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黒の魔王  作者: 菱影代理
第36章:最果ての欲望都市
715/1044

特別企画 未発表作品体験版その2 『新機動学園戦記 エクセリオン』 第一話

 特別企画の体験版2作目となります。

 ジャンル別でいえば『宇宙SF』になります。要はガンダムのような宇宙を舞台にしたロボットバトル戦記・・・になる予定です。


 プロローグ



 無限に広がる星の海に、二つの光が激しく瞬く。

 一つは青色。美しいブルーの輝きが、長い光の尾を引く。もう一つは、赤色。燃える様な真紅の輝きが、青い光を追いかける。

 赤と青、宇宙ソラを鮮烈に彩る二色の輝きは、彗星ではない。凄まじい速度で飛び行く光の先端、そこにあるのは人型。

 騎士のように、剣と盾で武装したその姿は、こう呼ばれる――人型機動兵器・タクティカルフレーム。通称、TFと呼ばれる、この現代における主力兵器である。

「――ちいっ、しつこい奴め!」

 青いタクティカルフレームを操る黒髪の少年は、内臓が飛び出そうなほどの加速重圧の中で、平然と悪態をつく。

 凄まじいプレッシャーを背後から感じる。視界に姿が映らずとも、目立つ真紅のタクティカルフレームが、すぐ後ろを猛追してきているのは分かりきっていた。

 急加速に急制動、時には直角に近い角度で曲がり――だが、引き離せない。

「くそ、賭けに出るしかないか」

 一度、決断すれば行動は早い。目にも止まらぬジグザグの不規則機動を繰り返したのが、単調な直線運動に変わる。

 その代り、ブースターを噴かせて最大速度で飛ぶ。

 向こうも同等の性能を持つ機体を操っている。それだけで振り切れる相手ではない。しかし、お互い近接武器しか持たないこの状況で、僅かだが確実に攻撃を受けない時間を少年は求めた。

 正しく一筋の流星と化して飛ぶ青い機体は、激しくスピンを始めた、と思った次の瞬間には、反転。

 一瞬の内に身を翻し、背中を追われる体勢から一転、真っ向から赤い敵を迎え撃つ格好となる。

「さぁ、来いよっ!」

 無理を押して急反転した自分の機体は、姿勢制御が不安定。

 状況としては、相手の方が有利。少年は耐ショック限界を超えてガクガクと激しく揺れ動くコックピットに翻弄される。

 しかし、それでも彼の黒い瞳は、真っ直ぐ飛び込んでくる敵の姿を捉え切っていた。

「まだ――」

 敵の武器は、いつも通り、大型バトルアックスの二刀流。超高熱と超震動の威力が宿る、巨大な斧の刃がコックピットごと両断せんと襲い掛かって来るが、読みが当たった。

 何度も体験した、薙ぎ払いの動作。回避のタイミングは完璧。

 機体が悲鳴を上げているが、構わず身を捻って斧を交わす。

「ここだっ!」

 左手に装備した盾を掲げると同時に、右手に握る剣を繰りだす。

 バトルアックスの二刀目が、やはり、予測通りの軌道でもって襲来。盾に直撃。

 射撃武器を弾くには十分だが、大振りの近接武器の一撃を防ぐには足りない、軽量で小型のバックラータイプの盾は、やはり耐えきれずに砕け散る。斧の刃に盾は真っ二つに破砕され、さらにそれを装着する左腕を切り裂くが、辛うじて、腕の半ばで止まった。

 左腕部を犠牲にしたが、それでも、攻撃を止めることに成功していた。

「死ねよっ、イカれ野郎っ!!」

 逆転の一撃。右手に握る、神々しいほどに青白く輝く光の剣、フォトンビームセイバーが閃く。

 高密度フォトンでコーティングされた光り輝く刃は、タクティカルフレームの強固な装甲を瞬時に貫く。

 そして、放たれた少年の突きは、見事、赤い機体の胸元ど真ん中、最大の急所たるコックピットブロックを貫通していた。


 試合終了ゲームセット

 ツキミVSクリムゾンホーン

 勝者、ツキミ


 ビービー、とありがたみのないブザー音を聞きながら、俺はTF訓練シミュレーターから出た。

「あ、危なかったな……かなり焦った」

 俺の名前は、星海カグヤ。

 第七学園都市コロニー『アルカディア』の学園に通う二年生。少しばかりゲームが得意なだけの学生で、断じて、軍の腕利きパイロットなどではない。

 俺がプレイしていたのは、本来のタクティカルフレームの操縦訓練プログラムではなく、本当にただのゲームだ。

 この『TF大戦ニュージェネレーション』、通称ニュージェネは、俺がこの学園に入学するよりも前にリリースされた、TFシミュレーターを応用させたVRバーチャルリアリティゲームである。基本操作はリアルと同じで、実際に各国の軍隊で採用されている様々なタクティカルフレームを操作することができる……と、これだけなら、ウチの学園にもある普通の訓練用シミュレーターと同じだ。

 これがお遊びのゲーム足りえるのは、現実のTFではありえない、ぶっ飛んだ超絶性能のゲーム専用オリジナルTFを操作できることだ。勿論、武装も充実。

 だから現実のTF部隊や艦隊と戦っても、このオリジナルTFを使えば無双できる。まぁ、敵もこっちのレベルに合わせて、鬼畜な威力の架空兵器満載のハイスペック機で襲い掛かって来るので、ゲームバランスはとれているのだが。

 リアルなシミュレーターでNPCを相手にするのもいいけど、このニュージェネの真骨頂は、やっぱり対人戦だろう。

 サービス開始時点からプレイしていた俺は最古参だが、同時に、なんとランキング9位と一ケタ台の強者でもある。今の俺ができる、唯一の自慢。やめて、ただのゲームだと笑わないで。

「はぁ……リアルでもこんな性能だったらな」

 分かっている、所詮、俺が強いのはゲームの世界。いくら軍事兵器の歴史を変えた革命的な超兵器たるタクティカルフレームといえど、あんな超高速でビュンビュンと飛び回る変態機動は不可能だ。

 アルカディア学園の二年生として、本物のTFに何度も乗った経験だって俺にはある。だから、尚更にはっきりと分かるのだ。現実とゲームは、全く違うのだと。

「馬鹿馬鹿しい、別に、俺は英雄になりたいワケじゃないし。どうせ、将来はどっかの惑星の開拓者だし」

 そう割り切ってはいるつもりだが、それでもついつい、俺は隣接する格納庫に並び立つ、本物のタクティカルフレーム、全高15メートルの巨大な人型兵器を、未練がましく見上げてしまうのだった。




 第1話


「あー、結構、汗かいたなー」

 シミュレーターとはいえ、実際の揺れやGなども再現されているため、激しい戦闘を体験するとかなり疲れるし、汗もかく。

 部活の朝練よろしく、ゲームをしたいがために朝早く登校してシミュレーターを使う馬鹿は、恐らくこの学園でも俺だけだろう。まぁ、お蔭で一戦交えた後でも、シャワーを浴びていく時間はある。すでに制服を着こんでいるが、念のために変えの下着だけは鞄に用意してきている。運動部でもないのに……

 汗でベタついたシャツの感触に急かされるように、俺はさっさと学園のシャワールームへと向かった。

「――っ!」

 と、いつものシャワールームに入るところで、思わず身構えてしまったのには、ワケがある。

 この中途半端に早い朝の時間帯で、今まで誰にも会ったことがなかったのに、今日に限って一人の生徒と鉢合わせたからだ。

 しかも、その一人ってのが、何というか、無視するのもアレだし、かといって挨拶するほどの仲ですらないという、非常に微妙な間柄のクラスメイトであって……そんな情けないコミュ障的な葛藤を抱く俺をよそに、出会った彼女は、その輝くブロンドの髪をかき上げながら堂々と言い放つ。

「アンタ、朝早いのね」

「えっ、ああ、まぁ」

 会話とも言えないような一言だけを交わして、その金髪の女子生徒はさっさと女子の方のシャワールームへと入っていった。

 姿が消えて、ようやくほっと一息つく。

「そういえば、ドレッドノートさんと話したのって、初めてかも」

 彼女の名前は、エーデル・バルト・ドレッドノ-ト。

 ヨーロッパ連邦王国の出身だが、この世界各国どころか月も火星も各コロニーからも生徒が集まるアルカディア学園においては、さして珍しいものではない。

 しかし、彼女がただの一女子生徒で済まない、学園でトップ5に入る有名人なのは、その華麗な容姿もさることながら、ドレッドノートの名前があるからだろう。

 第四次大戦で活躍した、連邦王国の英雄、ドレッドノート将軍を祖父にもつのが彼女である。将軍の名前は歴史の教科書の現代史のところに載ってるレベルの有名人だ。

 で、そんなレジェンドお爺ちゃんを持つエーデル・バルト・ドレッドノートさんが、どうして最果てのコロニーにあるアルカディア学園に通っているのかは、一般家庭の生まれの俺にはとんと検討はつかない。

 とりあえず、俺の知っている彼女のことは、学園で誰もが知っている程度のことしかない。それでも、さっき彼女から声をかけてくれたのは……まぁ、サンドバックの顔くらいは覚えていてくれたってことかな。

 いや、今は彼女のことは、どうでもいい。

 正直、ギラギラ輝く真紅の瞳に睨みつけるようなキツい目つきだが、古典的なお嬢様染みたデカい金髪縦ロールのツインテが似合うほどの美人に、こうして面と向かってちょっとドキドキはしてる。 しかも、また勝手にTFを乗り回してきたのかパイロットスーツ姿だったし、じっとり汗ばんでいるし、胸元が開いて大きな谷間が覗いていたし、なんか凄い良い匂いとかしたし……くそっ、これだから女子に免疫のないモテない男子は!

 落ち着け、あんな高嶺の花の色香に惑わされて、いいことなんぞ一つもない。

 思考を切り替えて行こう。

「クリムゾンホーンの奴、最近かなり腕を上げてきている……次はヤバそうだ」

 熱いシャワーを頭から浴びながら、さっきのバトルを反省する。

 俺ことプレイヤーネーム『ツキミ』はランキング9位で、クリムゾンホーンは10位。アイツは俺と同じくサービス開始時点からいるプレイヤーで、ほとんど一緒にランキングを駆けあがってきたライバルだ。

 真っ赤な機体に、赤い一本角がトレードマーク。昔からその外観だったから、筋金入りだよな。

 荒が目立つ力押しの乱暴なバトルスタイルだが、獣じみた直感力で、特に近接格闘戦においては非常に危険な敵となる。ランク10位の実力は伊達ではない。

 総合的に操縦技術を磨いてきた俺は、どうにか奴に負けることなく今までやってこれたが、そろそろ怪しくなってきた。

 アイツも最近は随分と射撃が上手くなってきたし、フィールドのギミックを利用したり、地形を考慮した立ち回りをするようにもなった。おまけに、今朝は俺の高速機動にも遅れずについてきた。

「でも、アイツには負けたくないな」

 クラスでは目立たない、冴えない地味な男子生徒でしかない俺だが、このゲームだけには、ささやかながらプライドってもんがある。

 さしあたって、今の目標は8位のディアブロスを倒すこと。もうしばらくの間、9位から上にいけていない。8位以上の奴らは、どいつもこいつも化け物揃いだ。1位のリリィとか、チートを使っているとしか思えない強さ。

 まぁ、上位五人は運営が用意したAIだ、という噂もある。それが事実だとしても、6位までは人間としての実力で勝ちあがれるってことだ。

 上を見れば、手が届きそうでまだまだ果てしない。それでいて、クリムゾンホーンをはじめ、十位台の奴らもしのぎを削って一桁ランクの座を虎視眈々と狙ってきている。

 全く、手ごわいライバルばっかりだぜ。これだからニュージェネはやめられない。

 そんな風に、静かにゲーマー魂を燃やしつつ、俺は朝シャンを切り上げた。




「――よう、カグヤじゃねぇか。なんだお前、こんなに朝早かったのか」

 シャワーを終えて校舎へ向かって歩いていると、先ほどドレッドノートさんと同じような内容の声をかけられた。

 決して、俺は交友関係が広い社交的な奴ではない。友人なんて片手の指で足りる数しかいない。

 しかし、今、俺に声をかけてきた男子生徒は、友人としてカウントするべきか、それとも親友として別にするべきか、あるいは、もう縁がないと見るべきか。

「おはよう、レオン。なんか……久しぶり、だな」

 彼の名前はレオン・スプリングフィールド。

 その見た目と横文字の名前から分かる通り、俺と同じ日本人ではない。出身は大アメリカ自由連合。

 金髪碧眼に高い身長に優れた体格。おまけに爽やかな笑顔が似合うモデルか俳優のような美男子だが……子供の頃は、俺と一緒に日本の野山を駆けまわって遊んだ、幼馴染である。

 レオンはこんな逞しいイケメンに成長したというのに、俺はただ身長がそこそこ伸びただけのヒョロガリである。髪型一つとっても、セットがバッチリと決まった眩しい金髪のレオンに対し、俺はそのまま伸ばした黒髪が根暗っぽく前髪までかかってるだけ。覇気に満ちた輝く碧眼と、無駄に悪い目つきで陰鬱とした黒い目……コイツと容姿を比べるのは、もうやよう。精神衛生上、非常によろしくない。

「ああ、久しぶり、かもな。生徒会にいると、やっぱ色々と忙しくてよ」

「しょうがないだろ、もう生徒会長だし」

「まだなったばっかりで、あんまり実感はないんだけどな」

「そうか? 十分、立派にやってると思うぞ」

「いや、俺なんてまだまだだって。三年には前会長のフランシーヌ先輩もいるしさ」

「大丈夫だろ、ちゃんとレオンは人気も支持もあるから。やりたいようにやってれば、勝手に後から、みんなついてくる……昔から、そうだったろ」

 レオンはただ、見た目がいいだけの男じゃない。昔から、みんなの中心にいて、引っ張っていける存在だった。

 リーダーの器、ってやつなのだろうか。幼心に、俺はレオンのみんなを惹きつける魅力ってのに、憧れたし、尊敬していた。こんな凄い奴の一番の親友が俺なんだと。子供らしい自尊心もあったものだ。

 けれど、そんなちっぽけな気持ち一つだけで、いつまでもレオンの隣に立てるはずもなかった。

その結果がこれだ。俺はただの根暗ゲーマーで教室の隅っこで静かに過ごす地味な生徒。レオンはアルカディア学園の生徒会長となり、全校生徒を率いるリーダーシップを発揮して、毎日忙しく動いている。

「カグヤ、やっぱお前と話すと、何か落ち着くな」

「何だソレ。生徒会には敵が多いのかよ」

「かもな。なんつーか、幼馴染の良さってやつを再認識って感じ?」

「俺はお前のカウンセラーじゃないぞ」

「ははは、いいじゃないかよ、たまには生徒会長様の愚痴を聞いてくれたって」

 皮肉で返すが、あまり学園で話すことも少なくなっていたレオンにそう言われて、俺は素直に嬉しく感じていた。

 レオンとは、仲違いしたワケじゃない。顔を合わせば、楽しくお喋りだってできる。彼のことは、今でも大切な幼馴染で、親友だと思っている。

 ただ、俺がついていけなくなっただけだ。

 俺にはレオンほどの魅力はないし、沢山の人と関わっていける積極性やら社交性ってのがまるで足りていなかった。ゲームの世界で、顔も名前も知らない相手をライバルと呼んで競い合っているのが、お似合いなのだ。

「なぁ、カグヤ、今日の放課後、暇か?」

「なんだよ、急に。まぁ、暇だけど」

「じゃあ、久しぶりに遊びに行こうぜ」

「いいのかよ、忙しいんじゃないのか?」

「俺だって学生だぞ、息抜きくらいさせてくれよ」

「確かにな。別に、俺は大抵、暇してるから、いつでもいいけど」

「そうか、それじゃあ今日は――」

「あっ、レオン!」

 そこで、レオンの名を呼ぶ女子の声が響いた。たった一言、けれど、俺はそれだけで声の持ち主が分かってしまった。

「おう、ユウカ、おはよう」

「おはよう、レオン。あれ、カグヤも一緒だったんだ、なんか珍しいね?」

 駆け寄ってきた彼女の姿に、俺は一瞬、目を奪われる。

 翻る、艶やかな長い黒髪。キラキラした黒い瞳の円らな目に、真っ白い肌。大和撫子、という表現が実に相応しい。

 そんな美少女である東雲ユウカ、彼女もまた、俺の幼馴染と呼べる人物であった。

「あっ、お、おはよう」

「おはよう、カグヤ。ちょっと久しぶり、元気してた?」

「あ、ああ、まぁ……」

 すっかり綺麗に成長したユウカを前にすると、どうしても異性を意識してしまい、俺はレオンと同じように話すことができなかった。

 彼女とだって、話したいことは沢山あったはずなのに、上手く言葉が出てこない。そして、そんな自分が嫌になる。これだからコミュ障って奴は……

「そうだ、レオン、急いで生徒会室に集合だって」

「えっ、聞いてないぞ」

「さっき連絡きたの。ほら、早く行こっ!」

「おい、引っ張るなって! 悪ぃ、カグヤ、また後でな!」

 そうして、忙しなくユウカに手を引かれて、レオンは去って行った。

「……はぁ」

 馬鹿が、何をガッカリしているんだ、俺は。自分で選んだ道だろう。ああいうのに、もうついていけないんだと、諦めたんだろうが。

「やっぱり、ユウカに相応しいのは、レオンだよな」

 幼心に抱いた初恋なんて、とっくに敗れ去っているだろう。今更、仲の良い二人の姿を見て、センチメンタルな気分になる俺が女々しいだけ。

「くそっ……」

 憧れが嫉妬に変わる。その醜い感情を抱いてしまうことこそが、自分で自分を嫌いになってしまう、一番の原因だ。

 そしてきっと、俺がレオンから離れて行った、最大の原因がこれなのだろう。

 本当にしょうもなくて、自分が嫌になるよ。




「よっし、それでは早速、TF操縦訓練を始める! 各自、速やかに練習機に搭乗せよ! ほら、モタモタするな、駆け足ぃーっ!!」

 無駄に威勢の良い元気な声が、格納庫いっぱいに響き渡る。

 熱苦しいほどの声を張り上げているのは、二学年担当の体育教師兼タクティカルフレーム操縦教官のゴンザレス先生。ボディビルダーみたいな筋骨隆々の大男で、ピッチピチのパイロットスーツ姿は、マジで勘弁して欲しい。いいから、ジャケット着てください。

「はぁ……」

 怒られない程度の駆け足で練習機へと乗り込んだ俺は、今朝から数えてもう何度目になるか分からない溜息をついていた。

 すっかり忘れていた、今日はTF操縦訓練があると。この時間は、それなりの覚悟をもって臨まなければならないというのに。

「ダメだ、今日こそ事故って怪我する気がする」

 そんな弱音を吐くのは、俺が決して本物のTFの操縦が下手くそだからではない。ゲームに熱中していても、ちゃんとリアルとヴァーチャルの区別はつけている。

 中途半端に操縦できるからこその問題ってのもある。暗澹たる気持ちを抱えながら、俺はコックピットへ延びるタラップを登った。

 TFのコックピットはほぼ共通して胸元に位置する。コイツも例外ではない。

 すでに胸部装甲は開かれており、棺桶みたいな狭さの座席が生徒の搭乗を待っていた。

「生徒IDを提示してください。IDが提示されない場合、当機の稼働は認められ――」

「はいはい、2-Cの星海カグヤですーっと」

 地上10メートルを越える高さのコックピットへさっさと乗り込むと、生徒手帳とセットで組み込まれているカードをコンソールにかざして、認証を済ませる。

 誰も学校の練習機なんか盗まないだろ、とは思うが、それでもTFというのは立派な兵器だ。しかも、ウチの学校で採用されているのは、ついこの間までコロニー連合軍で使用されていた主力TF『ハリアー』である。

 学園のハリアーは練習機らしく目立つオレンジ色の塗装がされているが、中身はいまだ現役でも通用する安定した性能を持っている。

 外観はこれといった特徴のない、標準的なタイプ。頭部は緑に輝くバイザー型のカメラアイで、ブレードアンテナや拡張センサー類などのオプションもナシ。本体も標準仕様そのままで、鎧兜というより、角ばった装甲のロボットらしいシルエットだ。

 TFの基本ともいえる姿で、シンプルであるが故に、扱い易い。正に、学生が練習するにはもってこいの機体である。

 けど、俺みたいなゲーマーにとっては、乗っていてあまり面白みがないと感じたりも。ピーキーな機体を乗りこなしてこそエースパイロット、なんて、本物のTFパイロットが言わないと、格好はつかないよな。

 そうして、何度も乗ったハリアーの座席へ腰かけ、コネクトのスタンバイ。

 タクティカルフレームの操縦方法は、神経接続を利用したフルコントロール・システムだ。

 パイロットと疑似的に神経を接続させることで、機体を文字通り手足のように動かせる。TFが人型である第一の理由がこれだ。人間と同じ形であるが故に、神経接続システムを介せば、誰にでも簡単に直感的な操作が可能となる。

 人と機械を繋げる疑似神経接続端子フェアリーリングはTFを操縦するために開発されたという。そりゃあ、巨大な人型ロボットを、二本の操縦桿とペダルで動かそうってのは、無茶な話だよな。

「2年C組、星海カグヤ、認証――神経接続、スタンバイ。シートに深く腰掛け、コントローラーに手足をセットしてください」

「もうしてるって」

 初めてTFに乗り込む新一年生も使う練習機だからといって、毎回必ずこの説明アナウンスが流れる仕様なのはいかがなものかと。

 こっちはもう、とっくに疑似神経接続端子フェアリーリングが嵌るコントローラーに手足を突っ込んでいる。

 コントローラーは、それぞれ肘と膝まで覆うような筒状の機械だ。パイロットが正しく認証され、神経接続のスタンバイ状態の時に手足を入れると、自動的に手首と足首にリングが嵌り、接続される。

 ただ入れっぱなしだと姿勢が落ち着かないので、結局は装置の中で手は操縦桿を握り、足はペダルを踏むような形となる。

 そして最後に、頭の周りをグルッと囲む円環状のモニターが点灯し、セットは完了となる。

「セット確認――接続中」

 とは言いうものの、車のエンジンをかけるよりも、TFの立ち上がりは早い。

 目の前に映る円環型のモニターは、非接続時の情報表示に使うだけで、コイツの正体は、パイロットの脳から最も多くの情報を交換する、疑似神経接続端子フェアリーリングのメインデバイスである。

 手足のコントローラーはサブに過ぎない。

 そして、コイツが機能し始めると、すぐに――視界が切り替わる。

 一瞬の暗転の後に、目を開ければ、それはもう俺の視界ではなく、全高15メートルの人型機動兵器タクティカルフレーム『ハリアー』の視界となっている。

 神経接続によって動かすのは、手足だけではない。視覚と聴覚も、パイロットと機体で完全に同化するのだ。中には、嗅覚も実装しているゲテモノ機体もあるのだとか。

「よっし! 今日は地上での操縦訓練だ! 全員、グラウンドへ移動。ブースター機動は禁止、駆け足、よぉーい!!」

 やかましい声をあげる教官用の白いハリアーに、俺達はガッションガッションと重苦しい音を立てて、グラウンドへと徒歩で移動するのだった。全く、ロボに乗っても歩かされるとは、学生ってのは本当に無駄な苦労ばかりさせられる身分だよな。




 タクティカルフレームの操縦練習に使う前提なので、学園のグラウンドはかなりの広さを誇る。市街地を模した訓練用のダミービル群、なんてのも一角にあったりするのだから、立派な軍事演習施設ともいえるだろう。

 もっとも、俺達は軍人ではなく、新たな新天地を切り開く未来の開拓者になる学生だから、本物の軍隊ほど激しい訓練はしない。授業のメインとしては、戦闘よりも、惑星探索や拠点建設などの仕事をするための操縦技術を磨くことにある。

 しかしながら、自衛のために最低限は戦闘行動もとれなくては困る。なので、ちゃんと戦闘訓練はカリキュラムに含まれているのだった。

 三年生からは本物のTF用武装を使った実弾演習なんかもあるし。でも二年生の俺達は、戦闘訓練こそあるものの、射撃武器も近接用武器も安全な訓練用しか使えない。

 だがしかし、唯一の例外はある。

 それは、人型のTFが持っていて当たり前の、四肢。つまり、素手による格闘戦である。

「ぬわぁああああっ!?」

 轟々と巨大な鋼鉄の拳が目の前を通り抜けて行く。

 あ、危ねぇ! 直撃してたら、コックピット潰れたかもしれねぇぞ。殺す気か。

 学生の楽チンなTF操縦訓練のはずが、どうしてこんな命がけの攻防を演じているかといえば、相手がガチで殺しにかかってきているとしか思えない格闘戦を仕掛けてきたからだ。

 こんな危険なバトルをふっかけてくるのは、俺が知る限り一人しかいない。

 エーデル・バルト・ドレッドノ-トである。

 俺が彼女について、名前と容姿以外で知っていることは、とんでもなく苛烈な性格で、それをそのまま反映したかのように荒っぽいTFパイロットってことだけだ。

 乗れば必ずTFに傷をつける乱暴な操縦だが、こと戦闘訓練においては抜群の腕前を誇る。

 お蔭で、彼女の相手をする者は誰もおらず、渋々、多少は操縦がマシな俺が、事故らないよう細心の注意を払いながら、彼女が満足するまでボコられるのだ。授業の流れで、格闘戦OKになると、暗黙の了解で俺が相手をさせられる。というか、彼女の方から俺のところに来る。

 エーデル機が接近、みんなは散開、無言の圧力で俺だけ残る。いつものパターン。

「俺がコイツの相手をする、みんなは先に行け!」などと言う男気は俺に備わってないが、俺以外の奴が下手に彼女の相手をするとマジで事故りかねないから、他人に押し付けるのも良心の呵責ってやつが咎めるのだ。

 だったら男らしく、正々堂々受けて立て、と思うかもしれないが……彼女を相手に、反撃するなど、とんでもない。

 万が一、彼女に訓練中の事故で怪我を負わせようものなら、ドレッドノート将軍が連邦王国軍の最精鋭を率いて逆襲にきそうだ。それは言いすぎだとしても、日本の一般家庭の俺と、学園にも多額の寄付をしており、連邦王国で爵位も持つドレッドノート家のお嬢様だ。何かトラブった時に、弱いのは明らかに俺の方だろう。

 偉ければどんなワガママも通る封建制ではないが、それでもドレッドノートさんが勝手に学園のTFを乗り回したり、こうして授業中に一個人を集中攻撃する非道な行為を、教師陣も見て見ぬフリなのは、彼女の家の影響力というのを如実に表していると言える。

 これでドレッドノートさんが暴れたいだけの下手くそだったら、いくらでも取り押さえようはあるのだが……クリムゾンホーンもかくや、という獰猛な格闘能力を見せる彼女とガチでやり合えば、安全確実にエーデル機を倒せる自信がない。

 というワケで、今日も俺はドレッドノートさんのサンドバックとして打ちのめされるのだ。

「うっ、くそっ! 今日は一段と荒れてるなぁ……」

 機械の体を持つ15メートルの巨人だが、彼女の操るハリアーは本物のプロボクサーの如き機敏さでもって、次々と拳を打ち出してくる。

 それを、ゲームと比べて遥かに鈍いハリアーの反応速度と機動性をもって、回避したり、急所を避けるように受けたりして、上手にダメージを受けて行かねばならない。いやマジで、盾の装備が許されてなかったら、とっくに俺は病院送りだよ。

 ゲームでも使い慣れた、標準型のシールド一枚を頼りに、エーデル機から繰り出される情け容赦のない鬼のような猛攻撃を凌ぐ。

「――がっ、しまった!?」

 盾を蹴り上げられ、ガードが大きく開いてしまう。

 彼女は足癖も悪い。エーデル機はすかさず、ガラ空きになった俺の胴体へ豪快な回し蹴りを叩き込む。

 ハリアーの重量が十全に乗った蹴りが直撃し、流石にブッ飛ばされる。物凄い震動とGが俺を襲う。姿勢制御で踏ん張る余地もなく、俺のハリアーはばったりと仰向けに倒れ込んでしまった。

「あ、これ死んだわ……」

 見上げれば、そこにはすでにエーデル機が。同じ練習機たるオレンジ色のハリアーだが、こうして見ると悪魔のように恐ろしい。というか、ドレッドノートさんが怖い。

「頼むから、コックピットは避けてくれよ」

 せめて、トドメくらいは寸止めとか、急所を外して欲しい、とドレッドノートさんにあるかどうか疑わしい理性に、後は祈るより他はなかった。


 キーンコーンカーンコーン


 と、そこで聞きなれたチャイムの音が。今の俺にとっては、天使が吹き鳴らすラッパの音色に等しい。

「タイムアップか、助かった」

 トドメの拳を振り上げたエーデル機は、どこか悔しそうに腕を下ろし、格納庫へと歩き去って行った。

「こらぁー、星海ぃ! いつまで寝っころがっている、さっさと格納庫へと戻れぇーっ!!」

 うるせーゴンザレス、九死に一生を得た時くらい、ゆっくり命のありがたみをかみしめさせろってんだ。




「おのれ、エーデル・バルト・ドレッドノ-ト、ちょっと美人で家柄良くて操縦上手いからといって、調子に乗りやがって! あの女、いつか絶対、復讐してやる、具体的には三年生最後のTF操縦訓練の時に、フルボッコにして卒業式にはギプス付きで出席させてやる!」

 みたいな、できそうで絶対できない事を、どこまでも疲れた暗い表情でクラスの友達に語ったら、食堂で昼食をおごってくれた。

 トミー、ジュリー、お前ら本当にいい奴だよ。操縦訓練の度に、ドレッドノートさんにボコられる俺を、心から労い、励まし、癒してくれる。マジで友達がいのある奴らだ……できれば、お前らも操縦技術はそこそこなんだから、俺とサンドバック役をローテーションでいいから代わってくれれば最高なんだが?

「ハハハ! ナイスジョーク!」

「ミス・ドレッドノートは、いつだってカグヤ、君をご指名さ」

 コノヤロウ、爽やかな笑顔で言っても誤魔化されねーぞ。

 アニメ好きのトミーとコミック好きのジュリー、そしてゲーム好きの俺と、クラスではオタクグループを形成している。二人のお蔭で、俺みたいな奴でもそれなりに楽しく学園生活を送れている。

 だらだらと下らない雑談で、ひとしきり友人とのランチタイムを楽しんでから、眠くなる午後の授業に臨む。

「はぁーい、それでは教科書21ページ、2次式の因数分解から始めまーす」

 と、ほんわか間延びした先生の声が、たまらなく眠気を誘う。

 亜麻色の髪のデッカいポニテと、型落ちの眼鏡型情報端末がトレードマークの、我ら2-C担任、白百合姫子先生である。

 一年目の新米教師なのに、何故か担任。というか、本当に社会人なのか疑わしいほど童顔で小柄だが……胸だけは立派な大人に相応しい。普通にデカい、体が小さいから尚、デカさが際立つ。先生のくせにロリ巨乳とかほぼ反則だろ。

 そんな背徳的なエロ可愛さから男子には人気だし、優しく甘く隙の多い性格は女子に弄られてそれはそれで人気なので、総合的に生徒からは慕われているので良い先生ではある。生徒からはもっぱら姫ちゃんとか姫先生とか呼ばれて、完全に舐められているが、ちゃんと慕われているので良い先生なのだ。

 俺も先生の優しさというか、甘さというか、それで救われたことが何度かある。早朝からTF訓練シミュレーターでニュージェネが堂々とプレイできるのも、先生のお蔭だったりするのだ。

「まずは、二次方程式について話していきますー」

 俺にとって恩師と呼んでも過言ではないが、しかし、授業は眠い……昼休み直後の五時間目で数学はキツいっす。しかも今日は、午前中にTF操縦訓練で体力も消耗しているから、尚更である。

 というか、数学でなくても、このテの一般教養科目は眠くなるもんだ。普通の学生は一日の時間割が全てこういう学問に費やされるというのだから、よくこんな退屈に耐えられると思う。

 俺の通う、このアルカディア学園は世界初にして唯一の、惑星開拓者を育成する学校なのだ。

『フォトン』と呼ばれる新エネルギーの発見と共に始まった、地球人類の本格的な宇宙進出。21世紀中ごろ、まだ西暦の時代ではSFの産物と思われていた、軌道エレベーターや宇宙コロニー、テラフォーミング技術、などがフォトンによって次々と実用化していった。

 月が人で賑わい、コロニーが建設され、火星に国が開かれたその時、西暦は終わりを告げ、新世界歴へと変わった。

 そして現在、新世界歴195年。地球と月と火星と、その間に複数建造されたコロニー群が、人類の活動圏として確立されている。今は木星の開拓計画が推進され、すでに木星と、その衛星には資源採取用の前線基地が建てられている。

 遠からず木星も人が住む星の一つに変わるだろうが……人類はさらに先の未来を見据えている。つまり、木星より先の惑星、太陽系全てと、さらに太陽圏ヘリオポーズも越えた、無限の宇宙へ繰り出そうと計画しているのだ。

 文字通り、星の数だけある新天地を切り開く、宇宙の開拓者。アルカディア学園は、来るべき新時代の宇宙開拓時代を担う人材を育てるための学校である。

 だから、アルカディア生徒の本分は、具体的に役に立つことの少ない一般教養科目を修めることではなく、宇宙に旅立ち今すぐ役立つ技術、専門知識だ。一般的な宇宙船やコロニーの設備、資源採取施設の使い方は一年の頃に一通り修めるし、重機にも兵器にもなるTFの操縦だってやる。三年生にもなると、近い将来確実に実現されるだろう最先端技術も学んだり。何でも、俺達が卒業して本格的に開拓者として乗り込むだろう、次世代の宇宙船の操縦とそこでの航海生活のシミュレーション訓練なんかもあるのだとか。

 しかし、学生だからと配慮されているのか、先生のように一般教養の授業もそこそこあったりするのだ。でも重要度が低いから、赤点でもあんまり影響なかったり。だから新米の白百合先生に全教科丸投げ、もとい担当させたりするんだろう。

「……ふわぁ」

 思わずあくびが漏れてくる。眠い。

 しかし、あからさまに居眠りを決め込むと、それはそれで先生が傷つくので、俺はがんばってうつらうつらと船をこぎ続けるのだった。


 キーンコーンカーンコーン


 ああ、ようやく今日の授業が終わった。いよいよ、待ちに待った放課後だ。ついさっき、ニュージェネのいい感じの機体設定を思いついたので、すぐに反映させて試したいところだ。

「ヘイ、カグヤ! 早く行こうゼ! ゴートゥー、セントラルタワー!!」

「どうやらトミーが、映画の割引券を持ってるらしい。どうせフリーだろ?」

 わざわざ誘ってくれる友達を断ってまで、ゲームを優先させたりはしない。二つ返事でOKと答える寸前に、俺は思い出した。

「あっ、ごめん、今日は先約があるんだった」

「な、ナンダッテー!?」

「カグヤが先約? ニュージェネのランカーと決闘とか?」

 俺の約束といえばゲーム関係しかないのかよ。いや、確かにたまにあったけどさ、ランカーと戦う約束すること。

「まぁ、そんなところだ」

「フゥー、良かった、これでガールとミーツなアレだったら、ギルティーだったゼ!」

「ニュージェネはカグヤのライフワークだから、俺達も邪魔はしないよ。頑張れよ、カグヤ」

「……ああ」

 そうして、にこやかに去ってゆく二人の友人を見送り、俺は教室に残った。

 先約ってのは、朝にレオンと話したことだ。一応、放課後はアイツと遊ぶ約束をした、ってことになるだろう。

 二人にわざわざ嘘をついた、というか誤魔化したのは、何て言うか……まぁ、変に期待されたくなかったから、かな。

 俺が生徒会長のレオンと、ついでに書記のユウカと幼馴染の関係だってのは、二人に話していない。というか、話すタイミングもなかったし。入学して、俺達は一年に同じクラスになってすぐ意気投合だった。

 二人にとって俺は、ただのゲームオタクの友人で、まさか学園の中心人物たる生徒会長レオンと関係性があるとは思っていない。だから、レオンと幼馴染だと二人が知ったら、驚くだろうし、それに、何て言うか、こう、変化、みたいなのを期待するかもしれない。アイツとダチなら、その関係から色んな人ともお近づきになれるんじゃないかとか。単に、何か凄いな、とか。

 でも、恐らく、レオンが今日、俺と約束したのはほんの気まぐれだ。また、昔のように毎日二人でバカやって大騒ぎするような、そんな絵にかいたような親友同士には戻れない。

 俺とレオンとでは、性格が違う。お互い、それぞれの身の丈にあった学園生活を送っていくだけで、それは今までと何も変わらない。たまたま今日、俺とアイツに接点ができただけのこと。

 もしかしたら、俺がレオンと遊びに行くのなんてて、今日で人生最後なのかもしれないな。

 そんな風に寂しく感じたのは、割り切っているつもりでも、俺は心のどこかで、レオンの後についていけなくなった自分を後悔しているから、かもしれない。

「よう、カグヤ、教室にいたのかよ」

 教室に残ってだらだら雑談するクラスメイトも減り、やや閑散としだして、一人残っているのが少々居心地悪くなり始めたその時、レオンはやって来た。

「いや、集合場所決めてなかったし」

「一回正門まで出ちまった」

「悪い」

「いいよ、それより、どうする?」

 いざレオンと会えば、やっぱり普通に喋れる。なんだかんだで、コイツとは幼馴染ってことだろう。

 並んで校舎を歩きながら、とりあえず正門を目指す。

「俺は特に何も。レオンは何かあるのか?」

「いや、別に」

「ノープランかよ」

「デートじゃないんだ、別に適当でいいだろ」

 確かに、男同士で遊びに行くなら、別にどこでも適当にやってればいい。どっちも、ご機嫌伺いなんかする必要はないからな。

「あっ、そういえばカグヤ、ニュージェネだっけ? あのゲーム、めっちゃ強いんだって?」

「そこそこな。っていうか、知ってたのか」

「ああ、エーデルから聞いた」

「誰だよ」

「エーデル・バルト・ドレッドノートだよ、まさか、知らないのか?」

「あっ」

 そうか、ファーストネームで呼ぶから、全然ピンと来なかった。

「ドレッドノートさん呼び捨てか、流石は生徒会長」

「いや、それは別に関係ないだろ。エーデルとは、まぁ、なんつーか、普通に友達っていうか」

 いや、やっぱ凄いよ。彼女が荒っぽいのはTFの操縦だけじゃなくて、素でそうだと聞いている。普段はにこやかな微笑みで「ごきげんよう」とかいうテンプレお嬢様では断じてなく、滅多な事では男を寄せ付けない気難しい性格だという。

 そんな噂が俺の耳にも入ってくるほどだというのに……普通に友達、か。

 万が一にもないと思うが、俺に「レオン、お前にはユウカという者がありながら」なんて台詞を言わせないでくれよ。

「それで、ドレッドノ-トさんのことはいいや。ニュージェネの話を俺に振るとは……まさか、ヤル気?」

「その、まさか、ってヤツ」

 ニヤリと笑うレオン。子供の頃に何度も見た、悪戯を思いついた時と同じ顔で笑っている。

「はっ、この俺に挑むとは、命知らずだな」

 だからきっと、俺も子供の頃と同じ顔で、笑っていただろう。

「久しぶりに、真剣勝負と行くか」

「望むところだ」

 俺達は馬鹿みたいにニヤつきながら、いざ決戦の舞台、学園最寄のゲーセンへと向かった。


 試合終了ゲームセット

 ツキミVSゲスト

 勝者、ツキミ


「……認めよう、カグヤ、俺の負けだ。完全敗北だ」

「潔いことで」

 まぁ、ランク9位の俺が、初プレイのレオンに負けるはずもなく、余裕でフルボッコにして大人げない勝利を勝ち取ったのだった。

 ちなみにプレイヤーネームがゲストなのは、登録してないプレイヤーを現している。ゲームに登録すれば自分の機体と拠点を持てるが、未登録でも気軽にゲーセンでプレイができる。

 ニュージェネは本物のTF操縦と同じ操作だから、アルカディアの生徒として訓練を受けているレオンの動きは立派に実戦レベルだが、これは所詮ゲームだ。リアルではありえないスピードとパワーを誇る、架空のハイスペック機を乗りこなすテクニックは、このゲームをやり込まなければ身につかない。

 現実には全く役に立たない、無駄なテクだけどな。

「ほらよ、お望みのコークだ」

「うーん、勝利の美酒は最高だな」

 ひとしきりプレイを終えて、ベンチに座って缶ジュースを飲みながら小休止。勿論、これは敗北者レオンのおごりである。

「なぁ、カグヤ、そういえばお前、どうしてアルカディア学園に来たんだ?」

「何だよ急に、そんなにおかしかったか?」

「俺はてっきり、お前は日本に残ると思ってたから」

 中学校を卒業する頃には、ほとんど会話することもなかったからな。お互い、進路について話す機会もなかったか。

「別に大した理由はない。本物のTFに乗れればいいかなーって」

「それなら、同盟軍に入れば良かっただろ」

「兵士になるほど根性はないから。戦争も、まぁ、今の情勢じゃあないとは思うけど……マジで出撃になったら、怖いじゃん」

 アルカディア学園は、軍に入るよりはゆるいし、それでいて戦闘訓練込みでTF操縦も学べる。俺にとっては、一番望ましい環境だったワケだ。

「そうか、そうだよな。お前らしいよ、何か安心した」

「何故そこで安心する」

「俺も含めて、生徒会のメンバーってアレだろ、ほとんどの奴が何かしら背負ってるからさ」

「あー」

 いわゆる一つの上流階級ってやつ?

 凄い家柄出身なのは、ドレッドノートさんだけではない。アルカディア学園には、地球、月、火星、コロニー連合、様々な出身の生徒が集まるが、それに加えて、各国の要人関係の子供も多い。

 レオンの親父さんも、大アメリカ自由連合の政府高官だし。

「そういう人って、やっぱ将来の進路ってもう決められてる感じなのか?」

「まぁ、大体な。でも俺はまだいい方だ、フランシーヌ先輩とかは、もう結婚相手だって決まってるっていうしよ」

「前会長の人か。火星の貴族だっけ?」

「ああ、アレス王国の公爵令嬢だ」

 公爵、か。日本人の俺には全然ピンとこない肩書きだ。ファンタジーRPGでしか馴染みがないな。

「っていうか、なんでそういうド偉い家の子供が何人もアルカディアに来るんだ?」

「詳しいことは俺にも分からんが……まぁ、アルカディアの開拓計画は、色んなところが噛んでいるからな。将来的な宇宙の領土争いが、もう始まってるってことだろう」

「そういうの、皮算用って言うんじゃね?」

「お偉いさんは、先行投資だと思ってるんだろ」

 いつ始まるか分からない、将来の宇宙開拓計画に備えて自分の子供を通わせるとは、まるで都合の良い駒扱いだ。でも、やっぱ自分の子供は可愛いだろうし、どこの親もちゃんといい就職先を準備しているんだろうな。そう考えると、ちょっと羨ましい。

「実際の開拓計画よりも、それに付随する先端技術の開発って方が現実的に注目されてるかもな」

「あー、ここの大学は凄いからな」

 学園の反対側に位置するアルカディア大学は、世界最先端の研究施設でもあるという。特に、フォトン技術の研究開発の世界的な中心地となっている。

 今の世界において、フォトンは最も研究価値のあるモノだ。石油などの化石燃料に変わる次世代の新エネルギー、世界の在り方すらも変えたフォトンは、再び新たな発見があれば、現在の軍事的なパワーバランスも崩しかねない。西暦の旧時代ではオモチャも同然な巨大人型ロボットが、当時のあらゆる兵器を上回る性能を手に入れたのは、全てはフォトンがあってこそ。

 いまだ謎の多いフォトンが解明されてゆけば、再び世界を揺るがす大発見があるのでは、と誰もが考えるだろう。

「カグヤはそのまま大学に行くのか?」

「ああ、それ以外の選択肢はないだろ」

 学園の卒業生はほとんど、そのまま大学へと進学する。優秀な研究者、という肩書以外で、世界を変える可能性のある場所へ潜り込むなら、学園の生徒になって大学進学というのが最も確実な方法ではあるな。

「レオンは?」

「俺は……どうだろうな、もしかしたら、本国に帰ることになるかもな」

「そうなのか。それは、残念だな」

「ははっ、心配すんな、まだ決まったワケじゃないし。それより、辛気臭い話はやめて、そろそろ次の勝負を始めようぜ」

「おう、そうだな」

 学生にとって共通の悩みの種である進路の話を打ち切って、俺達はベンチから立ち上がる。

 と、その時だった。


 ドドン!!


 突如として、耳をつんざく爆発音が響きわたる。ゲームセンターがかすかに揺れる。

「な、なんだっ!?」

「今の爆発、かなり近かったぞ……カグヤ、外に出よう」

 焦って硬直するばかりの俺だが、冷静なレオンに引っ張られるように、ゲーセンの外に出る。どうやら俺達が走り出したのは、他の奴よりも早かったようで、爆発音になんだなんだと周囲はザワついているだけで、まだ入り口に人が殺到するほどの混乱ぶりではなかった。


 ドォンッ!!


 ゲーセンを出た瞬間、再び爆発音が響いた。さっきよりも大きい。危機を察知して、いよいよ周囲の人々も騒ぎ出した。

「くそっ、何なんだよ、学園の弾薬庫でもぶっ飛んだのか?」

「見ろ、大学の方に煙が上がって――っ! あ、アレはっ!?」

 激しい喧噪の中で、俺達は見た。

 青空を映し出すコロニーの天井モニター、そのギリギリの高度を飛行していく、タクティカルフレームの姿を。

 ニュージェネで大体のTFは知っている。飛んでいるのは、白い基礎骨格フレームに赤い外部装甲アーマーが特徴的な配色の機体。頭部は額に一本角のようなブレードアンテナが立ち、カメラアイは赤く輝く一つ目型モノアイだ。

 思い出すまでもなく、一目で分かる機体デザイン。そして、左肩には所属を現すエンブレムまで描かれていた。

「アレス王国軍の主力タクティカルフレーム『ガウル』だ」

「どうして、アレスのTFがここに――うわっ!」

 コロニーの中心市街地を飛行するガウルは、少なくとも見える範囲では三機。ゆっくりと旋回するように飛びながら、三機はそれぞれの方向に向けて、肩にかついだ無骨なバズーカを容赦なく撃つ。

 無差別なのか、それとも標的の施設があるのか、どちらにせよ、撃ち出されたバズーカの弾頭は、そこに秘める破壊力を解放し――コロニーを揺るがす大爆発を起こす。

「あっ――っつ――」

 さっきよりも、かなり近いところに落ちた。道路から駆け抜けてきた爆風に煽られ、俺は倒れ込んでいた。痛みはない、けど、耳がちょっとキーンとする。

 ヤバい、次に撃たれたら、今度は爆発に巻き込まれて死ぬかもしれない。

 何で、こんな、いきなり、意味が分からない、俺、こんなところで、嘘だろ、死――

「立て、カグヤ!」

「うおっ!」

 無様に倒れたままだった俺を、レオンの腕が強引に引っ張り上げる。

「大丈夫か、しっかりしろ!」

「あ、ああ、悪い……大丈夫だ、怪我はない」

 今、俺は完全に恐怖と混乱に陥っていた。あのまま呆然と倒れたまま、逃げ出すことさえままならなかったかもしれない。

 レオンが一緒にいて、本当に良かった。こういう時にも、コイツは頼りになる。対して俺は、どこまでも小心者の一般人だよ。

「よし、なら走れるな。急いで学園に戻るぞ」

「そうか、学園には緊急避難用のシェルターもあるし、脱出ポッドもある」

「そういうことだ、行くぞ!」

 俺たちは一目散に走りだした。

 ガウルの攻撃によって街は混乱の極致にある。誰もが叫び声をあげて逃げ惑い、安全な場所を求めて右往左往している。

 途中、親とはぐれたのか、泣いている子供を見かけた。

 誰かを助ける余裕は、俺にはなかった。




「はぁ……はぁ……良かった、学園は無事だ」

「ああ、そうだな」

 つい一時間ほど前には、呑気に遊びに繰り出すのに出て行った学園の正門に、まさかこんな切羽詰って戻ってくることになるとは。

 もっとも、そう思っているのは、俺達以外も同じだろうが。

「みんな考えることは同じか」

 学園へ逃げてきたのは、俺達だけではない。正門前には、帰宅途中、あるいは街で遊んでいた生徒達が結構な数、集まっている。

 そういえば、トミーとジュリーも街に行っているはず。正門に姿は見えないが……二人も無事に学園まで避難してくると信じたい。

 そういえば、生徒以外の一般市民もかなりいるようだ。安全な場所があると、生徒の誰かが教えたか、最初から知っていたのか。まぁ、災害時に学校が避難先になるのは当然か。災害というより、テロか戦争といった有様だが。

 とりあえず、スムーズに避難者達は正門から学園内へと入って行っている。こういう時こそ、パニックを起こしてはいけない。

 俺とレオンは避難者の人波に混じって、大人しく順番待ちをする。

「とんでもないことになってきたな……なぁ、レオン、一体何が起こってるんだ」

「それは俺が聞きたいよ。よりによって、このコロニーを襲う奴らがいるなんて考えられない」

 しかし、現実にアレスのガウルは現れた。

 ここを襲って、アレス王国に何のメリットがあるのだろうか。研究成果を独占? そうするだけの価値があるモノなんて、まだ大学にはないはずだ。

「アレス王国だって、普通に大学の研究には関わっているだろう」

「だとすれば、アレスを偽ったテロ組織って可能性も――」

「キャァアアアアアアアアアアっ!」

 なんて、答えの出ない推測を語り合っているところに、今度は悲鳴が響きわたった。何だ、と思った次の瞬間、ダン、ダン! という重い銃声が轟く。

「うわぁああああっ!」

「逃げろっ! 奴ら、銃を持ってるぞ!」

「撃たれるぞ! ここはダメだ、逃げろぉーっ!!」

 悲鳴も銃声も、正門のすぐ向こうから聞こえた。つまり、門の向こうに、銃を持ったアレスの兵士、あるいはテロリストが待ち構えていたということか!

 集った人々は、目の前に迫った危険を察知し、あっという間にパニックに陥り、散り散りになって駆け出していく。

「ああっ、くそ!」

「カグヤ! こっちだ!」

 逃げ出す人波で揉みくちゃになりながらも、俺とレオンはどうにかはぐれずに脱する。

「どうする!? 学園の中にも敵がいるみたいだぞ!」

「けど、街に戻るのも危険だ!」

 遠くから銃声は今も聞こえてくるし、街の方を見れば、いまだに爆音が響いてくる。逃げ出す先も定まらないまま、俺達は無為に学園を囲む壁に沿って走り続けるしかなかった。

 どうする、どこに逃げればいい。今このコロニーの中で、安全な場所なんて本当にあるのか。

 コロニーは当たり前だが物凄く頑丈な造りになっている……だが、無抵抗のままTF部隊が暴れ回れば、一方的に破壊されるだけ。もし、奴らが本気でここをぶっ壊すつもりなら、そう遠くない内にコロニーは爆破解体されるだろう。

「見ろ、カグヤ! あそこが開いてるぞ!」

「なんだ、あの扉? あんなのあったか?」

 走っている最中、レオンが目ざとく発見したのは、学園の壁の一角に出現していた、見慣れない扉であった。

「恐らく、緊急時だけ出てくるんだろう」

「ってことは、この先はシェルターか」

 シェルターや脱出ポッドのある緊急避難区画は、普段は立ち入り禁止である。下手に入り込んで騒ぎになれば、学生の悪戯では済まない厳罰が下される。

 この辺は、崩壊すれば逃げ場のないコロニーだからこそ、避難するためのエリアは厳重に管理されているのだ。

「良かった、生徒手帳で普通に開くぞ」

「中に敵はいないよな?」

 コンソールに生徒手帳をかざせば、IDが認証されて扉は開いた。中は無機質な薄暗い通路が続いている。

 見える範囲では、何者かがいる気配はないが、油断は禁物だ。油断というか、完全にビビりながら、俺達は通路を進んで行った。

「通路の中にも、隔壁が降りているんだな」

「避難用にルートを制限しているんじゃないか?」

 ここの通路は結構入り組んでいて、分かれ道が多い。だが、そこには必ず隔壁が降りていて、通れるのは一本道となっている。迷わないのはありがたいが、俺達の他に誰かがここに逃げ込んでいる様子が感じられないのが、それとなく不安を誘った。

 ほとんど無言のまま、どれだけ進んだだろうか。通路を進み、下に続く長い階段を降り、さらにエレベーターで降り、また通路を進み……ほどなくして、行く手に大きな扉が現れた。

「どうやら、シェルターについたようだ」

「かなり降りて来たから、コロニーの最下層かな」

 見るからに厳重な、巨大な両開きの扉を前に、少しばかりの安堵感を覚えながら、俺達は自動で開いた扉の中へと入る。

 そこで、俺は見た。

 いや、目を奪われた、と言うべきか。視界に入った瞬間、俺にはもう、ソレしか見えなくなっていた。

「……」

「なっ、なんだコレは、どうしてタクティカルフレームが……ここはシェルターじゃなかったのか!?」

 レオンの声で、ようやく周りが見えるようになった。

 広大な空間が広がっているが、どう見ても、ここはシェルターではない。TFの格納庫、それも、学園のと比べると、けた違いの広さと、そして設備を誇っているだろうことが、ざっと見回すだけで分かった。完全に軍事施設である。

 その広い格納庫の中には、たった一機だけのTFが収容されていた。

 しかし、そのTFはただ立っているだけで、この場所の支配者であるかのような、何とも言えない迫力、威圧……威風堂々と、俺の前に佇んでいる。

「カグヤ、この機体が何か分かるか?」

「いや、分からない……こんなTF、初めて見る……」

 漆黒の基礎骨格フレームは重厚さと、兵器らしい無骨さを感じさせるが、輝くように鮮やかな青い外部装甲アーマーはどこか神々しい。

 サイズは、標準的なTFの15メートルよりもやや大きく見える。18メートルほどだろうか。身長が高い分、見慣れたハリアーよりスタイルが良く、体格も良く見えた。

 しかし、この機体に最も威圧感を与えているのは、サイズではなく、その面構えであろう。

 額から生えるV字の大型ブレードアンテナは、その大きさから角のようにも見える。そして、顔は非常に珍しいツインアイ型のカメラアイ。その目つきは鋭く、口元を覆うフェイスガードは牙の生えた口のような形状にも見えて――まるで、鬼の顔のようだった。

「新型のタクティカルフレーム……まさか、こんな軍事兵器が学園の地下で造られていたっていうのか!?」

「いや、レオン、それはないだろ……コイツは多分、見た目だけなんじゃないのか? 本物の軍用TFっていうより、ゲームに出てくるみたいなデザインじゃないか」

 ニュージェネは現実のTFもあるが、ランキング戦に挑むようなプレイヤーが使うのは、もっぱらゲームオリジナルのTFだ。で、ゲームだからこそ、実用性よりもカッコよさを重視したデザインになるので、スタイリッシュな機体も多い。

 この青鬼みたいなTFも、ゲームの中でありそうな、というか、俺の愛機と結構似てる。

「けど、こんな大きな設備で、そんなモノを作るか?」

 これで学園の格納庫にコイツがいれば、学園祭で展示するハリボテTFかと素直に信じられるが……このどう見ても秘密の軍用格納庫みたいな場所にあると、レオンの言う通り極秘開発された新型TFのように思えてくる。

「ここが秘密の場所だとしたら、そもそも俺達が入ってこれるのがおかしいだろう」

 秘密じゃなくても、無許可で軍事施設に立ち入ったら、女子供であろうと容赦なく射殺されても文句は言えない。

 もし、何らかの不具合でここまでの道が開かれていたのだとすれば、俺達は誰にも見つからない内に出て行った方が安全なのかも……って、それじゃあ本末転倒か。

「この場所が何なのかも分からないしな。他の人の姿も見えないようだし……」

 結局、分からない事だらけで、確かめる術もない。強いて言えるのは、この場所はアレス軍が暴れる居住区よりは安全そうってことくらいか。

 そんな意味不明、状況不明の八方ふさがりになる俺達に情報提供するかのように、突然、格納庫のど真ん中に巨大なモニターが展開された。

 空中に浮かぶ大きなモニターは、投影されたAR画面だ。街中やイベントなんかで、たまに見かける設備である。

「これは、外の様子を映しているのか?」

「みたいだな」

 画面は四分割で、複数個所の映像をそれぞれ映し出している。一つは見慣れた本校舎、もう一つは学園の寮、残りの二つは燃え盛る中心街の様子が映っていた。

 街の方の映像には、点々と倒れた人影と、炎に巻かれる黒い影が見えた。画面を通してみているせいか、現実感が湧かない。

 けれど、それがかえって気持ち悪い。

「なっ、あ……おい、カグヤ、あれ見ろよ」

「なんだ?」

 どこか他人事のように、呆然と破壊されてゆく街の映像を見つめるだけだったが、レオンが切羽詰った声を上げた。

 嫌な予感が全身を駆け巡るが、レオンが何を見つけてしまったのか、俺はすぐに理解した。

「おいおい、そんな、嘘だろっ!?」

 何故かズームアップされたその映像には、見知った顔が映り込んでいた。

「ユウカ!」

 思わず、といったようにレオンが彼女の名前を叫んだ。

 そうだ、見違えようもなく、今そこに映っているのは東雲ユウカに違いない。

 すぐ傍には他に何人かの女子生徒の姿も移り込んでいる。あの綺麗な銀髪の小さい子とか見覚えがあるから、多分、生徒会のメンバーなんだろう。

 彼女達がいるのは、学園のグラウンド。そこには他にも大勢の生徒達がいるが、問題なのは……よりによってユウカのグループが、アレス軍の兵士達に銃を突きつけられているってことだ。

 どうやらマジで学園の中にも兵士は乗り込んでいたらしい。どこから飛んできたのか、グラウンドには三機もの軍用輸送機が着陸している。

 そして、人質にするのか、虐殺するつもりなのか、ゴツいライフルとアーマージャケットを着込んだ本気の特殊部隊装備のアレス兵が、グラウンドに生徒を集めて取り囲んでいるのだった。

 正義感も気も強いユウカのことだ、下手にアレス兵に突っかかって行ったのかもしれない。その結果、明らかに彼女を狙って銃の照準が向けられているってことだろう。

 映像だけで音声は聞こえないが、それでも、何かの拍子にライフルが火を噴くんじゃないかと、生きた心地がしなかった。

「ユウカ……ユウカを、助けに行かないと」

「ば、ばかっ!? レオン、いくらなんでもソレは無理だろ!」

「なら、黙って見てろって言うのかよ!」

 ちくしょう、俺はただ、初恋の幼馴染のピンチを見て頭が真っ白になっていたというのに、レオンはすぐに助けようと叫んだ。

 どう考えても、無理だし、無茶だし、後先考えてないけれど、それでも、レオンは助けようという本物の勇気を持っていた。

 そうだ、これが、俺とレオンの差なんだ。

「敵の兵士は何十人もいて、フル武装だぞ。今の俺達がどうやってユウカを助ける? 人質を変わってくれって、交渉しにでも行く気か?」

 それで、正論を吐いてレオンの無茶を止めているつもりか。

 分かっている、本当は、俺だって我が身を省みず、彼女を助けに飛び出していける勇気が羨ましいだけなんだ。

「……コイツに乗る」

 レオン自身も無茶は承知なのだろう。苦渋の決断、しかし、一縷の望みを託すように、この青い鬼面のタクティカルフレームを見上げた。

「動くワケないだろ! コイツは本物の新型TFか、さもなくば単なるハリボテだ!」

 普通に考えたら、ロックがかかっていて操縦席に乗り込めないし、乗っても起動は許可されない。本物の軍事兵器なら、学生IDで認証が通るはずがない。

 そもそも、動いたとしても、どうやってこの格納庫から出ていくと言うのか。どこの扉もハッチも開く気配はない。

「いや、たとえ動いて、外に出たとしても、あの兵士を始末するより先に、ガウルが出てくるぞ」

「それでも、ユウカを助けるには、コイツに賭けるしかないだろう! 頼む、カグヤ、手伝ってくれ。お前は俺の一番の親友と見込んで……頼むっ!!」

「俺に……俺に、何ができるっていうんだよ……」

「できるさ、俺とお前なら、どんな無茶だって!」

 バカ野郎、子供の頃の話だろう。ガキの悪戯と、本物の戦争じゃあワケが違いすぎる。

「できる、かな……今の、俺でも……」

 けれど、口をついて出てきたのは、本心とは相反する言葉だ。

 何だ、何を言っている、今更、こんな地味で根暗で情けない男になった俺が、何かができると思っているのか。

「カグヤ、お前とならやれる。俺とお前で、ユウカを助けるんだ」

 いや、何かをしたいと、思ってしまった。

 こんな俺になった、今だからこそ、レオンの親友として、俺は――

「なぁ、レオン、お前、TF操縦訓練の成績は?」

「はぁ?」

「いいから、去年の成績は」

「Aだ」

「俺はAプラスだった」

 俺が獲得できた、唯一の最高評価。ただ一年間、ドレッドノートさんのサンドバックをしていただけで、ここまで評価していただけるとは、光栄の極み。

「俺が乗る」

「カグヤ!」

「俺の方がTFの操縦は上手い。レオン、お前は弱すぎる」

「それはゲームの話だろ!?」

「あのゲームは本物のシミュレーターでもある。ガウルの性能、機動力、武装、俺は相手の情報が全て頭に入ってる」

 そうだ、たとえ操縦するのがゲームの愛機でなくとも、そこで戦ったTF『ガウル』の動きは本物だ。

 俺には、敵の情報と戦闘経験という、レオンにはないアドバンテージがある。

「コロニーに侵入したガウルは三機編成のバズーカ装備だった。ハリアーに乗ってても、これくらいなら逃げ切れる」

「けど……お前にだけ、危険な目に……」

「いいか、レオン、まずはアイツを動かす。外に出たら、速攻で兵士を潰す。その隙にお前がユウカと、他の生徒を連れてここまで避難するんだ。みんなに一声かけて動かせるのは、生徒会長のお前にしかできない」

 俺みたいな奴が「こっちへ逃げろ!」と叫んでも、誰も動かないだろう。誰だよテメーは状態。

「カグヤは、それからどうする」

「逃げるに決まってるだろ。お前が上手くユウカ達を逃してくれたら、俺は真っ直ぐ港から外に出る。あっ、状況が落ち着いたら、ちゃんと回収しにきてくれよな」

「無茶を言いやがる」

「俺が単独で、侵入してきたガウルを全部ぶっ倒してやる、ってよりは現実的な作戦だろ?」

 荒だとか穴だとか、そんなレベルではない子供の妄想みたいな救出作戦だが、正直、ユウカを助けて、俺もレオンも生き残るには、これしかないように思える。

「……分かった、これで行こう」

「よし、それじゃあまずは、アイツに乗ってくる。レオンはどっかでハッチが操作できないか探してみてくれ。外に出られないと、話にならん」

「ああ、分かった――カグヤ、すまん」

「お前が誘ったんだろ」

「そうだったな……頼んだ、カグヤ」

「ああ、任せとけ、レオン」

 そうして、俺達はそれぞれの方向へと走り出した。

「……頼むぞ、お前に全てかかってるんだ」

 王者の風格で堂々と立つ、青黒のタクティカルフレームを見上げて、つぶやく。ああ、今ほど真剣に神様にお祈りしたことはなかったな。

 上手くいきますように? ユウカを助けられますように?

 違う、今はただ、コイツが動いてくれさえすれば、それでいい。TFに乗って戦うなら、後はもう神頼みの運任せではない。ただ、己の実力だけがモノを言う。

 だから、コイツが動くかどうか、戦いの土俵に登るまでは、俺の力ではどうしようもない問題。だから、祈るしかない。

 いやホント、マジで頼むぞお前。

 どんどん不安になりながら、胸元の操縦席へ続くタラップを登る。くそ、緊張と不安で、梯子を握る手が汗で滑りそうだ。ここで落っこちて死んだら、とんでもない間抜けだな。

「よし、コックピットは開いてる!」

 俺の願いが通じたのか、登ると同時にコックピットハッチが自動的に開いていった。どうやら、ハッチはロックもかけずに、出撃モードに設定されていたようだ。

 さっさと操縦席へと滑り込み、見慣れない形状のシートへと座った。

「随分と変わったコンソールだが……基本は同じようだ」

 これで全く新開発の操縦方法だったら終わっていた。ゲームでもみたことがない独特のコックピット周りだが、それでもTF共通の疑似神経接続端子フェアリーリングによるフルコントロール・システムなのは間違いない。

 しかし、メインデバイスである大きな環状モニター型の疑似神経接続端子フェアリーリングが、二重、いや、三重になって展開されているのが、かなり気になる。こんなの、一個でも二個でも、やりとりする人間の脳の電気信号の量も速さも変わらないと思うのだが……まぁいい、問題なのは、ここから先だ。

「おい、頼む、反応してくれ、電源はついてんだろ!」

 どこまでも不安になる、真っ暗なモニターに向かって叫ぶ。自動的にハッチが開いたことから、動力が空っぽで完全停止ってことはないはずだ。

 しかし、この操縦席のコンソールでロックがかかっている可能性が一番高い。当たり前だが、電源スイッチなんてモノはなく、こうしてパイロットが搭乗しているにも関わらず、何の反応も示さないなら――

「生徒IDを提示してください。IDが提示されない場合、当機の稼働は認められません」

「ついたっ!!」

 今ほど、この機械的な案内音声がありがたいと思ったことはない。

 というか、学園の練習用機体であるハリアーと全く同じことを言いやがった。

「ってことは、コイツも練習機? いや、どうでもいい――ほら、さっさと認証しやがれ、2-C、星海カグヤだ!」

 慌てて取り出した生徒手帳を、いつもの授業と同じようにモニターに向かって突き出した。

「2年C組、星海カグヤ、認証」

「よっしゃあああ! やったぜレオン!!」

 動く、コイツ、動くぞ! これで最大の問題はクリアだ。

 三重に展開される円環モニターが次々と点灯し、高速で輝く文字列が流れていく。スタートアップは上々。でもちょっと眩しい。

「神経接続、スタンバイ。シートに深く腰掛け、コントローラーに手足をセットしてください」

 もうしてる、とは言うまい。俺は初めてこの学園で本物のTFに乗り込んだ時と似たような緊張感を抱きつつ、不気味な黒一色のコントローラーへ手足を差し込んだ。

「セット確認――接続中」

 よし、上手くいった。これで次の瞬間には、俺の視界はコイツのカメラアイへと切り替わり、機体は完全に手足と化す。

「アルカディア学園ネットワークに、星海カグヤ、機体設定データがあります。反映しますか?」

「はぁ?」

 いざ起動、ってところで何だかよく分かららん認証を求められてしまった。

 俺の機体設定データ? そういや、一年の頃にハリアーの機体設定をちょこっといじったこともあったが、それのことだろうか。アルカディア学園ネットワーク、なんてウチの学園のローカルネットにある情報といえば、そんなモノしか思いつかない。

 ええい、そんな昔の設定なんて、どうでもいい。

「分かったから、早くしろ」

「了解。プレイヤーネーム『ツキミ』の機体設定データをフィードバック――登録完了」

「えっ」

 お前、今なんて言った?

「全認証完了――『Excellion』起動」

 一瞬の視界暗転。

 そして、いつものように、当たり前のように、すぐに俺の視界は戻ってくる。

「……エクセリオン」

 それが、コイツの名前だ。

 聞き間違いではない。俺の視界はすでにカメラアイと直結し、機体そのものの目となっている。

 そして、TFの視界に映るのは外の景色だけでなく、簡易レーダーや通信画面、機体データなども任意で表示できる。

 今、視界の端に映っているのは、人型のシルエットで表示する、最も簡易的な機体データだ。その上に、タクティカルフレームの名前もセットで記されている。

『Excellion』、読み方はエクセリオンで合ってるはずだ。

 なかなか、カッコつけた名前じゃないか。やっぱりコイツ、軍事兵器ってよりは、ゲームの架空兵器みたいだな。

「――カグヤっ! 動いたのか!」

「ああ、やったぞ、レオン! ばっちり動く!」

 響いてきたレオンの声に、即座に返事。普通に喋るだけで、音声は外へと伝わる。

「よし、こっちの準備もOKだ! そこが搬送用リフトになっている、今、外に出すからな!」

 おお、レオンの方も上手く設備を動かす手段を見つけてくれたようだ。こんな短時間で発見できるとは、マジでツイてるな。

「そっちは大丈夫か?」

「お前が上がったら、俺は別のエレベーターで行く。敵さえ何とかしてくれたら、上手くここまでみんなを避難できそうだ!」

 よし、いいぞ、問題点はこれで全てクリアだ。たまには神頼みもいいかもしれない。

 さて、これで後は、俺の腕次第といったところだ。

「カグヤ、頼んだぞ! けど、無茶はするなよ!」

「分かってる、俺に任せておけ」

 けたたましいブザーが鳴り響くと共に、機体が立つ場所に金網みたいなシャッターが下りてくる。コイツが立っているその場がリフトになっているから、このまま一歩も動かずに、学園まで上げてくれるはずだ。

 天井のシャッターが次々と開いて行く。井戸の底から、上を見上げているような気分。地表までどれだけあるんだ。

 そうして、ゴウンゴウンと重苦しい音を立てながら、ゆっくりとリフトは上昇を始めた。

「……遅い」

 これ、上につくまで何分かかるんだよ。こっちは一分一秒を争う、可愛い幼馴染の命の危機なんだぞ。

 道は開けているというのに……くそ、ちょっと危ないが、やってみるか。

 多分、この感覚なら、できるはずだ。スゥ、ハァ、と一つ深呼吸を経て、覚悟を決める。

「さぁ、行くぞ、お前の力、見せてくれ――エクセリオン、発進!!」

 アクセル全開で踏み込む感覚で、機体推進用のメインブースターを噴かせて、俺は、いや、エクセリオンは飛び立った。




 TF操縦訓練を前提とした、広大なアルカディア学園のグラウンド。そのど真ん中に、突如として大穴が開き、そこから一機のタクティカルフレームが飛び出してきた――ように、外の奴からは見えただろう。

「――っと、凄ぇ出力だ! 調子に乗って飛んだら天井にぶつかるぞコイツ」

 イライラするほど遅い昇降速度のリフトから、狭いシャフトを垂直飛行で俺は学園まで飛び出した。

 ハリアーとは比べ物にならない、ブースター出力をこの短いフライトで実感する。飛行速度に加速度、ハリアーの倍、いや、三倍以上はありそうだ。

「とんでもない新型だよ、お前」

 さて、飛行能力は凄まじいが、実際の運動性能はどうだろう。もし、コイツが直線的な飛行速度だけに特化したレース機体みたいな奴だったら、戦闘能力は期待できないが――

「くそっ、もうガウルがいやがる!」

 残念ながら、悠長に準備運動をして確認する時間はなさそうだ。いきなり実戦で試すしかない。

 グラウンドに降り立った俺の目の前には、すでに紅白カラーのアレス軍機『ガウル』がいた。

 ちっ、ガウル部隊は大学の方に行ったと思ったが、この学園側も制圧しようと一応は来ているってことか。

 ひとまずは、グラウンドにいる一機だけ。簡易レーダーによれば、学園にはさらに二機のガウルがいる模様。だが、離れた場所にいたせいか、まだこっちへ駆けつけている最中だ。このスピードなら到着まであと30秒もある。

「所属不明のTFに次ぐ。ただちに機体を停止し、投降せよ! 警告だ、動けば撃つ!」

 相手から、通常の拡声器からの音声と、オープンチャンネルでの警告が届く。

 ガウルが持つ無骨なアサルトライフルの銃口は、すでに俺へと向けられている。警告を発したのは、すでにこのコロニーは制圧したという確信があるからか。

 堂々とした男の声は、なるほど、コレが本物の軍人ってやつかよ。

「ふざけんな、お前らこそ、いきなり出てきて滅茶苦茶やりやがって!」

 バカみたいに反論する意味など何もないが、こうして叫んでもいなけりゃあ、緊張で潰れてしまいそうなんだ。

 ガウルから銃を向けられるなんて、ゲームじゃ当たり前すぎて意識すらしないことないのだが、コイツは紛れもなく現実で、もし命中すれば……流石に、一発で装甲抜けるほどの薄いフィールドと紙装甲じゃないことを祈る。

「これが最後だ、今すぐ機体を止めなければ、撃つ!」

「うるせぇ、この野郎、さっさと俺達の学園から――」

 行くぞ、エクセリオン、お前ならできる。

 不思議なほどの確信と共に、俺は一気に駆け出した。

「――出て行きやがれっ!!」

 ガウルのライフルが火を噴く。眩い青白いマズルフラッシュと、鼓膜が破れそうなほどの射撃音をたてて、対TF用のデカい弾丸が轟々と吐き出されていく。

 放たれた弾丸など、肉眼で見えるはずもない。けど、俺には何となく、ライフルから発する火線が分かる。

 超能力とか、そういうオカルトじゃない。ただ、ゲームと同じ感覚だと思っただけだ。

 果たしてシミュレーターのゲームで培った感覚が、どこまでリアルに通じるのかは分からないが、俺にあるのはこれしかない。

 だから、迷わず、躊躇わず、動く!

「おおっ――」

 走り出した感覚は、驚くほどに、軽い。自分の素足で、グラウンドの土を踏みしめている気さえしてくる。

 TFのフルコントロール・システムは、ダイレクトに人間の動きを反映してくれる操作方法ではあるが、それは必ずしも100%ではないし、ラグや機体性能によって大きく変わる。基本的に、TFの動きは本物の人間には劣る。巨大な機械の体だ、そうそう軽やかに動くはずがないのは当然。

 だからこそ、より人間の動きに近づけられるよう、運動性や反応性の改良は続けられてきているのだが――なんだ、このエクセリオンの動きは。

 いつも乗っているハリアーとは比べ物にならない、軽さ、速さ。そして何より、五感の鋭さ。

 ありえない、現実のTFでこれほどの操作感。コイツはまるで、ゲームそのものの動きだ。

「行ける、これなら!」

 ニュージェネのランキング戦をやっている時と同じ、いや、それ以上の高揚感と集中力で、俺はエクセリオンと化してグラウンドを駆け抜ける。

 土煙を上げて、凄まじい速度で走っているはずだが、時間はスローモーションになっているようにさえ感じる。

 一歩、二歩、接近するごとに、ガウルのライフルが放つ本物の弾丸の恐怖と圧力を実感するが……ゲームと同じに動けるならば、たかがライフル一丁にビビる必要はどこにもない。

「くっ、馬鹿な、何故あたらない!?」

「うぉおおおおおおおおおおおおっ!!」

 感じるままに火線を潜り抜け、俺はガウルに手が届く距離にまで到達する。ここまで来れば、最早、銃の間合いではない。

 ガウルもそれを理解しているのだろう。咄嗟にライフルを手放し、腰の後ろにマウントしてあるトマホークへと手を伸ばすが――遅い!

 振り上げた拳を、思いっきりガウルの一つ目に向かって叩き込んだ。


 キィン、ゴウンっ!!


 という甲高い鈴のような音色と、鈍い金属音とが重なるように響きわたる。

 エクセリオンの右ストレートは、見事にガウルの顔面を陥没させながら、その15メートルの巨体をブッ飛ばした。

「うおっ、凄ぇパワーだ、まさかパンチ一発でフィールド抜けるとは」

 自分で殴っておきながら、ちょっと驚く。

 タクティカルフレームが戦場の主役たりえたのは、簡単に人型ロボットを動かす操作システムと機体もそうだが、最大の理由は防御力である。

『フォトンフィールド』と呼ばれる、一種のバリアが全てのTFに搭載されている。

 物理エネルギー、熱量、などなど、様々な破壊力を遮断する、万能の盾。コイツがあれば、戦車も戦闘機も敵ではない。なにせ、大砲もミサイルも通用しないのだから。

 何故TFだけがフォトンフィールドを使えるのか、というのはエネルギー源たるフォトンの謎の一つだが、今はどうでもいい。

 ともかく、TFの防御力は、このフォントフィールドの出力と、フォトンで強化されている装甲、この二つが合わさったものとなる。

 俺がパンチ一発で、ガウルの顔面を凹ませたということは、エクセリオンの打撃力はコイツが持つフォトンフィールドと強化装甲、どちらも同時に破壊できるだけの凄まじいパワーを持つことを現している。

 しかし、機械であるTFは、必ずしも頭部は致命的な弱点たりえない。体を動かす頭脳そのものといえるのはパイロットであり、ソイツがいるのが胸元のコックピットだ。

「ぐっ、う……」

 思わず、といったように呻き声を漏らしながら、仰向けに倒れ込んでいたガウルが立ち上がる。

 まずい、次で決めなければ、増援が駆けつけてしまう。しかし、パンチだけで倒し切るのは時間がかかりそう。

 ああ、そうだ、武器! 何か武器はないのか。

 とにかく出撃することばかり考えていて、一番大事な武器のことを忘れているなんて。けど、今からあの格納庫に戻って武器を探しに行く余裕なんてあるはずもなく――

「武装表示!」

 ダメ元で叫んでみれば、視界に機体データの隣に追加で、装備している武器が表示された。

 今、エクセリオンが持っている武器は二つ。

 起き上がりつつあるガウルに迫りながら、俺は迷わず、左腰に差してある武器を抜いた。

「『スターソード』、抜刀!」

 引き抜くと同時に、現れたのは光の刃。

 青い光が迸る、フォトンエネルギーのみで形成された刀身であった。

「うおっ、マジかよコレ!」

「まさか、フォトンの刃だとっ!?」

 剣を抜いた俺も、それを見たガウルパイロットも、同時に驚くのはどこかマヌケな感じだが、コイツを見て驚かない奴はいないだろう。

 TFの近接武器は基本的にフォトンを流したり、纏わせたりして強化されるのだが、フォトンのエネルギーのみで刃を形成する武器など、ゲームの中でしか存在しない。現代では、まだ実用段階にはない架空の兵器、仮名として『フルフォトンビームセイバー』と呼ばれているのみ。

 こんな武器まで出てくるのだから、エクセリオンはマジでゲームの中から抜け出してきた存在じゃないかと思ってしまう。

 だが、驚いてばかりもいられない。今は一秒を争う、命をかけた戦闘の真っ最中。

 もし、コイツが本物なら、これほど頼りになる剣はない。

「はあああっ!」

 立ち上がり、腰からトマホークを抜いて振りかぶるガウルに対し――俺の斬撃の方が早い。それに、スターソードのリーチも長い。

「ぐわぁああああああっ!」

 青い光の刃は、一息にガウルの胴体を両断。

 信じられないほど、凄まじい切れ味だ。どうやら、コイツも本物の超兵器らしい。

 スターソードの威力と、俺がゲームでやる挙動を100%現実で再現する運動性能を持つエクセリオン。

 本当に、コイツは一体なんなんだ。ただの新型、ってだけじゃない。こんなスペックの機体が複数存在したら、マジで世界の軍事バランスは崩れる。

 そうだろう、だって、見ろよこの結果を。

 ただの根暗ゲーマーの学生でしかない俺が、本物の兵士であるアレス軍機を相手に、圧勝したのだから。

「はぁ……はぁ……」

 ばっさりと一太刀でガウルを斬り、半ば癖のように返す刀で首まで斬り落とし、俺はその場で動きを止めた。

 どうする。

 勢いで倒してしまった。いくらTFでも、首と胴がそれぞれ両断されれば、もう動きようはない。

 しかし、コックピットは無事だ。つまり、乗っているパイロットはまだ生きているということ。

 このまま、剣で胸を一突きすれば、カタがつく。

「こ、殺すのか……俺が、人を……」

 俺はニュージェネをやり込んだゲーマーであり、本物のTFの操縦訓練もやる学生だ。だからこそ、バーチャルと現実の区別ってのは、よく理解しているつもりだ。

 いざ、生殺与奪の権利を握った時、平気で相手を殺すなんて、できるはずもない。いくらなんでも、学園で殺人に対する心構え、なんてもんは教えちゃくれないからな。

 ダメだ、やめよう、このまま放置でいいだろう。どうせ、このガウルは動かないのだ。ちゃんと無力化には成功したのだから、これで――

「お、おのれ……この新型は危険すぎる……お前は、我がアレスの脅威となる!」

「なっ!?」

 ば、馬鹿かコイツ!? コックピットハッチを開けて、外に出て来たぞ!

 ガウルと同じ、白と赤のカラーリングのパイロットスーツに身を包み、頭はフルフェイスのメットを被っているので、顔は見えない。しかし、体のラインが出るウェットスーツのようなパイロットスーツ姿だから、彼が鍛え上げられた肉体を持つ、屈強な男であることは分かる。

 そんな軍人らしい姿のパイロットは、その手にライフルを握り、堂々と構えた。

「アレスに戦神の加護あれ!!」

 アレス王国軍のお決まりの文句を叫んで、パイロットはライフルを発砲した。

 何て愚かで無意味な行為。人が持つサイズの銃なんて、いくら撃ったところでTFに傷一つつくことはない。

 俺はエクセリオンのコックピットという安全な場所にいながら、その馬鹿馬鹿しい行為を眺めているだけ。TFと同化しているような俺から見ると、彼の姿は足元に蠢く虫のように小さな存在に過ぎない。銃口に瞬くマズルフラッシュに、まるで脅威など感じない。

「う、くっ――」

 そのはずなのに、俺は恐怖した。

 誰が見ても、敵うはずがない、巨大な人型兵器に向かって、生身で銃を撃つ彼の姿に、俺は本物の殺意というのを感じてしまった。

 これが殺意。敵意。何が何でも、自分の命にかえてでも、殺さなければならない相手だと――彼にとって、その相手が俺なのだ。

「ああああああっ!!」

 ほとんど無意識だった。

 気が付けば、俺は倒れたガウルの胸元を剣で薙ぎ払っていた。それも、表面だけを綺麗になぞるように。開かれたままのコックピットには、傷痕も焦げ跡も、ついてはいない。

 だがしかし、そこにいたはずの、アレス人のパイロットだけが消えていた。

 当然だ。TFをフィールドごと一刀両断できる熱量を秘めた刀身に触れれば、人体なんて簡単に蒸発する。肉片一つ、骨の一欠けらも、残ってはいまい。

「……」

 しばし、呆然とする。

 何の実感もなく、人を殺してしまったことに、理解が追いつかない。

 頭の中が真っ白になるが――ピーピー、という甲高い電子音が俺を現実に引き戻した。

「そうだっ、まだガウルは残ってる!」

 接近中の二機が、いよいよグラウンドへと乗り込んできたのだ。

「おいおい、嘘だろ、本当にやられてやがる!」

「油断するな、噂の新型だろう――行くぞ!」

 この距離だから、会話はオープンで拾える。向こうもこっちも、声は聞こえているはず。

 二機のガウルは、すでに味方がやられたのを見て、最初から殺る気満々。片方はアサルトライフルを、もう片方はバズーカを構えていた。

 そして、やはり警告なしでぶっ放してきた。まずはライフル持ちの奴が、ガンガンと弾丸の嵐を叩き込んでくる。

 この距離で、しかもたった一機にフルオート射撃をくらっても、リアルにゲームスペックのエクセリオンなら余裕をもって回避できる。

 このまま順当に、さっきの奴と同じようにスターソードでぶった切ってやればそれでケリがつきそうだが――くそ、この立ち位置は悪い。

 そう、このグラウンドにいるのは俺だけじゃない。救出対象であるユウカと、その他大勢の生徒がいるのだ。

「やめろ、この馬鹿、バズーカなんて撃ったら、味方ごとぶっ飛ぶだろうが!」

 相手もグラウンドには味方の兵士が展開していることは分かっているだろ。しかし、バズーカの照準はピタリと俺に向けられていて……

「馬鹿はテメーだ、生徒ガキ共が人質になるって、宣言してるようなもんだぜ!」

 野郎、マジで撃つつもりだ。

 多数の味方を犠牲にしてでも、俺を、エクセリオンを倒したいのかよ。

「くそっ、待て、やめろっ!」

 ダメだ、今から生徒の群れから離れても、もう間に合いそうもない。

 ちくしょう、最悪だ……けど、他に方法はない、やるしかない。

 俺が、盾になる。

「うおおおおおおっ! フォトンフィールド全開っ!!」

「よくも俺らの隊長をやりやがったな、死ねっ!!」

 自らバズーカの射線に飛び込む。奴も素人じゃない、確実にロックオンしたこのタイミングで、バズーカは放たれた。

 巨大な火の球のように見える弾頭を前に、俺は両腕をクロスするガードの構えをとる以外にできることはない。あとはせいぜい、一発耐えられますように、と神様にお祈りするくらいか。


 ズドォオオッ!!


 轟音と灼熱の爆風が駆け抜ける――そのはずなのだが、思ったよりも衝撃は小さかった。

「あ、ありえねぇ……無傷だとぉっ!?」

「うわ、マジで無傷だ……」

 驚くバズーカ野郎のお蔭で、俺も自分の機体の状態を冷静に確認できた。

 濛々と煙る黒い爆風は、綺麗に球形となって、俺の周囲に流れていく。そう、この黒煙が避けてゆく球の範囲が、エクセリオンが展開するフォトンフィールドなのだ。

「なんという出力だ、TF単機で戦艦並みのフィールドだぞ!」

 ライフル持ちの言う通り。エクセリオンが展開させたフォトンフィールドは、凄まじい防御力を持つ。

 フォトンの発露たる青白い燐光が、球形に漂う。さながら、光の球に包まれているような格好だ。

 普通のTFのフォトンフィールドでは、衝撃を受けた瞬間だけ、光の粒子みたいな燐光が火花の如く散るだけだが……はっきり肉眼でこの光が見えるほどフィールドが発生しているのは、巨大なフォトンリアクターを持つ戦艦クラスの大型兵器でなければありえない。

「バズーカが直撃しても、ゲージは十分の一しか削れてない……凄ぇ防御力だ」

 機体データの部分に、フォトンフィールドの出力を現すゲージも表示されている。この表示もフィールドに防御を頼るTFでは基本的な表示である。

 ゲームのように一本の青いゲージで表示され、これがゼロになるとフィールドは消失する。

 もしハリアーで同じようにバズーカが直撃していれば、一発でゲージは吹き飛び、ギリギリで装甲が耐えられるかどうか、といったところだろう。ハリアーが特別弱いワケじゃない、標準的なTFのフィールド出力は、どれもこんなもんだ。

 これだけの防御力があるならば、新一年生が動かしたって奴らに勝てるだろう。

 しかし、何発もバズーカを撃たれて、今度こそユウカ達が爆発に巻き込まれたら最悪だ。ここは、次を撃たれる前に、さっさとケリをつけなくては。

「だったら、何発でもぶち込んでやるよ! そのフィールドが消し飛ぶまでなぁ!!」

 奴のバズーカは、後ろ側に刺さったミサイルマガジンに三発装填できる。まだミサイルは残っているが、次の弾が自動装填されるには、えーと、たしか、このタイプは4秒だったか。

 ともかく、次を撃つまでには、それだけの猶予はあるってことだ。

「させるか、よおっ!!」

 遠距離武器はない。だから、変わりに剣を投げた。

 一撃で一刀両断できる、フォトンの刃だ。ただ投げつけるだけで、ガウルを刺すには十分だった。

「うがっ――」

 狙い違わず、投擲したスターソードはバズーカ持ちの胸元ど真ん中に命中。断末魔の声すらかき消したのは、もうコックピット内は完全消滅しているからだろう。

 もう、一人殺した。だったら、二人目がなんだってんだ。

 そして何より、コイツは俺だけじゃなく、ユウカ達まで狙いやがった。生かしておく道理はない。

「おのれっ――だが、唯一の武器を捨てるとは、愚かな!」

「誰が、武器は剣一本だけだっつったよ!」

 全力疾走で、最後のライフル持ちまで駆けていく。

 やはりフルオートの連射で応戦して来るが、エクセリオンのフィールド出力があれば、短時間の射撃を浴びても無傷で済む。一発も当たらないような回避行動よりも、多少かすってもいいから、必要最小限の回避モーションだけで、俺は奴へと肉薄する。

「くっ、速いっ!」

 最後に、フェイントを一つ挟んで、ガウルの懐へと飛び込む。奴は完全に、俺の動きを追い切れていない。

「おらぁっ!!」

 そして繰り出したのは、パンチではなく、ナイフ。

『エーテルダガー』と名前が表示されているコイツは、エクセリオンが装備していた最後の武器だ。

太ももの辺りに、左右それぞれ一本ずつで、二本ある。だが、コイツを仕留めるには、一本あれば十分だ。

 引き抜いた青白く輝くフォトンコーティングの刃を、俺は迷うことなく胸元へと突き立てた。

「ふぅ……はぁ……や、やったぞ……」

 ガクリ、とパイロットを失い力なく倒れ込むガウルを見て、つぶやく。

 今更ながら、ドクドクと心臓の音がやかましく感じて、顔からドっと冷や汗が出ていることに気が付く。

 けど、まだだ、まだ、呆然としているワケにはいかない。

「ユウカを、助けないと……」

 俺はガウルの残骸を後に、いまだグラウンドに残るユウカ達、生徒の集団へと振り返る。

 その周囲には、フル武装のアレス兵も残っている。

 奴らを排除しない限り、ユウカの安全は保障されない。

 震えだしそうな気持を無理矢理に抑えて、俺は言い放つ。

「おい、アレスの兵士ども、今すぐウチの生徒を解放して、さっさとここから失せろ。命だけは助けてやる」

 銃を持った歩兵部隊と、タクティカルフレーム。どちらの戦力が上か、などと考えるまでもない。

 だから、頼む、常識的に考えて、もう無理だと諦めてくれ。このエクセリオンなんていう規格外の新型TFが出現した時点で、お前らはどう頑張っても任務遂行は不可能だろう!

「……所属不明のTFに次ぐ、今すぐ機体を停止し、投降しろ。さもなくば、ここにいる生徒達の、命の保証はできない」

「馬鹿野郎! テメーらの命を握っているのは俺の方だぞ! お前ら全員、もうロックオンしている。妙な動きをすれば、一瞬でフォトンレーザーがお前を焼き切るぞ!」

「二度は言わない。我々は本気だ。その証拠に、まずは見せしめとして何人か撃ってみせよう――おい、そこの生徒を前に出せ」

 くそ、くそっ! ヤバい、マズい、どうする、何となく分かっちゃいたが、ただTFが立っているだけじゃあ、脅しにはならなかったか。

 そりゃあそうだ、エクセリオンで兵士を踏みつぶすより、奴らが銃弾を生徒に浴びせる方が早い。

 そして奴らは、すでに俺に対して生徒の人質が有効なことを見抜いている。

 追い詰められているのは、俺の方だ。

「キャアアーっ!」

「くっ、離してよ!」

 兵士は、もっとも手近にいた、というか、そもそも銃を突き付けていた、ユウカと、その隣にいた銀髪の子を、俺の前へ見せつけるように引きずり出した。

 二人とも、乱暴に髪を掴まれ、地面へと転がされる。そして、兵士達が横並びで、ライフルを構える。

「ユウカっ!」

「嘘……その声、カグヤなの……?」

「どうやら、知り合いのようだな。実に都合がいい。聞け、TFのパイロットよ、十秒待つ。十秒以内に降りてこなければ、この女の頭を撃つ」

「待て、やめろ、分かってんのか、そんなことしたら、俺はキレてお前らを皆殺しにするぞ」

「10、9、8」

 やけにゆっくりと、カウントが始まる。

「落ち着け、お前らだって命は惜しいはずだろ、家族や恋人が火星で待っているんじゃないのかよ!」

「7、6、5」

 大粒の涙を零して震えあがる銀髪の子と、どこか諦めたように俯くユウカが見える。

 そんな二人の少女を前にしても、奴らは全く銃を下ろす気配はなかった。

「舐めるなよ、俺は本気で、お前らを殺す」

「4、3、2」

「……ごめんね、カグヤ、もう、いいよ」

 ここまで来て、諦められるかよ。

 俺は、お前を助けるために来たんだぞ。

 それに、もう、後には引けない。三人殺した。だったら、あと十人でも百人でも、敵だと言うなら、殺してみせるさ。

「1、0、残念だ、撃――」

「対人フォトンレーザー起動、全員、殺せ」

 エクセリオンの掌から、青いレーザービームが何十本も放たれる。

 そのレーザーは舞台俳優を照らすスポットライトのように、的確に銃を構えるアレス兵をなぞり――そして、触れた瞬間、真っ二つにした。

 俺は最初から知っていた。ゆっくりと上がっていくリフトに乗っている最中に、真っ先に確認したのが、エクセリオンに対人攻撃用の機能が搭載されているかどうかだ。

 結果はこの通り。対人フォトンレーザーが、コイツの両掌に組み込まれていた。

 人間を殺傷するに足る、ごく小さな出力のフォトンレーザーを照射する対人兵器は、積んでいるTFはたまにある。エクセリオンの凄いところは、その正確な照射精度とロックオン数だ。

 俺は投降を奴らに呼び掛けた段階で、すでにグラウンドに展開している兵士全員をロックオンしていた。後は俺の意思一つで、光の速さで飛来するレーザーが、生身の兵士を綺麗に真っ二つにしてくれるというもの。

 万に一つも、奴らに勝ち目もなければ、人質を害することもできなかったということだ。

 けど、奴らは俺がフォトンレーザーで狙っていると言っても、ハッタリだと信じなかった。逆に俺の方が見せしめでレーザーを撃っていれば、それでも奴らはきっと生徒に向かって銃を乱射しただろう。

 だから俺には、全員撃つか、一発も撃たないか、の二択しなかった。

 一体、今の一撃で、俺は何十人の人間を殺したのだろう。表示されていたロックオン数は、あえて見ないフリをするので、精一杯だった。

「……大丈夫か、ユウカ」

「嘘、カグヤ……こんな、酷い……」

「ユウカっ!」

 そこで、レオンの大声が響いた。

 俺が兵士を排除するのを確認して、飛び出してきたんだろう。完璧に予定通りで、ありがたい。

 今の俺には、これ以上、ユウカにかける言葉が見つからなかった。

 だって、彼女の瞳は、怯えていたから。瞬時に大量の兵士を殺戮した俺は、彼女にどう見えているのか。

 ははっ、そんなの、決まっている。

 このエクセリオンの外観だ。鬼のように、見えているに決まっているだろう。




 第七学園都市コロニー『アルカディア』を、主砲の射程ギリギリの距離で、アレス王国軍第2艦隊、旗艦『ネメア』は停泊していた。

 王国の技術の粋を集めた、最新鋭艦にして、超ド級の巨大戦艦である。率いる艦艇を倍するほどの船体は、今は静かに沈黙しているのみ。

 極大のフォトンフィールドと、分厚い複合金属装甲に守られた、動く宇宙要塞に等しい最深部にして中枢、大戦艦ネメアのCIC(戦闘指揮所)は現在、必勝の奇襲作戦を遂行すべく、淡々と情報がやり取りされていた。

「――報告。最優先目標『アルカディア大学』の制圧を完了」

「全ての港を封鎖。警告を無視して出航した船舶は、全て撃沈」

「アルファ中隊、コロニーのコアブロックへ到達」

 集められる情報は、どれも事前のシミュレーション通りに作戦が進んでいることを示すものばかり。

 イレギュラーな事態など、起こりえるはずがない。そう確信しているのか、報告を聞くベルトラン艦長は、いつも通りのしかめ面。

 当たり前のことを、当たり前にこなす。しかし、その意識には一分の油断もなく、CICには張りつめた緊張感が漂い続けていた。

「流石は精鋭揃いと名高い第2艦隊の攻撃隊アタックチーム、素晴らしい手際です」

 だが、任務遂行中のCICで聞こえるには、場違いなほど優雅で穏やかな声が響く。

 お世辞の言葉に、艦長の眉がピクリと動く。

 一拍の沈黙の後、艦長はどこか渋々といった様子で、その言葉に応えた。

「お褒めにあずかり、光栄でございます。聖騎士様に評価されたとあれば、将兵達も喜びましょう」

 無骨な武官である艦長の、精一杯の返答。

 それを受けて、聖騎士、と呼ばれた男は、やはり優雅に笑って答えた。

「しかし、油断はされぬように。ここからが、本作戦の山場でしょう」

「はぁ……」

 すでに奇襲作戦は佳境に入っている。

 コロニーの完全制圧は目前で、最優先の目標も確保している。事前情報によれば、コロニーにはこちら側に反撃できるほどの防衛戦力は残されていない。いや、そもそも、万全の状態であっても、この第2艦隊を相手どれるほどの大きな戦力はないのだ。

 最先端テクノロジー開発の最先鋒。だが、幾つもの条約によって守られていると平和ボケしているが故の無防備さ。

 そんな場所に、軍事大国たるアレス王国軍の主力を担う第2艦隊が総出で出張って来たのだ。苦戦どころか、TF一機の損失すらありえない。

「ほ、報告! ブラボー第5小隊の反応ロスト!」

 その時、切羽詰った報告の声が、オペレーターの一人から上がる。

「馬鹿な、ありえん。一時的な通信障害では?」

「いえ、通信状態は良好、間違いありません、こ、これは……」

 オペレーターが息をのむ。

 王国軍人たるもの、常に冷静であれ。士官学校ではそう叩きこまれているはずなのに、全くもって無様な様子。

 これだから最近の若い者は、と実に年寄り臭いイラ立ちと共に、艦長は報告を促した。

「第5小隊、全機の反応をロスト……ぜ、全滅です」

「なんだとぉ!」

 思わず、艦長も声が荒ぶる。

 第5小隊はガウル3機編成の部隊である。TF部隊の運用単位としては最小だが、瞬時に全滅させられるほど、タクティカルフレームというのはヤワな兵器ではない。

 しかし、現実に3機ものTFが瞬時に撃破されたというならば、敵は相当の数を揃えているか、よほど強力な装備があるか。

 コロニーの防衛戦力の調査に不備があったか、と艦長は諜報部の怠慢を恨む。

「状況報告! 一体、何が起こった」

「お待ちください……映像、出ます」

 巨大なメインモニターの中央に、撃破された第5小隊が捉えた最後の瞬間の映像記録が映し出される。

 それは誰も予想だにしない光景。決して、3機のガウルを圧倒する、大量のTF部隊が襲い掛かってくる場面でもなく、戦艦クラスの巨砲に狙われたシーンでもなく、ただ一機の敵が迫りくる映像であった。

 それは、誰も見たことがない、恐ろしい面構えの、鬼。青い鬼のタクティカルフレーム。

「な、なんだ、これは……まさか、コレが例の新型なのか」

 既存のTFとは一線を画す、あまりに異質なデザイン。そしてなにより、いまだ実用化していないはずの、フルフォトンビームセイバーを振るい、残像が見えるほどの超高速で走り抜ける機動力。

 第5小隊のガウルが撃破される、僅か数秒の映像記録に、艦長は我が目を疑った。

「ふふふ……やはり、目覚めたか」

 誰もが息をのむ緊迫感の中にあって、聖騎士ただ一人が、抑えきれぬというように笑い声をあげた。

「素晴らしい、ああ、実に素晴らしい……あれこそ、正に女王陛下へ捧げるに相応しい器」

「あの新型を、ご存知なのですか」

 知っていて、秘匿していたのか。言外に、部下に犠牲を強いる原因となった決定的な情報を隠していただろう聖騎士へと、艦長は睨みつけるように問うた。

 だが、どこまでも満足そうに笑う聖騎士――いや、顔に仮面をつけている以上、その表情は窺えないが、それでも、彼は上機嫌に艦長の質問に答えた。

「ああ、知っているとも。あれはタクティカルフレームの起源にして頂点――」

 全ての真実を知るのは、アレス王国軍において聖騎士の位を持つ四人と、女王のみ。だが、今ここに本物が姿を現した以上、その存在の秘匿にさほど意味はない。

故に、『紅の聖騎士』シリウスは、青い鬼のタクティカルフレームの正体を明かす。

「――エクセリオンだ」

 明日、第二話を公開します。どうぞお楽しみに!


 念のための捕捉説明ですが、物凄く聞き覚えのある名前が多数出ていますが、『黒の魔王』との繋がりはありません。あくまで、設定とネーミングの使い回し、と思っていただければ。

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