表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の魔王  作者: 菱影代理
第36章:最果ての欲望都市
714/1054

特別企画 未発表作品体験版その1 『マッドネスアイランド(仮)』 第二章:遠吠えの主

 昨日の続きです。

 マンションの拠点化作業は、異変発生の三日目も続いた。めぼしい家具や大物を費やして、一階と各階のバリケードは張り終えた。ベッドも使ってしまったから、今日から寝る時は床になっちまう。

あとは最悪の状況を想定して、四階に物資を集めた。生活に必要なモノを各部屋から集めるのは女性陣に任せ、男はABCドラッグから物資を運びこむ。

何度も階段を往復し、時には脚立の足場から落ちそうになったりと、危ない場面も何度か。通りにゾンビがチラっと姿を見せることもあり、その度に緊張が走った。

 体力も精神も削られる作業だが……これらが全て、無駄に終わることを俺達全員が祈っていた。

 けれど、アリスの言う邪神が俺達の祈りを嘲笑うかのように、ついに、その時はきた。

「……おい、どうすんだ、もう三日過ぎたぞ」

「救助、来ないですね」

 約束の三日が、ついに過ぎた。四日目の朝が訪れる。

 俺が寝泊まりしている四階の一室に、全員を集めた。今回は店長も出席している。三日間、何の異常もないことは明らかだ。腕の噛み傷も、徐々に治りつつあるのが目に見えて分かる。

 マックから逃げ出した者は全員無事ではあるが、顔色は暗い。

 当然だ。三日は救助を待とう、きっと来る、みんな頑張ろう――そんな風に、根拠のない励ましの言葉を、俺はずっと言い続けてきたのだから。

「あと、どれだけ待てば、救助は来るんだよ!」

 三日間、俺達はゾンビの襲来に怯えながら、マンションで籠城の準備を進めつつ、息を殺して過ごしてきた。その結果がこれである。

 救助は来ない。影も形も、その気配さえない。

 これで、上空をヘリコプターが飛び、現在救助活動中、生存者はもう少し耐えて欲しい、なんて放送が伝えられれば、あと二日でも三日でも、俺達はここで過ごせただろう。

 けれど、音沙汰は何もない。外は相変わらず、たまにゾンビがウロウロしては、歩き去っていくだけ。

「このまま、もう少し救助を待ちたい、と思う者は?」

 俺が問うと、一拍の間を置いて……ちらほらと手が上がる。

「えっと、まだ食料はあるし、このまま待っててもいいんじゃないかって、俺は思うけどぉ」

 サムの意見だ。昨日一昨日で、マンション中の食材を保存食へと加工し、部屋にあった備蓄用の缶詰と、ABCドラッグから持ち込んだ食料品。それら全てを事細かに確認したのは彼である。まだ食料面では幾ばくかの猶予があるというのは、間違いないだろう。

「私も、待ってた方がいいかなって……その、外は、あ、危ないし……」

「私は腕の怪我もあるし、あまり外に出て移動というのはちょっと。それに、こんな異常な状況だ、少しくらい救助に時間がかかってしまうのも、しょうがないことなんじゃないのかね」

 サムの意見に続いたのは、バイト少女と店長である。

 彼らの言い分はもっとも。だが、現状維持に賛成を表明したのは、この三人だけだった。

「はっ、このまま待ってて、助けが来るとは思えねぇな」

 真っ先に反対意見の口火を切ったのは、やはりアンディーだ。

「そうっすよ、外に出て情報収集しないと!」

「動くなら今でしょ!」

「ここは打って出るのが生存フラグと見た!」

 いつかのように、大学男子三人組も便乗している。だが、彼らの気持ちも分かる。

「ロディはどう思う?」

「そうだね……私も、このまま外の様子を一切調べずに、大人しくここに籠り続けるのは、難しいと思う。これは物資の問題というより、精神的な問題かな」

 やはり、そうだよな。

 サムの言う通り、食料はあるから、まだもう少しの間はここで生活できる。けれど、これまでは俺が言った三日、という区切りを目指していたから耐えられた。ただ漠然と救助を待ち続ける生活は、精神的にはかなり厳しい。

 ここが無人島だったら、そうするより他はない。けれど、ここは俺達が住むアストリアのセントエルス市だ。ひょっとしたら、市街の方に、あるいは本土の方に行けば、こんな地獄からは抜け出せるかもしれない。

 そんな希望があるからこそ、この息を殺して隠れ住む生活を大人しく耐えることが難しくなる。そんな生活を続ければ、俺だって、いつ限界が訪れて、アリス担いで逃げ出すか分かったものじゃない。

「エイミーは」

「私は、先輩の意見に従いますよ」

「……お前はそれでいいのか」

「信頼できる人に任せる、というのは、こういう場合では話がややこしくならずにすむ、スマートな方法ですよ」

 そういう信頼は、自分の上司に向けてくれるとありがたいのだが……まぁ、警察の指示も仰げないのでは、どうしようもないか。

「クロード、お前はどうなんだよ? 三日待つと言い出したのは、お前だろうが」

「俺は……」

 みんなの視線が突き刺さる。自分から言い出したことではないが、何となく流れ的に、俺がグループのリーダーのような扱いになっているという自覚はある。あまり安易な発言や、無責任なことは言えない。

「外の様子を見に行こうと思う。ひとまず、近場の避難所に指定されている中学校まで行こうかと」

「いいじゃねぇか、俺は賛成だぜ。もし避難所が機能してりゃ、警察と連絡もつきそうだしな」

「私も賛成する。距離も近いから、それほど無茶な目的地ではないと思う」

「先輩に賛成でーす」

 すぐに賛成過半数は得られた。俺も、これが現時点で最も妥当な行動だと思っている。

「サムは、これでいいか?」

「えっ、あっ、いいです! 俺も、外がどうなっているのかは気になるし……」

 店長とバイト少女も、危険とは思うが、外の情報を知りたいという気持ちはみんなと変わりはない。

「じゃあ、決まりだな。人選は――」

「私は先輩についていきます!」

「私も行こう」

「エイミーだけ行かせるワケにもいかねーからな、俺も行くぜ」

 俺、エイミー、ロディ、アンディー、と順当に決まる。

「お、お、俺は……」

「サム、無理をしなくていいんだよ」

「で、でも、俺も男だ!」

「あまり人数を多くしても、しょうがないだろう。今回は私に任せて、ここで帰りを待っていてくれ。いいね?」

「うん……分かったよ、ロディ」

 まぁ、男だからといって、無理に連れて行っても仕方がない。それに、最悪の状況を考えれば、女子供だけ残していくわけにもいかないだろう。

「それじゃあ、準備が出来次第、出発しよう」

 かくして、俺達はついにゾンビが闊歩する危険な外へと繰り出すこととなった。




「パパ……気を付けてね。必ず帰ってきて」

 アリスと涙の別れを経て、ついに俺は外へと出る。

 マンションの二階非常階段から脚立の橋を渡ってABCドラッグへ戻り、その屋根から裏手へと降りた。

「よし、周囲にゾンビはいないようだな」

「ああ、こっちも大丈夫だよ」

 ドラッグストアの裏から、顔を出して通りを確認。

 ひとまず一列縦隊で進む。先頭から、俺、エイミー、アンディー、ロディ、という順番だ。折角、四人もいるのだから、お互いに死角をカバーしあうように、常にゾンビの接近を警戒していく。

 建物の影に隠れながら、ゆっくり、静かに、俺達は進んで行く。

 すぐ傍のはずなのに、たっぷり五分はかけて、俺達はひとまず始まりの場所とでもいうべき、マックスナルドへと戻ってきた。

「おい、どうだ?」

「人影はないな」

 初めてゾンビの恐怖を味わったマックだが、今は一人も見当たらない。俺達に逃げられてから三日、獲物がいないのでは、流石に解散するだろう。

「今なら行けそうだな――うし、ちょっと行ってみるか。エイミー、ついてこい」

「はぁ、無駄だと思うけど」

 そう言って、エイミーとアンディーの警官コンビは小走りに、駐車場に止まったままのパトカーへと向かった。

 ひとまず、パトカーにある無線を使って、警察署と連絡がとれないかどうか確認するためだ。その間、俺とロディは見張り。チラっとでも怪しい人影を見たら、即座に撤退の構えである。

「――すみません、先輩。やっぱりダメでした」

「そうか、携帯も無線も、通信機器関係は軒並み全滅のようだな」

「使えるのは固定電話だけって、二十年前かよ」

 今では誰もが持っていて当たり前だが、俺が子供の頃は携帯電話なんてまだ普及していなかったからな。

「パトカーの無線もダメなら、予定通り、学校に向かうぞ」

 そうして、俺達はまたそろりそろりと移動を開始した。

 マックから目的地である最寄りの避難所、ブルック第三中学校までは表通りを真っ直ぐ進めばいい。道の迷いようがないほど分かりやすいルートであるが、いつ、どこからゾンビが襲い掛かって来るか分からない。

 ひとまず、見通しのいい表通りにゾンビの影は見えないので、そのまま進むことにしたが――

「まずい、あの信号から先の辺りに、何人かウロついてる」

 かなり遠目になるが、確かに複数の人影を俺は視認した。

 それらの人影は、はっきり目的地があって歩いているワケでもなく、本当にウロつく、という言葉を体現するかのようなウロウロぶりだ。その不規則で無意味な動きは、全く知性というものを感じさせない。

だから、万に一つも俺達のような生存者という可能性はないな。

「それじゃあ、ここから裏道に入りますか?」

「ああ、そうしよう」

「あんま奥まで行くなよ。俺も住宅街なんて事細かに覚えちゃいねぇからな」

 表通りのゾンビを避けるべく、いよいよ俺達は住宅街を迂回路として進むことにした。

 改めて思うが、本当に静かなものだ。ちょうど通勤通学の時刻だというのに、人の声どころか、車の音さえ聞こえてこない。

「――っ!?」

 だからこそ、些細な物音や呻き声も、即座に気づける。

 俺が声もなく止まると、後続のエイミー達もピタリと止まる。いちいち「何だ」と騒ぐことはなく、一言も声を発しないが、ピリピリとした緊張感は伝わってくる。

「参った、結構いるぞ」

 僅かながら物音を聞いた俺は、その方向へそっと顔を覗かせて確認。

一軒の住宅、小金持ちなのだろう、屋敷というほどではないが、広い庭に三階まである大きな一戸建ての家の周りに、十体以上のゾンビがたむろしていた。洒落たレンガの塀をぐるりと囲むように、家の周りをウロウロしていることから、裏手の方にも何体かいるだろう。

 このまま飛び出せば、奴らに見つかるのは明白だ。

「どうする、さらに回り道するか?」

「でも、さっき向こうの方にもゾンビいましたよね」

「うーん、これはどこかで思い切って突っ切らないと、埒が明かないかもねぇ」

 住宅街の十字路を横切る度に、左右を見れば、遠目にゾンビがいるのがチラっとだが見ている。ここの住宅街には、そこそこの数のゾンビが彷徨っているのは間違いない。

 ロディの言う通り、確かにこのままゾンビの目を避けて迂回し続けるにしても限界がある。すでに、俺達はさらに回り道をし続けていて、ほとんど前へと進めていない。

「よし、ここは思い切って、使ってみるか」

 覚悟を決めて、俺はポケットからアリスが用意してくれたアイテムその1を取り出す。

 ソレは爆竹だ。何の変哲もない、火を付ければバチバチとやかましい音を立てて弾けるだけのオモチャである。

 ABCドラッグの花火コーナーから拝借してきた一品だ。

「コイツを投げて、奴らの注意を引く」

「その隙に道を渡り切る、ってワケですね」

「なぁ、あちこちからゾンビどもが殺到してきたりしねーだろうな?」

 アンディーの懸念はもっともだ。ゾンビはどの程度の耳の良さなのか、まだ分からない。奴らは確かに物音にも反応している、つまり聴覚が機能しているというのは、アリスの観察結果から判明している。

 問題なのは、耳の良さにも加えて、音を聞きつけた場合、どのくらい奴らが興味を示して集まって来るか、という点だろう。

 すぐ近くで爆竹ほど音をたてるモノがあれば、ゾンビは確実に反応する。もしかすれば、獲物かどうか確認するまでもなく、いきなり飛び掛かるかもしれない。

 だが、爆竹の音を遠くで聞いたゾンビは、どの程度の反応を示すか、未知数なのだ。遠くの僅かな音にも反応する、というのであれば、今頃ゾンビ達は街中を大忙しで駆けずり回っているはずだ。

 俺達、生きた人間が息を殺して隠れ潜み、この街がゴーストタウンになったとしても、音ってのは何かしら自然に発生する。そして、どんな音にも反応するというのなら、動物や虫の鳴き声にも、風のざわめきで揺れる木々にさえも、奴らは襲い掛かろうと探し回るはず。

 だが、多少の物音には興味を示さず、奴らは無為に獲物を探すようにその辺をウロついているだけ。

「まぁ、大丈夫だろう」

 つまり、そういう結論である。

 爆竹を投げても、一斉に周囲のゾンビ共が殺到してくる、ということにはならないはず。

「本当かよ」

 疑わしげなアンディーだが、ああ、俺だって本当は疑っている。

 ゾンビは元は人間だから、自然の音には興味を示さず、明確に人為的な理由で発生するような音を判別している可能性だって、当然あるのだ。

 そうであった場合、爆竹に強い反応を示して、想像以上のゾンビを引き寄せるかもしれないが……

「いくぞ」

 モノは試しだ。それに、爆竹が上手い具合に働いてくれれば、かなり有効な囮アイテムとしてこれからも頼りにできる。危険性は完全には否定できないが、試す価値はある。

 というワケで、俺は火をつけた爆竹を思いっきり放り投げた。

 大きく放物線を描いて飛んで行った爆竹は、ちょうど包囲されている家の向かいにある、ごく普通の民家へと着弾。直後、バチバチとけたたましい音が、静かな住宅街に響き渡った。

「アアアッ!」

「ウォアアア!!」

 ゾンビは弾かれたように、爆竹の音へと一斉に振り向き、あの狂った叫び声を上げて一目散に走り出す。

 家を包囲していたと思しき奴らは、爆竹の鳴る民家の庭へと殺到してゆき、キョロキョロと激しく頭を振り回して獲物を探しているらしかった。

「どうだ?」

「こっちは大丈夫です」

「後ろも大丈夫だよ、ゾンビは来ていない」

 どうやら、上手く邪魔な包囲ゾンビだけを引き寄せてくれたようだ。

「今の内だ、行くぞ」

 爆竹はあっという間になり終わり、そうなればゾンビどももいくら探しても人影がなければ、また解散していくだろう。どれくらい注意を引いた音の捜索を奴らがするのかは不明だが、馬鹿みたいにいつまでも探し続けるってこともないだろう。

 爆竹に引き寄せられたゾンビを横目に、俺達はさっさと道を通り抜けた。




 それからも、爆竹を使ってたむろしているゾンビを誘導しては道を開けながら、俺達は住宅街を進んで行った。あまり順調とはいえない、亀のような歩みであったが……それでも、目的地まであともう少しというところまで、やって来た。

 そして、そこで初めて異変を察知する。

「……臭うな」

 不意に、鼻を突く異臭。

 俺は別に臭いに敏感ってワケでもないし、犬のように様々な臭いを嗅ぎ分ける特技があるわけでもない。

 だが、これが何の臭いなのかは、すぐに分かった。つい最近、嗅いだばかりのものだからな。

「血の臭いだ」

「うっ、やっぱり、そうですよねコレ」

 あからさまに眉をしかめて、エイミーが同意を示す。嫌悪の表情が浮かぶのは、臭いそのものの酷さではなく、これほど血の臭いが漂ってくる惨状を想像したからこそだろう。

「おい、こりゃあ学校はヤバいんじゃねーのか?」

 考えるまでもなく、ヤバいに決まっている。

 俺達の周囲には、目に見えてゴロゴロと死体が転がっているワケではない。この血の臭いは、風に流れて漂ってきたものだ。

「避難所が襲われたなら、かなりの人数が犠牲になったことだろう」

「ああ、最悪の想像だが……けど、だからこそ、この目で確かめたい」

 ここで退き返せば、かえって不確定な不安を持ち返るだけとなる。もし、考え得る最悪の状況となっているのなら、それはそれではっきりと確認しておかなければ。

 すでに危険は覚悟の上。嫌な予感しかしないが、それでも、避難所の学校を見に行くことに反対する者はいなかった。

 その決断を俺達全員は、すぐに後悔することとなる。

 幸い、目的地のブルック第三中学校には無事に到着した。住宅街を抜け、再び表通りに出たところ、周囲にはゾンビの姿もなかった。

 俺達は人気のない静かな学校の様子を、じっくりと確認することができた。

 そして、そこは想像以上の地獄であった。

「一体、どれだけの人が死んだんだ……」

 グラウンドは文字通りの血の海であった。わざと大量にぶちまけたのでは、と思うほどに、グラウンドの地面が赤く、というより、時間が経ってドス黒く乾燥した血の跡が大きく広がっている。

 これが血ではなくただのペンキだと思いたいところだが、この鼻を突く臭いと、そして何より、無残な惨殺死体が幾つも転がっていることから、どうしようもなく目の前の血の池地獄を現実のモノとして受け止めるしかない。

 ゴミのように打ち捨てられた死体の数はあまりに多く、さらには手足や動体が引き千切れてバラバラになっているのがほとんど。一人ずつ死体を正確にカウントしていくのも難しい。

 流石に、あそこまでも死体が損壊していれば、ゾンビとして蘇ることはないのか。

「なぁ、おい、ここがもうダメだってのは分かっただろ……さっさと戻ろうぜ」

 言葉を失うエイミーとロディに変わって、真っ先にアンディーが言う。

 この避難所が完全に機能していないことは、一目瞭然。そして、これほどの惨状を前にして、呑気に中に入って調べようなんて気にはとてもならない。

 グラウンド一面に広がる大虐殺の跡など、こうして眺めてもショックが大きすぎるために現実感が湧かない。けれど、間近でじっくりと観察してしまえば、否が応でも実感することになるだろう。

 今はそんな精神的なショックを、あえて自ら受けに行きたいとは思わない。

「そうだな、ここは危険だ」

 今はゾンビの大群はどこにも見えず、周囲に散ったと思われる。だが、奴らが大挙して押し寄せれば、あっという間にこんな惨劇が引き起こされるのだと思えば、たとえゾンビ映画などでお馴染みの光景といえども……ん、何だ、何かが引っかかる。

「なぁ、この中で、ゾンビ映画でこういう展開を見たことある奴いるか?」

「はぁ? いきなり何言ってるんだお前」

 あまりにショッキングな光景を見て、頭がおかしくなったのかと疑わしそうな目をアンディーに向けられる。

「えっと……避難所が襲われるみたいな話は、何かで見た覚えはありますけどぉ」

 若干、引き気味ながらエイミーが律儀に答えてくれた。

 俺も、同じような感じだ。作品のタイトルは分からないが、人の集まった避難所が襲われたり、折角、籠城していたところにバカがウッカリ、ゾンビを招き入れて大参事、みたいな展開には見た覚えがある。

「それで、そういう時って、ここまで酷い有様になるか?」

「そりゃあ、なるだろ」

「人が沢山、死んでしまうのは同じことですよ」

 確かに、そこにいる多くの人々が命を落とすってのは、フィクションの世界でも、この現実でも同じになってしまった。だが、落ち着いて、よく見ていると、明らかに何かがおかしいと思えてならない。

「いくらなんでも、死体の損壊があまりに激しすぎるんじゃないか?」

 ゾンビにならずに、死体のまま転がっている。すなわち、蘇ることすらできないほど大きく傷ついたり、バラバラになっているのが、このグラウンドに散らばる死骸の全て。

 果たして、手にする凶器を滅多刺しか、噛み付くか、くらいしか攻撃方法のないゾンビが、ここまで激しく死体をバラせるものだろうか。

「コイツはまるで、ゾンビに襲われたってよりも、Tレックスが暴れたような感じじゃないか」

「ハっ、馬鹿らしい、ここはゾンビ映画の世界じゃなくて、ジュラシックランドだったって言いてぇのかよ」

「俺だって、本当に恐竜が襲ってきたとは思わないが……もしかしたら、ゾンビよりも狂暴なモンスターがいるのかもしれないぞ」

「……確かに、よく見たら、死体の中には大きな爪で裂かれたような傷跡もありますね」

「モンスター、か。信じたくはないが、ありえない話ではないかもしれないね」

 ただでさえゾンビだけでヤバいというのに、さらに狂暴なモンスターまで現れたとあっては、とてもじゃないが手におえない。

 できれば、俺もただの憶測であって欲しいと思うが、もしコレが全てゾンビの仕業であったとしても、それはそれで簡単に死体をバラバラにできるほどのパワーを持つゾンビってことにもなるので、どっちにしろ、このグラウンドの惨状が示すのは絶望以外の何ものでもない。

「とにかく、今は戻ろう――」

 あまり長話をしているのもマズい。早々に俺達は静かに踵を返したのだが、

「ヴゥオオオオオオオオオオっ!」

 突如として、すぐ近くからゾンビの雄たけびが轟いてきた。

「どこだ……」

 慌てて周囲を見渡すが、その姿はない。どこか、家屋の影か、道路の角の先にでもいるのだろう。

 こちらが相手の姿を見つけられないということは、向こうもまた、こっちをまだ見つけてはいないはず。

 息を殺し、足音にも注意を払いながら、俺達はとにかく声の聞こえた方向から少しでも離れていく。

「っ!? 隠れろ!」

 声の主と思しきゾンビが、道の向こうからフラリと彷徨い出てくるのを、俺は見た。

 近くにあったアパートの駐車場を囲うコンクリートブロックの塀へと、俺達は一旦、身を潜める。

 目は合ってないし、これで上手く隠れられたはず。

 俺はブロックの塀に空いた模様のような隙間から、現れたゾンビを観察する。このまま、俺達とは別方向へと歩き去ってくれれば、万事解決なのだが……

「なんだ、アイツ……何をしているんだ」

 スーツ姿の、丸々と太った中年男性のゾンビだ。ソイツはもう歩き疲れたとでも言うように、いきなりその場でゴロンと転がった。

 車道のど真ん中に寝転がり、くつろいでいる、ワケではなさそうだ。ヤツは地面を舐めるように顔を近づけていて――まさか、臭いを嗅いでいるのか!?

「ブゴッ! ブギィイイイ!!」

 豚のような鳴き声をあげながら、ゾンビはフガフガと夢中になって鼻先を固いアスファルトの路面につきつけながら、猛然と四足歩行の格好で動き出した。

 奴は迷うことなく、俺達が隠れ潜んでいる駐車場へと真っ直ぐ向かってくる。

「クソっ、アイツは臭いで俺達を追っている!」

「ええっ、そんな!?」

「おいおいおい、嘘だろ、それじゃ隠れてたって意味ねぇ――うおおっ!?」

 荒い吐息と唸り声を上げて、ゾンビはすぐそこまで迫って来ていた。

 臭いで辿られる以上、視覚的に隠れ潜んでいる意味はない。転がり込むように、俺達は駐車場から出て、一目散に道を走り出す。

「ブギィイイイ!」

 ちっ、丸々と太った典型的なメタボ体型のくせに、走ればそれなりに速い。奴はついに視覚でも俺達を捉え、二足に立ち上がって全力疾走を始めている。すぐに追いつかれるほど速くはないが、そのままぶっちぎれるほど遅くもない。

 住宅街の地形などを利用して上手く撒いたとしても、コイツの嗅覚があればすぐに追跡されてしまうだろう。そして、このまま真っ直ぐ拠点のマンションに戻れば……ここで始末するのが最善か。

「あっ、先輩!?」

「止まるな、行け! コイツを倒したらすぐ追いかける!」

 意を決して立ち止まり、消防斧を構えて叫んだ。

 別に尊い犠牲になろうってんじゃない。追ってくるゾンビはまだ一体。一発かますだけなら、何秒もかからないだろう。

「さぁ、かかって来いよ、豚野郎!」

「ブッヒィイイイイイ!!」

 耳障りな絶叫を上げながら、メタボゾンビが真正面から飛びかかってくる。こうして面と向かってみれば、奴の鼻は本当に豚のように大きく潰れた形状になっていた。まさか、元からこんな顔だったとは思い難い。

 ゾンビ化すると、こんな気持ち悪い変化もするのだろうか。

 おぞましいゾンビの可能性を目の前にしながら、俺は何の迷いもなく、斧を全力で振り下ろした。

「ブギッ!?」

 ズドン、と薙ぎ払うように首元に命中。太っているだけあって、野太い首は一撃で断ち切るには至らないが、半ば以上まで刃が食い込んだ。

 消防斧の斬撃を首にくらい、そのまま横へと倒れていく勢いのまま、刃を引き抜く。

 派手に血飛沫が舞い散る中で、俺は尚もブヒブヒと絶叫を上げる豚面ゾンビに向かって、トドメの一撃をくれてやった。

「はぁ……はぁ……二度目となると、ちょっと慣れちまった」

 これで、俺が手にかけたゾンビは二人目。もう一人殺したのだから、あと何人殺っても同じ、と考えるのは危険思想か。

 いや、仕方ない。前の時も、今回も。そもそも、こんな状況じゃあ、オールタイムで正当防衛が成立するだろう。

 そんな言い訳がましいことを考えながら、俺はみんなの後を追うべく踵を返す、

「先輩!」

「馬鹿っ、エイミー、何でお前まで止まってる!」

「いいから、こっちです! もう他の奴らが集まり始めてますから!」

 俺の手を掴んで、有無を言わさず駆け出すエイミー。

 すると、あちこちからゾンビの雄たけびが聞こえ始めた。

 俺達が騒がしくし過ぎたのか、それとも豚面が仲間を呼んでいたのか。どちらにしても、この感じからして、あちこちからゾンビがこっちに向かって駆け寄ってきているのは確かなようだ。

「くそっ!」

 焦りのままに走り出すと、すぐにゾンビ共が現れた。

「ウォオオアアアアアアアアアアア!」

 走る俺とエイミーを完全に視界に捉え、どのゾンビも猛り狂っている。チラっと見た感じでは、大抵の奴は素手で、たまに鉄パイプやら木の枝やら、武器になりそうなモノを掴んでいるのが混じっていた。

 そこら中から飛び出してくるゾンビは老若男女が揃っているが、すぐそこに中学校があるせいか、学生服姿の奴がやけに目についた。

 しかし、ゾンビになってしまえば大人も子供も関係ない。全員が、まるで俺とエイミーが親の仇でもあるかのように、怒り狂ったような絶叫を上げて真っ直ぐ全力疾走で追いかけてくる。

「はっ……はっ……」

 くそ、まずい。やはりゾンビの奴ら、結構スタミナがありやがる。

 幸い、普通の人間の範囲に収まる速度でしかゾンビは走れないようだが、あんなに叫びまくりながらでも、平気で走り続けているのだ。

 俺とエイミーは足の速さはそれなりに自信があるから、まだ追いつかれはしないものの、全力疾走すれば早々に息が上がってくる。確か、人間が全力で走れる限界は400メートルだっけ。アリスが言っていたな。

 このまま400メートルを必死に走り抜けたとしても、その先はない。勿論、ざっと見ただけで五十近いゾンビが集まってきているのだから、俺とエイミーの二人で迎撃するのも不可能だ。

 どこかで奴らを足止めするか、隠れるか、それとも一網打尽にする手段でも……ちくしょう、走るので精一杯で、一発逆転の策なんか思いつくか!

「先輩、こっちです! あそこに登って!」

 エイミーは一軒の民家を示す。この住宅街なら、どこにでもあるような何の変哲もない普通の一戸建てである。

 だが、彼女がわざわざ選んだだけあって、その家は最高の条件が整っていた。

「やっ!」

 鋭い掛け声とともに、エイミーがジャンプして登ったのは、高さ二メートルもない塀だ。そこに登ると、さらにジャンプして物置の上へ。

「先輩!」

「大丈夫だ、ついてきてる」

 ここまで登れば、エイミーの意図は分かる。

 俺達は物置から、民家の軒先へと飛び移り、二階の屋根の上まで上り詰めた。

「あの辺までは、屋根伝いに行けそうですよ」

 そうして、俺達は道路から住宅地の屋根の上を新たな逃走路として走り出す。

「ヴェエエアアア!」

「アアアーっ!!」

 泥棒か忍者のように、屋根を走っては、跳んで隣に飛び移って逃げ続ける俺達を、ゾンビが届くはずもないのに、目いっぱいに手を伸ばして吠える。

 最初にマックで襲われた時に判明したように、奴らは回り込む、ということさえ判断できない。だから、足場を伝って屋根の上に登る、という行動もできないようだった。

 ただの塀の上であれば、手が届くし、登ってくることもあるだろうが、さらに別な足場を複数利用していけば、正解となる道筋が分からなくなるようだ。

 俺達が最初に登った民家でも、塀を登った奴はそこそこいたが、物置まで登って来れた奴はかなり少なかった。そこからさらに、家の屋根までついてこれる奴は、かなり少なくなった。

「ちっ、三人くらいついて来てるな」

 一度登ってしまえば、あとは元通りの追いかけっこ。全力ダッシュで隣の民家に飛び移る、というアクションはゾンビでもそこそこできるようだ。だが、明確にギリギリのところで踏み込んでジャンプする、というほどの判断力さえも欠けているようで、大した幅じゃないのに、飛距離が足りずに落っこちる間抜けもいた。

 そうして、最終的に俺達の真後ろについて来れてる奴が、三人ほどとなったのだ。

「それくらいなら――」

「ああ、やるか」

 屋根の上なら、横合いから他の奴にとびかかられる心配もない。三対二、と人数差はあるものの、俺とエイミーなら十分対処できるだろう。

「キェエアアアアアアアアアアアア!」

「二体目を頼む――オラぁっ!!」

 三度目ともなると、すっかり要領も掴んだといったところか。真正面から手を伸ばして掴みかかってくる、ランニングシャツの男ゾンビに向かって、俺は完璧なタイミングで消防斧をフルスイング。

 斧は側頭部へとジャストミート。ホームラン級の手ごたえだ。完全に頭を割られたゾンビは、これで一発停止。

 しかし、手加減なしの全力フルスイングのせいで、俺はすぐに体勢を戻すことができない。まさか、大切な武器である斧を、ヒットを打った打者が放るバットと同じように、投げ捨てるわけにはいかない。

 体を捻りつつ、ガッツリと頭に食い込んだ斧を引き抜くのに、相応の時間がかかる――そして、それを悠長にゾンビが待っていてくれるはずもない。俺が倒したゾンビのすぐ後ろには、また別のゾンビが続いているのだ。

「ウォオオオオオオオ――」

「ハッ!!」

 だから、二体目はエイミーに任せた。

 攻撃直後で隙だらけの俺に向かって飛び込んでくるゾンビを、彼女の長い足が強烈に蹴り飛ばす。

 全力疾走の勢いも相まって、かなりの衝撃がその身に叩きこまれたことだろう。

「オゴオッ!」

 とても直立姿勢など保っていられず、屋根の上にぶっ倒れるゾンビ。受け身をする反応もないから、頭を強く打っているが、それで死ぬほどヤワではないらしい。

 けれど、痛いのか意識が飛んでいるのか、わからないが、即座に立ち上がれるほど元気でもないようだ。唸りながら、ゆっくりと体を起こそうと身じろぎしている。トドメを刺すには、絶好の機会だ。

「……ごめんなさい」

 エイミーの小さなつぶやきが、聞こえた気がした。

 気合いの声と共に、耳に残る、肉を打つ生々しい鈍い音が響く。ゾンビの頭は、エイミーが振り下ろした手斧によってかち割られていた。

 彼女が倒したゾンビは、学生服を着た少年だった。よりによって、子供に手をかける事となったのは不幸としか言いようがないが、慰めの言葉を駆ける暇はない。

「お前で――最後だっ!」

 エイミーにフォローしてもらったから、次は俺の番。やや遅れて走り込んできた三体目のゾンビを、やはり俺は同じ要領で返り討ちにする。

「エイミー、大丈夫か」

「はい、大丈夫です、先輩がいるから……行きましょう」

 彼女の目には、涙の痕もなかった。ああ、コイツは本当に、強い奴だ。こんな状況下で、一緒にいるのがエイミーで本当に良かったと思ってしまった俺は、先輩失格だろうか。

 悪いが、正直、今の俺にはカッコよく、女性を守って見せる、なんて豪語できない。自分の身すら守れるかどうか怪しい、ゾンビ地獄。頼れる相棒がいるならば、もろ手を上げて歓迎するね。

「お前がいてくれて良かった。一人だったら、死んでた」

「そういうのは、ちゃんと逃げ切れてから言ってくださいよ――でも、ありがとうございます」

 こんな時だというのに、エイミーの笑顔は輝いていた。

 とりあえず、屋根の上まで追跡してくる奴がいなくなったことで、多少、気持ちに余裕が戻ってくる。ついでに、必死こいた全力疾走もやめて、マラソンで走るようなペースにまで落とせている。

 しばらく屋根伝いを辿りながら逃げる内に、俺達を追ってくるゾンビの数も目に見えて減って来た。

「追手は減ったが……どこだ、ここ」

「多分、あっちの方が帰り道だとは思うんですけど」

 とにかく、屋根で通れる、または上り下りがスムーズに可能な場所、という判断基準のみで走り続けてきたせいで、拠点マンションへの帰り道が分からなくなってしまった。

「地図でも確認してみるか?」

「この状態でですかぁ?」

 いくら追跡は緩まったとはいえ、まだ周囲にはウーアー言いながら、屋根の上の俺達に向かって手を伸ばすゾンビ共はいる。あんまり、のんびりと位置確認をしている暇もなさそう。

「一旦、屋内に退避したいところだな」

「それじゃあ、えっと……あそこにあるマンションはどうですか?」

「おっ、いい位置に屋根と非常階段があるじゃないか。あれなら、上手く飛び移れそうだ」

 エイミーが目ざとく発見してくれたのは、俺達の拠点マンションと似たようなマンションである。あの中にゾンビが大量に待ち構えていなければ、とりあえず落ち着けそうだ。

 ひとまず、この命がけの追いかけっこも中断して休憩できると思った、その時だ。

「オッ、オッ、キョォオアアアアアーっ!」

 一際甲高い叫び声が響いた。何だ、と思う間もなく、声の主が姿を現す。

 そう、ゾンビが登って来れないはずの、屋根の上に。

「なんだ、コイツ……」

「せ、先輩……あのゾンビ、凄い勢いで、登ってきませんでした?」

 どうやら、俺の目の錯覚ではないらしい。

 ソイツは、ヨガでもやるようなラフな格好をした女ゾンビだ。エイミーの言う通り、俺も、コイツが屋根の上まで登って来たように見えた。それも、猿が木のぼりでもするよう、ヒョイヒョイと身軽に。

 まずい、コイツ……高いところにも登れるタイプのゾンビだ。それも、人間よりも遥かにクライミング能力に長けている。

登れる奴クライマーか。だが、相手は一体なら――」

「キィイエエエエエエエッ!」

「イェア! イェアアアア!

 似たような奇声を上げて、さらに屋根の上に登ってくる奴らが現れた。

 二体、三体……いや、視界の端で、声に引き寄せられるように、民家によじ登り始めている奴が、まだ二体ほど見えた。

「くそっ、走るぞ、エイミー! ここにいたら囲まれる!」

「はい!」

 迎え撃つにしては、ちょっと数が多い。それに、登って来た奴らの配置もあまりよろしくない。

 さっきの要領で撃退するには、いいとこ、三体か四体が限界だろう。それも、相手がほどよく一列になっているという前提があってのこと。

 三体以上を相手にした場合、どれか一体でも背後から襲える位置にいれば、俺達の負けだ。勝てたとしても、負傷する可能性は極めて高い。

 幸いなのは、登るのに邪魔だからか、クライマーゾンビは武器を持ってないこと、あと、走る速さはまだ普通ってことくらいか。

 しかし、奴らを撒くのは難しい。遮蔽物のない屋上ってのが仇にもなっている。かといって、地上に降りればノーマルゾンビもウロウロしているわけだ。

「はぁ……はぁ……くそっ」

 どこか、迎え撃つのに最適な場所か、逃げ込める場所か。どこかにないか。

「先輩、前っ!」

「なっ、しまった!」

 屋根の先が、なかった。少なくとも、走り幅跳びで飛び越せる範囲で、隣の家がない。

 ちょうど二車線道路に面する家に来てしまったようだ。もっと違うルートもあったろうに……いや、これもクライマーに追い詰められた結果か。

「ど、どうします……?」

 縋るようなエイミーの視線。即答できなかった。

 あと何十秒もしない内に、クライマー共が追いつく。しかし、ここで家の屋根を降りたところで、やはりゾンビが待ち構えている。

 戦うしかないのか……

「キァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 覚悟を決めかけた次の瞬間、さらにクライマーが屋根の上に現れる。やはり、あの甲高い声に同種が引き寄せられているのか。

 四体、五体……気が付けば、十体近い奴らが、俺達を追う集団に合流していた。

 ダメだ。いくらなんでも、あの数を正面切って相手にはできない!

「降りるぞ!」

「えっ、でも、どこに――」

 降りたところで、どこに逃げるのか。ええい、そんなの俺が教え欲しい――

「あそこだ! ドアが開いている!」

「了解です!」

 必死で探した結果、道路に面した建物に、たまたまドアが開きっぱなしになっているのが目に入った。

 この際、もうどこでもいい。何でもいいから、今はあのクライマー集団を隔てる壁が必要だ。

「道路を突っ切るぞ、覚悟していくぞ、エイミー!」

「はい、先輩!!」

 屋根から降りた俺達を出迎える、地上のゾンビ達。どいつもコイツも、狂った赤い目で、俺達を親の仇のように睨みつけていやがる。

 くそ、くそっ、ちくしょう、なんだってこんなことに――命の危機と恐怖と理不尽と、色んな感情が渦巻きすぎて、俺もおかしくなりそうだ。

「そこをっ、どきやがれぇえええええええ!!」

 そうして、狂ったように叫びながら、俺は斧を振り上げてゾンビ共が立ち塞がる道路へと突っ込んだ。




「はぁ……はぁ……」

 荒い息を吐きながら、俺はどっかりとベルトコンベアの上に腰を下ろした。隣には、俺と同じように疲れ切った顔で座り込むエイミーがいる。

 とりあえず、俺が見つけた扉への避難は成功した。幸いにも、この扉は頑丈そうな鉄製で、素手のゾンビがガンガン叩いても破られそうにもないことだ。俺達を追いかけてきたクライマー集団も、屋内に逃げ込み姿を見失ったことで、どこぞへ解散した模様。ひょっとしたら、扉の前で黙って待ち構えているのかもしれないが、今は確かめる気もない。

 ここは民家ではなく、材木加工の工場らしい。作業場と倉庫を兼ねた造りで、椅子にしているベルトコンベアなどの作業機械が並んでいるのと、束ねられた角材や板が所狭しと積まれている。

 俺の務めるエムロードの工場よりは、ずっと小さい、数人の従業員でやってるような中小零細の工場だが、造りはしっかりしているので、壁が破れてゾンビどもが雪崩れ込んでくることもなさそうだ。さほど広くもないため、ざっと見渡せば中にゾンビがいないこともすぐに確認できた。

 ひとまずの安全地帯……だがしかし、周囲はすっかり包囲されているようで、逃げ道はどこにも見当らない。

 俺達が駆け込んだ扉と、他にはトラックが出入りできるような大きなシャッターがあるだけ。実質、この建物は倉庫である。

 しかしながら、一番ショックなことは他にあった。

「……先輩、傷の手当、しましょうか」

「ああ、そうだな……」

 無理にゾンビが立ち塞がる道路を突っ切った結果、俺もエイミーも負傷した。つまり、ゾンビに噛まれた。

 特に、先頭を走った俺はエイミーよりも傷が深い。くそ、アイツら、容赦なく人の腕をガブガブと噛みやがって。

 強引に腕を振るってゾンビを吹き飛ばし、どうにか突破はできたが、お蔭で俺の両腕は血みどろだ。左腕なんかは、ちょっと肉が食い千切られちまった。

「ごめんなさい、応急処置しかできそうもないです」

「消毒と包帯があるだけ、上等だろう」

 持ち物の中には、ドラッグストアから拝借してきた消毒液や包帯、各種の薬がある。ゾンビがウロつく地獄の町を冒険しようってんだ、これくらいの備えはどんなバカだってするさ。

 まぁ、数ある商品の中で、一番いいモノを厳選してくれたのはアリスだったけどな。

「先輩、大丈夫ですか?」

「カスリ傷だ、どうってことない」

「涙目で言われても、説得力ないですよ」

 ちくしょう、こんな傷痕に消毒液なんざぶっかけたら、大の男だって涙くらい滲む。

「それより、お前も手当しておかないと」

「そうですね、じゃあ……お願いしても、いいですか?」

 何故か恥ずかしそうに腕を差し出すエイミー。やけに乙女ちっくな表情とは裏腹に、艶やかな褐色肌に浮かぶ、血の跡と噛み傷が痛々しい。

 一応、俺も手当の基礎知識と経験くらいはある。特に問題なく、手早く処置を終えた。

「あの、先輩……肩の方も、いいですか」

 あの時は危なかった。道半ばで、エイミーは追いついてきた女クライマーに後ろから掴まれ、肩を噛まれていた。

 完全に捕まって、もうお終いかと思ったが……彼女は瞬時に拘束を脱し、振り向きざまに手斧を一閃。そのまま一回転して前を向くと、また即座に走り始めた。あと二秒でも手間取っていれば、後続の奴らにも掴まれて完全に詰んでいただろう。

 危機的状況にも関わらず、冷静なスーパープレイを炸裂させたエイミーは、恐らく、単純な格闘技経験、技という点では俺より遥か上だろう。

 俺は高校卒業してエムロードに就職してから、筋トレこそ続けたが、すっかり格闘技はやらなくなった。だが、エイミーは警察官として、技を磨き続けて来たに違いない。

 その技が、まさかこんな状況で輝くことになるとは……不幸中の幸い、とでも言わなければ、やってられないな。

 ともかく、達人みたいな技術があっても、負傷は避けられないこともある。

「ああ、血は滲んでないようだが、手当はしておいた方がいいよな」

「はい、それじゃあ……」

 と言うと、おもむろに上着を脱ぎだすエイミー。淡いブルーのブラウスは、あっという間にボタンが外され、魅惑的な褐色の肉体が曝け出される。

 止める間もなかったのか、俺に止める気もなかったのか。一瞬、呆然としてしまった。不覚なんかなくたって、ドキリとするに決まってる!

「なんだ、その、後ろ向きでよくね?」

「ちゃんと見てください、先輩」

 それはマジで言ってるのか、誘っているのか。全力で視線を逸らす俺。

手当するだけと分っていたはずなのに、ブラ一枚となった彼女の姿はあまりに扇情的に過ぎる。ドンと突き出た大きく張りのある胸を包む、黒いブラジャーが作る褐色の深い谷間へと目が吸い寄せられないようにするので精一杯。頑張って目線を下げても、今度は薄く腹筋が浮かぶ引き締まったくびれの腰回りが――ヤバい、ちょっと待って、頑張れ俺の理性、アリス、パパに力を貸してくれ。

「……これくらいの傷なら、消毒して、薬塗っておくだけで大丈夫そうだな」

 まぁ、いくら魅力的な女性とはいえ、妻も子もいる、いい大人の男である俺が、エロだけで誘惑されるワケにもいかないだろう。エイミーの信頼ってのもあるしな。

 気を引き締めて、真面目に肩口の傷を見れば、薄ら赤くなっているだけで、大した傷ではない。血も出ていないし、特に処置が必要なほどの怪我ではないことが確認できた。

「そうですか」

「ああ、だから、あとは自分でやってくれ。というか、早く服着てくれよ」

「……イヤです」

 否定の言葉が届くと同時に、エイミーがいきなり俺の胸へ飛び込んできた。

「お、おい、ちょっと、何だ、エイミー!?」

 いきなり、そんな格好で抱き着かれたせいで、情けなくもちょっと声が裏返った。結婚して子供がいても、俺は決して女性に慣れているワケではない。

「先輩、好きです。だから、今ここで、私を抱いてください」

「はぁあああっ!?」

 とんでもない場所で、とんでもない格好でとんでもないことを言い出す。

「お、落ち着け、エイミー、何言ってんだ、っていうか、自分が何言ってるか、分かってるのか?」

「私、まだ処女なんです」

 もうゾンビウイルスが頭に回ったか、かなりヤバいこと言ってるぞ、お前!

「だから……まだ、人間でいられる内に、私……」

 ああ、クソ、馬鹿なことを言っているのは、俺の方だ。ここまで言わせて、ようやく彼女の気持ちに気づけるのだから。

「エイミー、大丈夫だ、落ち着け、噛まれたって、ゾンビにはならない」

「でも、三日以上はどうなのか、分からない、ですよね……」

 確かに、店長の様子から、ゾンビに噛まれても即座にゾンビ化はしない、ということは証明されている。三日経過して無事なのは間違いないし、あの傷の様子なら、そのまま完治する可能性の方が高い。少なくとも、アリスはそうなると推測しているし、俺もそれを信じている。

 だがしかし、いざ自分がゾンビに噛まれれば、いまだ確証のない推論だけで、とても平気ではいられない。

 アリスを疑うわけじゃないが、俺だって道の半ばで奴らに噛まれた瞬間、もう死んだのかと思った。何とかここまで駆けこむことには成功したが、正直、いつ自分がゾンビになるんじゃないかと不安でならない。

 アストリア人なら、誰でも一度は見るだろうゾンビ映画。一度でも噛まれればゾンビになる、というのは、あまりに鮮明にイメージできてしまう。

「だから、お願いです、先輩! 今の内に……私、先輩なら……」

「やめるんだ、エイミー。ヤケになるな」

 一人の男として、ここで彼女を抱いてしまいたい衝動に、物凄い駆られている。

 追い込まれた極限状況で、ゾンビに噛まれた絶望感。そんな時に女に迫られたら、一時の快楽に逃れたくなるのも仕方がないだろう。まして、相手は誰もが振りかえるような美人になったエイミーだ。

「……ごめんなさい、やっぱり、私じゃダメなんですね」

「エイミー、お前は綺麗になったし、めちゃくちゃ魅力的な女だよ。けど、俺は妻のことを愛しているし、なにより、アリスを愛している」

 ただ、家族への愛が、俺を支え、奮い立たせてくれる。

 もし、俺が独り身のままだったら、この場でエイミーを押し倒しているし、同時に、これ以上、生きて戦うことを早々に諦めてしまっていたかもしれない。

「俺は必ず、アリスの元に生きて帰る。だから、お前も一緒に帰るんだ」

「でも、私……」

「大丈夫だ、安心しろ。もし、お前がもうビビって動けないっていうなら、俺が背負ってやる」

「い、いいですよ、そんな足手まといになるくらいなら、置いて行ってください」

「可愛い後輩を見捨てるわけないだろ。それに、こんな地獄まで一緒に来た仲じゃないか。もし途中でダメになったら、そん時は、俺も一緒に死んでやる」

 家族のことは何よりも大事だ。けれど、俺なんかに縋るようになっちまうエイミーを見てしまったら、何が何でも、助けたいと思ってしまう。共倒れするくらいの覚悟で、俺はエイミーを守るつもりだ。

「それじゃあ、一つだけ、約束してもらってもいいですか」

「なんだ」

「もし、このまま無事に帰れても、噛まれた私がゾンビになりそうで、出ていかなきゃいけない時は……先輩は、一緒に来てくれますか」

「お前がヤバいなら、当然、俺もヤバいだろう。ああ、一緒に出て行こう」

「そしたら、ずっと、私と一緒にいてくれますか」

「その時は、泣く泣く家族とだって別れてる。お前が一緒にいてくれたら、ゾンビになる恐怖も忘れられそうだ……なんなら、ゾンビになっても離れないように、手錠で繋いでくれたっていいぞ」

「ふふ、いいですね、それ――じゃあ、先輩、約束ですよ」

「ああ、約束だ」

 こんなことで、少しでも死への恐怖が紛らわせるなら、安いものだ。

 いや、エイミーは強い女性だ。こんなもんはただの口実で、本当は俺の下手な励ましなんかなくたって、一人で立ち上がれただろう。

「いいか、エイミー、まずは帰ることだけを考えよう。そして、俺達が正気を保っていられる内は、全力で抗い続ける……諦めるのは、最後の最後でいい」

「はい、先輩」

 エイミーの笑顔が眩しく弾けた。どうやら、もうパニックは収まったようだ。

 これで一安心、のはずなのだが……

「ところで、いつになったらお前は服を着るんだ」

「んー、もう少し、このままで。今は甘えたい気分なので」

「ははっ、こんなところ、妻に見られたら殺されるな……」

 ゾンビが雪崩れ込んでくるよりも恐ろしい想像に背筋を凍らせながら、俺は流されるままに、しばらく半裸のエイミーを抱きしめ続けた。

 なぁ、これ、浮気にはならないよな?




 オオォーン! と犬の遠吠えが、今夜も響きわたってくる。飼い犬もすっかり野生化したのか、異変の日からずっと、遠吠えは元気になってきている気がする。

 ニワトリがクックドゥードゥルドゥー! と朝の訪れを教えてくれるように、奴らの遠吠えが夜の帳が降りる合図になっている感じさえした。

 そして、ソレが聞こえてくるってことは、すっかり夜になったということだ。

「……外、静かですね」

 ピッタリと肩をくっつけて、寄り添うように座り込んでいるエイミーがぽつりと漏らす。念のため、すでに服は着ている。

「そうだな」

「私達のこと、諦めたんでしょうか」

「どうだろうな。大人しくなっただけで、まだ包囲はされたままかもしれん」

 この材木工場に追い込まれてから、俺達はひとまずじっと息を潜めて、機を待つことにした。

 昼間はずっと、ゾンビ共の唸り声がひっきりなしに四方から響いていたのだが、夜の訪れと共に、眠ったように静かになった。聞こえてくるのは、遠吠えだけで、今だけは本当に閑静な住宅街へと戻ったような気にさえなる。

 しかし、夜になるとゾンビが寝ているワケではない、というのはすでに判明している。マンションで籠城している間、毎晩、念のために見張りは交代で立てていた。その時に、真夜中でも道路をウロついている人影を、俺もみんなも、一度は目撃している。

 昼間よりも多少は静かになるのかもしれないが、夜が絶対に安全なワケではないのだ。無論、電気の止まった、完全に暗闇の町中を歩くのは、ゾンビがいなくなって危険だろう。

「とりあえず、今夜はこのまま夜を明かそう」

「朝になったらどうします?」

「ひとまずは様子見だな。朝になって、また奴らが騒ぐようなら、俺達を諦めてない証拠……強行突破で脱出するなら、次の夜を待った方がいいんじゃないか」

「そうですね、水も食料も、一日くらいなら大丈夫ですし」

 遭難の危険性も鑑みて、医薬品と共に多少の食料品も持ってきている。一日に必要な栄養が一本でとれると謳われる、有名なカロリーブロックとかな。ちなみにエイミーのはココア風味だ。

「そうと決まれば、明日に備えて寝るか」

「見張りは二時間交代でいいですか?」

「ああ、先に寝ていいぞ」

「膝枕してもらってもいいですか?」

「……いいぞ」

「やたっ、おやすみなさーい」

 まだ甘えたい気分は続いているのか、俺の大して柔らかくもない筋肉質な太ももを枕に、エイミーは睡眠の体勢に入った。

 こんな場所でもきちんと睡眠できるように、床に梱包用シートなんかを引いて即席のマットレスを用意している。プチプチを丸めて枕も作ったというのに、いきなり俺の工作が無駄になってしまった。

 お、俺は別にエイミーの膝枕で寝ようなんて、これっぽっちも思ってないし?

 いやホント、これ以上は、浮気を疑われた時に後ろめたくなってしまいそうで、こういうのはマジで勘弁して欲しい。

「すぅー」

 俺の気も知らずに、安らかな寝息をエイミーは立てはじめた。呑気な寝顔を晒して、実に無防備だ。もうちょっと警戒しろよ。こういうところ、高校生の頃から進歩してないな。

「……」

 静かな寝息だけを聞きながら、俺は真っ暗闇の倉庫の中で神経を尖らせる。やはり、周囲は静かで、ゾンビの呻き声どころか、歩く気配も感じられない。

 こんな暗闇でジっとしていると、すぐに眠くなりそうなものだが、恐怖や不安が胸の中でとぐろを巻いているように、俺の心を苛んでくる。俺は無事に、生きてアリスの元に帰れるのか。もし俺が死んだら、アリスはどうなってしまうのか。妻は本当に、まだ生きているのか……そんな風に、どれだけの時間が過ぎたのか。

「ウォオオーウッ!!」

「っ!?」

 不意に鳴り響いた、大きな叫び声によって、俺は弾かれたように顔を上げる。真っ暗だから、顔を上げたところで何が見えるわけでもないが、方向は何となく分かる。

 やはり、夜でも元気なゾンビはいるようだ。しかし、今の声は奴らの絶叫とは少し違う、獣の鳴き声のようにも聞こえたが……

「ヴォオオアアアア!!」

 近い。さっきよりも、確実にここに近い場所で、獣じみた声が上がっている。

 この響きからして、もうこの倉庫の前の二車線道路に出ているか。

「……先輩」

「起きたか、エイミー。何だか、ヤバそうな奴が近くにいる」

「みたいですね」

 俺達はいつでも動けるように警戒しつつも、このまま何事もなく声の主が遠ざかってくれることを、息を殺して祈った。

 ああ、そういえば、邪神が睨みつけたせいで、世界はこんなになっちまったんだった。だとすれば、俺らの信じる十字教の神様ってヤツに、信徒の祈りなど届くはずもなく、

「ヴオッ、グルルル……」

 荒い獣の息遣いが、シャッター越しに聞こえた。

「まずい、来るぞ」

 ガァン! と、俺のつぶやきをかき消すように、強烈な衝撃音が倉庫を揺るがす。まるで、ブレーキとアクセルを踏みちがえた自動車が突っ込んできたような、そんな勢いで、何かがシャッターにぶち当たったのだ。

「ひゃあっ! な、なんですかアレ!?」

「知るかよ、くそっ、ヤバい、このまま突っ込んでくる気だ!」

 外の野郎は、ガン、ガン、と容赦ない体当たりを繰り返す度に、シャッターがどんどん歪み、変形していく。

 下の方に侵入する隙間ができるのが先か、それとも破れるのが先か。

「ウォアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 耳をつんざく咆哮と共に、ついにシャッターが破れる。いや、破られた、という方が正しいか。

 ナイフのように鋭い爪が、シャッターから生えた、と思った瞬間に、バリバリと左右に力任せに破り去ったのだ。ステンレス製だというのに、まるで紙でも破くかのように、軽々と引き千切りやがった。

 とんでもない怪力、という感想は、獰猛な唸り声を上げながら、倉庫へと乗り込んできた奴の姿を見て、どうしようもなく納得してしまう。

「こ、コイツは、狼男かよ……」

 比喩でも何でもなく、そうとしか呼べない風貌であった。

 大きな口には鋭い牙が並び、上に尖った耳。狼そのものの顔は、精巧な被り物ではなく、本物の頭部だというのは、いざ目の前にすると嫌でも分かってしまう。

 頭は狼で、全身は灰色の毛皮に覆われているが、それでも体は二足歩行の人型だ。俺でも見上げるほどの背丈があり、筋骨隆々の大男といった風情。

 腕は筋肉が盛り上がり、丸太のように太く、さらに手にはシャッターを容易く切り裂いた鋭い爪が並ぶ。

 勝てない。一目で見ても、直感でも、コイツには勝てないと悟る。

 一対一で、武器を持っていても、とても勝負にはならない。なぜなら、俺はただの人間で、コイツは正真正銘の化け物なのだから。

「避けろっ!」

 そう叫んで、思い切り横に飛び込むので精一杯だった。

「くうっ!?」

 一足飛びに飛びかかって来た狼男を、俺とエイミーはそれぞれ左右に転がってかろうじて逃れる。振り下ろされた爪が、寝床代わりの即席マットレスをズタズタに切り裂き、残骸をまき散らす――と、その瞬間にはもう、奴は動き始めている!

「ウォアアアアアアアアアアッ!」

「おらぁあああああああああっ!」

 俺を狙って、凄まじい速さで真っ直ぐ向かってきやがる。どうする、なんて考える暇もなく、俺は手にした消防斧をフルスイングしていた。

「――があっ!!」

 そして、気が付けば天地がひっくり返っている。

 鈍い痛みで背中熱い。ああ、くそ、俺は吹っ飛ばされたのか。

 奴の動きを完全に目で捉え切れなかった。パンチされたのか、それともタックルをくらったのか。よく分からないが、俺は狼男のパワーを前にあっけなく敗北したってことだ。

 ちくしょうめ、腕力には結構、自信あったんだがな……

「グルル、ルォアアアアアアア!」

「う、ぐっ、くそ……」

 如何にも餓えた狼といった風に、血走った凶悪な眼光に荒い吐息。無様に転がされた俺は、単なる獲物に見えているのか。

 吹っ飛んだ衝撃でやや朦朧とする意識を取り直して、どうにか動き出そうと体を起こしかけた時には、狼男が再び俺へと猛スピードで飛びかかって来た。

「ぐぁああああああああああああああああああっ!!」

 防ぐことも、避けることも叶わず、大口を開けて襲い来る、奴の牙を受ける。鋭い上に、大振りの牙が容赦なく、俺の左肩へと食い込む。

 痛い、なんてもんじゃない。

 自分の体を喰われる、という恐怖で、何も考えられくなりそうだ。

 けど、このまま咬みつかれた肩口を食い千切られたら、確実に致命傷になるぞという思いが頭の片隅に過り、せめてもの抵抗として、俺は喰らいついた奴の頭を抱え込むように両腕で掴んだ。

 いや、抵抗というより、パニックの末の悪あがきでしかないだろう。

「がっ……くうっ……」

 血肉を味わっているのか、それとも俺の拘束を嫌がっているのか、狼男は唸りをあげて激しく頭を振るう。お蔭で、牙の食い込んだ肩口はもうすでにズタズタで、暴れる度に気絶しそうなほどの痛みが駆け抜ける。

 ダメだ、これはもう、あと何秒ももたない――


 パァン!


 と、そこで乾いた音が、倉庫内に大きく反響した。

 何だ、と思う間もなく、それは立て続けに鳴り響き、

「グルルゥ、ゴァアアアアアアアアっ!」

 狼男は怒ったような声を上げて、俺を放り捨てては振り向いた。

「エイミー、か……」

 奴の視線の先には、両手で拳銃を構えるエイミーの姿があった。何だか、映画のワンシーンみたいで、滅茶苦茶カッコいいな、なんて間抜けな感想しか浮かばない。

 けど、エイミーはただカッコつけて銃を構えているワケではなく、すでに、発砲している。

 実にいい判断だ。こんな化け物相手に、刃物だけで立ち向かうのは無謀に過ぎる。今こそ、銃という警察と軍隊にのみ許された武器を使うべき時だ。

 だがしかし、狼男の様子を見る限り、あまり聞いた様子はみられない。

 俺に向けている奴の背中には、何か所か灰色の毛皮に血が滲んでいるのが見えるが、どうも致命傷のようには思えない。狼の毛皮が丈夫なのか、それとも分厚い筋肉の鎧のお蔭か、何にせよ、警察官が持つ拳銃程度の小口径では、奴を仕留めるには火力不足なようだ。

「くそ、逃げろっ、エイミーっ!」

 銃撃を加えたせいで、狼男のターゲットは完全に彼女へと切り替わっている。

 俺が叫ぶのとほぼ同時に、奴は物凄い速さでエイミーへと飛び掛かる。だが、どうやら彼女の機敏さは俺以上のようで、上手く回避してみせた。

 マジでアイツの身体能力は凄まじいな。

 しかし、狼男を倒すための手段に欠ける以上、すぐにでも追い込まれてしまう。エイミーだって回避するのは常にギリギリだろうし、次の瞬間には喰らいつかれてもおかしくない。

 すぐにでも加勢すべき、だが、俺がここで斧をもって奴に挑んだところで、どうにかなるのか……ちくしょう、左肩を深く噛まれたせいで、左腕がほとんど動かせない。消防斧を力いっぱい、振り回すのも難しいだろう。

 このまま無策で突っ込んでも、意味がない。

 かといって、エイミーを囮に俺だけこの場を逃げ出すなど、もっと意味がない。

 どうするか――なんて、もう、考えるまでもなかった。

「まさか、本当にコイツの出番になるとはな……」

 ポケットを漁り、一本のキーを取り出す。

 それは、この工場に駆け込んでから手に入れた、ここにある一台の重機を動かすための鍵である。

 小さな工場、それも屋内でも置いてある重機といえば二種類しかないだろう。

 一つは、昔ながらの貨物運搬用のフォークリフト。

 そしてもう一つは、我がエムロード重工が四十年前に開発し、一気に世界へと普及していった、革新的な作業用マシン。

「『パワーフレーム』、コイツなら、あの狼男にだって力負けしない」

 パワーフレームは、箱形の操縦席に、そのまま移動用の短い足と、作業用の大きく長い二本の腕を備えた、車とは異なる乗り物である。

 二足歩行で二本腕を動かすので、一応は人型ロボに分類されるらしいが、どちらかといえばゴリラの方が体型としては似ているだろう。

 パワーフレームは操縦者の動きをダイレクトに機体に反映させる、車の運転よりも簡易な操縦システムが搭載され、貨物の運搬以外にも、様々な作業に応用がきく万能な重機として、今や世界中の工場や工事現場で使用されている。

 この小さな木材工場に、一台だけでも置いてあったのは幸いだった。

 パワーフレーム操縦免許は特殊大型まで含めて全て取得しているから、コイツを動かすのに何の問題もない。

この機体は、随分と錆が目立つ年季が入った姿だし、そもそも二十年前に発売された『レイバーMK2』という古い機種。けれど、現役で稼働しているから、鍵を回せば普通に動く。

 ただ、最初はここからの脱出しか考えていなかったから、パワーがあってもスピードは出ない、鈍重なパワーフレームが役に立つとは思えなかった。念のため、外にゾンビが群がっていたら、コイツで薙ぎ払えないかどうか、程度の考えで鍵を探して確保しておいたが……まさか、こんな化け物と戦う羽目になるとはな。

 二世代は型落ちの機体とはいえ、それでも生身であの狼男に立ち向かうよりは、よっぽどマシな装備。パワーフレームは、俺の様な工場労働者にとっては、騎士の鎧も同然だ。

「いざ、尋常に勝負、ってか」

 傷の痛みに挫けないよう、精一杯に自分を振り立たせながら、さっさと操縦席へと乗り込む。

 箱型の操縦席は無骨なパイプによって組まれているだけで、扉代わりのバーを跳ね上げて座席へと座る。

 両足をフットペダルにセットしつつ、コンソールの鍵穴にキーを突っ込んで回す。

 キュウゥウウン、という独特の駆動音をたてて、人型重機パワーフレームは目を覚ます。メーターを見れば、バッテリーはほぼ満タン。各関節部にも異常ナシ。古いが、きっちり整備はされているようで、一安心。

 電気駆動のバッテリーエンジンの立ち上がりを確認して、俺は作業用アームを操作するための操縦桿である、大きな手袋型のデバイスへと手を突っ込んだ。

「頼むぞ、『レイバーMK2』――よっしゃあ、行くぞ、覚悟しやがれ野良犬ヤロウ!!」

 気合いの雄たけびを上げながら、フットペダルを蹴り込んで、一気に駆け出す。

 ガション、ガション、と重苦しい音を上げながら、エイミーを追いかける狼男に向かって、容赦なく突っ込んで行く。

「グルル、ォオオアアアアアア!!」

 鋼鉄の巨躯を身に纏った俺を見て、脅威と認識したか。奴は狂ったような叫び声をあげながら、こちらの方に完全に向き直り、正面対決の構え。

 いいだろう、このオカルト出身のモンスター野郎、エムロード重工が誇るロボット工学の力、存分に味わいやがれ。

「うぉおおらぁあああああああああああ!!」

 パワーフレームが繰り出す、鋼鉄の作業用アームによる右ストレートが、真っ直ぐ飛び込んできた狼男へと直撃する。

 ガツン、と腕にまで衝撃が伝わる。うっかりコンテナに腕をぶつけたような小さな事故とは、けた違いの感覚だ。巨大なゴムタイヤでも思い切りぶん殴ったら、こんな反応になるだろうか。

「ォオガアア!」

 胴体にパンチがクリティカルヒットした狼男は、そのままぶっ飛んで積まれた角材を盛大に巻き込みながら、壁にぶちあたった。

 だが、すぐに唸りをあげて体を起こす。

 ダメージは通っている、とは思いたいが、致命傷ってほどじゃないのは間違いない。奴はいよいよ眼光鋭く俺を睨みつけ、徹底抗戦の構え。あーあ、怒らせちまったか。

「先輩!」

「エイミー、弾はまだ残ってるか?」

「あ、ありますけどー!」

「合図する、俺が言う通りに撃ってくれ!」

 叫びながら、俺は前進して狼男へと肉薄していく。

 対する野郎は、そのまま一足飛びに飛びかかって来た。2メートル超の巨躯が、正面から飛んでくる様は、素直に悲鳴を上げて逃げ出したくなる大迫力だ。

 恐怖を気合いで抑え込み、俺は衝撃に備えた。

「うおおおっ!?」

 ガァン!! と重い金属音を上げて、狼男がパワーフレームにぶち当たる。

 そのままひっくり返ってもおかしくない衝撃に、大きく操縦席も揺られるが、それでもギリギリで足を踏ん張ったお蔭で、どうにか転倒を免れる。素人には真似できない、咄嗟の判断と素晴らしい操縦テクの賜物、と内心で自画自賛しながら、俺はアームを動かす。

 パワーフレームは腕の動きをそのまま反映させる、体感的にも操作しやすいシステムになっているが、重機という特性上、物凄い高速で動かせるわけではない。ショベルカーのアームよりも、やや素早く、正確、精密に操作できるという程度。

 だから、単純に真正面からの殴り合いとなれば、スピード不足で確実に狼男に圧倒される。こっちがパンチ一発繰り出す間に、奴の筋力なら二発も三発も叩きこめるだろう。

 この『レイバーMK2』のスペックは、俺もおおよそ把握している。自社製品だしな。それを分かっているから、俺は最初からコイツでボクシングをするつもりはない。

 ただ、パワーフレームの剛力でもって、狼男を拘束できれば、それでいいのだ。

「グルっ、オオ、ガァアアアア!」

 狼男はパワーフレームのボディにある太いパイプを掴みながら、操縦席に座る俺に喰らいつこうと、大口を開けて首を伸ばす。

 ガシガシと牙の並んだ口腔が激しく開閉し、赤い舌先が今にも俺の鼻にまで届きそうだ。

「うるせーっ、その臭ぇ口を閉じやがれ!」

 狼男がパワーフレームから離れず、真正面に張りついてくれたお蔭で、俺は奴を取り逃がすことなく、抑えることに成功した。

 長いアームで、狼男を抱きしめるように、強く、きつく、抑えつける。

 よし、この体勢のままで、停止。

 狼男を拘束した状態で、アーム動作にロックをかけて、俺は操縦用デバイスから腕を引き抜く。

 あとは、このまま降りればいいだけなのだが、絶対に逃がさないとばかりに、いよいよ激しく狼男は身を乗り出してくる。

「ガウァアアアアアアアアッ!!」

 操縦席を脱しようとしたその瞬間、ついに奴の凶悪な口腔が俺の体に届く。

「うがぁああああっ!?」

 左の二の腕へと、狼頭が喰らいつく。ガッチリと肉に牙が食い込んで、力づくで振り払うことなど、とてもできない。

「い、痛ってぇだろうが……このっ、馬鹿犬がぁっ!!」

 右手で、腰に差していたサブウエポンのサバイバルナイフを引き抜く。

 そのまま、ギラついた刃を、狼男の血走った眼へと力の限り突きこんだ。

「ギガァアアアアアアアアっ!?」

 さしものモンスターも、ブッスリと目を刺されば痛いのか。鼓膜が破れそうなほどの大音量で、苦悶の絶叫を上げた。

 お蔭で、俺の左腕がようやく牙から解放される。

 ズタボロになった左腕をできるだけ気にしないように、俺は今度こそ操縦席から転がり落ちるように脱出。

「先輩!」

 銃を構えながら、俺を呼ぶエイミーの下へと戻る、その途中に、目当てのモノは転がっていた。

「ははっ、危険物の管理がなってねぇぞ」

 それは、火気厳禁の有機溶剤だ。どうせ、出し入れが面倒だからと、16L入りの缶のまま、その辺に置いてあった。

 法律違反な管理体制だが、ズボラなお蔭で、ちょうどいい火力が手に入るのだった。

 まだ半分以上は入っている重さの缶を、右手一本で持ち上げ、力の限り放り投げる。ガラガラとやかましい音を立てて、見事に缶はパワーフレームに拘束された狼男の足元へと転がった。

「缶を撃て、エイミーっ!」

「はい、撃ちます!」

 乾いた発砲音の直後、天地がひっくり返ったような大爆音が轟いた。背中を熱い爆風に押され、堪えきれずに前のめりに倒れ込む。

「先輩、大丈夫ですか!?」

「大丈夫じゃないが、死ぬほどじゃない……」

 絶妙のタイミングでエイミーが俺を抱き留めてくれたお蔭で、転ばずに済んだ。硬い地面とキスするはずが、彼女の大きな胸に受け止めてもらったのだから、天国と地獄くらいの違いがある。

 しかし、天国の誘惑を振り切って、俺はさっさと離れる。

「このまま逃げるぞ」

「アイツにトドメは」

「手持ちの武器じゃ無理そうだし、もう近づけない。すぐに火事になるぞ」

 振り向けば、有機溶剤の爆発によって、黒こげになったパワーフレームと、狼男の姿がある。メラメラとそこらの資材に引火して、早くも燃え広がろうとしている。

 漂い始めた黒い煙の向こうで、低いうなり声をあげながら、もぞもぞと狼男が動くのが見えた。

 あれで死なないとは、とんでもないタフネスだ。しかし、かなりの深手のはず。少なくとも、俺達を追いかけられるほどの元気は残っていないだろう。

 トドメを刺しきれず、あの化け物が生きたままっていうのは、確かに不安だが……この状況では、もうどうしようもない。

「分かりました、行きましょう」

 俺とエイミーは、狼男がぶち破ったシャッターの穴から外へと飛び出す。

 幸い、ゾンビどもは全員解散していた。夜だからどこかへ去ったのか、あるいは、この狼男を恐れて逃げたのか。

 なんにせよ、俺達は誰に追いかけられることもなく、夜中の町を走り始めた。

 如何だったでしょうか。第二章はもうちょっと話が続いてから完結となるのですが・・・筆はここで止まっているようだ。ですので、『マッドネスアイランド(仮)』の体験版はここまでとなります。途中で終わると分かった上で、それでも読んでくれた方、本当にありがとうございます!


 それでは、明日は体験版その2を公開します。

 個人的に一番面白いなーと思っている作品で、ジャンルはロボモノです。お楽しみに。


 さて、この体験版その1『マッドネスアイランド(仮)』について、簡単な作品解説をしていきたいと思います。

 ゾンビモノは前々から挑戦したいジャンルでした。しかしながら、あまりこれといってゾンビ作品に馴染みがなかったので、あんまりお約束なども知らず、なかなか手出しするには至りませんでしたね。

 そんな私にとって、この作品を書き始める一番のキッカケとなるほど影響を受けた作品が、ゲームの『Dying Lightダイイングライト』です。以下ダイライ。

 神ゲーです。ゾンビゲーとして、という以上に、現状PS4でプレイして一番面白かったと断言できる、思い出の作品ですね。

 詳しいゲームの説明は割愛しますが、これをプレイした方は、どれだけ影響を受けたか分かるというか、まんまじぇねーか、と思うことしきりでしょう。道ばたのゾンビは爆竹で誘導するし、屋根に上ってパルクール移動が基本ですし。

 そんなワケで、ダイライにハマって大いに刺激を受けた私は、勢いのままにこの作品を書き始め・・・結局、エタってはいるのですが、構想自体は色々とありました。



 この作品の簡単な基本設定として、ゾンビになる原因はウイルスではなく『狂気』です。これはもうウイルスや薬品や寄生生物などといったSF的な要因というより、もっとファンタジー的なイメージでの設定ですね。アリスの言う通り、邪神がたまたまこの世界を覗き込んでしまったせいで、人々が発狂してゾンビ化、みたいな。ゾンビに殺されるとゾンビになったり、狼男というゾンビとは別口なモンスターが現れたりというのは、邪神の影響で世界の理も捻じ曲がってしまったせいで、その影響は時間と共にさらに加速していき――そんな感じで、ゾンビは勿論、狼男を筆頭に色々なボスモンスターなども登場する予定でした。


 また、この人をゾンビに変える『狂気』というのは、理性を持つ人間のままでも大きく影響と、そして力を与えることになります。

 要するに、自我を保ったまま、モンスターの力を手に入れることもできるという、一種の能力バトル的な要素も取り入れています。

 主人公のクロードは、第二章で狼男と戦い重傷を負った結果、自身にもその力が宿り、徐々に人外の力を発揮していくようになります。エイミーも傷を受けたので、同じ方向性で覚醒していく予定でした。

 いまだ書くまでには全く至りませんでしたが、主人公のライバルとなりボスとなるキャラクターは、吸血鬼の能力に覚醒するので、最終的には狼男VS吸血鬼という古典的な組み合わせのバトルにしたいなと、そんな構想がありました。


 物語の舞台が、アメリカ風の別国にしているのは、その方が都合がいいからですね。現実のアメリカを舞台にして、上手く描く自信がなかったといえばそれまでですが・・・ゾンビ相手に銃でドンパチする作品は他に幾らでもありますので、メインの対抗手段を銃にするのはやめよう、ダイライでも基本頼るの近接武器だし、というワケで、アメリカっぽい文化だけど妙に日本的な『アストリア合衆国』という架空の国を舞台にしました。架空の国というか、この世界そのものが架空世界なので、現実と同じ国は一つもありません。でも、サムライとニンジャのいる日本っぽい国はあります。サムライキャラもニンジャキャラも出す予定でしたので。

 いきなり出てきたパワーフレームなんかの設定も、架空世界だからアリにしようと思って出しました。クロードの勤め先はエムロード重工というパワーフレーム開発では世界一の大企業で、実はクロードの仕事は最新鋭の軍用パワーフレームの開発で、そこの技術開発主任で、研究室にはまだ自分しか動かせないピーキー仕様の超ハイスペックな次世代軍用パワーフレームがあるので、中盤くらいにそれを入手するイベントがあったりも・・・


 物語のおおまかな構成としては、クロードとアリスが中心となって、この狂気のゾンビに満ちたセントエルス島で生き残るためのコミュニティを作りつつ、他にある狂気に満ちた人間の勢力とも戦ってゆく、という感じです。ダイライだと敵対組織はライズというギャング集団みたいな奴らだけでしたけど、折角、自分の作品なので色々やりたいと思って、敵対勢力の設定は複数作りました。この機会に簡単に紹介させてもらいます。


敵勢力1

『キングスレイ・ファミリー』

 ジュリアス・キングスレイ(前述した吸血鬼のボス)が支配するギャング団。強力な銃火器を保有し、その組織力でゾンビ発生時の混乱を最初に乗り越え、治安を取り戻した。縄張りにしている繁華街を中心として拠点を築いており、元の住人や避難民など多くの人々もその支配下においている。


敵勢力2

『鉄血革命軍』

 元々はどこにでもいるごく普通の共産主義の政治団体だったが、狂気のせいで暴走した末、ゾンビパニックなこの状況を資本主義を打ち倒す革命戦争だと勘違い。同志歓迎、資本主義の豚は死ね。さぁ、我々と共に、理想の平等労働社会を目指そう!

 クロードの務めるエムロード重工がある、工業地帯を拠点としている。


敵勢力3

『深淵教団』

 邪神を真なる神と崇める邪教。狂気の真実に最も近づいた、故に、最も狂った集団でもある。狂気の力を操り、モンスター化の能力を持つ。深淵の真理へ到達するために、より多くの人間の生贄を求めている。

 最早、自ら人間を辞めた怪物集団、それを率いる深淵教団の教皇、その正体は――後述


敵勢力4

『セントエルス臨時政府』

 セントエルス市長、ハワード・ジョンブラウンは、ゾンビ発生の原因は未知のウイルスによるものと断定。噛まれることによって発症率100%で、噛まれた者を助ける手立てはない。故に、市長の守るセントエルス最大の避難区画は、ゾンビによる負傷者の受け入れを一切拒否し、従わない者をゾンビ発症の兆候と見て射殺の許可を出す。

 そんな感じで誤った判断のもとに悲劇が繰り返される内に、狂気に犯された市長と避難区画の住人達は、自分達だけが最後に生き残ったアストリア合衆国の国民だと思い込む。

 市長は自らをセントエルス大統領を名乗り、臨時政府の設立を宣言し――いまだ島に生き残っている多くの人々を駆除し、合衆国の平和を取り戻すことを誓う。

 市長を筆頭に、警察と消防が主戦力となっている。市庁舎のある中心街の一角を避難区画として防備を固め、災害用の豊富な備蓄を持つ。


敵勢力5

『シグマフォース』

 アストリア合衆国が誇る世界最強の特殊部隊。ゾンビ発生の未曾有の危機を防ぐべく動き出したシグマフォースの一部隊は、セントエルス島上空で消息を絶つ。彼らが秘密裏に輸送していた、新型の核爆弾と共に。

 物語終盤、狂気によって合衆国を救う唯一の手段だと盲信し、核爆弾を島で爆破しようとする特殊部隊に、クロードと吸血鬼ボスも手を組んでその阻止に挑む展開が。


 以上、だいたいこんな感じでです。狼男の他にも様々なボスモンスター達と、これら揃いも揃ってイカれてしまった人間の集団を相手に、クロードはアリスを守りながら、生き残った人々と共に立ち向かってゆくことになります。


 最後に、この物語のもう一つのテーマは、ヤンデレ娘、です。女の子、という意味での娘ではなく、親子の方の意味での娘です。

 つまり、アリスはヤンデレ・・・知ってた。

 アリスはこの娘タイプのヤンデレヒロインとして、一番最初に何も悩むことなく、速攻で思い浮かびました。

 元々、主人公はゾンビ映画らしく愛する家族を守る父親にしようと思っていたので、そうなると、自然とメインヒロインは妻ということになりますが……ゾンビモノに出てくる主人公の妻ってロクな女がいなのは私の偏見でしょうか? いやだって、『ワールドウォーZ』のブラピの妻なんて……お前が電話すんのかよ! ゾンビのいる危険な地域で任務の真っ最中だって知ってるだろうが! 寂しいから夫にいきなり電話した結果、けたたましく鳴り響くコール音によってブラピが大ピンチに、モブの兵士達はバタバタ死に……アホみたいな理由で死者が出るのは、ゾンビ映画のお約束ということで。

 ともかく、主人公が父親だからヒロインは母親、ってのは何の面白みもねぇなと。だったら、基本的にお荷物役の子供を、ヤンデレヒロインにして即戦力にしようという素晴らしいアイデアです。

 そして、菱影作品としては初の娘ヒロインとなるアリスが生まれました。

 超絶美幼女にして天才児。作中に出てくるハルバディア大学はハーバード大学を元にした学校で、アリスが通っているのが、この大学です。飛び級の天才なので。

 天才だからヤンデレたのか、ヤンデレだから天才なのか。

 ともかく、アリスはご覧の通り、最初からヤンデレベルMAXで登場しています。

 アリスがヤンデレなのはお察しの方が大半でしょうが・・・アリスがクロードの実の娘ではない、と確信できた人はいるでしょか。まぁ、確信できるほどの伏線はこの段階では仕込んでないので、予想くらいが精々ですが。

 ヒロインにする上で血縁を外したのは都合がいいと思ったアナタ。本当にそうでしょうか。血縁だった方が幸せなことだってあるんですよ。

 ぶっちゃけて言うと、アリスは托卵です。

 クロードの妻には、他に心から愛する男がいて、クロードのことはクソほども思っちゃいません。生活に必要だから、そして真に愛する彼の子供であるアリスのために、嫌々ながら結婚したに過ぎません。

 で、このアリスの実の父親の方はすでに死んでいます。不治の病による病死で、それはもう一昔前のケータイ小説のように感動的な死に別れを、彼と妻はしたものです。クロードは知りません。

 最終的に、彼が死ぬタイミングと合わせて、クロードと関係を持って妊娠工作。アリス誕生、認知をクロードに迫る・・・とこんな背景事情です。

 ちなみに、クロードと妻は幼馴染で、クロード自身は本当に彼女のことを心から愛しているし、他の女に見向きもしないというほど一途だったのですが――逆上して刺されても文句いけない妻の裏切りを、全部分かった上でクロードは結婚しました。

 アリスが自分の子供ではないんだな、と分かっていながらも、実の娘として受け入れて、でもやっぱり悩み苦しむこともあって・・・まぁ、そんなところがアリス的にはグっときたのではないでしょうか。

 そんなワケで、人の好意にどれだけ付け込めば気が済むんだこのクソ女っていうレベルの妻ですが、彼女こそが敵勢力3『深淵教団』の教皇となって、クロードの前に立ちふさがることになります。誰よりも強力な狂気の力で、ついに愛する男(偽)を蘇らせることに成功した彼女は、今も君の夫だと言い張るクロードを排除するべく――まぁ、どれだけクロードが悩んでも、アリスがママをぶっ殺すんですけどね。

 アリスはパパのことはヤンデレるほど愛しているけれど、ママのことは最低のクズだと思って、いつか必ず殺してやると思っていたもので。そりゃあ、自分の愛する人の好意を一身に受けておきながら、その全てを裏切っているような女なので、ヤンデレ的にはギルティーってレベルを超越してますよ。

 そんなワケで、深淵教団編では最強ヤンデレ娘アリスVSクソママ教皇の血で血を洗う母娘デスマッチの開催予定でした。


 アリスだけですでにお腹いっぱいな感じのヤンデレ設定ですけど、折角だからと、アリス以外にも娘ポジションを名乗るヒロインを登場させる予定でした。

 その点、エイミーはかなり普通のヒロイン枠となります。娘ではなく、相棒ポジなので。


 以上、『マッドネスアイランド(仮)』に関しては、おおむねこんなところです。活動報告に書けよ、ってレベルの文章量になりましたが、その辺はご容赦を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ