われたが、こういう機会で俺も一緒に何かしないと、子供達との距離は縮まらない。自分の修行も安全保障として大切ではあるが、こっちも大事だ。

 シャワールームは校舎の一階にある。地下のシェルターからは出ることになるので、利用する際は必ず保護者の同行が必要だ。というか、基本、全員一緒に行く。

 今回は掃除メンバーだけ、保護者は俺とレキ、子供はミア、シャモン、サリィ、ネルル、ベルル、となっている。

 レキはサリィと手を繋ぎ、シャモンは両手でそれぞれネルルとベルルの姉妹と手を繋いでいた。

 俺と手を繋いでくれる子はいなかった。

「クロノ様、僕と手を繋ぐ?」

 ミアに気を遣われてしまった。思ったよりも敗北感がデカい。

「こ、これからみんなと仲良くなるから……」

「うんうん、そうだね」

 そんな寂しい道中は置いておいて、シャワールームの掃除である。

 すぐにお湯の出る広々としたシャワールームに満足していて、これまで本格的に掃除することはなかった。利用するには何の問題もないが、こうしてあらためて見ると、やはり気になる汚れがあちこちに……元々、廃墟なんだから当然か。

「流石にこの広さ全て掃除するのも大変だし、普段使っているところだけでいいだろう」

「『水砲アクア・ブラスト』だぞー」

「キャー!」

「つめたい! つめたーい!」

「こら、いきなり遊ぶんじゃない」

 ミアがシャワーを手に水流全開でまき散らすと、みんなしてキャッキャとはしゃぎ始める。

「こういのは、せめて掃除が終わってからにしなさい」

「ブラストー」

「ぶらすとー」

「あっ、おい、集中砲火やめろや!」

 ミアを筆頭に全員がシャワーを手に俺を囲んで冷水を――って、だから遊ぶなっての!

「レキ、そろそろみんなを止めて――」

「スプラーッシュ!」

「お前もかーっ!」

 ほどほどに水遊びを楽しんでから、掃除することにした。

 当然、みんなしてズブ濡れにはなったが、疑似火属性を利用してほどよい熱風をドライヤーのように放出してやれば、乾かすのもすぐだ。魔法って便利だな。

「よし、みんなスポンジは持ったな」

 ようやく掃除スタートである。

 準備は万端。人数分のスポンジ含め、清掃具は取り揃えている。最高の泡立ちで滅茶苦茶落ちると密かに評判の洗剤なども。

 この洗剤もスラッシャーの館で回収してきたモノだ。カロブーみたいな食料品以外でも、こういった日用品なんかもダンジョンから産出される商品となる。

 ともかく、道具も頭数も揃ったところで掃除が始まった。

 俺は基本的に子供の手が届かない高いところを担当する。折角、無駄にデカい身長があるし。というか、俺が覚えているよりも、ちょっと背が伸びている気がする。

 そんなところでも時間の経過を実感しつつ、みんなと一緒になって壁をこする。

「これ触手使えば同時に何か所も洗えるかも」

 などと、生活面でも積極的な黒魔法の活用法なんかも考えていると、

「うわーっ!?」

「キャー!」

 俄かにシャワールームに悲鳴が響く!

「おい、どうした――うおっ!?」

 振り向き見れば、部屋の隅から濛々と湧き上がる大量の泡が!

「ミアが洗剤こぼしちゃった!」

「泡すごっ!」

「すごーい」

「もこもこー」

 シャモンが端的な説明をくれる。泡にまみれて、ミアがひっくり返したらしい洗剤のボトルはすでに見えない。

 加速度的に膨張を続ける白い泡を前に、サリィとネルルとベルルは触ったり離れたりして遊んでる。

「おいミア、大丈夫か」

「ねぇ、これちょっと泡風呂みたいじゃない?」

「言うことはそれだけか」

 やらかしたくせに余裕だな。

 しかし、この泡の量、途轍もないな。普通の洗剤ではこうはならないぞ。流石はめっちゃ泡立つと有名な……

「ちょっと待て、これ本当に大丈夫か?」

 いまだに泡はモコモコと膨れ上がり続け、とうとうミアの胸元くらいにまで達し、泡の面積はシャワールームの角からどんどん広がっている。

「僕もちょっとこれヤバいと思う」

「ミア、早く出てこっちに来い!」

「うわー」

 さらに勢いを増して膨れ上がった泡によって、とうとうミアがブクブクと頭まで飲み込まれていった。

 なんだこの洗剤、モンスターかよ。さらに膨張速度が上がって――あ、泡が、あわわわ!




 さて、昨日は充実した休みを送れたので、今日からはまた気合いを入れて黒魔法開発をしよう。

 シャワールームを掃除したり、水遊びしたりで、少しだけ子供達との距離を縮められた気がしないでもない。ちょっとしたトラブルもあったが、些細なことだ。あの泡、そろそろ収まっているといいんだが……

「うーん、なかなか難しいの」

 と、俺の隣では、ウルスラが難しい表情で唸っている。

 彼女も彼女で、魔法の特訓中だ。

「同じ黒色魔力のはずだから、できないはずはないんだが」

「ただ集中させるだけじゃあ、『物質化マテリアライズ』できないの」

 現在、ウルスラが練習中なのは魔力を物質へと転換する『物質化マテリアライズ』である。

 俺の黒魔法開発にウルスラは付き合ってもらっているが、同時並行で彼女の鍛練も行っている。

 ただでさえ強力なドレイン能力を誇る『白夜叉姫アナスタシア』である。ここで、下手に下級の現代魔法モデルを覚えたところで、大した役には立たない。

 今のウルスラに、何が習得できれば最善か。前々から悩んでいたようだが、俺と一緒に相談した結果、『物質化マテリアライズ』という結論に至った。

 あらゆる魔力を吸収できるアナスタシアの力は、理論上では全ての攻撃魔法を無力化できる。攻撃魔法に対する防御はかなりのものだ。

 だが、一方で単純な物理攻撃にはそれほど効果は発揮されない。土魔法の攻撃なら防げても、その辺の岩を投げつけられると防ぎきれないのだ。

 攻撃面に関しても、物理防御を固めた生命力に溢れる戦士や騎士などが相手となると、ドレインだけでは決め手に欠けることもある。勿論、ドレインそのものに耐性を持つ装備や防御魔法なども、ないわけではない。

 そこで、『物質化マテリアライズ』によって物理的な力を得られれば、攻撃・防御の両面で短所を補うことができるだろう。

 せめて掌だけでも物質化させることができれば、矢などの遠距離攻撃は弾けるし、ドレインに強い敵を直接ぶん殴ることもできる。

 そういうワケで、ウルスラは『物質化マテリアライズ』習得に向けて日々練習なのだが……ご覧の通り、まだ成果は芳しくない。

「やっぱり『白夜叉姫アナスタシア』の状態から変化させるのは無理があるのかもしれないな」

「そんな感じはする」

「そうなると、完全に発動する前の段階でやらないとダメなのかも」

「むーん……私のアナスタシアはそのまま出るから」

 黒色魔力の『物質化マテリアライズ』は俺の得意とするところだ。

 感覚的に『白夜叉姫アナスタシア』は黒色魔力で構成されていると思う。元になっている魔力が同じならば、『物質化マテリアライズ』も容易にできるはず。それができないということは、アナスタシア発動状態では魔法として完成されていて、変化する余地がない可能性がある。

「この機会に、自分の力を発動の段階から制御できるようになればいいんじゃないか?」

「分かった、頑張る。頑張るから、ちょっと補給させて」

「いいぞ、俺はまだまだ余裕あるから」

 許可を出すなり、俺に抱き着いてくるウルスラ。

 こうして腰元に抱き着かれると、やっぱりまだ子供なんだなと感じてしまう。

「んー、ふぁ……」

 しかし、抱き着いているウルスラ本人はあまり子供っぽくない声を漏らしている。

 やけに色っぽい声音と吐息を漏らすウルスラは現在、俺の魔力をドレインして回復中である。

 黒魔法開発で考える時間の方が長い俺より、実際に魔法行使で練習するウルスラの方が魔力消費は多いので、こうやって魔力を補給させるのだが……

「ウルスラ、そろそろいいんじゃないか」

「んふぅ、も、もう少しだけぇ」

 と、俺を見上げるウルスラの上目使いが実に熱っぽい。

「もうやめておけ、酔ってるぞ」

「酔ってないの」

「酔っ払いはみんなそう言うんだよ」

 半ば強引に、ウルスラを引きはがして補給を強制終了。

「むぅー」

 物足りないと言わんばかりのウルスラの顔は、のぼせたように赤く、若干、息も荒い。

 同じ黒色魔力とはいえ、人によって微妙に質が違ってくるらしい。俺からドレインすると、いつも酔ったような感じになるので、補給後はちょっと休ませてから練習させている。

 しかし、アナスタシアで色んなモンスターをドレインしまくっても、何ともないのは何故なのか。

「少しそこで涼んでろ」

「仕方がないの」

 ウルスラはややフラフラしながら、その辺の瓦礫の上に腰掛けた。

「さて、俺も自分のことやらないと」

 ここ数日ほどはウルスラとレキに付き合ってもらって、黒魔法開発と組手をする毎日。二人の協力のお蔭で、俺は自分の黒魔法と身体能力の限界を徐々に明らかにできているが……まだ、何か俺の体には忘れられた秘密があるような気もする。

 そんなあやふやな感覚的なことはともかくとして、まずはできることから着実にこなしていった。

 とりあえず、各属性を込めた魔弾バレットアーツの再現。

 火の『榴弾砲撃グレネードバースト』を始め、雷の『雷撃砲ショックバスター』や氷の『封冷撃コールドシール』など、実戦レベルですぐ使えるようなものもあれば、土や風などあまり弾丸向きではない属性もあるということに気付いたりもした。

 元々、黒色魔力を金属質な物質化マテリアライズで弾丸を作っているので、土属性を利用した石の弾に変えたところで意味がない。風属性にしても、炸裂すれば激しい風を吹かせる程度で、攻撃力には直結しない。

 それから、光も弾丸型にするのはあまり良い使い道ではなかった。レーザー光線のように光そのものを照射するような方式が適しているようだ。かといって、それで何でも焼き切れるような超威力のレーザービームにするのは難しい。

 最終的には、眩しい光を発するだけのシンプルな『閃光弾フラッシュバン』の完成に落ち着いた。

 俺の最も基本的な攻撃魔法となる魔弾シリーズの次は、防御魔法に手を付けた。こちらでは、弾丸向きではなかった土の属性が活きた。

 俺が機動実験で習得していた防御魔法といえば、とりあえず黒色魔力を固めた四角い盾型のシールドのみ。本当に基礎的な性能のモノしか使えなかった。

 しかし、土属性を利用した今となっては、地面からポンポンと黒い岩の壁を作り出すことができる。ガード範囲が以前の比ではない。

 単に防御という他にも、道などを封鎖して敵の侵入を防ぐことにも使えそうだ。またギャング共が退去してきても、今度はもっと楽に立ち回れるだろう。

 地面そのものを黒化させておくと、強度も展開速度も上昇してさらに地の利を得ることもできる。これは防御に限らず攻撃にも使えるが、地面に黒化を施すのも土属性に変換してから魔力を流す方が、黒化速度も早い。

 こういう細かい属性ごとの特性を把握するのも大事だろう。

 土の防御魔法にはそれぞれ、小さいのは『黒壁ウォール』、大きいのは『黒土防壁シールドディアース』と名付けてある。現代魔法の等級でいえば、下級と中級といった感じだ。

 上級並みの硬さを出すこともできるが、まだ発動時間がかかってしまうので実用段階としてはちょっと、というところ。

 しかし、さらなる強さを求めるなら、こういう上級以上の威力、性能を誇る黒魔法を編み出さなくてはいけない。あのサリエルに攻撃を通す、または攻撃を防ぐ、となると生半可な能力ではどうにもならん。

 防御はせめて一撃止められるくらいの技を身に着けなければ。

 攻撃の方は、できれば殺すに足る威力が欲しい。ちょこっと傷をつける程度では、奴は止まらないだろうし。

「……やはり必殺技が必要か」

 思うものの、そのアイデアはいまだにこれといったモノが浮かばない。そう簡単にできたら、苦労はしないか……




「ほーら、スライムだぞー」

 黒魔法使いは、スライム(黒)を召喚した!

「すげー、スライムだ!」

「めっちゃ黒い」

「やっちまえ!」

 部屋のど真ん中に出現した黒いスライムを相手に、カイルとサリィは木刀でボコボコ殴り始めた。血の気の多い二人に対し、シャモンは叩いていいのかどうか様子を見ている。

「おおお、柔らかい」

「ポヨポヨしてるー」

「プヨプヨー」

 他にもスライムをベタベタ触って感触を楽しんでいる子もいる。

 何でこんなことになっているのかと言えば、俺が疑似水属性の使い道に悩んでいるからだ。

 水は触れても無害だし、液体なので硬さもない。攻撃に使うにしても、防御に使うにしても、何か一工夫しないと威力に欠ける。

 現代魔法では普通に『水矢アクア・サギタ』という攻撃魔法もあるが、それはあくまで水属性の適性がある者が使うから、攻撃魔法に足る威力を普通に叩き出せるだけ。

 同じ魔力量を使って攻撃するなら、俺だったらわざわざ水で撃つより、ノーマルの魔弾で撃った方が断然、威力が出る。

「操作はしやすいんだけどな」

 俺は作りだした疑似水属性の塊であるスライムモドキをグネグネと動かすと、子供達のテンションがさらに上がる。動くオモチャを前に大はしゃぎといった様子。

「いかん、このままだとマジでただの遊び道具にしかならん」

 黒いスライムは、水属性を試している最中に編み出したモノ。とはいえ、液体の粘度を上げてゲル状に変化させただけに過ぎないが。

 墨汁みたいに真っ黒い水は、如何にも体に悪そうではあるが、性質そのものは真水と変わりない。毒の効果はないし、最悪、飲んでも水分補給になるだけだ。砂漠で遭難でもしない限り、飲もうとは思わないが。

「『肉体補填』が強化できただけマシだと思うか」

 傷口に黒色魔力をゲル状にして突っ込んで塞ぐだけの荒業だが、起動実験では命を繋ぐために重宝したものだ。疑似水属性に変えて使うと、傷が塞がって再生するのも早い。

 とはいえ、実験のために自ら深手を負うのは避けたいので、あまり実証できてはいないのだが。

 普通の治癒魔法みたいに、誰でも癒せる類でもないし。治癒魔法というか、自分専用の再生技みたいなものか。ウルスラだったら黒色魔力の適性は大いにあるので、問題なく治癒できるかもしれないが。

「水属性の使い道はまだちょっと保留かな」

 他にも試したいことは沢山ある。今はとりあえず、動くスライムモドキとして、子供達のオモチャになってればそれでいいだろう。

 などと勝手に和みながら眺めていると、約一名、スライムに埋もれてピクリとも動かない子が。

「おい、フィアラ……大丈夫か?」

 まさか溺れているワケじゃないよな。

 青い髪が特徴的な女の子のフィアラは、スライムに顔から突っ込むようなうつ伏せで固まっている。

 慌ててひっくり返してみると、安らかに瞑っていた目が、ゆっくりと開かれていく。どうやら、無事なようだ。

「どうした、眠いのか?」

「……いい」

 茫洋とした黄金の瞳が、俺を見つめながら、いや、何かもっと遠くを見ているような眼つきで、ぽつりとフィアラは言う。

「これは、すごくいい枕」

「枕ではないんだが」

「お願いします、クロノ様。これを私にください」

 フィアラは随分とコイツが気に入ったようだ。遊び道具ではなく、寝具として、とは思わなかったが……確かに、凄い柔らかいし、全身を包み込むようなこの感触は癖になりそうでもある。

「プレゼントするのはいいんだが、これは魔法で作ってるから、すぐに消えてなくなってしまうぞ」

「そう……なら、私はその最後の時まで、ここで眠ることにする」

「ここリビングのど真ん中だから、寝るなら部屋に戻りなさい」

 仕方がないので、スライムに埋もれて離れないフィアラをそのまま抱えて女子部屋まで移動してやる。すでに夕食後、このまま明日の朝まで寝かせてあげよう。それくらいの時間までは、コイツももつはずだ。

「そういえば『永続エタニティ』なんて魔法もあったな」

 魔法は基本的に時間経過で魔力が霧散してゆき、最終的には消えるのだが、『永続エタニティ』などの魔法を使うことで、物質として完全に固定化することができる。

 戦闘においては、その瞬間だけ威力が発揮すればいいので、わざわざ『永続エタニティ』を使って物質化マテリアライズしたものを固定する必要性はないのだが……

「フィアラに理想の枕をプレゼントしてやれるなら、編み出さないといけないな」

 そういうワケで、翌日に俺は晴れて自分の黒魔法限定で固定化させられる『永続エタニティ』を開発した。

 もしかすれば、以前の俺がすでに習得していたのかもしれない。思い付きさえすれば、あっという間に完成した。

「ありがとう、クロノ様……」

 プレゼントした枕スライムを抱えたフィアラは、お礼の言葉の途中で寝た。品質はバッチリなようだ。

 一人満足した俺だったが、直後、子供達の中で一人にだけプレゼントをするのは悪手だったこを思い知らされる。

「ズルい!」

「フィアラだけズルいよー!」

「私も欲しいー!」

「レキも欲しいデース!」

 特に女子の反発が。

 まぁいい、欲しければいくらでも用意できる。どうせ使うのは俺の魔力だけ、原価ゼロ円だ。

「ほら、ちゃんとみんなにもうやるから。枕でもクッションでもボールでも、好きに使え」

 しかし、このスライム、日用雑貨として売ればそれなりに儲けられるのではないだろうか。冒険者をやめて、平和かつボロい商売をして暮らしていくのもいいな、と俺は早速プレゼントされたスライムを全力で投げつけあう子供達を眺めながら、しみじみ思うのだった。

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