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黒の魔王  作者: 菱影代理
第6章:スパーダへ
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第69話 4人の使徒(1)

 ダイダロス王城の謁見室は、職人ドワーフ謹製の瀟洒な造りはそのままだが、黒き竜王のエンブレムだけは残らず神の十字架に差し替えられていた。

 そんな新たな支配者の存在を主張する謁見室に、重厚な肘掛椅子に座り卓を囲む4人の姿。

「ようこそダイダロスへ」

 呟くような小声で歓迎の言葉を発すのは、パンドラ遠征十字軍の総司令官、そして竜王ガーヴィナルを単身で屠り『竜殺』の二つ名を得た、第七使徒サリエル。

「わざわざ様子見に来てやったんだから、感謝しなさいよねっ、サリエルぅ!」

 少女特有の甲高い声でサリエルを呼び捨てるのは、第十一使徒ミサ。

 相変わらず個人的な好みによる露出の高い改造法衣を纏い、曝け出された艶かしい足を組んで椅子にふんぞり返っている。

「お、お久しぶりです、サリエル卿……」

 信者が見れば鼻血を噴いて卒倒するほど、頬を赤らめてそわそわと実に可愛らしい緊張の様子を見せる美貌の少年、第十二使徒マリアベル。

 色々と気の利いた台詞を必死に考えていたが、いざ本人サリエルを前にすると無難な挨拶の言葉しか出てこない様子。

「お元気そうでなによりですサリエルちゃん、けれど――」

 そうして、正しく『聖女』に相応しい柔らかな微笑みを浮かべたまま、第三使徒ミカエルは席を立ち、サリエルの元へと歩み寄る。

 華奢で儚げな雰囲気のサリエル、豊満な肉体と大人の色香漂うミカエル、対極の美しさを持つ二人が並ぶ姿はどこか親娘のようにも見えた。

「お怪我はまだ、治ってはいないようですね」

 サリエルの紅葉のような小さな手、その包帯が巻かれている右掌を、ミカエルは両手で優しく包み込む。

「あらあら大変、こんなに大きな穴が空いてしまって」

 どうやってか、包帯の上から軽く撫でるだけで怪我の状態を察するミカエル。

 クロノに呪いの毒針を撃ち込まれた掌を、腐食部位ごと自ら槍で貫いた傷は、未だ完治していなかった。

「『痛いの痛いの飛んでいけぇ♪』」

 のんびりしたミカエルの言葉、しかし、この場にいる誰もが彼女がふざけているのだとは思わない。

「……ありがとうございます」

「いいえぇ、これが私の役目ですから」

 ミカエルが手を離すと、掌に巻かれていた包帯が一人でに解けてゆく。

 曝け出されたサリエルの手には、そこにあるはずの痛々しい傷跡はどこにも見当たらず、最初から怪我など無かったかのように、すべすべした白い掌があるのみ。

 治療を受け尚完治するまでには今しばらく時間のかかるサリエルの傷を瞬時に癒す、これこそ『聖女』の二つ名を持つ第三使徒ミカエルの力の一端である。

 ミカエルは満足そうな笑顔を浮かべ、席へと戻った。

「さっきの傷、誰にやられたの? またドラゴンでも出た?」

 ミサの鋭い声が、ミカエルが席に着くと同時に発せられた。

「そうですね、竜王との戦いで負ったものとは別なようですし」

 二人は単純にサリエルの事を心配して、というよりも、使徒であるサリエルを負傷させるだけの存在が、ダイダロス軍が壊滅した今になってもいるという事実が気にかかった。

「……」

 サリエルは黙秘で応えた。

 彼女でなければどうとでも嘘を言えただろうが、極端に不器用なサリエルは嘘を吐くことが不可能なのである、故に黙秘。

「ふぅーん、答えられないんだぁ」

 押し黙るサリエルの様子に、ミサの瞳がキラリと光る。

 自ら敵を逃したことを勘付かれたか、とサリエルは一瞬思うが、

「ふふん、アンタ、間抜けにも事故って怪我したんでしょ!」

「……」

 『コイツがバカで良かった』と、誰もが思うほど見事に勝手な勘違いをしてくれたミサ。

「どうせ、不用意に武装聖典の刃に触れてブシュっとイっちゃったんでしょ」

「それは前に君がやった失敗だろ」

 溜息交じりのマリアベルは、かつてミサが「武装聖典って使徒も切れんの?」と思い立ち、その鋭いなんてレベルじゃない刃を素手で鷲掴み、あわや手首切断か! という大怪我を負った、非常に恥かしい失敗談を思い起こす。

「っさいわねっ! アタシでもミスるんならサリエルだってミスるでしょっ!!」

「君以外に誰があんな馬鹿馬鹿しいミスするか」

「隠してもサリエルがミスったことは分かってんだからねっ!」

 都合の悪い事は聞こえない便利な耳栓スキルを発揮して、マリアベルの発言をスルーしながらサリエルへ詰め寄るミサ。

 そんなミサに対してサリエルは、

「……ん」

 コクン、と小さく一つ頷いた。

 嘘はつけないが、向こうが勝手に勘違いしてくれた事をわざわざ訂正する事も無い。

 ここは一つ頷いておけば、クロノに関して余計な追求されることは無いだろうと流石にサリエルでも判断できる。

「ほらぁ! やっぱり事故ったんじゃない!!」

「誰にでもミスってありますよね」

 僅か数秒で意見を180°翻すマリアベル少年の発言。

「マリアベル、アンタねぇ……」

 さっきと言ってること違うだろ、と視線で語るミサ。

 だが彼は些かもブレてなどいない、なぜなら、

「僕はサリエル卿の味方なのです」

「ふんっ、イエスマンはモテないんだから」

「っ!?」

 ミサの一言が少年の心を抉った。

「当然サリエルも主体性の無い男なんて絶対ゴメンよねぇ?」

「私は……」

「ほら見なさい! サリエルもアンタみたいなのはイヤだって言ったわ!!」

まだ何も言ってない、とは思うが、サリエルは最早口を挟むタイミングを失っていた。

「うぅ……サリエル卿、僕は……僕はぁ……」

 目に見えてガックリ肩を落とすマリアベル。

 それを勝ち誇ったドヤ顔で見下すミサ。

 無表情だが内心は何か言わなければと頭を悩ませるサリエル。

 とても十字教信者や率いる兵士達には見せられないような、間の抜けた構図が謁見室に展開されていた。

「うふふ、やっぱりお見舞いにきて正解でした、みんなこんなに楽しそう」

 遥かに年下である若き三人の使徒を、ミカエルが優しい眼差しで見守る。

 だがここでそんな懐の深い対応をするのではなく、ミカエルには率先してこの場の収拾を図るべきだと、一般的な感性では判断できるが、残念ながらこの場にそれを指摘する者は誰一人としていない。

 パンドラ大陸初の使徒4人による会談は、こうした‘楽しげな’雰囲気のまま、政治的・宗教的に重要な話題は一切出る事無く、グダグダと緩やかな時間だけが過ぎていったのだった。


 そんなわけで、第6章スタートです!


 1章ぶりにサリエルが登場しました、そういえば右手怪我してたな、とか思い出していただければ幸いです。

 見舞いに来た使徒3人組の容姿をお忘れの方はキャラ紹介をご覧下さい。

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キャラ紹介、復活希望。
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