表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の魔王  作者: 菱影代理
第36章:最果ての欲望都市
705/1048

第704話 ダンジョン生活(1)

 一夜明けて、翌日。冥暗の月2日。

 この異世界の暦は地球と変わりはないので、ありがたい。冥暗は12月に相当するらしい。

 それで、ゾンビ系モンスターが蔓延る大迷宮第一階層『廃墟街アンデッドシティ』へと逃げ込んだ俺達は、ひとまず無事に近場のセーフエリアへと辿り着くことができた。最初に訪れたところと似たような、鉄筋コンクリ風の寂れた建物である。

 ギャングの追手は、今のところ現れない。やはり、ダンジョンの中まで大挙して押し寄せてくることはしないようだ。

 しかし、少人数で刺客を送り込む、という可能性はゼロではない。現状、この場所に俺達が潜伏していると知られてはいないはずだが、大規模なギャングである奴らなら、その内にここを割り出すこともできるだろう。

 あまり長い間、ここに居座るつもりはない。

「ウルスラ、密航するのは明日の予定だったよな。目ぼしはつけているのか?」

「うん、大港から出る最終便で、一番大きい貨物船に忍び込むつもり」

 やっぱり密航するなら貨物船だよな。つい先日にやったばかりの気持ちだが、記憶喪失の俺からすると、実際にパンドラ行きの船に乗り込んだのはずっと前ということになる。

 それが一年なのか二年なのか、全く分からないが。

「ギャング共に目を付けられている状況だ。港に辿り着くだけでも、難しいかもしれない」

 俺達がダンジョンに逃げ込んだことは当然、奴らも知っている。とすれば、出入り口となる施設には、どこも見張りがついていると考えてよい。

 この第一階層はダンジョンの最初のエリアとして、最も多く魔法陣の出入り口が存在しているというが、精々、十数か所。かなりの構成員を擁していそうなシルヴァリアン・ファミリアが、どこかを見落とすような真似はするまい。

「最終的には強行突破することになりそうだが……せめて、港までのルートと、乗り込む船の確認くらいはしておきたい」

 なにせ、全く知らない街である。いざ本番、で外に飛び出たところで、どっちが港なのかも分からない。

 レキとウルスラは知っているだろうが、子供達の護衛として大立ち回りすることになるだろう俺が、道順を知らないのは大いに不安がある。一時的に分断されたり、俺が足止めで残ったり、などといった状況下では、合流することもできなくなる。

「悪いがウルスラ、俺に付き合って案内を頼めるか?」

「任せて、クロノ様」

「ヘイっ! それならレキが一緒に行くデス!」

「いや、ここに残るならレキの方がいい」

 ギャングは来なくても、フラっとゾンビが襲ってくるかもしれない。セーフエリアといっても、ゾンビ対策に出入り口を塞いだり、バリケードを設置してある程度のものだ。絶対の安全は保障されていない。

 そして、戦士クラスのレキと魔術士クラスのウルスラでは、単独で戦う場合どちらが安定するかといえば、やはり戦士の方に分があるだろう。

 それに案内を頼むなら、説明が得意なウルスラの方がいいかな、と思ったのも地味に理由の一つ。素直に言ったらレキが傷つきそうな雰囲気なので、言わないが。

「ムゥ、ウゥー、しょーがないデスね……」

「ふふん、レキ、お留守番よろしくなの。私はクロノ様とデート」

「ウルゥーっ!!」

「遊びに行くんじゃないんだ、気を付けてくれよ」

 緊張感に欠ける、と思いつつも、気を引き締めて出発をする。

「これは……夢のお姫様抱っこ」

「綺麗な場所でしてやれなくて、悪いな」

 ただ移動するだけなら、俺がウルスラを抱えて走った方が早い。ノロノロ歩く普通のゾンビは勿論、『ランナー』と呼んでいる走るゾンビでも、俺の方が遥かに速い。

 ただ効率的、という色気のない理由でウルスラを抱えて走っているのだが、こんなことでも楽しいのか、ウルスラはやけにご機嫌だった。

 何の問題もなく廃墟の街を走破し、俺は最初に通って来たのとは、別な魔法陣の出口へと到着。全ての場所が見張られているとはいえ、昨日の晩に逃げ込んだのと同じ場所から出て行く勇気はなかった。

 軽く周囲を見渡すが、今はここに人気はない。

「それじゃあ、行くぞ」

「大丈夫、戦闘準備は万端なの」

 そうして、俺とウルスラは意を決して魔法陣の光に包まれ、再びカーラマーラの街へと戻る。

 そして、絶望的な光景が、そこに広がっていた。


 ゴォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 轟音を立てて、視界いっぱいに吹き荒れる砂、砂、砂――外は、外出するのもままならない、酷い砂嵐に見舞われていた。

「ま、まさか、これは」

「なんてこと……もう、大嵐が来たの」

 大嵐が到来するのは、まだ一週間以上の猶予があると予報されていた。

 だがしかし、天候というのはそう簡単かつ正確に分かるものではない。気象衛星も何もない、こんな異世界では尚更だろう。

「ちくしょう、これじゃあ絶対に船は出ないぞ」

「大嵐の季節が終わるまで、私達はカーラマーラに閉じ込められることになるの」

 貨物船に密航し、早々に街を去る。その作戦が根本から瓦解したことで、俺達は方針転換を余儀なくされる。

 というより、出来ることといえば、一つしかないだろう。

「一ヶ月以上、このままゾンビの街に籠っていなきゃいけないのか……」




「――というワケで、しばらく籠城することになった」

「オゥ……」

「は、ははは……神は僕達を見放したのかな……」

 戻って来るなり、まずはレキとクルスへと報告。不安を伝えたくないので、子供達はウルスラが別室に引きつけてくれている。

 かといって、レキもクルスもショックは隠しきれない様子。

 オーマイゴッドと頭を抱えるレキと、天に召します白き神よとキリストちっくなお祈りを始めるクルスである。

 正直、俺も一緒に神様仏様マジで勘弁してくださいよと祈りたいところだが、最年長として心を強く持たねば。

「そう悲観することはない。要は大人しく引き籠っていればいい話だ」

「で、でも、ここはダンジョンの中ですよ……」

「第一階層に強力なモンスターはいない。ゾンビ共が寄って来ても、俺達なら守り切れる」

 セーフエリアに籠っていれば、ほとんどゾンビに目を付けられることもない。最悪の場合でも、俺とレキとウルスラ、全員揃っていれば防衛戦力も十分だ。

 食料や水も、俺が街に出て買ってくればいい。幸い、金もあるし。

 寝床と安全と補給。ダンジョンの中ではあるが、それなりに確保できている。十人の子供を抱えたままでも、一ヶ月程度、乗り切れないことはないだろう。

「退屈デスけど、大嵐が止むまでは待つしかないデース」

「こんな環境じゃあ、ストレスも溜まるだろうからな。大変かもしれないが、何とか頑張ろう」

「はい……しょうがない、ですよね、こんな状況じゃあ」

 大分、弱気になっているクルス少年だが、レキみたいに今すぐ明るくなれと言うのは、酷な話だろう。

 俺は最年長として、精々頑張って、快適に過ごせる安全な隠れ家を作らなくてはならないな。

「それじゃあ、まずは拠点になる場所を探してくる」

 ここはあくまで、とりあえず駆け込んだ臨時の場所だ。元々セーフエリアとして構築されており、もしギャング共が探すなら、すぐにここもチェックしに来るだろう。

 隠れ潜むなら、自分達で新しいセーフエリアを作る方が良い。大袈裟なバリケードは作らず、あまり目立たないよう、カムフラージュなども考えなければ。

「ヘイ、今度はレキが一緒に行くデス!」

「いや、俺一人でいいよ」

「も、もしかしてレキ、避けられてるデス?」

 心底ショックです、みたいな顔で割と半泣きなレキである。

「ここは時間が経てば、ギャングが来る可能性は高まる。いざという時に備えて、レキとウルスラは二人とも置いておきたい。それに、えーっと、今度、街に食料の買い出し行くときは一緒に行こう」

「リアリィ!? 二人でデスよっ!!」

「ああ、約束する」

 イェーイ、と勝利の雄たけびを上げながら、レキが真正面から突進、もとい、抱き着いてくる。回避するのもアレなので、とりあえず黙って受け止める。

「クロノ様とデート! ウルに遅れはとらないデーッス!」

「そ、そうか、楽しみにしといてくれ」

 全身で喜びの感情を表現するかのようなレキの反応は、俺も嬉しいというより、困惑の方が勝ってしまう。

 レキとウルスラは、かなりの好意と信頼とを俺に置いてくれている。話を聞いた限りでは、確かに命の恩人でもあるし、色々と世話もしたし、最終的には空飛ぶ大タコを倒して大勢の人を救った救世主でもある。

 しかし、今の俺には何の身に覚えもない。記憶喪失であることは間違いないのだが、それでも、過去の自分の活躍を聞かされても、完全に他人事としか思えないのだ。

 だから、こうしてレキが大喜びしていても、それは俺ではなく、彼女の中にある英雄としての過去の俺を見た上での反応なのだろう。

 別に昔の自分に嫉妬するワケではないが、今の俺としては出会ったばかりの少女に心からの信頼を寄せられて、かえって申し訳ない気持ちの方が強かったりする。

 本当に俺は、彼女達の期待に応えられるだけの男なのかと。昔の俺も、たまたま上手く事が運んだだけで、本当は大したことはしてないんじゃなのかと。そもそも、本当にクロエは俺だったのか。

 情けないほどに自分に自信が持てないのは……そりゃあ、あれだけ酷い目にあってきたからな。ようやくあの地獄から抜け出せたと思ったのに、今度は出会った子供達を満足に助けることすらできない始末。

 俺はまだ、何も上手くできていない。何も成せていない。この異世界において俺なんて、中途半端な戦う力を持つだけの、右も左も分からないただのガキだ。

 けれど、そんな俺を彼女達は心から信頼し、子供達の運命全てを預けようとしている。こうして出会った以上、そして、知り合ってしまった以上は、全員を無事に助けてやりたい。

 少なくとも、それが今の俺にとって、成すべき使命であろう――と、カッコよく覚悟を決めたいところだが、レキのせいで気が散ってしょうがない。

「とりあえず、そろそろ離れような」

「むぅーん、あと5分だけー」

 抱き着いてきたレキはずっと俺にしがみついたままで、しかもなんか体をスリスリしてくるし、そろそろただのスキンシップの域を越える怪しい雰囲気が漂ってきた気がする。いかん、これ以上はまずい。だってレキ、胸デカいし……リリアンを抱っこしているのとはワケが違うんだよ。

 年齢的にはまだ子供だろうが、それでも、ここまで密着されれば意識しないのも限界というか、クソッ、戦闘能力は上がってるはずなのに、女性に対する免疫は上げられなかったのかよ昔の俺は!

「いいから離れろ、クルスも呆れてるだろ」

「えっ、いや、僕は別に……」

 露骨に視線を逸らすクルス少年。いや、言いたいことは分かる。こんな状況下でいつまでもじゃれついて遊んでいるんじゃねーよと、そんなところだろう。

「クルスのことは気にしなくてもいいデース」

「いや、ウルスラも見ているし」

「レぇーキぃー」

「げえっ、ウル!?」

 いつの間にか現れていたウルスラが、ジト目で俺にへばりつくレキを睨みつける。彼女の後ろには、引きつけていた子供達もゾロゾロ続いて、注目の的と化していた。

「それじゃあ、行って来るよ」

 渋々、レキが離れて行った後、俺はみんなに見送られて、新たな拠点探しに繰り出す。さて、良い部屋が見つかるといいのだが。




「……なるほど、アレが冒険者って奴なのか」

 単身、廃墟の街に繰り出した俺は、崩れかけのビルの屋上から、通りを進む一団をこっそりと眺めていた。

 剣や槍で武装し、重厚な鎧兜に盾を持った奴、それからローブ姿の魔術士など、如何にもファンタジー系RPGに登場しそうな出で立ちの集団である。胸元からギルドカードと呼ばれる冒険者の証を下げている者がいたので、彼らが冒険者パーティであることは間違いないだろう。

 そんな冒険者達を、どうしてこんな覗き見のような真似をしているのかといえば、単に興味があったからだ。

 一応、レキとウルスラも冒険者であるし、俺もかつては冒険者、それも最高ランクまで登り詰めていたらしい。冒険者という存在に、純粋に興味はある。

 正直、彼らに話しかけて色々と尋ねてみたいこともあるのだが、今は不用意に人と接触すれば、その情報がギャング共に伝わるかもしれない。現状では、誰にも見られないよう行動するのがベストだろう。

「俺もああいう風に装備を整えておいた方が良さそうだな」

 四方を警戒しつつ、静かに前進してゆく冒険者パーティを見送り、そんな感想を零す。

 俺の服装は、『影空間シャドウゲート』の中に自分の服と思われるものがあったので、これ幸いと奴隷商船から着の身着のままだったボロい服から着替えている。それなりに良い品質のズボンとシャツと上着なのだが、如何せん、私服の域を出ない。少なくとも、戦闘をするための服装ではないようだった。

 それから、万一、姿を目撃されても誤魔化せるように、灰色のパーカーみたいな上着でフードを被り、その上、仮面をつけることにした。

 仮面、といっても、子供達が持ち出してきたモノの中に入っていた、オモチャのお面である。

 騎士の兜をモデルにしたようなデザインで、被れば意外と視界が利くのはありがたい。ただし材質は厚紙みたいにペラペラだ。黒化をかけて多少の補強はできているが、防御力には期待できない。

 こんなお面でも、完全に素顔を隠せる役割は十分に果たせる。

 とりあえず、今はこんなところが限界だ。

 第一階層にいるゾンビは基本雑魚なので、別に武器ナシの裸一貫で相手をしたところで後れをとることはない。しかし、ゾンビが進化した強力なクリーチャーみたいな奴とか、ギャングも腕の立つ刺客を送り込んでくるかもしれない。防具も揃えて、万全の戦闘態勢を整えたいものだ。

 ランク5冒険者だった俺は、どんな装備をしていたのだろうか。クラス名が『黒き悪夢の狂戦士ナイトメアバーサーカー』とかいう恥ずかしい名前になっていたから、その装備もちょっと心配だ。まさか、あの呪いの大鉈を愛用なんてことはないだろう。あんな危険物を振り回すとか、頭おかしいだろ。

 きっとこの二つ名とかいうのも、周囲が勝手につけたもので、決して俺が自ら名乗ったものではないはず。そう、いわば風評被害を受けたに違いない。

 ともかく、防具のことも、俺の記憶にない過去のことも、今は後回しだ。

「しばらく住むなら、できるだけ頑丈な建物がいいよな。それなりの広さも欲しい」

 こちとら小さい子供を十人から抱えているのだ。あのアパートみたいな2DKに毛が生えたような広さの部屋で、すし詰めになって生活するのは御免だ。

「衛生面のこともあるし、できるだけ綺麗な方がいいだろうし……そういえば、トイレとかどうすんだ」

 自分一人ならいざ知らず、俺含めて合計14名の大所帯である。

 一ヶ月以上も同じ場所に住むならば、トイレや風呂の確保なども気にするべきだろう。

 ゾンビやギャングが襲って来るなら、戦って守ってやることはできるが、不衛生な環境下で病気にでもなってしまえば、手の打ちようがない。あのリリアンなんかは、特に病弱だとも聞いている。

 こんな状況では、そう簡単に医者に連れていくこともできないからな。俺の影の中には色々とポーションもあったが、基本的には戦闘を考慮した、外傷を治癒するものがほとんどで、病気を治すのにどこまで効果があるかは分からない。

 子供達の健康維持は、重要事項である。

「けど、一番は安全面だし、できるだけ隠れられるような立地がいいし……」

 考えれば考えるほど、どんどん条件が重なって行く。

 本当に、そんな理想的な場所があるのだろうか? というか、そんなところがあったら、とっくにセーフエリアとして活用されているだろうし。

 探す前から諦めてはいけない。とりあえず、見るだけ見て回ろう。

 それに、気分的には地獄の実験生活から解放されて、狭苦しい密航を乗り越えて、ようやく広々とした場所を自由に駆け回れるわけだ。とりあえず、この体で廃墟の街を飛んで跳ねて走り回って、自分の機動力も確認しておきたい。

「おおっ、やっぱ体が軽いな」

 いざ本気で走り、廃墟を登ったり下りたり、パルクールの真似事をしてみると、体の具合がよく分かる。奴隷商船から逃げたり、ギャングの襲撃から逃げたりしていた間は切羽詰った状況だったので、満足に検証してみる余裕はなかったからな。

 今の俺の記憶にある機動実験の頃からして、すでに色々と改造されていた体は常人を遥かに超える身体能力を発揮していたが……この感じからすると、更なる成長を経ていることが実感できる。

 走っているのに、全くスタミナが減らない、どころか、むしろもっと動けというように活力が湧き上がってくる感覚は初めてのものだ。ただでさえ強靭な脚力なのに、加減を謝ればうっかり廃墟の屋根や床を踏み抜いてしまうほど、抑えきれない力強さも感じられる。

 記憶喪失のせいで、俺の意識と肉体のスペックには、やはりそれなりの齟齬が発生しているようだ。

 これは要練習だな。というか、一番気になるのは、身体能力よりも黒魔法の方なのだが――

「んっ」

 三段くらい壁キックをかまして登った建物の屋上に着地した瞬間、俺はピタリと動きを止める。

 今、声が聞こえた気がする。

 ダンジョンだから、さっき見かけた冒険者のように普通に攻略する者はいるだろう。けれど、聞こえたのは子供の声だったような気が――

「っ! ぁ!」

「……あっちか」

 今度は、よりはっきりと聞き取れた。どうやら、悲鳴のように思える。

 距離はそれなりにありそうだが、走ればあっという間だ。

「余計なことに首を突っ込みたくはないが、分かっていて見捨てるのも寝覚めが悪いからな」

 まして、今の俺は小さな子供達の保護者でもある。そんな奴が、子供の悲鳴が聞こえたけど、無視しました、では示しがつかないだろう。

 そうでなくても、ここで何もしなければ、気になって今夜眠れそうもないし。

「よし、行くか」

 心を決めて、一気に駆け出す。

 建物の屋上を駆け抜け、飛び移りながら、悲鳴の方向へと進みゆく。地上の道にはゾンビがウロウロしているので、こうして屋上を通って行く方が遭遇率はずっと低い。

「ウォオアアアアッ!」

 しかし、建物の上にいても、『ランナー』のような走るゾンビなど、機動力のある奴と鉢合わせることもある。現に、目の前に涎をまき散らしながら絶叫するランナーが現れた。

「邪魔」

 見つけ次第、『ライフル』を額にぶち込んで黙らせる。

 これから子供を助けに行こうってのに、コイツを引き連れて行くわけにはいかないし、何より、叫ばれて仲間を呼ばれれば厄介だ。

 単発で使うなら、威力を抑える代わりに、発射音を限りなく小さくして弾丸を撃つ、ということもそう難しくはない。サイレンサーモード、とでも言うべきか。

 そうして静かにランナーを処理して、いよいよ俺は悲鳴の発信源へと到着する。

「うわぁ、あああ……兄ちゃん、どうしよう……」

「クソ、挟まれた……も、もうダメだ」

 見れば、鞄を抱えた二人の少年が、見事にゾンビの集団に包囲されていた。

 高くそびえ立ったビルの外壁に、狭い路地裏にはゾロゾロとゾンビが迫りくる。勿論、前も後ろも、完全に塞がれている。

 最早、悲鳴を上げて逃げ惑う段階を終え、あとは絶望しながら食われるだけという状況。

 良かった、ギリギリで間に合った。

「行け、バスターソード」

 ビルの上から飛び込み様に、二本の大剣を『自動剣術』で放つ。

 狭い路地に、ゾンビ共が押し合いながら殺到してきているのだ。身の丈ほどの刃を持つ大剣で薙ぎ払えば、楽に一掃できる。

 前後から挟撃して来るゾンビに対して、大剣を力任せ、もとい、魔力に任せて強引に切り裂きながら、俺自身は路地の真ん中で追い詰められていた少年達の前に降り立つ。

「おい、大丈夫か。怪我はしていないか」

 ここのゾンビは、別に噛まれてもゾンビになったりしないのだが、怪我を放っておいていい理由にはならない。幸い、ポーションは沢山持っているし、少しくらい分けたって問題はない。

「うわ、あわわ……」

「あ、あの、冒険者様ですか……すみません、コレで集めたモノは全部なので、どうか命だけは見逃してください」

 すでにゾンビは一掃され、ピンチを救いだした俺はちょっとしたヒーロー気分だったのだが、少年から出た台詞は、感謝の言葉ではなく、明確な命乞いであった。

「お、おい、俺は……」

「本当にこれで全部です、回収に来ただけなので銅貨一枚も持ってません、お願いします!」

「うぅ、兄ちゃん……」

 兄貴らしい大きい方の少年が、すっかり怯えて震えている弟を庇うようにしながら、頭を下げている。

 これは、どういうことなんだ。俺はゾンビに襲われたところを助けただけで、カツアゲをした覚えはないし、誤解されるようなことも言ってはいない。

「待て、落ち着け。俺は強盗するつもりはない。君らを助けただけだ」

「ほ、本当に……?」

 信じられないものを見た、というような目で俺を見上げる少年。

 確かに、パーカーでフードを被った上に仮面まで装着しているとか、強盗の出で立ちとしか思えない。

 もっとも、素顔を晒したところで、さらに恐れられるだけだろうが。

「ひとまず、近くのセーフエリアまで退避しよう。そこまでは送っていく」

「それは、えっと……ありがとう、ございます」

 本来の予定にはない行動だが、人助けだからしょうがないだろう。

 そう自分を正当化しながら、おっかなびっくり後をついて来る二人の少年を連れて、バッサリと両断されたゾンビの死体が転がる路地裏を後にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ