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黒の魔王  作者: 菱影代理
第35章:復讐の牙
684/1047

第683話 メテオフォール

 それから三日後、白金の月8日。

 各氏族と話をつけ終わったということで、俺達はライオネル直々の案内でついにメテオフォールへと向かうこととなった。

 森海と名付けられるほどに、ここは深い密林ではあるが、メテオフォールまでの道は割としっかり整備されている。人通りもそれなりで、獅子の他にも様々な種類の獣人が行き交っているし、サラウィンから出向いてきたのだろう、褐色肌の人間もそこそこ見かけた。商売目的なのか、それとも観光か。

 メテオフォールはヴァルナ森海に住む各氏族の中心的な立地となっているため、古来より氏族同士が集まる場であり、今はサラウィンから来る人間にとっても、獣人と交流を求めやすい場所となっている。

 さらにはヴァルナ森海を越えた先、カーラマーラ方面からも商人が訪れるので、メテオフォールの賑わいは、この森で一番であるだろう。

「ここは賑やかなのは良いが、色々と堅っ苦しいことが多くてなぁ、ワシはちょっと苦手なんじゃ」

 ガハハ、と相変わらずの豪気な笑い声を上げるライオネル。

 メテオフォールは立地的にも、経済規模で見ても、ヴァルナ森海において最大の集落となっている。そんな場所が突出した都市と化して大きな影響力を持たないのは、各氏族の合同で、事細かに掟を定めているからだ。それぞれの氏族としては、自分のところの自治独立を維持するのが第一。中心的な場所であるとはいえ、メテオフォールへと権力が集中する構造は避けたい、というのが全ての氏族に共通している。

 そういうワケで、色々と厳しい規則ルールがメテオフォールに敷かれている状態なのだという。些細な喧嘩沙汰も、氏族の集落だったら簡単に解決するところが、ここでは罰金刑や出入り禁止処分などにもなるんだとか。

 なんだか、道端にガムを吐き捨てたら捕まる、みたいな感覚に近いな。何かと取締りの厳しい町ということだ。注意しよう。

「私はよく遊びに来るぞ。美味しいモノも珍しいモノも、ここには沢山あるからな」

 と、ライオネルと一緒にくっついてきたライラは気安く言う。

 綺麗な白毛の凛々しい獅子獣人ワーライガーの彼女は、実年齢よりも大人びて見えるが、幼女リリィを抱っこして上機嫌な姿は年相応に可愛らしい。小さな妹をあやす姉のように見え……いかん、リリィがライオンをペットにしてるように見えてしまう。

「ねぇ、ライラ、あれなにー?」

「ああ、アレはなリリィさん――」

 二人はすっかり仲良しで、実に微笑ましい様子だ。

 呑気に幼女状態のリリィが、興味本位で指差した軒先の商品をライラに質問しているが――ちょっと待て、本当になんだアレは。

「カロブーだ」

「ふーん」

 カロブーってなんだよ。名前だけじゃ全然詳細が分からん。

 そのカロブーなる、思わず俺の目も引いた商品は、どうやら食品であるらしい。棚には色とりどりの果実や野菜が並べられているのだが、その中にあって、カロブーは異質だ。

 なぜなら、これだけが綺麗に梱包されているからだ。

 銀紙のようなパックに包み込まれたソレは、まるで現代日本で流通しているレトルト食品のパッケージのようで、異様なほどに工業チックなデザインである。

 これで、その手の商品が当たり前に売られているのであれば珍しくもなんともないが……少なくとも、俺がこれまで見てきた中で、こういうモノは始めて見る。

「アレが気になるのですか、クロノさん」

「うおっ!? なんだよフィオナ」

「実は、私も気になっているのです。なので、サリエル、買ってきてください」

「はい、フィオナ様」

「こら、無駄にサリエルをパシらせるな」

 ともかく、フィオナも謎の銀パック食品『カロブー』が気になるらしいので、手を出してみることにした。味の保証は定かではないので、とりあえず一つだけ。

 値段は1パック、3000クラン。

 意外と高い。どうやら、カーラマーラからの輸入品らしいので、その分、高くつくのだろう。

 まぁ、値段のことはどうでもいい。重要なのは中身である。

「こ、これは……まさかカロリーメイツでは」

 取り出してみれば、真っ先に思い浮かんだのが、有名なバランス栄養食である。この色、この形は、ああいう栄養ブロックだとしか思えない。

 懐かしい、文芸部の部室で小腹が空いた時にたまに食べたりしたなぁ……

「細長いビスケットのような、固いパンのような」

 一方、フィオナは物珍しげにしげしげと白いブロックを眺めていた。

 もしかしてカロブーって、カロリーブロックの略だったりするのだろうか。

「サリエル、半分食べるか?」

「よろしいのですか、マスター」

「勿論だ」

 一緒に思い出に浸ろうぜ、とそのブロックを口に入れた次の瞬間、俺の期待は裏切られる。

「……味がしねぇ」

「虚無の味がします」

「意図的に調整された、完璧な無味無臭。最早、食品ではない」

 ありていに言って、不味い。

 風味だけとか薄味だとか、そんなレベルではなく、サリエルの批評した通り、食べ物とは思えないレベルで全く味がしない。なんだこれ、俺は砂の塊でも食ってんのか?

「食べられないことはありませんが、これほど無為な食べ物はありませんよ」

 なまじ食感だけは俺の知ってるモノと同じで、サクサクとして食べやすく、飲み込めないほど酷くはない。しかし、それがかえって味の無さを際立たせるというか。

「リリィも食べてみたーい」

「やめた方がいいぞリリィさん。カロブーは何も食べ物がなくなった時に食べる非常食だ。買うのは、ダンジョンに潜る前の冒険者くらいだぞ」

「そうなんだー」

「コレと水さえあれば生きている、と言うほど栄養はあるらしいが、遭難した冒険者でもカロブーを食べるかどうか悩むそうなのだ」

「じゃあやめる」

 リリィ、正解だ。

 口をつけてしまった以上、ひっこみがつかない俺達は黙ってカロブーを飲み込み、ちょっとテンションを下げながら歩き続けるのだった。




 半ば観光気分で歩きながら、昼食を挟んで半日ほど経ってから、ついにメテオフォールまで到着した。

「おおお、これはまた絶景だな」

 巨大な滝である、とは聞いていたが、まさかナイアガラの滝のような規模だとは思わなかった。

 半円に切り立った崖から、大量の水が瀑布となって降り注いでいる。崖一面が全て滝と化している様子は、まさに圧巻の一言。それも、崖が50メートル以上はありそうな高さを誇るのだから、本当に凄まじい迫力である。

「確かにこれは、まるで隕石が落ちてきたかのような、巨大なクレーターですね」

 隣に立つフィオナがつぶやいた感想で、俺も気づく。

 つい、この圧倒的な滝にばかり視線が向いてしまうが、よく見ればここはクレーターのように大きく、深く、円形に抉れた地形となっているのだ。上から流れ込んでくる大河は、クレーターの片側から注ぎ込み、無尽蔵の水量によって穴は満たされ、巨大にして真円に近い湖を形成している。その巨大円湖は、淵から溢れるように下流へ向かって大きな川が続いて行く。

「いつか私も、これくらいのクレーターが作れる威力の攻撃魔法を撃てるようになりたいです」

「えっ、なにその感想、怖いんだけど」

 この雄大にして神秘的な絶景を見て、どうやったらそう思えるのか。素直に大自然の景色に感動してはいかんのか。

「だってこれ、人為的な爆発の跡ですよ。自然に隕石が落ちてきたワケではありませんね」

「そうなのか?」

「直径に対して、水深が深すぎます。恐らく、地中を貫通するのに特化した古代兵器ではないのかと。ここにはちょうどオリジナルモノリスがあるワケですし、地下深くにある軍事施設を狙ったのかもしれないですね」

 確かに、この湖の水深は何百メートルもあるという。正確な深さは分かっていない。誰も、水底まで辿り着いたことがないからだと。

 クレーターというより、そのまま地面を掘り進んだ跡、という方が正しいのかもしれない。

「でも、それなら爆発じゃなくて、デカいドリルだったかもしれないじゃないか」

「そうかもしれないですね」

 さて、遥か古代にこの場所で何が起こったのかは置いておいて、まずは目的であるオリジナルモノリスである。

「それにしても、見事なまでにピラミッドだな」

 大きな四角錐の形状をした遺跡、ということだったが、その石造りの構造物はピラミッドと言うより他はない。流石に、隣にスフィンクスは設置されてないが。

 メテオフォールのピラミッドは、あつらえたかのように湖のど真ん中に建っている。あそこだけ小さな島のようになっているのか……それにしては、地面は見えず、水面からそのまま突き出しているように見える。まさか、浮いてるってことはないよな?

「では、早速向かうとするかのう。人も待たせおるし」

 もっとゆっくり観光していきたいメテオフォールの町だが、ここは黙ってライオネルの先導に従った。

 崖のない下流側へと向かってゆくと、途中に小さな神殿のような建物があり、そこで通行の許可をとっているらしい。すでに話は通っているためか、ライオネルが二言三言、門番のような獣人に言えば、すぐに通行が許された。黒き森へ入る時のような、厳重なボディチェックはされなかったが、いいんだろうか。

 それから少し歩けば、すぐにピラミッドの浮かぶ巨大な湖へと辿り着いた。

「遺跡には小舟で渡って行くんだが……その前に、会ってもらわん奴らがいる」

 ライオネルが示す先には、ピラミッドへ渡るためのボートが繋いである小さな船着き場があり、そこに複数の人影があった。

「よう、待たせたな」

「遅い。相変わらずの遅刻癖じゃなぁ、ライ坊」

 ライオネルに向かって口を尖らせているのは、長い二本角の生えた、毛むくじゃらの小柄な婆さん……その両隣に、筋骨隆々のミノタウルスの戦士と思しき男が控えていることから、三大氏族の一つ『大角の氏族』の者なのだろう。

 なるほど、大角、の名に恥じない立派な角をお持ちである。

「シャアア……そこにいるのが、要石に触れたいという者か」

 ギロリ、と鋭い視線で俺を睨んでくるのは、竜のような頭をしたリザードマンの男。正確には、ドラゴンよりも恐竜っぽい、ダガーラプターに似た面構えだ。

 彼は『大爪の氏族』だろう。リザードマンという種族は、イルズ村で交流があったので多少は見知っているのだが、『大爪の氏族』はトカゲベースというより、恐竜ベースといった感じだ。大爪というように、通常よりも鋭く長い爪を、彼らは有しているという。

「はじめまして。ランク5冒険者『エレメントマスター』のクロノです」

「リリィだよー」

「この二人を、要石まで連れていきたい」

 ライオネルが補足する。

 オリジナルモノリスには、別に全員で行く必要はない。というか、基本的にはリリィ一人で問題ないのだが、リーダーとしても後学のためにも、俺も同行する。

「私らは、この遺跡の管理役みたいなもんさ。一応、立ち入るために軽く検査をさせてもらうよ」

 小さいミノタウルスの婆さんが言う。確かに、神官っぽい法衣に似た出で立ちで、如何にも古代遺跡に関わっていそうな雰囲気がする。

「悪いがクロノ、これも掟ってやつでな。ちょいと手間だが、付き合ってやっちゃあくれねぇか」

「ああ、分かった」

 ボディチェックでも武装解除でも、素直に応じよう。別にこんなところで、駄々をこねたりはしないさ。

「それで、どうすればいいんだ?」

「アンタらはどうもしなくていい。こっちが勝手に見させてもらうからね」

 力を抜いて、そこに立っているだけでいい、との指示を受けて、俺とリリィは揃って前へ出て棒立ちになる。

 すると、ミノ婆さんは、如何にも占い師が持ってそうな大きな水晶玉を抱えて、ブツブツと呪文を詠唱し始める。そのすぐ後ろで、リザードマンの男も、モンスターの骨で作られた杖を構えて、同じように詠唱を口ずさんだ。

 どうやら、テレパシーのような精神魔法で、俺達の意思をチェックしているらしい。目には見えないし、肌に感じるものでもないが、精神魔法がかかる独特な感覚は、気のせいと誤魔化せるようなものではない。あまり良い気分ではないが、さほど強い不快感や違和感を覚えないのは、あまり本人の深層意識にまで踏み込むほどではないからだろう。

「ふぅむ、思ったよりも、随分と静かな心を持っとるねぇ……その見た目からは想像もつかなかったよ」

「そりゃあ、どうも」

 アンタは合格だ、と言われるものの、若干ショックは隠せない。まさか、獣人からも、俺の見た目について言われるとは……

「さぁて、妖精のお嬢ちゃんの方は――むっ、これは、イカンっ!?」

 切羽詰ったミノ婆さんの声と共に、手にしていた水晶玉がパキン、と音を立てて大きなヒビが入った。

「シャアアアッ!」

 威嚇の唸りをあげながら、リザードマン男も、杖を槍のように構えて、リリィに向かって突きつける。酷く警戒した様子なのは、一目瞭然だ。

「よしな、敵意があってのことじゃない。これは、私がちょっと失敗しちまったのさ」

 ミノ婆さんの呼びかけで、リザードマンは渋々といった様子で警戒を解いた。

「今のは大丈夫だったのか?」

 水晶玉が割れたけど。リリィは不合格なのか。

 ちょっと不安げに俺は尋ねるのだが、当の本人は何とも思ってないようで、まだ終わらないのかと暇そうに立っているだけ。大人の意識を戻して、釈明するほどの事ではないとの判断なんだろうけど、一言くらいフォローあってもいいんじゃないのか、リリィ。

「ああ、いいさ、立ち入りを許可するよ」

 いいのか。明らかに大丈夫じゃない雰囲気だったけど。

 いまいち納得はいかないものの、無事に許可は下りたので、とりあえず通らせてもらおう。

「おいババア、何が起こったってんだ? 心写しの水晶が割れるなんざ、初めて見たぞワシは」

「ふん、それほど強烈な意志を秘めてるってことだよ」

「シャアア……恐ろしいほどの強い意思を感じた。だが、憎悪でも殺意でもない、もっと別のナニカだった」

 ちょっと聞こえたライオネル達の会話で、何となく理由をお察し。リリィの心の中を覗いたなら、それはもう強力な意思のエネルギーが溢れている感じがする。

「大角の巫女様の水晶を割るとは……やっぱり、リリィさんは凄いのだ」

 確かに、リリィは凄いよ。でも、今のは素直に尊敬していいことではないと思うのだが、ライラに余計なことは言うまい。憧れは、憧れのままの方がいいこともある。

「それじゃあ、行こっ、クロノ!」

「ああ、そうだな」

 ともかく、晴れて俺とリリィはメテオフォールのオリジナルモノリスへと、辿り着くのだった。




 商業都市サラウィンより、西の隣の町の、さらに隣の町。大きな街道の通るその町は、そこそこの賑わいを誇る、それなりに発展したそれなりの規模の、どこにでもあるような町だった。

 特に特徴のない町の、表通りを一本越えた裏通り。そこにはまた、どこにでもあるような小さな酒場が建っている。とうに陽は落ち、真夜中の時間帯。店の扉には閉店を意味する一言が書かれたプレートが下がっていた。

 そこへ、人目を避けるように足音一つ立てない静かな足取りで、目立たない茶褐色のローブ姿の男が一人。深く被ったフードの奥にあるのは、黒髪の強面――つい先日、『審判の矢』を見限って逃げてきた傭兵、ガシュレーであった。

 まるで空き巣のような気配と風体のガシュレーだが、閉まった酒場の扉を、確信をもって開く。古めかしい木の扉の見た目に反し、軋み音の一つも上がることなく、スっと扉は開かれた。閉店のはずが、鍵はかけられていなかった。

「ぃよーう、ガシュレー! 久しぶりだなぁ、三年、いや、四年ぶりってとこか?」

 誰もいないはずの酒場からは、軽薄な挨拶が飛んできた。

 暗い店内には、店員どころか店主の一人もいはしない。しかし、客は一人だけいた。カウンター席の隅に、カンテラと酒瓶が置かれている。

「五年ぶりだ、リューリック」

「あーそっか、もう五年かぁ! いやぁ、歳をとると、時間の流れが早いこと早いこと」

 などと、ガシュレーに気安く話しかけたリューリックという男は、確かに年齢というものを実感させられる中年といった容姿。しかしながら、スマートに決まった商人風の衣装に身を包むリューリックは、細身に見えても鍛え上げられた肉体を持っている。

 少なくとも、年齢を理由に鍛錬を怠ったワケではなさそうだ、とガシュレーは思った。

 ただ、どういう理由か髪は伸ばしたようで、まるで『審判の矢』の教祖の男のようだ。そのせいで、ただでさえ軽い性格が、さらに軽薄で胡散臭い感じになっている。

 あまりヤル気というものを感じられない垂れ目は、男からすると軟弱な印象を抱くが、女性からはウケがいい。いわゆる一つの色男といった顔立ち。ただし、その雰囲気からして、如何にも女に慣れた遊び人か、あるいは博打打ちか詐欺師か、といったロクな風体ではない。

「まぁ、座れよ。奢るぜ」

「バーカ、ここじゃいつもツケだろうが」

 髪型以外は、まるで変わらない旧知の仲であるリューリックの誘いに、ガシュレーは当然のように乗る。グラスに注がれた安いブランデーで、まずは乾杯。

 大の男二人が、酒場のカウンターに肩を並べている姿は、如何にもありふれた様子だが……それは、ただの酒飲み話ではない。言うなれば、定期報告という任務の一環。

「シケた面してるじゃねぇの、ガシュレー。もしかして、負けた?」

「戦ってすらいねぇ、ひたすら逃げの一手だ。無様なもんだぜ」

「ありゃー、そりゃあまた、災難だったねぇ。ランク5モンスターとでも出くわしたかい?」

「『エレメントマスター』って知ってるか?」

「お前、よく生きて戻って来れたな」

 割と真面目なリューリックの返しに、ガシュレーはしみじみと溜息をついた。

「教えろ、どういう奴らだ」

 ここよりも遥か北にある、大陸中部都市国家群の大国スパーダで活動する冒険者パーティ。それも、ランク5にランクアップした最速記録を持つ。イスキアでランク5モンスターに襲われた神学校の生徒達を救出しては勲章を授かり、第5次ガラハド戦争に出向いては、スパーダ軍に勝利をもたらした。

「名実共に、スパーダの英雄って奴だ。俺が思うに、アイツらは……『使徒』並みだよ」

 リューリックの評価に、ガシュレーは少しばかり目を剥く。

「そんなにか」

「スパーダにはレオンハルトもいる。組めば、マジで使徒でも倒しかねない戦力ってことになるが、実際にどんなもんかってのは、戦ったお前の方がよく分かってるんじゃあないの?」

「まぁな」

 遠目から見ても、『審判の矢』のアジトにカチコミをかけてきた奴らは尋常な相手ではないと分かった。

 古代遺跡の砦を揺るがす大爆発に、迎撃に向かった信者の兵が一発で消し炭にされるのを目の当たりにしたのだ。その濛々と煙る爆炎の向こうにいるのは、魔術士の大部隊でも、怒れる黒竜でもなく、たった二人の人間だった。

 なるほど、ランク5冒険者、コイツは確かに間違いない。

 腕には自信のあるガシュレーだが、今の自分がランク5に至れる実力者かどうかと問われると、流石に否と言わざるを得ない。自分の力など、自分が一番良く知っている。

 要するに、最初に出会った時点で、あんな化け物染みた奴を二人も相手にして、勝てる気など全くなかった。

「俺がやりあったクロノとかいう男……マジで魔王って奴がいるなら、ああいう奴のことを言うんだろうぜ」

「へぇ、魔王とは、言うねぇ」

「真っ黒いトゲトゲした、髑髏みたいな鎧を着てたからな。マントもついてたぞ」

「ぶっふ! ハハハ、そりゃあ確かに魔王だわ」

 おとぎ話で語られる古の魔王ミアも、その伝説から産まれた数々の魔王を題材にした創作でも、魔王の姿は禍々しい漆黒の鎧(マント付)姿で描かれることが多い。最早、一種のステレオタイプと言ってもよい。

 故に、実際の戦いにそんな派手なデザインの鎧を着こむような者など、趣味に生きるアホしかない。戦場で見かければ、指を指して笑い者になるだろう。

「笑えねぇよ。アレは古代鎧エンシェントギアだったし、おまけに、呪われていた。まさか本物の『暴君の鎧マクシミリアン』だとは、思いたくねぇが」

「アレは確か、アヴァロンの辺境伯が後生大事に抱え込んでるはずだ」

 呪いの武器コレクターとして有名な人物である。そして、彼のコレクションの中でも断トツで強力な呪いを秘めた一品が、『暴君の鎧マクシミリアン』。

 ここまでのことは、噂だけでも知り得る情報だった。

「最近、クロノの手に渡ったんじゃあねぇのか? リューリック、お前もアヴァロンから離れて長ぇだろ」

「しばらく西のレグナにいたからねぇ……第5次ガラハド戦争に『エレメントマスター』のことも、ついこの間、聞いたばっかなんだよね実は」

 第5次ガラハド戦争は、昨年の冥暗の月のことである。半年以上も前の情報が、遠く離れたリューリックの元に最新情報として届けられるのは当然のこと。噂が広まるのは早いが、ある程度の正確な情報として収集するには、時間がかかるのだ。

「なら、ありえない話じゃねぇだろ。あのクロノって奴は――」

「『暴君の鎧マクシミリアン』の後継者だって? やれやれ、冗談じゃないよそんなヤバい奴がいるなんて。もし本当だったら、『聖者の鎧ジークフリート』を引っ張り出してこなきゃいけないじゃあないの」

「今の王家に『聖者の鎧ジークフリート』を使える奴がいるのかよ?」

「うーん、ネロ王子を候補にしているらしいけど。まぁ、その辺はアークライトの管轄だから、詳しいことはあんまり」

「ヘッ、下っ端の辛いとこってな」

「いいじゃないの、こっちはこっちで大事なお仕事あるからさぁ――我らが偉大なる神のために、ね?」

 そんな風にうそぶくリューリックの胸元には、白銀のロザリオがキラリと輝いていた。

「悪ぃな、『審判の矢』を利用すれば、メテオフォールのオリジナリモノリスまで獲れると思ったんだがな」

「あの青い教祖君さぁ、自力でモノリスから白色魔力エーテル引き出したんだって?」

「ついでに、『神意』にも触れちまったんだろう。そんで、あのイカレぶりってワケだ」

 熱心な獣人狩り。その狂気の行動の一端を、神の意思が担っていたことを知るのは――『白き神』の存在を最初から知っていたガシュレーだけであろう。

 教祖本人には、元から獣人に対する憎悪の動機は少なからず抱えていたようだが……それは本来、こうも表立った凶行に駆り立てるほどではなかった。

「近年稀に見る逸材だったのにねぇ、ホントに残念だよ」

「ああ、全くだ」

 期待はしていたし、そのための支援を影に日向にガシュレーはしていたのだが、その働きは全て一夜にして無駄となった。『エレメントマスター』の登場は、さながら、通りがかりのドラゴンに襲われた、災害のようなものだ。

「チッ、飲まなきゃやってられねぇぜ」

「まぁまぁ、そう自棄になるなって。いいニュースを持ってきた」

 ヘラヘラと笑いながら、空いたガシュレーのグラスに酒を注いでから、リューリックは切り出した。

「カーラマーラのザナドゥが倒れた」

「なんだとっ!? あの冒険王が」

「そう、忌々しいクソ爺が、ようやくくたばるらしい。まず間違いなく、年内に奴は死ぬ」

 冒険王ザナドゥ。その名前はカーラマーラのみならず、パンドラ大陸南部に轟くビッグネームである。

 最果ての欲望都市『カーラマーラ』で、正に、全ての欲望を、夢を叶えた伝説の冒険者として。

「これで、やっとカーラマーラのオリジナリモノリスを取り戻せる」

「百年ぶりか……俺らの爺さんの代からの悲願だな」

「悲願ってより、一族の汚点、大失態の尻拭いってだけだけどねぇー」

 苦笑しつつも、杯をあおるリューリックには、確かに喜色の色が浮かんでいる。それはさながら、憎き敵国に奪われた故郷を、取り戻す時が来たかのよう。

「おいおい、こりゃあこんなトコで飲んでる場合じゃねぇぞ」

「奴の遺産を誰が継ぐにしろ、絶対に争いは避けられないからねぇ。下手すりゃカーラマーラで内乱だ」

 ザナドゥは伝説の冒険者でありながら、同時にカーラマーラの半分を支配する大財閥のトップとなっている。

 彼の子供や孫は何人もいるが、実質的な権力と資産の全てはザナドゥ本人が握り続けてきた。

 そんなザナドゥも寿命にだけは逆らえない。

 果たして、彼がどのような遺言を残すのか。残したとしても、それが忠実に守られるのかどうか。あまりに偉大で、あまりに大きすぎる力を握った者が死ねば、その跡目と遺産とを巡る骨肉の争いが起こることは決して避けられない。

 だからこそ、付け入る隙が生まれる。失ったモノを取り戻すには、この混乱に乗じるより他はない。

「俺らの時代にチャンスが巡ってくるとはなぁ……面白ぇことになってきたじゃねぇか」

「ああ、そうとも、実に面白い。奪われし聖遺物の奪還は、聖堂騎士の仕事には相応しいじゃあないの――」

 フっと軽薄な笑みを消し、リューリックは立ち上がる。それに続いて、ガシュレーも空のグラスを置いて、静かに立った。

「ここに神命は下された。我ら『トバルカイン聖堂騎士団』は、これよりカーラマーラのオリジナルモノリス奪還の作戦行動に入る。聖堂騎士ガシュレー・カーバンクルは、本隊の指揮下へ入れ」

「謹んで拝命いたします、リューリック・トバルカイン団長閣下」

 流れるように膝を付き、最敬礼をとるガシュレーへ、リューリックは厳かに言葉を続ける。

「問う、我らは何者か」

「我らは第二使徒カインが末裔。神に選ばれし、聖なる使命を課せられた聖堂騎士なり!」

「問う、我らの使命は」

「この大地に、再び遍く神の威光を照らすこと。幾千年かかろうとも、必ずや魔王の闇を晴らし、聖なる信仰の地を取り戻すことを誓う!」

「問う、我らの神は」

「世界の創造主。混沌の闇を討ち祓う、光り輝く、白き神!」

「神のご加護があらんことを」

 お決まりの聖句と、十字を切る仕草は、どの時代、どんな場所でも変わりはなかった。

 たとえ、古の魔王ミア・エルロードによって、パンドラ大陸の聖地エリュシオンが滅び、白き神の使徒全てを討ち、十字教の教えが消え去っても――それでも、シミのように、呪いのように、この地に残った白き神の影は、現代においても蠢き続けているのだった。

 2018年10月18日


 来週24日水曜は、コミック版『黒の魔王』第2話が更新されます。どうぞ、お見逃しなく! サリエル可愛い!!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 他人の妄執ってそこまで従うようなものなの? 創作でよく見るけど、理解できないからご都合主義な理由付けにしか感じられなくて… 実際のところってどうなんですかね〜
[気になる点] 今の使徒を全滅させても戦いが終わらなそうな所
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