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黒の魔王  作者: 菱影代理
第35章:復讐の牙
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第688話 ロックウェルの休日(3)

 凍土の月22日。

「むふふ、ふふーん」

 と、上機嫌な幼女リリィをだっこして、今日もロックウェルの町を歩く。

 遊んでいるワケではない。いよいよ明日はカーラマーラへ向けて船、大アトラス三世号が出航する。今日の内に、買い忘れていた物や、消耗品などの補充も完全に済ませておくのだ。

 まぁ、リリィを連れて二人で出かけているのは、半分デートみたいな意味もあるけれど。昨日、一昨日は、フィオナの肉ジャガショックもあったので、ほとんど彼女の相手ばかりをしていた。

 そうしていると、リリィがむくれていたので、ご機嫌取り、といったら聞こえは悪いかもしれないが、ともかく今日はリリィに付きっきりなのだ。

 一昨日にサリエルがブランドショップでオススメされていた、花びらのような白いケープを身に着け、リリィは上機嫌である。勿論、俺のプレゼントだ。

 かなり値の張る一品モノだが、ランク5冒険者の財力を舐めてはいけない。そしてきっと、天空戦艦シャングリラを保有するリリィは、俺を遥かに超える個人資産を持つということにもなるだろう。

「クロノ、次はあっちに行ってみたーい」

「よし、じゃあ行くか」

 言われるがまま、俺はお姫様を抱っこして歩く。

 この三日間、ロックウェルを出歩いていたお蔭で多少は街並みも覚えてきた。けど、メインはあくまで宿やギルドの立つ表通り。

 そういえば、リリィの示した先の方はまだ来たことがなかったエリアだと、向かう途中で思い当たる。

 そこは確か、より一般向けの商業区画だったはず。

 なんだかんだでランク5冒険者の俺達は、基本的に高ランク向けの高級店などを利用している。お高くとまっているつもりはないが、十分な金があるならば、相応の店を使うのが当たり前。

 サービスがいいのは勿論のこと、余計なトラブルはこういうところでは滅多に起きない。安全安心、というのは高い金を支払ってでも得る価値のあるものだ。

 そういうワケで、わざわざ一般向けの商店が立ち並ぶ場所には特に用事もないので立ち寄ることはなかった。けれど、純粋に異国情緒を楽しむというのなら、こういう場所も全然アリだろう。

 金持ちの余所者向けの小奇麗な場所よりも、よりその国の生活感というか、空気みたいなのを感じられるし。ベテランの旅行者とかも、そういう楽しみ方を求めるイメージある。

 俺にそこまでのこだわりはないけれど、まぁ、たまにはこういうのもいいだろう。

 そんなことを思いながら、より雑然とした商業区画へと足を踏み入れていった。

 人の多さもさることながら、無秩序に広がる露店と市場。うん、港の表通りはかなりお上品だったのだと実感する猥雑さ。

「カーラマーラからの掘り出し物だ! この機会を逃したら、もう手に入らねぇぜ!」

「うるせー、ガラクタ売りつけてんじゃねぇぞ!」

「なんだとコラぁ!」

 やかましい呼び込みに、喧嘩の怒号。ここでは日常茶飯事なのか、血気盛んな男連中が殴り合いを始めた程度では、誰も騒いだりはしない。死なない程度、後遺症が残らない程度に、ほどほどに喧嘩を楽しめばいいだろう。

 殺し合いでもなければ、俺も特に気を張る必要もない。けど、やはり喧嘩が頻発するような騒がしさは、あんまり落ち着かないな。

「あはは、ホントにガラクタばっかりだねー」

 喧嘩の発端となっている露店の他にも、カーラマーラのダンジョンから発掘されたという品物を扱う店は多い。俺からすると、割れた土器とか、壊れた機械部品のようにしか見えず、どれが価値のあるものなのかは分からない。

「リリィはどれが良いか分かるのか?」

「うんとねー、あ、アレはストームライフルのマガジンだから、ちょっとは使えるよ! でもシャングリラにいっぱいあるから、買わなくてもいいよ」

 よく見れば、見覚えのある長方形のパーツが。なるほど、こういうのも混じっているのか。

「ひょっとしたら、本当に掘り出し物があるかもな」

 ちょっとした宝探し気分で、リリィを抱えて露天巡り。

 人波をかき分けて、やかましい客引きを突っ切り、胡散臭い乞食をスルーし、スリをスリ返し、それなりの治安の悪さを体感しつつ、二時間ほど市場を回った。

 さて、その成果は……

「うーん、見事にガラクタばかりだな」

「でも、素材はいいよ」

 凄まじい古代の力を秘めた魔法具マジックアイテムは一つも見つからなかったが、使えないガラクタでも、良質な素材で出来ているモノは何点か見つけ、購入した。

 少量ながらも、神鉄オリハルコンが含まれている金属製の錆びた小箱。くすんだガラス片のようなものは、魔力伝導率の高い人工クリスタル。赤青黄色の目立つパーツのくっついた謎の円盤上の物体は、これでいてそれぞれのパーツはどれも本物の魔石だったり。

 そんな感じで、それ単体では何の役にも立たないガラクタだけど、素材自体はレアなものが含まれているものを幾つか買ったのだ。

 勿論、全てリリィの目利きによるものである。俺には、全く分からなかった。

「そろそろ、お昼にするか?」

「するー!」

 そろそろ昼飯時。ここから歩いて表通りに戻れば、ちょうどいい時間帯であろう。

 そうして、歩き始めたちょうどその時であった。

「み、水……」

 かすれた声に、ふらついた足取りの少年が、俺に向かって手を伸ばし、羽織った青マントを掴んだ。

 スリの類ではなさそうだ。少年はやつれた様子で、顔も身に纏った粗末な衣服も薄汚れている。

「おい、大丈夫か。水が欲しいのか?」

 顔色も悪く、とても健康そうには見えない。この気温に強い日差し、脱水症状でもおこしかけているのかもしれない。ならば、悩んでいるよりも、さっさと水の一杯でも与えるべきだろう。

 飲みかけで悪いが、ちょうど皮袋の水筒に入った水が、まだ半分以上残っているから、コレをそのまま渡してやろう。

「あ、ああ……ありがとう、ございます」

 少年は俺が差し出した水筒を受け取ると、どこかぎこちない笑顔で礼の言葉を口にした、その瞬間だ。

「なにやってやがる、このクソガキがぁ!!」

 ガツン、と鈍い音を立てて、少年は背後から殴られた。

 勢いのままぶっ倒れ、手にした水筒は転げ落ち、開いた口から水が流れ出ている。

「申し訳ありませんでしたぁ! ウチの奴隷がとんでもないことを、あっ、服に汚れなどはついちゃいないですかね、旦那」

 少年を殴り倒した男は、俺が何だと問うよりも先に、瞬時に媚びへつらった笑顔の仮面を被り、平身低頭の謝罪を繰り出した。

 おい、マジでなんだよこれは。状況が飲み込めない……いや、分かりたくなかっただけかもしれない。

「本当に申し訳ない、ちょっと目を離した隙に逃げ出したもので。どうか、ここは一つ穏便に」

「うん、分かったから。もう行っていいよ」

「へい、ありがとうございます、お嬢様!」

 興味なさげなリリィの言葉に、ヘラヘラした笑顔でペコペコしならが、男は倒れた少年の襟首を掴み、強引に立たせる。

「おいコラてめぇ、手間かけさせやがって、分かってんだろうなぁ!」

 鬼のような形相で怒声を上げる男。だが、この場所ではその程度のことで、誰も注目などしない。

 男はそのまま、誰に憚ることもなく、少年を力づくで引きずって行く。

「おい、待っ――」

「ダメだよ、クロノ」

 制止の言葉は、リリィによって遮られた。

 何故、どうして。

 お手本のような虐待を見せつけられて、どうして止めに入ってはいけない。

「だって、アレは奴隷だから」

 分かっていた。本当は、あのみすぼらしい少年の姿を一目見た時から、そうなのではないかと察していた。

 気づかないはずがないだろう。水筒を受け取った少年の手には、錆びついた手枷が嵌められていたのだから。

 逃げ出した奴隷が、通りがかりの俺に声をかけた。追ってきた奴隷の監督役は、身なりの良い俺とリリィを見て、何かあっては大事になると思い、必死に謝る。ただでさえ逃亡は許されないというのに、余計なトラブルにまで発展しそうになったことで、その怒りは如何ほどか。

 連れ戻されたあの少年が、どんな目に遭うのかは想像に難くない。あまりの怒りに歯止めが利かなければ、最悪、死ぬことも、

「クソっ……」

 そこまで分かっておきながら、俺は何もできなかった。すでに、連行された少年奴隷の姿は、人ごみに消えてもうどこにも見えはしない。

 だが、あの場で助けたとして、何になる。その後どうする。彼だけを助ければ、それで終るのか。

 どうすれば良かった、どうするのが正解だったのか――何もしないのが、正解なのだ。だって、リリィは止めなかったじゃないか。

「クロノ、早く行こう! リリィ、お腹空いちゃった」

 何事もなかったかのように、無邪気な笑顔で俺の手を引くリリィは、きっと、冷酷なのではなく、それがこの世界での普通なのだと、そう思った。




 真っ白い、宮殿のような綺麗な内装。出される料理は、どれも手の込んだ一級品。こんな砂漠だというのに、新鮮な魚が食えるのはどういう魔法なのだろうか。

 右を見れば、アラブの王族みたいな立派な白い衣装に、黄金の装飾品を身に着けたファミリーが、談笑しつつ料理に舌鼓を打っている。

 左を見れば、どこの舞踏会から抜け出してきたんだという感じで、派手なドレス姿のお嬢様が三人集まって、優雅に呑気なお喋りに興じていた。

「これ、すっごく美味しいね!」

 そして、俺の前には純真無垢な笑みを浮かべて、白身魚をほおばる愛らしい妖精のお姫様がいる。

「ああ、そうだな」

 俺も、お上品にナイフとフォークでわざわざ切り分けて食べる。

 美味い。値段相応の美味さがあると認められる――はずなのに、どんな味なのか、頭に残らなかった。

 ここは、ついさっき俺が見てきた光景とは、天と地ほども差がある。なのに、一キロも離れてはいない。

 贅を凝らした美味を楽しむ者と、たった一口の水を求める者。両者の違いは、一体どこで生まれたものなのか。

 多分、生まれた時から、違うのだろう。

「……クロノ、元気ないね」

「いや、そんなことは」

「そんなに、奴隷のことが気になるの?」

 馬鹿だな、俺は。リリィを相手に、隠し事などできるはずもないというのに。

「思えば、あんなあからさまに酷い扱いを受けている奴隷を見たのは初めてだったから。まして、子供だった」

「そうね。スパーダでは違法行為になるような扱いだったわ」

 とはいえ、どれだけ法整備がされていたとしても、100%監視の目が行き届くわけではない。あの平和に見えたスパーダでも、劣悪な環境で子供の奴隷を酷使する場所は幾つもあるはずだ。

 ただ、表だってそれが見えるようなことはなかっただけで。

「ねぇ、知ってる。カーラマーラはね、パンドラ大陸で一番、奴隷が多いんだって。今日のあの子も、最終便で送られるみたいよ」

「そう、なのか」

「クロノがどうしても、と言うのなら……あの奴隷を、助けに行ってあげてもいいわよ」

 そう言って俺を見つめるリリィの視線は、どこまでも純粋な優しさで満ちている。

 きっと、俺が「彼を助けたい」と言ったとしても、それを苦ともせずに協力してくれるだろう。

「そこまで、ワガママを言うつもりはないさ」

 この異世界では、奴隷制度は公に認められているもので、現代日本の価値観をそのまま持ち込んで「間違っている!」と叫ぶことに意味はない。まして、持てる力を使って、強引に奴隷を解放するなんて、ただの犯罪行為となる。

 奴隷は所有者の財産。どんな理由があれ、赤の他人が勝手に手出しして良いものではない。

 けれど、所詮そんなのはうわべだけの理屈だ。

 もし、あの奴隷が見ず知らずの少年ではなく、同じ日本人だったなら……俺は、本当に後先考えずに、助けていたかもしれない。

 そう、つまるところ、俺は彼を助ける力を、助けるという選択肢を持ちながらも、自らの意思で見捨てたに過ぎない。

「いいのよ、別に遠慮なんてしなくても。あの程度の奴隷、金貨の二枚でも握らせれば喜んで譲ってくれるわ」

「確かに、買えば正式に引き取れる。けど、その後どうする」

「さぁ、その辺で解放してもいいし、スパーダの屋敷かシャングリラで飼ってもいいわよ」

 飼う、か。人に対して使っていい言葉じゃあない。

 けど、正しいよ。所詮、人を飼っているだけの自己満足だ。

「……なぁ、リリィ、俺だって分かってるさ。あの子だけを助ければ、それで全て解決するわけじゃないってことくらい」

「そうね、キリがなくなるから」

 可哀想な奴隷の子供を助け出す。

 素晴らしい行動だ。かつて、俺が読んだファンタジー小説でも、割とよくあった展開である。まぁ、助けるのはエルフの美少女だったり、ネコミミの美少女だったり、可愛い女の子ばっかりだけど。俺もそういう風に書いた。

 けれど、いざ現実を目の当たりにすれば、誰だって分かる。助けるべき、可哀想な奴隷の子供達が、多すぎる。

 あの商業区画からこのレストランまで戻る最中、子供の奴隷を詰め込んだガマル貨車を三台は見かけた。カーラマーラへの輸入品である。

 密輸ではなく、正式な取引。百人や千人では、とても利かない数だ。その内の一人二人を助け出して、一体何になる。

 ならばいっそ、思い切って自分好みの可愛い女の子でも買った方が、よっぽど満足できるだろうよ。

「それでも、俺は助けるべきなのか……?」

 やらない善より、やる偽善。俺があの子を買い取れば、少なくとも、彼だけは救われる。もう理不尽に殴られることはないし、たった一杯の水に渇くこともさせない。

「そうすることに、意味はないわ」

「何故だ。一人でも救えるのなら、それで――」

「だって、クロノの心は救えないもの。ふふ、クロノは優しいから、一度でもそういう風にしてしまったら、きっと割り切れない。助けを望む子供達が、まだ沢山いるんだと、そう知っているからこそ、何人助けても、満たされることはないの」

 そりゃあ、そうだ。一人助けたんだから、後のことはどうでもいい、とはならないだろう。むしろ、一人助け始めたら、より多くの者を助けたいという思いが強くなるに決まってる。

「だから、ダメなの。クロノはそんなことで、苦しむべきじゃないし、悩むべきじゃない」

「そんなこと、だと」

「せいぜい百人の奴隷を救うことと、十字軍の侵略を止めること……クロノはどっちを選ぶの?」

「くっ……」

 子供の奴隷問題を「そんなこと」と切って捨てるリリィは、冷たいのではない。ただ、彼女は単純に物事の優先順位というのを理解しているだけ。

 俺は、あの如何にも可哀想な少年奴隷の境遇を目の当たりにして、そんな当たり前のことさえ忘れようとしていた。

「それでも、クロノが奴隷を助けることを優先したいというのなら、私は協力するわ」

「やめてくれ……俺には、俺のやるべきことがあるって、分かっているつもりなんだ、これでも」

 俺は十字軍と戦わなければならない。使徒を倒さなければならない。このパンドラ大陸を、俺の大切な場所を守るためには、そうするより他はないからだ。

 そして、その使命がある限り、他のことに手を出す余地もまたないのだ。

 今の俺には、奴隷を助けることなんて、できはしない……

「うふふ、そんなに落ち込まないで。今すぐ助けることはできないけれど、それでも、いつか奴隷をなくすことはできるかもしれないわ」

「リリィが言うなら、本当にできそうな気がするよ」

 奴隷制はこの世界では深く根付いた慣習であり、法律であり、支配体制である。そう簡単に廃止できるとは思えない。

 思えないが、不可能ではないはずだ。何せ、地球ではもう、奴隷制度なんて遥か過去の存在となっているのだから。

「ええ、私に任せて。いつかきっとクロノが望むような、子供が奴隷にならない国を作ってみせるわ」

「それはいいな。十字軍とのケリがついたら、そういうことをしていきたいよ」

 そうでも思わないと、俺は自分で自分が嫌になりそうだった。

 けれど、リリィが「子供が奴隷にならない国」を作れるというのなら、それは安易な慰めの言葉ではなく、実現が信じられる気もしてくるのだ。

「ありがとな。少し、気は楽になったよ」

「クロノは優しすぎるから。ああいうのを見てしまうと、気にしてしまうのよね」

「自分が特別、ナイーブなつもりはないんだけどな」

 でも、日本人の感性を持っていれば、どうしようもないことか。

「ううん、それも含めて、クロノの素敵なところよ」

 優雅な笑みのリリィが、俺にはひたすら、眩しく映った。

 2018年11月23日


 コミック版黒の魔王第3話が明日(24日)更新されますので、チェックをお忘れなく。第3話は、コミック版のコンペでも描かれたゴブリン戦もあります。どうぞお楽しみに!

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