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黒の魔王  作者: 菱影代理
第35章:復讐の牙
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第686話 ロックウェルの休日(1)

 新しい町に辿り着いた際のノルマとして、まずは宿の確保と、冒険者ギルドでの情報収集を行う。

 グーとパーで決めた結果、宿はリリィとフィオナが、ギルドは俺とサリエル、というチーム分けに決まった。

「リリィ、誘拐には気を付けるんだぞ」

「はーい!」

 返事だけは良い幼女リリィである。

「クロノさん、私の心配は」

「そうだな、揉め事が起きた場合は、『ワルプルギス』じゃなくて『スピットファイア』で頼む」

「それを聞いて、ますます『ワルプルギス』で撃ちたくなりました」

「すまん、冗談だ。本当に万が一って時は、『嵐の魔王オーバースカイ』使ってでも駆けつけるから」

 思ったよりも、不満気なフィオナ。ここは素直に心配して欲しかった場面だったということか。乙女心って難しい。

 微妙に選択肢を誤りつつ、宿を探しに向かうリリィとフィオナのコンビを見送って、俺達もギルドへ向けて出発だ。

 ロックウェル冒険者ギルド本部は、ガルーダ運輸と同じ表通りに面しているから、すぐそこなのだが。というか、ここに着く前に通りがかって来たし。

 多様な種族の人々と、馬車とラクダとガルマ貨車とがひっきりなしに行き交う、騒がしい表通りをサリエルと歩き始める。

「ところで、この町についてからずっと思ってたんだけど……俺らの姿ってちょっと浮いてない?」

「はい。砂を防ぐ衣装を着ていないのは、私達だけ」

 砂漠の港であるロックウェルは、風が吹けばセットで砂も巻き上げてくる。今は大嵐直前という時期でもあるせいか、そこそこの頻度で砂混じりの突風も吹いてくる。

 当然、浴びて気持ちのいいものではないから、マントやローブなどの砂避けに適した衣装が広く普及している。現地の住民は勿論、流れの冒険者と思しき奴らも、きっちりマントやローブなどを着こんでいた。

 つまり、いつも通りの姿で表をウロついてる間抜けは、俺達だけということで。

「とりあえず、マントくらい買っておくか」

 サリエルも素直に頷き、賛成してくれる。

 ここは表通りだから、ちょっと探せばすぐに服屋の一つや二つ、見つけられる。というか、ちょうど二軒の店を発見したところである。

 片方は、如何にも冒険者御用達、といった感じの無骨な武具店。どの国でも扱っている定番の剣や鎧に加えて、アトラス大砂漠のダンジョン攻略には必須装備となる、砂を防ぐ衣装も豊富に揃えられていることが、外からちょっと覗き込むだけでも分かった。

 もう一方は、一般人と観光客向けと思しき、純粋なファッションに特化した洒落た店舗だ。ここでは有名なのか、可愛らしい文字でブランド名らしき看板が掲げられている。

 さて、どちらの店を選ぶか……地味に悩む。

 普通に考えれば武具店でいいのだが、今回は砂漠用のガチ装備が欲しいワケではない。なんとなく現地に馴染んだ衣服が欲しいので、ブランド店でも問題ない。懐も潤っているから、値段もさほど気にすることもないし。

 チラっとサリエルを見れば、その視線は武具店の方で固定されている。だが、一瞬だけブランド店の方にも視線が向けられてもいた。

 ふむ、もしかして興味があるのだろうか。ファッションが気になるお年頃。いや、そもそも白崎さんはごく普通の女子高生なのだから、そういう面を気にしないはずがない。ならば、サリエルもその記憶に基づいて、実は色々と気にしていたりするのかも。さりげに俺の格好も、超絶ダサいとか思われてたりする可能性もあるのか……そりゃあ、現代の日本人からすればコスプレ衣装にしか見えないような装備ばかりだけど。

「よし、あっちの店にするか」

 決して今の自分のファッションに自信を無くしたワケではないのだが、ここはあのブランドショップを選ばせてもらおう。

 なんだかんだでサリエルも女の子だし、こういう機会にオシャレしたっていいだろう。さぁ、好きなのを選ぶがいい。

「性能を求めるならば、あちらの武具店の方が相応しいですが」

「別に砂漠のダンジョンに挑むワケじゃないから、普通の店で十分だろ」

 サリエルの反対意見は、本心なのか、それとも遠慮なのか。機械的な無表情から、そこまでは読み取れないが、もう決めたことなので有無を言わさずブランドショップへと向かう。

「いらっしゃいませー!」

 ニコニコ笑顔の店員が、明るく爽やかにお出迎え。カジュアルな青いローブに身を包んだ、褐色肌のお姉さんで……

「カップルですか? カノジョさんすっごいカワイイですねっ! よろしければ、お二人に似合うコーディネートさせていただきますけどぉ!」

 しまった、またこのパターンだ!

 おのれ、どうして服屋の店員は異世界でもアクティブなんだよ。こういうの、苦手な人だっているんですよ!?

「いえ、結構です。あと、彼女ではな――」

「今日はどういったものをお探しでしょうか?」

「砂避けのマントかローブ。あまり目立たないデザインがよい」

「かしこまりました、こちらへどうぞー! 観光客の方ですか? 砂避けはロックウェルに滞在するなら必須の一着ですからね。でもでも、着るならやっぱり自分に合ったものが一番、ウチならお求めやすいカジュアルなものからアナタだけの一品モノまで取りそろえておりますのでぇ、必ず欲しいモノが見つかりますよ!」

「選択肢は多い方がいい」

「ええ、そうですよ、やっぱり服は自分で選んでこそですよねぇー」

 す、凄い、サリエルは何か普通に店員相手に応対している上に、的確に求めている商品を選び出している。

 気が付けば、砂避け衣装コーナーの一角で、店員が流れるような動作で次々にマントやローブの紹介に入っていた。

「目立たないデザインといえば、こういったベージュやグレーですね。昔ながらの伝統的なカラーで、誰にでも似合う間違いのない色合いですけどぉ、カノジョさんくらい綺麗なら、こういうのも全然イケますよ!」

 と、やけにヒラヒラした花びらみたいな白いケープを広げる店員。砂を防ぐのに適しているのかどうか疑わしいが、デザイン性一点だけでみれば、確かにサリエルが着て似合うのは間違いないだろう。流石はショップ店員だけある。地味に値段が平均以上なところも、抜け目がない。

「私はマスターに合わせますので」

「ペアルックですかぁ! なるほどぉ、いいですねぇー!!」

 いや、良くない、なに言ってんだよ。なんだよペアルックって、似たような無難なデザインのマントを着てればそれでいいってことだろうが。

「彼氏さんは、どういった色がお好みですか?」

「えっ」

 俺に振らないで。

 しかし、サリエルも俺を見つめているので、適当に誤魔化しの台詞を言うのも戸惑われる。ここは真面目に自分の意見を述べるべき時だろう。

 じゃあ黒で、と反射的に言おうとしたが、いや砂漠で黒はねーだろ、と咄嗟に思い直す。今正に『悪魔の抱擁バフォメット・エンブレス』を着こんでいる俺が言えた義理ではないが。

 しかし、そうなると、どんな色がベストだろうか。最初に店員が言っていたように、グレーかベージュといった地味めな色がいいか。正直、何でもいい気がするのだが、サリエルの手前、あんまり適当なことを言うのも憚れる。

 うーん、何かこう、ピンとくるイメージが……

「それじゃあ、青で」

「青! いいですね、凄くいいですよ! 爽やかな青は砂漠に栄える定番カラーですからねっ!」

 咄嗟に思いついたのが、青年商人ジャファルが着ていた青マントである。俺はともかく、青色は真っ白いサリエルにも似合いそうな気がする。

「青でいいか、サリエル?」

「はい。マスターが選んでくれたものならば、それが私にとっての正解です」

 さりげに責任の重さを感じさせる返答である。真面目に考えて良かった。

「わぁー、健気なカノジョさんですねぇ! こんなに可愛いこと言ってくれるなんて、男冥利に尽きるってやつですかぁ、妬けちゃいますよー!」

 ちょっと、店員は黙っててくれないかな……




 思いがけず鬼門となったブランドショップを出た俺達は、鮮やかなブルーの、色合いも品質も値段も、そこそこ良い砂避けマントを羽織り、砂塵の舞うロックウェルの通りを再び歩き出した。

 マントのお蔭で、風が吹き付けてもそこそこ快適である。俺もサリエルも肉体だけなら超人だが、砂がジャリジャリする不快感は同じだからな。これは、後でリリィとフィオナも一緒に買いに行った方がいいか。もしかしたら、もう買ってるかもしれないし、リリィは結界あるからそもそも不必要ということも考えられるけど。

 そんなことを思っている内に、同じ通りに面した冒険者ギルドに到着する。

 どこの国でも、不思議と冒険者ギルドってのは似たような雰囲気で、入るとどこか落ち着く気がするのは、俺も立派に冒険者として馴染んだからだろう。実家のような安心感、は言い過ぎか。

 内装こそ国ごとの特色は出るものの、基本的にサービスはどこも変わらない。勝手知ったるように、俺とサリエルはさっさと仕事を片付けていく。

 ロックウェル含む砂漠の国々の近況に、カーラマーラについての情報収集はサリエルが。俺は気になるクエストがないかチェックするのと、砂漠に出現するモンスター情報を集めておく。

 砂漠だけあって、やはりサソリのモンスターはいるようだ。ランク1の小型から、飛竜すら仕留めるランク5のヤベー奴まで、色々いる。

 だが、俺が気になったのは、海にいる水棲モンスターの亜種、またはよく似た姿のモンスターが多いことだ。どうやら、本物の海と同じように、砂の中をジャブジャブ泳いでいるらしい。

 ランク5級のモンスターには、巨大なクジラ型や、クラーケンのような奴もいる。

「砂漠の海で戦うことになったら、厄介だな……」

 そもそも、巨大な流砂が続く砂の海って、地上と同じように立って歩くことができるのだろうか。やはり、普通に降りたら沈んでしまうのか。底なし沼のように、ズブズブと砂に沈んで行くとは、何ともゾっとする想像だ。

「では、船に乗る前に、流砂上での移動を検証しておくことを推奨します」

 と、一通り調べものを終えてギルドから出た直後、サリエルに俺の不安を振った結果、返って来た答えがこれである。

 なるほど、一理ある。分からなければ、試してみればいいのだ。

「そうだな、海岸みたいな場所なら、深くもないだろうから安全そうだし」

「あちらの方から、流砂海へと降りられるようです」

 よし、それじゃあ早速、行ってみよう。

 通りを外れて、堤防のようになっている岸壁から階段を下って行くと、そこには緩やかに流れる砂地が広がる。

 この辺はまだ、普通に立って歩けるようだ。足が沈み込んで行く感覚もない。

「あっちの方まで行くと、流れも早くなっているようだな」

 それこそ、巨大な船を進ませるほどの勢いで。液体ではなく砂という個体が絶えず流動し続けるため、海の波に攫われるよりも、さらに強いパワーで押し流されそうだ。

 沖に出て流される、以上に危険な気がしてならない。

「そもそも、何でこれ動いてるんだ」

 流砂とは、水分を含んだ脆い地盤に圧力などがかかることで、崩壊する現象だ。つまり「崩れている最中」の状態であり、最終的には停止する。海のように、広範囲で流動し続けけることはありえない。少なくとも、地球では。

「アトラス大砂漠に広がる、大地脈の働きによるもの。膨大な土属性の原色魔力の流れが、地表の砂にも影響している。また、砂そのものの質も通常と異なり、より土属性魔法の影響を受けやすく変質している」

「ここまで地脈の影響が見える場所ってのは、珍しいな」

 この異世界では、どこでも魔力の影響、つまりその流れである地脈の影響は少なからず受けていることになるのだが、目に見えてその流れが分かるようなモノはない。オーロラみたいにピカピカ光って存在感をアピールするようなもんでもないし。

「確か、流砂はカーラマーラに向かって流れるのと、そこから外側に流れる方向があるんだよな」

「はい。カーラマーラは間違いなく、現在でも活発な巨龍穴になっています」

 複数本の地脈が集まる地点が龍穴。地脈の流れは世界の全てを駆け巡っているので、どの龍穴もそこで終点となるのではなく、流入する地脈と、流出する地脈、双方向の流れが必ずある。

 だから、その流出入の流れに沿っていけば、カーラマーラと行き来が可能というわけだ。逆にいえば、砂漠船はその流れにしか進めないが。

 流砂の航路は、龍穴たるカーラマーラを中心に行き来する流れの他にも、アトラス大砂漠を大まかに一周する流れもある。途中で沈みさえしなければ、どの流れに乗っても、いつかはちゃんと元の地点には戻って来れるという寸法だ。

「もう少し、進んでみるか」

 流砂海の原理よりも、ここを無事に歩けるかどうかが問題なのだ。

 より流れが強く、深い場所まで歩みを進めて、どの程度なのか確認しておく。それで、歩行が困難なようなら――あっ、ダメだこれ、歩くの無理だわ。

「おお、この辺から、もうキツくなるな」

「はい。常人であれば、立っていることもできません」

 気が付けば、自然に足を踏ん張って、流されないよう耐えている。俺のパワーで踏ん張るということは、つまり、普通の人間には抗えないほどの強い力が加わっていることの証。

「これは、ちょっと力が強いくらいじゃあ、踏ん張り切れないな」

 大体、足を踏ん張るにしたって、足元がしっかりしてないとどうにもならない。ここはまだ、力強く踏みしめれば足元は安定するものの、これ以上先に進めば、確実に足を取られるほどの深みにハマるだろう。

「とても危険な場所です」

「その割には、サリエルは余裕だな」

「私は『千里疾駆(ソニックウォ-カー)』を習得しています。空中以外はどのような場所でも走行可能」

 その空中でも、多段ジャンプできるよな?

 流砂の上でも静かに佇むサリエルを見て、改めて技量の高さを実感する。

「速く走ったり、高く跳んだり、バランスとったりはできるんだが、どうも普通じゃない場所を歩くのは苦手なんだよな」

 今の俺は、水面を走ることはできないし、この流砂の上を歩くこともできなさそうだ。

 こういう足場そのものが脆弱な場所を歩行するようになるのは、単純な脚力の強化とは全く別のアプローチが必要だと思う。

 だがしかし、基本的に『疾駆エア・ウォーカー』に代表される移動強化系の武技は、脚力強化も悪路の走破性も、全部含めて一つの技にしている。だからこそ、分かりにくい。普通は分からないから、長年の修行によって体で覚えていくものなのだろう。

 これは、俺にも修行が必要か。サリエルから『千里疾駆(ソニックウォ-カー)』を伝授してもらわなければ、アトラス大砂漠での立ち回りは怪しいままになる。

「いや待て、ルドラは別に武技じゃなくても、壁を歩いていた」

「はい、マスター。移動強化は、必ずしも武技に頼る必要はない。得意な魔法で代用できるなら、その方が効率的な場合はよくあります」

「ああ、けど、それがなかなか難しくてな」

 神滅領域アヴァロン攻略の時に見た、ルドラがビルの壁面をペタペタ歩いていたのを見て、俺も足の裏が壁にくっつけるようなイメージで、壁歩きを試してみたのだが……上手くいかなかった。黒色魔力を粘着質のモノに物質化マテリアライズして、足の裏に発生させてみたのだが、ベタベタするだけで何の意味もなかった。

 これでは、大人しく触手でターザンする方が圧倒的に速い。

「では、いっそのこと足場の全てを黒化して、自分の領域にする方が良いかもしれません」

「そうか、地面を黒化するのは普通にやってたけど、歩くためだけにやったことはなかったな」

 最近すっかりおなじみになった、ヒツギと極悪食のコンビによる『地中潜行シースルーグラウンド』からの奇襲攻撃や、より強固な防御魔法の壁を張る時などなど、地面を黒化することは割とある。

 しかし、なるほど、黒化で固めてしまえば、どんな場所でも踏ん張りの利く硬い地面と化してくれる。いや、ただ硬いだけでなく、俺の意のままに操作することもできるのだから、応用も利きそうだ。

 モノは試しだ、早速やってみよう。

「……あ、できた。何か、普通にできたんだけど」

「おめでとうございます、マスター」

 無表情なお祝いの言葉が、さらに虚しさに拍車をかける。

 あまりにあっけないが、それでも、成功、そう、まさかの大成功であった。

 自分の足だけではなく、踏みしめる地面そのものを少しばかり黒化することで、安定させる。足の裏を無理に悪路や垂直な壁などにくっつけようとするから、無理は生じるのだ。

 黒化によって、足場そのものが自分の支配領域と化せば、自分の肉体である足をつけたり、離したりすることも容易に制御できる。

 こうして、俺は足元を黒化することで、この流砂の上に何の苦も無く立つことができたのだった。

 自分の足元、ほんの数十センチ平方メートル程度の面積を黒化するだけなら、極微量の魔力量で済むし、聖銀ミスリルなどの相性の悪い材質でなければ、瞬時に完了させることもできる。

 歩きながらは勿論、全力で走りながらでも、黒化をかけ続けて足場を形成することは十分に可能だ。この方法なら、水の上でも垂直な壁も、天井だって走り回れる気がする。

「拍子抜けするほどあっさり成功したけど、それでも上手くいったことは確かだ。ありがとう、サリエル」

「いえ、マスターの実力があればこそです。私の助言に、さほどの価値はない」

「そんなことないさ、発想の転換ってのは凄いことだからな。実際、俺は思いつかなかったし……サリエルだから、できたことだろ」

 リリィは飛行能力がデフォだし、フィオナもこういう方面は専門ではない。黒魔法を扱う俺の特性と、何より自分自身の豊富な経験を持つサリエルだからこそ、このアドバイスは出てきたのだと思う。

「私、だから……」

「ああ、だから、ありがとな。本当に助かったよ」

 これなら、流砂海で巨大クジラでもクラーケンでも、相手ができるだろう。自由自在に走り回れる地面が確保できるなら、いつも通りに戦える。

 これで安心して船に乗れるな、なんて言おうとしたが、その台詞は途中で急遽変更せざるを得なかった。

「サリエル、今、笑った……のか?」

 どんな苦痛にも全く変わらぬ人形の如き無表情を貫くサリエルが、笑った。ギリギリで微笑み、と言えるような、ほんの僅かに、けれど、確かにその口元が緩んだ。ごく自然に、どこか嬉しそうに。

 そのあまりにささやかな変化の一瞬、微笑み未満の小さすぎる笑顔はしかし、俺にとっては雷に打たれたかのような衝撃的なものである。

 あのサリエルが、笑ったのだ。マジか……一体、何がそんなにツボに入ったんだ。

「笑ってはいません」

「いや、絶対笑ってたって」

「気のせいです。私に、人間的な感情はありませんので」

 確かに、今はすっかり元通りで、さっきの小さな微笑みは、目の錯覚だったかのように思えてくるほどだ。

「ここは、笑ったってことにしてくれ。たとえ感情がなくても、これから芽生えることだってあるだろう。お前はもう、神の人形じゃないんだからな」

「はい、私はマスターに永遠の忠誠を誓った奴隷です」

 あちゃー、カッコいいこと言ったつもりが、奴隷設定で台無しだよ。特大ブーメランかよ、俺が言えた義理じゃなかった……

「と、とにかく、感情的になることは悪いことじゃない。笑いたい時は、笑ってくれよ」

 言いながら、俺は罰の悪さを誤魔化すかのように、サリエルの銀髪頭を撫でた。

「努力します」

 笑顔は努力で手に入るものではないが……いつか、自然にサリエルが笑える日が来ることを、期待して待っていよう。

「それじゃあ、もう少し流砂の移動に慣れておきたいから、付き合ってくれ」

「はい、マスター」

 それから、しばらくの間、思った以上に自由自在に動けることが楽しくて、サリエルと追いかけっこして遊んでしまった。小学生か、俺は。

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サリエル可愛い。
[良い点] サリエル可愛い
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