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黒の魔王  作者: 菱影代理
第36章:最果ての欲望都市
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第705話 ダンジョン生活(2)

 カーラマーラという国は、パンドラ大陸で最も奴隷が多いと言われている。

 その理由の一つが、大迷宮の第一階層『廃墟街アンデッドシティ』で無限に湧き出る物資の回収、という労働をさせるためだ。

 何千年もの遥か昔に滅び去った古代文明は、現代よりも遥かに進んだ魔法技術を持ち、この大迷宮もその産物である。恐らく、ここが現役稼働していた頃には、魔法によって自動的に物資が無制限で供給されるだけの便利なシステムに過ぎなかった。

 しかし、古代では無限に生産できる程度の物であっても、現代においてはどれもここでしかとれない貴重な物資である。ここにある品々は根こそぎ貰っていこう、と考えるのは文明度が下がった現代の価値観では当然の選択で、しかも一定時間でリポップするというゲームシステムの如き謎の現象が発生するならば……物資が湧く度に「また集めよう」と思うのもまた、当然の考えである。

 しかし、この第一階層は柵で囲われた長閑な田畑などではなく、ゾンビとそれに類するアンデッドモンスターが徘徊する危険地帯となっている。

 襲い来るゾンビを倒して、物資を回収。それも一つの選択肢。だが、効率は悪い。

 そしてカーラマーラに君臨する支配者層は、人情よりも効率をこそ重視した。

 冒険者や騎士のように戦闘技術を持つ限られた者ではなく、何の力も持たない者達――すなわち、奴隷を使って物資を集めさせることだ。

 大勢を同時に行動させると、ゾンビが集まってくる。だが、冒険者パーティのように少人数で編成した回収班を、各エリアに分散させればゾンビの軍団化は回避できる。

 長い年月を奴隷集団による物資回収を行ってきたカーラマーラでは、どの地域にはどれくらいの人数を投入すればよいか、という最適解も統計的に割り出されているらしい。数えきれない犠牲の果てに得たデータに従い、今日も第一階層には多くの奴隷が武器もなしに放り出されていく――

「こんな子供にまでやらせるとはな」

「別に普通ですよ。立って歩けるようになれば、とりあえずここに出されますから」

 悲壮感の欠片もなく、当たり前のことのように語る少年である。

 どうやら俺が少年達を助けたのは、途轍もない不運の場面に奇跡的に遭遇したのではなく、この第一階層ではどこででも繰り広げられている日常のワンシーンに過ぎなかったようだ。

 強いて奇跡的と言うならば、わざわざ奴隷を助ける真似をした人物が存在した、ということくらい。

「大迷宮は、というより、カーラマーラは初めてですか」

 そう聞かれるくらい、頓珍漢なことを俺は言ったようだ。まぁ、ここまで基本的な説明をさせておいて、察せないはずもないか。

 ひとまずセーフエリアに少年とその弟の二人を退避させた。すぐに立ち去っても良かったのだが、何となく話し込んでしまい、色々と教えてもらったのだ。

 少年の方は、俺が強盗ではなく善意で助けに入った冒険者だと信じてくれたのか、素直に感謝の意を示してくれて、俺の質問にも随分と丁寧な受け答えもしてくれる。

 一方、弟君の方は、やはり怪しい仮面男が怖い模様……少し離れたところで、黙ってこっちを見ている。

「ああ、つい最近、ここに来たばかりだ」

「そうですか。外の冒険者の方は、とても優しいんですね」

 まさか冒険者に助けられるとは夢にも思わなかった、と屈託のない笑顔で語る少年を直視することはできなかった。

 カーラマーラの冒険者で、それも最も難易度の低い第一階層を主に漁っているような奴は、物資を回収し終えた子供の奴隷を見かければ強盗をするのが当然だという。最早、冒険者というより、単なるならず者。自分より弱い者へ暴力を振るうことしかできないクズが、小遣い稼ぎ感覚で第一階層に入っているのだ。物資を抱えた子供など見かければ、カモにしか見えないだろう。

 子供の奴隷にとって第一階層で注意するべきトップスリーは、1位ランナー、2位ボマー、3位冒険者、である。最も数の多い普通のゾンビは4位だ。まさかゾンビよりも嫌われる存在だとは、ちょっとばかり冒険者という存在にワクワクした自分が恥ずかしい。

「すみません、命を助けてもらったのに、何のお礼もできなくて……やっぱり、コレいりますか?」

「いや、謝礼が欲しくて助けに入ったワケじゃないから――っていうか、何だコレ」

 少年が鞄を漁って俺に向けて差し出したのは、銀色の紙のようなものに包まれた……チョコレートバーのような長方形とサイズのモノだ。

「カロブです」

「すまん、聞いたことないんだが」

「あっ、そういえば、他の国にはないんですよね。これはカロリーブロックという古代の食べ物です」

 略してカロブ。

 生きていくのに必要な栄養がこれ一本で賄える完全栄養食。第一階層のどこでもとれるポピュラーな収穫物にして、奴隷の主食でもある。

「味がしない……」

 沢山あるからという少年の推しに加えて、興味が勝った俺は試しに一本もらって食べてみたのだが、何だろう、この不味いワケではないのだが、全くの無味無臭であり、食べ物を食べているという気持ちが全く湧いてこない。コイツに比べれば、食パンの耳も深い味わいがあると思えるほど。

「美味しくないので、普段コレを食べるのは奴隷くらいですよ。一応、ここでしかとれないモノだから、他の国では売れるみたいですけど」

 物珍しさから、輸入品としては手堅いモノらしい。それに、こんな味でも栄養面は抜群らしいので、非常用として深層に挑む冒険者や長距離を移動する船乗りや商人などは常備していることもあるのだとか。

 食品というよりも、栄養補給に特化した薬、のような扱いを外国ではされているようだ。

「たまには本物のパンが食べたいです」

「不味いモノしか食えない時の、辛い気持ちは俺にも分かる」

 あの実験施設で食わされたゲロマズスープに比べれば、まだカロリーブロックの方がマシだろう。味がないのと、根本的に不味いのとでは、後者の方がキツいと思う。

「不味いからいらない、ってワケじゃないが、こんなモノでも君の稼ぎになるわけだろう。これ以上ソレを貰うわけにはいかないよ」

「そうですか、でも、やっぱり何だか申し訳ないですね」

「それじゃあ、お礼代わりにカーラマーラ初心者の俺に、もう少し教え欲しい」

 この少年は『廃墟街アンデッドシティ』で物資回収の仕事に就いてそこそこ長い。十歳を越えるほどの年齢ということは、そこまで生き延びてきた証でもある。

 何歳から始めたのか、俺にはあえて聞く勇気は持てなかったが、それでも数年は第一階層を駆けまわっていることに違いはない。俺は勿論、つい一ヶ月ほど前に来たばかりであるレキとウルスラよりも、ダンジョンに詳しいワケだ。

「第一階層で、滅多に人が近づかない場所はあるか?」

「えっ、そうですね……人気がない場所といえば、やっぱり収穫が少ない郊外とか、ゾンビが凄い多い中心部とか」

 やはり、第一階層はすでにほとんど物資の分布状況が長年の収集活動によって割り出されている。身入りの少ないエリアを探索するのは、時間と労力の無駄である。

 そして、モノはあっても危険度が跳ね上がる、ゾンビも増えて、強力なタイプも出現するようになる地域も、避けるに越したことはない。

 子供は勿論、特に戦闘能力のない奴隷が物資収集をする基本は、ゾンビとは戦わないスニーキングである。

「あっ、あとはギガスの城ですね」

「何だそれ、ボスでもいるのか?」

「ボスモンスターではないですけど、ボスみたいなモンスターです」

 というか、サラっと言ってるけどボスモンスターと呼ばれる奴が存在しているのか。

 一応、聞いてみれば、第一階層から第二階層へ向かう境目となる広間には、門番のように必ず出現する特別なモンスターがいるそうだ。そういうのを、通称でボスモンスターと呼んでいると。分かりやすいネーミングで大変よろしい。

「それで、ギガスってのは?」

「ハマーよりも大きい、巨人みたいなゾンビです」

 そもそも『ハマー』って何、とまたしても話の腰を折りつつ聞いてみれば、筋骨隆々の大男の姿をした、デカくて強いゾンビのことを指すらしい。

 かなりのパワーを誇るが、足はあまり速くはないので、子供達にとっての危険度は低い。

「ギガスはボスモンスターみたいにいっつも同じ場所にいるんです」

「そこには何があるんだ?」

「何もありません」

「……そうなのか?」

「噂ですけど、昔から何度か倒してみる冒険者はいたそうなんですけど、凄く強いくせに、お宝なんてそこには何もなくて、戦うだけ無駄だと、誰も挑まないです」

 少年の聞くところによれば、少なくともここ5年はギガスへの挑戦者はいないという。

「だから、ギガスの城には誰も来ないですね」

 なるほど、いいことを聞いた。

 それなりに強いクセに、倒す旨味が皆無というクソモンスターの噂は、そりゃあ金目当てで入る冒険者を遠ざけてくれるだろう。

 ギャングにもここは盲点かもしれない。ギガスというボスが居座っている以上、子供が潜伏できる場所ではありえない。念のために探してみる、というにもリスクは高すぎるだろうし。

 もし、秘密裏にギガスを排除できるならば、格好の隠れ家となるかもしれない。少なくとも、大嵐の季節が終わるくらいの期間は凌げそうだ。

「ありがとう、いいことを聞いた」

 有益な情報も得られたことだし、そろそろ行くとしよう。

「悪いが、俺は先に行かせてもらう。君達も帰り道は気を付けるんだぞ」

「はい、ありがとうございました」

「それから、コイツはカロブの礼だ。受け取ってくれ」

 俺は影の中に保管されていた、冒険者時代の俺が保存食としていたのだろう、パンと干し肉を二つずつ、少年へと押し付ける。

「えっ、あの、これは――」

「弟と仲良く食べてくれ」

 偽善かもしれないと思いながらも、パンを食べたい、と願うような子に、それを与えて何が悪い。

 子供の奴隷は、彼らだけじゃない……分かっている。けれど、それでも、こうして出会って、言葉を交わした子に、何か少しでもしてあげたいと思うのは、悪いことではないはずだ。

 真のヒーローってのは、お腹を空かせた子供にアンパンをあげられる奴のことだろう。だからきっと、これでいいんだ。

「本当に、ありがとうございます……あの、せめて名前だけでも、教えてもらえませんか」

「ああ、俺は――」

 クロノ、と本名を名乗ってどうするよ。危うく出かかった。あからさまに仮面まで被って顔を隠しているのに。

 ここは偽名を名乗る以外にはない。

 しかし、偽名など何も考えていなかった。

 いや、落ち着け、俺はこれでも文芸部員だ。ネーミングセンスはある方だと自負している。

 そんなセンス溢れる俺の頭脳は、瞬時にオーソドックスかつスタイリッシュな偽名を導き出す。

「――俺は、アッシュだ」




 自分が着ている灰色のパーカーを見て思い付いた適当な偽名を名乗ってから、奴隷少年の兄弟と別れ、俺は再び廃墟の街を進む。幸い、新たな子供のピンチに遭遇することも、俺達を探しているだろうギャングを見かけることもなく、教えてもらった『ギガスの城』へと辿り着く。

「うーん、あれは城っていうか……学校っぽいな」

 横長の長方形というシンプルな外観をした大きな建物と、広々とした土の空き地を含めて石の壁で囲まれている。

 どう見ても、建物は校舎で、空き地はグラウンドにしか思えない。

 しかし、学校文化も定着してはいないだろう後進的な文明度の異世界において、大きく無骨な建物と空き地を持ち、石壁で囲まれた場所を見れば、砦か何かだと思うのも無理はないのかもしれない。

 城というから、西洋的なキャッスルがそびえ立っているのかと思い、ちょっとワクワクしていたのだが……この妙に現代的な街並みの第一階層を思えば、そんなファンタジックな城なんてあるわけないんだよな。

 ともかく、学校かどうかはさておいても、ここが目的地であることには間違いない。他には、聞いた通りの特徴を持つ建物は見当たらないし、地図で確認しても、少年がマークしてくれたポイント通りの場所まで来ている。

「ギガスってのは、どこにいるんだ」

 巨人ゾンビとでも言うべきモンスターらしいが、巨大な人影はどこにも見当らない。ざっと学校周辺を回って見てみるが、少なくとも敷地内にはいないようだ。これといって、気配も感じられないし。

 だとすれば、校舎の中に隠れているのか。まさか、ちょうどギガスが倒されたばかり、ということはあるまい。

 どの道、校舎の中は居住可能かどうか確認するため、探索する必要はあった。

 邪魔が入らないよう、学校周辺のランナーとゾンビを一掃しておく。

 その中に『ボマー』と呼ばれる、子供達が警戒するランキング第二位の奴を見かけた。名前の通り、爆発するゾンビで、丸々と膨れ上がった体をしている。人を見つけると、ゾンビと同じように迫って来て、近づくと自爆する。

 地味に探知範囲も広く、ランナーほど速くはないが走ってくるので、発見されると厄介なのだ。しかも爆発音を聞きつけて、周囲のゾンビが集まってくることもあるので、二重の意味で危ない奴なのだ。

 もっとも、ゾンビを倒す十分な戦力がある俺にとっては、弾丸一発で爆発させてから、音によって集まって来た奴らにさらに弾を浴びせて一網打尽にできるので、掃除する時には便利な奴である。

 そんなボマー君のお蔭で学校周辺を綺麗にしてから、いよいよ校内探索へと突入。特に見張りがいるわけでもないので、堂々と正門から入り、でこぼこと荒れたグラウンドを横目に見ながら、校舎の正面玄関と思しき場所へと向かう――その最中だった。

 ゴゴゴゴ、という地響きと共に、俄かにグラウンドの地面が割れる。

「ウゴゴゴ……ムゥガァアアア!」

 大地を割って、身の丈4メートルほどの巨大な人型が起き上がる。

 コンクリートのような質感の灰色の外殻を纏い、ゴリラのような体型をしている。頭部はヘルメットを被ったように丸いが、顔は確かに歯を剥き出しにするゾンビと同じアンデッドフェイス。

 おおよそ、聞いた通りの外見だな。

「コイツがギガスか」

 なるほど、地面から登場するタイプのボスモンスだったか。

 そういう演出なのか生態なのかは知らないが、そういうことなら、表向きにはギガスを倒しても、パっと見でいるかいないかは判別できそうもないので、ますます好都合だ。

「ウチは10人の子供を抱えていてな、いい部屋を探しているんだ。良かったらお前の城、譲ってくれよ」

「グゴゴ、ギィガァ!!」

 ギガスは侵入者たる俺を真っ直ぐ睨みつけながら、右手を地面に叩きつけると、そのまま砂でも拾うかのように持ちあげる。

 だが、奴の大きな掌にあるのは、グラウンドからむしり取った土くれではなく、荒削りの大きな岩。掘り返したのではない、奴が自ら作り上げたモノだ。

「いきなり遠距離攻撃かよ」

 デカい図体の割に、初手で魔法攻撃を選択するとは。

 けど、地面の中から現れた段階で、コイツが土属性の魔法を行使することは分かっていた。

 グラウンドは多少、荒れてデコボコしているものの、こんなデカいゴリラ野郎が埋まっているとは思えない外観をしていた。つまり、ただ力任せに穴を掘ったのではなく、土魔法の力で自らを地面に沈めていた、または、穴を掘った上で綺麗に整地した、ということ。

 土属性の攻撃魔法は単純に砂や石などの硬い物質を作り出して高速で射出してくるから、俺の弾丸シリーズと似た効果を持つ。シンプルな物理攻撃力を持つため、なかなか強力だ。

 ましてギガスがぶん投げてくる、大玉みたいな岩となれば、当たればただでは済まない。当たればの話だが。

「――『アンチマテリアル』」

 大振りのオーバースローで岩を投げつける攻撃。しかも、グラウンドのような開けた場所。これで避けられない道理はない。

 すぐ傍を大質量の投石が通り過ぎてゆくのを感じながら、俺もまた遠距離攻撃をギガスへと返す。

 とりあえず、船長を吹っ飛ばした時よりかは、魔力大目で口径を増している弾丸にしたが――

「そりゃあ、弾かれるよな」

 渾身の大口径弾は、ギガスの灰色甲殻にわずかにヒビをいれるだけに留まる。ゴツゴツとした本物の岩肌のような質感をしているだけあるな。単純な装甲だけなら、サラマンダーの鱗を上回っているだろう。

 アンチマテリアルでもここまで通らないなら、自動剣術で普通の剣をぶつけても効果はないに決まっている。

 顔面や関節部なら通るかもしれないが、ギガスの奴は、あの図体でありながら意外に機敏な動作をする。

 素早いステップを踏んで、ランナーを越えるスピードで俺へと猛然と飛び掛かってくる。

「接近戦は、あまり得意ではないんだが……」

 元々、俺は空手をやっていたとか、剣道をやっていたとか、そういう格闘技経験は一切ない。機動実験においても、俺は基本的にアウトレンジから弾丸を撃ち込み、相手を近づかせずに倒すという、よく言えば堅実な、悪く言えばチキンな戦闘スタイルをとっていた。

 勿論、それだけで常に何とかなるほど甘くはないし、奴ら俺が楽勝とみるや露骨に難易度上げて来るし……ともかく、接近戦を強いられることもよくあったので、その際の対処法もある程度は編み出せている。

 そんな中でも、最も頼りにしていた黒魔法が『パイルバンカー』である。

「コイツなら、全力でぶん殴るのにちょうどいい」

 俺が最初に発現させた、最もシンプルな黒魔法。ただ、魔力を拳に集めて殴るだけという、単純であるが故に使い勝手も抜群な、インファイトに欠かせない技だ。

 魔力量によって威力が決まってくる魔法において、自分の魔力をダイレクトに拳からぶっ放せる『パイルバンカー』は、小さな弾の形に固めて撃ち出すよりも、威力が大きい。銃弾よりもパンチの方が強くなるとは妙な話だが、魔法においてはそういうものだとすでに割り切っている。

 じっくりと魔力を溜める動作も含めれば、俺が放てる最大威力の黒魔法が『パイルバンカー』ということになる。

 それでは、今の俺が全力で拳を繰り出せば、果たしてどれだけの威力がでるのか。

 俺の記憶にある機動実験の頃までならば、このままギガスを真正面からぶん殴って、止められるかどうか、といったところ。

 けれど、この自分でも底が見えてこない、湧き上がるほどに大きな魔力の感覚で『パイルバンカー』を放ったならば、ギガスの巨体を何メートルもブッ飛ばせるだけのパワーを叩き出せるかもしれない。

 その辺のゾンビやらランナーやらでは、体が脆すぎて指標にもなりはしないが、ギガスなら俺の全力を受け止めてくれるはずだ。

「ウヴォオオアアアアアアアアっ!!」

 ギガスは雄たけびをあげて、真正面から突っ込んでくる。まるでアクセル全開のトラックが迫って来るかのような迫力だが――俺が振りかぶった拳には、すでに止めどなく注ぎ込まれた黒色魔力が破裂寸前の如く昂ぶっている。

 よし、ここだ。一番狙いやすく、一番固そうな装甲を纏った、ギガスの胸元、ど真ん中。

「パイルッ、バンカぁーっ!!」

 真っ直ぐ繰り出した黒き拳は――ん、あんまり黒くない? 何だ、真っ赤な炎みたいなオーラも吹き出していて、黒赤に二色のツートンカラーになっているが、ええい、色の違いなど些細なこと。

 どの道、もう全力で繰り出した拳は止められない。

 腕を伸ばして掴みかかってくるギガスの両手を回避しながら、カウンター気味に狙い通りの場所へと『パイルバンカー』をぶちかます。

 インパクトの瞬間。コンクリートブロックをそのまま貼り付けたような分厚い灰色外殻を、黒と赤に包まれた拳は易々と砕き、めり込み――バァンっ!!

「うおっ!?」

 気付いたら、ギガスの上半身が破裂した。

 それはもう、見事な弾け振り。お前、実はボマーだったの? というほどに頑強なはずの上半身が丸ごと、粉微塵に吹き飛んだ。

「えっ、なにこれ……何か思ってたのと違う……」

 自分でも予想外の結果が出たものだ。

 吹っ飛ぶでもなく、貫くでもなく、まさか爆散するとは。

「どんだけ威力でたんだよ」

 ギガスの巨躯をもってしても、計り知れない破壊力を叩き出すとは、本当に予想外だ。もしかして、あの見慣れない真紅のオーラが拳の威力を爆発的に高めている、または、爆発そのもののように作用しているのだろうか。

「何にせよ、凄い力だ。この赤いオーラを使いこなせれば……」

 サリエルだって、ぶん殴れるかもしれない。

 いや、やらないけどね。リベンジとか全然考えてないし。平和に暮らせるなら、別に俺は負けっぱなしで一向に構わない。二度と関わるか、あんな化け物。

「とりあえず、校舎を調べるか」

 ひとまずの目的は達成した。そして、俺自身もまだまだ計り知れない力を秘めていることも分かった。

 性質の悪いギャング共につけ狙われているこんな状況なら、強いに越したことはない。どんな奴が襲って来ても子供達を守れるように、俺は忘れてしまった自分自身の力を蘇らせなくてはならないだろう。

 折角、実験施設から逃げ出せたというのに、俺はまだ強くならなければいけないのか、鍛えなければいけないのか、戦わなければいけないのか……けれど、誰かを守るためだと思えば、不思議と嫌な気持ちは湧かなかった。

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