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黒の魔王  作者: 菱影代理
第36章:最果ての欲望都市
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特別企画 未発表作品体験版その2 『新機動学園戦記 エクセリオン』 第二話

昨日の続きです。


第2話



 ドン! という大きな爆発音と共に、学園の校舎が揺れた。女子生徒は悲鳴を上げ、男子生徒も慌ただしく「何だ」「どうした」と騒いでいる。

 遊びに繰り出す生徒が正門を行き、委員会やクラブ活動が始まる、いつもの学園の放課後は、その爆発音と共に平穏な日常が砕け散る。地震や火災、全天候装置不全などの災害ならば、生徒達でも動きようはある。

 けれど、耳をつんざく大爆発が起これば、とても正気ではいられない。避難すべきかどうか、それすらもすぐに判断がつかず、右往左往する者ばかり。

「ふん、どこの誰かは知らないけど――」

 だがしかし、大爆発に混乱する校舎内にあって、ただ一人、迷いなく動き出す者がいた。

「――この私の学園を襲おうなんて、いい度胸してるじゃない。返り討ちにしてやるわっ!」

 とんでもない気炎を上げて、訓練用シミュレーターの扉を蹴飛ばして外に飛び出したのは、鋭い真紅の眼光に、豪奢な金髪ロールの女子生徒。エーデル・バルト・ドレッドノートである。

 彼女は、先の爆発がガスや薬品などが誤って引火したことで発生する事故ではなく、軍事組織によるテロ攻撃であると確信していた。

 あの爆発音は、どこか聞き覚えがある。爆発音など全て同じように聞こえるはずだが、彼女には軍用兵器である爆弾の爆発音を、正確に聞き分けることができる。幼いころからの、英才教育の賜物であろう。

 敬愛する祖父に感謝の念を抱きながら、エーデルは迷いなく全力疾走。

 目指す先は、TF訓練用シミュレーターが設置されている、この格納庫から1ブロック先にある、また別の倉庫である。

 しかし、目的を達するには一つだけ問題点がある。それをどうするべきか、考えるものの、あまり考えることが得意ではないエーデルは、短いスカートを翻らせてひた走るのみであった。

「んっ」

 恵まれた身体能力によって、猛スピードで廊下を駆け抜ける途中、フラっと無防備に角から飛び出した人影を捉えた。

 際どいタイミングだったが、そのままぶつかるほど彼女は鈍くはない。

 かといって、急に止まるのも難しかったので、そのまま飛び越えることを決めた。幸い、飛び出してきた人物は、小柄な女子であったから。

「キャアーっ!?」

 と、小さい女子はいきなり頭上を飛んでゆくエーデルの姿に、恐怖と驚愕の可愛らしい悲鳴をあげた。だが、綺麗に飛び越すことに成功し、衝突事故は見事に回避。

「ど、どっ、ドレッドノートさん! 廊下は走っちゃダメですよーう!」

「あっ、ヒメ先生」

 どうやら、飛び出て来たのは女子生徒ではなく、教師であった模様。

 涙目で旧世代から続く伝統的な注意の言葉を叫ぶのは、紛れもなく、学園のある意味では名物教師となっている、白百合姫子先生であった。

「ちょうどいいところに。緊急事態よ、一緒に来て」

「え、えっ、ええぇーっ!?」

 目を白黒させて驚く姫子先生に全く構わず、エーデルはがっしりと彼女の腕を掴んで強引に走り出す。

「ちょっ、ちょっと、どこに行くんですかー! っていうか、早く避難しないとダメですよぉー!」

「敵が攻めて来てるのよ、逃げ場なんかどこにもないわ」

「ふぇー、て、敵ってなにーっ!?」

 噛み合わない不毛な会話を挟みつつ、無事にエーデルは目的地へと辿り着く。

「ヒメ先生、お手」

「えっ、あの、ここは――」

「いいから早く!」

「ひぇええ、はひーっ!」

 威圧感のある美人であるエーデルに迫られて、姫子先生は抵抗虚しく、指紋認証のタッチパネルへ手を触れた。

「認証確認。ロック解除」

 機械音声と共に、ガキンと甲高いロックが外れる音が響く。他の教室とは異なる、分厚い鋼鉄製の扉が、自動的に開かれた。

「あ、あのぅ……ドレッドノートさん、ここで一体、何を……」

「ふふん、買い物よ」

 ドヤ顔で答えるエーデルは、手近にあったライフルを引っ掴んだ。

 ここは三年生になると解禁される、実弾演習用の武器弾薬が保管されている倉庫である。ハンドガン、サブマシンガン、アサルトライフル、ショットガン、スナイパーライフル、と一通りの装備は充実している。

 当然のことながら、殺傷能力のある武器を保管している以上、厳重な管理がなされている。出入りするには、教師がロックを解除しなければならない。

 故に、エーデルは武器庫の扉を解除できる権限を持つ、教師が必要だったのだ。一喝すれば、涙目になって言いなりになる、か弱い姫子先生と出会えたのは、エーデルにとってこれ以上ないほどの幸運であった。

 首尾よく武器庫へ入ることに成功し、エーデルは早速、防弾ジャケットを着こみ、運搬用のカートに、次々と目ぼしい武器と弾薬を放り込んでいく。まるで、銃砲店に押し入った強盗の様な手際に、姫子先生は唖然とその様子を見守るのみ。

「何やってんの、ヒメ先生も手伝って!」

「はっ、はひーっ!」

 完全に立場が逆転している二人は、せっせと武器庫から銃器を攫ってゆく。

 そろそろいいか、とエーデルが思ったその時、気配を察する。

「止まれ!」

 すでに装填を済ませたライフルを、堂々とした構えで、開け放たれた入り口に感じた人の気配へと銃口を向ける。

「まさか、先客がいるとはな……けれど、扉が開いていて良かった。先生を呼ぶ手間が省ける」

「なんだ、ルドルフ先輩か」

 見知った顔であると確認し、エーデルはさっと銃口を下げる。

 対するルドルフと呼ばれた男子生徒は、実弾入りのライフルを向けられたというのに、全く恐れた素振りを見せない。

 3年A組、ルドルフ・イーリアス。

 淡い水色の髪に、澄んだアイスブルーの瞳をもつ、整った細面。かけられた眼鏡は実に知的で、彼の焦った表情をエーデルは見たことがない。

 ユーラシア連邦出身の、麗しい美青年である彼は、エーデルと並んで学園では有名人。ただし、破天荒で知られるエーデルとは違い、学力試験1位に、TF操縦を含むあらゆる実技でも不動の1位を記録する、非の打ち所のない天才として学園にその名を轟かせている。

「私にも、銃を貸してくれないかな」

「勿論、腕利きは大歓迎よ」

 ニヤリと肉食獣のような笑みを浮かべたエーデルは、自分が構えていたライフルを、そのまま投げてルドルフへと渡した。

「あ、あ、あのー、銃火器の無断持ち出しは、校則違反で、ちゃんと使用許可をとらないと――」

「爆破されたのは、どうやら職員室のようだ。ちょうど職員会議の最中で、ウチの教師陣は恐らく、全員死亡しているはずだ」

「ちいっ……計画的な犯行ってことね」

「えっ、う、嘘……そんな……」

 さらっと絶望的な情報を話すルドルフに、姫子先生だけがショックを受けて震えている。

「嫌な奴も多かったけど、お世話になった人も、沢山いた」

「ああ、私もだよ」

「許せないわ。どこの誰だか知らないけど、報いは必ず、受けさせてやる!」

 怒りに燃えるエーデルを先頭に、準備を整えたルドルフと、全く状況についていけてない姫子先生の三人組は、満を持して武器庫を飛び出した。

「まずは格納庫を確保するわよ」

 勿論、お目当ての品はタクティカルフレーム『ハリアー』である。TFも実弾演習があるので、姫子先生がいれば武器庫と同様にTF装備用保管庫を解放することは容易だ。

 エーデルとしては、真っ先にTFに乗り込んでテロリスト共を粉砕してやりたいところだが、校舎内で爆発が起こった以上、すでに兵士が侵入していることは明白。屋内の兵士へ対処するには、巨大兵器であるTFでは難しい。

 校舎の安全を確保するには、まず銃が必要であった。

 首尾よく銃を入手することはできたが、できれば、屋内でドンパチすることはエーデルとしても避けたかった。しかし、彼女のツキもここまで。

「……いるわね」

「ああ」

 獣じみた直感力で、エーデルは廊下を進む敵の気配を察知した。ルドルフはすぐに後ろに続く姫子先生へ止まるようにジェスチャー。

 生徒でも知っている常識レベルのハンドサイン、だが、一般教養科目担当の姫子先生はすぐにピンとこなかったようで、理解するのに5秒ほどかかった。これが試験だったら、余裕で不合格である。

「奴ら、格納庫に入ろうとしているわね」

「扉を閉めたのはいい判断だ……けれど、向こうもプロだ。すぐに解除されるだろう」

 敵はすでに目的地たる格納庫前に陣取っており、着々と突入準備を進めている模様。戦いは避けられない上に、猶予もない。

 しかも、相手はボディアーマーにヘルメットと、完全武装の兵士だ。顔などの限られた場所に当てなければ、銃弾も防がれる。

 戦力的に向こうの方が上なのは明らか。しかし、エーデルには微塵も退く気はなかった。

「準備はいい?」

「いつでも」

「ひっ、ひっ、ひぃいええぇ……」

 覚悟が決まっている生徒二人に対し、サブマンシンガンを握りしめては涙目で震える教師。全員、準備はバッチリだ。

「私が突っ込むから、援護して」

「十人以上いる。いくら君でも、無理があるんじゃないか?」

「そうでもないわ。こっちには地の利があるのよ」

 エーデルの指が、壁に備えられたタッチパネルに踊る。

 それは、校舎内ではどこの階でも等間隔で設置されている、消火栓。備え付けのボックスを開けば、消火器と消火用ホース、おまけに消防斧まで取りそろえられている。だが、火災の時に消火栓で真っ先に使うべき機能は、火の出ている区画だけに絞って、素早く真っ白い消火液を散布すること。

 コレが噴き出せば、瞬く間に白い消火液が煙幕のように立ち込め、燃え盛る炎をかき消す。

 今は建物を燃やす赤々とした火炎こそないが、消火液を猛噴射する専用スプリンクラーの真下には、ちょうど、学園の侵略者達が集まっていた。

「3、2、1――ゴーっ!」

 バシュウウウウッ! と格納庫前の廊下に激しく消火液が噴出される。あまりに突然のことに、展開していた兵士達は思わず驚きの声をあげていた。

 あっという間に視界を奪ってゆく消火液の煙幕。そこへ、エーデルはすでに安全ピンを抜いた手榴弾を投げ込んだ。

 炸裂した爆発音が、姫子先生の悲鳴をかき消す。廊下に爆風が駆け抜けていったのを確認してから、ついにエーデルは突撃を敢行した。

 突然の視界不良に、手榴弾の爆発。ほとんど一網打尽にしたも同然だが、相手の重装備を思えば、これだけで完全に全滅したとは考えづらい。だからこそ、相手が混乱して体勢が崩れている今の内に、キッチリとトドメを刺しに行くのだ。

 格納庫前へと飛び込んで行ったエーデルは、まず、廊下に倒れながらも、呻き声を上げている兵士を撃った。トリガーを引く際には、一切の躊躇はない。そして、はっきりとその人物の顔を見ながらも、顔面に弾丸を喰らわせた。

 分厚いヘルメットを被っているのだ。弾は顔に当てなくてはならないから。

 すぐに次のターゲットを、いまだ消火液が煙る中で探す。

 やはり、まだ生きている者はそれなりに残っているようだ。そこかしこから、呻き声と、動き出す気配が感じられた。

「そこっ!」

 視界不良の中、動く気配に向かって撃ちまくる。敵は複数人だが、この場にいるのは自分一人。ルドルフは廊下の向こうで援護に徹しているから、誤射の心配はない。

 何人か仕留められた手ごたえ。だが、見えづらい相手に対して、とにかく弾丸を喰らわせるのを優先して連射したお蔭で、早々にマガジンが空となる。

 弾切れになったライフルを、リロードではなく放り捨てると、もう一丁持ち込んできた、ショットガンに武装を切り替える。

「くそっ、敵だ!」

「ど、どこにいる――」

「ここよ」

 優れた換気機能によって、徐々に晴れ行く消火煙幕の中で、立ち上がって銃を構えようとしていた兵士に向かって、ほとんどゼロ距離でエーデルのショットガンが火を噴く。

 いくらボディアーマーを着こんでいても、とても耐えられない威力。鍛え上げられた男である上に、重い装備を身に纏った兵士だが、ショットガンを喰らって軽く吹っ飛んだ。

「散開しろ!」

「まだ撃つな、同士討ちになる!」

「ふん、もう遅いわよ」

 動き始めた兵士達を、エーデルは次々とショットガンで仕留めてゆく。

 狙うには、ちょっと離れた位置で立ち上がった兵士は、ルドルフの正確な援護射撃によって倒される。

 頼れる相棒に背中を任せて、エーデルはとにかく手近な者から順に、徹底的に叩いていく。

 そして、ショットガンの弾も切れる頃になると、敵の生き残りは、たった一人となっていた。

「まさか、学生が――」

「アルカディア生を――」

 ハンドガンを抜き、ついに襲撃者の正体を目の当たりにした兵士は、驚愕に目を見開く。それは、自分達がこんな女子生徒によって殺されたことか、それとも、その女子生徒がすでに目の前で赤い刃の消防斧を振りかぶっていることか。

 手にしたハンドガンで、狙いをつける暇すら、彼には残されていなかった。

「――舐めるなっ!!」

 ドカン、と爆発でもしたかのように、エーデルが繰り出す斧のフルスイングが兵士の首を飛ばした。

 消火栓から、ちゃっかり接近戦用の武器として持ち出してきたものである。やはり、斧は手に馴染む、とエーデルはどこか満足気で、自らの手で人間の首を刎ねたことに対する罪悪感や嫌悪感は、特に湧くこともなかった。

 彼女はただ、戦うべき時に、倒すべき敵を、己の力でもって征したのだ。その行為に、何ら恥じ入ることはなく、誇るべきものであると信じているから。

「さぁ、扉を開けなさい! 敵は全て、このエーデル・バルト・ドレッドノートが倒したわ!」

 おとぎ話の英雄のように、堂々と名乗りを上げるエーデル。

 その意図がすぐに伝わったのか、格納庫の扉は開かれた。

「うおおっ、マジかよ……みんな殺しちまったのかぁ……」

 開いた扉から、恐る恐るといった様子で最初に顔を出したのは、坊主頭に丸眼鏡をかけた大男。薄汚れた作業着姿の彼は、学園の整備士だとしか思えないが、これでもれっきとした生徒の一人である。

 三年生、海藤タケル。機械科専攻の首席生徒であり、タクティカルフレーム研究部の部長を務める彼は、この格納庫の主だ。

「カイドウ、今すぐハリアー出せる?」

「おいおい、無茶言うなよ、お嬢……このワケの分からん状況で出せってかぁ?」

「カイドウ、私の分も頼む」

「うげっ、ルドルフまで……お前ら、正気かよ」

 あからさまに嫌な顔で、全くノリ気にならない海藤だが、目の前の惨状を見せつけられると、やるしかないと思わざるを得ない。

「敵が迫ってるわ。TFを出すしか、対抗手段はないわよ」

「装備からして、相手はアレス王国のようだ。突然の条約破りで戦争を仕掛けてきた、とは素直に信じたくないが、ともかく、学園が襲われているのは事実だ。こんな奇襲を仕掛けてきた以上、黙っていれば皆殺しになる可能性は非常に高い」

「あー分かった分かった! 分かったよ、くそ……十分、いや、五分くれ。すぐに出してやる」

「頼んだわよ。武器庫の鍵は置いてくから、はいコレ」

「ええぇーっ、また私なのーっ!?」

「ひ、姫先生……」

 モノ扱いで託される姫子先生を前に、色々と事情を察した海藤だが、かける言葉が見つからず、すぐに仕事へとりかかるのだった。

「よし、お前ら、ハリアーをフル装備で出すぞ! 作業は俺の班だけでいい、それ以外の奴らは、武器を持って見張りに立て! またいつ敵兵がやってくるか、分かったもんじゃねぇからな!」

「了解っす、親方!」

「その呼び方はヤメロー、まだそんな歳じゃねーっ!!」

 機械科生徒のお決まりのやり取りを経て、俄かに格納庫は出撃準備で騒がしくなる。

 海藤を筆頭に、数人の三年生が慣れた様子で、素早くTF『ハリアー』の発進準備を進めてゆく。整備用に繋がれていたケーブルは次々と外され、開かれた各所のハッチや装甲は固く閉じられ、オレンジ色の機体はすぐに仕上がっていった。

 その一方で、エーデルが武器庫から持ち込んできた銃器が格納庫に居合わせた生徒達に配り、歩哨に立たせる。

 アルカディアの生徒は、自衛のために銃の使用も前提とした訓練を受けている。いきなり銃を渡されても、一通りの扱いは一年生でもできる。ただし、実弾を発砲したことがあるのは三年生に限られるし、その彼らでも、いざ生きた人間を相手にトリガーを引けるかどうかは分からない。

 彼らはあくまで開拓者であって、兵士ではないのだから。

「カイドぉー、まだなのーっ!」

「急かすなよ、お嬢! あと30秒待てーっ!!」

 せっかちなエーデルは、制服姿のまま早々にコックピットへと乗り込み、すでに神経接続も済ませている。15メートルの巨人の視覚となっているエーデルの眼下では、海藤ら整備士が忙しなく動き回っているのが見えた。

「よし、完了だ! 行けるぜ!!」

 ついにGOサインが出され、ゴウンゴウンと格納庫の発進用扉が開かれてゆく。

 エーデルと、それに並ぶルドルフの二機は、ライフルと盾の標準装備をもって、出撃の時を待つ。

 そうして、完全に扉が開かれ、エーデルの前に見慣れたグラウンドが見えた、その時。


「うるせぇ、この野郎、さっさと俺達の学園から――出て行きやがれっ!!」


 鮮烈な、青い光がエーデルの瞳に飛び込んできた。

 それは、何度も見た、何度も追いかけた、彼女にとっての目標となる輝き。けれど、決して現実で目にすることはない、存在しないはずの光。

 それが突如として目の前を過ったことで、発進サインを示す緑のランプすら、エーデルは見逃していた。

「カグヤ……」

 自然と、その名前が口から漏れる。

 そこに、星海カグヤがいたから。青い光の尾を引いて、いつものように超人的な操作でTFを駆る。

 初めて見る機体。しかし、その黒地に青い装甲を持つ、鬼のような外観のタクティカルフレームは、彼にこそ相応しいと思えた。

 青鬼のカグヤ機が相対しているのは、白赤のカラーリングが特徴的な、アレス王国軍の主力TF『ガウル』。

 あんなモノでは、とてもカグヤの相手にならないことを、エーデルは知っている。

 そして案の定、ガウルは大した反撃をすることもなく、カグヤ機が振るう輝く光の剣によって、一刀の元に切り伏せられた。

 惚れ惚れするほど鮮やかな手並みに、エーデルの鼓動が一つ高鳴る。何度も見ているはずの動き、幾度も経験した動き。しかし、現実でそれを見ることの衝撃たるや。

 半ば呆然とするエーデルの前に、今度は新手のガウルが現れた。二機同時。しかも、狡猾にもグラウンドにいる生徒を人質にしているようだった。

 生徒達の命がかかった、危険な状況。分かっていても、エーデルには動く気が起きなかった。

 ただ、カグヤを見ていていたいがために。


「おのれっ――だが、唯一の武器を捨てるとは、愚かな!」

「誰が、武器は剣一本だけだっつったよ!」


 期待通りに、カグヤは二機のガウルを圧倒。瞬時に決着はつく。


「1、0、残念だ、撃――」

「対人フォトンレーザー起動、全員、殺せ」


 そして、グラウンドで生徒を人質にとっていた兵士達を、TFの対人攻撃機能で排除したところを見守ってから、エーデルはようやく、大きく息を吐いた。

 呼吸すら忘れて、見入っていた。胸はどうしようもなく鼓動が高鳴り、今すぐ暴れたくなるほどの衝動が襲う。

「く、ふ、ふふ……」

 笑いが、抑えきれない。

 ニヤニヤと、変な風に笑ってしまっている自分が恥ずかしいけれど、何よりも、彼女の心は喜びで満たされていた。

「うふふ、流石はカグヤ……私の、婚約者なだけあるわね」

 興奮で上気した赤い顔で、エーデルはどこまでも満足気に、そう呟いた。




「カグヤ! おい、カグヤ、大丈夫かお前!?」

「ああ、レオン。大丈夫だ、別に怪我とかしてないし、ちょっと……疲れただけだ」

「そうか、良かった。とにかく、お前のお蔭でみんな助かった。ありがとう、ヒーローだよ」

 ヒーロー、か。あれだけ人を殺しておいて、ヒーローだと喜べるほど、どうやら俺は図太くないらしい。

 けれど、力強く俺の行動を讃えてくれたレオンの言葉に、ギリギリのところで精神を保てたのは事実だ。

 俺は疲労感で酷くダルくなった体を、どうにかこうにか座席から起こして、エクセリオンから降りた。

 グラウンドでの戦いが終わってから、俺は一旦、謎の地下格納庫へと戻った。帰りはちゃんと、大人しくリフトに乗った。ゴウンゴウンとゆっくり下がって行くリフトの上で、俺は半ば呆然としつつ、格納庫に到着してからも、しばらく、頭の中が真っ白で何も考えられなかった。

 そうして無為に時間を過ごしている内に、レオンが迎えに来て、ようやく目が覚めたような気持ちだ。

「ユウカ達は、ここに避難したのか?」

「いや、敵が全滅したから、校舎の方に行ってもらった」

「大丈夫なのか? あんなに暴れたんだ、すぐに増援が駆けつけるんじゃ」

「学園の完全隔離防壁が作動した。もう、誰も入って来れない」

「おお、マジだ……アレが動いたの、初めてみた」

「俺もだよ」

 格納庫には、いまだに大きなホロモニターが投影されていて、外の様子が映し出されていた。

 完全隔離防壁は、コロニー内を区画単位で丸ごと巨大な隔壁で遮断する、最終的な防衛機能である。コロニーで復旧不能なほどの問題が発生した時に、隔壁で遮断することで、無事なエリアを保護するのだ。

 まぁ、大学や市街地で、ガウルが容赦なくバズーカをぶっ放していたから、コイツが作動するのも当然だろう。

 ひとまず、完全隔離防壁が作動して、学園の敷地が封鎖されたなら、しばらくは大丈夫のはず。

「俺達も一旦、学園に戻ろう」

「なぁ、レオン、待ってくれ……ちょっと、聞きたいことあるんだが」

「どうした?」

「いや、その……ユウカは、何か、俺のこと言ってたか?」

 俺の情けない質問の声に、レオンはすぐに察したように顔色を変えた。僅かな沈黙を経て、レオンは表情を引き締め直して、答えてくれた。

「ユウカは、カグヤが人を殺したことを、責めたみたいだな」

「あ、ああ……でも、ああするしかなかったんだ」

「分かってる、カグヤ、お前のやったことは正しい。ユウカはただ、気が動転していただけだ。人質にとられて、銃口をつきつけられていたんだぞ。冷静に考えられるはずがない」

「そりゃあ、そうだけど……」

「ユウカには、落ち着く時間が必要だ。誰が助けに来たって、あんなの兵士を殺す以外に、みんなを助ける方法なんかなかっただろう」

 自分でも、そうだと理解はしているつもり。犯人が人質に銃口をつきつけている状況下では、警察の特殊部隊だって射殺の方向で救出作戦をとるのが当たり前だ。その行動を、市民の誰も責めたりはしない。

 でも、奴らを殺したのは、訓練を受けた警察官でも軍人でもない、単なる学生にすぎない、俺なのだ。幾らなんでも、背負うには、あまりに大きすぎる業じゃないかよ。

「大丈夫だ、カグヤ。お前のことを、誰にも責めさせたりしない。本当は、俺がやるべきだったことを……代わりにお前が、やってくれたんだ」

「ありがとな、レオン。正直、俺もまだ動揺してるっつーか、ショックがデカいっつーか……ははっ、戦ってる時は、あんま気にならなかったのに、今じゃ震えが止まらねぇよ」

「学園に戻ったら、カグヤはしばらく、身を隠した方がいいだろう。とりあえず、お前も落ち着くまで、生徒会室にでも籠って休んだ方がいい」

「悪い、そうさせてもらう」

 俺があの新型TF『エクセリオン』に乗って、アレス兵どもを返り討ちにしたのは、多分、ユウカを筆頭にバレているはずだ。オープンチャンネルで叫びまくったからな。傍から見れば、敵から生徒達を救った英雄的行動だ。これで、ドレッドノートさんとか、イーリアス先輩とかがやったというなら、みんな納得しただろうけど、ただの根暗ゲーマーに過ぎない俺がやったとなれば、悪目立ちするに決まっている。

 良くも悪くも、人から注目されるし、色々と質問攻めにも遭うだろうことは容易に想像がつく。ヒーロー願望がないわけではないが、今の精神状態で、押し寄せる生徒達の相手をしたいとは、とても思えない。今だけはマジで、そっとしておいて欲しい。

 その辺のことを言葉にしなくても、気遣ってくれたレオンの好意に俺は感謝しながら、格納庫から学園へと戻る。最後に一度だけ振り返り、エクセリオンを見上げる。

 もう、コイツに乗ることはないのだろうか。

 緊急事態だったから拝借しただけで、この超絶性能は、間違いなく秘密裏に建造された新型TFである。どこの所属になるのかは分からないが、民間人の俺が乗り込む機会なんて、もう二度と巡ってくるはずがない。

「はぁ……もう一回くらいは、乗り回したかったな」

 未練がましいつぶやきだけを残して、俺はエクセリオンの下を去った。




「緊急事態です。生徒の皆さんは、速やかに校舎へ避難してください。繰り返します、緊急事態です、生徒の皆さんは――」

 格納庫から学園にまで上がって来ると、学内放送が響きわたっていた。

 とりあえず、学園内に現れた敵兵が一掃されたことで、ようやくマトモに避難誘導ができるようになったのだろう。だが、それにしては対処が早すぎる。

「この手際は、フランシーヌ会長だろう」

「ああ、前の会長の?」

「あの人に任せておけば、とりあえずは生徒達の混乱も収まるだろう」

「けど、ただの災害じゃなくて、アレス軍に攻められてるんだ。大人しく救助を待っていればいいって話でもないんじゃないか?」

「その辺のことを、これから話し合うんだろ」

 それもそうか。今なにが起こっているのか、正確に把握している者は誰もいない。

 俺達、アルカディア生にとっては、突如としてアレス軍が攻めてきたわけで、そのアレス軍にしても、エクセリオンというイレギュラーによって、作戦目的の一つであろう、学園の制圧が失敗しているのだ。

 このまま大人しく、奴らが撤退してくれればいいのだが……俺としても、学園がどうなっているのか、みんなどうしているのか、アレス軍の動きが分かるのか、とにかく情報が欲しい。

 まぁ、レオンについていけば、知りたいことはおおよそ分かるだろう。持つべきものは、頼れる友か。

「現在、緊急時の対応を生徒会が行っています。生徒会役員は至急、生徒会室へ集合してください」

「おい、生徒会長、呼ばれてるぜ」

「分かってるって」

「まだ来てないの、レオンだけなんじゃねーか?」

「だから急いでるんだろ!」

 すまんな、ちょっとくらい弄ってやらないと、俺も心の平穏が保てそうもなくて。

 お蔭で、廊下は走らないでくださぁーい、と白百合先生に注意されること確実な勢いで、俺もレオンも生徒会室目指して全力疾走。

「生徒の皆さんは教室で待機し、連絡をお待ちください。クラス委員の指示に従い、パニックを起こさず、冷静な行動を心がけましょう」

 学園に避難してきた生徒に向けての、メッセージも放送された。とにかく今は、混乱を起こさずに、生徒全員を鎮めるよう行動しているのだろう。

 俺は大して実感することもなかったが、前会長のフランシーヌ先輩は、絶大な支持を得るに相応しい、有能な人のようだ。

 そんなことを考えつつ、俺達は息を切らせてようやく生徒会室へと到着。

「すまん、みんな、遅れたな」

「待っていましたよ、レオン君」

 立ち入るなり、ピリっとした緊張感が室内に満ちているのを感じる。集った生徒会役員達から、一斉に視線が突き刺ささった。

 中でも、生徒会長の席に座って、真っ先に声をかけた、波打つ銀髪が豪華な、美人の女子生徒、噂のフランシーヌ先輩が、一際、鋭い目でレオンを射抜いていた。

「やっぱり、フランシーヌ会長が動いてたんですね」

「いえ、私など、大したことはできていません。それより、レオン君はグラウンドで人質にとられていた生徒の救出をしたそうですね」

「ああ、はい、かなりの無茶をやらかしましたが、上手くいって良かったです」

「ええ、あまりに無謀な行動で、とても褒められたものではありませんが……今は、貴方の勇気ある行動に、心から感謝いたします。生徒のみんなを、そして……私の妹、フィリアを助けてくれて、本当に、ありがとう」

「お礼なら、俺じゃなくて、カグヤに言ってやってください。アレス軍を倒したのは、全てカグヤですから」

「お、おい、レオン、何あっさりネタバラシしてるんだよ……」

「生徒会のみんなには、説明は必要だろう。他の生徒には、なるべく隠すから」

 正直、この生徒会室の空気、俺には馴染まなくて苦しいんですけど。知らない顔ばかりだし。

 だがしかし、今のところ学園の生徒をまとめる立場にある彼らには、ちゃんとした事情説明はしないといけないのは、その通りだ。

「貴方のお名前は?」

「えーっと、2-Cの星海カグヤ、です」

 直視するには躊躇するのほどの美人であるフランシーヌ先輩に、興味津々に見つめられて、俺はやや視線を逸らしながら自己紹介。

「本当に、貴方が? あの青いTFに乗って、アレス軍と戦ったのですか?」

「ふん、カグヤなら当然でしょ!」

 俺に代わって、何故か堂々たる声が上がった。

 誰だよ、と思えば、壁に背中をあずけて腕を組んでいる、ドレッドノートさんであった。何で彼女がここで口を挟んだのか、というか、俺のこと名前呼びなのかとか、色々と意味不明である。

「疑っているワケではないのです。レオンも貴女もそう言うのならば、事実なのでしょう。ともかく、星海君、生徒達を助けてくれたこと、感謝いたします。お礼は、また後日改めて、生徒を代表して行いたいと思います……ただ、今は状況を整理する方が先決でしょう」

「俺達が来て、ようやく面子が揃った、ということですか」

「ええ、まずは現状を正しく理解、情報共有し、その上で今後の対策を協議していきます。星海君も、そこの席について。レオン君には、ここの席を譲った方がいいかしら?」

「冗談キツいっすよ、フランシーヌ先輩」

 前会長と現生徒会長のみに通じる、会長席を巡ったジョークを挟んで、いよいよ話し合いの場が整った。

「ここには、生徒会役員以外の方もお招きしているので、まずは簡単な自己紹介からしていきましょう。私は三年生の、フランシーヌ・フォン・ベテルギウス。去年の生徒会長を務めておりました」

「それはみんな知ってるでしょ」

「形式というのは、大切なことなのですよ、レオン君」

 でも、確かに彼女のことは俺でも知っているから、わざわざ紹介する必要は皆無だろう。

「俺は二年、今の生徒会長、レオン・スプリングフィールドだ。まさか知らない奴は、いないよな?」

 こういうことを堂々と言えるから、レオンは凄いのだ。今の俺、完全に委縮してるし。まぁ、生徒会はレオンのホームだし、緊張なんてあるはずもないのだが。

「俺は副会長、二年の――」

「私は書記の――」

「僕は会計――」

 レオンに続き、何人かの役員達が自己紹介していくが、全く顔と名前が覚えられない。しかも、現在の生徒会役員の他に、引退したフランシーヌ会長の代で役員だった三年生の人も揃っている。単純に、役員の数は二倍である。

 でも、決して彼ら、彼女らが無個性というワケでもない。覚えられないのは、単に俺の精神状態の問題だ。体の方も、まだ疲れた感じがするし。

 だから、以前から知っている顔の人しか、俺には分からない。

「エーデルよ」

 どっかりと椅子に腰を下ろしたが、やはり腕は組んだままの、エーデル・バルト・ドレッドノートが名乗る。彼女は生徒会役員ではないが、雰囲気的にはこの場の誰よりも偉そうである。

「ルドルフ・イーリアスだ」

 ドレッドノートさんの隣に座るのは、こちらは話したことはないけど、顔と名前は知っている。学園きっての優等生、三年生の男子生徒だ。

 金髪ロールの美人なドレッドノートさんに、眼鏡のクール系イケメンなイーリアス先輩が並んでいると、実に絵になる。

 二人と同じ列に並んで座っている俺だけが、ルックス的には場違いだ。

「三年、機械科専攻の海藤タケルだ、よろしく」

 イーリアス先輩の隣に座っているのが、この中で一番、背が高く体格もいいオッサン、じゃなくて、三年生の男子生徒。この人とは、何度か話したこともある。

 俺は授業でドレッドノートさんにハリアーをボコられるし、趣味でTF訓練シミュレーターをほぼ毎日使わせてもらっているので、格納庫への出入りは多い。格納庫の主とも呼ばれる海藤先輩とは、自然と、顔を合わせる機会もあったのだ。それに、同じ日本人だし。

 ドレッドノートさんの暴虐に晒される俺に対して同情してくれる、数少ない人の一人である。

「あー、さっきも言いましたけど、二年C組の星海カグヤです」

 そして最後に、俺がちょっと気まずい感じで名乗り、自己紹介は終了した。

「それでは、まず、私の方で把握している情報から」

 フランシーヌ会長は、その学園最大級の人脈を利用して、生徒達から素早く情報収集を行っていたようだ。

 アレス軍の襲撃は、放課後ということもあって、生徒全員が学園にいたワケではない。

「正確な数は把握できませんが、現在、この学園に避難できたのは、全校生徒の三分の二ほど。残りの生徒は学園街の区画におり、完全隔離防壁が降りた今、彼らと合流する手段はありません」

「外の生徒達と、連絡は?」

 質問はもっぱら、レオンの役目。

 この場に先に集まってた面子は、すでに一通り話も聞いているだろうし。

「襲撃時から、大規模な電波障害が発生したため、携帯端末による通信は不能です。かろうじて、有線での端末から連絡を試みましたが、恐らく、アレス軍にコアブロックも制圧されたのでしょう。つい先ほど、学内ローカルネットワーク以外は、全て遮断されました」

 安否確認もできないのか。

 そういえば、トミーとジュリーはセントラルタワーに行ったはずだ。アイツら、無事なんだろうか……

「大学や市街地の方は、かなり激しい攻撃に晒されていたようで、恐らく多くの死傷者が出ていることでしょう。けれど、今の私達にできるのは、一人でも多くの人がシェルターに避難していることを祈ることだけです」

 防壁が降りた上に、通信系は敵に握られている。この場で俺達ができることはないだろう。

「外の心配より、こっちも自分達の心配をすべき、ってことですか」

「ええ、そうです。学園内の状況については……ルドルフ君、お願いできるかしら」

「分かった」

 フランシーヌ会長のターンが終了し、イーリアス先輩に発言権をバトンタッチ。というか、どうして学園での説明を彼にさせるのか、というささやかな疑問は、すぐに解決した。

「襲撃時、アレス兵の部隊が学園内に侵入し、職員室が爆破された。職員会議の最中で、一人を除き、教師全員が死亡した。さっき現場を確認してきたが、生存者は発見できなかった」

「なんだって!? 先生方がみんな死んだなんて……」

「ええ、だからこそ、私達が率先して動く必要があったのです」

「くそっ、なんてことだ」

 教師全員死亡って、おいおい、マジかよ。大人が一人もいなってことか。というか、それじゃあ、あの白百合先生も、死んだってことに……

「教師で生き残っているのは、白百合先生だけ。彼女はまだ新人の上に一般教養の担当だ。あまり、こういった状況で頼れる人ではないだろう」

 よ、良かった、白百合先生、生きてたのか!

 なんて悪運の強い人なんだろう。多分、職員会議に普通に遅刻とかして、難を逃れたに違いない。

「学園内で爆発が起こった時、私は真っ先に武器庫に駆けつけた。そこで、白百合先生を拉致してきたドレッドノートさんと出会った。考えることは、同じだったようだ」

「ツイてたわ、ヒメ先生は向かう途中で拾ったのよ」

 おいこら、白百合先生をモノ扱いするのはやめろ。俺の恩師だぞ。

「ああ、彼女が白百合先生を攫って来てくれたのは、本当に幸いだった。お蔭で、武器庫の扉をハックする手間が省けた」

 イーリアス先輩、普通に武器庫をハッキングで開けるつもりだったのか。

 というか、爆発が起こったからといって、速攻で武器を取りに行こうと走り出す、ドレッドノートさんとイーリアス先輩って、かなりヤバい思考回路だろう。危機意識が高いというより、敵が攻めてきた前提で動き出すとか、好戦的すぎるだろ。

「武器庫で銃を手に入れた私達は、ハリアーのある格納庫に向かった。そこの扉の前で、敵の部隊と遭遇、交戦した」

 ま、マジでっ!? 生身でアレス兵とドンパチしたのか!

「正直、あん時は助かったぜ。お前らが来てくれなかったら、多分、格納庫に籠ってた俺らは皆殺しだったろう」

「当然のことをしたまでよ」

「お嬢はやりすぎだろ。まさか、全員殺っちまうとは」

「ルドルフ先輩もやったわよ」

「いや、私はせいぜい、三人か四人程度だ。十人以上殺したドレッドノートさんには、敵わないな」

「ふふん」

 う、う、うわぁ……生身の白兵戦で、敵兵を十人以上殺すとか……マジかよ。ヤバいヤバいと思ってたけど、ドレッドノートさんマジでヤベぇ、リアル狂戦士じゃねーか――と、戦々恐々とするが、よく考えると、単純に殺した人数では俺が一番なのだった。

 便利なロックオンシステムで、簡単お手軽に何十人でも殺戮できる、エクセリオンの恐るべき対人兵器によって。

「敵部隊の排除に成功した私達は、そこで格納庫にいたカイドウ達、機械科生とTF研究部員と合流。外にはアレスのTFも展開していると推測され、迎撃のために、私とドレッドノートさんがハリアーで出撃、しようとしたが、そこで戦いは終わっていた」

「カグヤのお陰で、ね」

 何故か上機嫌に言うドレッドノートさんの真意が分からない。彼女の性格からすると、私の獲物を奪うなサンドバックのくせに、とか言って怒りそうなもんなのだが。

「それでは私達が今、最も気になる、あの青い謎のTFについて。話してくれますね、レオン君」

「ああ、勿論だ。と言っても、俺達もアレのことは、よく分からないんだが――」

 そうして、最後に俺達がエクセリオンで救出に向かったことのあらましを、レオンは話し始めた。




 さて、これで学園の現状はおおよそ把握できた。

 エクセリオンとドレッドノート&イーリアス先輩の活躍によって、どうにか学園内のアレス兵は排除できている。ひとまず、学園だけは安全地帯ではあるが、これがいつまで保つのかは分からない。

「コロニー連合軍からの、救援は?」

 レオンの問いは、まず真っ先に考えられる現状の打開策だ。

 この第七学園都市コロニー『アルカディア』を含め、コロニーは軍事同盟が結ばれており、合わせてコロニー連合軍という軍事組織が成立している。

 こういった武力攻撃が発生した場合、まず動き出すのはコロニー連合軍となる。

「学園からも、SOSは発信していますが……恐らく、届いてはいないでしょう」

 すでにして、通信を敵に握られている以上、こちらから助けを求める手段は、古典的なSOS信号を発するしかない。

 だがしかし、TFが主力兵器となり、フォトンによる強力なジャミング技術も発達した現代では、戦場になる宙域一帯を通信無効化するのがセオリーだ。アレス軍が最初からこのコロニーの奇襲を目論んでいたなら、当然、この辺はすでにフォトンジャミングのフィールドによって覆われている。

 そうなれば、短距離のフォトン通信を除き、あらゆる通信手段は遮断される。SOS信号など、どこにも届きはしない。

「コロニーがフォトンジャミングされているなら、それだけで異常は察するはずだ。隣の『グランド6』から偵察隊くらいは、すぐに派遣するだろう」

「ふん、連合軍が本隊を率いて来る頃には、アルカディアは壊滅、奴らも火星に凱旋してるわよ」

 レオンの意見をあっさりと叩き折るドレッドノートさん。

 確かに、最も近い隣のコロニーである『グランド6』が、アルカディアとの通信途絶について調査するべく動き出したとしても、最終的に、ここを襲ったアレス軍を倒せるだけの兵力を率いて来るには時間がかかる。少なくとも、明日、明後日、でどうにかなる話ではない。

 アレス軍にとっては、今日一日あれば、アルカディアを完全制圧するのも、破壊するのも、十分すぎるほどの時間だ。

 助けが来るのを大人しく待っているのは、アレス軍の善意を頼るに等しい。無論、宣戦布告もなしに非道な奇襲攻撃を仕掛けた奴らが、敵に情けをかけるはずもない。もし、俺がアレス軍の司令官だったら、このアルカディアは絶対に破壊するだろう。

「だから、戦うのよ! 今すぐ、防衛戦の準備をしないと、間に合わなくなるわ!」

 拳を握って、徹底抗戦を叫ぶドレッドノートさんは、何というか、実にらしい。

「待って、ドレッドノートさん、それだけはいけません」

「フランシーヌ、今は戦時よ。甘っちょろい平和論は、通用しないわ」

 ドレッドノートさん、アンタ俺と同じ二年生でしょうが。呼び捨てはやめましょうよ。

「貴女の意見は、あまりに短絡的に過ぎます。ここの生徒全員を危険な戦いに巻き込むようなことを、私は賛成できません」

「もう戦いは始まっているのよ。奴らは何人も殺した。退くはずがない、必ずアレス軍は私達を殲滅しにくる。私は座して死を待つなんて、まっぴら御免。まして、平和の祈りを捧げながら、殺されるのなんてね!!」

「次に戦えば、絶対に死人が出ます。私は、もうこれ以上、誰にも死んでほしくはないのです!」

「そんなに戦いを止めたいなんて、アレスのスパイなんじゃないの?」

「っ!? なんて、酷い! 侮辱するなど、許しませんよ!」

「ちょ、ちょっと、落ち着けよ! エーデルも言い過ぎだし、会長も、冷静になってください。まだ、俺達が話し合えるだけの時間くらいはある、そうじゃないのか!」

 うわぁ、す、すげぇよレオン……ドレッドノートさんとフランシーヌ会長の間に割って入れるとか。やっぱ、生徒会長になれる男って凄いんだな。

「ふん、だったらレオン、早くこの平和ボケ女を説得してちょうだい」

「だから、よせって、エーデル。とりあえず、フランシーヌ会長、ここで徹底抗戦をする以外に、何か策がありますか?」

 ほどほどにドレッドノートさんを抑えつつ、会長に意見を促すレオンの仕切能力。この場における議長と呼んでもいいだろう。

「……失礼、取り乱してしまいました。確かに、彼女が私のことをスパイだと疑うのも、仕方がないことでしょう」

 素直にスパイ疑惑を認めた会長の発言に、全員がうーん、と難しい顔となる。

 え、なに、何なのこの反応。どういうこと?

「ベテルギウスは、アレス王国の六大貴族だ。つまり、彼女はアレスの貴族ということになる」

「そ、そうなんですか、ありがとうございます」

 と、聞くに聞けない困った俺の雰囲気を察したのか、イーリアス先輩がさらっと小声で教えてくれた。イーリアス先輩、見ず知らずの後輩に気遣いもできるとか、真のイケメンかよ。

「私はベテルギウス公爵家の者として、アレス軍に交渉を申し込みます」

「そんな、会長、それは幾らなんでも危険なんじゃないですか?」

 レオンを筆頭に、生徒会の役員達は皆、会長の身を案じる言葉を上げた。うーん、こういうのを見せつけられると、本物の人望ってやつを感じさせるね。

「血を流さずにこの場を切り抜けるには、これしか方法はありません。ドレッドノートさんも、私が交渉を終えるまでは、くれぐれもアレス軍を挑発するような行動は控えて欲しいのです。お願いします」

「……いいわ、そこまでの覚悟があるなら、文句はないわよ。でも、もし交渉が決裂した時は、覚悟を決めさない」

「いいえ、決して、そのような事態にはさせません」

 厳しいドレッドノートさんの言葉に対して、フランシーヌ会長の決意も、また固い。

 ともかく、強硬な抗戦論を唱えるドレッドノートさんが退いたので、ひとまずはフランシーヌ会長の交渉作戦が決まった。

「海藤君、船の準備をお願いできますか?」

「学園から出せるなら、小型の脱出艇になりますが……本当に、いいんですね?」

「はい、これは、私にしかできない役目ですから」

 それから、会長は次々とレオン以下、生徒会役員達に指示を下し、協議は終了となった。

「なぁ、レオン、とりあえず俺、どうしたらいいよ?」

「そのまま教室に戻るのは、まだまずいだろう。そうだな、ユウカの様子でも見に行ったらどうだ? そろそろ、落ち着いただろうし」

 そうか、それはいいかもしれない。

 今の話し合いを聞いていて、俺自身も、状況理解と共に、気持ちも大分、落ち着いてきた。

「ユウカはどこにいるんだ?」

「保健室で寝ているはずだ。姫先生が一緒についてる」

「分かった、行ってくるよ」

 これ以上は、レオンも生徒会長としての仕事があるから、俺が付き纏っていても邪魔になる。早々に退散し、俺も会長の交渉が終わる辺りまでは、保健室で大人しくしていた方がいいだろう。




 これから一体、どうなるんだろうか……と、学園生の誰もが抱いているだろう、漠然とした不安を俺も抱えながら、とぼとぼと保健室を目指して歩く。

 白百合先生がみているということだが、保険医の先生までも死んだのだろうか。職員会議って、そこまで全員呼ばれるものだっけ。

 けれど、この状況下で学園を仕切っているのがフランシーヌ会長の生徒会であり、誰一人として教師が顔を見せない以上、大人が全員死んでしまったのはどうしようもない事実なのだろう。

 もし、首尾よく会長の交渉が成功して、俺達が見逃してもらえるとしても、その後、コロニー連合軍がやってきて保護されるまでの時間を、トラブルやパニックなどを起こさず、生徒だけで過ごせるのかという問題もある。実際、これで普通の高校生だったら無理だろう。

 しかし、俺達は曲がりなりにも独立独歩の開拓者を養成する学校の生徒。一般的な学生よりは、遥かに宇宙サバイバル能力には長けているから、一週間、いや、一ヶ月くらいは問題なく過ごせるだろう。それに、フランシーヌ会長をはじめ、優秀なトップも揃っている。あの会長とレオンがいれば、全校生徒をまとめることも難しくない。

 すでにして、会長の指示で各教室へと、学食から持ち出した食料で夕食の配給も始めるよう動き出しているので、その運営力は確かだ。俺なんて、今日の食事のことなんてすっかり頭から抜けていたが、確かに、もう腹も減ってくる時間帯である。

 夕食の配給と、生徒会が今後の対応方針を打ち出したことは、早くも校内放送で流されている。とりあえず目先の予定が決まったことで、教室で待機している生徒達の不安も多少は紛れるだろう。あまり生徒達にも情報を教えずに、教室に閉じ込めたままだと、いつ生徒会室に「どうなってるんだ!」と押し寄せられるか分かったものではない。

 こういった状況下での、不安や恐怖からくる人々のストレスが、群集心理となって時に過激な行動に発展する、という危険性は一年の頃から授業で学ばされている。今の様な非常事態は、正に、集団がストレスから爆発するか分からない環境だ。

 生徒会としても、生徒達を抑えられるよう、色々と手を講じるはず。この校内放送が最たるものだろう。

 そんなことをつらつらと考えていると、いつの間にか保健室に到着した。

「失礼しまーす」

 保険医はいないけど、いつもの癖で入室の挨拶をしながら、ガラガラと扉を開ける。

「えっ」

「えっ」

 と、間抜けな声が、俺と、中にいた白百合先生から、同時に漏れる。

 思わず、硬直。

 何故なら、白百合先生が脱いでいたからだ。上も下も。完全無欠に下着姿であった。

 え、なにこれ、先生、誘ってるんですか? アレス兵を撃退した、俺に対するご褒美ですか? ピンクの下着、可愛いですね。

 思考回路がショートしている。こういう時は、「すんませんでした!」と絶叫しながら、速攻でドアを閉めて退散するのが一番のはずなのだが……ぶっちゃけ、下着姿の先生から目が離せないっす。

 いつもかけている、野暮ったい眼鏡型デバイスははずされて、愛くるしい童顔はその魅力を全解放。羞恥に頬が染まったことで、さらにその威力は倍増。

 しかし極めつけは、その幼い顔と小さな体に不釣り合いな、圧倒的な巨乳。淡い桃色のブラに包まれて、推定GとかHとか、あるいはそれ以上では、と噂される豊かな胸が、男を惑わし狂わせる深い谷間を形成している。

 つい、というか、ダメだと思っても先生の大きすぎる胸元に視線が吸い寄せられる。こ、こんなの、16歳の青少年には耐えられるはずがない!

「ひっ、ひぃいいあああああ……星海くん、ご、ごめんなさい、着替え中で……」

「そ、そ、そうですよね、すみませんでした!」

 潤んだ瞳に真っ赤な顔で、懸命に訴える先生の言葉に、ようやく俺はなけなしの理性を取り戻す。

 何とか欲望に逆らって体が動き出し、一歩下がって退室。手をドアにかけて、閉める、けど、誘惑を完全に振り切ることはできず、最後の瞬間まで俺は先生の下着姿をガン見してしまった。

「……はぁ」

 先生、胸も凄いけど、実はお尻も――いや、そうじゃない。そうだけど、そうじゃないだろ。

 落ち着け、俺。生まれて初めてのラッキースケベというものを経験して、気が動転して仕方がないが、それでも落ち着かねばならないだろう。

 俺はここに、先生をエロい目で見るために来たのではなくて、ユウカと話をするためにきたんだろうが!

「星海くーん、も、もういいよー」

「はい、失礼します!」

 いまだに恥じかしげな先生の呼びかけにドキリとしながら、俺は再び保健室へとイン。

 当然だけど、白百合先生は着替えを完了しており、いつものスーツとは違った装い。ここの保険医の服を借りたのだろうか。上着のブラウスは明らかに丈が長い……だが、胸元だけはパツパツになってる。なんだソレ、まだ俺を誘惑して苦しめるつもりか。

 服を着てもエロさがにじみ出る先生から、必死で視線を逸らしつつ、ひとまず無難な話題を探す。

「あー、えっと……何で着替えてたんですか」

「ええっ!?」

 しまった、無難な話題を探していたはずが、気になることをストレートに聞いてしまった!

「そ、それは……笑わないでね?」

「はい」

 努力はします。

「あの、格納庫の前で、ドレッドノートさん達が戦った話は、知ってるかな」

「はい、さっき、俺も生徒会室に呼ばれて、話は聞いてきたので」

「えっ、星海くんも生徒会室に? 星海くん、生徒会じゃなかったよね?」

「そうですけど、エクセリオンに乗ってたのは、俺だったんで」

「えくせりおん……? あっ、もしかして、グラウンドで戦ってたTFのこと!?」

 そう、ソレ。あんだけ派手に暴れれば、誰でも目撃してるだろう。

「えええぇーっ、アレって、星海くんが乗ってたんだ!?」

「一応、まだ秘密にしようってことになってるんで、他の人にはあんまり話さないどいてください」

「えっ、あっ、そうだよね! でも、私にはいいの?」

「いやだって白百合先生、唯一の教師の生き残りでしょ? 先生には、ちゃんと話は通しておかないと」

「あっ……う、うん」

 しまった、地雷でも踏んだか。目に見えて涙目になって落ち込む先生。

 そりゃあ、先生の中で自分だけ助かったら、ショックもデカいだろう。

「とりあえず、俺のことはいいんで、先生の話の続きどうぞ」

 気まずいところを、強引に話を最初の筋に戻すことで乗り切る。白百合先生も目の端の涙は拭いて、話に乗ってくれた。いちいち、仕草が可愛い。

「それで、格納庫の前には、その、倒した兵士の……死体が……あって、ね」

 やってきた敵部隊は、ドレッドノートさんとイーリアス先輩によって殲滅したと聞いていた。ゲームじゃないんだから、死体が残るのは当然だろう。

「ひとまず戦いも収まったから、お掃除しよう、ってなって」

「確かに、死体をそのままじゃあ色々とまずいですからね」

 公衆衛生の観点からもそうだが、単純に精神的な影響もデカい。誰だって、血塗れの死骸をいつまでも見たいとは思わない。

 それで、格納庫にいた生徒達と一緒に、先生も掃除に参加したらしい。

「そこで、私……こ、転んじゃって」

 ドジっ子かよ! いや、先生は割とドジっ子だったな。

 そういうところも可愛がられるし、弄り甲斐のあるところで。

「それでスーツが汚れたから、着替えてたんですね」

「うん、ちょうど、ここのロッカーで着替えを見つけたから、その、今はちょっとだけ拝借しちゃってもいいかな、なんて……てへへ」

 先生、何すか、その「てへへ」って。めっちゃ可愛いんですけど。

 いつもの可愛らしさと、ついさっき目撃した生々しいエロさとが相まって、正直、心臓に悪い。

「それで、星海くんは、どうしてここに?」

「俺は、ユウカがここで寝てるって聞いて、その、お見舞い、みたいな」

「東雲さんの?」

「はい、一応、なんていうか、幼馴染みたいなモノなので」

「へぇー、そうだったんだぁ」

 お前みたいな根暗ゲーマーが、東雲ユウカの幼馴染とか信じられない、とかいう嫌な意味でのリアクションではなく、純粋に感心しているだけだと思いたい。

「ユウカ、どうなんですか? もしかして、眠ってます?」

「ううん、起きていると思うよ。東雲さんはとてもショックを受けていたけれど、今はもう落ち着いているから、ちゃんとお話もできるよ」

 どうぞ、とばかりに、先生はカーテンで区切られた一角を示してくれた。

「ありがとうございます」

 うんうん、と笑顔の先生に見送られて、俺はいざ、ユウカと対面を果たす。

 カーテンを開くと、またしても着替え中、などということはなく、ユウカは静かに、ベッドにその身を横たえていた。

 彼女の黒い瞳が、真っ直ぐに俺へと向けられる。

「ユウカ……その、大丈夫か?」

「……うん、カグヤ。来てくれたんだ、ありがとう」

 彼女の口から出た言葉が、この人殺し、というような罵倒ではなくて、心の底からホっとする。

「当然だろ。心配、してた」

「ごめんね、私、あの時……混乱してて、カグヤが助けてくれたのに、ただ、怖くて……」

 そう言ってくれるなら、そんなことはもういい。

 目の前で人間がレーザーで真っ二つになるところを、見せつけられたのだ。多少、訓練を受けているアルカディア生とはいえ、ショックを受けないなんてことはありえない。

「ごめん、怖がらせてしまって。けど、あの時、ユウカ達を助けるには、ああするしかなくて」

「うん、分かってる。分かってるよ、カグヤ」

 優しい彼女の微笑みが、俺に安堵感を与えてくれる。

 本当に良かった。レオンの言った通り、ちゃんと理解は得られていたようだ。

「私はもう大丈夫だから。本当は、こんなところで寝ている必要なんかないけれど、隣には、フィリアもいるから。今はまだ、一緒にいてあげた方がいいかなって」

「フィリアって、えーと、確か、フランシーヌ会長の妹なんだっけ?」

「よく知ってるわね」

 さっき、生徒会室で聞いてきたばかりの話だからな。

 そうだと分かっていれば、あの目立つ銀髪に、わんわん泣いてたけど、可愛い顔は、あの会長の妹だと納得できる。

「その子は、まだショック受けてる感じ?」

「私とフィリアは、一番近くで、銃を向けられたし……もう少しで、本当に殺されるところだったから」

 ああ、あのアレス兵は、本当に銃を撃っていたに違いない。だから、俺も撃った。

 その選択に、後悔はない。

「でも、怖い思いをしたのは、あの場にいた他のみんなも同じ。もう少ししたら、私達も教室に戻るわ」

「というか、二人とも生徒会役員だろ? これから、忙しくなると思うぞ」

「それもそうね。でも、こういう時だからこそ、働いている方が気も紛れていいかもね」

 ただ黙って待っているよりかは、とりあえずの目的を与えられて動いている方が、人間ってのは安心する生き物だ。

 逆に、俺は今正にやるべき仕事を失って、単なる生徒に戻ったから、かえって先行きの不安ってのが胸の中に渦巻きはじめている。

「私のことより、カグヤの方が心配だわ。ねぇ、本当に、大丈夫?」

「えっ、何が?」

「だって、あんなに沢山の人を、殺してしまって……いくら相手が敵でも、それでも、同じ人間を……」

「まぁ、ショックではあるけど、心配するなよ。俺は大丈夫だから」

 殺人に対する咎は、感じないわけではない。

 けれど、ある程度は割り切れている。必要なことを、俺はやったんだと。レオンもそう言ってくれた。だから、俺は膝を抱えて悩み苦しむほど、このことに関しては自己完結できているつもりだ。

「でも、私……カグヤがまた、アレに乗って戦うんじゃないか、不安で」

「もう乗らないよ。これから、フランシーヌ会長がアレス軍と交渉する。上手くいったら、俺達は見逃してもらえる。あの新型に俺が乗り込む機会なんて、もうないさ」

「そっか、会長が……うん、それなら、もう大丈夫かもね」

 ユウカは当然、会長がアレス王国の貴族であることも知っているし、彼女に対する信頼も厚いだろう。

「でも、それならフィリアも起こして、会長に会いに行かないと」

 交渉が危険なことに変わりはない。万一、という不安はあるし、話はしておきたいだろう。まして、隣のフィリアちゃんとやらは、妹さんだしな。

「そうか、じゃあ、俺はもう行くよ。話し合いの邪魔になりそうだし」

「別に、そんなの気にしなくてもいいのに」

「俺も色々、予定があるんだよ」

 ないけど。完璧ノープランです。

「そう、それじゃあ、また後で。レオンと三人で、次は話しましょう」

「ああ、そうだな」

 そんな昔の頃みたいな約束だけして、俺は保健室を出ていく。去り際に、俺達の会話が聞こえていたのだろう、白百合先生が優しい微笑みで見送ってくれた。先生、大人っぽい対応だけど、やっぱり童顔のせいで、ただ可愛いだけだった。




「カグヤ」

「うおっ!?」

 保健室から出るなり、目の前に鋭い目で睨みつける、ドレッドノートさんが仁王立ちで待ち構えていた。

「話は終わったんでしょ。ほら、早く行くわよ!」

「えっ、ちょっ、なに、なんなんだ!?」

 ワケが分からない内に、がっしりと腕を掴まれて連行される。っていうか、ドレッドノートさん、力めっちゃ強い!

 俺は背こそ高いが、貧相なヒョロガリで、腕力に自信があるような男ではない。けれど、曲がりなりにも男ではあるし、アルカディア生として最低限の体力訓練も受けているから、ドがつくほどの貧弱ではないはずだ。

 だというのに、彼女には半ば引きずられるように俺は歩かされるがまま。ヤバい、もしかしてこのまま、体育館裏とかに連れ込まれて、シメられるんじゃあ……

「ドレッドノートさん、どうやら、ホシミ君は状況を理解してないようだから、少し説明してあげた方がいいんじゃないか?」

 と、思わぬところから助け舟。

 見れば、イーリアス先輩が、俺達の後ろに立っていた。

 何すか、その眼鏡をクイっとする動作。先輩みたいなイケメンがやると、無駄にカッコいいんですけど。

「なに、そうなの?」

「あー、うん、何で俺、連れていかれてるのか意味わかんないんだけど」

「そんなの、決まってるでしょ。アレに乗るのよ」

「アレ?」

「エクスタシー!」

「……エクセリオンのこと?」

「そうとも言うわね」

 そうとしか言わねーよ。俺のエセクリオンを、ちょっとヤラしい響きのする単語に変えるな。

「も、もしかして、エクセリオンの出撃準備するつもりか? 会長には、下手なことするなって釘さされてただろ」

「外に出なければ気づかれないでしょ」

「そんな勝手な……」

「ホシミ君、そうとも言い切れない。私も、今の内から出来る限りのことには備えておくべきだと思う」

 有無を言わさぬドレッドノートさんの意見を、冷静な語り口でイーリアス先輩がフォローする。

「イーリアス先輩は、会長の交渉が上手くいかないと思ってるんですか?」

「100%成功の保証がない以上、最悪のケースに備えるのは当然のことだろう」

 むしろ、こんな状況下では分が悪い賭けともいえる。フランシーヌ会長だからこそ、みんなイケるかもと期待を持てるが、普通だったら、そんなの上手くいくわけないと思うところだ。

「アレス軍はこっちが交渉を持ちかけるのを待っているワケじゃないわ。今すぐ、攻撃が再開されたっておかしくないのよ」

「そう、私達にある時間的余裕はあまりに少ない。交渉までこぎつけたとしても、それが決裂してから防衛準備を始めたのでは、あまりに遅すぎる。何より、生徒達の覚悟も決まらない」

 二人の言い分に、俺は全く反論できない。

 ドレッドノートさんの言う通り、今この瞬間にでも、防壁を爆破してガウルが強行突入してくる可能性だってある。

 それに交渉が決裂すれば、そのショックは大きい。即座に、生徒の誰もが徹底抗戦の意思を持てるとは思えない。勿論、そこから準備を始めても遅すぎる。交渉決裂ということは、アレス軍は俺達を必ず殺すということ……そのまま、攻撃開始となってもおかしくない。

 どちらの場合にしても、俺がエクセリオンに乗り込む暇もなく、学園が破壊されて宇宙の藻屑と化す可能性は高い。

「カイドウ達に、話はすでに通してある。機械科生を中心に生徒を集めて、もう格納庫ではハリアーの出撃準備が始まっている」

「だから、カグヤはエクスタ……エクセリオンの準備をするのよ」

 またエクスタシーって言おうとしたな。

「分かった。それで、これから例の格納庫に行こうってワケか」

「そういうことよ!」

「学園の地下に巨大な格納庫があるという話も、秘密裏に新型TFが開発されている、なんて噂も、聞いたことはない。だが、本物がそこにある以上、何かがあるだろう。もしかすれば、アレス軍に対抗できる新兵器が他にもあるかもしれない。今の内に、できるだけ探索はするべきだ」

 もしエクセリオンが他に10機も20機もあれば、アレス軍の艦体相手でも真っ向勝負できる。いや、あの性能を思えば、簡単に蹴散らせるだろう。たとえ、全員が学生のパイロットだったとしても、エクセリオンの性能は飛びぬけている。次世代機ってレベルじゃない。

 それに、エクセリオンには当たり前のようにフルフォトンビームセイバーが装備されていた。機体がなくても、何かしらの新兵器が眠っていてもおかしくない。

「そうですね、そういうことなら、急ぎましょう。あ、でも、あの辺は結構、隔壁が降りてましたよ」

 まだざっとしか調べていないが、レオンも俺達が通って来た以外の通路は封鎖されているようだったと言っていた。発見して利用できたのは、エクセリオンを運んだリフトと、学園に通じるエレベーター。あとは、俺達が通った通路だけ。

「やはり、生徒のIDではロックの解除はできないか。教員IDを試してみたいところだ」

「そういうことなら、鍵を持ってくるわ」

 鍵ってなんだよ、と思いきや、保健室へとダッシュで戻っていくドレッドノートさん。短いスカートが翻って、見え……スパッツだった。

 スパッツを履いて鉄壁ガードのドレッドノートさんは「失礼します」の一言もなく、保健室へと突入していく。

「ひええーっ、またーっ! また私なのぉーっ!?」

「いいから早く来なさい!」

 白百合先生の悲鳴と、ドレッドノートさんの怒号が飛び交うや、すぐにまた、保健室から飛び出してきた。

「さぁ、行くわよ!」

 涙目の白百合先生を小脇に抱えて、ドレッドノートさんは勢いよく走り出した。

「ろ、廊下は走らないでくださーい!」

 先生、他に言うべきことがある気がするんですけど。

 でも、まぁ、今は急いでいるから、廊下ダッシュの件は大目に見てくださいよ。というワケで、俺は特に先生に助け舟を出すこともなく、大人しくドレッドノートさんの背中に続いて駆け出した。




「ここね! なかなか、いいところじゃない!!」

 上機嫌なドレッドノートさんの声が、広大な格納庫に反響していく。いちいち叫ばないと、満足しないのだろうか。獅子の様な彼女である。

「なるほど、これは想像以上だな」

 クールなイーリアス先輩も、この光景を前に、興味深げに周囲を見渡している。

 俺達はレオンが発見した学園直通エレベーターを利用して、エクセリオンの格納庫へとやってきた。今の目的は、ざっと白百合先生にも説明済みであり、協力は取り付けてある。というか、説明する俺の後ろで、ドレッドノートさんが鋭い目で睨みつけていたから、反対などできるはずもなかっただろうが。

「まさか、こんなに早く戻ってくることになるとはな」

 グラウンドの戦いから帰還した時と同じ、膝立ち状態で停止させたエクセリオンを見上げる。

「ホシミ君は、エクセリオンがすぐにまた起動できるかどうか、確認だけしてみてくれないか?」

「はい、分かりました」

「私は、軽く格納庫を見て回ってくる」

 調べて回るなら、一人の方がいいのだろうか。イーリアス先輩はさっさと歩き去って行った。

 まぁ、ドレッドノートさんか白百合先生なら、あんまり調査するパートナーには向かないよな……というか、もしかして俺、都合よく二人の相手を押し付けられた?

「とりあえず、乗ってみるか」

 エクセリオンを面白そうにジロジロと見つめているドレッドノートさんと、不安げにキョロキョロしている先生を置いて、俺はさっさとタラップを駆けのぼり、再び操縦席へと乗り込む。

「カグヤ! どうなの、動く?」

「ああ、さっきと同じで、問題なく動く。エネルギーも、まだほとんど満タンだから、今すぐにでも出撃できそうだ」

 起動だけさせて、簡単に機体状態のチェックを済ませる。

 さっきの戦闘で、ダメージらしいダメージといえば、生徒をかばってバズーカを受けたことだけ。あれはフォトンフィールドだけで完全に防げていたから、機体にはキズ一つついてはいない。

 フォトンフィールドは攻撃を受ければ、エネルギーが散らされて防御力が下がってゆくが、時間経過で修復される。エクセリオンの性能ならば、あのバズーカを連続で十発以上は喰らわない限り、フォトンフィールドが消失することはないだろう。この防御力だけでも、異常に過ぎる。

 ひとまず、これでガウル部隊の一つや二つくらいなら、やってきても対処できると安堵しつつ、俺はエクセリオンから降りた。

 タラップを下ると、やけに誇らしげな顔のドレッドノートさんと、どこか不安げな顔の白百合先生が出迎えてくれる。

「星海くん、大丈夫?」

「はい、別に、コイツは普通のTFと動かし方に変わりはないですから。変な負担がかかるとかも、特にないですよ」

 先生が心配するのも、無理はない。TFはモノによっては、パイロットに大きな負担をかけるタイプのものも存在する。

 それは人間の体が持つフォトンもTFの操作には利用されていて、その利用率やバランスなどで、パイロットへの影響が変わるからだ。

 ハリアーなどは、最もパイロットへの負荷・影響がない操縦システムで、コイツはほとんどどこの国のTFにも使われている、スタンダードなものである。あまりに完成され過ぎていて、改良の余地がないほど。

 だから、無理に変えようとする新型の操縦システムなどは、よくパイロットへの負担が大きくなるという欠陥を抱えやすい。たまに、新システムの不備によってテストパイロットが死亡する、なんてこともニュースになるほどだ。

 それを思えば、エクセリオンは普通の操縦システムで助かった。

「待てよ、それなら……えーと、ドレッドノートさんも、エクセリオンに乗ってみる?」

「私が? 何で?」

 俺としては当たり前のことを聞いただけなのだが、彼女の方は全く想定しなかったような反応である。

 正直、ドレッドノートさんの性格を考えれば、エクセリオンは私が乗る! と言い出しかねない、というか、完全にそのつもりでここに来たと思っていたのだが。

「エクセリオンは、カグヤの機体でしょ」

「いや、たまたま俺が最初に乗っただけで、専用機ってことはないよ」

 特にパイロットを認証するような設定もなかったはずだし。というか、専用機設定がされていれば、そもそも俺が動かすこともできなかった。

「それに、万一に備えて、他にもパイロットがいた方がいいだろう。まぁ、ハリアーと同じだから、誰でも乗れるとは思うけど」

「……まぁ、いいわ。サブパイロットは必要かもね」

 何故か、渋々といった様子のドレッドノートさん。あまりエクセリオンの搭乗に乗り気じゃないのは、何故なのか。好みの機体じゃないか、よほどハリアーが好きなのか。

「じゃあ、乗ってみるわ」

 ひとまず納得した彼女は、軽やかな身のこなしでタラップを上り詰めていく。勿論、下から見上げても、スカートの中はスパッツである。だがしかし、肉付きの良いカモシカのような引き締まった足と、大きなお尻は、いくらスパッツで覆われているとはいえ、凝視するには魅惑的に過ぎる。

 いかん、ドレッドノートさんは美人でスタイルも抜群ではあるが、彼女をエロい目で見たことがバレれば、命の保証はない。きっと、格納庫前のアレス兵と同じ末路を辿ることに……と、戦々恐々としていると、

「カグヤ!」

「うおっ!?」

 俺の色々と失礼な心を見透かしたかのようなタイミングで、ドレッドノートさんの叫びが振って来た。

 見上げれば、ちょうど操縦席に乗り込むところ。

「エーデル!」

「なに?」

「エーデルと呼びなさい!」

「えっ」

「分かったわね!」

「あ、ああ、分かったよ」

 何故、急に名前呼びを強要されるのか、全く事情は分からないが……彼女のことだから、常人には理解できないこだわりや気まぐれがあるのだろう。

「星海くん、もしかして、ドレッドノートさんと仲がいいの?」

「いえ、特に。ただのサンドバックですよ、俺」

「サンドバック?」

「深くは聞かないでください」

「え、う、うん、ごめんね……でも、星海くんが悩んでいたら、私、いつでも相談に乗るから!」

 あー、教師の使命に燃える、キラキラした先生の視線が心苦しい。

 そういえば先生は一般科目担当だから、俺がTF実習でどういうメにあっているのかは知らないのだった。かといって、相談するほど真剣な悩みでもないし、先生が解決できる問題でもないだろう。

 なんて、最初から諦めていたら、ダメだろうか。

 もし、これで元の平和な学園生活に戻れたならば、こんなくだらないことでも、白百合先生に話してみるのも、いいかもしれない。

 そんな感傷を振り切るように、俺は思考を切り替えて、操縦席に乗り込んだドレッドノートさん、いや、エーデルさんに声をかけた。

「おーい! エーデルさん、どう?」

「エーデル!」

「えー?」

「エーデルと呼べと言ったでしょ! さんはいらないわよ!!」

「そ、そうっすか、すみません……」

 何で俺、こんなことで怒られなきゃならんのだ。彼女にとって、同い年の奴はタメ口きかないと逆に失礼認定されるのだろうか。

「それで、どうなんだ、エーデル!」

「今、動いたわよ!」

 確かに、キュピーン! とエクセリオンのツインアイが輝き、機体が起動状態に入ったことを示している。

 やはり、俺でなくても、生徒IDがあれば問題なく起動できるようだ。

「動いた、けど……なにコレ、くっ……」

「なんだ、どうしたんだ!」

「ドレッドノートさん!? だ、大丈夫なの!?」

 突如として、苦しげな声が漏れたことで、俺も先生も慌ててエーデルへ呼びかける。

「う、ぐ……はぁ、はぁ……」

「エーデル!」

 彼女は荒い息を吐きながら、病人のようにゆったりと操縦席から這い出てきた。

 ヨロヨロした動作で、非常に危なっかしいが、それでも、何とか無事にタラップを降りて戻ってきた。

「ドレッドノートさん、どうしたの、どこか具合が悪いの!?」

「しっかりしろ!」

「……大丈夫、ちょっと体力をもってかれただけだから」

 いや、どう考えても大丈夫って感じじゃないだろう。体力と活力の塊のようなエーデルが、ここまで消耗するとは。

「まさか、フォトンの影響なのか?」

「よく、アンタはこんな化け物に平気で乗れたわね……でも、ふふ、流石はカグヤってことね」

「なに笑ってんだ、そんな状況じゃないだろ。早く保健室に――」

「そんなに騒がないで。ちょっと休んでれば、回復するわ。別に、怪我したワケでも、病気になったワケじゃないもの。ただの欠乏症よ」

 それもそうだが、こんな状態の彼女を放っておくのも、気が咎める。

「大丈夫だって言ってるでしょ。私はここで休んでるから、カグヤはヒメ先生と、周りを調べてて」

「で、でもぉ……本当に大丈夫、エーデルさん? やっぱり、私が付き添って保健室に――」

「それじゃあ、鍵のヒメ先生を連れてきた意味ないでしょ。時間もないの、いいから、早く行って」

 エーデルの容体は心配ではあるが、彼女の言うことも事実ではある。

 ひとまず、俺だけはエクセリオンに乗っても大丈夫で、いつでも出撃可能。これで、あとはマシな射撃系の武装が見つかれば、防衛力としては安泰だろう。

 安全確保の点でも、ここの調査を優先すべきか。

「分かった、エーデル。行きましょう、先生」

「えっ、でもぉ……うーん……」

 優しい白百合先生は、明らかにグロッキーなエーデルを放置できないような態度であったが、彼女にギロリと睨まれて、それ以上は渋ることもできなったようだ。

「体調が悪くなったら、すぐに呼べよ」

「大丈夫よ、近くにはルドルフ先輩もいるし」

「うぅ、エーデルさん、無理しないでね!」

 心配ではあるが、エーデルをその場で休ませて、俺と白百合先生の二人組で格納庫の調査をすることになった。




 さて、白百合先生と二人きりになって、微妙に気まずい感じがするのは俺だけだろうか。ついさっき、下着姿を目撃してしまったこともあり、当たり前だが彼女いない歴=年齢の俺は、いまだに先生を相手に意識しまくりである。

「えーっと、それじゃあ、あそこの扉にタッチしてみよっか?」

「そ、そうですね。とりあえず、適当に試してみるのがよいかと」

 だがしかし、先生の方はすっかりいつもの人懐こい感じ。こんな幼い見た目だが、それでも立派に大人の女性であることころの先生は、下着姿を男子に見られた程度では動じない……いや、目撃の瞬間はかなり動じていた、けど、こうしていつまでも引きずるほどではないのだろう。

 変わらない先生の態度が、ありがたくもあり、ちょっと残念でもあり。いや、これで俺のことを変態的なエロ男とみなされて、生理的嫌悪感を隠しきれない目で、あからさまに距離をとられようものなら、きっと立ち直れなかったに違いない。

 さて、俺もいつまでもこの件について考え続けるのも、いい加減、男として気持ち悪いので、今は目の前のことに集中しよう。

 格納庫にある、閉ざされた両開きの扉の前までやって来た。近づいても開かないということは、完全にロックがかかっていることを示している。

 扉の脇にあるタッチパネル型の端末に触れて、アクセス許可が下りれば、ロックの解除もできる。試しに、俺が触れても何の反応もしなかった。

「それじゃあ……いくよっ!」

「はい、頑張ってください、先生」

 本人が頑張る要素は欠片もないのだが、こういう時は勢いというのも大事だろう。

「えい!」

 可愛らしい気合いの声と共に、先生はネコパンチみたいなモーションでパネルに掌を押し当てた。

「アルカディア学園、教師ID確認――アクセス承認。ロック解除。」

「おおっ、通った!」

「わーい、やったーっ!」

 まさかの一発OKである。白百合先生は新人で一般科目担当ということもあり、教師IDの権限レベルは最低のはずだ。

 それでも、特にパスワードやその他の認証を求められなかったということは、この格納庫を含む施設そのものが、学園教師が普通に利用することを前提としているのかもしれない。軍事施設ではなく、本当に学園の新しい施設として建造されたのだろうか。

 エクセリオンだって、生徒IDだけで起動したのも、おかしな話だ。俺だけでなく、エーデルも倒れはしたものの、起動そのものは成功している。

 だがしかし、エクセリオンが学生の新型練習機ということは、さらにありえない。こんな次世代機も真っ青な超絶スペックのTFなど、どう考えても国家機密モノだ。コイツを量産できれば、ここから地球まで一息に征服できるほど。

「……先生は、エクセリオンのような新型TFとか、学園の地下施設とか、何か聞いてないんですか?」

「う、うん……私は、何も……」

 率直に先生に聞いてはみるが、やはり、何も知らないとの答えが返って来るのみ。

「理事長とか運営委員とかの上層部が、何か隠し事してるみたいな、怪しい雰囲気は?」

「うぅーん、そんなの、私には全然分かんないよぉ……私、理事長先生とお話ししたのも、ここの面接を受けた時だけだし」

 まぁ、そりゃあそうだろう。新人教師の白百合先生では、そもそも学園上層部との繋がりなんてあるはずもない。

 むしろ上層部との繋がりならば、レオンやフランシーヌ会長などの、各国の政府要人または貴族、といった上流階級の生徒の方があるだろう。ドレッドノートさんもイーリアス先輩も、この点では上流出身者ってことだろうが……誰も、噂すら聞いたことがない素振りだから、本当に何も知らないのだろう。あるいは、この期に及んでも秘密を抱えたままの裏切り者のような奴がいる可能性も……ないか。そんな奴がいたなら、もっと上手く事を運んでいるはずだ。

 アレス軍に通じているなら、この学園も問題なく制圧されただろう。逆に、アレス軍と敵対する立場にいるならば、コロニーも無事で済んだはず。

「ねぇ、とりあえず扉は開いたけど……先に進んでみる?」

「そうですね、行けるところまで行ってみましょうか」

 こんなところで、いつまでも考え込んでいても仕方がない。何かしらのヒントや発見がなければ、真実に近づくこともできないだろう。

 さて、格納庫の他には、ここに一体どんな秘密が隠されているのか……正直、ちょっとワクワクしている俺がいる。

 若干、不謹慎な気持ちで、先生と並んで通路を歩いて行く。見た目は、俺とレオンが格納庫まで駈け込んで来た通路と変わりない、綺麗な白い外観。暗くもなく、眩しすぎず、白いライトは適切な明るさで通路を照らしている。

 通路の先々では隔壁が閉じていたが、先生が近づけば自動的に開いていった。やはり、教師IDで通行が許されているのだろう。

 もし、ここで先生とはぐれたら、俺、隔壁に挟まれて閉じ込められる?

 シャレにならない恐ろしい想像をしつつも、黙々と通路を歩き続ける。

「……これ、誘導されてません?」

「うっ、そ、そうかも……」

 気が付けば、俺達はほとんど一本道を歩かされていることに気づく。閉じた扉や隔壁が、必ずしも先生が近づけば開くわけではない、ということに気づいてから、そうだと確信するのはすぐだった。

 進む俺達を誘導しているとするならば、一体、どこへ向かっているのか。あるいは、それを行っているのは何者なのか――この先に、秘密を握る黒幕が待ちかえているのだろうか。

「銃の一丁でも、持ってきた方がよかったか……」

 高まる不安感から、思わず準備不足を嘆いてしまう。

 まぁ、この施設の支配者のような奴がいれば、ハンドガン一つ持ってた程度で、どうこうできるとも思えないが。

「大丈夫だよ、星海くん! いざという時は、私が守るから! せ、先生だから!!」

「ありがとうございます。でも、お気持ちだけで十分です」

 もし、本当に白百合先生に庇われて、おめおめと俺だけが逃げ延びてきたならば、この先一生、生きていけないほどの恥であろう。

 いざという時は、先生の盾に……というほど、自己犠牲の精神は持てそうもないので、先生を抱えて逃げ出せるよう、頑張ろう。

 やはり後ろ向きな決意を固めつつ、俺達はついにゴールらしき場所へと辿り着いた。

「これはまた、随分と立派な扉ですね」

「う、うん、何だか、ボスとかいそうだね」

 小学生みたいな感想を漏らす先生だが、言い得て妙でもある。他の扉とは一線を画す、目に見えて頑強な造りの扉だ。強固な扉があるということは、その先には厳重に守るべき価値あるモノが存在するという証でもある。俺達が誘導されたならば、ここが目的地と考えて間違いないだろう。

「……わっ、開いたっ!」

 案の定、先生が扉の前に立っただけで、自動的に扉は開かれた。ガキン、と重いロックの解除音が響き、大きく分厚い扉が左右に割れて開いてゆく。

 扉の向こう、部屋の中は暗くてよく見えない。ただ、そこら中に機械設備が並んでいることを示す、点々とした光が灯っているのみ。中は、かなり広いようだ。

「で、電気のスイッチって、どこにあるのかな?」

 などと言いつつ、先生がフラっと足を踏み入れた、その時、俄かに眩しい光が灯る。眠りから目覚めたように、暗闇は瞬時に晴れあがり、白い光が広間の全てを照らし出した。

「――ようこそ、次世代型移民船『アルカディア』へ」

 機械的な女性の声のアナウンスが響きわたる。

 その一言と、目の前で明らかとなった広間の全貌を見れば、ここがどういう場所なのか、俺はすぐに理解した。

「ここは艦橋ブリッジ、なのか……」

 前面には映画館のような巨大なメインモニターに、それと向き合う配置で多数のコンソールがズラズラと並ぶ。

 これだけならば、単なる施設の管理室か警備室でもありうる配置。だが、二階か三階分ほどの高い天井を備えた広間の中で、一段高くなったフロアに設置された、最も目立つ一つの席。

 広間の全てを見渡す位置と高さにあるこの席は、間違いなく、艦長の椅子だ。

「それなら、この地下施設は全部、船ってことなのかよ」

 俺も開拓民を目指すアルカディア生だから、宇宙船の操縦室がどういう作りで、どんな設備があるのか、一通りは学んでいる。授業で習った知識と実習経験とに照らし合わせてみれば、この広間が超大型の宇宙船に見合ったブリッジであると分かる。

 俺の聞き間違いでなければ、次世代型移民船とアナウンスは言っていたが……事実だとするならば、エクセリオンを越えるほどのオーバーテクロノジーの産物だぞ。

「アルカディア学園教員ID確認……白百合姫子、一般教科担当教諭。指揮権限Dマイナス」

「えっ、わ、私のこと!?」

 アナウンスの機械音声が響くと同時に、暗転していたメインモニターに光が灯る。表示されたのは、アナウンスの台詞と同じような内容の文章。先生の眼鏡を外した状態の顔写真と、名前や経歴などなど、個人情報が並ぶ一覧表だ。

 あっ、さりげに小さく、スリーサイズまで表示されている! 上から、バスト百――

「上位の指揮権限保有者を検索……該当者ナシ。白百合姫子の指揮権限を、緊急特例措置によりAへ昇格」

 モニターに映る画面は急激に変化し、目で追えないほどの高速で、長々とした文章がスクロールされてゆく。なんとなく、アナウンスの内容からして、先生の持つアクセス権限について検討しているようだが……

「白百合姫子を、現状、唯一の指揮権限A保有者と確認。これより、当艦は指揮権に服します――ようそこそ『アルカディア』へ、白百合艦長」

「……なるほど、そう来たか」

「え、ええっ、もしかして、私、艦長になっちゃったのーっ!?」




 火星。太陽系の第四惑星にして、最も地球に近い惑星として古くから有名であった。人類の宇宙進出が停滞を迎えていた21世紀初頭では、火星はいまだ人跡未踏の地であり続けた。

 しかし、奇跡の新エネルギー『フォトン』の発見により、驚くほど容易に人類は火星へと辿り着く。

 当時、まだ試作段階に過ぎなかった、フォトンフィールドを応用したテラフォーミングシステムは予想以上の効果を発揮し、瞬く間に火星の大地を人類の活動圏へと変えてみせた。

 岩と砂ばかりの赤い大地は緑豊かな森と化し、大地の亀裂や谷間には清水が満ち、星の半分は紺碧の海が広がった。地球と同じ成分の大気が惑星全てを覆い、青い空が当たり前となる。

 月とは異なり、完全に地球化を果たした火星では、大規模な移民計画が推進された。公式、違法、問わず、合わせて億単位もの人間が火星へと入植し、その結果――大規模な戦争が起こった。

 第一次火星大戦は、地球圏からの支配構造を打破するための、火星の独立戦争。

 第二次火星大戦は、独立した火星の国家間での戦争。

 アレス王国は、この二度の大戦を経て、火星最大の国家として絶対的な地位を確立するに至った。

 そして現在、新世界歴195年。アレス王国は形式上の王政と、実質的な民主制とによって、火星の大国として全世界の平和と安定に貢献してきた……はずだった。

「このコールサインは、アレス軍第二艦隊、旗艦『ネメア』のもの」

 アルカディア学園の命運を背負って、脱出用の小型宇宙船でアレス軍と交渉すべく出発したフランシーヌ前生徒会長は、ついにその目で敵が母国であることを確認した。

 正直に言ってしまえば、コロニーを襲った敵がただのテロリストや宇宙海賊で、擬装の為にアレス軍を騙っただけであると信じたかった。

 しかし、今、こちらからの通信に返答してきた敵艦のコールサインが確かにアレス軍の戦艦であること、そして何より、宇宙空間に浮かぶ圧倒的な真紅の巨艦が紛うことなく本物であることを証明している。

 最新鋭にして、史上最大級の宇宙戦艦。ヘラクレス級戦艦二番艦『ネメア』の姿は、生粋のアレス人でなくとも、世界的に有名である。

 アレス王国を象徴する赤のカラーリングに、巨大な箱型の船体から、二本腕のように長く突き出たTF用カタパルトが特徴的。フランシーヌはさほど軍事兵器に詳しいワケではないが、それでもヘラクレス級戦艦の巨体と形状は、一目見ただけで分かった。

「ですが、これで交渉も成立する可能性は上がるでしょう」

 コロニー襲撃の首謀がアレス王国であることが確定したが、だからこそベテルギウス公爵家の名前も通じる。これで、本当に相手がただのテロリストであれば、交渉の余地なく宇宙船ごと撃破されたであろう。

「会長、ネメアから停船命令が」

 宇宙船を操縦しているのは、前副会長。フランシーヌと共に去年の生徒会を運営した、優秀な男子生徒である。

 彼の他にも、前生徒会役員のほとんどが、フランシーヌと共に宇宙船に乗り込んでいる。それは、単に船を動かすためのクルーとしての役割以上に、学園の命運を背負う責任と、彼女一人を危険な場所へは行かせまいとする絆が強い。ここにいる誰もが、フランシーヌのことを信頼し、そして共にあることを望む。

 そんな彼らがいたからこそ、フランシーヌは一人の少女としての恐怖心を押し殺し、アルアカディア学園の代表者として、堂々たる態度でアレス軍に真っ向から交渉を挑むことができた。

「いいでしょう、止まりなさい。向こうに話を聞く意思が僅かでもあれば、そろそろ……」

 コロニーと戦艦ネメアが停泊している中間地点で、フランシーヌの宇宙船は停止。

 それから、しばしの沈黙。こちらからの呼びかけに、向こうは先の停船命令以降、何一つ答えを寄越さない。

「会長」

「落ち着きなさい。今は待つべき時です」

 不安と緊張で心が張り裂けそうになる中で、ついに、向こうに動きが現れた。

「あっ!? ネメアからTFが発進!」

「そんなっ、俺達を撃墜するつもりか!?」

「早く逃げ――」

「いいえ、あれは使者でしょう。こちらに向かってくるのは、一機のみです」

 ネメアの長大なカタパルトから、一筋の赤い流星のようにブースターの輝く尾を引きながら、飛んでくるのは確かに一機だけ。

 こちらを撃墜するつもりなら、副砲一門で事足りる。そもそもTFを出撃させる必要性もない。

「しかし、話だけなら通信するはずでは?」

「こちらにまで出向きたい理由が、向こうにもあるのかもしれません」

 疑い出せばキリがない。

 だが、今は考えるよりも、事態の進展の方が早い。ネメアからやって来る赤いTFは、凄まじいスピードでこちらへ迫る。宇宙船の目の前にまで辿り着くのに、30秒とかからなかった。

 現れたTFは、白かった。基礎骨格フレーム外部装甲アーマーも純白で、各所にある装飾と部分的な追加装甲が真紅で彩られている。

 背面のバックパックは大きな円筒形のブースターポッドが二基ついているのが特徴的で、噴き出すフォトンの粒子がより濃密に、赤く輝く。

「あの機体は『レギオス』……どうして、ここに」

 フランシーヌは、その『レギオス』と名付けられている紅白のTFを見て息をのむ。

 なぜなら、この機体はアレスでも限られた一部の者しか乗れない、特別なTFだから。

「君たちは、アルカディア学園からの使者とお見受けする。名乗りたまえ」

 アレス軍TFレギオスから声が届くと同時に、リアルタイムの映像通信も入る。メインモニターに映し出されたのは、パイロットスーツすら着ていない、軍服のまま乗り込んでいるTFパイロットの姿。

 その軍服はかなり高位の軍人であることが一目で分かる、華美な装飾のついた純白のコート。しかし、誰もが注目するのは、その胸元についた勲章や階級章ではなく、その男の顔を覆う仮面であった。

 ここが舞踏会の会場であるならば、まだその姿も容認できよう。だがしかし、仮面男がいるのは間違いなく目の前のTFのコックピットであり、しかも、そんな怪しい人物が自分達の交渉相手ということになる。

 さしものフランシーヌも、彼の呼びかけに返答するまでに、いささかの時間を要した。

「……その通りです。私の名はフランシーヌ・フォン・ベテルギウス。アルカディア学園の代表として、アレス軍へ停戦の交渉を申込みに参りました」

「私はアレス王国軍、特務准将『白の聖騎士』シリウス。第七学園都市コロニー『アルカディア』の襲撃を指揮する、最高責任者だ」

「っ!?」

 堂々と自らがコロニー襲撃の首謀であると名乗ったこと、そして、彼の肩書きにフランシーヌは驚愕を隠せない。

「そんな、ありえません! 『白の聖騎士』の称号は、お父様のもの!」

「ベテルギウス卿に代わり、今は私が聖騎士だ。そんなことよりも、君には他に訴えるべき事があるのではないかね? 私も任務遂行中の忙しい身でね、君の言葉に耳を傾けていられる時間も限られる」

 挑発的なシリウスの物言いに、フランシーヌは歯噛みするが……しかし、今は生徒達の命を預かっている。まずは停戦交渉を進めることが最優先。

「くっ……わ、私達に抵抗の意思はありません。学園に残っているのは、全て未成年の生徒達のみ。これ以上の攻撃は中止し、生徒全員の命を保証していただきたいのです」

「ふむ、実に妥当な要求だ。学生に過ぎない君たちからすれば、此度の襲撃は全く謂れのない軍事行動に巻きこまれたに過ぎない」

「そうです、貴方方の作戦目的が何かは存じませんが、少なくとも、私達学生はそれを邪魔することも、抵抗することもありません。ですから、どうか生徒達の命だけは――」

「ああ、君の要求はよく分かった。さて、これから交渉に入ろうと思うが、その前に、君には、いや、その後ろにいるアルカディア学園生諸君には、今がどういう状況にあるのか知ってもらいたい。現状を知らないのは交渉をする上でフェアではないし、こちらの言い分も理解することはできないだろうからね」

 シリウス機から、さらに別の映像情報が伝わる。

「会長、どうしますか?」

「この交渉そのものが、学園に中継しているのです。彼の情報を私達だけで見分するわけにはいきません」

 アルカディア学園は今、生徒達の不安と緊張が極限に達しつつある。生徒会の尽力によって、どうにかまだ平静を保ち、各自、教室の中で待機状態にあるが、フランシーヌの交渉結果を大人しく待つだけの自制までは求められなかった。

 そのため、フランシーヌは思い切って、交渉の全てを学園に公開放送している。今この瞬間も、生徒達は教室の中で交渉の行く末を見守っているはずだ。

 この状況下で、あからさまに隠し事をしようとすれば、それが些細なことでも反発を招きかねない。生徒達の不満が爆発し、生徒会室に雪崩れ込まれては、対処のしようがない。

 とても良い予感などしなかったが、フランシーヌは覚悟を決めて、シリウスから送られた映像情報を再生した。

「――時は満ちた! 今こそ、世界をあるべき姿に!!」

 まず映し出されたのは、厳つい顔の初老の男。筋骨隆々の大男で、身に纏った純白の軍服とマントを纏う姿は、王者のように威風堂々としている。

 張り上げる重低音の声は覇気に満ち溢れ、鋭い眼光は反対する者を睨み殺さんばかりの凄み。

「これは、アルタイル将軍」

 エルドリッジ・スターク・アルタイル。

 アレス王国軍の最高位にして、一次、二次の両火星大戦を戦い抜いた、王国の英雄である。

「いまだ、世界は一部の特権階級が支配するまま。人類が宇宙進出を果たし、月に、火星に、そしてさらに遠くへ人の活動圏が広がる新世界歴となっても、その支配構造はまるで変わらぬ、旧西暦のままではないか!」

 将軍は叫ぶ。月も火星もコロニーも、表向きは独立こそ果たしているものの、いまだに地球に住む、旧西暦からの支配者達から逃れられないと。

「立ち上がれ、同志諸君! 我々、アレス王国は腐り切った旧支配者と永遠に決別する。そう、奴らの死を以て、新しき時代の、真なる世界秩序を作り上げるのだ!」

 不満も対立も、貧富の格差も、今の時代でも確かにある。だがしかし、曲がりなりにも50年以上、大きな戦争もなく人類は歩み続け、そしてアルカディア学園のようにあらゆる出身、身分、に左右されない場所もできている。

 フランシーヌにとって、いや、アルカディア学園生にとって、将軍の主張する不当な支配を実感し、共感できる者はいないだろう。

「聞け、世界よ。我々は最果てのコロニーから地球まで、旧き支配を受ける全てを討ち滅ぼす! 我らが覇道を阻むものは、一切の容赦なく叩き潰す。しかし、我らを受け入れる者には、新時代の繁栄と栄光を約束しよう! 今ここに、アレスは宣言する――星間大戦の開戦はじまりを!!」

 すでに、宣戦布告は下された。

「星間大戦……そんな、馬鹿な! 正気ですか、世界の全てを敵に回して、戦争をしようというのですか!?」

「狂っているのは、我らか世界か。それは、すぐに明らかとなるだろう」

「ありえません、こんなのは、偽物に決まっています! 私達を騙してどうしようというのです!」

「戦争が始まった証拠は、今正に、君たちが身を以て体験しているではないか」

 シリウスの言葉は、どうしようもない真実として胸に突き刺さった。

 いきなり、この映像だけを見せられれば、世界の人々も、アレス国民も、何を馬鹿なと鼻で笑って信じなかっただろう。

 だがしかし、すでに第七学園都市コロニー『アルカディア』は、アレス軍の襲撃を受けて壊滅状態となりつつある。現実に非道な武力行動が起こされた以上、偽物だとか、冗談であるとかでは、済まされるはずがない。

 今の段階で、一体どれだけの人が死んだのか。あえて考えようとしなかった重い現実が、『星間大戦』という悪夢のような言葉によって、フランシーヌの心に圧し掛かる。

「戦いが始まっているのは、何もここだけの話ではない――」

 シリウスから、次々と新たな映像情報が配信される。

 アルタイル将軍の宣戦布告演説と並んで、幾つもの画面が再生され、そして、そのどれもがアレス軍が世界各地を襲う映像であった。

 同じ火星の隣国を、ガウルの大軍団が突き進む。すでにいくつかの小国家の王城や議事堂、首相官邸、大統領官邸、などには堂々と真っ赤な炎と剣のエンブレムのアレス国旗が翻っている。

 宇宙では、地球圏に所属する軍事コロニーが襲撃され、中にはすでに完全に破壊されたものも。

 月面では月と火星の、両軍入り乱れる激しいTFの白兵戦が展開されている模様。

 そして地球では、宇宙進出のシンボルともいえる、太平洋上の人工島に建設された第一号軌道エレベーター『ヘヴンズゲート』が爆破される様子が映し出されていた。

 全て偽物であると、信じたかった。

 しかし、襲われているのが自分達だけであると、思いたくもなかった。

「――これらは、戦いのほんのごく一部。なにせ、我々は星間大戦を遂行するのだ。戦火は広がる、これから、世界の全てを包み込む」

 そして、最後にシリウスから送れられた映像が、最も大きく映し出された。

「――し、信じられません、あの第七学園都市コロニー『アルカディア』が、完全に破壊されています! ご覧ください、残骸が漂うばかりで、ここにはもう何も残されてはいません」

 テレビ中継の映像であった。そして、映像の中では、アルカディアは跡形もなく宇宙の藻屑と化していた。

 思わず、宇宙船の背部カメラで確認してしまった。そこには、多少、破壊の跡はあるものの、いまだ健在のコロニー『アルカディア』がある。

「これは、偽物のニュース映像……」

「だが、これから真実となる映像だ」

 シリウスの声に応えるかのように、アルカディア崩壊のフェイクニュース映像は切り替わる。

 戦艦内の一室らしき場所で、精悍なアレス軍将校にマイクを向ける、リポーターの姿。

「――我々がアレス人生徒の保護のため駆けつけた時には、すでにこの有様でした。非常に残念でなりません」

「何故、コロニー連合軍は『アルカディア』を破壊したのでしょうか。それも、学生含むコロニー居住者の全てを巻き添えにしてまで」

「彼らはすでに、重要な研究情報と新型機、新兵器を持ち出し、さらに上層部と必要な研究員は秘密裏に退去しています。最先端テクロノジーと機密情報の塊のようなこのアルカディアを、我々に奪われないため、抹消するのを優先したのでしょう」

「それが事実だとすれば、連合軍はとてつもない非人道的な作戦を強行したということになりますが?」

「コロニー連合軍とは名ばかりで、その実態は地球圏の手駒に過ぎません。こういった民間人を犠牲にするのは、いつもの奴らのやり口です。いつだって、戦争の犠牲になるのは罪のない民間人ばかり……そんな理不尽をなくすためにも、我々は戦います」

「アルカディア学園に在籍するアレス人生徒の中には、あのベテルギウス公爵家のご令嬢もいるとの情報が」

「残念ながら、ベテルギウス公爵令嬢をはじめ、数百人もの若きアレス人学生が命を落としました……この報いは、我々アレス軍が必ずや果たしましょう」

 二の句が継げない、とはこのことか。

 フランシーヌは、自分の訃報が堂々と流されているのを見て、もうワケが分からなくなっている。

「な、な、何なのですか……これは……どうして、こんなことをする必要が」

「これも一つの、プロパガンダというものさ。尊い犠牲ほど、戦意高揚となる。特に、フランシーヌ、君のように若く美しい、貴き血筋の者となれば」

「ま、まさか……」

「ああ、これが我々の答えだ。君たちの要求は一切、受け入れられない。なぜなら、アルカディア学園生は全員、尊い犠牲としてここで死ななければいけないのだから」

 残酷な宣言と共に、レギオスは俄かに赤いオーラを発し始める。強力なフォトンフィールドが形成されたことで、その力の輝きが目に見えるようになるのだ。

 つまりは、臨戦態勢。

「あ、ああ……そんな、嘘、嘘です、こんな――」

「フランシーヌ、君はアレスのために死ぬのだ。こんな大役は、そうそう軍人でもありつけない……天国で、父君にその功績を誇るといい」

 その言葉を理解せぬまま、フランシーヌの意識は闇に飲まれた。

 最後に見た光景は、レギオスが目にも止まらぬ速さで、両腰から抜刀し、振りかぶる姿――憐れ、小型宇宙船は成す術もなく撃墜された。その事をフランシーヌ以下、乗組員の前生徒会役員達の誰も認識することはできない。

 だがしかし、その無慈悲な行いは全て、アルカディア学園に残る生徒全員が目にすることとなる。

 交渉の決裂は、誰の目にも明らかとなったのだった。




 アレス軍の宣戦布告と、アルカディア壊滅のフェイクニュース。そして、フランシーヌ会長の公開処刑によって、学園は絶望のどん底に突き落とされた。

「おい、嘘だろ……なんだよ、これ……」

「いっ、イヤァーっ! 会長! フランシーヌ会長!!」

「どうすんだよ、俺ら全員、死ぬしかないってのかっ!?」

 恐怖と混乱は、最早、生徒達を大人しく教室の椅子に縛り付けることを許さない。つきつけられた、死刑宣告。目の前に迫ったアレス軍が、絶対的な殺意をもっていることだけが証明された交渉結果は、たとえ学生という子供でなかったとしても、人間をパニックにするにはあまりに十分すぎた。

「……」

 さしものレオンも、すぐに動き出すことができない。

 たとえ即座に落ち着くよう呼びかけたところで、意味などなかっただろう。

 こんな最悪の結末を、予想しなかったワケではない。危険があると思っていた、つまり、宇宙船が撃墜されてフランシーヌ会長が死ぬことだって、ありうると誰もが考えた。

 だがしかし、それを真の意味で現実的にとらえられた者は、いなかっただろう。一切の慈悲も躊躇もなく、明確な殺意の下で殺されたフランシーヌ達の姿を見て、予想通りだとショックを受けずに済んだ者など、一人としていない。

「このままでは、まずい。とにかく、生徒達を落ち着かせないと」

 生徒会室の沈黙を破ったのは、やはりレオン。フランシーヌ会長以下、三年生の前生徒会メンバーも含めて死亡した以上、この学園の指揮をとれる立場にあるのは、彼しかいない。

「でも、どうやって……」

「そうですよ、こんなの、なんて言えば……」

 不安げな目を向ける役員達を、レオンは腑抜けと怒れない。彼らの言う通り。この状況、あんな絶望的な宣告をつきつけられた時、何て言えば落ち着かせることができるのか。

 そんな魔法の言葉など、あるはずなかった。

「――全員、聞け! 俺の名前は星海カグヤ、『エクセリオン』のパイロットだ!」

 校内放送のスピーカーが、大音量で震える。

「グラウンドで『ガウル』を倒したのは俺だ! 俺がこの学園を守る! エクセリオンの力があれば、アレス軍にだって負けない!」

「カグヤっ!? アイツ、一体なにを――」

 突如として始まった、カグヤの校内放送。何故、このタイミングで彼が放送室にいて、こんな勝手なことを言い出すのか。良く知る幼馴染のはずだが、レオンもどういう事になっているのか、即座に意味が分からなかった。

「だから、皆も諦めないで、俺に協力してくれ! 俺達は未知の惑星を切り開く、開拓者となるアルカディア学園の生徒だ。全員の力を合わせれば、この窮地を必ず乗り越えられる!」

 その言葉は、単なる上辺だけの励ましにしかならないはずだった。同じ言葉を他の者が、たとえ、生徒会長のレオンであったとしても、何の慰めにもなりはしない。

 だがしかし、『エクセリオン』という存在が、この言葉に希望の火を灯す。

「信じてくれ、俺を、いや、エクセリオンの力を!!」

 すでに、その青き鬼面のタクティカルフレームは、力を示した。グラウンドで人質にとられていた生徒達。そして、学園に降り立ったガウル。

 それらを全て、エクセリオンは真っ向から倒してみせたのだ。

 信じがたいことだが、強力な新型TFがこの学園にある。そして、それを乗りこなすパイロットがいる。

 この絶望的な状況で縋るには、十分な可能性ではないだろうか。

 自然と、パニック状態で騒いでいた生徒達は、校内放送へと集中していた。

「え、えーっと、私は、一般教科担当の白百合姫子、です! い、一応、学園で生き残っている、唯一の先生です!」

「なんだよ、今度は姫先生か?」

 カグヤの激しい訴えに続いて、聞こえてきたのは、どこか気の抜けるような、頼りない白百合先生の言葉。どういう組み合わせなのか、レオンにも、誰にも、分かるはずもない。

「私は今、学園の地下にある秘密の施設にいます。エクセリオンがあった、秘密の格納庫です。そこから、私と星海くんは、秘密の司令部に辿り着きました!」

 秘密ばっかりだな、などというツッコミは誰もしない。

 よく分からないが、エクセリオンという謎の新型TFがあった以上、それを開発した秘密の施設があるのだろという予測は簡単につく。そして、それがどうやらこの学園の真下にあるらしいと、放送を聞く者は何となく察せられる。

「そこで、学園の地下には、秘密の宇宙船があることが分かりました! えーっと、次世代型移民船、だそうです……とにかく、凄く大きくて、凄い機能の、凄い宇宙船です! 私達はこれから、この船に乗って脱出したいと思います!!」

「な、なんだって!?」

 信じがたい、というような驚きの声が、誰からも漏れる。しかし、その驚きは、目の前に現れた希望の輝きによるものに違いない。

「この移民船とエクセリオンがあれば、必ずアレス軍からも逃げ切れます! だから、協力してください! パニックを起こさず、指示に従って、脱出作戦をみんなで一緒に成功させましょう!」




 とりあえず、フランシーヌ会長達が白いTFによって無残に殺された事実から、パニックを起こしかけていた生徒達が、俺と先生の呼びかけによってひとまず落ち着きを取り戻したことを、学園内の監視カメラの映像で確認した。

「はぁ……めっちゃ緊張した……」

「わ、私もだよぉ……」

 深い溜息を吐きながら、ぐったりと椅子にもたれかかるヘタレ二人組。

 全く、ガラにもないことをやるもんじゃない。俺、凄い熱血主人公みたいなことを口走っていた気がする。正直、自分でも何を言っていたのか、詳しく覚えてない。

 だが、このタイミングで、これを言い出せるのは、今ここにいる俺しかいないのも事実だった。

「でも、凄いね、星海くん……私だけだったら、あんなこと言えなかったし、きっと、言おうなんていう発想も出なかったよ」

「いや、その、何て言うか……多分、俺が一番、エクセリオンの強さを知ってるから、こんなこと言い出せたんだと思います」

 この移民船『アルカディア』の艦橋ブリッジを発見し、自動的に白百合先生が艦長に認定された後、ちょっとばかりここのことを調べていた最中に、フランシーヌ会長の交渉が始まった。

 学内ローカルネットと繋がっている、というか、普通に学園の一部と化しているここでも、その映像を全て見ることができた。そして、あの惨劇を目撃することになったわけだ。

 俺も、アレを見せつけられて、頭の中が真っ白になった。怖かったし、もうダメだと絶望しかけた。

 けれど、俺の隣で白目を向かんばかりの勢いで、恐れおののいている白百合先生の姿をみると、何て言うか、こう、かえって冷静になれてしまった。

 怖い時も、自分より怖がっている人を見ると、安心するものなのだろうか。人間心理的な考察はさておいて、ともかく、俺は考えた。

 アレス軍の言い分は、曲解しようもないほど明白。奴らは何としても、俺達をコロニーごと消さなければならない。一人残らず、皆殺しを宣言されたようなもの。

 死にたくない。

 ならば、どうするか。

 そんなの、エーデルが言っていた通り、戦うしかない。

 相手はあのバカデカいヘラクレス級戦艦を旗艦にやってきた、大艦隊。俺達が学生じゃなくて正規の連合軍兵士であったとしても、とても相手にならない圧倒的な敵戦力である。戦いを挑んだところで、どれだけ寿命が延びるというのか。

 絶対的な戦力差を理解していながらも、俺は、俺だけは、エクセリオンの力を知っている。コイツなら、もしかすれば……その想いが、恐怖を跳ね除け、思考を回してくれる。

「それに、この移民船はエクセリオン並みのオーバーテクノロジーの塊ですよ。この船なら、アレスの艦体相手でも、逃げ切れるだけの性能があるのはマジですから」

 先生の艦長就任後、少しだけだが、この移民船について調べる時間があったのが幸いした。それで、この船がどれだけヤバい代物であるかを、知ることができたのだから。

「ごめんね、私、頼りなくて……先生なのに、私がしっかりしなくちゃいけないのに」

「いや、先生が一緒にいてくれ、良かったですよ。俺一人だったら、エクセリオンで乗り逃げしてたかもしれないですから」

「ほ、星海くんは、そんなことしないよ!」

 どうだろう、エクセリオンの力を知っているからこそ、俺はそれで自分だけが生き残ろうという選択肢もとれた。そして、この場に先生がいなかったら、俺は恐怖に囚われて、逃げ出していたかもしれない。

 今、ここで最も安全な場所はエクセリオンのコックピットであることに、間違いはないのだから。

「とにかく、あんな啖呵を切った以上、もうやるしかないです」

「う、うん、そうだよね!」

 改めて、覚悟を決めよう。

 それに、何も俺一人で背負うこともでない。言いだしっぺは俺だが、それはたまたま、エクセリオンと移民船について知っていたからというだけのこと。

 作戦を実行するにあたっては、大いにレオン以下、生徒会も巻き込ませてもらおう。というか、普通の生徒全員にも、力を貸してもらうこととなるだろうから、無関係でいられる者は、学園には誰もいないか。

 逸る心を落ち着かせながら、俺と先生は、レオン達がここへ到着するのを待つ。

 移民船について説明するには、まずこの場所へ呼ぶのが一番手っ取り早い。それに、先生が艦長となったお蔭で、全てのロックが解除され、通路も通れるし、その気になれば誘導することだってできる。

 さっきの校内放送で、レオン達をここへ呼んでおいたし、説明する時間を省くためにも、教室待機を継続することになる生徒達に向けて、簡単な移民船の概要を情報公開している。読んでいれば、しばらくは大人しくしているだろうし、不安も紛れる。

「――カグヤ!」

「来たか、レオン。待ってたぞ」

 五分もしない内に、レオン達生徒会メンバーがやって来た。エーデルとイーリアス先輩も、格納庫で合流したのだろう、二人も一緒にいる。

 あ、それと、さりげなくユウカも混じってる。

 フランシーヌ会長の妹だという子がいないのは……恐らく、ショックで寝込んでいるか、泣いているかといったところか。

「一体、どういうことなんだ。何なんだよここは!」

「まぁ、落ち着けって、とりあえず説明を聞いてくれ」

 ブリッジに面子が揃ったところで、話を始めよう。

 といっても、俺が説明をするワケではないのだが。

「――次世代型移民船『アルカディア』へ、ようこそ。クルーの皆さまを、歓迎いたします」

 例の機械音声が、この場の様子を見ているかのようなことを言い出す。実際、見ているし、部屋の状況を正確に把握しているのだが。

「私は移民船『アルカディア』の情報管理を任されている、恒星間航行サポートAIナビゲーター。『ナビ』とお気軽にお呼びください」

 先生が図らずとも艦長に就任した際、いきなり自己紹介を始めたのがコイツである。

 今の宇宙船でも、かなりの部分でオートメーション化が進み、AI制御の部分もあるから、この船に航行を補助するAIが搭載されていても、さほどおかしな話ではない。もっとも、コイツは限定的な機能しか持たない普通の宇宙船AIに比べて、遥かに高性能な機能を有しているらしい。

「ナビ、まずはこの船のことを簡単に説明してくれ」

 すでにナビの使い方を知った俺は、彼女に説明を丸投げする。優秀なAIであるナビは、割と適当な指示でも、意図を推測し、適切と思われる解答をくれるのだ。

「はい、当艦は第七学園都市コロニー『アルカディア』にて、秘密裏に建造された、次世代型の移民船、そのプロトタイプです」

「秘密裏って、どこの国が? いや、コロニー連合か?」

「機密事項です。解答できません」

「ナビが答えられるのは、白百合先生の艦長が持つ権限までの内容なんだ。あんまり秘密に突っ込んだ質問には、答えてくれないぞ」

 レオンと同じく、俺も真っ先にナビに聞いたさ。移民船とエクセリオン、このオーバーテクノロジーの産物を、一体どこのどいつが作り上げたのかと。

 どういう聞き方をしても、ナビは機密事項の一点張りで、ポロリと秘密を漏らすこともなかった。無駄に高機能な、人間との会話能力が恨めしい。

「分かった、とりあえず学園の地下でコソコソやってた黒幕のことを探るのは後回しにしよう。それで、この移民船で、何ができる?」

「当艦は、人類史上初となる太陽系外への有人探査および地球化入植を可能とする機能を有します。既存の宇宙船には搭載されていない、最先端フォトンテクノロジーによる機能も複数、含まれます」

「具体的には?」

妖星原石オリジン・コアリアクターを主動力とし、オラクル型フォトンフィールド、ニューテラフォーミングシステム、ディメンションリープ航法、全天候型装置内蔵居住区など。もっと知りたいですか?」

「……いや、いい」

 うーん、と眉間にしわを寄せて唸るレオンの気持ちは、よく分かる。

 今、ナビが上げた機能の数々は、どれもまだ実現段階にはない、未来の技術とされるものである。全て実現可能という理論こそ実証されているが、実際に作るとなると、まだ五十年や百年はかかると言われている。

 しかし、それら全てが実装済みであると、ナビは言い張るのだ。なるほど、流石は次世代型を謳うだけはある。本当の話なら、だけど。

「分かった、信じよう。エクセリオンがあるなら、未来の技術満載の移民船だって、信じてやるさ」

「話が早くて助かる」

「どの道、これに頼るしか、俺達が生き残る方法はないんだろう?」

 相手はアレス軍の艦隊。こちらはただの学生。袋の鼠よりも絶望的な状況だ。打開するには奇跡が必要で、そして、奇跡はここにある。

「それで、実際にどうする。確かにこの船は物凄い機能があるようだが……移民船というなら、武装はしてない、違うか?」

「はい、当艦には軍用兵器は一切、搭載してありません。例外はタクティカルフレーム『エクセリオン』のみで、これは当艦に一時的に保管されていたものに過ぎません」

 つまり、移民船『アルカディア』と新型TF『エクセリオン』は、別々の計画によって建造されたということだ。格納庫にエクセリオン一機のみだったのは、ナビの言うように、たまたまこの時期だけ置いておいたから、といえば筋は通る。

 まぁ、どっちも機密事項ということでナビはだんまりを決め込んでいるから、俺達にどんな隠し事をしているか分かったものではない。船にも実は物凄い超兵器が搭載されていたりするのかもしれないが、ナビが「武装してないもん」と言い張る以上、俺達に使わせる気はないだろう。

 コイツが次世代型宇宙戦艦だったなら、真正面からアレス艦体を蹴散らせて楽勝だったのに。だが、無い物ねだりをしても仕方がない。

「確かに、この船に攻撃力はない。けど、防御力はある。オラクル型フォトンフィールドの威力が本物なら、軽く戦艦の10倍以上は強度があるはずだ」

 あらゆる攻撃を防ぐ万能なバリアである『フォトンフィールド』には、二種類ある。

 一つは、高出力開放型フォトンフィールド。

 フォトンを生み出す原動機たるコアリアクターの出力に任せて、巨大にして強固なフォトンフィールドを展開する方式。戦艦などの大型兵器にのみ搭載されるが、基本的には、拠点や地域の防衛に使われる。最大では、コロニーや地球の大陸を丸ごと覆うようなサイズも存在する。

 もう一つは、人型フォトンフィールド。

 フォトンフィールドは、大量のフォトンエネルギーがなければ形成することができない。だから、最低でも戦艦のコアリアクターくらい大きなものでなければ、フォトンフィールドを発生させることができないのだ。

 しかし、人型のTFだけは違う。何故か人型だと基準値以下の出力でも、フォトンフィールドが発生する。この特性を利用して、全てのTFに搭載されているのが、この人型フォトンフィールドの発生装置である。

 そして、移民船『アルカディア』が誇る、オラクル型、というのは人型と高出力開放型をいいとこ取りした上に、さらに強化したような代物だ。人型フォトンフィールドにみられる、未知のフォトンの特性を利用することで、同じ出力でも十倍以上もの強度を持つフォトンフィールドを形成する、らしい。詳しい理論は知らないし。

 だが、恐らくエクセリオンのフォトンフィールドも、オラクル型のはずだ。バズーカが直撃しても、フィールドの強度は十分の一程度しか減衰しなかった。単純計算で十倍の強度。ちょうどオラクル型の謳い文句と一致する。

「だが、いくら防御が硬くても、撃たれまくったらその内、やられてしまうだろ。多少、足が速いくらいじゃあ、追撃を振り切る前に沈むぞ」

 確かに、防御力が十倍でも、攻撃を十倍浴びれば普通に破壊される。アレス艦体はコロニー丸ごとぶっ壊すつもりでやってきているのだ。装備は十分、弾薬もたらふく腹に詰め込んできているだろう。たった一隻の移民船が突っ込んで来れば、カモよりもいい的となって、集中砲火。十倍どころか、百倍の火力を喰らってあえなく轟沈の未来しか見えない。

「そこで、ディメンションリープ航法だ」

「おいおい、まさか、敵の真っただ中でワープするつもりか!?」

 大陸守護に必要な高出力開放型フォトンフィールドよりも、さらに多くのフォトンエネルギーを必要とするが、ワープ装置はすでに存在し、宇宙開発のために大々的に利用されて久しい。ワープゲートは地球、火星、第一コロニー、第四コロニー、にそれぞれ設置してある。

 俺もこのアルカディア学園に来る時には、地球から第四コロニーまでワープした上で、宇宙船に乗り換えたものだ。

 すでに日常レベルで浸透した、あって当たり前、だが人類にとって最重要のインフラがワープゲートである。フォトン技術の中でも、TFやテラフォーミングを越えるテクノロジーが、このワープ技術であるに違いない。

 ざっくりとしたワープの理論としては、大量かつ高密度のフォトンエネルギーによって、空間を強引に捻じ曲げて、繋ぎ合わせる、というモノだ。怪しい光の空間やら、謎の四次元空間やら、虚数空間やらと、不思議なモノを介することなく、ダイレクトに三次元空間が繋がるので、ワープゲートが開きさえすれば、出入りは自由自在。なぜなら、すでにそこは空間として繋がっているのだから。

 さて、理論もあって、実現もしているフォトンによるワープ技術だが、現状ではこれ以上の応用が効かず、もう何十年もワープゲート以外での実用化はされていない。ゲートの大量生産どころか、必要エネルギーコストの低減さえ、ロクに進んでいないのだ。

 あと百年経っても、宇宙船ごとにワープ機能を搭載する、なんていう未来は訪れないだろうと言われたが――コイツには、それがある。

 宇宙船用に小型化、かつ転移先を自由に設定できる夢のワープ理論、それが『ディメンションリープ』だ。で、その理論に基づいて実用化したシステムだから、『ディメンションリープ航法』というわけ。

「まだ軽く機能を確認しただけだが、地球までワープはできなくても、ここからアレス艦体を引き離すくらいの短距離ワープは可能なはずなんだ」

「おいおい、本当にソレは大丈夫なのかよ?」

「それでも賭けるかどうか、決めてくれよ、レオン。いや、生徒会長」

「くそっ、こんな時だけ言いやがる」

 流石のレオンも、俄かには信じがたい未来技術に頼り切りな怪しい俺の脱出作戦に乗るかどうか、決めかねている表情。

 正直、俺はアレス軍による虐殺が確定されている以上、ワープ失敗で外宇宙の彼方に放り出されたとしても、実行した方がマシだと思っている。覚悟が決まってる、というべきか。

 勇気がある、のでは断じてない。

 俺は、何が何でも逃げたいのだ。

 エクセリオンで、ガウルと戦って、アレス兵を沢山殺して……勝つには勝ったが、キツかった。ユウカを助けるんだ、レオンの期待に応えるんだ。そういう強い意志がないと、俺は戦えない。

 だから、玉砕覚悟でアレス軍と戦うなんて精神的に耐えられない。

 けれど、一縷の望みを賭けて、逃げられるかもしれない、というなら、希望を信じて戦える。またエクセリオンに乗って、ガウルを何機でも叩き落としてやるさ。

 まぁ、そんな風に一足先に覚悟を決められた俺が、今度はレオンの背中を押してやろうじゃあないか。

「できるさ、レオン。俺と、お前なら」

「カグヤ……ったく、それを言われたら、やらないワケにはいかねーよな」

 いい顔だ、レオン。ちくしょうめ、やっぱりお前、イケメンだよ。

「みんな、聞いてくれ。これから俺達は、この移民船『アルカディア』で、アレス軍を振り切る!」

 決断するのは、トップの役目。

 力強く、レオンがそう宣言した瞬間、背後に立ち並んでは不安そうな顔色を浮かべていた生徒会役員達にも、決意の光が目に灯る。

 よし、乗った、乗ってくれた。

 俺と先生の校内放送だけでは、全校生徒の協力を取り付けるのは不可能だ。けれど、生徒会長レオンを筆頭に、生徒会が確固たる目的意識をもって動き始めれば、必ずみんなもついてきてくれる。

「このまま黙って、奴らに殺されて堪るか! 俺達は生き残る、必ず、みんなで生き残ろう!!」

 レオンの叫びに、集った皆が呼応した。


 如何だったでしょうか。

 どこかで見たことあるような展開の連続・・・ですが、個人的にはまずロボモノをやるなら王道展開をやりたい! と思い、このような物語となりました。

 まず、この話を思いついた最初のキッカケは、友人と話していた「俺が考えるオリジナルガンダム」というお題でした。ちょうど『鉄血のオルフェンズ』の二期が終わって、非常に残念なオチになったものだと語り合っていたものです。

 ともかく、そんなフラストレーションから、自分が理想とするガンダム作品、こういうガンダムが見たい! という話で盛り上がり始め、その時に即興で考えたアイデアがエクセリオンのベースとなりました。

 確か、最初に考え付いたテーマとしては、主人公がガンダムで無双して学園の独裁者になる、という感じでした。

 エクセリオンに関しては、いつか連載するのを諦めきれていない作品なので、ネタバレは避けますが・・・カグヤがその活躍から、ただのパイロットではいられない、学園を救う救世主として祭り上げられ権力が集中し、独裁者としての地位に座らざるを得ない、という流れは予定しています。そして、その結果生じる、学園内での生徒同士の衝突など、呪術師で磨いたギスギス展開なんかもやりたいなと思っています。

 体験版第一作の『マッドネスアイランド』では、発想の元になったゲームとしてダイイングライトを上げさせてもらいましたが、この『エクセリオン』でも大いに刺激を受けたゲームがあります。

 それは、『ガンダムブレイカー3』です。

 ダイライほど神ゲー、とまでは言いませんが、自分オリジナルの機体をくみ上げたい! みたいな欲求を持っている人にとっては神ゲーですし、普通にプレイする分にも良ゲーなのではないでしょうか。

 ガンブレ3では、もう単純に自分が考えるエクセリオンに登場させる機体をイメージして、色々と作りました。主人公機であるエクセリオンは勿論、練習機ハリアー、量産機ガウル、ライバル機レギオス、と今回の体験版で登場したTFは全てゲーム内で作りました。他にも、物語で登場予定の様々な機体、エーデル専用機とか、その他の量産機、ボス機体などなど、ガンブレ3は非常に私の創作意欲を満たしてくれました。

 興味のある方は、是非ガンブレ3をどうぞ。3です。決して最新作ではなく、3を買うのです。


 それともう一つ、この作品を考えるにあたって影響を受けたのは・・・アニメ『革命機ヴァルヴレイヴ』です。通称ヴヴヴと略される、マジェプリ・ガルガンと同時期に放送されたロボアニメ三兄弟で最も期待され、そして最も残念な出来だった、ヴヴヴです。

 ワクワクさせられる設定から繰り出される、アレな展開の数々。そりゃあもう、期待していた分だけ失望したものです。少なくとも、私はヴヴヴで全く満足することはできませんでした。

 しかし、ワクワクする設定は確かにあったのです。学園で独立という状況など最たるものですね。

 そういうワケで、自分好みの部分は活かす形として、取り入れさせてもらいました。オリジナルガンダムの話で、独裁者設定なんかが思いついたのも、このヴヴヴの不満があってこそですし。


 前述した通り、エクセリオンに関してはまだ連載の希望を捨ててはいないので、これ以上語ることはやめておこうと思います。個人的には一番面白いと思っている作品なのですがどうでしょうか。評価してもらえれば嬉しい限りです。


 明日は体験版の最後となります。ジャンルは王道に返って、異世界召喚モノになります。それでは、お楽しみに!

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